このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
この作品はオリジナルキャラクターを含みます。
ぼくは唯
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- 1 : 2018/06/19(火) 23:11:02 :
- 気ままにのんびりオリストです。
忙しいのでもしかしたら途中で消すかもしれませんが、良ければ暇つぶしにどうぞ。入り乱れた恋と欲望と快楽を生々しく描いていきます。R指定官能あり。よろしくどうぞ。
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- 2 : 2018/06/19(火) 23:11:51 :
性年(青年)の消えない水彩画
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- 3 : 2018/06/19(火) 23:15:15 :
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始まらない
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「幸せってなんだろうね」
なんだろう。
幸せってなんだろう。
もう何年も前のことだ。つかみどころのない綿飴とでも形容すべき霧雨が降りしきる夏の夜のことだ。さなえとSNSで話していた時のことだ。
ふと、なんということもなく聞いてみた。
そんなもん分かったら苦労しないよ、という気の抜けた返事が返ってきた。それならもし、幸せが何かわかったのならお前は苦労せずに幸せになれるのか。喉元まで出かかった、否、指先の正中神経まで走った電気信号は既の所でぷつりと途切れた。代わりにそうだな、と苦笑いしたことをなぜだか今もよく覚えている。小さな頃は好きなものが食べたい、あれが欲しいこれが欲しいという卑しい欲望を満たすことで虚妄の幸せを感じていたように思う。そうして成長していった人々の欲望には程度も種類も限りがない。
「えー、こんな素敵な彼氏がいてさなえちゃん羨ましいな」
そんなとってつけたような死んだ言葉で。
「どうせ他の同級生ともしてるんでしょう」
あるいは臆病な羨望と微細な嫉妬で。
「私しか見ないで」
はたまた死にかけた寄生虫の拠り所で。
「可愛いでしょ?このドクロ」
心臓を握りつぶされるような微笑で。
「女なんてつまんないよ」
ここにもまた、一つの欲望がある。
風の中の雲のように形はなく、呵呵大笑に興奮しては灰心喪気と意気消沈する漠然として不明瞭で曖昧模糊な有象無象の情動衝動に駆られた、ただし普遍的にありふれたどこにでもある未曾有に身を沈める1つの物語。あの日願った幸せを今日もまた探し続け、まだ見ぬ答えを求める物語。始まるということもなくいつのまにか始まっており、終わることもなく気付いたら終わっていく。否、初めから始まってなどいなかったのかもしれない。ぼくが試しに戯れてみよう。答えてみよう。簡単だ。笑っちゃうくらい嗤っちゃうくらい微笑っちゃうくらい単純明快で敢然として率直で簡潔に皮肉な唯一無二の答え。
解らない。
異常、修了。
それ以外の何物でもなかった。
きっと。
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- 4 : 2018/06/21(木) 17:41:46 :
プロローグ:始まらない
一章:桜色の病
二章:溺死
三章:書き直した油画
四章:葛の木屑
五章:滴る絵の具
六章:性娼年取締法
七章:性年
エピローグ:終わらない
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- 5 : 2018/06/21(木) 21:07:14 :
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0
桜色の病
1
春。
それは数年前の4月15日。
暖かい陽の光と柔らかに人通りを縫う風を受けて、ぼくは飛び跳ねたくなる期待と興奮───ではなくのし掛かる不安と鬱屈を引きずって新しい生活へと足を踏み入れた。
空気清浄機の乾いた空気とカビ臭い匂いが立ち込める教室には、ざっと百人もの生徒が座っていた。誰もが店頭に並ぶ林檎のような表情をしていた。誰もが玩具屋に並ぶ人形のような顔をしていた。誰もが無造作に無表情で、無差別に無個性な空気に浸っていた。ぼくもその絶無的な虚無感の漂う空気に浸り、やがて個性が殺されていくのだろう。あたかも津軽林檎が例外なく赤く染まるように。はたまた壊れるまで永久不変な人形のように。唯の一人もぼくには区別がつかなかった。
「……、…、、、………………。……」
嫌でしかない。
考えただけで悪寒と吐き気が止まらなかった。今すぐにでも逃げ出して、走って走って実家のお布団に飛び込みたい衝動に駆られたが、そうするわけにもいかない理由は親の出してくれたなけなしの百万とありったけの譲歩あってのものだった。
なるべく音を立てないように地を這う蛇のごとく席へと移動した。その間教室は静まり返っていて、誰一人として微動だにせず、代わりに銘々開いた単語帳や公式集を捲る音だけが奇妙なほど響いている。出入り口から席まで数メートルが、とても長く感じた。
漸く辿り着いた席の右隣にただ座るということもなく存在していた人は、こちらに目もくれず古文単語帳を凝視していた。顔いっぱいを覆うマスクの間から見えた肌は病的に白く、血液の桃のような桜のような赤みが覗いている。
うわ、ヤバそう。
素直な第一印象、だった。
艶やかな黒髪は肩の下まで伸びて、夜道などで会えば幽霊に見えなくもない出で立ちだ。まさかこの出会いが、ぼくの人生を一転させるなどとは夢にも思わなかった。
特に話しかけることもなくぼくは机に腕を伸ばす。吐息と共に吐き出した溜まりきった疲労と拭いきれない絶望感が混沌とした空気に溶けていく。
堰き止められて淀んだ河の流れに浮かぶ泡沫さながらの空気が、不意に張り詰めた。吃驚して起き上がると、三十歳前後であろう決して慎ましからぬ胸を揺らした(簡単に言えば巨乳)気の強そうな女性が教壇に上がった。
「こんにちは! 今日から一年間このクラスを担当する斑瀬倉良です。どうか皆さんと私の付き合いが一年で済むように全力でサポートするので、一緒に頑張っていきましょう」
そうだ。
こんなとこ絶対一年で出てってやる。
出なければならないんだ。机の下で固く握り締めたその手の中にあるのは決意。
ぼくは、否、ぼく達は、浪人生だった。
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- 6 : 2018/06/21(木) 21:14:46 :
浪人生とは
大学受験に失敗して、一年間予備校で来年の大学受験の成功のために勉強漬けになる学生。勉強してることを除けばクソニート。
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- 7 : 2018/06/22(金) 16:03:47 :
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2
「じゃあ、今日の授業はこれで終わりです。皆さんまた来週、お会いしましょう」
パラパラと雨垂れのような拍手と共に陽気な英語───医進英語の講師旧田先生は教室から出て行った。自習室へと向かう数人の生徒もその後を辿りそそくさと退室していく。ぼくはそんな糞真面目な勉強信者共を尻目に、疼く鼻をティッシュで抑えて鼻をかみ一息つく。
「これからどうすんの」
斜め前に座る友人、松坂大志は嘆息するように素っ気なく尋ねてきた。
「帰るよ。部屋で勉強する。大志は?」
「自習室行く。てかさ、」
今し方ぼくの後ろをすり抜けて出口へと向かう白いあの女性に目をやり、言った。目の端に彼女が背負った迷彩色でナイキのスポーツリュックが映る。今時の女性にしては珍しい。
「お前の隣に座ってる人可愛くね? 今出てった人」
まぁ、確かに。
あの日以来何度か見かけているが、小さくてシャープな顔とくっきりした二重は魅力的だ。ぼくより身長はいくらか低かったが、スタイルも抜群で白い肌に長い黒髪がよく似合っている。ただし目元は少しキツく、それはもう研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、あんな目で睨まれたら文字通り蛇に睨まれた蛙になってしまう。それに。
「まぁ、わかるよ。でもいっつもマスクしてんじゃん。ほとんど顔見たことねーよ」
「マスク美人ってやつかもね」
彼女はいつも自身の肌色と同じように薄いピンクがかったマスクをしていた。ちなみにぼくは生まれてこの方マスクが大嫌いだ。メガネが曇るし、水蒸気で頬や鼻がベタベタになるし、何より暑苦しい。さぁな、と短く呟いて歩き出す。
でもちょっと。話してみたいな。
せっかく席が隣だし。
喉の奥から沸々とせり上がってくる淡い期待を、いやいやぼくは浪人生だという建前で握りつぶした───つもりだった。後になって分かったのだが、どうやらこのときのぼくの決意はどうやら中途半端な中庸でしかなかったらしい。
数ヶ月後、ぼくは地獄の血の池で溺死した。
それはまた別のお話。
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- 8 : 2018/06/22(金) 17:52:08 :
松坂大志
二浪。元サッカー部。横の髪の毛要らないと言っていつも刈り上げている。髪の毛要らないなんて言うな。欲しがってる中年男性はいっぱいいるんだぞ。サッカー部だけあって彼女歴3人。現在フリー。好きなタイプは長谷川潤。
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- 9 : 2018/06/23(土) 23:14:51 :
ぼくと大志は今年の浪人生活が始まって以来二番目の友達だ。予備校の授業が始まる前の春季講習の間はどうと言うこともなくタメ口で話していたため同い年かと思いきや、ある日突然「実は俺、二浪なんすよ」と、実は先輩だったことが発覚した。穏やかな物腰だがよく冗談も言う憎めない人だった。
じゃあね、と一言残して自習室へ続く階段を登る大志。ぼくは予備校の寮へ帰ろうと一人教室を出た。ちょうどエレベーターが開いていたので、すかさずそのエレベーターに飛び込む─────と。
そこにいたのは。
果たして、あの人だった。
予想もしないあの人だった。
マスクを外して、薄桃色の顔を晒したあの人だった。目が合った。
「っあ……どうも」
同時に、軽くこうべを垂れて会釈をした。エレベーター内にはもう一人女性がいたが、そんな人は毛頭眼中になかった。マスクの下の顔は予想を遥かに超えて美人。すべすべの肌に小さな鼻。ともすれば破れてしまいそうなほど薄い唇。
その唇が緩く震えた。
「隣に座ってる、人、だよね?」
「……ん」
小さく、頷いた彼女は。
可愛かった。恐らく、ぼくの人生で出会った女性の中で一番可愛かった。面と向かい改めて眺めてみると、本当にモデルのようだ。急な邂逅で全く心の準備もできていないまま、けれどなんとか話したいぼくは口下手にありきたりな話題を振った。
「どっから来てるの?」
「私、岐阜」
「そっか」
「どこ?」
「あ、俺?三重だよ」
「三重か……」
「だけど、寮に住んでるんだ」
「そうなんだ…!」
よく覚えていないが、こんな会話だったと思う。エレベーターを降りて事務員が座る受付や窓口を過ぎ、予備校の出口まで二人で歩いてこんな会話をした。あとから冷静に反芻してみれば恐ろしく中身のない会話だったが、頭が真っ白だったぼくにはこれで精一杯だった。対する彼女は涼しい顔をしていた。ほんのり、柔らかい微笑を浮かべて。初めて見る彼女の笑顔だった。いつもの冷めきった鋭い目つきからは想像もできないほど無邪気で、それは子供の頃の幼さを持ったそれで、どこか儚げな表情だった。さもなければ消えていまいそうな、少し目をそらした隙に遠くへ行ってしまいそうな。そんな、微笑みで。
彼女の澄んだ綺麗な声と、緊張で亢進する鼓動以外何一つ耳に入ってこない二人だけの世界。大事なことを聞き忘れていたぼくは脳内の花畑から急いで現実へ舞い戻った。
「名前、なんていうの」
彼女は歯を見せずに笑った。
「れいな。宮原怜奈」
「村田?」
「みやはら!」
今度は少し吹き出して。
やはり歯は見せずに笑った。
「あ、悪い。宮原さん、よろしくね」
ぼくも笑った。
彼女も、笑っていた。
それもまた、そつのない笑顔だった。
4月26日のことである。
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