下書き投稿用(泪飴)
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- 1 : 2014/04/25(金) 01:52:25 :
- ここで、下書き投稿しましょう!
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- 2 : 2014/05/06(火) 17:01:29 :
- 耳障りな音。
体が、少しずつ千切られていく。
散らばり、脈打ちながら霞んでいく、感覚。
痛い。
疑問。
怖い。
不安。
混ざり合う感情。
滲んだ視界に映るのは、苛立ちを覚えたくなるくらい綺麗に晴れた空だ。
もう力も入らない。
ただ、体が上下に揺さぶられる。
だが、剣だけは手放さない。
いつかは来ると思っていた、生の終わりの瞬間。
それは、ほんの一瞬で終わるものと思っていたのに、予想外に長引いている。
きっと、これは罰なんだろう。
人が死ぬとき、きっとその人は、故郷に残して来た親や兄弟を思い出すのだろう。
そう、今までの俺は思っていた。
だが、いざ自分がその立場になった時、揺さぶられる脳裏に思い浮かぶのは全く違うものだった。
出発前の、団長の演説。
馬の蹄の音、砂埃の臭い。
打ち上がる信煙弾。
巨人の姿、顔、足音、臭い。
死んでいった仲間達のかつての笑顔、耳に残る断末魔、焼き付いた死に顔。
そして。
それら全てを押し流すように思い起こされるのは、あの人の声だ。
ああ、世界の残酷さの中に、一粒くらい希望が転がっているのなら。
誰か、あの人をここに、呼んできてくれ。
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- 3 : 2014/05/06(火) 17:01:45 :
壁外調査前日の訓練の直後、兵長が俺に声を掛けて下さった。
正直、嬉しい、というよりは驚いた。
調査の前日で多忙な兵長が、こんな末端の兵である俺達の訓練をご覧になっているとは思わなかったからだ。
兵長は、他の兵士達には目もくれず、真っ直ぐ俺の所へ歩いてきた。
内心、兵長からお誉めの言葉を戴けるのではないか、と期待していた。
今回の模擬巨人戦闘訓練では、俺は他の誰よりも多く討伐数を稼いでいたからだ。
兵長の感想はとても短かった。
「なってない」
「え…」
「あんなスピードで飛んだら、後衛が置いてかれちまうだろうが…」
ショックだった。
俺の一番の強みは、立体機動のスピードだ。
それを根底から否定されたような気がして、思わず口答えをしてしまった。
「…で、ですが……立体機動中は、スピードを落とせば落とすほど巨人に捕まりやすくなる……わざわざ失速するなんて……………いや……すいません…一般兵の分際で……」
「…お前の立体機動の能力の高さは知っている。書類上じゃない、今までの調査で見てきた」
「こ、光栄です…!!」
「そして、それ故に…お前に何が足りないのかもわかる」
「…そ、それが…」
「お前には、仲間との連携能力が足りない…いや、正確には、連携しようという努力が足りない」
「努力……」
「俺達は、一人で戦っているわけじゃない…そもそも、巨人なんて、本来一人で戦うべき相手じゃねぇ……違うか?」
「は、はい…」
「己の力を信じても、仲間の判断を信じても、結果は誰にもわからない……だからこそ、お前は回りの人間と協力するべきだ…そうしなければ…」
「リヴァイ、急げ」
声のした方を見ると、団長が佇んでいる。
片手に鞄を持っているところを見ると、これからどこかに出掛けるのだろう。
「ちっ……とにかく、精進しろ。訓練に励め」
くるりと背中を向けて、兵長は早足で去っていく。
「は、はい…!!」
その返事が届いたかわからない。
用事があって忙しい中で、わざわざ足を止め、俺の訓練を見て下さったのだと、愚かな俺が気づいたのは、その時だった。
その上、上官への口答えなど、比較的自由な気風の調査兵団であっても許されることではない。
ましてや、兵士長に対してそんな態度を取れば、ただでは済む訳がなかった。
だが、 兵長はそんな俺の無礼な言動に対し、何も言わなかった。
もともと尊敬していたが、それは、崇拝にも近い感情になった。
兵長は、団長に何か早口で話した後、急いでどこかへ走って行った。
2人の背中が見えなくなるまで、敬礼を崩さなかった。
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- 4 : 2014/05/06(火) 17:02:17 :
「う………ぐっ…………あ……………」
噛まれるたびに漏れる声が弱くなっていくのが、自分でもわかる。
身体が何度も潰される痛み。
なぜこの巨人は俺をすぐに喰わないのか、という疑問。
死がじわじわと寄ってくる、恐怖。
このまま、俺は何もできずに死ぬのか、という不安。
陣形は今どうなっている?
限界地点はまだまだ先のはずだ。
本来ならもっと先まで進まなければいけない。
こんなところで悠長に、巨人と戦闘している場合ではないのに。
見通しの悪い旧市街地を通過中、陣形全体が、突然大量の奇行種に包囲されて、完全に足並みが乱れてしまった。
俺の班も善戦したが、高い建物の少ない環境ではあまりに不利すぎた。
違う。
そんなのは言い訳だ。
班の仲間を殺したのは俺だ。
俺がでしゃばったりしたから。
回りの仲間のことを考えずに、一人で切り抜けようとしたから。
『仲間と協力しろ』
兵長は、わざわざ前日に、俺に忠告を下さっていたのに。
頬を伝う熱い液体は、血だけではない。
悔しい。
仲間に、団長に、兵長に申し訳ない。
このまま死んでたまるかよ。
「最後に残るのは人類だ…!!」
声と、力を振り絞って、折れた剣を振り抜く。
それは、俺の体を長い時間掛けて咀嚼していた巨人の頬に刺さった。
ジロリと巨人が俺を見て、その巨大な顎に力が入った。
「ぐああああああああああ!!」
背骨が折れた気がする。
ああ、もうこれは助からないな。
医学には明るくない自分でも、なんとなくわかってしまった。
言葉なんか通じるはずのない化け物に、最後の強がりを言う。
「お前らなんか…きっと…リヴァイ兵長が……!!!」
俺の言葉の直後、巨人の背後を閃光のように通過する人影。
がくん、という静かな衝撃を感じると共に、巨人から生気が失われる。
彼だ。
待ち望んだ、彼が来た。
鋭い斬撃で切り取られたうなじの肉片が落ちて行くのを目で追いながら、俺も巨人ごと地面へ倒れる。
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- 5 : 2014/05/06(火) 17:02:48 :
「うっ………」
巨人の口の中に体が入っていたお蔭で、地面に落ちた衝撃が和らげられたようだ。
薄く眼を開くと、兵長が真上を通過した。
そういえばあっちに巨人が2体居た
そうか、あれを倒しに行くのか。
そう思っていると、すぐ傍に誰かが降り立つ音がした。
「大丈夫!?助けに来たわ!」
明るい、美しい茶髪の女性兵士…ペトラ・ラル。
巨人の口から俺の体を引きずり出し、手際よく止血をする。
「兵長は……あっちか……」
「ええ……兵長ならきっと大丈夫……」
そう言った瞬間、地響きが伝わってくる。
「1体倒したみたいね……あ、もう1体も……」
「はは……すげぇ……な………」
「気をしっかり持って……大丈夫、きっと……」
ペトラの手が傷口を強く圧迫する。
助かるにせよ、助からないにせよ、もう、全てを預けてしまおう。
さっきまで心の中を渦巻いていた、様々な感情から解放されて、安心感に包まれる。
それと同時に、意識が遠のいていく。
もういい。
もう、これで。
いや、違う。
良くなんかない。
俺はまだ、何も出来てない。
悔しい。
悔しい。
サク、サク、と、地面を踏む音がする。
「兵長………血が……止まりません………」
ああ、来て下さったのか。
俺なんかに構わないで、まだ戦っている他の兵の支援に向かって下さい、と叫ぶ自分と、最後まで傍に居て欲しい、と叫ぶ自分が居る。
「兵長、」
どちらを言うか決めかねたまま、ただ名を呼ぶ。
静かな足音の後、兵長が傍にしゃがみ込む。
「……何だ?」
「お…俺は…人類の役に…立てた…でしょうか……このまま…何の役にも…立てずに…死ぬのでしょうか…」
ああ、俺は本当にだめな奴だ。
これなら、傍に居てくれ、と泣きついた方がまだましだったかもしれない。
兵長を困らせてどうするんだ。
でも、きっとこれは、俺だけの言葉じゃない。
死んでいった仲間達も、同じような思いを心のどこかに抱えていたはずなんだ。
どうか、受け取って…。
気が付けば、空に向かって手を伸ばしていた。
血塗れの手。
こんな汚い手、潔癖症の兵長は、きっと見るのも嫌だろう。
ああ、また、兵長を困らせてしまった。
そっと手を降ろそうとした時、力強い手がそれを握る。
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- 6 : 2014/05/06(火) 17:03:02 :
「お前は、」
まさか、と思ったが、確かに手の感触がある。
人類最強にふさわしい、力強い手の、感触が。
「お前は十分に活躍した。そして……これからもだ。お前の残した意志が俺に『力』を与える」
兵長の目を見る。
ああ、この人も、こんな顔をするんだ。
何て熱い眼だろう。
何て強い眼だろう。
巨人からも、死の恐怖からも、自己嫌悪や無念や絶望の闇からも、この人は俺を救い出す。
身体が軽くなり、世界が、色彩を取り戻していく。
消えて行く俺を、力強い声が包み込む。
天への階段を駆け上がりながら、俺は何度もその言葉を心の中で繰り返す。
「約束しよう……俺は必ず!!巨人を絶滅させる!!」
【END】
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