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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

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名無の幻想 『骨』

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  1. 1 : : 2018/11/08(木) 20:53:13
    ある日、1人の少年が行方不明になった。
    この少年の謎の失踪はテレビによって報道されるが、時間が流れていくにつれ、皆の記憶からは失われていった。
    だが時を同じくして、世界中で奇怪な事件や現象が発生・目撃されるようになる。

    これは、今よりも少し時間の流れた日本の、緋翠市を舞台にした物語である。
  2. 2 : : 2018/11/08(木) 22:13:55
    商店街の1角、どこにでもあるような木製のベンチに座り、手に持っているコーヒーを飲む。

    「っぷはぁ...。」

    俺こと秋雲 伊御は、財布の中の少ないお小遣いで微糖のコーヒーを買い、自販機の隣にある木製のベンチに座って時間を潰していた。
    別にたそがれていたわけではない。学校で嫌なことがあっただとか、家に帰るのが苦痛だとかでもない。
    なんとなくこうしている、それだけだった。赤く染まった空や町の風景を眺めつつ、少しずつコーヒーを減らしていき、たまに混ぜるように缶を回す。特にこうする理由などない。ただなんとなくやっていたら、これが習慣になってしまっていたのだ。

    「...なくなった。くぁっ...さて、帰るとしますか。」

    長時間座ったままで固まっていた体を背伸びによってほぐし、空になった缶をゴミ箱に放り投げて「ストライクッ!!」なんてくだらない事をやって家路につく。

    いつもの光景、いつもの日常。この日もまた、いつものように家につき、晩御飯を食べて、風呂に入って寝る。そうなると思っていた。

    『クォォォォォォォォン!』
    「っ!?」

    家に帰ろうとした俺の耳に、つんざくような声がはいってくる。
    本物を生で聞いたことはないが、この耳に残る声は、おそらく狼の遠吠えで間違いない。

    『なに?この声』
    『犬の遠吠えか?』

    商店街にいた人たちが騒いでいる。と言うことは、この声は俺の耳がおかしくなって聞こえた幻聴の類ではないということ。となると、この声の聞こえた方向には狼、もしくはそれに近い遠吠えを発する犬がいる。

    「気になる...。よし、行ってみるとするか!」

    俺は声の聞こえた方角を思い出しながら、人混みを避けつつ商店街を駆け抜けた。

    後にして思えば、なぜこの時の俺は、聞かなかったふりなどではなく、音の発生場所を見に行くという発想に至ったのだろうか。
    だが、ただ1つ言えることは、この時の俺の表情は今までになく明るかったということ。



    商店街の脇道から狭い裏路地を抜けて、少し荒れたアスファルトの上を進むこと数分、声の発生源だと思われる場所に到着した。

    「ここだな、声のした場所は。」

    そこにあったのは、一般的な学校にある体育館とほぼ同じサイズの、今はもう使われていないのだろうかと思わせるほどに薄汚れた倉庫だった。
  3. 3 : : 2018/11/09(金) 20:48:45

    「近くで見ると、余計に汚れが目立つな。もうすぐ夜になるし、雰囲気的には肝試しにきた学生の気分だ。...現在進行形で学生やってたな、俺。」

    とりあえず、入口らしき扉を見つけたのでそこを開いて中に入る。どこにでもあるスライド式の扉だったが、錆びついていたのか、扉を開ける時には予想以上に力が必要だった。

    「結構力入れたのに、開けられたのはギリギリ通り抜けられる程度か。結構力には自信あったんだが...。まぁいいか、とりあえず通れる幅は確保できたしな」

    こじ開けた扉の隙間から、横歩きで中へと入る。倉庫内は外見ほど汚れている感じはしなかったものの、それでも壁や天井のところどころに茶色い錆びがついてしまっていた。

    「中は意外と普通なんだな。さて、目的の声の主はもう少し先か?」

    倉庫の中には、紐でまとめられている鉄パイプの塊や鉄骨がいたるところにあり、その影に身を潜めつつ抜き足差し足で倉庫の奥へと歩く。

    その時

    「ッ!なんだ!?」

    倉庫の奥、ちょうど俺が向かっていた先から、鉄パイプと何かが勢いよくぶつかる音がした。
    俺はしばらく動きを止め、耳を澄ませて物音を聞き逃さないようにする。だが、それ以降音は一切聞こえてこず、再び足を進める。
    数秒後、身を隠していた鉄骨の端に到達し、そこから顔を覗かせることができた。

    「ッ!?」

    思わず声が漏れそうになるのを、伊御は手を口に当てて抑える。鉄骨の端から顔を覗かせた伊御が見たものは、仰向けで倒れ、お腹にあいた穴から今も血を流し続けている女性であった。

    「なっ...なんだ...あの男...」

    しかし、伊御が悲鳴をあげた原因はそちらではなかった。むしろ今、伊御は自分の視線の先にあるものに気を取られ、女性の状態にまで意識が向いていない。

    「…」

    血の海に倒れる女性の前に立つ、腕を真紅に染めた男。だが、その姿は人と呼ぶにはあまりにも異形だった。
    全身から生えた白銀の毛、獲物を威嚇するような鋭い眼、返り血に染まった鋭利な爪。
    伊御は、そいつの正体を知っている。その男の、その姿の名は

    「人...狼...」
  4. 4 : : 2018/11/10(土) 15:46:19
    次の瞬間、俺は本能が鳴らす警告音にしたがってその場を離れようとした。「やばい...やばいやばいッ!」と、心の中で同じ言葉を何度も繰り返しながら。
    だが、その無意識の行動が命取りだった。逃げることにだけ頭が働き、視界に映っているものにまで反応することができなかったのだ。俺は逃げるために体を反転させ、元来た道を戻ろうと足を踏み出した。だがその瞬間、足元から鉄パイプを叩く音がした。踏み出した足の先に置かれていた鉄パイプを、俺は勢いよく踏んでしまったのだ。

    「し、しまっ...ッ!!」

    俺は音を出した瞬間、見つかったという恐怖心から顔を背後に向けた。そして見てしまった。腕を赤に染めた人狼の、俺を見るその鋭い眼を。

    「(う、動けない...恐怖のあまり体がすくんだのか)」

    その時、俺は蛇に睨まれた蛙の心情を理解した気がした。喰われるという死の恐怖を、はじめてこの身に味わった。
    だが、恐怖に支配された肉体とは裏腹に、俺の精神は冷静だった。一種の諦めの境地なのだろうか。俺は睨む人狼を意識から外し、動かない肉眼に映る空間を冷静に隅々まで見ることができていた。そのおかげで、今、人狼の目の前に倒れている女性の傷に気づいたし、人狼の真っ赤な腕の正体が返り血だということにも気がついた。

    「(あぁ...あの人の傷、相当深いな。瞬きすら今の俺にはできないが、せめて心の中で、黙祷を捧げるよ。)」

    人狼に睨まれ、体を硬直させたまま、静かにその女性の成仏を祈る。時間にして数秒、黙祷をし終えると、今度は別の思考が頭をよぎった。

    「(あの人と同じく、俺も殺されるんだろうか。腹にでかい風穴を開けられて、血を流して倒れるんだろうか)」

    それは、自分に起こるこれからの出来事を予想することだった。

    「(天国というものはあるのかな。今までの行いはいい方だと思うし、天国に行きたいな。それとも漫画や小説みたいに、転生したりするんだろうか)」

    自分はどう殺されるのか。死んだ後、俺はどこに行くのだろう。人生が終わった後の出来事を想像しながら、俺はその時が来るのをじっと待った。だが、待てども待てどもその時はこず、そこで再び、俺は意識の中に人狼の姿を映し出した。その時俺が見た人狼は、こちらに向けていた顔を再び死体の方へと向け、瞬き1つしたかと思うと、次の瞬間には勢いよく真上へ跳躍し天井に開いた穴からその姿を消した。

    「に、逃げた...のか?」

    人狼がその場から姿を消したことで、すくんで動けなくなっていた体が動き始めた。俺は自分にかかる重力に逆らうことなく、勢いよく尻餅をつく。尻に痛みはあるが、それは俺が生きている証拠でもある。どうやら、首の皮一枚、なんとか繋がったらしい。
  5. 5 : : 2018/11/11(日) 13:44:29

    ひとまず俺は、ここで起きた出来事の1つ1つを自分の中で整理しつつ、同時に、緊張で強張った肉体と、激しく脈打つ心臓を落ち着かせた。
    そして、ある程度心に余裕ができたタイミングでゆっくりと立ち上がり、血の海に倒れている女性に近づいていった。

    「こういう場合、救急車よりも先に警察を呼んだ方がいいのだろうか。うっ...」

    人狼に睨まれている間は感じなかったが、やはり人の血を見ると気分が悪くなってくる。まだまだ精神が未熟な俺には、大きめの水溜りができるほどの大量の血はあまりにも刺激が強すぎた。

    「...?なんだ?」

    一瞬、女性の首のあたりが光ったのを、俺は見逃さなかった。
    俺は光ったその場所へ血がつかないようゆっくり手を伸ばし、手のひらに触れた金属の感触を確かめるとゆっくりと自分の方へたぐり寄せる。

    「これは...」

    それは、目の前の女性とその彼氏だと思われる2人が肩を寄せ合い、最高の笑顔を浮かべている様子が撮られた写真入りのペンダントだった。

    「生前の姿...か。まだまだこれからだったろうに。」

    その後俺は、ひとまず警察に電話を入れることにし、その女性に背を向ける体勢で電話をつなげた。俺は、もう固まって黒くなり始めたその人の血と生々しい傷から、とにかく目をそらしたかった。

    「女性が血を流して倒れています。場所はーー」

    その時、背後から地面を擦る音がかすかに聞こえた。電話中ではあったが、その音は間違いなく俺の耳に届いた。

    「ん?」

    しかし振り返って見ても、女性が倒れているだけで物音がする原因になりそうなものはなにもなかった。

    「...?あ、すいません。場所は緋翠商店街の裏路地にある古い倉庫の中です。」

    再び俺は電話で情報を伝え始める。

    「...はい、わかりました。」

    そう最後に言うと、俺は電話を切った。

    「...あ、しまった。このペンダントも警察に押収されるなら、指紋とか取られて俺も容疑者になってしまうんじゃ...。...いや、どのみち第一発見者ってことで疑われることに変わりなかったな。」

    俺はペンダントを眺めながら、そう言葉を漏らす。


    その時、光を反射するほどに磨かれたペンダントに、俺ではない別のなにかが映った。

    「ッ!?」

    俺はとっさにペンダントを手から離し、全力で距離をとる。そこで、振り向いた俺の目に映ったものは

    「ギシャァァァア!!」

    人狼によって致命傷を負い、床に倒れていたはずの女性だった。
  6. 6 : : 2018/11/12(月) 21:59:14

    「ギシャァァア!」
    「くっ!?」

    背後から迫る女性から、ひたすら倉庫の中を逃げ回る。無我夢中で走り回り、もはや出口がどこにあるのかもわからないほどに、自分の脳はパニックを起こしていた。
    突如動きだした女の死体。言葉を一切話さず、ひたすらに俺を追いかけてくる。死体特有の青白い顔をよく見ると口からは牙のようなものが出ており、まるで、物語に出てくる吸血鬼やゾンビのようなその姿は、俺に強い恐怖とパニックを与えていた。

    「(落ち着け、落ち着け。)」

    脳を落ち着かせるため、自分自身に自己暗示をかける。だが、数分前の自分と同じようにとはいかなかった。後ろから追われることへの恐怖と、出口の見えない焦りが、さらに俺を追い詰めた。

    「はぁっ...はぁっ...」

    鉄骨や鉄パイプの塊が無造作に置かれた倉庫の中は、迷路のように入り組んだ道を形成している。俺は、なるべく直線を走らないように、曲がっては走り曲がっては走りを連続して行った。

    「はぁっ...はぁっ...」
    「ガァァァア!」
    「くっ、速い!」

    死体の女との命がけの鬼ごっこをしながら、俺は奴について、2つ気づいたことがある。
    1つは、異常なほどに足が速いこと。もし直線を走っていたのなら、一瞬で追いつかれて俺は終わっていたと感じるほどに速い。
    2つ目は、痛みをまったく感じていないこと。途中、ロープに縛られていなかった鉄パイプ数本を女に向けて思いっきり投げつけたが、まともに当たったはずなのに一切走る速度を緩めなかった。それどころか、走るスピードはさらに上がったような気がする。

    「ギィィッシャァァァア!!」
    「なっ!?」

    突然、後ろから追ってくるだけだった女が、痺れを切らしたかのように大きく叫びをあげる。次の瞬間、そばにあった鉄骨を片手で持ち上げたかと思えば、それを俺めがけて勢いよく投げつけてきた。

    「っ!?よっ、避け…」

    鉄骨を片手で持ち上げる女の怪力に意識がいき、自身に向けて投げられた鉄骨に反応することができなかった。到底、避けられるはずもなく、俺は迫りくる鉄骨を真正面から受け、あえなくその下敷きになった。
  7. 7 : : 2018/11/13(火) 21:56:08

    『(...ここは)』

    ゆっくりと開いた俺の目に映ったものは完全な無。周りに何もない暗闇の中に、俺はポツンと立っていた。光源になりそうなものは一切なく、無音な空間を見回してみてもそこにあるのは漆黒だけ。だがどういうわけか、自分の身体だけはしっかりと認識することができた。

    『(えっと...俺は一体...)』

    ひとまず状況を把握した後、俺はなぜこんな場所にいるのかを思い出し始めた。頭に少し痛みを感じたものの、自身が求める記憶を取り戻すまでさほど時間はかからなかった。

    『(そうだ。俺はいきなり動きだした死体に追いかけられて、最後は飛んできた鉄骨に直撃して...)』

    そこで始めて、伊御は自身が死んだことに気がついた。

    『(...そうか。とうとう死んじゃったかぁ。)』

    自分が死んだことに気がついても、伊御は不思議と落ち着いていた。いや、正確には実感が湧いていなかった。死を実感させる人狼の目にさらされ、刺激の強すぎる大量の血液を見て、そして突如動きだした死体に襲われる。時間にして1時間もない僅かな間に、普通なら一生体験するはずのない出来事を3つも体験したのだ。人一人がもつ脳の容量をオーバーし、処理が追いついていなかったとしても不思議ではない。

    『(人狼から生き延びたと思ったら、今度は倒れてた死体が動きだしてそっちに殺されたんだっけ。...まぁ、死んだものは仕方ない。来世こそ、寿命を布団の中で終える人生を送るぞ。)』

    と、来世の抱負を早々に決めた後、腰を下ろして何かが起きるのを待った。

    『(...)』

    しかし、待てども待てども変化は一切起きない。

    『(どういうことだ?)』

    俺は立ち上がり、何かないかともう一度まわりを見回す。しかし、最初にみた時と同じく、周囲には何もない暗闇だけが広がっていた。

    『(...ん?)』

    だが1つ、最初に見回した時にはなかったものがあった。位置は自分から見て左側。その方向には、遠くで紫の光を放つ何かが、ゆらゆらと漂っているのが見えた。

    『(なんだあれは...。見た目は人魂みたいだけど、色が禍々しすぎないか?)』

    伊御は徐々に近づき、まじまじと人魂らしきそれを見る。だが纏う紫の火のようなものがやや波打つだけで、人魂にそれ以上の反応はなかった。

    『(どうする...)』

    暗闇しかないこの場所で、現状を打破できる可能性があるものはこれしかない。伊織は覚悟を決め、ゆっくりとそれに触れた。

    その瞬間

    『(なっなんだ!?うわあああああああ!!)』

    触れた瞬間、人魂は紫の光を勢いよく放出し始めた。
    やがて放出された光はその場にあるものをすべて包み、伊御の意識はそこで途切れた。
  8. 8 : : 2018/11/14(水) 22:09:04
    少しずつ、死体は自分が仕留めた獲物に近づいていく。まるで猟師が獲物の生死を警戒するかのように、ゆっくりと獲物との距離を縮めていった。

    「グチャァア...」

    死体は笑うようにその口を開き、前歯にある大きな2本の犬歯を光らせる。言葉は話さずとも、口を大きく開いたその顔からは、仕留めた獲物を喰らいたいという欲望が溢れ出ていた。
    獲物まであと少し...。死体が刻一刻と伊御に近づいていく。その時ーー

    「グャ?グギャァァァア!?」

    突然、伊御が下敷きにされている鉄骨の付近から、黒紫の禍々しい光が噴水のように放出された。死体はその本能故か、すぐさま紫の光から距離をとり光を警戒する。

    放出された光の中心にある鉄骨がゆっくりと空中に浮かびあがり、やがて完全に地面から離されると、鉄骨はそのまま端の方に放り投げられた。投げた鉄骨は着地点にあった鉄パイプの塊とぶつかり、けたたましい音を倉庫内に響かせる。

    放り投げられた後に響く音や土煙にも死体は反応せず、その禍々しい光の中心からは目をそらさなかった。それどころか死体は、その場所を見てさらに警戒心を上げた。
    なぜならば、そこには絶対にありえない存在。自らが獲物として仕留めたはずの人間が生きて立っていたからだ。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    「...っ」

    イオは意識を取り戻した。まだ頭はぼんやりとするが、自分の目に映る光景は、死んだ時にみた光景そのものであることに気づいた。
    イオは、現世に帰ってきたのだ。

    「俺は...一体どうしたんだ。魂みたいな何かに触れたと思ったら、いきなり紫の光がでて...。」

    何が起きたのか、それはイオにはわからなかった。だが、すぐにイオはその思考を停止させる。自分の目に、自らを殺害した動く死体が映ったからだ。

    「チッ...まだいたか。逃げてたりしないかちょっと期待したんだが。」

    どうやら死体は俺を逃す気はないらしい。今度は追いかけることはせず、最初から手当たり次第に鉄骨や鉄パイプを投げつけてきた。

    「くっ! ...はっ?」

    俺は驚愕した。飛来物から身をかわそうと僅かに足に力を入れただけで、次の瞬間には自分では到底出せないだろう速度をだし、横に勢いよく飛び出したのだ。

    「うわっ!?」

    意図しない勢いだということは、当然受け身など取れない。イオはそのまま、側にあった鉄骨に勢いよくぶつかってしまった。

    「いった!...くない?」

    イオがぶつかった鉄骨は、その衝撃でくの字に曲がっている。つまりはそれは、ぶつかったイオの方にも甚大な衝撃があったということ。だがそれほどの衝撃を受けていながら、イオには怪我どころか、ダメージすらなかった。
  9. 9 : : 2018/11/15(木) 22:16:44
    「(なんだ?足に少し力を入れただけで...。それに、この鉄骨の凹み具合からしてかなりの勢いでぶつかったはずだ。それなのに、俺は痛みをまったく感じなかった...)」

    自分の体に何が起こっているのか、俺自身理解できなかった。だが、そんな中でも相手は待ってはくれない。困惑している俺に向かって、死体は急速に近づいてきた。

    「グッシャァァァァア!!」
    「チッ!そうなんども、やれると思うな!」

    死体はイオに対して飛びかかり、その長く伸びた爪を突き出してくる。イオはそれに対して、がむしゃらに拳を放つ。

    「い"っ"!?」
    「グェパッ!?」

    死体の爪より先に、イオの拳が奴の顔に直撃する。死体は顔に襲いくる衝撃だけではるか後方に吹き飛び鉄骨の山に突っ込んだ。
    だが死体も、そう簡単にはやられなかった。奴の爪の切っ先が、イオの肩に傷をつけていたのだ。

    「いてぇ...。鉄骨にぶつかった程度じゃ痛くも痒くもなかったのにッ。」

    よくみると、肩の傷は予想以上に深かった。理由はわからないが、とにかく死体との距離は、感覚より少し長めに取る必要がありそうだ。

    「ヴェガァァア!!」

    俺が吹き飛ばし、かなりの速度で鉄骨にぶつかったはずの死体は何事もなかったかのように起き上がり、急速に自分との距離を縮め攻撃を再開した。

    「ヴェア!ガッ!ガァア!!」
    「ぐっ!はっ!こんのっ!」

    死体は伸ばした爪を、高速で振って攻撃してくる。まるで『お前をバラバラに引き裂いてやるぜ!』と言わんばかりの斬撃の嵐に、イオは苦戦しつつも応戦する。だがイオはその斬撃のすべてを避けることはできず、3回のうち1回はダメージを負っていた。逆に死体の方はといえば、相手が拳であるのに対してこちらは爪の分リーチが長く攻撃を喰らう回数が少ない上、そもそもあまりダメージがないので、着実にイオを追い詰めていった。

    やがて、双方の攻撃がやんだ。その時片膝をついたのは、イオの方だった。

    「はぁ...はぁ...。爪や筋力もずるいが、それだけの斬撃を繰り返して、よく体力持つな...。はぁ...。いや、死体に体力なんて関係なかったか」

    せめてもの抵抗に、目の前の死体に対して悪態をつく。だが奴は、その悪態を一切気にすることなく、疲労で動けなくなった俺の肩を掴み、鋭く伸びたその牙で噛み付こうとする。俺にはもう、それを阻む体力は残されていない。少しずつ、奴の牙は俺に近づいてくる。

    「ッ!?ギャガァァアアアアアアア!!」

    突然、イオを掴んでいた死体の手が離れた。イオは地面に手をつき、首だけを動かして奴の方を見る。
    奴は顔の半分から肩へかけて、肉が赤く溶けだしていた。

    「な、なにが...。」


    「そいつは、お前の手に負える相手じゃない。」

    その声は、俺のちょうど後方から聞こえてきた。
    俺は体の痛みを忘れて、体ごと後方へと向き直る。

    そこには、自分と同じ黒髪の男が、片手を前に突き出して立っていた。

    「だ、だれだ...」
    「説明してもいいが、まずは目の前の敵からだ。」

    俺はその男の声を聞くと、不思議と心が安らいだ気がした。久しぶりに聞いた人の声だったせいなのか、それとも別の何かか。だがその男の声には、心を落ち着かせるなにかがあった。

    男の放つ空気が変わった。その瞬間、男の周囲には黒い風が巻き起こった。その黒い風は、やがて竜巻となり完全に男を包み隠し、僅かな銀色の光を放つようになる。
    そしてその風が完全に晴れた時、イオが見たものは

    「銀の...髑髏...」

    天井から僅かに漏れる月の光に照らされた、銀に輝く髑髏であった。
  10. 10 : : 2018/11/16(金) 21:20:24
    「立てるか」
    「あ、あぁ。」

    俺は、髑髏男の言葉にそう返してから立ち上がる。

    「その姿は...いったい?」
    「説明は後だと言ったはずだ。それに見た目は...」
    「グァギヤァああああ!!」
    「っ!?きたっ!?」

    顔から胸へかけて半分ほど溶けた動く死体が、叫びをあげてこちらに向かってくる。だが

    「俺もお前も似たようなものだ。」
    「グベァ!?」

    髑髏男の一撃をくらって、奴は走る勢いを完全に殺される。それどころか逆に、奴は後方へ数メートル押し戻されていた。
    イオの時とは違い、今回奴は地面に足をつけていたためはるか後方へ吹っ飛ぶということはなかったが、押し戻された奴の足元がえぐれているのを見るに、イオは髑髏男が、自分と同等かそれ以上のパワーを持つと理解できた。

    「その力...それに、似ている...?」
    「考えるのは後にしろ、無駄な思考は神経を鈍らせるだけだ。今は戦いだけに集中しろ。」

    髑髏男はそういうと、動く死体へ向かっていった。
    俺はその後に続く...ことはせず、さっき髑髏男に言われた言葉の意味が気になっていた。

    「俺と...同じ...。っ!?」

    俺は、自分の腕を見て驚いた。先の戦闘で、自分の腕には奴につけられた大量の切り傷と血がついていたはず。だが今、自身の腕を見ても傷どころか血すら付着していなかった。その代わりに、黒と紫の肌が、俺の目に映ったのだ。

    「なんだ...これ?俺は...どうしたんだ?」

    肩、胴、足。首を回して確認できた箇所だけでも、俺のかつての肌色の皮膚は一切見えず、すべて黒と紫の肌になっている。そして、突如として自分の目に映る光景が、真っ赤に染まり始めた。

    「うわっ」

    見慣れない光景と錯乱した脳が反応を遅らせ、イオは地面の突起に足を取られて腰をついてしまう。

    「はっはは...俺、どうしちゃったんだろう?俺は、夢を見てるのかな」

    イオは、自身に起こったことが理解できず、とうとう現実から逃避し始めた。

    「残念ながら、それは幻でも夢でもない。実体のある現実だ。」

    髑髏男は、暴れまわる女の死体に応戦しながら、錯乱するイオにそう言葉を投げる。

    「これは...夢じゃない?現実?じゃあ俺ハ...オレハ...」

    目に映る赤い光景を見ないように顔を両手で隠しながら、イオは朦朧とする意識の中、ゆっくりと立ち上がった。

    「なんカ...あカイナ...ゼンブがアカクミエル...」
    「怨念に取り憑かれるぞ、意識をしっかり持て!」
    「グギュルルァァァア!!」
    「くっ」

    髑髏男の投げかけも、動く死体の叫びも、今のイオには聞こえない。彼は、ゆっくりと意識を手放した。
    イオの腕から力が抜け、隠れていた眼が露わになる。人を優しく照らす青い月のようなイオの眼が、今は不吉な紅に染まっている。

    「グルァァ...ガァァア!!」

    イオは、化物になった。
  11. 11 : : 2018/11/17(土) 21:21:41

    「ガシャァァァァア!!」
    「...ッ」

    元々俺がここに来た理由は、目の前で俺の頭部を固執して狙ってくる女の気配を感じたからだった。

    「ガァアッ!!」
    「ふッ!」

    今日、俺はすでに、こいつも含めて3体の同種を相手にしている。前に戦った2体は常に気配を放ち続けていたが、今回の奴は急に気配が現れたところから察するに、一度人の状態で殺された後に『吸血鬼』と化したらしい。
    そう、奴は、目の前の動く死体の正体は、伝承に登場する夜の魔物、『吸血鬼』だ。

    「はぁっ!」
    「ガギャ!?」

    とは言っても、正式な名前であるかは俺にもわからない。ただ奴の持つ特徴は、物語の中の吸血鬼の特徴と一致するため個人的にそう呼んでいる。現に今、奴が狙っているのは俺の銀色の髑髏の頭だ。奴らは、銀色のものに警戒し攻撃してくる。伝承の吸血鬼も銀が苦手だったはずだ。

    だが、俺の予定は完全に狂ってしまった。その理由は、先ほどまで人間だった黒髪の少年にある。

    「ガギャアアアア!!」
    「グルァァァァァ!!」
    「前後からの挟み撃ち...面倒だな。」

    前からは吸血鬼、背後からは人間が変貌した魔物が襲ってきている。あいつの黒と紫の肌からすると、さっきの少年は『ゾンビ』に変貌したらしい。だが今の俺には、目の前の吸血鬼よりも面倒な相手だ。
    複数ある吸血鬼の特徴の一部として、並外れたパワーとスピードを持ち、そして銀や日光が苦手だというものがある。
    それと同じく、ゾンビにも吸血鬼とは違った特徴がある。
    その特徴もいくつかあるのだが、今もっとも問題なのはゾンビの復活能力だ。

    「グァバァァア!」
    「...ッ」

    ゾンビは、攻撃によるダメージでその生命活動を停止させても、体を黒い靄に変化させてそこから完全な状態で復活することができる。そしてそれは、モンスターの力はそれを宿した人間の方にも影響を与える。今の俺が吸血鬼と戦える身体能力を持つのも、宿したモンスターの力によるものだ。

    吸血鬼の場合、1度人間側が死ぬとその意識が復活することはなく、完全に吸血鬼へと変貌する。
    だがゾンビは、その能力ゆえに死んだ人間の意識も復活する。

    すなわち、今のゾンビを相手にするということは、人間1人を相手にするのと同義であるということ。吸血鬼のように人として死んでいるのなら、俺は容赦なく葬ることもできる。だがゾンビの場合は、人としての意識を持ちながら、自分の体を制御できずにゾンビ側の意識に引っ張られて暴走しているだけだ。
    人間を見殺しにするなど俺にはできない。だが俺のゾンビへの攻撃には、吸血鬼へのものと比べて確実に力がこもっていない。このままではいずれ、2体の魔物に追い詰められてしまう。だから、

    「...仕方ないッ!」

    多少荒療治にはなるが、俺はゾンビをその呪縛から解き放ち、変化する前の人間に戻すことにした。
  12. 12 : : 2018/11/18(日) 22:07:15
    「...ッ!」
    「ガルァァァア!」

    背後から追ってくる吸血鬼の攻撃を避けながら、俺は自身を囮にして吸血鬼を誘い込み、吸血鬼とゾンビを分断する。スピードは圧倒的に吸血鬼の方がはやいため、2体の距離はかなり離れてきた。

    「もう少し...」

    ゾンビを人間に戻すために必要なこと。それは、どうにかして吸血鬼とゾンビを分断し、ゾンビとの一対一の状況を作り出すことだ。
    その状況を作り出せれば、吸血鬼は隔離しようが倒そうがあまり関係はない。しかし今、この倉庫にあるもので吸血鬼のパワーを持ってしても破壊できない障害物は、残念ながら存在しなかった。つまりそれは、吸血鬼を何らかの方法で倒さなければならないということ。だが、

    「ギッシャァ!」
    「くっ...」

    吸血鬼の爪を、俺は体を少しずらして避ける。

    だが今の時間は、日が沈み、あたりを暗闇が包む夜。つまり、吸血鬼最大の弱点である日光が存在しないのだ。

    「そうだ、もっと近づいてこいッ!」

    しかし、吸血鬼を倒す方法はもう1つある。それは、さきほど吸血鬼に向けて放ち、奴の肉を溶かした技をもう一度使うこと。そしてここに、俺がゾンビと吸血鬼を分断したもう1つの理由があった。

    俺は足を止めて背後の吸血鬼の方へ向き直り、右腕を構え目の前の標的へ狙いを定める。

    「(脳内に自身の肉体を映し出し、さらに肉体の深層にある魂を強くイメージする...。そしてその魂を包む、蒼く、炎のように煌めく生命エネルギーを意識の中で操作し、構えた右腕に流し込む...。)」

    そうして右腕に流れた生命エネルギーは、蒼い炎として具現し拳を包む。
    人が生み出す生命エネルギーとは、太陽から放たれるエネルギーと同じもの。つまり、腕に纏った生命エネルギーは吸血鬼の弱点になりえるのだ。

    「準備...完了だ。」

    俺は拳を強く握りしめ、吸血鬼に対して最後の時を告げる

    「ギィッシャアア!!」
    「吸血鬼、貴様をここで...葬るッ!」
    「ガァルィア!!...ッ!?」
    「甘いッ」
    「ガァッ!?」

    吸血鬼は、やはり最後まで頭部の銀の髑髏を狙い、空中から飛びかかりを仕掛けてきた。だが、それは甘かった。髑髏男は吸血鬼が飛びかかってきたその瞬間を逃さず、頭部を狙った奴の爪を避けて懐に潜り込み、拳に纏った生命エネルギーを叩き込んだ。

    「カッ...アグァッ...」

    しかし、それだけでは吸血鬼は倒れない。確かに奴の腹部は溶けて抉れているが、吸血鬼はその程度であれば多少時間はかかるが確実に再生してしまう。
    だから俺は、握りしめた拳を開き奴の肉を掴み、残っていた左手を奴の溶けた腹部に突っ込んで、俺の持つ生命エネルギーを直接奴に流し込んだ。

    「"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ア"!!」

    吸血鬼の溶けた肉片が顔にかかるが、俺はそれを気にすることなく生命エネルギーを流し続ける。奴は絶叫を倉庫内に反響させながら、やがて朽ちて消えていった。
  13. 13 : : 2018/11/19(月) 21:35:54
    「はぁ...はぁ...」

    吸血鬼の最後を見届けた後、俺は体勢を崩し片膝をついた。今、俺は体が全く動かせない。

    「...ッ...」

    そう、これが吸血鬼とゾンビを分断したもう1つの理由。
    この技は、生命活動を送るために必要な生命エネルギーを大量に消費する。そのため、消費したエネルギーの分だけ体に必要なエネルギーが不足してしまい、結果、身体の一部が動かなくなる等といった不調に陥ってしまうのだ。

    今日だけで同じ技をすでに2回使用しており、さらに今の1回。エネルギーは比較的短時間で回復するとはいえ、これだけ連続して使用すれば体への供給が追いつかなくなるのも当然だった。

    「グァァァア!」
    「...ちっ、想定していたより距離を離せなかったか。」

    前方から、俺を狙うゾンビが向かってくる。奴とはかなり距離を離していたはずだが、回復する時間を稼げるほどではなかったらしい。

    「グォォォアア!!」
    「ぐッ...」

    体が動かせないため、俺はゾンビの一撃をまともに食らってしまう。体の表面に展開した外骨格によって威力は軽減されているが、攻撃によるダメージ自体はしっかりと肉体に入っている。しかし、今の俺には何もすることができず、ただ奴の攻撃をノーガードで受け続けた。

    「グェア!」
    「がッ...」

    顔に殺意のこもった拳を受け、

    「グォア!」
    「っ...」

    腹に躊躇など一切ない蹴りをくらい、

    「グァルル...グルァァ!」
    「ッ!...がはっ!」

    首を掴み体を持ち上げ、がら空きの胴体へさらに拳が叩き込まれる。その衝撃は俺をかなりの距離吹っ飛ばし、俺は倉庫の壁に勢いよくぶつかった。

    「まだ...だ。まだ、足りないっ」

    奴は、壁まで吹き飛んだ俺に再び近づき、さらに追撃の構えを取る。

    「グルルルァ...」
    「...くっ」

    なんとか腕を動かせる程度のエネルギーがたまり、俺は腕を顔の前で交差させて、奴の攻撃に備える。

    「グル...」
    「...?」

    しかし次の瞬間、ゾンビの動きが止まった。まるで時間が停止したかのように、完全に止まったのだ。

    「ガ...ガァ...」
    「な、なんだ...。なにが起きたんだ」

    今までゾンビと戦ったことは何度もあるが、この現象を見るのは初めてだった。これからなにが起こるのか、それは一切わからない。その時、

    「...ノ...」

    ゾンビの口が動き、何かを話した。

    「タ...ノ...ム」

    頼む。

    それは短く、だが確かに、イオが出した言葉であった。
  14. 14 : : 2018/11/20(火) 21:34:50

    『...ん...』

    いつのまにか閉じていた瞼を、ゆっくりと開く。視界がぼやけていてはっきりとしないが、だいぶ眠っていたようである。

    『あれ...?俺...いつ眠ったんだっけ...』

    寝起きで視界がぼやけるように、自分の頭もまたうまく起動していないようだ。

    『えーっと...今の時間は......?』

    俺はいつも、朝起きた後は充電に刺した携帯を手に取り時間を確認する。今も、携帯を掴むために手を伸ばす。

    だが、ナニカが俺の手首を引っ張る。腕を動かした瞬間、まるで縄かなにかを巻き付けられているような感覚が手首に走った。

    『...?...!?』

    みると、黒紫のナニカが自分の四肢すべてに巻き付いている。

    『えっ!?な、なんだこれ!?』

    縛られていると脳が認識した瞬間、俺は瞬時に腕に力を入れて黒いナニカを思いっきり引っ張る。
    だが、ナニカは引っ張れば引っ張るだけ伸び続け、やがて腕に力が入らなくなるとナニカは伸縮し腕を元の位置に戻す。

    『...くっ!...はぁっ!...はぁ...はぁ...。だめだ、ゴムみたいに伸びて離れない...。』

    いくら力を加えても、引っ張れば引っ張るだけ伸び続け、腕の力を弱めると一気に縮小する。今度は足で試みるも空中に浮いているせいか腕の時より力が入らない。結局、無駄に体力を消費しただけだった。

    『はぁ...はぁ...。』

    四肢の力をすべて使い果たし、顔に滝のような汗をにじませる。パニックを起こしていたせいか、瞬く間に体力がなくなってしまった。

    『はぁ...。なんなんだよ...これ。』

    腕を縛るナニカを、俺はじっと見る。
    俺は、完全に起動した脳をフル回転して、思い当たることがないか記憶を遡っていく。すると、その黒いナニカについて、1つ心当たりがあった。

    『なんか、あの時見た黒い魂みたいな...』

    それは少し前。動く女の死体に鉄骨を投げられ、俺がその下敷きになった時だ。その後の真っ黒な空間の中で見た黒紫の魂と腕を縛るそれは、限りなく近い見た目をしていた。

    『まさか...これってあの時の...』

    その可能性に気づいた時、俺はあの時に触った魂がすべての元凶であることに気がついた。

    『俺の肌が黒くなったのも、人1人を突き飛ばすほどに力が強くなったのも、すべてあれに触れてから起きた...。』

    考えれば考えるほど、その可能性は高くなってくる。そして、眼前に広がる空間も魂に触れた時にみた真っ暗な空間と似ていた。
  15. 15 : : 2018/11/21(水) 21:22:45
    『やっぱり...。原因はあの時触れたやつだ。』

    俺は今までに起きた現象がすべて、あの時に触れた黒い魂のようなものであると結論付ける。そして次に取った行動は、どうにかして手足を縛るナニカを解く方法を考えること。

    『ふんっ!!...はぁ...はぁ。ぐぅっ!!...はぁ...。』

    俺は体力が戻ってくると、また腕に力を入れてナニカを思いっきり引っ張った。だが何度やっても千切れる兆候などなく、伸びては戻りを繰り返す。

    『ぬぐっ!!...だぁっ!...はぁ...はぁ...。...あれ?なんだあれ?』

    再び体力を消耗した俺に、何かがゆらゆらと揺らめきながら向かってくる。それはやがて俺の目の前にまで到達すると、ピタリとその場で静止した。

    『なんだろう、これ...。見た目はあの魂みたいなやつに似てるけど...』

    それは、自分の頭がすべての元凶だと判断した黒い魂のようなものと見た目はそっくりだった。

    『でも、違う。あの時触れたやつみたいに、怪しい感じはしない。むしろ、どこか暖かい...。』

    だが、決定的に違うことが1つある。今目の前にあるそれは、黒や紫などではなく蒼く優しい光を放っており、ほのかな暖かさを感じさせた。

    目の前に静止する蒼い魂は、やがて薄く透け始め、何かを映し始めた。

    『...?...!』
    《ガシャァァァァア!!》
    《...ッ!》

    そこに映っていたのは、髑髏の頭が目立つあの男と、俺を1度殺した女の死体。

    『すごいな...。まるで吸血鬼の動きを完璧に把握してるみたいに完璧に避けている...。』

    映像に映る髑髏男の動きは、戦闘に慣れていなければ到底できないものだと素人の俺の目からでも伝わってくる。映像の手前から伸びる黒い腕にも、男は背後からの一撃であるにもかかわらず冷静に対処している。

    『...え?』

    その時、俺は僅かに違和感を覚えた。映像には、銀の髑髏の頭が目立つ男と、口から2本の光る牙を覗かせる女の死体。

    そして、映像の手前から伸びる黒い腕が2本映っていた。

    『黒い腕...?』

    その時、蒼い魂に映る映像が乱れた。
    それはちょうど、髑髏男の拳が映像に向けて叩き込まれたタイミングと同じ。

    『なんだ...。この違和感...』

    映像は、髑髏男を女の死体と映像の視点が挟み込む形になる。
    映像に映る黒い腕、まるでビデオカメラの動画を見るように激しく動く映像。

    イオは少しずつ、その違和感の正体に近づいていく。
  16. 16 : : 2018/11/22(木) 22:05:48
    やがて、イオは違和感の正体を突き止めた。それはちょうど、首を横に向けて、ナニカに縛られたその腕を見た時である。

    『...まさか、あれは俺の腕!?』

    俺はそう疑問に思い、映像に映る腕と自身の腕を何度も見比べた。そして複数回見直すにつれて、それを確証した。

    映像に映るその腕は、間違い無く俺の腕だということに。

    『なんでだ!?俺は何もしてないぞ!?』

    映像に映るのが自身の腕だということは、今、女の死体とともに髑髏男を襲っているのは自分自身であることに他ならない。
    だがイオとしての意識は今、間違いなくこの真っ暗闇の中で正体不明のナニカに四肢を縛られている。

    『やばい!なんとかして映像の中の俺を止めないと、取り返しのつかないことになるッ!』

    俺は目の前の映像を映す魂のようなものに、ナニカに腕を引っ張られながらそれでも懸命に手を伸ばす。それは、前に黒い魂に触れた時は現実に戻ることができていたという経験と、目の前のそれに触れれば現実に戻ることができるかもしれないという推測から出た行動だった。

    『ぐぅっ!!あ"ぁ"!!』

    もはや形振りになど構ってはいられない。自分でもよくわからない声を出しながら必死に前に手を伸ばす。だが腕を縛るナニカは、その意思を知ってか知らずか縮小する力をより強くしたような感じがした。

    『はぁあ!!がぁあ!!』
    《グァァァア!》

    魂に映る映像には、片膝をつき動きを止めた髑髏男に、映像の中の俺が襲いかかろうとする瞬間が映る。
    俺はそれをどうにかして食い止めるため、必死に、そして全身の力を腕に込めてナニカを引っ張った。

    『"あ"ぁ"あ"』
    《グォォォアア!!》
    《ぐッ...》

    必死にナニカを引っ張って手を伸ばしている間にも、映像の中の俺は髑髏男に襲いかかる

    『止まれッ、止まれよッ!』

    何度そう声に出しても、映像の中の俺は攻撃を止めない。俺の肉体は、男の顔に拳を叩き込み、腹には蹴りを食らわせている。

    『もう少し...後もう少しなんだッ!』

    イオの伸ばした手の先は、もう少しで魂に触れられるというところまで迫っていた。
    魂に映る映像には、俺の体が男の首を掴み、壁にまで突き飛ばす場面が映し出されている。

    俺の体は、男を突き飛ばしてなおその攻撃を止めようとはせず、さらに追い討ちをかけるために男に近づいていった。

    『(だめだッ、このままじゃ間に合わないッ!)』

    必死に腕を伸ばすが、今の状態では届くまでにさらに時間をかけてしまう。
    しかし映像の中の俺は、すでに突き飛ばした男の目の前にまで迫っており、このままでは到底間に合わない。だから

    『(一か八かッ!...ぐぅッ!!"ぁ"ぁ"ぁぁ"ぁ"ぁ"あ"!)』

    全身全霊をかけて、俺は目の前の一点に腕を放つ。


    そしてその腕は、ついに、魂を掴んだッ!


    『やっ、やった!これで!...?なんだ、どうした?』

    確かに蒼い魂には触れて、手の中にあるそれは眩い光を放っている。だが、前の時のように意識が途切れるといったことはない。

    『なぜだ!?これで戻れるはずじゃ!?』

    やはり、光る以外の反応はない。

    『くっ!なら声だけでもいい。頼む!俺の体を止めてくれ!頼むッ!頼むッ!』

    ならばせめてと、俺はその光に向けて声を出した。その声が、現実に伝わるよう願って。
  17. 17 : : 2018/11/23(金) 22:12:57
    「タ...ノ...タノ...ム...」

    目の前のゾンビは四肢を一切動かすことなく、ただ言葉を発する。
    奴の口から紡がれるその言葉はゾンビの意思などではなく、ゾンビになる前の少年の言葉であることを俺は理解した。

    「...すまない。」

    少年が作り出してくれた僅かな隙を利用し、俺はエネルギーの回復に集中する。

    「...タ...ム...」

    やがて、ゾンビから発せられる声がだんだんと小さくなってゆく。それは、イオの意識をゾンビが少しずつ蝕んでいっている証拠だ。おそらく後数秒でイオの意識は消え、ゾンビの意識が肉体を支配するだろう。

    「...グッ...グルァァ...」

    ゾンビは、完全に言葉を話さなくなった。徐々にその肉体は動き始め、再び髑髏男に襲いかかる。

    だが

    「グガァァア!!...ッ!?」

    ゾンビの一撃が、目標を捉えることはなかった。そしてその攻撃は、そのまま倉庫の壁にぶつかり鈍い音を響かせる。

    「グッ!?グルァ!!!」

    完全に標的を見失ったゾンビは、首を、全身を動かし必死に周囲を探る。

    「こっちだ。」

    ゾンビは、声のした方へと振り向く。自らの標的である髑髏の男は、そこに立っていた。

    「グルァァァァァァア!!」

    仕留められたはずの獲物に逃げられ、ゾンビは怒りの叫びを発する。

    「...」
    「グゥラァァァァァア!」

    髑髏男は余裕を崩さない。だがその目は、向かってくるゾンビをしっかりと見据えていた。

    「グァァァア!!」
    「...フッ」

    ゾンビは構えた右腕の拳に、勢いを乗せて放った。だが男は、それを予測したように体をゾンビの左側へと寄せて、がら空きになったゾンビの腹に掌をあてる。そして

    「ッ!?グォアアアア!!」

    蒼い光が、男の掌よりゾンビの体へと流れていく。それは、髑髏男が具現させた生命の波動

    「アアあアアああアあ...」

    だがその光は、吸血鬼を滅した炎とは明らかに違う。暖かく、温もりを感じさせる優しい光であった。

    「ア...あ...」

    波動を流されたゾンビは、その意識を刈り取られ地面に勢いよく倒れこむ。それを髑髏男は受け止め、仰向けにして地面にゆっくりと降ろす。

    「...さて」

    男は、再び自身の両腕に波動を具現させた。

    「ゾンビを、少年の魂から剥離させるッ。」

    具現させた波動を流し込み、イオの魂に生命エネルギーを分け与えて活性化させ、ゾンビの魂を分離させる。
    ゾンビの持つ黒い肌は、イオの持つ健康的な肌色となり、ゾンビはイオへと少しずつ戻り始めた。
  18. 18 : : 2018/11/24(土) 21:16:39
    「...よし、これでいい。」

    数分後、俺は少年の魂からゾンビの魂を分離させ、ゾンビの力を一時的に封じ込めることに成功した。少年の体色は、黒から肌色に完全に戻っている。これでしばらくは、無意識のゾンビへの変化はないはずだ。
    少年の意識の回復にはまだ少しかかるため、俺は自身に宿るスケルトンの力を解除してから上着を脱ぎ、それを少年にかける。
    魔物への変化は衣服などもまとめて変化するため、こうしなければ上着を取り出せないのだ。

    「...はぁ。」

    魔物から人間に戻すこと自体は初ではないが、かなりの集中力を必要とするため精神面にかなりの疲労が溜まってしまった。

    「...問題はこれから...か」

    気がかりなのは、少年のこれからについてだった。いくら体内の魔物の力を抑制したとはいえ、近いうちにまたゾンビ化する可能性は充分にある。その時、俺が再び人間に戻してやれる可能性は限りなくゼロだ。

    「...」

    一番いいのは、本人が魔物の力を制御できるように肉体と精神の両面を鍛えることだろう。だが、それを耐えられるかどうかは本人次第だ。強制はできない。

    「ッ...誰だ」

    その時、倉庫の入り口から何者かの気配が近づいてくる。それが新たな魔物である可能性を考え、俺はいつでも魔物へ変化できるように構えた。

    「すいません、警察の者ですが」

    しかし、その心配は無用だった。

    「...警察?」
    「はい。こちらに女性が倒れていると通報があり、駆けつけたのですが...」

    どうやら少年は、吸血鬼の女が倒れていたのを見て警察に通報したらしい。それは正しい判断だったとは思うが、俺より先に警察が到着していたなら、今頃は倉庫内に大量の死体が散乱していたことだろう。警察より先に到着できたのは運が良かったと言わざるおえない

    「見たところそのようなものは確認できませんが...」
    「あぁ。俺も見ていない」

    ここで奴がモンスターになったと説明しても、この警官がそれを信じる可能性は0だ。それに、先の戦闘で女の死体は完全に朽ちて消えているため、必然的に元からそんなものはなかったと証言するしかない。

    「そうですか。いたずら電話だったのでしょうかね...?。ところで、1つお聞きしてもよろしいですか?」
    「...なんだ?」
    「後ろの少年は一体?」
    「(やはり聞かれたか...。)」

    おそらく警官の目には、俺は気絶する少年のそばに佇む怪しい男に見えていることだろう。今いる場所が、人の寄り付かない夜の倉庫の中というのもこの疑いに拍車をかけている。
    だが、残念ながら今の俺には無実を証明することはできない。事実気絶している原因は俺にあるのだから。
    俺はとりあえず無言はまずいと、警官に対して説明の言葉を口から出そうとする。

    だが

    「...ん...」

    その時、少年が目を覚ました。
  19. 19 : : 2018/11/25(日) 21:09:46
    「...あれ...」

    俺が目を開けて最初に見た光景は、髑髏に変身していたはずの男と警官が何かを話している光景だった。

    「...起きたか」

    現状の把握をしていると、男が俺に話しかけてきた。

    「はい...えっと、俺は一体...」
    「その話は後だ。それよりも」

    男はそう言って背後の警官に目を向ける。俺もそれにつられて目を向けると、警官は軽く会釈をして話し始めた。

    「こんばんは。こんなところで一体どうしたんですか?」
    「こんなところ...」

    そこで俺は、ここが倉庫の中であることを思い出した。夜に俺がこんなところで倒れていれば、何かあったのではと疑われるのも無理はない。そして、事情を知らない警官はきっと、隣にいる男のことを疑うだろう。この人は俺の命の恩人 ーまぁ一度死んだのだが...ー であり、何かあっては申し訳がたたない。

    「あぁ...すいません。好奇心で倉庫に入ってみたんですが、途中貧血で倒れてしまいまして。それを中に入るところを見ていたこの人が見つけて介抱してくれていたんです。」
    「倉庫に一人で...ですか。」

    警官は怪しいと探るような視線を俺と男に向けるが、すぐに顔を戻して言葉を続けた。

    「そうですか。次からはちゃんと気をつけてくださいね?」
    「はい...すいません。」

    とりあえず疑いは晴れただろうか...。

    「あ、それからもう一つ」

    警官は、俺に対してもう1つ質問をしてきた。

    「この辺りで女の人が倒れていると通報を受けたのですが、それについて何かご存知ではありませんか?」
    「あ、それは...」

    俺は、ナニカに四肢を縛られていた時に見た映像を思い出した。肝心の箇所は見ていないが、俺の体が髑髏男に襲いかかった時にはすでにあの動く死体はいなかった。
    おそらくその原因は、男が何らかの方法で動く死体を倒したからなのだろう。だがそれを警官に説明するわけにはいかないし、第1死体が動き出したと話して信用されるとは思えない。

    「...いえ。何も知りません」
    「...?そうですか。では、質問は以上です。もう遅いので、気をつけて帰ってくださいね。」
    「わかりました。お手数をかけます。」

    俺は立ち上がり、かけられていた上着を男に畳み返却してから、倉庫の出口に向かって歩きだした。上着を返された男も、俺の後に続いて出ていくようだ。

    「最後に1つだけいいですか?」

    少し距離の離れた警官が、顔をこちらに向けて声をかける。

    「なんでしょうか?」
    「ここで何か見ませんでした?」
    「え?女の人の死体なら見ていないと...」
    「いえいえ、それとは別にですよ。ここで何か見ていないかなーと。」
    「...?いえ、特に何も」
    「...そうですか。いや、これは失礼しました。最近何かと時間が多いものですから」
    「はぁ...。あれ?」

    その時、警官の少し後ろで何かが光った。俺はそれがどうしても気になり、小走りで光のもとへと駆け寄る。
    光の正体は、女の死体が持っていて、襲われた時に放り投げてしまった写真入りのペンダントだった。

    「どうかしましたか?」

    警官が不思議そうにこちらを見る

    「あ、いえ...。なんでもありません。では失礼します。」
    「...?はい、お気をつけて。」

    俺はペンダントをポケットに入れ、急いで出口へと向かっていく。
    出口のそばにいた男の隣を過ぎる際微かに見えたその目は、俺にはなぜか、警官を強く睨みつけていたように見えた。
  20. 20 : : 2018/11/26(月) 20:51:11
    倉庫を出ると、あたりはもうすっかり暗くなっていた。今が夏場であることを考えるとかなりの時間倉庫の中にいたようだ。

    「いろいろあったな...」

    俺は倉庫の中で起きた不思議な出来事を思い出しながら、我が家に向かって歩き始める。

    「待ってくれ」

    その時、背後から俺に声がかけられた。それは、俺と同じタイミングで倉庫を後にした男の声であった。

    「なにか?」
    「少し話さないか」

    男は、俺と話がしたいと言ってきた。今日会ったばかりの男についていくのは少々気が引けたが、倉庫であった出来事から俺はこの男の人を信用している。それに、俺としてもいろいろと聞きたいことがあったのを思い出し

    「...わかりました。」

    少し悩んだが、俺はその申し出を承諾した。

    俺と男は、緋翠商店街の一角にあるベンチに腰を下ろす。偶然だろうか、そのベンチはちょうど、夕方に俺がコーヒーを飲んだ時と同じものだった

    「飲むか?」
    「あ、ありがとうございます。」

    男からコーヒー缶を手渡される。そのコーヒーも俺が飲んだものと同じものだ。

    「...ぷはぁ。」

    少し肌寒い中で飲むコーヒーは、前に飲んだ時のものよりも美味しく感じた。隣に座る男も、俺と同じコーヒーを飲んでいる。コーヒーの温かさを感じながらほんわかとしていると、男は静かに話し始めた。

    「...まずは、いきなり呼びかけたことを謝ろう。すまなかった。」
    「あ、いえ。問題ありません」
    「どうしても君に、話しておきたいことがあったんだ。」
    「話しておきたいこと...?」

    男の表情はあまり変化しなかったものの、それでも真剣な雰囲気を感じさせる表情を顔に浮かべて話す。

    「君があの倉庫で見たものについてだ。」

    男の話しは、俺が知りたかった話と一致していた。

    「...俺もそれを聞きたかったんです。なぜ死んでいるはずの死体が動いたのか、なぜ一度死んだはずの俺がこうしていきているのか、あの黒い肌はなんなのか...」

    知りたいことが多すぎたのか、俺は意識しないうちにかなりの早口で言葉を並べていく。
    しかし、男は俺の早口の質問を途中で止めさせて、まずはと話を切り出す

    「順を追って話そう。その方が理解しやすいはずだ。...まずは、その質問すべてに共通する話。」
    「...はい。」
    「君は、魔物と言われて何を思い浮かべる」
    「...?魔物って、あのゲームや漫画とかに出てくる魔物ですか?」
    「そうだ。君は魔物と聞いて、何をイメージする?」
    「はぁ...。まぁ、定番の吸血鬼とかゾンビですかね。...でも、それとこの話になんの関係が?」
    「...信じられないとは思うが聞いてほしい。俺はその吸血鬼やゾンビが、さっきの動いた死体や君の黒い肌の正体だと思っている。」
  21. 21 : : 2018/11/27(火) 21:43:12
    その意味を理解するまでに数秒かかった。それほど、男の話すその言葉は、俺には受け入れがたい内容だった。

    「魔物...ですか?。でも、そんなライトノベルみたいなことが...」

    男が言った通り、俺はその話が信じられたなかった。吸血鬼だとかゾンビだとか、創作の中だけのものだと思っている俺には、その言葉は中身のない戯言のように聞こえてしかたがない。
    だが、男のその言葉を真っ向から否定する言葉もまた、俺の口からは出てこなかった。

    「お前を襲った死体は口から覗かせた牙をみるに、人間の生き血を啜る吸血鬼だ。」

    俺を襲ってきたあの動く死体。あまり詳しくはないが、俺の持つ吸血鬼の知識にその死体を当てはめてみると、口の隙間から見えた2本の牙、人間離れした力。そして何より、死んでいるはずの人間が動きだしたことなどに説明がついてしまうのだ。

    「そして君が変化したあの姿。まだ詳しくはわからないが、おそらくはゾンビなのではないかと俺は考えている。」
    「俺が...ゾンビ...?。」

    あの動く死体が吸血鬼であるという理由はなんとなく理解した。だが、俺のあの黒い腕がゾンビであるという理由はよくわからない。俺の持つゾンビのイメージとは、皮膚は青く、ところどころ肉が爛れていて酷い腐臭を放つ気持ち悪いイメージだ。だがあの時に見た腕は、青色などではなく黒い色をしており、肉が腐ったり爛れたりなども一切していなかったはずだ。

    「俺は、変化した君によく似た奴と戦ったことがある。」
    「ッ!?」

    その言葉に俺は驚愕を隠せなかった。俺と同じ見た目の奴が他にもいて、しかも男はそれと戦ったのだという。俺はその話の先を聞きたくなり、男に先を催促する。

    「そ、それで...」
    「幾度となく倒しても、その度に奴は体を黒い靄のように変化させて、次の瞬間には傷やダメージが元からなかったかのように復活してきた。その時は、さらに数回ほど倒すと復活しなくなったが。」
    「...」
    「そのしつこさは、まさしくゾンビそのものだった。倒すことはできたが、奴にはおそらく痛みというものはなかったのだろう。こちらの攻撃に対して、一切の怯みを見せなかったからな。...これが、俺が君の変化した姿がゾンビだと思う根拠だ。」

    痛みを感じず、ただひたすらに相手を襲う。それはまさしく、創作に出てくるゾンビの姿と同じものだ。

    「正直...説明を受けても、まだその実感はわきません。」

    ただ、男の説明を聞いて、あの時の黒い腕はゾンビに変化していた俺の腕だということに一応の納得はできた。
  22. 22 : : 2018/11/28(水) 21:46:49
    「分かっている。何しろ俺にも理解できないところが多いんだ。そんな奴の説明で完璧に理解しろと言われても、到底できはしない。」
    「...そうですね。...あの、1つ質問してもいいですか?」
    「なんだ?」

    男は俺を気遣ってか、優しい言葉を投げかけてくる。ひとまず自身の中で1つの折り目をつけて、今度は俺の方から男へと質問をした。

    「ゾンビや吸血鬼のような魔物の力は、一体いつ人に発現するんですか?」

    俺は男の説明を受けて、ある1つのことが気になった。
    それは、人間が魔物に変化する原理だ。

    「自然発生...ではないだろうな。もしそうなら、ずっと昔に知られていたはずだ。君は、人が何かに変化するという話を聞いたことがあるか?」
    「...いえ。」
    「そうだな...。君はゾンビに変化する時、何かを見たり触ったりしたか?」
    「何か...あっ」

    俺はゾンビに変化する直前、魂のような何かに触れたことを思い出した。

    「真っ暗な空間の中で紫色の魂みたいな何かに触りました。そしたら、いつのまにか現実に戻っていて...。」
    「それは、おそらく魔物の魂で間違いない。その魂は何かの拍子で君の中に入り込み、意識を乗っ取って体を得ようとした...といったところだろうな。」

    説明を受けてみればなんてことはない。その時に触れた黒い魂がゾンビ化の原因であることは容易に想像できることだった。

    「人に憑依する霊みたいなもの。ということですか?」
    「わかりやすく言えばそうなるだろうな。だが害の規模を考えれば、魔物の方が余計にたちが悪い。」

    そう言って男は静かに笑った。僅かに口元が緩む程度の笑いだったが、その表情につられて俺も顔が緩んでしまう。

    「...さて、そろそろお開きにしようか。時間をとって悪かったな。」
    「いえ。俺の方こそ色々と教えていただいてありがとうございました。」

    俺達は立ち上がり、同じゴミ箱に空になったコーヒー缶を捨てる。その後、男は俺に最後の言葉を話し始めた。

    「最後に君に伝えておくことがある。」
    「...?」
    「君のゾンビの力は俺が抑制した。これで、しばらくはゾンビが表に出てくることはないだろうと思う。」
    「...」
    「だが、さっきも言った通り魔物の力は未知数だ。いつまた君の意識を乗っ取るとも限らない。」
    「...ッ!」
    「もし魔物に意識を乗っ取られそうになったなら、その時は人のいる場所から少しでも離れることだ。ゾンビの力ならそう簡単に君自身が死ぬことはない。だが、周りの人はそうじゃないんだ。」
    「...はい。」
    「だが安心しろ。もし魔物に乗っ取られたとしても、俺がまた助けてやる」
    「ッ!はい!」

    その言葉は、今の俺にとってはとても安心でき、そしてとても頼りになる言葉だった。そこで俺は、肝心なことを思い出す。ずっと男と呼んでいたこの人の名前を、俺は知らないのだ。

    「あ、そうだ。」
    「...?なんだ?」
    「いえ、まだ名前を教えてもらっていなかったなと。」
    「そういえば、自己紹介がまだだったな。すっかり忘れていた」
    「俺は秋雲 伊御っていいます。」
    「俺の名は...。そうだな、スカルと呼んでくれ。俺の魔物の髑髏から取った名だ。」
    「わかりました、スカルさん。」
    「スカルでいい。さん付けは呼びにくいだろう」

    互いに自己紹介を済ませ、俺とスカルは別れた。

    「さようなら。」
    「またな」

    スカルとイオは、互いに背中を向けて正反対の方向へと歩き始める。これが、イオとスカルの、初めての出会いであった。
  23. 23 : : 2018/11/29(木) 21:45:36
    「ただいま。」

    スカルと別れた後、俺は夜の空を楽しみつつ、のんびりと我が家であるボロボロのアパートに帰ってきた。
    脱いだ靴をそのままにして、あまり広くない部屋の奥へと入っていく。

    「ぐぅっ......はぁ......」

    ズボンの後ろポケットに入っていた財布を部屋にある小さな机の上に置き、着ていた学生服をその辺に放り投げて寝間着に着替えて布団に飛び込んだ。

    「はぁ......疲れた......」

    俺は今日、肉体と精神の両方で疲れ果てていた。布団に飛び込んだ瞬間から、その疲労をより強く感じる。

    「......あぁ、お風呂沸かさないと......」

    俺はこの部屋で一人暮らし。両親とは別れて暮らしていて、何をするにしても自分で用意しなければならないのだ。お金だけは仕送りがあるが、正直あまり余裕はない。

    「......動きたくない......」

    今日はもうお風呂はいいか。そんな考えが俺の頭をよぎるが、自分の体臭を嗅いだ後、これはダメだとすぐにお風呂を沸かしにいった。今時どんな家でもボタン一つで水が沸く風呂がある中、我が家のお風呂は手動のハンドルを回して着火させて沸かす古いタイプのものだ。たまにうまく着火できなかったりするので、その度にイラッとしたりもする。

    「これでok。ふぅ......」

    今日は1発で火がつき、運がいいなと少し嬉しくなりながら蓋を閉めて浴室を出る。

    「布団に入ったら寝るな、確実に。......冷蔵庫に何かあったかな」

    冷蔵庫の中の冷えたコーラを取り出し、注ぐためのコップとつまむためのお菓子と一緒に小さな机の上に置いてひとときの安らぎを得る。

    「......ぷはっ......美味い。」

    コーヒーももちろん好きだが、こういう炭酸飲料はやっぱり美味しい。未成年なので飲んだことはないが、仕事に疲れた大人がビールや酒を楽しみにするのも分かる気がする。持ってきた柿の種にもよく合う。俺は柿の種はピーナッツよりも種の方が好きなので、いつもピーナッツは後に残ってしまうが。

    「......」

    コーラを楽しみながら、俺は今日の出来事を思い出していた。自分が一度死んだこと、スカルから語られたファンタジーの魔物のような怪物のこと。そして何より、自分の体の中にあるゾンビの魂のこと。

    「......ん?そういえば俺の服とか財布、壊れてなかったな。」

    手繰り寄せて手に持った学生服を眺めても、特に破けたりはしていなかった。あの女の吸血鬼に爪で引っ掻かれた時、破けていたりしてもいいものだが。

    「......まぁ、あの人の言った通り、俺が理解できるわけないか。ゾンビの力もしばらくは大丈夫らしいし、今は忘れよう。」

    俺は手に持った学生服を再び床に置き、コップの中のコーラを一気に飲み干す。

    「さて、そろそろお風呂も湧いたころかな」

    俺は気持ちを改めて、コーラを冷蔵庫に直して袋を輪ゴムで止め、コップを流しに置いてから浴室に向かった。
    これからまた、いつもの日常に帰るんだ。
  24. 24 : : 2018/11/30(金) 21:41:22
    あの摩訶不思議な事件から1週間が経った。
    あれから少し体が怠か感じる以外には特に変わったことなどはなく、俺は平和な学校生活を過ごしていた。

    「......」

    今は2時間目が終わった後の休み時間。自分の席は窓側なので、休み時間はいつも窓から見える空に浮かぶ雲の数や形を眺めている。友達?まぁ......1人だけいる。でも学校じゃ話しにくいんだ。

    「おはよう!イオくん。」
    「......」

    噂をすれば......

    「大丈夫イオくん?意識がどこか行ってるよ?」
    「......あぁ…...おはよう。」
    「......本当に大丈夫?ここ最近ずっとそんな調子だよ?」

    この人は橘 楓。俺の幼馴染のわりとモテる女子だ。母性を感じさせる優しい系の人でなにかと俺に気を使ってくれている。
    体が重く感じるが、だらしない格好のまま話すのも相手に悪いと思い、俺は体勢を整えた。

    「ごめん......最近怠さが抜けなくて......」
    「気分でも悪いの?ちゃんとご飯食べてる?」
    「ん?ご飯?」
    「うん。ご飯」
    「ご飯......ご飯......。そういえば、最後に何か食べたのいつだったっけ」
    「......それは重症だよ?」

    冗談なんかではなく、本当に最後に何かを口に入れたの日がいつか思い出せない。昨日......いや、一昨日......その前......

    「......多分、1週間前の柿の種が最後......かも......」
    「......原因それだよね?だめだよ!ちゃんとご飯食べないと!」
    「そんなこと言われても......」

    あの倉庫での一件以来、俺は空腹という感覚を感じなくなった。原因は十中八九ゾンビが関係していそうだが、個人的には食費が抑えられるのでありがたい話ではある。

    「そ、そうだ!私、イオくんのためにお弁当作ってきたんだ!。よかったら、お昼一緒に食べよ?」
    「おぉ、ありがとう」
    「......なんか、あんまり嬉しくなさそう。」
    「......体が怠くてうまく反応できないだけだよ。楓のご飯楽しみだ。」
    「そ、そう?えへへ」
    『......』

    俺が楓とあまり話さないのは、彼女と少し会話しただけで出るこの教室内の空気だ。さっきも言ったが、楓はかなりモテる。その楓が俺みたいなあまり目立たないタイプの人間と親しげに話しているのが気に食わないのだろう。だから俺はこの空気を出さないように、学校ではなるべく楓と話さないようにしているのだ。
    だが楓は、俺に対して明らかな好意を向けてくれている。男としてそれを無碍にすることなどできるはずもなく、結局はこうして話しているのだが。

    楓との談笑を密かに楽しんでいると、教師が扉を開けて入ってきた。時間的にはそろそろ次の授業が始まる頃だ。

    『授業始めるぞ。席につけ』
    「休み時間って早いよね...。じゃあイオくん、また後でね?」
    「あぁ、また後で。」

    そういうと楓は自分の席に戻っていった。俺も教科書を引き出しから取り出して、授業を受ける姿勢を作る。
  25. 25 : : 2018/12/01(土) 22:05:03

    「......これで最後だな」

    イオが教室で授業を受けている頃、スカルは人がまったくいない小さな公園で髑髏の姿に変化していた。

    「はぁ......」

    スカルの足元には何かが5つ、緑色の体液を流して倒れている。それらは緑色の体色を持ち、長く尖った耳と動物の皮だと思われるもの体に巻いている。
    その見た目通り、こいつらの正体は人や動物の類ではない。吸血鬼やゾンビと同じく漫画やゲーム定番の魔物、ゴブリン。

    「やはり、日が経つにつれて魔物の数が増えてきている。それにパワーや知能も上がっているな。......そろそろ、俺一人では厳しいか。」

    自身の腕を見つめつつ、俺はは日に日に増える魔物の発生数に頭を抱えていた。俺が魔物の力を得た当初は多くても1日に2体でれば多い方であったが、今日では同じ時間で、すでに2桁に届く量の魔物と戦闘を行っている。もしこの勢いのまま数が増えるのであれば、俺1人ではこれ以上の魔物の数には対処が追いつかないのだ。

    「......本格的に探し始めた方がいいかもしれないな。」

    俺は、かねてより考えていた1つの案について思案する。
    その内容は、自身と同じく魔物の力を得た人間と協力体制を取るというものだ。これが実現できれば、さらに増える魔物の数に対しても対処が可能になる。それにこれから先、自身ですら倒すことのできない魔物が現れたとしてもなんらおかしくはない。現に今地面に倒れ伏しているゴブリンも、過去に俺が倒した個体に比べて力がやや強くなっていたり、挟み撃ちといった簡単な戦術を取り入れていた。危惧しておくに越したことはないだろう。

    「......いや」

    だが、思いついてすぐに実行できるような簡単な話ではない。まず第1に、魔物に取り憑かれた人間というのは大体の場合、その力に耐えきれずに精神だけが死んでしまう。そのためゾンビのような特殊な魔物を宿した者や、軍人のような肉体と精神の両方を鍛えた者にしか条件をクリアできるものがいないのだ。そして2つ目、その条件をクリアした者がこれを引き受けるかどうか。これが1番の課題点だ。国から寄付金やらが出ない完全なボランティアであるこの魔物の討伐を引き受ける正義感の溢れた人間が果たしてどれ程いるのだろうか。

    「......」

    手詰まりなこの状況の中、ゾンビという単語をイメージした俺の頭には、ある1人の人物が浮かんだ。
    そう、1週間前に出会ったゾンビの力を持つあの少年だ。少年はほんの僅かな時間だが、確かにゾンビの力を抑え込み言葉を話していた。もし仮にこの案を実行に移す場合、希望があるのは彼ぐらいなものだろう。無論強制はしないが、できることなら、力を貸してほしいものだ。

    「......ん?」

    その時、スカルは魔物特有の禍々しい波動を感じとった。

    「......まただな。」

    スカルは今後のことを考えつつも、その波動が放出されている場所に急いだ。

    偶然か必然か、スカルの向かったその方角には、イオの在籍する学校がある
  26. 26 : : 2018/12/02(日) 21:42:15

    3、4時間目と授業を受け、待ちに待った昼休みの時間がやってきた。

    「くぁっ...ふぅ、終わった。」

    4時間目で体が慣れたのか少し調子が戻ってきた俺は、黒板に書かれた内容をノートに写し終えると教科書と筆箱と一緒に引き出しに入れて教室を出る。

    向かう先は屋上。扉の奥に広がる青空とそよ風を俺は密かに気に入っていた。

    「んんっ......はぁ。いやぁ、涼しい」

    夏休みが間近に迫るこの時期、学校の屋上にはそこそこ強い風が吹く。その風は部屋にある扇風機の風よりも優しくて心地いいので、俺は昼休みになると毎回屋上にくる。教室は他クラスの生徒が友人と弁当を食べるために集まってくるので熱苦しいくるしいというのもあるが。

    「さて俺のいつもの場所は......。よし、ちゃんとある」

    屋上の一角にあるベンチ、そこが俺のいつも使っているポジションだ。
    ベンチは他にも複数あるのだがそのベンチだけは他から離れて置かれており、しかも出入り口からは一番離れているので使う人も少ない。

    「よっこいしょっと......はふぅ......」

    そのベンチを独占するように俺は寝転がった。汗を乾かす心地よい風を感じつつ、俺はシエスタシエスタとつぶやきながら目を閉じる。

    ......

    ......

    「冷たッ!?」

    目を閉じてから間も無く、俺の額に何か冷たいものがあたった。

    「......クスクス。」
    「な、なんだ?」

    昼寝のために閉じていた目を開くと、そこにいたのは楓だった。その手に握られているものから察すると、どうやら俺は額にキンキンのペットポトルを押し当てられたようだ。

    「なんだ楓の仕業か。」
    「ふふっ、びっくりした?」
    「まぁいきなりやられたらそりゃ驚くだろ。......で?楓はなんでここに?」

    俺はその純粋な疑問を口に出す。すると楓は顔をむっとさせ、全身で私不機嫌ですアピールをし始めた。

    「......お昼一緒に食べようって約束した人が、教室からいなくなってました。」

    楓のその言葉を聞いて、俺は2時間目の休み時間にした約束を思い出した。

    「......すまん。完全に忘れてた」
    「むぅ......ひどい。そんなこと言う人にはこの飲み物はあげませんよーだ」
    「弁当はくれるんだな」
    「だって勿体無いもん。私も2つは食べきれないし......」

    妙なところで約束を守る。それが楓の面白いところだと俺は思う。
    楓は俺の横に座り、持っていた片方の弁当を渡してくれた。

    「どうぞ、イオくん。」
    「ありがとう。......約束忘れててごめんな。」
    「まだ許さないもーん。ぷんぷん。」

    俺は約束のことを再び謝罪し、それでも不機嫌そうな態度をとる楓に苦笑いしつつも手渡された弁当の包みを開いて食べ始める。卵焼き、タコさんウインナー、ハンバーグと中身はいわゆる普通の弁当だが、あまり食欲が湧かなくなった俺の脳が次を催促してくるほどにその味は絶品だった。

    「......どう?美味しい?」
    「めちゃくちゃ美味しい。......んぐっ!ゲホッゲホッ......」
    「もう......そんなに急いで食べるからだよ?はい、お茶。」
    「あ、ありがと。......ぷはぁ。」

    結局飲み物もちゃんと渡してくれた楓の優しさに感謝しつつ、俺は弁当の残りを瞬く間にすべて完食した。

    「ふぅ、ごちそうさま。美味しかったよ」
    「ふふっ、よかった。じゃあ空になったお弁当箱ちょうだい」
    「いや、これは明日洗って返すよ。」
    「だーめ。作ってきたのは私なんだから最後まで相手に気を使わせちゃダメでしょ?だから......ね?」

    なんども洗って返すと言う俺に対して、意地でも意見を曲げない楓。空になった弁当箱を巡ってここに争いの火蓋が切って落とされた。


    その様子は、側からみれば完全にいちゃつくカップルだった。
  27. 27 : : 2018/12/03(月) 20:50:48
    結局、空の弁当箱は楓に一瞬の隙を突かれて奪われてしまった。

    「くっ、取られたっ」
    「とった!ブイブイ!」

    弁当箱を取っただけなのに楓はえらくご機嫌だ。今も両手でVを作って満面の笑みである。

    「......最後まで悪いな。」
    「気にしなくていいのに。ふふっ、じゃあ最後にもう一回だけ言って?」
    「何を?」
    「お弁当作ってくれた人に言うこと、あるでしょ?」
    「......ありが......とう?」
    「なんで疑問形?」
    「面と向かって言うのは恥ずかしいんだよ......。」

    多分、今の俺の顔はかなり赤くなってると思う。同い年の女の子相手に面と向かって言葉を言うのは、思春期男子にはなかなかに勇気がいることなのだ。

    「顔、赤くなってるよ?イオくん恥ずかしがってる。意外な一面発見かも」
    「い、いいだろ別に。......ありがとう」
    「え?何か言った?」
    「いや、なにも。」
    「えぇ、気になるよー教えてよー」
    「気のせいだって」

    屋上に吹く風を浴びながら、楓とたわいもない話をして残りの時間を潰す。普段はもう少し早めに教室に戻るのだが、今日は予鈴が鳴ってから教室に戻った。その時、楓と同じタイミングで教室に入ってしまったため、あの嫌いな空気を再び充満させてしまった。幸いにも5時間目の授業はすぐに始まったので、その微妙な空気と視線を浴びる時間は少なく済んだ。

    『よし、じゃあ授業始まるぞ。』
    『起立、気をつけ、礼』
    『『お願いします。』』

    このお願いしますという声、絶対言わない人いるよね。そしてそれを細かく注意するかどうかで教科担当の先生の人気度というのは決まってくる。この先生は人気があるようだ。ちなみに俺は言う派。

    「......」

    指定された教科書のページとノートを開き、先生は内容を進め始める。それと同時、俺は普段通りに窓から景色を眺め始める。
    俺のいる学校はあまり頭のいい学校ではない。そのため、最悪黒板に書かれている内容をノートにまとめるだけでテストの点数は取れるのだ。

    「......」

    先生の声をバックに眺める外の景色。特別いい眺めというわけではないが、雲の数や学校前の道路を通る車の色や形を数えたりすればいい暇つぶしになる。チョークが黒板をつつく音がすればペンを持って黒板の文字をノートに写し、先生の話が始まれば再び窓に目をやる。この時、それまでに数えた数はすべてリセットして始めるのが俺流だ。

    「......ん?」

    ふと、俺が車の色を数えていると普段は見ないものが目に映った。校門から何かが敷地内に入ってきたのだ。

    「(なんだ......あれ)」

    入ってきたのは全部で3人。どれも怪しげな服?を身につけており、明らかに普通じゃないことを物語っている。

    「(まさか......な。)」

    そいつらを見た瞬間、俺の肌は何かとてつもなく嫌なものを感じ取った。
  28. 31 : : 2018/12/04(火) 21:33:53
    黒板にチョークがあたる音が聞こえたので俺は一旦視線を机に戻す。だが、ペンを持つ腕が震えていてとても文字を書けそうにない。

    「(......ッ)」

    かなり汚くなってしまったがなんとか黒板の文字を写し終わり再び窓の外を見る。やはり、さっき見た時よりも明らかに距離が縮まっていた。

    「(やっぱりこっちに近づいている......。どうする......何かいい手は......。っ!?)」

    外を見ながら、俺がこれから起きるであろう事態に対して何かできることがないかを考えていると、誰かが向かってくる奴らに近づいていった。それがこの学校の教師であることは俺にもすぐにわかったが、それと同時に俺は焦った。

    「(だめだ、あいつらに近づいたらだめだッ!。くそっ、どうする。どうやって止めればいい!?)」

    校門から入ってきたあいつらは、間違いなくスカルの言っていた魔物で間違いない。その強さや容赦のなさを俺は身を以て実感している。だからこそ、どうにかしてあの先生を奴らに近づけさせないようにしなければならない。

    だが、今窓を開けて叫んでもおそらく間に合わないだろう。教師は駆け足でどんどんと奴らに近づいている上、今日は風も強く言葉が伝わる可能性は低い。

    「あれ?あそこにいるの誰だ?」

    すると、1人の男子生徒が立ち上がり奴らを指差してクラス中に声をかけた。それを聞いたクラスの生徒、特にふざけることが好きな一部の男子生徒が真っ先に窓に近づいていった。

    「ほんとだ、なんか変な格好してる」
    「なんだあれ?役者か?」
    「あ、先生が走ってる。あれ誰先生?」
    「いいから!席を立つな!」

    それを皮切りにクラス内の生徒全員が授業中にもかかわらず席を立つ。教壇に立つ先生が注意するが、一向に収まる気配はない。むしろ、このクラスからの物音につられて他のクラスも窓から奴らを見ているようだ。俺は席が窓側だったので、他の生徒に場所を譲って人混みから距離をとる。

    「(何かないか!?なにかッ!。どうする......やばい、もう時間がッ)」


    『『きゃあああああああ!!』』
    『『うわあああああああ!?』』

    突如、窓に集まったクラス中の生徒が一斉に悲鳴をあげた。涙を浮かべて泣く者、腰を抜かして倒れこむ者など反応は様々だったが、すべての生徒はとにかく窓から距離を取ろうとしていた。

    「(ッ!!まさか!!)」

    俺は人が離れた後の窓に近づき、皆が悲鳴をあげた原因を見る。
    そこにあったのは、奴らに近づいていった教師が血を流して倒れている光景だった。
  29. 32 : : 2018/12/05(水) 21:59:12
    「......ッ」

    イオはその光景を見てただ呆然と立ち尽くした。それは、人が血を流して倒れている様を見たから出た反応ではない。自分の判断遅れによって、助けられた命を見捨ててしまった自責の念に駆られたからだ。

    「......ごめんなさい」

    倒れている教師に向かって、イオは静かに成仏を祈る。
    だがイオは、そのまま他の生徒のように腰を抜かしたり叫んだりなどはしなかった。それは1週間前、倉庫で吸血鬼の死体を間近で見たことが理由だった。今いる3階の教室からグラウンドの死体までの距離はかなり遠く、しかも損傷は吸血鬼の方がよっぽどひどい状態であった。
    その経験がこの状況において有効に働き、イオはすぐに意識を切り替えて今この状況を打開するための作戦を練りはじめる。

    「(......まずは人を避難させないと。)」

    最初に頭に浮かんだことは、学校内の人間を安全な場所へ全員避難させること。だが、その考えはすぐに疑問へと変わった。

    「(だがどこに?いや、それ以前に動けるのか?)」

    その理由は、今のこの状況だ。1週間前に俺も味わったからこそ言えるが、学校中の生徒は目の前で起きた悲劇によってパニックを起こしておりすぐに避難できる状態ではないだろう。もし仮に動けたとしても、避難訓練ですら真面目に受けてはいなかった生徒が大半だ。受けていたから絶対できるとは言わないが、冷静に避難するどころかそのための約束事である『おかし』すら今の状況で守れる生徒はいないだろう。

    「(そもそも、先生が避難指示を出さない時点で無理だな。)」

    先ほどまで授業をしていた教師の姿はすでに教室にはなく、おそらく職員室でこの状況をどうするかについての話し合いでもしているのだろう。300を優に超える生徒全員を俺一人の判断で避難させることなどできそうにはない。むしろ今行動に移せば余計に混乱するだけだろう。

    「(ゾンビの力......はまた暴走したらたまったもんじゃないな。それにやりかたもわからん。かといって人間としての力は大人にすら敵わないし、あいつらがおびき寄せられる餌みたいなのも知らない......。やばい、手詰まりだ)」

    片っ端から出した案を頭の中で1つ1つ吟味しては、その全てが何らかの理由で却下された。
    だが、俺がこうしている間にも、外のあいつらは少しずつ近づいてきている。

    「なにか、何かあいつらをおびき寄せる餌があれば......っ!?」

    その時、こちらに向かってくる奴らの6つの目が自分の持つ2つの目とぴったりと合った。俺にはそれが、お前を殺すという言葉を話さない奴らなりの意思表示のようにも思えた。

    「......チッ、そう簡単に死んでたまるかよ。」

    力では負けても、せめて気持ちは負けないように悪態を吐く。しかし、吸血鬼で体験したとはいえ、まだ体は恐怖で少し固まってしまっている。
    だがそれと同時に、奴らの目に宿る殺意が視線となって俺のみに向かっているのを感じ、俺の頭には1つの考えが浮かんだ。

    「(......まさか、奴らは俺に引き寄せられているのか?)」

    先ほどから、俺に対する殺意の視線が一向に止まない。それを証明するように奴らの首は例外なくこのクラスを見上げている。

    「(これもゾンビと影響が......。いや、そんなことは後でいい。とにかくこれで対処法はわかった)」

    奴らが俺のゾンビの力に引き寄せられていると予想すると、俺が移動すれば自ずと奴らは俺を追ってくるだろう。
  30. 33 : : 2018/12/06(木) 22:34:04
    ならば、俺自らを餌にして奴らを釣ればいいだけのことだ。命綱なしの綱渡りに等しい行いになるが背に腹は変えられない。俺はすぐにその考えを実行に移すため、教室の扉から学校の外に向かう

    「ま、待って!」

    しかしその時、誰かを呼び止める声が耳に入ってきた。声の主が制止した対象が誰かはわからなかったが、その声を俺は知っていた。だから、俺は自然と足を止めて首をその方向へと向ける。そこにいたのは、涙を眺めて床に腰を落としている楓だった。

    「い、イオくん......どこに行くの......?」

    必至に言葉を伝える楓の声は恐怖心を含み、その体は小刻みに震えていた。楓もまた、先ほどの光景を目の当たりにしてパニックに陥ったうちの1人なのだろう。本来ならば俺は、楓の元に行って落ち着かせる言葉でもかけるべきだ。
    だが今、それを気にしていられる余裕が俺にはなかった。俺は声の主が楓であることを確認すると、再び足を動かして廊下へと出ていこうとする。

    「待って‼︎行かないで‼︎」

    僅かに足を動かした瞬間、楓は震える体から必至に声を出して俺を呼び止めた。

    「まさか......外に行くなんて言わないよね......?」

    楓は、俺が教師1人の命を奪ったあいつらの元に行くのだとわかったようだ。言い当てられた事への動揺と囮となることへの恐怖心が、俺の体の動きを完全に止めた。無論口も固まり、その無言が質問に対する肯定だと楓は受け取ったらしい。

    「だめ......行っちゃだめだよ......。イオくん......」

    普段は光を映す彼女の綺麗な瞳が今は涙でくもり、そこから溢れた雫が頬を流れている。その流れを理性だけでは止められなくなったのか、楓は顔を手で押さえて溢れる涙をさらに止めようとする。女を泣かせるなど男として恥ずべき行為だが、今この時だけは、楓に納得してもらうほかに方法はない。俺は体の向きを変え楓のそばに近づいてしゃがみ、恐怖で震えるその肩に優しく手を置いた。

    「楓......ごめん。」
    「いやっ‼︎行かないでイオくん‼︎お願いだからっ‼︎」

    楓は俺の肩を掴み、絶対に離すまいと掴む手にかなりの力を入れている。服に指の跡がつくほどの力で掴まれているというのに、その痛みを俺は一切感じなかった。そのことに俺は僅かな寂しさを感じたが、すぐにそのことを考えないようにして俺は楓に向け言葉を話し始める。

    「ごめんな、楓。俺は行かなきゃいけないんだ。どうしても」
    「なんで!?どうしてなの!?」

    普段の彼女らしくない荒々しい言葉使いだが、その言葉は的確に俺の心に突き刺さった。

    「一緒にここにいようよ‼︎イオくんが危ない目に合うなんて嫌だよ‼︎」
    「楓......」

    人間は窮地に立たされた時、その人の隠された本性が現れると言う。この場で俺のために強い言葉を言う彼女は、心の底から俺を心配してくれているのだ。
    しかし、そんな優しい楓だからこそ危険に晒すわけにはいかないのだ。

    「......ごめん。それでも、俺は行くよ。」
    「い、イオくん......」
    「その代わり」
    「......?」
    「また楓の弁当食べたいな。」

    俺は、昼休みに食べた弁当をもう一度食べたいと楓にお願いする。言外に生きて帰るという意味を込めて。

    「ぐすっ......本当?また、食べてくれるの?」
    「あぁ。また楓の弁当を食べるまで死んでたまるか」

    今できる精一杯の微笑みをつけて、楓の質問にそう返す。

    「絶対......だよ?」
    「ああ、絶対だ‼︎」
    「あっ......」

    今度こそ俺は、こちらに向かってきているあいつらを目指す。今楓がどんな表情をしているのかはわからないが、俺は絶対に生きて帰る。たとえ、ゾンビの力を使ったとしても......。
  31. 34 : : 2018/12/07(金) 22:37:34
    教室横の階段を駆け下り、俺の靴が置いてある下駄箱を抜けて奴らのいる正門方向へと向かう。やはりと言うべきか、奴らは校舎との距離をさらに縮めていた。

    「......ッ」

    横並びにこちらに向かってくる魔物のうち、右から骨格標本のような見た目の魔物、青いローブのようなものを纏った魔物、左には黒い皮膚を持つ魔物がいる。
    俺の予想通り、こいつらは俺を狙ってここにきたらしい。その証拠に先程まで教室を見上げていた奴らの目は、そのすべてが俺を捉えていた。

    「俺の読みは間違ってなかったようだ。よし、ひとまずはここを離れよう。どこか人のいなさそうな場所まで......ッ!?」

    突然、前方から黒い炎の塊が自分を目掛けて飛んできた。俺はそれを間一髪避けることに成功したが、避けた黒い炎弾は地面に着弾した瞬間小爆発を起こし、その衝撃で俺の体は吹き飛ばされてしまう。

    「ぐはっ......くそっ、爆発するのかよあれ!?ッ‼︎」

    その1発を皮切りに、その炎弾は次々と俺の方へ飛来する。このままの状況が続けば、俺は飛んでくる炎弾によってそう時間はかからずに火ダルマにされるだろう。それに何より、学校を背にしたままでいれば流れ弾の爆発で校舎に被害がいき、最悪の場合倒壊しかねない。
    俺は正門から出ることを諦め、ここから最も近い西門から外へ出ることにした。

    「くっ......」

    体の向きを変え、西門に向けて全力で走る。相変わらず炎弾は俺を目掛けて飛んできており、ちゃんとこちらへ誘導できているようだ。
    当初の目標だった魔物の誘導は予定通り行えているといっていい。だが、予定にない新たな問題が起きた。それは、この飛来する弾幕をどう切り抜けるかだ。

    「見通し甘かったな......チッ」

    俺の立てた計画の中に、奴らからの攻撃は想定されていなかった。それまで計画に入れる時間も、奴らの詳しい情報もなかった故に仕方ない事ではあるのだが、それが原因で追い詰められている現状自分の失敗を責めずにはいられない。

    「......ちゃんとついてきてるよな?......っ!?」

    顔だけを後ろに向けて自身の背後を確認すると、しっかりと奴らは追ってきていた。だが、まさか走って追ってきているとは想像できなかったが。

    「やばいっ!?」

    俺は前に向き直り、走る速度を最大にまで引き上げる。
  32. 35 : : 2018/12/08(土) 22:25:55
    相変わらず、奴らは俺を狙って全速力で追いかけてきている。俺もまた、持てる力を足に集中させて全力で逃げる。すると、まだ少し遠くに見えた西門がすぐ目の前に見え、俺はそのまま走る速度を維持し西門を通り校外へと出た。

    「(吸血鬼と違って、あいつらの足はあまり早くないんだな。よし、これで少し余裕ができた。)」

    背後からの炎弾の雨は相変わらず止まないが、ここまでの間に避ける感覚はある程度掴んだ。このまま走ったとしてもほぼ被弾することはないと思うが、それでも流れ弾で建物や人に少なくない被害がでる。なるべく被害を広げないよう人気のない場所を探すのは可及的速やかに行ったほうがいいだろう。
    俺は走りながら、頭に入っている情報を元に最終目的地を探す

    「(あいつらを誘導するのにちょうど良さそうな場所か......。まず思いつくのは商店街裏の倉庫だが......)」

    魔物から追われるという状況が重なり、俺が最初に思い浮かべた場所は緋翠商店街裏にある古い倉庫だった。

    「(だめだ、距離が遠すぎる。)」

    緋翠商店街と俺の通う学校は、自転車でも30分程度かかるほどに距離が離れており、背後からの弾幕を避けながらそこまで辿り着くというのはどう考えても現実的ではない。

    「(いや、距離とかそれ以前の問題だな。)」

    それに沢山の人々が利用する商店街の裏にあるという立地上、少しでも買い物がしやすいようにとその側には多数の家屋が建っている。ただでさえ流れ弾による被害が増える一方なこの状況で人の多い場所に行けばどうなるかなど、子供でもわかることだ。

    「(この案は却下。他には......)」

    森林地帯、河川敷、河原。とにかく広くて人気の少ない場所を適当に頭に浮かべるが、どれもここから商店街以上に距離のある場所ばかりだ。他にはとある場所が1つ浮かぶが、それはすぐ頭から消した。その理由は距離が離れているというのもあるが、個人的にそこには近づきたくないのだ。

    「......くそっ、どこも距離が離れすぎてる。でもなんとかして、あいつらを人目から離さないと......ッ」

    考えうるすべての案を出し尽くした俺の頭に残ったのは、この危険と隣り合わせな状況からくる精神の焦燥のみ。
    この危機的な状況の中、俺の視線の先にあるものが見えた。

    「あれは.....」

    そこにあったのは、1週間前にみた商店街裏の倉庫を彷彿とさせる外見の廃工場。

    「迷ってる暇はない......か。」

    とにかく流れ弾の被害を抑えられる場所が欲しかった俺は、背に腹は変えられないと立ち入り禁止のマークを見て見ぬ振りで通り抜け中に入る。
    土地の面積もなかなか広く、ここならば多少奴らが暴れても問題はない......はずだ。
  33. 36 : : 2018/12/09(日) 22:41:51
    俺は廃工場の中に入ると、とにかく先へどんどん進んでいく。工場内は明かりが1つもなく奥へ行けば行くほど暗くなっていくのだが、今の俺には明かりがある時と同じように緑色の床や周辺に配置された機械類がはっきりと見える。

    「とりあえずどこかに隠れ......いやまて、落ち着け俺。隠れたってすぐ見つかるに決まってる。」

    そもそもあいつらは、俺のゾンビの力に引き寄せられていると自分の中で結論づけたのだ。そこから考えれば、物陰に潜む程度であいつらから隠れられるはずがなかった。

    「ひとまず俺がするべきことは1つ、自分の身を守れる道具を探すことだ。......スパナとかトンカチがあればいいんだが」

    ここがもし車などの部品製造を行なっている工場なら、自分の身を守れる道具で思いつくものは工具の類だ。ナットを締めるスパナ、釘を打つトンカチ、物騒なものではノコギリもあるだろう。最悪持てそうな金属製の部品を武器に使ってもいい。

    「......ないな。」

    だが、いくら周囲を探しても工具どころか金属の部品すら見当たらない。廃工場とはいえ、何かの拍子に外れた部品やらパーツがその辺に落ちているかもと思ったが、そう上手くはいかなかった。

    「まずいな。あいつらがここに来るまでにあまり時間はないし......」

    あたりの機械を見ながら、俺は焦りを隠しきれずにいる。

    「そもそも、俺が武器を持ったところであいつらに勝てるのか?」

    追ってきている3体のうち、1体は黒い炎弾を放ち、おそらく吸血鬼と同程度の強さを持つ魔物がさらに2体もいる。そんな奴らに武器1つで戦いを挑んだところで、返り討ちにあうのは火を見るより明らかだった。

    「はぁ。相変わらず見通しが甘いな、俺。......とにかく今はあいつらをどうにかしないとな。反省会はそのあとだ。」

    少し自分が嫌になったところで、今の状況を思い出し沈んだ気持ちを奮い立たせる。

    「なら......他に何か使えそうな......」

    あたりにあるものといえば、何に使うかもよくわからない機械のみ。まだ錆びついてはいないため、使われなくなってからそう時間は経っていないことがわかる。

    「くそっ、あるものといえば変な機械だけか。もうすぐあいつらがここに来るってのに......ッ!?」

    その時、入り口の方で何かが爆発した。奴らが工場内に侵入してきたのだ。

    「畜生、もう来やがったッ。まだ何も準備できてないのに」

    爆発により上がった炎の中に、3つの影が浮かぶ。それはまちがいなく、俺を追ってきた魔物の影だった。そして魔物は火を恐れることなく、炎を突っ切り俺の前に姿を現した。
  34. 37 : : 2018/12/10(月) 23:55:16
    「チッ、容赦なしかよ‼︎」

    俺は結局、奴らへの対処方法を思いつくことができず、全力で工場内を逃げ回る。

    「うわっ!?」

    背後から飛ばされた黒の炎弾は、周辺に設置された機械にぶつかり爆発した。
    爆発によって起きた炎は、工場内を燃やす火の手となって徐々に俺の逃げ場を減らしていく。

    「あいつら、狙ってやってるならタチ悪すぎるぞッ‼︎」

    背後からは奴らが迫り、周囲からは機械の爆発と燃え盛る炎が行く手を阻む。考えうる限りもっとも最悪なこの状況、そこから引き起こされた怒りという感情を荒々しい言葉に乗せて口からこぼす。だがいくら悪態を吐こうと、状況が良くなることはなかった。

    「ッ!?くそっ、もう火の手がここまでッ」

    曲がった道の先にはすでに火の手が回っており、とても通れる状態ではない。俺はすぐに来た道を引き返し、他のルートから外への出口に向かう。
    元は奴らを隔離するために入った場所のはずが、それによって自分自身が追い詰められている上、建物1つを火事にしてしまっている。そこからくる罪悪感は相当なものだった。

    「(......ダメだな......俺は。.)」

    奴らからの逃げる間、自分が嫌になる負の感情が俺の心を埋め尽くした。

    「(俺は考えなしで......弱虫で......どうしようもない人間なんだ......。こんな俺が生きてても無駄なだけだ。いっそ、ここで楽になれば......)」

    一瞬、俺は死にたいと心の奥で思った。こんな辛い思いをするくらいなら、いっそのこと楽になろう。そんな人間としての甘えが、俺の心に映ったのだ。

    「ぐっ!?」

    心が折れたその一瞬の隙を突かれ、俺の背中には1発の炎弾が叩き込まれた。
    爆発をもろに受けた俺の体は吹き飛ばされ、回転しながら何度も地面に叩きつけられる。やがて俺の体は地面に倒れ伏した状態となり、動きを止めた。

    「......ッ」

    なんとか腕の力を使い、上体を起こす。吹き飛ばされた際に体の向きが変わっており、俺の瞳には炎を背景にこちらに迫る3体の魔物が映し出されていた。

    「ち......くしょ......がっ」

    悔しさと怒りを乗せた言葉を声に出すが、それすら今の俺にはうまく出せなかった。本当にどうしようもない。そんな自身を自虐することを考えながら、ふと、とある人物が頭をよぎった。
    その人物とは、俺を吸血鬼とゾンビの力から救いだしてくれた命の恩人。

    「ス......カル......」

    炎に包まれたこの状況の中、俺が最後に願ったものは

    「......た......す......けて......」

    俺は必死に、出せる声をすべて使ってスカルに助けを求めた。





    「よくやった、イオ。」
  35. 38 : : 2018/12/11(火) 22:19:01
    ゴブリン討伐後に感知した魔物の波動が急激に場所を移動し、俺は何かが起こったのだと向かう速度を速めた。
    結果、急いで来たのは正解だった。ようだ。

    「あ......あぁ…...!」
    「無理するな。あいつらは俺に任せて、お前は傷を治すことに集中しろ。ゾンビの力なら数分で完治するはずだ」

    駆けつけた廃工場の中では、先日出会ったイオという少年が魔物3体を相手に追い詰められていた。
    魔物と人間の力の差は、人間の子供と大人以上に離れている。本来ならば、イオは殺されていてもおかしくはない状況だった。

    「コォォォォオ‼︎」
    「グラァァァァア!」
    「......!」
    「......めんどくさいやつらが揃ってるな。」

    奴らの構成は、青白いローブを身に纏った魔物はレイス、白い骨の魔物はスケルトン、そして黒い肌が特徴の魔物はゾンビ。どれも戦うには面倒くさい奴らだ。

    「......ッ」

    体全体に外骨格を展開し、自身の頭部に銀の髑髏が展開される。
    攻撃目標は、3体の魔物のうち遠距離攻撃能力を持つレイスを第1に。ゾンビは倒しても復活するため最後にするとして、残るスケルトンを第2目標にする。

    「はッ‼︎」

    レイスがこちらに攻撃するよりも早く、俺は奴に近づき先制攻撃を仕掛ける。

    「コオオオオオ!!」
    「ふッ‼︎」

    レイスはターゲットを俺に変更し、空中に浮遊しながら炎弾を放つ。だがレイスを含め、多種多用の魔物と幾度となく戦闘を行ってきた俺には、たかが数発の炎弾を避けて肉薄することなど造作もない。

    「コオオオオオ!?」
    「はあああああああ‼︎」

    浮遊するレイスに攻撃を当てるため、一気に奴の懐まで入り込むと床を蹴り跳躍する。その行動に体勢を崩したレイスの隙をつき、空中で奴の頭に生命エネルギーを纏わせた必殺の蹴りを食らわせる。
    するとレイスの頭部は、首から胴体と分断され首だけが壁に勢いよく吹き飛んだ。
    壁に衝突した頭部は霧のように霧散し、残ったレイスの胴体は地面に墜落し動かなくなった。

    「次ッ」

    地面に着地した後にも隙を作らず、すぐにスケルトンに意識を向かわせる。

    「......‼︎」

    スケルトンはその姿を変え、俺を待ち構える。
    骨格標本のようだった全身は俺と同じく外骨格で覆われ、右手には骨で形成された一振りの剣。左手には同じく骨で形成された盾が構えられていた。
  36. 39 : : 2018/12/12(水) 22:37:20
    「はぁッ‼︎」
    「......ッ」

    俺の拳の一撃を、奴は盾を用いて防ぐ。盾の強度は鉄のように固く、奴の骨の体を少し後方へ弾き飛ばした程度でダメージにはならなかったようだ。

    スケルトンの持つ能力は、骨を自由に生み出しそれを様々なものに形成できるというもの。奴のように剣や盾を作ることも可能で、俺の外骨格もその応用で作り出したものである。

    「......‼︎」
    「ぐッ......はッ!」

    二撃目を与えようとした瞬間、スケルトンは俺がレイスに行った時と同じように急速に間合いを詰めて片手に持った剣を振り下ろす。俺はそれを左腕で受け止め、空いている右腕を勢いよく振り抜くがスケルトンはそれを難なく盾で防いでみせた。

    「甘いっ!」
    「......ッ!?」

    俺はスケルトンが盾で攻撃を防いで見せた瞬間、がら空きになった左腹部に蹴りを入れる。奴は蹴られた際の衝撃によって、激しく燃え盛る火の海に突っ込んだ。

    「......まだだな。」

    スケルトンは、灼熱の炎の中ですぐさま立ち上がり俺に向かってくる。骨で作られた鎧は俺が蹴った左腹部を中心に欠けており、それが直っていないところを見ると、奴は今俺を殺すことしか頭にないらしい。

    「これで最後だ。」

    スケルトンが火の海から這い上がると同時に、俺は両腕に生命エネルギー、すなわち波動を纏わせ奴に肉薄する。

    「......ッ‼︎」
    「......」

    スケルトンは、両腕で握りしめた剣を俺に向けて縦に振り下ろす。その斬撃は今まで繰り出したものの中で一番の鋭さを持っていたが、残念ながら俺には通用しない。体を傾けて最小限の動きで斬撃を避け、鎧で保護されていない左腹部に拳をぶつけて波動を流す。

    「......‼︎‼︎‼︎」

    声を持たないスケルトンは、代わりに全身で苦しみを表現している。各関節はじたばたとせわしなく動き、下顎は限界まで開いている。
    スケルトン1体を倒すのに必要な波動の量は、太陽が苦手な吸血鬼を消滅させるために必要な量よりも多い。残っているゾンビの方も気になるが、今は波動を流すことに集中する。

    「......!............!」

    スケルトンの持つ骨が徐々に溶け始めた。波動によって作られる熱エネルギーによって骨が融解しているのだ。

    「............」

    波動を流し続けること数秒。融解が頚椎と脊椎にまで及んだその時、奴はその活動を完全に停止した。
  37. 40 : : 2018/12/13(木) 22:19:27
    「スケルトン討伐完了。あとは」

    スケルトンの残骸を火の海へ投げ入れ、背後に振り向くと同時に攻撃の構えをとる。

    「グルァ‼︎」
    「お前だけだ、ゾンビ。」

    レイス、スケルトンを先に倒したことで、必然的に俺はゾンビと一対一の戦闘を行うことになる。奴の復活できる回数が未知数であるため、ゾンビ以外の脅威を先に取り除いておきたかったのだ。

    「グルァァァァァア‼︎‼︎」

    ゾンビは先ほどの俺を真似するように構えを取り、その拳を俺の胴体に向けて放つ。しかし、倉庫でイオと戦かった時とは打って変わって、生命エネルギーは充分に残っている。ゾンビの攻撃はパワーはあるが、スピードはさほど速くない。

    「ふッ!はぁっ‼︎」

    レイスの炎弾を回避できる俺に、その拳が当たることはない。俺は攻撃を回避したと同時に奴の死角へ回り込み、がら空きになった脇腹へ拳を打ち込んだ。
    ゾンビ自身が放った拳の勢いと俺からの脇腹への一撃によって、奴の体は機械の残骸に吹き飛んでいった。

    「まず、1回。」

    ゾンビはその復活能力と引き換えに、防御力自体はあまり高くない。俺が昼間に戦ったゴブリンと比べても、明らかにゾンビの方が打たれ弱いのだ。
    今の攻撃で、ゾンビは復活できる回数を1回分消費しているはずだ。

    「グァルルル......」

    壊れた機械の残骸を掴み、ゾンビはゆっくりと立ちあがる。奴の体のいたるところから黒い靄のようなものが吹き出しており、その靄はゾンビが復活した際に生成されるもの。つまりこれが出ているということは、ゾンビが1度復活したという証拠だ。

    「反撃の猶予は与えない。速攻で仕留め......ッ!?」

    復活後の弱っているゾンビに、さらに追撃を加えるべく近づくこうとした瞬間、奴は残骸を掴みこちらへ向けて投げつけてきた。ゾンビ特有のパワーを生かした投擲はかなりの速度を持ち、完全な不意打ちだったこともあって俺はやや体勢を崩す。

    「くっ!......はッ⁉︎」
    「グラアアアアア!!」

    すぐに体勢を整え、標的を見逃さないように視線をゾンビが突っ込んだ機械の残骸の方へ向ける。しかしすでに、そこにゾンビの姿はなかった。奴は俺が体勢を崩した一瞬の隙を突き、急速に俺へと近づき黒いオーラを纏った腕を振ってきたのだ。追撃のために奴に近づいていたのがあだになったらしい。

    「グァア!グァラ!ガァァ!」
    「......ッ」

    ゾンビの攻撃をかわしつつ、少し距離を離そうとする。だがゾンビも、必死で距離を離すまいと食らいついてくる。
    そして奴が腕に纏わせた黒いオーラ。あれが何かはわからないが、俺の反応が触れてはならないと警鐘を鳴らす。

    「グァルア‼︎」
    「......ッ!」

    奴の振るった拳が、回避した俺の背後にあった機械に鈍い音を響かせてぶつかった。

    俺は回避した後も、ゾンビから視線を離さない。だからこそそれを見た。
    奴の拳はぶつかった機械に手首まで埋もれており、機械はその箇所から折れ曲がるように変形していた。
    だが次の瞬間、奴の陥没した腕を中心に機械全体が錆びつき始め、やがてぼろぼろに朽ちていった。
  38. 41 : : 2018/12/14(金) 23:03:15
    「(......凄い)」

    目に映るスカルは、瞬く間に2体の魔物を倒し最後の1体にも優勢に戦っている。

    「(やっぱり......俺とは違う)」

    圧倒的な強さで魔物を倒すスカルの姿に、魔物を相手に何もできなかった自分を重ねてしまう。

    「(最初から......スカルがいてくれたなら......)」

    俺の頭に浮かぶのは、魔物によって無残に殺された先生のことだ。もしその場にスカルがいてくれたなら、きっとその人が死ぬことはなかっただろう。きっと、俺よりももっと良い方法でその場を切り抜けられたはずだ。

    「(......)」

    俺の中に、ドス黒い何かが渦巻く。スカルへの嫉妬、何もできない自分への絶望、人を死なせてしまった罪悪。考えれば考えるほど、底なしの沼のようにどんどんと悪い方向へ考えがいってしまう。

    「(やっぱり......俺なんて死んだほうが......)」

    一度は消えたはずの死にたいという思いが、再び自分の心を支配した。

    「それは違うぞ、イオ。」

    生きることすら諦めた俺に、スカルはゾンビと戦いつつ言葉をかける。

    「俺は完璧超人じゃない。俺にもちゃんと弱点はあるし、救えなかった命や失敗は何度だってある。」

    スカルのその言葉は、俺の乾いた心に雫のように染み渡る。スカルの出す言葉の1つ1つに確かな重みが感じられたからだろう。

    「言っただろう、俺とお前は似たようなものだと。」

    それは、俺とスカルが初めてあった時に言われた言葉だった。

    「イオ、ありがとうな。お前がここにおびき寄せてくれたおかげで、俺はこうして全力で戦うことができるんだ。」

    スカルは、俺の取った行動を褒めた。

    「先生のことは残念だったな。だが、その後にお前が取った行動で、救われた命も多くあるんだ。」

    スカルは、俺の罪の意識を軽くしてくれた。

    「あまり自分を卑下するな。誇りを持て、お前はよくやった。」

    スカルは、俺を肯定してくれた。

    「うっ......うぁ......あぁぁぁ......」

    俺を褒めるスカルの言葉に、俺は涙が止まらなかった。その優しさは俺の荒みきった心を優しく包み込み、自分に希望を与えてくれた。

    俺は周囲の炎を気にすることなく、ただただ涙を流す。それには、僅かにでもスカルに嫉妬した自身の恥ずかしさも含まれていた。
  39. 42 : : 2018/12/15(土) 22:49:03
    「ヴェアアアアアア‼︎」
    「くっ......」

    涙を流し続け、冷静さを取り戻しつつある俺の耳にスカルの声が聞こえてきた。だがそれは、俺に対しての優しさを感じさせる声ではなく、辛さや苦しみを感じさせる声だ。
    俺は灼熱の炎の中、スカルの方へ目を向ける。そこには、黒いオーラのようなものを纏わせた腕を必死に伸ばすゾンビと、機械の残骸へ背中をつけ、奴の攻撃に抵抗するスカルの姿があった。

    「ヴゥアアアア!!」
    「......ッ」

    ゾンビは体全体を使って機械に押し付ける形でスカルを拘束しており、スカルはゾンビとの間合いが近すぎるせいで蹴り技に威力を乗せられず、拘束を解けずにいるようだ。

    「ス......カル......‼︎」

    今度は俺が、スカルを助けるんだ。そう決心した俺は、流れる涙を無理やり止めて僅かに残った涙も服の袖で拭き取り視界をクリアにする。

    「うぉおおおおお!!」

    気合を入れ、恐怖を感じないよう声を上げてゾンビに突撃する。
    その姿はひどく不恰好だが、今の俺にはどうでもよかった。自分の出せる全力の疾走を、自分の体重に上乗せしてゾンビに体当たりを仕掛けた。

    「おっらぁあ‼︎」
    「ヴァア⁉︎」

    俺の出した大声に反応してゾンビの意識がこちらに向いていたのが幸いし、ゾンビは俺の体当たりを受けると体勢を崩した。その隙にスカルは距離を取ることに成功し、スカルを助けるという目標を達成することができた。

    「ぐっ⁉︎」

    だが俺は止まることを一切考えずに走ったため体当たりを仕掛けた際にバランスを崩してしまい、勢いよく地面に激突した。

    「やったっ......」

    目の前には激しく燃える炎があるが、なんとか火の海に落ちることだけは回避できたようだ。俺は倒れた状態から立ち上がり、ゾンビの方向に向き直り少し距離を離す。
    俺の持つ魔物の影響か、いつのまにか背中に受けた炎弾による痛みはほぼなくなっていた。

    「すまない、助かった」
    「お互い様です」
    「ヴァァァァァア‼︎」
    『ッ‼︎』

    スカルへの攻撃を邪魔されたせいか、ゾンビは怒りを露わにする。
    ゾンビはターゲットを俺に変更し、再び黒いオーラを腕に纏わせてこちらに向かってきた。

    「そいつの腕に気をつけろイオ!」
    「ッ‼︎」

    スカルの忠告を聞き、俺はゾンビに向けていた視線をその両腕に絞って注視する。それがなんなのか俺にはわからないが、スカルがここまで声を上げたところを初めて見た気がする。それほどに奴の腕は危険だということだ。

    「(どうする......)」

    しかし今、俺は武器を持たない丸腰の状態。直接触れないなら間合いを離せる武器が欲しいところなのだが、さっき工場内を探し回った時には特に武器になりそうなものはなかった。残骸の中から探せば部品のいくつかは武器になるかもしれないが、近い場所は火の手が回って取りに行けず、遠い場所はゾンビに近づかれる方が早いだろう。こうして頭の中で考えている間にも、奴はこちらに近づいてくる。

    「(どうする......どうする......ッ‼︎)」

    俺は足を動かして僅かに後退する。
    その時、足元に音が鳴った。後退する際に動かした俺の足がそれにぶつかり、音を立てたのだ。

    「これはッ」

    その音の正体は、スカルの倒したスケルトンが持っていた1振りの剣だった。
  40. 43 : : 2018/12/16(日) 22:36:25
    「ヴァァァァァア‼︎」
    「ッ⁉︎くっ‼︎」

    俺は足元の剣を拾い上げ、その切っ先をゾンビに突き出す。だがゾンビは、向けられた切っ先を恐れることなくこちらに向かってきた。

    「......ッ」

    奴が動きを止めない理由は、ひとえにゾンビの復活能力によるものだろう。だが、俺だってゾンビの力を持っているし、奴と同じ復活能力が使えることはこの身をもって体験した。スカルの話だと蘇生できる回数は限られるのだろうが、それでもたった1回や2回の使用で蘇生できなくなるという可能性は限りなく低い。

    「(......それに)」

    今ここで投げ出せば、俺は今度こそ、何もできない弱虫の汚名を一生背負うことになる。

    「(ダメだ、それはダメだ。立ち直らせてくれたスカルのためにも、何より自分のためにも、それだけは絶対にダメだッ)」

    俺は覚悟を決め、奴に剣を向けたまま突撃する。

    「はぁああああ‼︎」
    「ヴィィアアアア‼︎」

    ゾンビとの距離はさほど離れておらず、すぐ目の前には奴の右腕が迫っている。

    「ッ!」

    俺は、なんとかその一撃を間一髪で避けることに成功し、持っていた剣の切っ先をゾンビの腹に突き刺した。

    「ぐっ⁉︎」
    「ヴガァァアア‼︎」

    だが、ゾンビは止まらなかった。奴は腹に刺さった剣には目もくれず、オーラを纏ったその腕をこちらに向けて伸ばしてくる。
    俺は距離を取ろうとしたが、運悪く奴に腕を掴まれてしまった。

    「"あ"あ"あ"あ"‼︎」

    掴まれた腕に、例えようのない痛みが走った。まるで熱した鉄を押し付けられているような感覚だが、とてもその程度で済むものではないことは本能でわかった。
    しかし、今の俺は痛みに耐えるのに精一杯で、奴の腕を振りほどくことができない。
    時間が経つにつれて、掴まれた俺の腕からは悪臭が漂い始める。

    「イオ!」
    「ヴェグァ⁉︎」

    その時、背後から放たれたスカルの蹴りがゾンビの頭部を直撃した。奴はその衝撃で腕を離し、火のついた残骸の山へ頭部から突っ込んだ。

    「大丈夫か」
    「うっ......ぐふっ......」

    スカルは俺を心配し声をかけてくるが、返事をする余裕はない。
    掴まれていた俺の腕は、赤黒く変色し腐っていた。
    だが次の瞬間、背中に手のひらの感触が現れ、それと同時に激しい腕の痛みが少し和らいだ。

    「......はぁっ!」

    スカルが、作り出した生命エネルギーをイオの体に流していたのだ。

    「はぁ......はぁ......」

    スカルの助けもあり、俺はなんとか息を整え、心内に余裕もでき始めた。
  41. 44 : : 2018/12/17(月) 22:10:54
    「すい......ません」
    「肉が少し腐ってるな......。それが治るまで少し休んでいるといい」

    スカルは俺の腕を見てすぐに状態を把握し休むように言うと、再び立ち上がり炎の前で沈黙する。

    「はぁ......」

    俺の肌に冷ややかな風が触れた。
    その冷気はスカルの方から放たれており、周囲の気温がどんどん下がっていっている。

    「ッ!」

    瞬間、スカルを中心に霜のようなものが広がった。
    キラキラと輝くそれは、瞬く間に工場内に広がり燃え盛る炎を一瞬のうちに鎮火した。

    「......」

    言葉が出なかった。
    炎の中で戦うスカルはとても恐ろしく、かっこいいものだった。だが今のスカルは、周囲に漂う細氷の中に佇みとても神秘的な雰囲気を醸し出している。

    「鎮火完了。」

    その時、俺の中でスカルという存在は、自分の憧れる理想の人物像となった。

    「これで終わった。あとはお前の腕だけだ。」
    「ッ...」

    スカルの生命エネルギーによって腕の痛みは多少抑えられたとはいえ、やはりまだかなりの痛みがある。

    「ゾン......ビは......」

    しかし今は、自分の腐敗した腕よりも吹き飛んでいったゾンビのことが気がかりだった。
    例えさっきのスカルの一撃が奴を仕留めていたとしても、ゾンビにとってはたった1回死んだだけ。すぐに蘇生しまた襲いかかってくるに違いない。

    「問題ない。あれを見ろ」

    スカルは、ゾンビが突っ込んだ残骸の方を指してそう言う。俺はその方向を見ようとするが、少し体を動かしただけで抑えられたはずの腕の激痛が蘇ってくる。
    悪戦苦闘すること数秒、なんとか俺の目がスカルの指差す先をとらえた。
    そこには、腹に剣が突き刺さったまま残骸の上に倒れているゾンビの姿があった。しかしゾンビは復活する様子を見せず、微動だにしていない。

    「これは......」
    「どうやら、ゾンビが復活できる回数はあれで最後だったようだ。やったなイオ、お前はゾンビを倒したんだ。」

    スカルのその言葉は、俺の耳に一言一句逃すことなく入ってきた。

    「俺......が......」

    瞬間、俺の中には歓喜の感情が湧き上がった。

    「(や......やった......俺は......汚名返上できたんだッ‼︎)やッ⁉︎つぅ......」

    高ぶった感情を抑えきれず、俺は体を無意識的に動かした。しかし動いた際に腐った片腕が刺激され、浮かれた感情が一気に現実に引き戻された。

    「休めといったはずだぞ......はは」

    状態としては、長時間座った後の痺れた足で無理やり立とうとする時に似ている。その様子を見てスカルは軽く笑うが、痛みで蹲る俺にエネルギーを流し、落ち着くまでの間、痛みを緩和し続けてくれていた。
  42. 45 : : 2018/12/18(火) 22:09:14
    「すいません......もう大丈夫です」

    工場内の火が消えてから約30分後。
    腕に走っていた痛みがある程度引き、スカルにもう平気だということを伝えた。
    スカルはエネルギーを流すのを止めると、俺の背後から正面に場所を移動する。

    「だいだいの事情は理解している。災難だったな。」

    スカルは、まるで俺の行動をすべて把握しているように話す。痛みが引き冷静なっていた俺は、そのことが少し気になった。

    「......俺、説明しましたっけ?」

    一瞬、目の前の髑髏の顔がピシリと固まったことに俺は気づいた。おそらく、髑髏の奥の素顔もまた固まっていることだろう。
    だがそれもすぐに元に戻り「すまない。説明がまだだったな。」と、スカルは事情を話し始める。

    「さっき俺が使っていたこの青い炎、これが生命エネルギーだというのは説明したか?」
    「生命の力だということは知っています。ただ説明は......あれ、そういえば......」

    何で俺は、スカルの青い炎が生命エネルギーだとわかったんだろう......。スカルの口から、あれが人間の持つエネルギーであると直接説明は受けていなかったのに......。

    「おそらく、お前のゾンビの力を抑制する際に流したエネルギーを無意識化で記憶していたのだろう。......しかしそうか......そこからか。」

    スカルは、髑髏の頭を手で抱えている。先程はかなりかっこよかったその姿も、今は少し弱々しく感じた。

    「ははっ。......イオ、やはり俺も完璧じゃないらしい。とりあえず、この青い炎から説明する。」

    そこから、スカルの生命エネルギーの解説が始まった。1度に使用できる量には制限があること、熱や冷気を発生させることができること等。
    男の定故か、俺はその説明を食い入るように聞いていたため、退屈だと感じることはなかった。

    「こんなところだ。で、お前が説明せずに俺が事情を把握できた理由だったな。」
    「はい。」
    「簡単にいえば、それも生命エネルギーの応用だ。イオの放つ生命エネルギーを読み取って記憶や思考を読んだのだ。」

    ......え?

    「つまり、スカルの前では隠し事はできない......と?」
    「まぁ......そうなるな。だが、片っ端から記憶を読むなんてことはしないから安心しろ。」

    それを聞いた瞬間、なにやら言い知れぬ危機感を感じた。
    俺は現役の高校生。色々と多感な時期である俺には、目の前のスカルは心強い味方であるはずなのに、なぜか1番の強敵のように感じる。
  43. 46 : : 2018/12/19(水) 22:31:42
    「それで、授業の途中にあいつらがやってきてそれを止めようとした教師1人が死んでしまい、お前は残りの人間を助けるために囮となってここにきた。あってるな?」

    俺がここにいる理由をすべて当てられ、気を抜いて緩んでいた頭が一気に締まった。

    「はい、あってます。」

    俺がその言葉に同意を示すと、スカルは少し悩む素振りを見せる。
    その後、彼の纏う髑髏が霧散するように消え、中の素顔が見えるようになった。

    「イオ、これだけは言っておく」

    スカルの表情は、真剣そのもの。

    「お前の判断は間違っていない。......だが、あまりゾンビの力をあてにするな。たしかに復活はできるが、回数は有限なんだぞ」

    スカルの言葉には、ほんの僅かな怒気が含まれている。こういう説教のようなものは嫌いな俺だが、なぜか不思議と嫌な感じはしなかった。それほどに、その言葉には俺にも伝わるほどの確かな優しさが感じられた。
    『お前のためを思って叱っている』という親の言葉を、初めて体感した瞬間だった。

    「死んでしまったら、奴らに命を奪われる人も増える。お前が奴らをここにおびき寄せなければ、その学校にいた人間の死傷者は1人ではすまなかったはずだ。自分にとって大切な人を死なせたくないだろう」
    「大切な......人」

    スカルの言ったその言葉。それを聞いて頭に浮かんだのは、俺を心配し涙を流してくれた楓のことだった。
    あの優しい顔が血に染まり、光を宿す目が翳り、全く動かない人形のようになる。
    その様子を思い浮かべた瞬間、俺の額には汗が滲みだし動悸が早くなる。

    「(楓が......死ぬ?俺のせいで......?)」

    楓がいなくなる。それは、もう2度と会えなくなるということ。それは、2度と話せなくなるということ。それは、もう2度と楓の弁当が食べられなくなるということ。

    それは、2度と楓の笑顔が見れなくなるということ。

    「(......させない。絶対にさせない。誰にも、楓の笑顔を奪わせるものか......)」

    俺が、楓を守ってやる。
    しかし、今の俺には力がない。今日のように魔物をおびき寄せても、その間に楓が襲われては意味がない。なら力を身につけるしかない。

    「(でも......どうやって)」

    格闘技の経験はなく、これといって運動もしていない俺が人一人を守れるほどに力をつけるには途方も無い時間がかかる。その間に取り返しのつかないことがあっては意味がない。

    「1つだけ方法がある。」

    その言葉に、俺は言葉を発したスカルを見る。

    「人が体を鍛えるには、お前の思った通りかなりの時間を要する。だが、お前は幸運なことにゾンビの力を宿した。その力をコントロールできるようになれば、魔物相手にも互角以上に戦えるだろう。」
    「......ッ」
    「だが、この方法でも多少の時間はかかる上、それ相応のリスクを負うことになる。それでもいいか」

    スカルは、俺の目から視線を外さない。冗談やおふざけが通じるような簡単な話ではない。それを目で伝えてきた。

    決して軽い気持ちなわけではない。もちろん恐怖もある。だが、俺はすぐに自分の答えをスカルに示した。

    「どうか、よろしくお願いします。」
  44. 47 : : 2018/12/20(木) 22:15:01
    「さて......と」

    俺はスカルと別れた後、その足でまっすぐ学校へと戻ってきていた。

    「やっぱり、警察も来てたか」

    俺が出てきた西門には人の出入りを制限するテープが張られており、そこから見えるグラウンドには警察だと思われる人間が数名と学校の教師が数名いる。魔物の仕業とはいえ、校内で死人が出たのだ。殺人事件として警察が調査することは自然なことだし、教師に事情聴取を行うこともまた自然なことだ。

    「俺はどこから入れば......」

    今はそれよりも、どうやって校内に戻るかを考えることが優先だ。
    この西門に進入禁止のテープが張られているということは、正門や他の出入り口もすべて塞がれているはず。となると、必然的にこのテープを乗り越えることになるわけだ。
    しかし、グラウンドに見える警察の人数はかなり多い。この状況で堂々とテープを乗り越えたなら、まず間違いなく見つかることだろう。

    「......ん?」

    どうやって入ろう......。そう俺が考え込んでいると、事情聴取を受けていた教師が警察の人を数名引き連れて校舎の中に入っていった。

    「......」

    今はまだ夏真っ盛りのこの季節、さすがに屋外で事情聴取はきつかったのだろうか。だが人の目が少なくなった今がチャンス。俺はその隙を逃さず、テープの下をくぐり侵入した。

    「......よし。」

    俺は警察のいるグラウンド方向から身を隠すため、校舎の影に身を潜める。

    「......」

    次はどうやって校舎の中に入るか。正面玄関と下駄箱は駄目だ、どうやってもグラウンドに身を晒してしまう。グラウンドに身を出さずに校内へ入れるルートとなると、思いつくものは体育館と繋がる道と、校舎と校舎を繋ぐ道の2つ。俺が選んだのは、体育館に繋がるルートだった。

    「......ッ」

    現在地から近いのは、どちらかといえば校舎同士を繋ぐルートの方だ。ならなぜ体育館に繋がるルートを選んだか。その理由は単純に、自分の所属する教室にに近いからである。
    なるべく地面の砂利を蹴らないように、急ぎつつ足の動きにも細心の注意を払う。

    「到着。さて」

    校内の様子を、壁から顔を覗かせて観察する。中に人の動きはなく、声や足音も聞こえてこない。

    「......よし。」

    俺は人がいないのを確認すると、躊躇することなく校内に入った。あまりためらっていても、いつまでも警察が来ないとも限らないからだ。
  45. 49 : : 2018/12/21(金) 22:15:09
    校内に入ると、目の前にある階段を駆け上がり自分の教室へ直行する。
    普段はうるさく感じていた会話の音も、今はまったく聞こえてこない。

    「到着」

    その静けさを体感していると、自分の所属する教室の前に到着した。
    このクラスもまた、他のところと同じく一切の音が聞こえてこない。遅刻した時のような嫌な緊張を感じるものの、別に気にすることでもないかと開き直り、平静を装いつつ扉を開ける。

    『ッ!?』
    「......」

    クラスの皆は、一様にお化けを見たような顔をこちらに向ける。人一人殺した相手に向かって突撃した俺も悪いが、少しくらい生きていることを信じてくれていてもいいんじゃないだろうか。
    その後は特に会話もなく、俺はいつも通り指定の窓側の席に着く。

    はずだった。

    「イオくんッ‼︎」
    「ぐっ⁉︎」

    俺の腹部めがけて、何かがものすごい勢いでぶつかってきた。幸いバランスを崩すことはなかったが、ぶつかってきた何かは俺の体に巻きつき離れなくなった。

    「か、楓ッ⁈」
    「イオくんだ......本物のイオくんだ!」

    俺にぶつかったそれの正体は楓だった。彼女は勢いよく突撃し、そのまま腕を俺の背中に回して抱きついたのだ。

    「ど、どうした......?」
    「イオくん......イオくん!」

    説明を求めようとしたが、泣いている楓の耳には俺の声は届いていないようだ。この状態の楓を無理に引き剥がすわけにはいかず、俺は服濡れを覚悟の上で泣き止むまでこのままにすることにした。 だが相変わらず、クラス中の視線は痛い。でも多少、場の空気が軽くなったようだ。

    楓が泣き止むまであまり時間はかからず、数分のうちに俺の体から離れ、全体的に赤く染まったその顔をこちらに向けてきた。

    「よかった......。イオくん、ちゃんと生きて帰ってきたぁ!」
    「散々な言われようだな......。で、一体どうしたんだ?」

    潤んだ瞳をこちらに向ける楓に、俺は再び説明を求める。

    「......イオくんが出ていってから、何かが爆発するような音が何回も聞こえてきて......それで......それで......ッ」

    説明する途中で、再び楓は瞳に涙を浮かべた。

    「イオくんが......死んじゃったんじゃないかって......うぅ......」

    楓は溢れ出る涙を堪えきれず、その赤く染まった頬からその輝く雫を流し始める。

    「......」

    今度は俺が、楓を優しく抱きしめた。
    俺は楓を守ると決めたんだ。胸を貸すぐらいなんてことはない。
  46. 50 : : 2018/12/22(土) 22:24:55
    また泣き出してしまった楓を落ち着かせる間、俺は僅かに聞くことができた情報から説明の先を予測する。

    「(......爆発の音......複数......あ)」

    俺が奴らを引きつけるために外に出た時、飛んできた複数の炎弾が爆発していたことを思い出した。

    「(そうか。それで楓は......)」

    楓からすれば、俺の向かった方向からダイナマイトにも似た爆発の音が何回も聞こえてきたのだ。しかも、俺が教室に戻ってくるまでにはかなりの時間が経過している。
    だから楓は、俺に何かが起きたのだと考えたんだ。そう思われてもおかしくない要素は揃っている。

    「(ごめんな、楓)」

    腕の中にいる楓の髪を、できる限りの丁寧さをもって撫でる。女性の髪を触る経験は過去に1度だってなかった俺だが、悲しんでいる人間に対して抱きしめる以外に出来ることといえば、頭を優しく撫でてやることくらいしか思いつかなかった。

    「ぐすっ......イオくん?」
    「...?どうした楓」
    「......本当に......イオくん?」

    きっと今の俺の顔は、驚いた表情のまま硬直していることだろう。
    それほどに、俺は楓の言った言葉の意味を理解できなかった。

    「......えっと......ひとまず、そう思った訳を聞こうか」

    脳を正常な状態に戻し、その言葉を意味を楓に問う。

    「だって......イオくんが優しいから」
    「......はい?」
    「イオくん、高校に入ってから私に冷たくなった......。話しかけてもくれないし、どこか私を避けてるみたいだった......」

    確かに、俺は周りの視線を気にしてなるべく話さないようにはしていたと思う。でも楓から話しかけてきた時はちゃんと会話していたし、昼食の時のように楓からの誘いは基本的に断ったことはないはずだ。少なくとも俺が楓の立場なら、避けられているとは思わない。
    だが、楓は俺とは違い避けられていると感じたらしい。

    「嫌か?」
    「......え?」
    「急に優しくなった俺は嫌か?」

    今度は楓が、驚愕の表情を顔に浮かべて固まっている。
    俺が楓との会話を減らし、楓を傷つけたのは事実だ。なら、今度はその分まで優しくするまでだ。
    俺は楓を守るんだ。その俺が、周りの視線や言葉に怯えててどうする。

    「い、嫌じゃない!嫌じゃない......けど......。少し、恥ずかしい......かも」

    今いる場所が教室であることを思い出したのか、楓は俺にピッタリとくっついたまま顔を赤くする。
    恥ずかしいなら離れればいいのに......なんていうかことを言うほど、俺は空気を読めない男ではない。だが、教室内の空気は先ほどよりも悪くなっている。
  47. 51 : : 2018/12/23(日) 22:08:13
    その後、俺は落ち着きを取り戻した楓から腕を離し、先生からの指示がなかったかを楓に問う。
    やはり一度、担任はこの教室に来ていたそうだ。楓が言うには、俺が戻ってくる以前に担任は一度教室に来ると『教室に待機するように』とだけ言ってまたすぐに出ていったらしい。

    「そうか......ありがとう、助かった。」
    「う、うんっ!」

    えへへ......と、楓は頬を染めながら笑顔をこぼす。その表情に俺は少し癒された。

    「さてと......そろそろ席につこうか。」
    「......へ?」

    俺の発言は間違っていないはずだが、なぜか楓は顔を傾げた。それも、さっきまでの人を癒すような可愛い表情ではなく、何を言ってるの?とでも言わんばかりの困惑の表情で。

    「楓も席に戻れ。立ちっぱなしは辛いぞ。」
    「あ......。そ、そうだよね!疲れるよね!うん、席につこう!......」

    楓は俺の言葉の意味を理解すると、すぐに自分の席のある方向に向きを変えて歩きだす。だが、俺は後ろに振り向く瞬間の寂しそうな顔を見逃さなかった。手を伸ばし、楓の艶やかな黒髪を優しく叩く。

    「い、イオくん?」
    「すぐ終わるさ。」

    楓を守ると誓ってから意識的にそうしているとはいえ、今の俺は楓に対して甘すぎる気がする。頭でそんなことを考えながら、楓の髪から手を離し自分の席についた。

    「......はぁ。」

    窓から見える外の景色を見ながら、俺は頬杖をつく。
    甘いと自覚してはいるが、かといって他に優しいに該当する接し方を俺は知らない。すでにやってしまった以上下手に態度を改めて楓を傷つけるわけにもいかず、どうすればいいんだとひたすら悩む。

    「......」

    普段なら暇つぶしになる空の雲も、学校前の道路を走る車も、グラウンドに停車している警察車両も、今の俺には無いに等しかった。
    刻々と、時間は過ぎていく。

    「注目!」

    脳内でひたすらに思考を張り巡らせていると、いつのまにか教壇に担任の先生がいた。

    「今日、君たちも知っている教師の方が1人死亡しました。皆さんの中には、未だにその光景が頭から離れない人もいるでしょう。先ほども説明した通り、この後保護者の方が学校に来られます。皆さんは、保護者の方が到着し次第随時帰宅となります。それまでは、校内から出ないようにお願いします。」

    担任はそういうと生徒全員を起立させ、帰りの挨拶を終わらせる。

    「これで終わりか......」

    いろいろあったな......と、俺は気を緩める。

    「イオくんは、先生についてきてください」

    しかし、俺の緩んだ気とは裏腹に担任から呼び止められた。
  48. 52 : : 2018/12/24(月) 22:36:58
    「はい。」

    担任からの呼び出しに従って、俺は立ち上がり教壇に近づく。

    「イオくん......」

    途中、楓が俺を心配そうに見つめてきたが、俺は「大丈夫」とだけ伝えるとすぐに担任の元へ向かった。

    「行きましょうか。」

    担任は名簿を手に持つと、扉を抜けて教室を出る。俺もその背中を追って教室を後にした。

    「......」
    「......」

    俺と担任との間に会話はない。少し気まずい空気が漂うが、こちらから話題を出そうにも前を歩く担任の表情は暗く、とても話しかけられるような場面ではなかった。

    「ここです。」

    結局、最後まで悪い空気のまま目的の場所に到着した。
    目の前にある扉から見て、生徒相談室や職員室ではないことは確実だ。

    「少し待っていてくださいね。」

    担任はそういうと、扉を数回ノックして室内に入っていった。

    『秋雲 伊御を連れてまいりました。』

    扉の奥の会話が、扉に耳を当てなくても聞こえてくる。そして担任の言葉遣いから、ここが何の部屋なのかを俺は理解した。

    「イオくん、入ってください。」
    「はい、失礼します。」

    担任から指示を受け、俺は部屋の中に入る。
    その部屋は、立派なソファーと壁に貼られた写真入りの額縁が目立つ校長室だった。

    「待ってたよ、秋雲 伊御くん。」

    机を挟んで置かれている肘掛け椅子とソファーのうち、黒のソファーに腰掛けながら話すのは壇上での話が長いことで有名な校長先生だ。

    「どうも。」
    「まぁとにかくこっちにきて座りなさい。」

    校長先生に座るように言われ、俺は残る肘掛け椅子の方に座る。隣のもう一つの椅子には、この学校では見ないスーツ姿の人が座っている。担任はお茶を淹れているのか、ポッドの前に立っている。

    「多分わかっているとは思うが、君をここに呼んだ理由は、先ほどの正体不明の人についてだ。」
    「(なるほど......その話か。)」

    おそらく校長は、俺が奴らを校外におびき寄せた事を知っている。いや、別に隠し通そうとも思っていないが、今回の呼び出しはそのことについてのようだ。

    「君は他の生徒たちが動揺する中、一人グラウンドに出て彼らを学校の外に誘い出したと聞いた。それは事実かな?」
    「はい。」

    この状況でいいえとは答えられず、俺は校長の言葉に同意する。
    校長先生は少し息を吐き出すと、俺に対しての質問を続けた。

    「では、君は彼らのことを知っているのか?」
    「いいえ。」
    「じゃあなぜ君は、危険だとわかっている彼らの前にでた?うちの教師が1人、言い方は悪いが死んだところを見たのだろう?」
    「いえ、自分は先生が血を流して倒れているところを見ただけで、その様子を全て見ていたわけではありません。なぜ外に出たかについては、そうしないと取り返しのつかないことになりそうだったからです。」
    「......ふむ」

    校長先生は顎に手を添えて、悩む仕草を見せる。
  49. 55 : : 2018/12/26(水) 21:28:02
    間違ったことは言ってない。あのまま奴らを学校から引き離さなかったら、本当に手遅れの事態になっていたことだろう。流石にスカルのことや俺のゾンビの力のことを言うわけにはいかず、何か知っているかという質問に対しての情報は隠しているが。
    しかし校長は、俺のこの解答に納得がいかないのか、悩む仕草を見せつつもこちらに疑いの視線を向けてくる。

    「お茶、どうぞ」
    「あ、すまないね。......そうか。いや、彼らについて何か知っていることがあればと思って聞いてみたんだ。はははっ!」
    「はぁ......」
    「......さて、私からの質問はこれで全部だ。ここからは、その人からの質問に答えてくれ。」

    校長はそういうと担任から渡されたお茶に少し口をつけ、一息ついてから俺の隣に座るスーツの男性をさした。

    「はじめまして、秋雲 伊御くん。」
    「......どうも」

    その人は、とても優しそうな表情を浮かべて手を差し出す。俺は返事をすると差し出されたその手を取り、軽く握手を交わした。

    「あまり時間がないので、端的に聞く。君は彼らについて何か知ってるのか?」
    「いえ、知りません。」

    校長の質問と同じ内容。なぜもう一度聞いたのかはわからないが、とにかく同じ解答を答える。

    「......本当に?」

    男は、俺の目を真剣に見つめてくる。

    「はい。」

    ここで俺が目を逸らせば、自分は隠し事をしていますとみすみす相手に伝えるようなものだ。だから俺は、なるべく不自然さが出ないように普段通りの声量で返事をしつつ、相手の視線からも目を離さない。

    「......」
    「......」

    数分、校長室の中を静寂が支配した。まるで時が止まったように錯覚するほど静かな空間。
    それは、何者かによって校長室の扉がノックされるまで続いた。

    「......どうぞ。」

    校長は、扉の奥にいる人物に中に入る許可を出した。その間も、俺と男は目を離さない。

    「失礼します。」

    だがその後に続く声を聞いた瞬間、目の前の男は俺への視線を止めて扉から入ってくる人物の方へ目を向けた。

    「現場検証、無事完了いたしました。」
    「そうか、ご苦労様。」

    どうやら入ってきた人は、この人の部下らしい。俺の視線も自然と扉の方に行った。
    しかし、その人の装備は特殊だった。全身を紺のスーツで固め、その上から黒くてごついベストを着込んでいる。
    特に俺が目を引かれたのは、全身に装備された武装だ。その格好は、まさしく日本の特殊部隊SATのものだった。

    「これで報告は以上です。......あ」
    「へ?」

    SATの部隊員さんは、俺を視線で捉えると、すぐさま側に近づいてきた。

    「君、あの時の少年ですよね?」
    「......えっと、どこかでお会いしましたっけ?」

    俺とこの人は初対面なはずだが......,

    「忘れましたか?1週間前に倉庫であった警官ですよ。」
    「......え?」

    その人は、古い倉庫の中で会ったあの時の警官の人だった。
  50. 56 : : 2018/12/26(水) 22:07:23
    まさかこんなところでこの人と再会するとは思っておらず、驚きで俺の体は固まってしまった。

    「知り合いなのか?」
    「はい。......1週間ほど前に私の配属されていた警察署へ通報がありまして、通報があった場所にいたのがこの少年だったんです。」

    倉庫で会った警官の人は、スーツの男性に俺と会った時のことを報告し始めた。その間、俺は驚きで硬直した体を再起動し、固くなりすぎない程度に姿勢を整える。それが終わるころ、ちょうど警官の人の話が終わり、俺は話を持ちかけた。

    「えっと、SATの方だったんですね。てっきりただの警官だと思ってました。」
    「あぁ、すいません。あの時はとある事情から変装をしてまして、こちらが私の本職なんですよ。」
    「......そうなんですか。」

    俺は警察の仕事に特別詳しいわけでも興味があるわけでもないので、警官の人......もといSATの人が話す内容は、話半分に聞きながす。

    「その件については、私から説明しよう。」

    スーツの男性は、再び俺の顔に視線を向けて話し始める。この人の目は、職業柄なのかとても恐ろしく感じる。

    「その前に、先生方はこの部屋から退室を。」
    「え?あ、わ、わかりました。」

    男性は校長と担任を校長室から退室させると、俺とSATの人、そして男性の3人だけの状況を作り出した。

    「まず君には、これから話すことを絶対に口外しないと約束してもらう。いいな?」
    「......はい。」

    注意を促す目の前の男の顔に威圧され、俺は言葉が詰まってしまう。
    男は、俺が了承すると同時に、その先を話し始めた。

    「ここ最近、世界各地で奇妙な事件が多発している。爪で切り裂かれたような跡や、明らかに食われた形跡のある人間の変死体が多数発見されているんだ。」
    「......」
    「そしてこれらの事件が発生すると同時期に、正体不明の存在が確認されるようになった。目撃情報は少ないが、全身が黒い人型のもの、骨のみで動くものなど、得られる情報はどれも人の姿からは到底かけ離れているものだ。未だに信憑性に足る情報はほぼないが、我々はそいつらをアンノウンと命名し、SATや自衛隊を動員してこれら事件を未然に防ぐ活動を極秘に行なっている。彼の変装もその一環というわけだ。」
    「......なるほど。」
    「今回、回収された死体を確認したところ、過去に発見された変死体と同じくアンノウンによるものと思われる損傷が確認された。よって今回、君がアンノウンと思われる存在を校外へ誘導したと聞き、情報を得るために君を呼んだのだ。」
    「......」
    「そのことを踏まえてもう一度君に質問をする。アンノウンについて何か知っていることはないか、誘導した奴らをどうしたのか。なぜ、君が無事なのか。」
  51. 59 : : 2018/12/28(金) 20:05:50
    一度に3つの質問をされ頭がパンクしそうになるが、一呼吸置いて頭を落ち着かせてからその質問に答える。スカルに関係する内容はさすがに答えるわけにはいかないので、その辺は見繕って答えよう。

    「......えっと、先程も答えたと思いますが、私はアンノウンについてはまったく知りません。次の2つの質問については、私を追いかけてきた奴らが突然お化けのように完全に姿を消してしまい、自分でもよくわからないうちに助かりました。」

    誘い出した奴らの説明は、少し無理があった。しかしもう答えた以上、この説明で乗り切るしかない。幸いなのは、相手が魔物を理解していないことか。俺に魔物について聞いてくるということは、すなわちそういうことだ。

    「......」
    「......」

    また、この見つめ合う無言の空間が形成される。顔こそ優しそうだが、その目は完全に仕事人の目をしており、体からはとてつもない威圧感を放っている。
    事情聴取を受ける側の気持ちが少しわかった気がする。......わかりたくなかった。

    「......そうか。いや、貴重な情報に感謝する。」

    スーツの男は座ったまま軽く頭を下げ、椅子の横に置いていたバックを持って立ち上がる。
    どうやら、事情聴取もどきはこれで終了のようだ。

    「(そういえば、あまり時間がないって言ってたっけ......。)」

    男の威圧に晒された時間が多かったためか、30分程度経過した時間以上に長くいたように感じる。

    「いくぞ。」
    「了解しました。君も魔物には気をつけて。お疲れ様」

    出口に向かう男の背後を、SATの人が追う。
    2人の大人が背中を見せたことで俺はやっと脱力できた。つい口からため息が出てしまったが、不可抗力なので仕方ない。

    「おや、もうお帰りですかな?」
    「えぇ、今回はこれで以上です。」

    校長はずっと立っていたのか、それともタイミングが良かったのか。とにかく出口で鉢合わせすると、男は校長に説明を始めた。

    「(まだ、時間かかりそうだな)」

    せっかくなので、机に出されていたお茶を飲む。冷たくて少し苦味の強いお茶だったが、夏故のこの暑さと緊張で火照った体を冷ますのにはちょうどよかった。

    「イオくん、君も教室に戻りなさい」
    「あ、はい。」

    校長から声をかけられ、俺は手に持った空になった湯呑みを机に置いて出口へと向かう。

    「では校長先生、失礼します。」
    「はい。」

    手早く挨拶を済ませ、俺は自分の教室に向かう。その時、自分のポケットから光る何かが床に落ちる。
    俺は、それに気づくことができなかった。
  52. 60 : : 2018/12/28(金) 23:58:06
    俺は一直線に自分の教室を目指す。
    担任は迎えが来るまで教室待機と言っていたが、俺の親は他県に住んでおり、とてもすぐにこれるような距離ではない。だから先生方には悪いが、俺は以前校内に入るために使ったルートを通って密かに帰る予定だ。靴もそっちに置いているし、あとはバックさえ回収できればすぐに帰宅できる。

    「到着。」

    廊下と階段を早歩きで移動し、教室の扉を開いて中に入る。相変わらず教室内の視線は俺に集まるが、今はそれよりも荷物をまとめるのが先だ。
    俺は自分の机に戻ると手早く教科書類と筆箱をバックの中に入れてチャックを閉じる。よし、あとは帰るだけだ。

    「い、イオくん」

    その時、楓が不安げな声を出して俺に話しかけてきた。

    「どうした?」
    「えっと......その......大丈夫だったかな......って」

    どうやら楓は、俺が校長室にいる間もずっと心配してくれていたようだ。楓のこの優しさには、本当に感謝しなければ

    「別に問題はなかったぞ。特に注意もされなかったしな。」
    「そ、そうなの?......よかったぁ」

    そういえば校長もスーツの男も魔物について聞いてくるだけで、俺を心配するような言葉は一切言わなかった。別に言って欲しかったわけでもないが、少しは楓を見習ってほしいものだ。仮にも生徒を預かる学校の長と警察の偉い人なんだから。......あのスーツの人、警察の人だよね?自己紹介とか一切なかったから名前どころか警察の人かもわからなかった。

    「イオくん?」
    「ん?あぁ、ごめん。ありがとうな楓、俺のこと心配してくれて。」
    「もちろんだよ!だってイオくんは私の......その......」

    後半は声が小さくてうまく聞き取れなかったが、ある程度その内容は予想できる。

    ......もし楓にとって俺が大切な人であるのなら、俺はそれに見合った男に絶対なって見せるさ。

    「あ、よかった。おーい」

    教室前方の扉から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。その声の主は、さっき別れたばかりのSATの人だった。
    まさかSATの部隊服のままこの教室に来るとは......。
    とりあえず、俺はその人のそばに近寄った。

    「なんでしょうか?」
    「君が教室に戻る時、ポケットからこれを落としましたよ。」

    そう言って手渡されたのは、倉庫で吸血鬼の人が持っていた銀色の写真入りペンダントだった。いつのまにか落としていたらしい。

    「あ、すいません。わざわざ届けてくださって。」
    「いえいえ。ところで、君のそばにいた女の子は君の彼女さんですか?」
    「俺の幼馴染ですよ。......まぁ大切なことに変わりありませんが」
    「そうですか。......さて、私は仕事に戻ります。では」
    「あ、ペンダントありがとうございました。」
    「また落とさないよう気をつけてくださいね。」

    そう言ってSATの人は、一番近い階段から下へ降りていった。

    にしてもあの人、本当に特殊部隊の人間なんだろうか。
  53. 61 : : 2018/12/29(土) 23:57:28
    あの砕けた話し方や態度といい、未だに信じられない。......まぁ、人は見た目によらないってことにしとこう。
    受け取ったペンダントをポケットに入れて、俺はバックを取るために自分の机に戻る。

    「あの人、イオくんの知ってる人?」

    あの人の格好が注目を集めたらしく、クラス中の視線が再び俺に集まった。そしてあの人の事が知りたいのは楓も同じだったらしく、机に戻ってきた俺に楓はまっさきに質問をしてきた。
    ......今度あったら、絶対文句言ってやる。

    「知り合い......のようなものだ。初対面からまだ1週間しか経ってないけどな。」
    「......知り合いなの?それって」
    「さぁ?」

    まぁ今度会った時のことはともかく、荷物の入ったバックを回収できたのであとは家に帰るだけだ。

    「よし、じゃあ行くか。」
    「え!?1人で帰るの!?」
    「俺の家族は県外在住だからな、迎えを待ってたら日が暮れる。」
    「危ないよ!先生から教室で待機って言われてるんだよ!?またさっきみたいなのが出たら......」

    楓の心配もよくわかる。実際、魔物のことを少しでも知らなかったなら俺も素直に指示に従っていただろう。

    「そ、そうだイオくん!私がイオくんも送ってもらえるように家族にお願いするよ!だから一緒に帰ろう?ね?」
    「楓......」

    今日校内に侵入してきた魔物のうち、もし炎弾を撃ってきた奴と遭遇したなら、むしろ車は誘爆する可能性があるため徒歩よりも危険だ。

    「いや、俺は1人で帰るよ。楓の両親にも申し訳ないしな。」
    「......だ」
    「ん?」
    「嫌だ!」

    突然、楓は声を荒げて俺に抱きついてきた。

    「ッ⁉︎」
    「また、私は何もしてあげられないの!?イオくんが危険な目に合うかもしれないのに‼︎」

    楓は、涙を浮かべた瞳を俺に向けながら決意のこもった言葉を話す。俺の身を案じ、そのためにできることを楓はしようとしてくれている。それはわかる。だが、俺のゾンビの力が魔物をおびき寄せている可能性は少なからずあるのだ。
    しかし...このままの状況が続いても楓が折れることはないだろう。
    魔物が校内に侵入したとき俺は自から囮になったのだが、楓は俺を止められず危険な目に合わせてしまったのだと思っているのだ。

    「楓......」
    「イオくん......」
  54. 62 : : 2018/12/30(日) 22:29:26
    「......仕方ないか」
    「......へ?」

    そういうと俺はバック側面のポケットから、自分用のスマホを取り出した。
    楓が折れないと言うのなら、俺にも1つ作戦がある。

    「......もしもし」

    俺は楓から少し距離を離すと、スマホの電話画面を開いてそのまま耳に押し当てる。いわゆる電話したふりだ。
    楓を説得する以外にこの状況を打開する方法、それは、家族以外の人間に迎えを頼むことだ。だが残念ながら、俺の携帯には家族以外の電話番号は登録されていない。そこで俺は、架空の通話相手に対して電話をかけるふりをすることにしたのだ。しかしこの作戦は楓に嘘をつくことになるため、どうしても説得できなかった場合の最終手段として、なるべく使いたくはなかった。

    「うん、わかった。......え?すぐ着く?わかった。下で待ってるよ......よろしく。」

    携帯の画面を消し、さも通話が終わったように装う。

    「イオくん......?」
    「楓、とりあえず迎えの件はなんとなかったよ。」
    「......?」
    「親戚の人がこの近くにいるらしくて、学校まで迎えにきてくれることになった。すぐ着くらしいから、俺は先に下に行ってるよ。」
    「本当......?」
    「本当。」

    これで楓が納得してくれればよし。もしダメなら......

    「......わかった。」

    なんとか、楓は納得してくれたようだ。よし、これで後はこっそり学校から出れば......

    「私も行くから」
    「......え?」

    そうきたか。











    「......」
    「......」

    西門の隅に立つ俺と楓。
    楓は、俺の作戦に納得した代わりに迎えが来るまで見届けると言いだした。
    俺はそれを止めることができず、とうとう押し切られて今に至る。

    「......」
    「......」

    き、気まずい......。今更嘘ですとは言い切れず、かといってこのまま待っていても親戚など来るわけもなく。一体後何時間、こうして立っていればいいのだろうか。
    普段は癒しになる楓が、今はとても恐ろしい。

    「......こないね。」
    「......あぁ。」

    いや、絶対に来ない。むしろ楓の方が先に来る可能性だってあるんだ。そうであってほしい......。 普段はしない神頼みも、この時ばかりはしなければならない。藁にもすがる思いだ。心の中で、必死に天に祈りを捧げる。

    すると、目の前から1人の男性が近づいてきた。
  55. 63 : : 2018/12/31(月) 22:21:19
    「待たせたな、イオ。」

    その男性は西門のすぐ側に立ち止まると、まるで俺を待たせていたかのように振る舞った。念のために言っておくが、俺に親戚がいないのは事実であるし、さっきの電話も通話しているふりだったことも事実だ。
    だから、俺の中でこの人への疑問が出てくる。

    ......しかし、その男性の顔に俺は見覚えがあった。

    「こんにちは、イオくんの親戚の方ですか?」
    「あぁ、君は楓さんであってるかな?いつもイオから話を聞いている。これからも仲良くしてやってくれ」
    「......へ?イオくんが私の話を?!」

    楓は、目の前の男性に丁寧に話しかけた。男もまた、楓に優しく返事をする。
    ......俺の必死の神頼みが、功をそうしたようだ。この絶好のチャンスを利用しない手はない。

    「すいません、わざわざ迎えを頼んでしまって。」
    「問題ない。ちょうどこの辺を歩いていたところだ。さぁ、帰ろう。」
    「はいっ。......楓、ありがとうな。また」
    「ひゃっ!?あ、う、うん。また......」

    男が俺の話に合わせてくれたおかげで、違和感なくあの場を離れられたと思う。最後の楓の反応が気にかかるが、わざわざ本人に聞き出すこともないだろう。俺は男の隣を歩き、家までの帰路についた。









    夕焼けのオレンジ色の光が道を照らし始める頃、我が家への道のりを進む。隣には、さっきの男性がいる。

    「......すいません、本当に助かりました。スカルさん。」

    そう。隣にいるこの男性は、魔物を倒した後に工場で別れたスカルだったのだ。

    「俺の呼び方がさん付けに戻ってるぞイオ。スカルでいい。後、その敬語も不要だ。」
    「わ、わかった。......スカル」
    「......完全に慣れるまで、まだ少しかかりそうだな。ははっ。」

    スカルは、僅かに顔を綻ばせる。やはりイケメンというのは、なにをしても様になるものだ。

    「お前に伝え忘れたことがあってな。イオの記憶を読んだ時に学校のことはわかっていたから、それを頼りに向かっていた。......で、後はお前の見た通りだ。」
    「あはは......」

    そういえばこの人、記憶を読むことができるんだった。だからスカルは、俺の話にもしっかりと合わせられたし、楓の名前を知っていたんだ。

    「でも助かり......助かった。改めてありがとう、スカル。」
    「気にするな。......ところで、イオはあの女子生徒と付き合ってるのか?」
    「まだ付き合ってませんよ。ていうか、俺の記憶に残っているでしょう!」
    「ははは。すまん、冗談だ。」
    「まったく......」

    この人、意外とユーモアあるんだなぁ。てっきり、もっと固い人だと思っていた。
  56. 64 : : 2019/01/01(火) 23:33:14
    「......それで、スカルの伝え忘れたことって?」

    危うく忘れそうになったが、先程スカルは俺に伝え忘れたことがあると言っていた。わざわざ学校にまで来るということは、それほどに重要なことなのだろうか?

    「あぁ......そうだったな。」

    スカルの優しい雰囲気が消え、真剣さを感じさせるものに変わった。俺も慣れたのだろうか、スカルが髑髏を生成する時の気配と今の気配の違いを、肌で認識することができている。

    「イオ、俺はお前を鍛えると言ったな。」
    「......はい。」
    「それは当然、お前の力を制御するという内容も含まれる。そして、その姿を他人に見せるのは好ましくない。ここまではわかるな?」
    「......確かに」

    何も知らない一般の人からすれば、俺たちの魔物の姿はコスプレした人や役者の人だと思うだろう。しかし魔物のことを知る人間や政府の人間がそれを見た場合、即刻通報、もしくは排除しに来るはずだ。
    この状況に陥った場合、俺たちは攻撃を加えるわけにもいかないわけで、当然撤退するしかない。だがその場は逃走できたとしても、俺たちは日本という国から極秘に狙われ続けることになる。そうなってしまえば、俺の目的である楓の護衛も満足に行えなくなってしまうわけだ。
    ......それに、前者の理由だけでも俺は社会的に抹殺されてしまう。

    「そこで、緋翠山の一角で訓練をすることにした。......これは、その場所への地図だ。」

    そう言ってスカルは、俺に一枚の紙を渡してきた。緋翠山といえば、この緋翠市が管理する観光スポットの一つだ。登山に訪れるものも多く、訓練には向かないはずだが......。

    しかしその地図に書かれた場所は、俺の脳に強い印象を植え付けた。
    緋翠山の一部に書かれた赤いバツ印。そこは確か、つい最近国が封鎖した区画だ。

    「ここって......」
    「人がおらず、肉体を作るのにもっとも良い環境を考えた結果、その場所が妥当だと判断した。」

    確かにここなら人はあまり寄り付かないだろう。だが、この場所を国が封鎖したということは、ここに何かよくないものがあるということ。スカルが言うからには問題ないのだろうが、本当に大丈夫なのだろうか。

    「危険......そう思っているな、イオ」

    スカルは、思考に耽る俺を現実に引き戻した。

    「え?」
    「だが魔物を相手にするということは、常に自分の身を危険に晒すということだ。死と隣り合わせである意識と覚悟を常に持っておけ。......でなければゾンビといえど、お前はすぐに死ぬことになる。」

    俺の心構えが甘かったことを、スカルの言葉によって自覚した。
    まして俺には守るべき人もいる。そんな甘い考えをさっきまで持っていた自分を、心の底から恥じた。
  57. 65 : : 2019/01/02(水) 22:51:45
    その後、俺とスカルは特に話すこともなく歩き続けた。スカルに話しかけるのを躊躇したわけではない。ただ、自分の中でスカルに言われた言葉の意味を整理していたのだ。

    「......」

    俺が頭に思い浮かべているのは、今日学校の敷地に侵入してきた3体の魔物のことだった。あの時の状況を、記憶する全ての事を思い出す。

    「(心構えが甘い......確かにその通りだ。)」

    俺という人間の欠点を自ら挙げるとするならば、それは見通しが甘いことだろう。吸血鬼に襲わせた倉庫の時も、魔物をおびき寄せた工場のときも、俺の考えの甘さが自分自身を追い詰めていた。

    「(......あと、精神の弱さもだな。)」

    今日、魔物を工場内におびき寄せた後考えの甘さに気づいた俺は、自分を徹底的に卑下し、あろうことか生を投げ捨てようとしたのだ。頭がパニックを起こして冷静ではなかったとはいえ、自ら命を断とうとするなど、今考えても到底ありえない話だ。その時はなんとか持ち直し、奇跡的にスカルに助けられた。だが、これから助ける側に立とうとしている俺がこの状態のままでは、助けられるものも助けられない。

    「(......俺の課題だな。)」

    スカルの戦闘技術は確かにすごい。だが俺はまず、この脆弱な思考と精神を鍛えることが先決だ。

    「そこに行き着くことができたなら、ひとまずは大丈夫だな。」

    スカルは歩みを止めずに俺の方を見る。その顔は先ほどまでの真剣な表情ではなく、ピリピリとした気配も今は感じられない。

    「スカル......」
    「人間である以上、欠点は仕方ないことだ。それも個人が個人である証拠だからな。......問題はそれを自覚し、どうやって目立たなくさせるかだ。......見てみろ」

    スカルはそこで、動かし続けていた足を止めた。それに合わせて、俺も足の動きを止める。

    スカルの差した方向には、緋翠商店街があった。

    「あの店の裏に、俺とお前が初めてあった倉庫がある。今こうして商店街が機能しているのもお前が吸血鬼という魔物を倉庫内で抑えこんだ結果だ。」
    「......」
    「確かに、お前は少し思慮に欠けるところがある。だがその考えるより先に行動に移す性格は、結果的に被害を抑えることに繋がった。あとはそこに、パニックを起こさず短時間で作戦を練られる冷静な判断力を付け足せばいい。」
    「......できるでしょうか」
    「やってみればいい。お前の長所は、考えるより先に行動することだろう?」
    「......!」

    ......この人は本当に、俺のやる気を出させるツボをよくわかっている。やはりスカルの思考や記憶を読む力は、俺の天敵かもしれないな。
  58. 66 : : 2019/01/03(木) 23:24:58
    「あ、ここです。俺の住んでいる場所は」

    緋翠商店街から再び歩き始めること数十分後、俺とスカルはアパートの前に到着した。もちろんそれは、俺が住んでいるあのアパートだ。

    「そうか。なら、俺はここで失礼するとしよう。」
    「今日は本当に助かりました。......訓練の話ですが、おそらく明日は行けると思います。あの事件の処理でしばらく学校は休校になるでしょうし、うまくいけば、そのまま夏季休業に入るかもしれません。」
    「あぁ、俺は先に行って待っている。道具はこちらで用意するから、お前は着替えだけを持ってくればいい。」
    「わかりました。では、スカルさんもお気をつけて。」
    「......イオ、また言葉遣いが戻っているぞ。」
    「あ......」

    スカルの態度を見ていると、どうしても教師や親といった年上を相手にしている気持ちになってしまう。スカルは敬語よりも砕けた話し方がいいみたいだし、もっと気をつけなければな。

    「今回の訓練で、そこも改善できるといいな。......またな」
    「そうですね。さようなら!」

    アパートの前で別れたスカルの背中を、俺は少しの間見ていた。
    夕日に向かって歩く男の背中。
    感性が古臭いと言われるかもしれないが、その光景は男として憧れるものがあった。

    「かっこいいなぁ。」

    あれが俗にいう、男は背中で語るというものなのだろうか。

    「......よし、俺もあれを目標にするぞ。」

    生まれ持った外見の格好良さはどうにもならない。所詮俺の顔はスカルと違ってそこそこ止まりだろうけど、せめてスカルと同じ、漢の凛々しい背中ができるようになりたいものだ。
    そう思いながら、俺は自分の部屋の中に入っていった。



    「〜♪」

    鼻歌でリズムを取りつつ、湯船に浸かって体を休める。
    部屋に帰ってきた俺は、その足ですぐに風呂を沸かしにいった。今日もハンドルの着火は1発でうまくいったので、俺はかなり気分が高揚していた。

    「はぁぁ......」

    明日から俺は、楓を守るためにスカルに鍛えてもらうことになる。それは、かなりきつい訓練になるだろう。だが俺は絶対に、それをやり通してみせる。そこにスカルや楓は関係ない。すべて俺自身の意思だ。
    あらゆる悪を倒し、あらゆる人々を守り、最後まで自分の正義を貫き通すかっこいいヒーロー。そんなものになれるとは思っていない。
    だが少なくとも、楓が自慢できて、スカルが認める男になる。これは予定じゃない、確定事項だ。
  59. 67 : : 2019/01/04(金) 23:02:53
    翌朝、俺はスカルからもらった地図を頼りに目的の場所へと向かっていた。手荷物は着替え一式のみで、その他の傷薬や携帯等は一切持ってきていない。

    「遠いな......」

    緋翠山は、俺の住むアパートから少し離れた場所に存在している。通常の俺の歩行速度だと1時間近くほどの距離だ。
    セミの鳴き声や暑さは特に気にならないが、どうせ行くのならなるべく早く着きたい。

    「......よし。」

    だから俺は、目的地までは走って行くことにした。昨日までは毎日感じていた体の怠さも今はまったくない。久しぶりに、俺の体は完全な状態になっていた。

    「......」

    目的地についてからのことなど考えもせず、俺はひたすら緋翠山を目指して走る。普段はインドア派な俺だが、たまには日光を浴びて運動するのも悪くない。......まぁ、俺はその運動をするために目的の場所に向かっているのだが。
    道を曲がり、走り、また道を曲がる。この辺の地形はすべて頭に入っているので、緋翠山までの道のりは特に迷うことはない。流石に山の中までは把握していないが。

    「あれ?」

    ここまでノンストップで来た俺だったが、偶然通った道からある場所が目につき、ひたすら動く自分の足を止めた。
    そこは昨日、俺とスカルがいた場所。

    そう、あの工場だ。

    工場の敷地内には多数の車両が停めてあった。それも今まで見たことのないような特殊な車両が。色合いからすると、おそらく警察のものだとは思うのだが。

    「(警察......ッ⁉︎まさかッ‼︎)」

    俺はその時、昨日学校で受けた取り調べのことを思い出した。あのスーツの男......というより警察は、魔物のことを詳しく知りたがっていた。もし仮にあの停まっている車両が警察のものだとすると、昨日スカルが倒した魔物の残骸を回収しに来ているとしか思えない。俺の記憶では確か、頭だけ消し飛んだ魔物が1体、スケルトンが1体、そしてゾンビが1体の計3体。魔物を調査するための素材としては十分な価値がある。

    「(それ自体は問題じゃない。むしろ問題なのは......)」

    魔物の状態を見た警察の人間は、これを誰がやったのかと疑問に思うはずだ。そうすれば、国家権力として全国に繋がる警察の手によって、そう時間はかからず俺とスカルは見つかるだろう。そうなれば最悪、魔物を宿した人間として解剖の対象になるかもしれないのだ。
    しかし、ここで俺が1人突っ込んだところでどうこうなる問題ではない。相手の人数もそうだが、俺はそれ以前に魔物の力を扱いきれていないのだ。ならこういう時、俺が取るべき行動は1つだ。

    「(......スカルに知らせないと!)」

    情報を伝えること。
    そう考えた俺は再び走り出した。止まる以前よりもさらに足に力を込めて。
  60. 68 : : 2019/01/05(土) 23:48:53
    全速力で走ること数分。俺は緋翠山の麓に到着し、すでに山の中へと入っていた。
    地図に書かれた区画は俺の入った位置からさほど離れておらず、立派に生えた木々を避けながら走っていると、すぐに立ち入り禁止のテープを発見した。絶対に人を通さないようにかなり厳重に張られていたが、隙間は普通に開いていたので俺はそこを通り容易に潜り抜けた。

    「おぉ......」

    テープを抜けた先には、山の中にしては妙に開けた空間が広がっていた。地面の傾斜もなだらかで、その光景はとても封鎖されるような場所のものではない。そしてその広い空間の中に、スカルはいた。

    「来たか、イオ。」

    スカルからも俺の姿を確認したらしく、俺はすぐに走りだしてスカルに近づいていく。

    「早かったな。予想ではもう少し遅くなると思っていたんだが......なにかあったらしいな。どうしたんだ?」

    スカルは走りながら近づいてくる俺を見て、何かがあったのだとすぐに察したらしい。
    スカルの側に近づいた俺は、廃工場に警察の物だと思われる車両が来ていたことや警察が魔物を調べていることなどをすべてスカルに伝えた。その時の俺の心情は焦り一色だったが、スカルはその逆。至って冷静に俺の話を聞いている。
    やがて俺が話し終えると、スカルはゆっくりと言葉を話す。

    「別に問題はない」
    「......え?」

    帰ってきた答えは、俺の予想を裏切るものだった。

    「それはわざと残しているんだ。警察がそれを元に魔物に対抗する手段を生み出せれば、それに越したことはないからな。」

    確かにスカルの説明は理解できる。しかし俺が問題視しているのはそこではなく、魔物を倒した犯人として俺もスカルも狙われるのではないかということ。それを伝えると、スカルは軽く笑った後、心配するなと言葉を続けた。

    「そもそも、その工場で俺たちが魔物を倒したという証拠はないからな。これは後で教えるが、戦闘時は体を魔物に変化させたほうが戦いやすくなる。体が魔物になるということは俺たちの姿も変わるんだ。だから、警察が俺たちに行き着く可能性は限りなくゼロに近い。」
    「なるほど......よかったぁ......」

    スカルからの説明を受け、俺は納得と安心を得ることができた。訓練を始める前から、もうすでに精神的な意味で疲れた......。

    「さて、とりあえず荷物をまとめるぞ。こい。」
    「あ、はい!」

    よく見ると、スカルの足元にも複数のバッグが置かれていた。明らかに俺よりも荷物の量は多く、無理を言ってスカルに鍛えて欲しいと言ったことへの罪悪感が俺を襲う。

    「......あいつが」

    その時、前を歩くスカルから溢れた僅かな声を、俺は聞き取ることができなかった。
  61. 69 : : 2019/01/06(日) 23:57:32
    「訓練の内容を説明する。」

    スカルの荷物が置かれた場所に自分が持ってきた荷物も置き、俺はさっそく訓練に取り掛かることになった。

    「といっても、まずはお前の力を測らせてもらう。」
    「力を測る......ですか?」
    「そうだ。だが持久力や脚力といった身体能力ではない。今の段階で、どの程度魔物の力を制御できるのか調べるんだ。」
    「ッ⁉︎」

    まさか、いきなり力の制御からだとは思っていなかった。いきなり魔物の力を制御しろと言われても、まったくできる自信がない。
    ......だが、俺はすでに覚悟を決めている。絶対に、魔物の力を制御してみせる。

    「すでに覚悟は決まっているようだな。......よし、なら目を閉じて意識を集中しろ。そして頭に、初めてゾンビになった時の様子を再現するんだ。」

    スカルに言われた通り、俺は瞳を閉じて意識を集中する。
    俺が初めて魔物になった時、それはあの禍々しい球体に触れた時だ。紫色の炎を纏い、ゆらゆらと宙を漂う人魂。それを頭に浮かべた。

    「(......次は)」

    初めて魔物の姿になった時、俺はその人魂に触っていた。なら今度も、イメージの中に作り出した人魂に触る必要がある。だが今の俺は、前回の状況とは違い直接触れることはできない。

    「イオ、頭の中に自分自身を作り出せ。」

    先に進めずにいた俺に、スカルは助言を出してくれた。頭の中に俺自身を作り出す。 つまりそれは、俺のイメージする空間の中に自分自身を出すということ。俺は過去に何度も見た鏡に映る自分をイメージし、漂う人魂の前に俺の体を出現させた。

    「よし、それでいい。後は目の前の人魂にイメージのお前が触れるだけだ。」

    耳に入ってくるスカルの指示のもと、脳に広がるイメージを崩さないようにゆっくりと自分を動かし、人魂に触れる。
    すると、初めて触れた時の同じように人魂から紫の光が強く放射され、一瞬のうちにイメージの中の空間が光に支配された。

    「うわッ⁉︎」

    突然起きた現象に驚き、俺は意識の集中を途切れさせてしまった。
    一度見たはずの光景に驚き集中を乱してしまった自分に、どうしようもない怒りがこみ上げる。

    「(くそっ......もう一度だ。)」

    だが俺は一度目を開き、空を見上げてこみ上げる怒りを抑え、すぐに気持ちの切り替えを始める。

    「いや、これで成功だ。」

    ある程度の落ち着きを取り戻しもう一度イメージを作り出そうとしたその時、スカルは俺の行動を止めさせた。

    「成......功?でも、途中で......」
    「お前の足元をよく見てみろ。」
    「え?」

    言葉の意味が最初は分からなかったが、スカルの言う通りに首を下に向けると、足の先から黒い靄のようなものが出始めていた。
  62. 70 : : 2019/01/07(月) 11:19:46
    やがてその黒い靄は、徐々に上半身へ向けて発生範囲を拡大している。靄に包まれている俺には、不思議と危機感はなかった。むしろこの靄が夏の高い気温と強い日光を遮ってくれているためとても涼しく、快適だとすら感じた。

    「涼むのはいいが、そろそろ次に進むぞ」

    心地よさに身を委ねかけた俺の意識が、スカルの声に引き戻される。

    「(そうだ、今は魔物を制御する途中なんだった。......よし)」

    首を左右に軽く振り、両手で1度顔を叩いて気合いを入れ直す。今のうちから気を抜いていたら、魔物の制御などできるはずがない。
    ここから次に進むために必要なことは、スカルの説明がなくても感覚で理解できた。光が落ち着いたイメージの中に佇む自分の体に、人の形になった紫の人魂をゆっくりと重ねていく。
    その2つが触れた時、自分の腕にも触った感覚が現れた。

    「おぉ......!」

    実際に触れた感覚のある場所を見てみると、その部分だけがゾンビ特有の黒い肌になっていた。

    「いい調子だ、その速度を維持しつつゆっくりと1つに重ねていけ。心を落ち着かせることも忘れるな。」

    スカルからの評価を上々。
    後はこの興奮と僅かな恐怖心をできる限り抑えながら、イメージの中の体と人魂を1つに重ね合わせるだけだ。
    少しずつ、2つが1に同化していく。
    そして......

    「......!」

    体と魂が完全に1つになった時、俺の体が紫の光を放った。それはまさに、俺が初めて魔物になった時の光景と同じものだ。

    「はぁぁぁぁあ‼︎」

    俺は無意識のうちに、その光を周囲の靄ごと振り払った。靄は完全に霧散し、体から溢れる光もゆっくりと消えていく。全身を包む黒い肌、本来の色とは正反対の緋色の瞳。

    「同化完了......だな。」

    俺は、ゾンビとの同化に成功した。

    「凄い。ゾンビの体ってこんな感じなんだ......!」

    両手は握っては広げを繰り返し、ゾンビの感覚を覚える。急激に体感が変わったわけではないが、新品の服を始めて着る時のような変な感覚だ。

    「どうだイオ。ゾンビの体は」
    「少し違和感はありますが、それ以外は問題ありません。」
    「そうか。しかし、初めてでここまでうまくいくとはな。指の先だけでも魔物に変化させられれば良好だと思っていたんだが......。」

    スカルも他人に魔物への同化を教えるのは初めてらしく、僅かでも魔物と同化できたならそれで終わりにする予定だったそうだ。だがスカルの能力で俺の体内を観察しても特に異常はなくさらに先に進めた結果、俺は初めてで全身を魔物と同化させることに成功したらしい。

    「しばらくはその姿を維持したままいてもらう。といっても一度同化が完了すれば、頭で分離をイメージしない限りは問題ない。」
    「(しばらくこのまま......)わ、わかりました。」

    本音を言えば、いつ暴走するかわからないためすぐに分離させたかったが、これも訓練の1つだと思って気にしないことにした。それでも魔物を分離させるまでは、スカルの近くで行動するべきだろう。
  63. 71 : : 2019/01/08(火) 15:49:16
    「なら、次は魔物についての勉強といこうか。」

    スカルのそばで行動すると決めた俺に、タイミングよく次の指示が来た。
    というかこの人、また俺の思考読んだな。

    「この方が話が早くていい。で、魔物についてだが」
    「あ、スルーした。」
    「何か言ったか?」
    「いえ!なにも!」

    や、やばい。これ思考を読まれるから下手なこと考えられないぞ。

    「(それも読まれてるんだがな。)......まぁいい。まずは俺のスケルトンの能力からだ。」

    そう言うと同時にスカルの体は、魔物の姿に変化した。頭部の銀色の髑髏が目立つその姿は異様な雰囲気を醸し出している。

    「スケルトンとは、骨のみで動く魔物の代表例の1つだ。頑丈な骨を持つのが特徴だな。人を襲う理由はわからないが、少なくとも捕食のためではないことは確かだ。」

    たしかに、心臓や腸のような臓器が1つもないスケルトンが、生物を捕食するために人間を襲っているとは考えにくい。

    「ただ本能のままに人を襲っているだけなのか、それとも別の何かがあるのか。それは今考えても仕方ないことだ。次にスケルトンの持つ力だが、これはお前も見たことがあるな」

    スカルは自らの手に、髑髏と同じ銀色の1本の剣を作り出した。

    「それ、工場の時の......」
    「そう。......スケルトンの能力、それは骨を自由に生成・形成することができる能力だ。これで剣を作ったり、鎧を作ったりできる。お前が廃工場でゾンビに刺したのも、スケルトンの生成した剣だったな。ちなみに、俺の髑髏と外骨格もこの能力の応用だ。」
    「......あれ?でもその剣、あの時使ったものと色が違う気が......」

    俺が工場で見たものは、全体が骨特有の白色をしていた。だがスカルの持つ剣は、鉄のような銀色をしている。

    「ごく稀に、体色が全く異なる個体がいる。俺のスケルトンも通常とは違う個体だったんだ。基本的にスケルトンの色は白の認識で構わない。」
    「な、なるほど。」
    「そして色の違う個体は、同種とは全く異なる特有の能力を必ず持つ。俺のこの波動も、こいつ特有の能力だ。」

    スカルは骨棒を持つ方とは逆の腕に、蒼い炎を纏わせた。

    「じゃあ、俺の思考を読むのもその能力の効果ですか。」
    「さらに言えば、廃工場で火を消した冷気もこの能力の応用だ。後は熱を生み出したり、弾丸として放ったりもできる。」
    「......なんというか、なんでもありですね。」
    「なんでもではないが、確かに便利ではあるな。痛みを軽減したり、魔物を一時的に分離させることだって可能だ。欠点はエネルギー消費が激しいことくらいか。」

    本当に、スカルがそのスケルトンを制御してくれて助かった。相手の思考を読んで熱や冷気の弾丸を自在に放ってくる魔物なんて勝てる気がしない。

    「同感だな。......さて、とりあえずスケルトンの話はこれくらいにするとしよう。次に進むぞ。」

    時間は、少しずつ流れていく。
  64. 75 : : 2019/01/09(水) 19:54:01
    「次はゾンビの能力だ。ある程度はお前も把握していると思うが、それも含めて説明するぞ。」
    「お願いします。」

    スカルはスケルトンの説明を終え、次は俺の持つゾンビの能力の解説に入った。スケルトンの時はスカルの強さを再確認する程度の認識だったが、今回は俺にも関係することなので先程以上に意識を話しに集中する。

    「ゾンビとは、全身の黒い肌と緋色の瞳が特徴の魔物だ。人を襲う理由はおそらく、獲物を捕食してエネルギーにするためだと思われる。こいつの能力は2つ。1つは腐敗能力、もう1つは蘇生能力だ。」
    「腐敗能力......工場でゾンビに掴まれた俺の腕が腐敗していたのは、その能力のせいだったんですね。」
    「あぁ。そして腐敗能力の対象は生物だけでなく無機物にまで及ぶ。工場内にあった機械のうち、数個はゾンビの腐敗能力によって朽ちていた。そしてこの能力はスケルトンの天敵でもある。理由はわかるか?」
    「生成した骨を腐敗させられるから......ですか?」

    いくらスケルトンの作り出す骨が丈夫だといっても、1度腐敗してしまえばもはや強度は意味をなさない。

    「そうだ。俺の作り出した外骨格も腐敗能力の前ではただ朽ち果てるだけ。身を守る鎧にはならない。だから俺はゾンビを相手にする場合、腐敗能力を使わせる前に仕留めなければならない。だがそこで問題になってくるのが、2つ目の蘇生能力だ。」
    「確かに......。いくら素早く仕留めても、復活されたら意味がないですしね。」

    スケルトンの鎧は腐敗によって突破され、そうさせないために速攻を仕掛けても蘇生される。スケルトンにとっては戦いにくいことこの上ないだろう。

    「しかも、おそらくは肉体自体を再構成しているのだろう。蘇生できる回数にも制限があるようだが、削りきる前にこちらが不利になる可能性も十分にある。」

    説明を聞けば聞くほど、ゾンビの恐ろしさがよくわかる。そして俺の持つ力が、どれほどに強力なものであるかも。

    「俺の波動が、ゾンビの蘇生能力で封じられる可能性もある。俺としても戦いたくない相手だ。」

    そうだ。スカルはさっき、波動はエネルギーの消費が激しいと言っていた。もしゾンビの蘇生可能な回数が波動のエネルギー量を上回った場合、スカルが敗北する可能性が出てくる。

    「お前が言った言葉を借りるなら、イオがゾンビを制御してくれて助かった。と言ったところだ。蘇生と腐敗は確かに厄介だが、味方ならとても頼もしい。だからイオ、絶対にゾンビの力をものにするぞ。」
    「はい!」

    そんな未来を現実にしないためにも、俺は力を制御する意思をさらに強固なものにする。

    だがその意思とは裏腹に、ゾンビの魔の手は刻一刻と俺を侵食している。
  65. 76 : : 2019/01/10(木) 23:15:44
    「次、今日最後に説明するのはレイス。お前に炎弾を撃ってきたやつだ。」
    「レイスといえばあの幽霊みたいな魔物のことですか?」
    「その通り。奴は空中を浮遊し、黒い炎弾を放ってくるのが特徴だ。だが、俺がレイスに関して説明できることはあまり多くない。」
    「え?」

    スケルトン、ゾンビに続いて取り上げられたレイス。しかしスカルは、レイスに関して説明する内容は少ないという。
    両魔物共に曖昧な解説はしなかったスカルが、だ。

    「俺がレイスと戦った回数は工場での戦闘を含めても3回。その中で確認できた能力は、お前も見た飛行能力と炎弾を放つ能力だけだ。」

    説明可能な内容が少ない理由は、ひとえにレイスとの戦闘回数の少なさが原因のようだ。

    「じゃあ、まだレイスの力は未知数ということですか?」
    「残念ながらそうなってしまうな。ただ、レイスといっても実体はあるので物理攻撃も有効だ。だから俺は工場で、レイスの頭を蹴り飛ばせた。」
    「それだけ聞くと、ただの恐ろしい人ですよそれ。」
    「自覚はある。......いずれ俺のスケルトンのように、特有の能力を持った魔物を相手にする可能性もあるだろう。だから相手より一歩引いた立ち回り方を覚えて、あとは実戦の中で相手を見極められるようになればいい。」

    なかなかにスカルは、無茶なことを言ってくれる。実際にスカルと魔物の戦闘を見たことがある俺だから言えるが、あの状況下で冷静に相手を分析することはかなり難しい。少なくとも今の俺では無理だ。
    だがこれができなければ、もし楓を襲う魔物が今までに見たことのない種類の魔物だった場合、楓を守りきることなどできないだろう。それは決して、楓が自慢できる男ではない。だから俺は、それがどれほど無茶なことであろうとやってみせる。それにスカルは、そんな無茶を実現することを俺に期待しているんだ。その期待に応えることが、スカルの認める男になるという目標への1歩にもなる。

    「......そうですね。わかりました、やるからには全力でものにしてやります。」
    「あぁ、その意気だ。」
    「よし......ッ⁉︎」

    その時、立ちくらみに似た感覚が俺を襲った。やがてそれは徐々に強くなっていき、もはや立つことすら困難になり俺は地面に膝をついてしまう。

    「な......こ、コれハ......まさカ......」

    先ほどまでは普通に見えていた景色が、今は真っ赤に染まって見える。それはまさに、俺が初めて魔物に意識を乗っ取られた時に感じたものと同じだ。

    「魔物の侵食が、とうとう体に現れ始めたか。」
    「ア......アガッ......ァ......ァァ......アアアア‼︎」

    もはや、自分の体を自分で止めることはできない。徐々に身体の自由を奪われ、意識が朦朧としてきた。だがあの時とは違い、完全に自分の意識が消えることはなかった。

    「ッ!い......ぞ......そのま......体......抑え......!」

    朦朧とする意識の中で、微かにスカルの声が聞こえてきた。なんと言っているかはわからないが、今は自分の体の制御をゾンビに奪われないようにするだけで精一杯だ。
    だが、それはまさにスカルの指示した内容の通りだった。肉体の中でゾンビとイオの意識が対抗し、その間イオの体は完全に動きを止めていたのだ。

    「よ............た!これ......!」

    突然、春の日差しのように暖かな感覚が俺の体に流れた。スカルの波動が、俺の中に流れてきたのだ。その暖かさを感じると同時に、俺は意識を手放した。
  66. 471 : : 2019/01/11(金) 19:08:31
    「......あれ」

    目を開け、俺はゆっくりと上体を起こす。高く昇った太陽からの日差しが、俺の目を眩ませる。


    「えっと......」

    俺はなぜ地面に倒れていたのだろう......。確か俺は、スカルに魔物について聞いていたはずだ。レイスの説明までは聞いた覚えがあるが、その先からの記憶が全くない。

    「起きたかイオ。体に異常はないか?」
    「スカル......?」

    声のした方向を見ると、俺の隣にスカルが座っていた。地面にはレジャーシートようなものが広がっており、そこに俺とスカルは腰を下ろしている。

    「特にはないです。あの、俺どれくらい寝てました?」
    「お前が倒れてからまだ20分程度だ。だからもう少し休んでいろ。」

    20分。そんなに俺は意識を失っていたのか。......え?

    「倒れた......?」
    「......いや、今は忘れてくれ。しばらく体を休めればそのうち思い出すだろう。」

    スカルに介護されるような形で俺は再び上体を倒し、下に置かれた丸まったタオルに頭を置く。中には氷枕が入っているのだろう。ひんやりしていて気持ちがいい。

    「すいません......。」
    「問題ない、時間はまだある。」

    そう言うとスカルは、横に置いてあった本を手に取り読み始めた。

    「(あぁ......。こうやって仰向けに倒れていると、倉庫のことを思い出すなぁ。)」

    リラックスした俺の頭に浮かぶのは、倉庫でスカルと警官が話していた時の光景だ。あの時も俺は、こうやってスカルに介抱をしてもらっていたらしい。といってもあの時、俺は意識を取り戻してすぐ起き上がりあまり時間をかけずに倉庫を後にしたので、こうやってスカルに介抱されていると体感するのは初めてのことかもしれない。

    そういえばあの時、なんで俺は倉庫で倒れて......

    「いっ!」

    突然、俺の頭には痛みが走った。
    倒れた時に頭を打っていたのだろうか、いきなり何かで叩かれたような痛みが頭部右側に走ったのだ。

    「な、なんだ?」

    ただの偶然だろうか。俺がなにかを思い出そうとした瞬間にこの頭痛はきた。まるで、その記憶を思い出させないようにしているかのような......

    「イオ、もう少し眠るといい。頭の痛みもすぐに消える。」
    「......そうします。すいません、少しだけ眠ります。」
    「あぁ。」

    瞳を閉じて俺は眠りにつく。意識がなくなるまでそう時間はかからず、数秒もせずに完全に意識はなくなった。


    俺は夢を見た。全身が黒いナニカや、筋肉がなくても動く骨、腹の辺りが赤黒く染まった人のようなものの夢を。
    そして思い出した。魔物という存在を、自らも魔物であることを。
  67. 861 : : 2019/01/12(土) 13:42:46
    「......うっ......ぐぅ......はっ!」

    俺の意識は突然覚醒した。目覚めた俺がまず感じたのは、顔中の滝のような汗と体のだるさだった。

    「はぁ......はぁ。」

    呼吸も荒れ、冷えた汗が体温を奪ったせいか少し肌寒い。

    「......思い出せたか?」

    隣から本を閉じる音が聞こえ上体を起こしてその方向を見ると、スカルが本から視線を外してこちらを向いているのが見えた。

    「はい、なんとか。夢の内容は酷いものでしたが......」

    スカルは俺に記憶を思い出したのかを問い、俺はそれを肯定する。
    しかし寝ている間に見た夢は、魔物に人が襲われ血を出して倒れる様子を延々と見せられるというものだ。全身の滝のような汗もそれが原因だろう。

    「だろうな。寝ている間、ずっとうなされていたぞ。......とりあえず、これで汗を拭け。」

    スカルは、俺に一枚のタオルを渡してくれた。汗が酷くて気持ち悪かった俺は、スカルに感謝を伝えるとそのタオルで汗を拭いた。体は少し寒いが、今は夏だからすぐに温まるだろう。そう思っていた俺だが、スカルはすぐにカップを1つ俺に渡してきた。その中には、温かいカフェオレがたっぷりと注がれており、汗で冷えた体にはこの温もりがとても心地いい。
    そういえば、スカルは心が読めるということを完全に忘れていた。

    「......美味しいです」
    「それは良かった。精神的に疲れた時には、こうやって甘いものを飲むと落ち着くぞ。」

    スカルは意外と家庭的な一面もある......と。この人モテるタイプだ。
    なんてことは口にするまでもなく本人に筒抜けなので、俺は知らん顔をしながらカフェオレの残りを飲む。
    そうして和やかな雰囲気を楽しむこと数分、スカルはカップを置き話を始めた。

    「もう少し休むか?体はともかく、精神的な疲労はまだ残っているだろう。」

    それは、このまま休憩を取るか否かの確認だった。本当のことを言えば、俺の脳はまだ心の休養を欲している。
    しかし俺は、ここには覚悟を持ってきたのだ。そんな甘い考えではダメだと、脳ではなく心が知っている。だから、俺の口から出た言葉は

    「いえ、訓練をお願いします。」

    否。

    その返答を聞いたスカルは、一瞬満足そうな表情になったかと思うと、すぐさま真剣な顔を作った。
    その顔を見ると、俺の緩んだ気も引き締まる。

    「そうか。なら、すぐに始めるぞ。今のお前がどの程度魔物を制御できるかはわかったんだ。それに合わせた訓練をして、あとはその場で微調整するとしよう。」
    「はいっ!」

    俺は一度カップを置くと、体を勢いよく起こして立ち上がる。そしてシートの上の空になったカップを取ってスカルに渡し、緑の生えた地面の上で体をほぐすストレッチを始めた。と言ってもそれは、体育の時間に行う程度の軽いものだったが。
  68. 862 : : 2019/01/12(土) 14:02:28
    パクリ乙
  69. 863 : : 2019/01/12(土) 14:02:35
    パクリ乙
  70. 864 : : 2019/01/12(土) 14:02:37
    パクリ乙
  71. 865 : : 2019/01/12(土) 14:02:39
    パクリ乙
  72. 866 : : 2019/01/12(土) 14:02:41
    パクリ乙
  73. 867 : : 2019/01/12(土) 14:02:44
    パクリ乙
  74. 868 : : 2019/01/12(土) 14:02:46
    パクリ乙
  75. 869 : : 2019/01/12(土) 14:02:48
    パクリ乙
  76. 870 : : 2019/01/12(土) 14:02:51
    パクリ乙
  77. 871 : : 2019/01/12(土) 14:02:53
    パクリ乙
  78. 872 : : 2019/01/12(土) 14:02:55
    パクリ乙
  79. 873 : : 2019/01/12(土) 14:02:57
    パクリ乙
  80. 874 : : 2019/01/12(土) 14:03:00
    パクリ乙
  81. 875 : : 2019/01/12(土) 14:03:06
    パクリ乙
  82. 876 : : 2019/01/12(土) 14:03:09
    パクリ乙
  83. 877 : : 2019/01/12(土) 14:03:12
    パクリ乙
  84. 878 : : 2019/01/12(土) 14:03:14
    パクリ乙
  85. 879 : : 2019/01/12(土) 14:03:16
    パクリ乙
  86. 880 : : 2019/01/12(土) 14:03:19
    パクリ乙
  87. 881 : : 2019/01/12(土) 14:03:21
    パクリ乙
  88. 882 : : 2019/01/12(土) 14:03:23
    パクリ乙
  89. 883 : : 2019/01/12(土) 14:03:26
    パクリ乙
  90. 884 : : 2019/01/12(土) 14:03:30
    パクリ乙
  91. 885 : : 2019/01/12(土) 14:03:34
    パクリ乙
  92. 886 : : 2019/01/12(土) 14:03:36
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  94. 888 : : 2019/01/12(土) 14:03:41
    パクリ乙
  95. 889 : : 2019/01/12(土) 14:03:44
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  96. 890 : : 2019/01/12(土) 14:03:46
    パクリ乙
  97. 891 : : 2019/01/12(土) 14:03:49
    パクリ乙
  98. 892 : : 2019/01/12(土) 14:03:51
    パクリ乙
  99. 893 : : 2019/01/12(土) 14:03:53
    パクリ乙
  100. 894 : : 2019/01/12(土) 14:03:55
    パクリ乙
  101. 895 : : 2019/01/12(土) 14:03:58
    パクリ乙
  102. 896 : : 2019/01/12(土) 14:04:00
    パクリ乙
  103. 897 : : 2019/01/12(土) 14:04:03
    パクリ乙
  104. 898 : : 2019/01/12(土) 14:04:05
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  105. 899 : : 2019/01/12(土) 14:04:09
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  106. 900 : : 2019/01/12(土) 14:04:11
    パクリ乙
  107. 901 : : 2019/01/12(土) 22:13:36
    ナムシャカさんに何とかしてこの惨状伝えたいけど、お問い合わせも死んでるし、Twitterもアカウント持ってないし持ってたとしてもフォロバされるわけないしさ…

    荒らしや悪質名無しはここに留まらせて僕らみたいにSS読みたいだけの奴がpixivにでもなろうにでも離れていくべきなんかなぁ…?
    閉鎖も無理そうだし…
  108. 902 : : 2019/01/12(土) 22:13:38
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  109. 903 : : 2019/01/12(土) 22:13:41
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  110. 904 : : 2019/01/12(土) 22:13:43
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  117. 911 : : 2019/01/12(土) 22:14:04
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    荒らしや悪質名無しはここに留まらせて僕らみたいにSS読みたいだけの奴がpixivにでもなろうにでも離れていくべきなんかなぁ…?
    閉鎖も無理そうだし…
  177. 971 : : 2019/01/12(土) 22:16:48
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  178. 972 : : 2019/01/12(土) 22:16:51
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  179. 973 : : 2019/01/12(土) 22:16:53
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  180. 974 : : 2019/01/12(土) 22:16:56
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  181. 975 : : 2019/01/12(土) 22:17:02
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  182. 976 : : 2019/01/12(土) 22:17:04
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  183. 977 : : 2019/01/12(土) 22:17:08
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  184. 978 : : 2019/01/12(土) 22:17:11
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  185. 979 : : 2019/01/12(土) 22:17:14
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  186. 980 : : 2019/01/12(土) 22:17:16
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  187. 981 : : 2019/01/12(土) 22:17:20
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  188. 982 : : 2019/01/12(土) 22:17:22
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  189. 983 : : 2019/01/12(土) 22:17:25
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  190. 984 : : 2019/01/12(土) 22:17:27
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  191. 985 : : 2019/01/12(土) 22:17:30
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  192. 986 : : 2019/01/12(土) 22:17:33
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  193. 987 : : 2019/01/12(土) 22:17:35
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  194. 988 : : 2019/01/12(土) 22:17:38
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  195. 989 : : 2019/01/12(土) 22:17:40
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  196. 990 : : 2019/01/12(土) 22:17:43
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  197. 991 : : 2019/01/12(土) 22:17:45
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  198. 992 : : 2019/01/12(土) 22:17:47
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  199. 993 : : 2019/01/12(土) 22:17:50
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  200. 994 : : 2019/01/12(土) 22:17:56
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  201. 995 : : 2019/01/12(土) 22:17:59
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  202. 996 : : 2019/01/12(土) 22:18:01
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  203. 997 : : 2019/01/12(土) 22:18:04
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  204. 998 : : 2019/01/12(土) 22:18:06
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  205. 999 : : 2019/01/12(土) 22:18:11
    ナムシャカさんに何とかしてこの惨状伝えたいけど、お問い合わせも死んでるし、Twitterもアカウント持ってないし持ってたとしてもフォロバされるわけないしさ…

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  206. 1000 : : 2019/01/12(土) 22:18:17
    制圧

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