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七海「創君?」

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  1. 1 : : 2018/06/18(月) 15:09:45
    注意点

    評議委員いない
    詐欺師は御手洗モード
    日向の設定を少し変更している
  2. 2 : : 2018/06/18(月) 15:11:07

    新たに77期生を迎えた希望ヶ峰学園の入学式。
    今年も新たに才能を見いだされた高校生達がその門を潜る。
    その中に、髪がアンテナのように天に向かって伸びている少年がいた。
    しかしその少年の赤い瞳はまるで死んでいるかのように虚ろで、完全な無表情。
    周囲は将来が保証されたも当然の学校への入学で喜びに満ちているというのに、この少年――カムクライヅルにはそれが全くない。


    カムクラ「……ツマラナイ」


    小声で呟いたその言葉は周囲の誰の耳にも届いていない。
    そんな中、携帯ゲームを手にしている少女――七海千秋が彼の存在に気づき、眠そうな目を見開いた。


    七海「……創君?」


    遠い記憶の中にある見覚えのある後姿と、特徴的な髪型に思わず口にした名前にカムクラが振り向く。


    七海「やっぱり、創君だ!」

    カムクラ「……」


    明るい笑顔を浮かべて駆け寄る七海に対し、カムクラは表情一つ変えず、空虚な目で七海を見ている。


    七海「久し振りだね。元気だった? 十年振りくらいかな? 急にいなくなっちゃったから、心配したんだよ」

    カムクラ「……」

    七海「創君?」


    全く反応が無い様子に七海は首を傾げる。
    見間違いかとも思ったが、それはすぐに否定する。
    最後に会ったのは小学校に上がる直前だったとはいえ、ほぼ毎日一緒に遊んでいた大事な人。
    十年以上会っていないとはいえ、そんな人を見間違えるはずがないと彼女は確信している。


    七海「どうかしたの? 創く――」

    カムクラ「僕はあなたを知りません。それと僕は、カムクライズルです」

    七海「――えっ?」


    知らないと言われて呆気に取られているうちにカムクラは歩き出していた。
    その背中を見ながら、七海は思った。


    七海(別人? そんなはずはないよ! あの人は、絶対に創君だよ。雰囲気は変わっちゃったけど、間違いない)


    幼馴染の勘という根拠も理論も無い理由だが、彼女の推測は間違っていない。
    何故なら彼は、カムクライズルであると同時に七海千秋の幼馴染でずっと探していた初恋の人、日向創なのだから。


    黄桜「え~、スカウトされた時にも会ってるけど、一応自己紹介しておくよ。俺がお前達の担任の黄桜だ。好きな物は酒だ、よろしく」

    澪田「酒が好物って時点でダメ人間の気配がするー!」

    小泉「ちょっ、いきなりそんな」

    黄桜「はっはっはっ。なかなか手痛いね。まあ、確かによく二日酔いで授業休んでるけど」

    九頭龍「普通にダメ人間じゃねぇか」

    狛枝「大丈夫ですよ先生、僕以上のクズはいませんから。ああ、そんな僕でも希望の踏み台くらいになれれば、これ以上の幸運はないよ」

    西園寺「うわー、なんか変態なワカメ頭がいるよー」


    入学式を終え、あてがわれたクラスでの最初の時間。
    スカウトマンも兼ねている黄桜から始まった自己紹介は出席番号順に行われ、彼の番が回ってきた。


    カムクラ「……超高校級の希望、カムクライズルです」


    それだけ告げて着席する姿に、素っ気ない奴だとほとんどのクラスメイトが思った。
    違う思いを抱いているのは二人。


    七海(違うよ。君は創君だよ。なんでカムクライズルなんて名乗ってるの? なんで私の事を覚えてないの?)

    黄桜(未だに変わらずか。この三年でどうにかなってくれないかねぇ)


    頬を膨らませて不服そうにしている七海と、表情にこそ出ていないが憐みの思いを向ける黄桜。
    そんな二人の思惑を知ってか知らずか、カムクラはつまらなさそうに窓の外を見ていた。
    自己紹介後はちょっとした説明が行われ、この日はそこで解散するはずだった。


    七海「ねえ創君。どうしてカムクライズルなんて名乗っているの?」


    黄桜が解散を告げてクラスメイト達が立ち上がり、誰かしらに話しかけようとする中、教室内に七海の少し大きめの声が響く。
    創って誰だという視線がクラスメイト達から向けられ、黄桜は少し驚いた表情になる。


    黄桜(まさか以前の彼の知り合いか? これは彼と彼女にとって、幸運なのか不運なのか……)

    カムクラ「僕がカムクライズルだからです」

    七海「嘘! 君は日向創君だよ。あれから十年以上経っているけど、あんなに一緒に遊んでたんだから、見間違えるはずがないよ」

    カムクラ「いいえ、僕はカムクライズルです。それと、僕はあなたを知りません」


    力説する七海を気にせず片づけを終えたカムクラは、席を立って止めようとする七海を無視して教室を出て行った。
    訳が分からず立ち尽くす七海に対し、周囲は修羅場かと反応に困る。
    これはさっさと退散するかとトンズラを決めた黄桜だが、その前に呼び止められてしまう。


    七海「先生、あの人は日向創君ですよね!」

  3. 3 : : 2018/06/18(月) 15:12:09

    確信して言い切った言葉の力に黄桜の逃げ足が止まる。
    他の生徒の視線も集中しており、とても誤魔化していい空気じゃない。
    しかし、黄桜には誤魔化すしかなかった。


    黄桜「いや、彼はカムクライズルで間違いない」

    七海「そんな……」


    信じられないでいる七海に悪いと思いつつも、黄桜は背を向けて教室を出る。
    その足で真っ直ぐ学園長室に向かうと、七海の事を学園長であり親友である霧切仁に伝えた。


    仁「そうか。彼を知っている子がいたか」

    黄桜「どうする? とてもじゃないが、彼女が耐えられるような話じゃない。正直、あの事は思い出すだけでも胸糞悪い」

    仁「だからといって、いつまでも隠せるとは思えないな。仮にも彼女も超高校級。いずれは真実に辿り着くかもしれん」

    黄桜「一応、情報は全て消してあるはずだが?」

    仁「万が一という事もある。クラスメイトにはメカニックや裏に顔の聞く極道、女王までいる。それに今年の幸運の子が関わったら」

    黄桜「確かにな。彼が関われば、消したはずの情報まで出てきそうだ」

    仁「……明日は俺が真実を話す。彼女だけでなく、全員にな」

    黄桜「そうだな。彼女だけで受け止められる話じゃない。支える友人は必要……か」

    仁「黄桜は後のアフターフォローを頼めるか?」

    黄桜「任せておけ。その代わり、今度奢れよ」


    退出する黄桜を見送った仁は引き出しを開け、収められていた日向創の資料を取り出す。


    仁「この出会いは、彼にとっての希望なのだろうか?」


    その問いに答えられる者は誰もいない。

    翌日の放課後、カムクラを除く全員が視聴覚室に集められた。
    これは万が一にも、話が広まるのを防ぐための処置だ。
    訳が分からず集められた七海達の前に仁と黄桜が現れ、仁が教壇に立つ。

    仁「よく集まってくれた。これから君達に、ある話をする。どうかこの事を、他言無用で頼みたい」

    九頭龍「は? なんでだよ」

    黄桜「無用な混乱を避けるためだ」

    罪木「そ、そんな大事な話を、どうして私達に?」

    仁「それは君達のクラスメイト、カムクライズル君に関わる話だからだ」


    これに一番反応を見せたのは七海。
    早く彼を追いかけたかった気持ちは遠くへ吹っ飛び、立ち上がって仁に質問する。


    七海「やっぱり、カムクラ君は創君なんですか!」


    質問に仁はしばしの間を置き、それを肯定する。


    仁「その通りだ。彼は君の言う通り、日向創で間違いない」

    七海「ならどうして――」

    仁「それと同時に、カムクライズルでもある」

    終里「はあ? どういう意味だ?」

    弐大「養子に出たとしても、下の名前まで変わるのは変じゃのお」

    田中「もしや俺様と同じく、二つ名を持つ資格を持つ特異点か!」

    左右田「いや、意味分かんねぇから」

    辺古山「二重人格……か?」

    西園寺「はあ? なにそれ」

    罪木「え、えっと、二重人格というのは精神的苦痛に耐えきれない人が心の中に作った第二の人格で」

    西園寺「そういう意味で言ったんじゃないよ! オドオド包帯女!」

    罪木「ご、ごめんなさぁい!」

    御手洗(詐欺師)「でもそれなら説明はつくね。もう一人の人格は、名前も違うと聞くし」

    仁「……それは正解に近い、というところだ」

    小泉「正解に近い?」

    仁「そのためには君達にある事件の真実を知ってもらう必要がある」

    澪田「どんな事件っすか?」

    仁「この事件は今から十年以上前、とある孤児院で起きた。そこに保護されている子供達の大量死事件だ」

    小泉「ど、どうしてそんな事件が、関わっているんですか!?」

    仁「……彼は、そこの僅かにいた生き残りの一人だからだ」

    それを聞いて全員が驚き、同時に思った。
    その大量死事件が切っ掛けで心を壊してしまったのではないかと。


    七海「そういえば、最後に会った日の翌日に、創君がいた孤児院にたくさん警察の人がいた。それから一度も会えずに孤児院も閉鎖されちゃって……」

    左右田「なるほど。それで七海の事を忘れて、逃げるために別人格を」

    仁「……それならまだ良かったんだがな」

    御手洗「どういう意味ですか?」

    仁「実はその事件の裏側には、ある凶行が隠されているんだ」

    辺古山「凶行?」

    仁「そして私がその事を知っているのは、その凶行に希望ヶ峰学園も関わっていたからさ」

  4. 4 : : 2018/06/18(月) 15:12:54

    これに再び驚きが室内に広まった。


    仁「その凶行は、かつてこの学園における実権を握っていた評議会という上層部が行っていた」

    西園寺「評議会?」

    仁「彼らは君達のような才能ある人物を集め、その才能のメカニズムを分析、解析し、脳への刺激を与えてそれらを人工的に生み出せないかと研究をしていた」

    狛枝「才能を人工的に? それは素晴らしいね。それが成功すれば、僕のようなゴミクズも優れた才能を手に入れられるよ」

    黄桜「……悪いが、ちょっと黙っていてくれるか?」


    おちゃらけた雰囲気の黄桜の本気の睨みに狛枝は黙った。


    仁「続けよう。彼らはその研究を進め、遂にそれを完成させた。だが彼らはそこで立ち止まらず、踏み込んではならない領域に足を踏み入れてしまった」

    花村「あの、それってまさか……」

    仁「……人体実験だ」

    終里「うえっ、マジかよ」

    弐大「しかし、脳に刺激を与えて才能を与えるだけじゃろう?」

    仁「その通りだ。しかし彼らが目指していたのは、この学園の創設者。全ての才能を持っていたという、神座出流を再現させることだった」

    田中「全ての才能だとっ!?」

    罪木「あ、あれ? その人の名前って確か……」

    七海「今の創君の名前――っ!?」

    御手洗「じゃ、じゃあ人体実験になったのってっ!」

    仁「そうだ。彼らは孤児院を作る事で身寄りの無い子供達を集め、その子達を実験に使ったんだ。後でどうとでも握り潰せるとね。日向くんは、その唯一の成功体だ……」

    小泉「そんな……」

    ソニア「非道です!」

    田中「人の手で暗黒領域に踏み込もうとするとは、愚かな事だ」

    左右田「で、でもよ、だからって記憶を無くしたりするんっすか!?」

    仁「……この計画、カムクライズルプロジェクトの目的は、全ての才能を持たすことだ。一つや二つの才能ならともかく、全ての才能だなんて、そんな事ができると思うかい?」

    澪田「できないんっすか?」

    九頭龍「普通に考えりゃ無理だろうな。脳の容量にも限界があるからな」

    辺古山「しかし、そんな事をしようとしていた連中なら、何かしら手段を見つけていたのではないか?」

    仁「そう、彼らは手段を見つけていた。パソコンと同じで、容量が足りないのなら、必要無い物を消せばいいと」

    七海「必要無いもの? っ!? まさか!」

    仁「自分達に都合のいい人形を作るためにもその方がいいからと、彼らは消したんだ。彼の記憶も人格も思考も、彼が彼である全てを!」

    西園寺「……なにそれ」

    罪木「そんなの、人体実験どころじゃないですぅ!」

    九頭龍「組の抗争がまともに思えるぜ……」

    弐大「胸糞悪いわあぁぁぁぁっ!」

    狛枝「さすがに人格を失うのは、才能のためとはいえ希望とは思えないね」

    御手洗「酷過ぎるよ……」

    小泉「本当に人形じゃない」

    田中「生ける屍か」

    左右田「なんだよそれ、そんな奴らがこの学校の上層部だったのかよ」

    終里「ふざけやがって!」

    澪田「あわわわわわわわっ」

    辺古山「なんという事を」

    花村「うわわわわわわわっ」

    ソニア「そ、その方達は、どうなったんですか?」

    仁「その研究に関わっていた人物が良心の呵責に耐えきれず、警察に駆け込み全てが公になった」

    仁「評議会はその件が明るみになり、全員逮捕。希望ヶ峰学園の運営に関わる全てを失った」

    仁「しかし警察が踏み込んだ時にはほとんどの子供が実験に耐え切れず犠牲になり、残っていたのは成功体である日向君と、まだ実験を受けていない数人だけだった」

    仁「無事だった子供達は他所に保護されることになったが、日向君はそうはいかなかった」

    仁「そこで彼は希望ヶ峰学園系列の別の孤児院に預けられ、同じく系列の初等部、中等部に通いながら育った。君達も知っている、あの状態のままでね」

    仁「その後、知らなかったとはいえ学園を利用された事を知り、前任の学園長は責任を取って辞任。私に今の話を伝え、二度とこのような事が無いようにと後を託したんだ」

    七海「じゃあ、創君は、私との思い出を、忘れたんじゃなくて……」

    仁「全部消されたんだ。君との記憶も、日向創であることも。本人も知らず望まず、他人の手で無理矢理にね」

    七海「そんな……」

    仁「我々も彼の記憶や人格が戻せないかと努力はしている。超高校の神経学者にも協力をしてもらっているが、何の成果も出せていない」

  5. 5 : : 2018/06/18(月) 15:13:18

    真実を知った七海が崩れ落ちる。
    近くにいる小泉とソニアが声を掛けるが反応は無く、駆け寄った罪木の呼びかけにも反応しない。
    七海の脳裏によぎるのは、幼少時代の日向との記憶。
    ゲームばかりしていて虐められているのを助けてくれて、孤児院でたくさんの友人をつくってくれた。
    一緒にゲームもして、プールにも行って、やんちゃをして怒られた時もあった。
    その中でも一番の記憶は、最後に会った夏祭りでの思い出。
    なけなしの小遣いで買ってくれた、ドット柄の飛行機の髪飾り。
    今での七海の髪にある古ぼけたそれをプレゼントしてくれた事と、お礼に彼の頬へキスしてあげた事。
    互いに真っ赤になって無言になり、やがて逃げるように帰ろうとする彼と最後に交わした言葉。


    幼七海『また、明日ね!』

    幼日向『ああっ! また明日!』


    その明日は結局訪れず、十年以上経って訪れたと思ったら明日はまだ来なかった。
    それどころか、二度と訪れないかもしれない。
    忘れているだけど思っていた気持ちも壊され、目の前が真っ暗になっていく。
    途端に七海の心は悲しみに包まれ、抑えることができない。


    七海「はじ、め、くん……は、じめ、くん……」


    すぐ近くにいるもう見られない彼の笑顔と、再会したら伝えようと十年以上ずっと抱えて来た気持ち。
    それが無理矢理奪われた七海の悲しみの爆発は、誰にも止められない。


    七海「創くぅぅぅぅぅんっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! わあぁぁぁぁんっ!」


    泣き叫ぶ七海に誰も声を掛けられず、立ち尽くすか俯く事しかできなかった。
    唯一できたのは、小泉が泣き叫ぶ七海に胸を貸し、背中を擦りながら思う存分泣かせる事くらいだった。
  6. 6 : : 2018/06/21(木) 16:34:27
    続きが気になる
  7. 7 : : 2018/06/23(土) 13:45:56

    学校の屋上。
    カムクライズルは放課後、そこからの風景を眺めていた。
    しかしその目は退屈そうで、特別気に入っているという訳ではない。
    その傍らには超高校級の神経学者である松田夜助がおり、マンガを片手にカムクライズルの様子を眺めている。


    松田「おい、いつまでそうしてるんだ」

    カムクラ「さあ」

    松田「そもそもどうしてこんな所にいるんだ」

    カムクラ「……さあ」


    生返事しかしないカムクラに松田は頭が痛くなる。
    神経学者として興味が湧き、協力するとは言ったものの、これまでの検査結果と本人との会話から、全く解決の糸口が見えない。


    松田(こんなの、お手上げだっつの……)


    興味本位で引き受けるんじゃなかったと溜め息を吐く。
    引き受けた以上は全力は尽くすが、あまり良い結果は出そうになかった。
    そんな時、不意にカムクラが胸の辺りに手を添えた。


    松田「どうした?」

    カムクラ「いえ、どこかで誰かが泣いているような気がして」

    松田「はあ? どこのヒーローだよ、それ」

    カムクラ「そういうつもりでいったのではありません。ただ、その人が泣いているのを聞くと、妙に胸がざわめきます」

    松田(ざわめく……だと?)


    これまでに無い反応に松田の目が光る。
    ひょとしたら、何かの突破口が開けるかもしれないと。


    松田「おい、すぐに来い。ちょっと検査するぞ」

    カムクラ「……分かりました」


    しかし、検査結果に変化は出なかった。
    だが、何か切っ掛けを掴みかけた松田は、原因究明に取り掛かる事にした。

    ちょうどその頃、衝撃的な話を聞き終えた七海達は敷地内にある噴水傍のベンチ近くに集まっていた。
    あまりの内容に全員沈黙したまま、何も喋ることなくただ座っていたりたたずんでいたりする。


    ソニア「あの、七海さん……」


    沈黙に耐え切れなくなったソニアが、ベンチに座って髪飾りを手にしている七海に声を掛けようとした。


    七海「この髪飾りね、創君がプレゼントしてくれたんだ」


    しかしそれよりも先に七海が喋りだす。
    両手で大事に持つそれは、彼との最後の思い出の品。
    会えなくなってからは毎日身に着け、いつか再会できると信じてきた。
    それが今日、壊された。


    七海「ゲームに出てきそうだから、じっと見てたら買ってくれてね。似合うって言ってくれたのが、嬉しくて、ひぐっ、うぅぅぅ……」


    当時のやり取りを思い出し、再び涙が浮かんでくる。
    隣に座る罪木と小泉が慰めている間は、誰も一言も発そうとしない。


    左右田「なんつーかよ、ちょっと重すぎね?」

    花村「もう無いとはいえ、希望ヶ峰学園の裏側も知っちゃったしね」

    狛枝「これが希望だなんて思いたくないよ。希望は作り出すんじゃなくて、輝かせなくちゃ」

    西園寺「ていうか、あいつの事は放っておけばいいじゃん。私達がするのは、七海おねぇのフォローだって」

    辺古山「その通りだ。専門外の事に関わるべきじゃない」

    澪田「でもあんな話聞いて、何もできないってのも、なんかもどかしいっす!」

    御手洗「じゃあどうするっていうのさ。素人が下手に首を突っ込んで、悪化したらどうすの」

    田中「ふっ。ならば俺様の封印されし真名を解放し、全ての力を持って」

    九頭龍「テメェは意味分かんねぇから黙ってろ」

    終里「何もすんなって言われたんだし、それでいいんじゃね?」

    弐大「それしかないのう……」


    カムクラについて自分達にできることは無い。それが彼らの出した結論。
    しかし、全く何もしないというつもりでいないのは、数人いた。
    その一人であるソニアは、翌日の放課後に屋上を訪れた。
  8. 8 : : 2018/06/23(土) 13:46:50

    ソニア「カムクラさん、少々よろしいでしょうか?」


    放課後になると同時に前日同様、屋上へ向かうカムクラの後を追い声を掛けるが、カムクラは返事をしない。


    カムクラ「……」

    ソニア「沈黙は肯定と取らせて頂きますわね。失礼します」


    半ば強引に接近し、隣に立って同じ風景を眺める。


    ソニア「この景色が気に入ったんですか?」

    カムクラ「いいえ。ツマラナイ時間を潰しているに過ぎません」


    彼にとっては絶景とまではいかないまでも、それなりに良い景色を眺める時間さえ暇つぶしに過ぎない。


    ソニア「つまらないんですか?」

    カムクラ「はい。ツマラナイです」

    ソニア「では、どうすればあなたをつまらなくさせられるんですか?」

    カムクラ「僕の予想を越えた、それこそ奇跡でも目の前で起こればツマラナイ、という事は無いでしょうね」

    ソニア「奇跡ですか。困りました、そんな事なんてどうすれば起きるのでしょう」

    カムクラ「奇跡なんて実在しません。成るべくして成った結果を、周りが勝手にそう騒ぎ立ててるだけです」

    ソニア「哲学的ですわね。では、カムクラさんが日向さんの記憶を取り戻すには、何を成せばいいんでしょうか」

    カムクラ「できることはありません。消された記憶は戻りません」

    ソニア「ではもしも戻ったら、それは私が思う奇跡ですね」

    カムクラ「あなたの思う奇跡?」

    ソニア「はい! 私にとっての奇跡は、とにかく都合が良いだけの出来事です!」

    カムクラ「ありえません。そしてツマラナイ」

    ソニア「そうですか? いいんじゃないですか、一生に一度くらい都合の良いだけの事が起きても」

    カムクラ「……ツマラナイ」


    それだけ言い残して去ろうとするカムクラに、ソニアは最後に告げる。


    ソニア「覚えていない、という事は七海さんと交流しない事に繋がりませんよ」

    カムクラ「……」

    ソニア「聡明なカムクラさんなら、分からないはずがないですよね」


    立ち止まったカムクラの横をすり抜け、ソニアが先に屋上を去って行った。


    カムクラ「……七海、千秋。何故、彼女の名を聞くと胸がざわめくのでしょう」
  9. 9 : : 2018/06/27(水) 14:40:45

    そのざわめきの正体が分からないカムクラは翌日登校すると、真実を告げられて以降元気の無い七海の下へ向かう。
    初めて自ら誰かの下へ向かうのを見て、クラスメイト一同は黙ってその様子を見守る。


    カムクラ「七海さん……」

    七海「……創君?」


    カムクラに対する呼び方を変えずにいるが、カムクラにとってはどうでもいい事のため放置している。


    カムクラ「あなたがよくやっているゲームは、これですね?」

    七海「えっ? あっ、ギャラオメガ! 創君、覚えててくれたの? 私がこれ好きだって」


    かつて七海が熱中し、今でも続けている古いタイトル。
    カムクラがまだ日向だった頃、二人でよくやっていたゲームでもある。


    カムクラ「いいえ。普段あなたがやっているゲーム音から、これと推測しただけです。超高校級のゲーマー相手なら、暇つぶしぐらいにはなると思いまして」

    七海「むう、言ってくれるね。負けないよ!」


    そうしてゲームを始める二人に、どういう事だと周囲は困惑する。
    唯一人、楽しそうに笑みを浮かべているソニア以外は。


    この日の放課後もカムクラは屋上に来ていた。
    ゲームで全戦全勝し、叩きのめされた七海は次は負けないと、悔しそうだがどこか楽しそうだった。
    その理由が分からず、今は収まっているがざわめく胸を疑問に思いつつ、暇つぶしに景色を眺めている。


    御手洗「失礼するよ」


    一言告げて隣に現れたのは御手洗。
    彼も前日のソニア同様、何もせずにはいられない一人だった。


    カムクラ「今度はあなたですか。何の用ですか?」

    御手洗「大した事じゃないよ。君と少し話をしてみたいなって思ったんだ」

    カムクラ「それは、今のあなたとしてですか? それとも、本当のあなたとしてですか?」


    問いかけに御手洗は一瞬驚く。


    御手洗「さすがは全ての才能を持つ超高校級の希望だね。ひょっとして最初から分かってた?」

    カムクラ「ええ、全て分かっていました。あなたが本当の御手洗亮太でないことは」

    御手洗「そうか」


    観念した御手洗は顔に手をやり、変装を解く。


    詐欺師「僕はただの超高校級の詐欺師だ。どこの誰なのかも分からない、こうやって誰かの外見を借りて生きている」

    カムクラ「あなたがどう生きようと僕には関係ありません」

    詐欺師「ハッキリ言うね」

    カムクラ「僕には関係の無いことですから」

    詐欺師「そうだろうね。でも僕は君が羨ましく思う」

    カムクラ「才能が、ですね」

    詐欺師「違うよ。君はまだ居場所を取り戻せるからさ」

    カムクラ「居場所……?」

    詐欺師「僕は自分の居場所がどこにも無く、どこかも分からず、こうやって誰かの居場所を借りている。君も居場所を失った。でも、居場所になってくれる人がいるだろう?」


    その言葉に七海の姿がカムクラの脳裏に一瞬浮かぶ。


    カムクラ(……何故、彼女が浮かぶ?)

    詐欺師「その居場所を、絶対に手放さないようにね。僕のように居場所を無くしちゃ駄目だよ」

    カムクラ「何故です?」

    詐欺師「居場所が無いっていうのは、その人を知る人がいなくて、自分自身さえも分からないって事さ。そんなのは辛すぎる。でも、君には知ってくれている人がいるだろう?」

    カムクラ「……」

    詐欺師「君はまだ失わないで済む。だから失わないでね。彼女と、君自身を」


    それだけ伝えると、詐欺師は再び御手洗の姿になって屋上から去った。


    カムクラ「……」

    カムクラ「僕自身? ……ツマラナイ。僕は、僕です」


    赤い目でいつもの景色を見ていようとした瞬間、一瞬だけ頭の中にノイズが走る。
    それに一度首を傾げるも体調はどこも悪くないと分かると、特に気にせずそこに居続けた。
  10. 10 : : 2018/06/27(水) 20:16:38
    詐欺師くん…
  11. 11 : : 2018/06/27(水) 20:42:44
    本家でも創作でもカムクラが出てくるときのワクワク半端ない。
  12. 12 : : 2018/06/30(土) 15:20:21

    さらにその翌日。
    屋上にいるカムクラの下へ七海が押し掛け、二人でゲームをしていた。
    そこへ小泉が現れた。


    小泉「あら? お邪魔だったかな?」

    七海「あっ、小泉さん。何か用?」

    小泉「うん、ちょっとそいつにね。でもお邪魔なら、また明日にでも」

    七海「いいよ、私がここ離れるから。ちょうど一休みしたかったし」

    小泉「そ、そう? ごめんね」

    七海「気にしないでいいよ。じゃあ創君、また後でね」


    手を振って屋上を去る七海に、カムクラは何の返事も反応もしない。
    今の日向はそういう人なんだと分かっていても、七海は少し寂しかった。
    それを見送った小泉はカムクラの隣に立ち尋ねる。


    小泉「ねえ、アンタは今の七海ちゃんを見てなんとも思わないの?」

    カムクラ「はい。何も」

    小泉(そういえば感情が無かったのよね)

    小泉「質問を変えるわ。さっきの七海ちゃんの表情、どんな表情だったと思う?」

    カムクラ「寂しそうでしたね。ですが、これが今の僕です。彼女の言う日向創ではありません」

    小泉(理由を把握することはできてるのね。でも、感情が無いからどうとも思わない。だから何もしないのね)


    返事を聞きながら色々と考えていると、不意にカムクラが小泉の方を向いた。


    小泉「な、何っ!?」


    急に振り向かれた小泉は、思わず焦ってしまう。


    カムクラ「いえ……なんでもありません」


    それ異状は何も言わずにカムクラは屋上を去っていった。


    小泉(……踏み込み過ぎちゃった、かな?)


    これまでにソニアと御手洗がカムクラと話していたことを知り、自分も何か話そうと思った。
    しかし、いざ話すと性格からかつい七海の事を考えてほしいような感じになってしまった。
    彼の記憶や人格には触れないように言われていた手前、小泉はやってしまったという思いに包まれる。


    小泉「はぁ、お節介なのも考えものね……」


    それから休日を挟み、教室でのカムクラに変化は無かった。
    無表情でまるで機械的にゲームをして、七海から勝利していく。
    一緒にゲームができるのと、手ごわい相手に七海は楽しそうだが、同時に笑わないカムクラに寂しさを覚える。
    その様子を見ながら、小泉はクラスメイト達に、先日の失敗を詫びていた。


    小泉「ごめんね。私、ちょっと踏み込み過ぎちゃったみたいで」

    罪木「見たところ、カムクラさんに変化は無いので、きにしなくていいかと」

    西園寺「いっつも無表情なんだから、変化なんて分かるわけないでしょ、このゲロ豚!」

    罪木「ご、ごめんなさあぁぁぁいっ!」

    左右田「つうかよ。あいつにとっちゃ、それすらどうでもいい事なんじゃねえのか?」

    花村「感情が無いから怒りもしないだろうし、何をやってもツマラナイって言ってるしね」

    九頭龍「放っておきゃいいじゃねぇか。素人が妙なお節介焼いても、なんにもならねえよ」

    田中「その通りだ。俺様と同じく二つ名を持つ特異点に触れれば、所詮貴様らなど」

    終里「訳分かんねえこと言ってんじゃねえよ!」

    弐大「とにかく。これ以上は何もせん方がいいじゃろう。変につついても、改善どころか悪化しかねんからのお」


    クラスの大半がそれに同意する中、辺古山だけはカムクラに視線を向ける。
    だがそれは先の三人のように、七海のために何かしようというつもりではない。
    ちょっとした理由から、自分のために彼に接触しようと思っていた。
    一方で学園長室の方では、ここ最近の検査やら何やらの報告を松田が行っていた。


    松田「以上だ。検査の上では特に変化は無い。だが、あいつの中で何かが起きている兆候はある」

    黄桜「ふうむ。やはり七海ちゃんが影響しているのかね? 最近は彼女とゲームなんてやってるし」

    松田「分からねえ。でもクラスの奴らが影響しているのは間違いねえ。カムクラが言うには、ここ三日ほどクラスメイトにそういった類の話をされたらしい」

    黄桜「あちゃあ。彼には変に絡まないよう言っておいたのに」

    仁「しかし、それによって今までにない何かが起きているのなら、決して悪い事じゃない」

    仁「どんな形にせよ、彼がそれに対して感情を抱くことができれば、日向君を取り戻すきっかけになるかもしれない」

    松田「学者の立場からすれば、そう簡単にいくとは思えないが……」

    仁「……信じるんだ、人間の力を。それもまた、希望の形だよ」


    机に置いてある娘の写真を見ながらの呟きに、黄桜は小さく微笑み、松田は持って来た資料を手にこの場を去ろうとする。


    松田「それじゃ、俺はこれで。また何かあったら報告に来る」

    仁「ああ、よろしく頼む」
  13. 13 : : 2018/07/06(金) 13:40:04

    いつものようにカムクラが屋上で佇んでいると、今日は辺古山が現れた。


    辺古山「少々いいか?」

    カムクラ「あなたまで何の用ですか?」

    辺古山「いや、聞きたい事があってな」

    カムクラ「それは僕にですか? それとも」

    辺古山「カムクラ自身に聞きたい。思考も感情も失うというのは、どういうものなのかとな」

    カムクラ「それを知ってどうするのですか?」

    辺古山「内密にしてもらいたいのだが、私は少々特殊な状況に置かれていてな。とある方の道具として生きている」

    カムクラ「道具……」

    辺古山「しかしあの方は、それを良く思っていない。しかし、私はそのために生きてきた。今さらそれを変えるのは無理だ」

    辺古山「ならばいっそ、本当に道具のようになればどうかと思ってな」

    カムクラ「それは僕も道具だと言いたいんですか? 僕を作り出した連中の」

    辺古山「そうとってしまったのなら謝罪する。決してそういうつもりで言ったのではない」

    カムクラ「……まあいいでしょう。それで?」

    辺古山「全ての才能を持つお前なら、私の思考や感情も消せるんじゃないかと思ってな」

    カムクラ「なるほど。僕のようになることで、完全にその方の道具になろうと」

    辺古山「そういう事だ。私はあの方の道具として生きると決めているからな」

    カムクラ「そうですか。できるかできないかで言えば、できます。ですが相応の準備がいりますね」

    カムクラ「あなたが望むのなら、僕が準備しますが?」

    辺古山「よろしく頼――」

    黄桜「悪いがそれは勘弁してくれないかな? そんな事をしても、彼は喜ばないよ」


    いつの間にか扉の傍に立ち、口を挟んできた黄桜に辺古山は気不味くなる。


    黄桜「彼のために生きたい気持ちはとても素晴らしいよ。だけど、そのやり方は間違っている」

    辺古山「これは私の問題です。なんと言われようと」

    黄桜「悪いけど俺は教師で君の担任だからね。教え子が間違った道へ行かないように教育するのも、俺の役目なんだよ」

    辺古山「私が間違っているとでも――」

    黄桜「ああ。悪いが間違っているよ。だから止めさせてもらうよ」


    先日見せた睨みを向けられると、こうした威圧や脅しに慣れているはずの彼女ですら怯む。
    只者ではない雰囲気に辺古山は竹刀を抜くのも忘れ、足早にその場を去った。


    黄桜「やれやれ。無茶は若者の特権だけど、無謀や暴走はしっかり止めないとね」


    普段の雰囲気に戻った黄桜はカムクラにも歩み寄り、声を掛ける。


    黄桜「君はさ、ああいうのは間違っていると思うかい? それとも正しいと思うかい?」

    カムクラ「僕には関係ありません。なので、どうでもいいです」

    黄桜(やれやれ。まだ良い傾向は見えずか)

    カムクラ「そもそも、彼らにとっては僕という存在など、どうでもいいみたいですから」

    黄桜(うん?)


    遠くを見つめている姿はともかく、呟いた言葉に黄桜は違和感を覚える。
    これまでの彼だったら、今のような事は言わなかった。
    何かもがどうでもいい彼にとっては、自分自身すらどうでもよかった。
    それが自分自身に対して反応を見せた。
    これは良い傾向なのか、それとも日向創を取り戻す事には悪い傾向なのか。
    それは黄桜には分からなかった。
  14. 14 : : 2018/07/06(金) 13:40:39

    その翌日、普段通りに授業を受けた後、カムクラはいつも通り屋上へ向かう。
    七海は新作ゲームの発売日のため既に下校しており、今日は楽しそうにその事を話していた。
    その時の顔を思い出しつつ風景を見ていると、辺古山が再び接触してきた。


    カムクラ「またあなたですか」

    辺古山「ああ。カムクラ、昨日の件を改めて願えないか?」

    カムクラ「どうしてもやりたいんですか?」

    辺古山「ああ。私には必要な事だ。あの方の道具になるには、道具その物になるしかない」

    カムクラ「……そうですか。では一ついいですか?」

    辺古山「なんだ?」

    カムクラ「思考も感情も消されて、本当の道具となったあなたを、その方は使ってくれますか?」

    辺古山「……それは」


    質問に辺古山は即答できなかった。
    彼女の言うあの方が、自分を道具として見たくない事など分かっている。
    それでも道具として在ろうとするのは、いわば彼女のエゴ。
    そのため、エゴを押し通して本当の道具になっても、あの方は使ってくれるんだろうかと迷ってしまう。


    カムクラ「これまでの話を聞くに、あなたは単に居場所を手放したくないだけでは?」

    辺古山「居場所?」

    カムクラ「あなたにとって、その方がどういう方かはどうでもいいです」

    カムクラ「結局は道具として生きないと、あなたは居場所を失う」

    カムクラ「あなたは、それが怖いだけじゃないのですか?」

    辺古山「っ!?」


    指摘された内容に、ずっと心の内に隠していた気持ちが湧き出てくる。
    孤児だったのをあの方の父親に拾われ、あの方の道具として生きるよう教育された。
    生き場の無い自分にはそうするしかない。
    そうしないと自分の居場所が無くなる。
    それがとても怖くて、今の居場所を失いたくなくて、だからこそ道具として生きる事に拘っている。
    居場所を確保し続けるために。


    辺古山「そうだ……。そうだ! だが、それのどこが悪い!」

    辺古山「お前には、お前には分からないだろう! 私がどんな気持ちで生きてきたか、感情の無いお前には!」

    カムクラ「ええ。僕には分かりません。ですが……」

    カムクラ「道具でない、今のあなたの居場所になってくれる方はいないのですか?」

    辺古山「あっ……」


    記憶の中にあるあの方はとやらは、一度も自分を道具として扱わず、そうも見ていなかった。
    その人物の妹も、まるで姉に接するように付き合っていた。
    それでも道具で在ろうとしたきっかけ。それはあの方とやらの一言だった。


    「俺は道具なんざいらねぇ」


    必要無いと思われた。
    それは自分が道具になりきれないからだろう。
    だからこそ、もっと道具らしくなる。
    道具になればあの方はまた自分に居場所をくれる。
    そんな居場所を失う恐怖心が、入学前のあの方とその妹との日々を心の奥底に封印した。
    あの日々を手放したくないために。


    辺古山「あっ……あっ……」


    カムクラと話し、ようやく気付く事ができた。
    あの言葉は自分が不要という意味じゃない。
    道具としての自分がいらないというだけで、辺古山ペコという人物がいらないという意味では無いのだと。


    カムクラ「……どうします? やはり処置をしますか?」

    辺古山「いや、いい……。私には不要だったようだ」


    フラフラといた足取りで屋上を去ろうとする辺古山に一瞥もせず、カムクラは景色を眺め続ける。
    扉の手前でふと足を止めた辺古山はカムクラに尋ねる。


    辺古山「カムクラ、先程は悪かった。感情が無いなどと」

    カムクラ「本当の事です。僕は気にしません」

    辺古山「そうか……。それと、ありがとう……」


    微笑みを見せ、それだけ言い残した辺古山は屋上から去った。


    カムクラ「……あなたはまだマシです。居場所となってくれる方がいるのですから」


    ポツリと口にしたその呟きは、本人以外の誰の耳にも入らなかった。
  15. 15 : : 2018/07/08(日) 00:59:17
    オチがキニナル。
  16. 16 : : 2018/07/10(火) 14:42:48

    入学から半月が経ち、クラスメイトの性格なども分かってきて教室内は和やかだった。
    カムクラはいつものように七海とゲームをし、超高校級のゲーマーをさも当然のように負かし続ける。


    七海「うぐぅ……」

    カムクラ「……」

    七海「もう一回! もう一回やろう!」


    たまに七海の悔しそうな声が聞こえるくらいで、ゲーム中の二人に会話は無い。
    それでも七海はこの時間が楽しいのか、表情は笑みが浮かんでいる。
    対照的に無表情なカムクラだが、この一時は悪くないと思っている。
    理由までは彼であっても分からないが、時折起きる胸のざわめきなど起こる気配も無く、逆に気持ちが落ち着いていた。


    澪田「おはよーっす! おっ、今日もイズルちゃんと千秋ちゃんはゲームっすか。いつものやつっすか?」

    七海「おはよう。そうだよ、いつも通りギャラオメガ」

    澪田「唯吹も興味が出て探したんすけど、無いんっすよ」

    七海「だいぶ古いゲームだからね。んっ、あー……」


    会話をしながらも指の動きは変わらなかったが、それでもカムクラには敵わなかった。
    時間を見てもうちょっとできるなと思った七海だったが、カムクラは手にしていたゲームを澪田に差しだす。


    カムクラ「お貸しします。後で返して下さいね」

    澪田「おっ、マジっすか? そんじゃあ借りるっす!」

    七海「あっ……」


    澪田にゲームを貸して教室を出て行くカムクラに、七海は寂しそうな表情になる。


    澪田「あ~、ひょっとしてお邪魔しちゃったっすかね?」

    七海「そんなこと、ない……と思うよ」

    澪田「いやいや、そんな死んだ魚みたいな目で睨まれても困るっす!」


    七海としては、カムクラがゲームを差し出したことよりも、澪田がそれを受け取った事に若干の憤りを覚えていた。


    西園寺「ぷーくすくす。空気の読めない角女だね~」

    澪田「ぐっはぁっ! 毒舌ロリっ子の言葉が唯吹の薄い胸にグサッとくるっす!」

    西園寺「おいこら、今なんて言った」

    小泉「しかも軽く自虐入ってるし」

    罪木「ふええ。お、落ち着いてくださぁい」

    西園寺「うっさいゲロブタ!」

    罪木「うえええ。ごめんなさぁい!」

    左右田「なんであいつ、あんなに口が悪いんだよ」

    弐大「がはははっ。元気が良いのは良い事じゃあっ」

    狛枝「あれはそういうのなのかな?」


    直後、七海で完敗した澪田の悲鳴が教室に響いた。
    ちょうどその頃、カムクラは廊下で松田と遭遇していた。


    松田「よう。最近はどうだ?」

    カムクラ「別に。いつも通り、ツマラナイ日々ですよ」


    まるで反応に変化が見られず、松田は小さく舌打ちする。
    それはカムクラに聞こえていたが、特に気にすることはない。


    松田「ああそうかい」

    カムクラ「ところで、僕はここにいていいのでしょうか?」

    松田「はあ? 何言ってるんだ。他にどこに行くってんだよ」

    カムクラ「……そうですか」

    松田「そもそもお前に、居場所なんて必要あるのか?」


    その発言にカムクラの発する空気が変わる。
    急激に空気が冷えたように感じるのに、松田の背中には冷や汗が湧き、寒気も覚える。


    松田「っ……あっ……」

    カムクラ「……」


    殺気のようなものを放つが何も言わず、どこかへ歩き出す。
    カムクラの姿が見えなくなってようやく解放された松田は大きき息を吐きだし、心底安心した。


    松田「なんなんだよ、あいつ急に」


    冷や汗を拭いつつもカムクラを観察していた松田は、これまでに無い反応に考察する。
    カムクラの中で何かが起きているんじゃないかと。
  17. 17 : : 2018/07/16(月) 16:01:58

    その日の昼休み、カムクラは食堂で七海と横並びで食事をしていると、田中と九頭龍が正面に現れた。


    田中「くくくっ、全てを有する静寂なる魔皇帝よ。今宵も紅蓮に染まりし食事を嗜んでいるようだな」


    何が彼の中の何かを刺激したのか、田中はカムクラを勝手にそう呼んでいる。
    カムクラも特に気にしないため、そのまま放置していた。


    九頭龍「何で辛口カレー食ってるだけなのに、そうまで大げさに言えるんだか」


    呆れながら席に着く九頭龍。
    彼は一週間ほど前に屋上でカムクラと会い、うちのが世話になったなと礼を言った。
    そこから辺古山との関係を明かし、ようやく自分が求める関係になれたと感謝を伝えられ、義兄弟の杯を交わさないかと提案。
    興味の無いカムクラはスルーしようとしたが、半ば強引に杯を交わされた。


    七海「珍しい組み合わせだね」

    九頭龍「なに、俺もこいつもそいつに用があるだけだ」

    カムクラ「今度は何の用ですか」

    九頭龍「大したことじゃねぇ。今度の休み、一度うちに遊びにこねぇかってだけだ」

    カムクラ「……はい?」

    九頭龍「義兄弟の杯を交わした仲だ。それにあいつも、お前に恩があるからそれを返したいってよ」

    七海「九頭龍君、まさか創君を極道へ」

    九頭龍「んなわけねぇだろ。そういうのに巻き込まないって条件で杯を交わしたんだ、その約束は死んでも守る」

    七海「ふぅん……どうするの創君」

    カムクラ「別に構いませんよ。予定も何もありませんから」

    九頭龍「そりゃあ良かった。寮に住んでんだろ? 迎えに行くぜ」

    カムクラ「分かりました……。で、あなたは何の用ですが?」

    田中「ふっ。俺様と同じく冥界より魔皇帝と宴を共にするのも一興だと思ってな」

    九頭龍「要するに一緒に飯を食いたいってだけかよ……」

    七海「田中君はもう少し素直になるべきだと思うよ」

    カムクラ(ツマラナイ……。なのに、何故悪くないと思っているのでしょうか?)


    その日の午後、体育でバスケをする事になったのだが。


    カムクラ「あなた達では僕に勝てません」

    弐大「ぬあぁぁぁっ!?」

    終里「ちっくしょう!」

    辺古山「はあ、はあ……」

    田中「こ、これが全ての才能の持ち主……」

    御手洗「動けるこの顔ぶれでも、勝てる訳ないって……」

    七海「おぉ、創君凄い」

    西園寺「ていうかあいつ一人で勝ってるし」

    花村「僕ら、チームを組んだ意味あるのかな?」

    罪木「というよりも御手洗さん、あの体型で随分動けるんですねぇ」


    圧倒的な力の差を見せつけるカムクラ一人に誰も敵わなかった。
    その様子を見ている黄桜と仁は、難しい表情をしていた。

  18. 18 : : 2018/07/16(月) 16:02:09

    仁「松田君からの報告で、彼の何かが変わりつつあるかもしれないと聞いたが……」

    黄桜「そんな気配は無いねぇ。しっかし改めて見ると、凄いもんだな。一度もパスも出さずに一人で勝つなんてな」


    改めて知らされたカムクライズルの凄まじさに戦慄しつつ、同時に仲間へパスもせず勝ってみせた事に若干の悲しみを覚える。
    もしも本当に変化があったのなら、たった一回でも仲間を頼るぐらいはしたはず。
    それをせずに終わった事が、まだ日向創としての全てが失われたままだという事を思い知らされた。


    仁「そういえば彼らの何人かが接触したそうだな」

    黄桜「まあな。一人はちょっと拙い事になりそうだったけど、思い直したみたいだ。ただ……」

    仁「何だ?」

    黄桜「思い直したきっかけは、どうも彼が与えてくれたらしいんだよ」

    仁「ほう?」

    黄桜「全容までは知らないが、本人から聞いたから間違いない」

    仁「そうか……。どうやらまだ顕著に表れていないだけで、何かが変わりつつあるのは確かなようだな」

    黄桜「まっ、現状はそんな所かね。引き続き注意はするよ」

    仁「頼む」


    その日はそれ以降特に変わった事も無く、放課後が訪れる。
    いつも負けっぱなしだから特訓すると早々に帰った七海を見送ったカムクラは、普段通り屋上で黄昏るように風景を眺める。
    そしてこの日も来訪者は現れる。


    ソニア「失礼致しますね」


    返答も聞かず隣に並ぶソニアをカムクラはチラ見して、すぐに風景へ視線を戻す。


    ソニア「今日もここで暇つぶしですか?」

    カムクラ「そうですが何か?」

    ソニア「いえ、別に。七海さんとの交流も上手くいっているみたいですし、見ていて微笑ましいです」

    カムクラ「彼女が求めているのは僕であって、僕じゃありません」

    ソニア「そうですね。でも、嫌ではないのでしょう?」

    カムクラ「所詮は暇つぶしの一つです」

    ソニア「あなたにとってはそうでしょうね。ですが、七海さんにとってはとても大切な時間です」


    カムクラの脳裏に、七海とゲームをしている間の彼女の表情が浮かぶ。
    悔しそうにしたり焦ったりと変わる表情。でも最後には笑みが必ずそこにある。
    それを思い出すと胸がざわめく。
    これはなんだと心の中で自問自答する最中、ソニアが放った発言でそれは終わる。


    ソニア「彼女ならきっと奇跡を起こしますよ。それこそ、私が以前にあなたへ言った、私の思う奇跡通りに」


    それを聞いたカムクラの、胸のざわめきに関する思考は終了し急速に冷えていく。
    そして冷たいほど冷え切った視線を向けて告げた。


    カムクラ「そうですか、あなたにとって僕は必要ないのですか」

    ソニア「――えっ?」


    呆気に取られるソニアをその場に残し、カムクラは屋上を去る。
    ゆっくりと階段を降りていく途中で、ふと呟く。


    カムクラ「……何故、僕は彼女にあんな事を言ったんでしょう?」


    その問いに答えられる者は誰もいない。
  19. 19 : : 2018/07/16(月) 18:44:25
    まさかのカムソニ!?……って言うより、単にカムクラである今の自分が否定されているのが気に食わないのかな?
  20. 20 : : 2018/07/25(水) 14:17:05

    休日のカムクラは基本的に適当に過ごすのだが、この日は九頭龍と共に車に乗っていた。
    先日誘われた彼の家へ向かうためだ。


    九頭龍「うちは強面ばかりだが、ビビるこたぁねぇからな」

    カムクラ「僕にそのような感情はありません」

    九頭龍「……マジスマン」

    カムクラ「構いません。それより、彼女は乗せなくていいんですか?」

    九頭龍「ペコの事か? あいつなら先に俺の家に行ってるぜ。世話になったお前をもてなすって、気合い入れてたぜ」


    気に入られたなとからかっても、そうですかとしか返さないカムクラ。
    この反応、最初は若いのや妹が怒鳴るだろうなと九頭龍が思っている間にも車は進み、そのまま互いに無言のまま九頭龍の家へ到着した。


    『おかえりなさいまし、坊ちゃん!』

    菜摘「お帰りお兄ちゃん。そいつがペコちゃんの言ってた奴?」

    九頭龍「ああ。事情は伝えた通りだ。だからあまり噛みつくんじゃねぇぞ」

    菜摘「犬じゃあるまいし、そんな事しないって」


    口ではそう言っておいて、ジロジロとカムクラを舐めるように観察する。


    菜摘「ふぅん。顔は悪くないし、ガタイもなかなかじゃん」

    カムクラ「彼女はあなたの妹ですか?」

    九頭龍「ああ。口はちょっとどころか、かなり悪いが気にしないでくれ」

    菜摘「お兄ちゃん酷くないっ!?」


    若干のショックを受ける菜摘に九頭龍は笑うが、カムクラは表情一つ変えない。
    兄の言葉に少し怒り気味の菜摘と共に玄関に向かうと、淡い色合いの着物姿の辺古山が待っていた。


    辺古山「よく来たなカムクラ。その節は世話になった」

    カムクラ「僕は何もしていません」

    辺古山「そんな事は無い。カムクラのお陰で私は自分の居場所を間違えずに済んだ。心から感謝している」

    カムクラ「そうですか……」


    一見すれば普通のやり取りなのだが、今までに見た事が無い辺古山の雰囲気に菜摘の女の勘が働く。


    菜摘「ねえお兄ちゃん。ひょっとしてペコちゃんって」

    九頭龍「だろうな。最近、カムクラと喋る時の雰囲気があんな感じだ」

    菜摘「へぇ~。でもいいの? お兄ちゃん」

    九頭龍「生憎俺はペコを信頼して信用しちゃあいるが、そういう感情は持ってねえ。あいつも同じさ。あいつにとって俺は、そういう対象じゃねぇよ」

    菜摘「ふうん。そうやって分かりあってそうだから、てっきりいつかくっ付くと思ってたのに」

    九頭龍「ねえな、そりゃ」


    九頭龍兄妹の会話の内容を知らず、辺古山はカムクラへ尋ねる。


    辺古山「ところでこの着物、似合うだろうか?」


    これまでの彼女からは絶対に口にしなさそうな台詞を、若干頬を朱に染めて発言した。
    その姿に見守っていた若い衆がどよめく。


    カムクラ「悪くはありません。ですがもう少し濃いめの色の方が、あなたの髪や肌の色と相まってより似合うと思います」

    辺古山「そ、そうか。ならば、こっちよりあっちの方が良かったか……」


    特に狙った訳でもなく、単に才能により全体的な色合いのバランス感から意見を述べるカムクラ。
    しかし辺古山は意見を聞いた後、小声で呟きつつ考え込む。
    その様子に若い衆はより一層どよめく。
    あの冷酷ことも機械ともとれるほど人間味が薄かった辺古山の変わりように、まだ付いて行けてない様子でいる。


    菜摘「あんなペコちゃん、見るの初めてかも」

    九頭龍「同感だ。俺も初めて見る」


    この後で行われたちょっとした宴の間、辺古山はなにかとカムクラの傍に寄り添ってもてなし、若い衆どころか中堅どころの組員達を驚かせる。
    微笑ましく見ているのは、そういう一面もあるんだと感心する菜摘と、こういう光景を望んでいた九頭龍だけだった。
    なお、終始無表情なカムクラだったが、妙に心が安らぐ事に時折首を傾げていた。


    カムクラ(何故でしょう……こんなに暖かな気分になるのは……)


    余談だが、菜摘が悪戯で辺古山に酒を飲ませた事により、彼女は着物を着崩してカムクラを押し倒そうとした。
    しかし失敗、逆に押さえつけられ眠らされ、部屋へ運ばれていった。
    これまた菜摘により、カムクラにお姫様抱っこされて。
    翌日、辺古山はそれを記録した映像を菜摘に見せられ半日部屋に引きこもったという。
  21. 21 : : 2018/07/28(土) 23:45:06

    ある日の放課後、屋上で七海とゲームをしていたカムクラに終里が勝負を仕掛けていた。


    終里「オラオラオラオラッ!」

    カムクラ「……」

    終里「オラオラオラオラッ!」

    カムクラ「……」

    終里「オラオラオラオラッ!」」

    カムクラ「……」

    終里「なんで当たらねぇんだよ!」

    カムクラ「そもそも、あなたでは僕に勝てません」

    終里「だったらこれでどうだっ!」


    殴りがだめなら蹴りではと考えたのか、格闘ゲームやアニメの戦闘シーンのような連続蹴りを繰り出す。
    ハイ、ミドル、ローと不規則に繰り出すが、カムクラはその全てを見切って回避する。
    無駄の無い動作に見ていた七海も感心して拍手をしている。


    終里「ちくしょう! 今日も勝てなかったぜ」

    弐大「そいつは別格じゃ。勝てなくて当然じゃろう」

    カムクラ「何度挑んでも、僕には勝てません」

    終里「うっせぇっ! だからって挑まないのは性に合わないんだよ!」

    カムクラ「分からない。何故そうまで挑むのですか。僕には勝てないと、分かっているでしょう」

    終里「こういうのは理屈じゃねぇんだよ! ツエー奴がいたら、そいつと勝負する。それが俺だ!」

    カムクラ「理屈じゃ……ない……」

    弐大「がはは。そうじゃのう。時には理屈抜きでやった方が、燃える時もあるもんじゃ」

    弐大「じゃが終里! お前はもうちょっと理屈を身に着けんかい!」

    終里「だからそういう訳分かんねぇことはオレに合わねぇんだって!」

    弐大「そういう問題じゃないわい!」

    カムクラ「理屈じゃ……ない……」

    七海「創君、どうしたの?」

    カムクラ「……なんでもありません」

    七海「そう? じゃあゲームの続きやろう。終里さん、弐大君と勝負始めたから」

    カムクラ「いいですよ」

    七海「ところでさ、終里さんがキックしている時に下着見た?」

    カムクラ「ええ、見ましたが何か?」

    七海「むう……」


    むくれた七海が叩こうとするが全てカムクラに防がれる。


    七海「防がないで」

    カムクラ「何故でしょう」

    七海「……創君の馬鹿」


    それ以降は何も言わず、二人はゲームをし続けた。勿論、全てカムクラの勝利に終わった。
    同日の深夜、カムクラは暗闇の中にいた。
    そこは現実の世界ではなく、言うなれば深層心理の中。
    超高校級の催眠術師と心理学者の才能を使って自身の心の奥底にまで潜ったカムクラは、そこにいた何かと向き合う。


    カムクラ「理屈ではない……というのは、こういうのを言うのでしょうか?」


    物言わぬそれに問いかけるように尋ねるカムクラ。


    カムクラ「あなたがそこにいるのは、理屈でなければなんだと言うのですか? ……日向、創」


    カムクラの見つめる先にいるのは、まるで張りつけにされているかのように鎖で雁字搦めになっている消えかけの日向創の姿だった。
    鎖には錠前がついており、それが日向創を封じているようにも見える。


    カムクラ「あなたは何故、そこにいるのですか。あなたは何故、そのような物に縛られているのですか」


    何を言っても日向創は何も答えない。何も言わない。鎖に対して抵抗すらしない。


    カムクラ「分からない……分からない……」


    理屈で行動するカムクラには、いくら考えても分からなかった。
    日向創を縛る、その鎖の正体に。
  22. 22 : : 2018/08/04(土) 13:39:50

    それは定期検査の際に判明した。
    相変わらず日向創としての人格や記憶が戻る気配は無いものの、カムクラ自身に変化が見つけられた。


    仁「迷い?」

    松田「ああ。あいつにこれまでに無かった迷いが僅かに見つかった。ただ、何で迷っているのかは分んねぇ」

    黄桜「これは良い兆候なのかい? それとも……」

    松田「どっちとも言えないな。迷いの切っ掛けや理由が分からないと判断がつかねぇ」

    仁「そうか。どうか、良い兆候であることを願いたいな」


    一方のカムクラの方は、噴水前のベンチで七海と共にゲームをしていた。
    しかもカムクラが七海を膝枕しながら。


    左右田「ようカムクラって、またリア充やってんのかよ。爆発しやがれ!」

    狛枝「あははっ。カムクラ君と七海さんの間の希望は輝きが強すぎて眩しいよ」


    時折意味不明発言をする狛枝と律儀に毎回ツッコミを入れる左右田は、クラス内でお笑いコンビのような扱いを受けている。
    そのせいかどうかは定かではないが、何気に二人でいることが多い。


    カムクラ「あなた方ですか。何か用ですか?」

    左右田「いや、たまたま通りかかっただけだ。気にすんな」

    カムクラ「そうですか……」

    左右田「……」

    カムクラ「……」

    左右田「って、それだけかよ!」

    カムクラ「他に何を喋れと?」

    狛枝「それもそうだね。特に用事も無く通りかかったから、話したい事も無いしね」

    左右田「んな事は分かってるけどよ、クラスメイトなら少しは話そうぜ」

    カムクラ「ゲーム中の僕に何を求めているんですか」

    七海「とか言いながら、そのハメ技は狡いよ。あっ、あぁっ」


    負けたのか残念な感じのBGMと共に七海は頬を膨らませる。


    七海「むう。これも全部左右田君のせいだ」

    左右田「なんでだよっ!?」

    狛枝「そーだそーだ」

    左右田「うるせぇっ! つか、そのネタ止めろ!」

    カムクラ(……この二人はいつも騒がしい)


    そうは思っていても、そこまで嫌にはならない。
    何故だろうとカムクラが考えていると、膝枕されたままの七海がもう一戦と指を立てて申し込んできた。
    無言で頷いたカムクラは思考を放り投げ、七海とのゲームを優先して勝負を始めた。


    左右田「よくまあ、毎日同じのやって飽きないな」

    七海「神ゲーだからね」

    カムクラ「暇つぶしになるのなら、なんでもいいです」

    狛枝「君ほどの希望が暇つぶしだなんて、勿体ないよ」

    カムクラ「何をやってもツマラナイんですから、そうする他ありません」

    左右田「全ての才能を持っているのも考えものなんだな……」

    七海「それは違うよ?」

    カムクラ「なぜです?」

    七海「私はゲーマーの才能を持っているけど、いくらゲームをしていてもつまらなくないもん」

    左右田「言われてみりゃあ、俺もどれだけ機械弄ってても退屈しねぇな」

    狛枝「僕みたいな幸運だなんて才能は、退屈とか関係無いけどね。本当に僕はゴミクズだよ」

    左右田(よくそこまで自虐できんな。ある意味それも才能じゃね?)

    カムクラ「ですが僕はツマラナイのは確かです」

    七海「それは創君の才能が、本当のものじゃないから……だと思うよ?」

    カムクラ「……」

    七海「本当の才能ってさ、自分が本当に好きな事を突き詰めた先にある……と思うよ?」

    カムクラ「……分からない」

    七海「今の創君には無いの? 好きな事とか好きな物とか……好きな人とか……」

    カムクラ「好きな……っ!?」


    その言葉を呟いた瞬間、頭の中にノイズが走った。
    テレビに砂嵐が映っているような状況の最中、途切れ途切れに一瞬だけ誰かが映る。
    白黒の世界でそこに映ったのは、今よりもずっと幼い頃の七海。
    しかしそれはすぐに消え、カムクラは現実に引き戻される。
    時間にして数秒の出来事だが、頭痛を覚えたカムクラは片方の手を頭に当てて俯く。
    突然の事に七海もゲームをする手を止め、体を起して声を掛ける。


    七海「創君!?」

    左右田「おいおいどうした?」

    狛枝「罪木さん呼んでこようか?」


    声を掛けられる最中、カムクラは頭痛に耐えながら呟く。


    カムクラ(?)「千……秋……ちゃ」

    七海「えっ――」


    直後に意識を失ったカムクラは左右田と狛枝によって保健室に運ばれた。


    罪木「診たところ、特に問題は無いですね。気を失っているだけです」

    狛枝「失神かな?」

    左右田「特に何も起きてなかったよな? なんで急に気を失うんだよ」

    七海(創君、さっき私の事を昔みたいに千秋ちゃんって呼びそうになった?)


    ベッドで眠るカムクラを見ながら、目を覚ませばカムクライズルではなく日向創なのではと期待してしまう。
    しかし、目覚めた彼はカムクライズルのままだった。

  23. 23 : : 2018/08/11(土) 00:52:48
    続きが気になる
  24. 24 : : 2018/08/13(月) 02:11:03
    途中で仮面ライダーファイズのネタがあったようなwww
  25. 25 : : 2018/08/13(月) 09:26:59
    しっかりと期待
  26. 26 : : 2018/08/17(金) 09:55:53
    カムクラ、あの赤い眼で「千秋ちゃん」呼びしたんだな~

    (?)とあるから、右目だけ一瞬日向に戻ってたのかな?
  27. 27 : : 2018/08/18(土) 23:31:57

    突如カムクラが倒れたという連絡を聞いた仁は、一部始終を七海達から聞いた後に松田による検査を頼んだ。
    結果は異常無し、カムクラのまま、記憶等にも変化は無し。
    それを聞いた仁はホッとしたような残念なような気分になりつつも、倒れた切っ掛けについて黄桜と松田と三人で話し合う事にした。


    仁「きっかけは七海君との会話か」

    黄桜「やっぱり幼馴染との会話だけに、何かしらが作用したと思っていいのかな?」

    松田「いいだろうな。加えて、そいつの名前も口にしたそうだから、ひょっとすると日向創は完全に消えていない可能性が出てきた」

    仁「それは本当かね?」

    松田「検査ではそれらしい反応は出なかったが、このやり取りに関してだけ言えば可能性が高い」

    黄桜「倒れたのは、日向創君の人格が表に出ようとしたからかな?」

    松田「それもありうる話だ。この七海って女とよほど仲が良かくて、日向創としての人格や意識が僅かでも残っていればな」

    仁「ということは、日向君を元に戻せる可能性も」

    松田「ああ。僅かな可能性だがあるかもしれない」

    仁「そうか。引き続き調査と検査を頼む。また何かあったら知らせてくれ」

    松田「分かった」


    松田が退室した後、仁は息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかる。


    仁「僅かだが前進かな?」

    黄桜「そうだな。だけど、本当にこれでいいのかね……」

    仁「何故そう思う?」

    黄桜「いやね、七海君が日向君を求めているように、カムクラ君を求めている子もいるんじゃないかとね」

    仁「なるほど……。なまじ交流があるだけに、そういう子がいてもおかしくない」

    黄桜「本当、人間関係ってのは難しいな」

    仁「ああ、そうだな……」


    机に立てている幼い頃の娘の写真を見ながら、その難しさを痛感していた。
    一方でそのカムクラはというと、花村と共に厨房にいた。


    花村「カムクラ君、この味はどうかな」

    カムクラ「……ちょっと失礼」


    味見をしたカムクラは調味料を数種類加え、さらに材料を追加した。


    カムクラ「どうぞ」

    花村「どれどれ……あうりるらぴーん!」


    味見をした花村は自分のよりずっと美味く仕上がった料理に絶叫し、体を捻りながら倒れた。


    カムクラ「言ったはずです。あなたの腕では僕を越えられないと」

    花村「確かに今はそうだね。でもいずれは越えてみせるよ!」

    カムクラ「いずれ……ですか」

    花村「そうだよ。君がいなければ、僕は自分以上の味に出会う事は無かった。だからこそ、君には感謝しているんだよ」

    カムクラ「感謝……」


    嫌ではない気分にカムクラは料理を昼食としてクラスメイトに振る舞うため、無言で食器の準備を始めた。
    別の日には保健室にて罪木の注射の練習を見ていた。


    罪木「ど、どうでしょうか?」

    カムクラ「血管の見極め、針の角度、薬品の注入速度、注射前後の処置は問題有りませんが、いざ刺す時に戸惑いが見られます」

    罪木「ふゆう。やっぱりですかぁ。どうしても思っちゃうんですよね、私なんかがこんな事していいのかって」

    カムクラ「それはあなた自身の問題です。僕は関係ありません」

    罪木「カムクラさんはどうなんですかぁ?」

    カムクラ「何も。考えている暇があったらさっさと処置します」

    罪木「それができれば苦労はありませんよぉ……」


    他人を気にし過ぎてしまう罪木は、そうした機械的作業が苦手な所があった。


    罪木「で、でも頑張ります。だからカムクラさん、また練習に付き合ってくれますか?」

    カムクラ「用事が無ければいいですよ」

    罪木「ありがとうございますぅ」

    カムクラ「……では」


    嫌ではない気分の正体が分からず首を傾げながら、カムクラは保健室を後にする。
  28. 28 : : 2018/08/18(土) 23:32:43
    また別の日には、澪田にギターの修理をレクチャーしていた。


    カムクラ「それでいいんです」

    澪田「いやー、助かったっすよ。いつも頼んでる楽器屋はもう閉店しちゃって、どこかいい店は無いかなって思ってたところだったんすよ」

    カムクラ「自分でやれるようになっていれば、そんな悩みは無いはずです」

    澪田「そりゃそうっすけど、その店にいる爺ちゃん店主と話するのが楽しくって。それでいつもその店に行ってたんす!」

    カムクラ「会うため……ですか」

    澪田「そうっす。交流は大事っすよ。イズルちゃんは楽しくないんすか? 千秋ちゃんとかー、ペコちゃんとかー、唯吹と話していて」

    カムクラ「僕にそんな感情はありません」

    澪田「そうだったっす! こりゃ失敬」

    カムクラ「……」

    澪田「でもねー、唯吹は楽しいっすよ。イズルちゃん素っ気ないけど、ズバリ核心を突く鋭い一撃がグサッとくるところが」

    カムクラ「当然の事を言っているだけっす」

    澪田「その当然の事をグサリと言う人って少ないっす。大抵の人は濁しちゃうもんっすから」

    カムクラ「そうですか……」

    澪田「そうっす。だからイズルちゃんは唯吹にとっては貴重な友達っす」

    カムクラ「友……達……」

    澪田「よっし! 修理完了したっす! じゃあ早速行ってみよう! 唯吹の歌を聞けえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


    直後、勢い任せに放送室に乗り込んで学校中どころか近隣にまで破壊音さながらの重低音を撒き散らした澪田は、罰として本科校舎の全女子トイレの掃除を言い渡された。
    さらに別に日、この日は雨が降っており、放課後のカムクラは屋上ではなく図書室にいた。そこでソニアと鉢合わせする。


    ソニア「……あ、あの」

    カムクラ「なんでしょうか」

    ソニア「先日の件なのですが、決してカムクラさんが必要無いという訳でなく、ええと……」

    カムクラ「その事は気にしないでください。僕はもう気にしていません」

    ソニア「そういう訳にはいきません! もしも傷つけてしまったというのならば、謝罪します」

    カムクラ「必要ありません。気にしていないのですから」

    ソニア「私は気にします。ですから謝罪させてください。申し訳ありませんでした」

    カムクラ「……一つ、いいですか?」

    ソニア「なんでしょう」

    カムクラ「あなたにとって、僕は何ですか?」

    ソニア「私にとってカムクラさんがですか? そうですね……いつか私の思う奇跡を見せつけて驚かせたい人、ですね」

    カムクラ「……もしもそうなったら、僕は消えて驚く事などできないのですが」

    ソニア「あっ、そうですね。ではどうしましょう……」


    悩むソニアをよそに、カムクラは無言でその場を立ち去る。
    彼女が求めているのは彼なのだと、小声で呟きながら。


    カムクラ「……」

    七海「どうしたの創君。今日はいつもに増して無口だね」

    カムクラ「そうでしょうか」

    七海「そうだよ。ただでさえ口数少なくなっちゃったのに、いつか無口キャラが定着しちゃうよ?」

    カムクラ「僕は別に構いません」

    七海「私は嫌だな。創君はあんなに楽しそうに喋っていたんだから」

    カムクラ「……それは、僕ではありません」

    七海「同じだよ。創君は創君だよ」


    その言葉にカムクラの中に僅かながら苛立ちが生じた。


    カムクラ「僕は日向創じゃありません。カムクライズルです」

    七海「違うよ。君は日向創だよ」

    カムクラ「いい加減にしてください。例えあなたがなんと言おうが、僕がカムクライズルなのは揺るぎない事実です」

    七海「それでも私にとって、君は創君なんだよ」

    カムクラ「僕は、カムクライズルです。僕は、僕です」

    七海「っ!?」


    殺気の籠った視線に七海は怯み、その間にカムクラはどこかへ行ってしまう。
    一人残った七海は落ち込み、たまたまその場を見ていた松田は、ある考えに至る。


    松田「……まさか」


    それを確かめるべく、松田は必要な検査と機器の準備に取り掛かった。
  29. 29 : : 2018/08/19(日) 08:38:00
    これ読んで思ったけど、2の七海ならここで『昔の日向くんは昔の日向くん』って言うんだろうな。

    3の七海はすぐに『日向くん』だって気づいたし、きっと日向とカムクラの両方に同じ【なにか】を見いだしたから、最後まで彼を《日向創》として受け入れてたんだと思う。
  30. 30 : : 2018/08/26(日) 11:33:01
    続きまだー?
  31. 31 : : 2018/08/26(日) 15:14:20

    ほぼ丸一日をカムクラの検査に費やした松田だったが、それだけの収穫を得た。
    それを報告するために学園長室へ向かい、それらを報告した。


    仁「今の報告は本当なのかい?」

    松田「ああ、間違いない。これでカムクラを日向創ってのに戻せるかもしれない」

    黄桜「しかし厄介な話だねこりゃ」

    仁「そうだな。思考も感情も無いからこそ、こういう状況になったとも言えるな」

    松田「だが突破口は掴んだ。それを本当に突破するには……」

    仁「彼女達の協力は不可欠か……。機器の数は足りるかい?」

    松田「どうにかな。後はあいつらと、カムクラ自身次第だ」

    仁「分かった。人手はいるかい?」

    松田「何かあった時、外部から機器を強制終了させる奴が一人いればいい」

    黄桜「その強制終了は人体に影響しないのかな?」

    松田「一時的に記憶が混乱するくらいで、特に問題は無い」

    仁「分かった。この件を君に頼んだのは私だ。私が立ち会おう」

    黄桜「俺も彼らの担任として立ち会うよ」

    松田「分かった。それじゃあ日取りは今度の土曜の午後、場所はいつもの検査室だ」

    仁「分かった」

    黄桜「オッケー、その日は酔っていないようにしておくよ」

    仁「おい、そろそろ俺もかばいきれなくなってくるぞ。黄桜先生が酒を飲んで出勤しているという報告が、何度も届いているぞ」

    黄桜「あっはっはっはっはっ。悪い……」

    松田「このダメ教師」
  32. 32 : : 2018/09/01(土) 11:36:05
    続きが気になる...!
  33. 33 : : 2018/09/02(日) 10:15:46
    待ちきれない!
  34. 34 : : 2018/09/02(日) 17:52:02

    松田の指定した土曜日、七海達は黄桜に呼び出された。
    呼び出された室内にはおびただしい数の機器が並び、それを見た左右田が目を輝かせるほどだった。
    その奥の方にはカムクラが座っていて、頭に何かしらの装置を付けていた。


    七海「創君!? 創君、何かあったんですか!」


    何も聞かされていない七海はカムクラの下に駆け寄り、不安そうに黄桜に尋ねる。


    黄桜「大丈夫、なんともないよ」

    九頭龍「そんじゃあ、この機械はなんだよ」

    松田「こいつは装着者の深層心理に直接ダイブできる装置だ。こっちのやつを被れば、カムクラの心の中へダイブできる」

    左右田「つか誰だよ、こいつ」

    黄桜「彼は超高校級の神経学者、松田夜助。日向創君を取り戻すのに協力してもらっているのさ」

    狛枝「深層心理にダイブって、SFみたいな感じだね」

    松田「正確にはそいつの頭の中とお前らの頭の中を直結させて、互いにリンクさせるようなもんだ」

    罪木「それはそれで凄いと思いますけど……」

    小泉「それで、私達はどうすればいいの?」

    松田「決まってんだろ、お前達がこいつを頭に装着してカムクラとリンク、その奥にいる日向創を引っ張りだすんだよ」

    終里「力づくでか?」

    松田「……こいつは足りないのか?」

    弐大「がっはっはっ、素直にアホと言わんかい!」

    松田「こいつもこいつで足りてねぇな」

    御手洗「ごめん、なにぶん脳筋な人達で」

    田中「ふっはっはっはっはっ! 特異なる闇の住人の仮面を剥ぎ、真の姿を呼び覚ますか。おもしろい!」

    松田「おいオッサン、こいつらにどういう教育してんだよ」

    黄桜「はっはっはっ」


    笑ってごまかす黄桜に呆れながら松田は準備を続け、人数分の装置を接続していく。


    松田「調整はできた。後はこいつを装着すれば、リンクが始まる。中で何があるか分からないから、俺も行くぞ」

    ソニア「あの、その間こちらで何かあった時は」

    仁「そのために僕達がいる。機器に何かあったら、対応できるようにね」

    花村「それなら安心……なのかな?」

    辺古山「ところで、何故私達なのだ?」

    松田「悔しいが俺一人じゃこれは解決できねぇ。なんだかんだあいつと付き合ってきた、お前らじゃないと無理だ」

    西園寺「はあ? なんでそうなるのよ」

    松田「お前らとの交流時、こいつに僅かな乱れが何度かあった。日向創を取り戻せるとすれば、そこを突くしかない」

    左右田「つまり俺らがカムクラを動揺させて、日向創が出てくるのを手助けすればいいのか?」

    松田「そういうもんだと思っておけ」

    七海「……これで創君が戻って来るかもしれないんだね。分かった、私はやるよ」

    九頭龍「俺も構わねえぜ。ダチを助けるのは当然だ」

    左右田「俺もやるぜ。はあ……どんな機能してんだろ」

    花村「左右田君の場合、そっちの方が気になっているんじゃない」

    辺古山「しかし、そうなるとカムクラはどうなるんだ?」

    松田「……わかんねぇ」

    ソニア「分からないって……」

    松田「しかたねだろ、こんなことやったことねぇんだから。まあ、普通に考えれば消えるんじゃねぇか?」

    小泉「消えるって……」

    弐大「簡単に言ってくれるのぉ」

    松田「俺には関係無いからな」

    狛枝「それは困るかな。彼ほどの希望を失うのは、どれほどの損失なんだろう」

    田中「同感だ。我が同胞が消えうせるのは、できることならば防ぎたい」

    澪田「でもでも、元々はイズルちゃんじゃないんっすよね」

    西園寺「そうだよ。日向創ってのが取り戻せればそれでいいじゃん」

    御手洗「そんな簡単な事かな?」

    七海「何にしても私は行くよ。創君を取り戻すんだ」


    七海は松田が準備した機器を被って、椅子に座る。
    それに続くように他の面々も、勇んで装着したり、微妙な表情をしながらも装着したり、松田の返答に納得できないながも機器を被っていく。


    松田「んじゃ、後は頼むぜ」

    仁「ああ、任せてくれ」

    黄桜「気をつけてな」

    松田「分かってるって。起動開始!」


    松田が自分で装着した機器のスイッチを入れると、彼らとカムクラのリンクが始まった。
  35. 35 : : 2018/09/06(木) 13:26:28

    七海「ここが創君の中?」


    暗くて何も無い空間。そこに七海達は立っていた。
    周囲を見渡していると、遠くに何かがあるのを終里が見つける。


    終里「ん? あそこに何かあるぞ」

    松田「よし、行ってみるか」

    左右田「つか何でお前が仕切るんだよ」

    松田「うるせえ、黙って付いて来い」


    さっさと進む松田の後を追ってその方向へ進み、やがてそれが何か分かると驚いた。
    錠前がかけられた鎖で雁字搦めにされ、今にも消えそうなほど透明な日向創らしき存在。
    半開きの目は虚ろで、今にも消えそうなほど薄い存在感なのに、時折ノイズのようなものが走って一瞬だけブレて見える。


    澪田「ななな、なんなんすかこれ!」

    七海「創……君? 創君!」


    本物だと気づいた七海は駆け寄って錠前を外そうとするが外れず、鎖を引っ張っても緩まる様子すら無い。


    終里「俺もやるぜ! うりゃあぁぁぁっ!」

    弐大「フルパワーじゃい! ぬああぁぁぁっ!」


    力自慢の二人も加わるが鎖は緩む気配すら見えない。


    ソニア「あの、ひょっとしてあの方が本物の?」

    松田「ああ、日向創だな」

    田中「このような暗黒空間に怨嗟の鎖で拘束されし御霊か。やはりこ奴は二つ名を持つに相応しい器だったか」

    九頭龍「だから意味分かんねぇって」

    小泉「それで、あの鎖はなんなのよ」

    松田「分かんねぇよ。こんな機械を使ってリンクしたのは初めてだからな」

    西園寺「はぁっ!? そんな所に私達を連れて来たの!」

    松田「だから不測の事態に備えて俺も来たんだよ」

    御手洗「それにしても、彼は完全には消えていなかったんだね」

    松田「消去のための技術が不足していたのか、それに抗うほどあいつの意思が強かったか」

    松田「どっちにしろ、今のあいつは希薄になり過ぎている。早くなんとかしないと、本当に消えるぞ」

    罪木「でも、どうすれば……」

    左右田「とにかく、力ずくでもなんでも、あの鎖を外せばいいんじゃね?」


    そう言いながら加勢するために歩み寄っていく左右田。
    すると何かに気づいた辺古山が叫ぶ。


    辺古山「いかん、そいつから離れろ!」


    突然の叫びと上からの気配に反応した弐大と終里は反応し、その場を離れる。
    七海は終里が腕を引いて離脱したが、左右田は反応できず上から降ってきたそれが着地した瞬間の突風で転がって行った。


    澪田「今度は何っすか!」

    狛枝「……人?」


    日向創の傍に降り立ったのは、髪がとても長くて赤い瞳をした無機質な表情の黒スーツの男。
    髪型こそ違うが、その瞳と表情には見覚えがあった。


    小泉「まさか……カムクライズル?」

    カムクラ「あなた方ですか。僕の中に勝手に土足で上がってきたのは」


    彼らを日向創に近寄らせないように立ち塞がり、視線だけで威圧すると体が金縛りにあったように動かなくなる。
    左右田に至っては起き上がろうとしていたため、腰を抜かして立てないようにもみえる。


    田中「ぬう。まさか魔眼かっ!」

    松田「これが純粋なカムクライズルの力か……」

    罪木「あの、純粋なって、どういう意味ですか?」

    松田「お前らがこれまで見ていたのは、欠片程度でもあそこの日向創が混じっていた、いわば不純物」

    松田「あそこにいるカムクライズルこそが、本来生まれるべきだった本物のカムクライズルだ!」
  36. 36 : : 2018/09/06(木) 13:27:13

    これまでの検査とカムクラの様子、そして目の前での光景から、松田はそう導き出した。
    圧倒的な存在感でその場に立つカムクラに、誰もが納得する。


    カムクラ「彼はこのままいずれ消えます。どうして十年近くも残っているのかは分かりませんが、直接手を下す気も無いのでこのまま放っておいてください」


    威圧したまま告げた言葉に七海が反応する。


    七海「させないよ。やっと、やっと会えるんだもん、創君を返して!」

    カムクラ「何故です。本来なら彼はあの日、完全に消滅するはずだった。ならば消えても問題無いでしょう?」

    七海「問題無くないよ。私は創君に会いたい、あの日に途絶えた明日の続きを送りたい」

    カムクラ「無理です。あなたでは僕に勝てない」


    威圧を強められ、進み出るどころか一歩退く。
    それでも踏みとどまり、カムクラの向こうにいる日向へ目を向ける。


    七海「創君! 聞こえる? 私だよ、七海千秋。覚えてるでしょ? 起きてよ、ねえ、起きてよ!」


    大声で呼びかけるが日向は反応しない。


    カムクラ「無駄です。彼には聞こえません」

    七海「創君! やっと約束の明日を迎えられるんだよ。君が目覚めれば、明日は来るんだよ」

    カムクラ「……やめてください」

    七海「ずっと待っていたんだよ、あの時の続きの明日を迎えられるのを。ずっと、ずっと」

    カムクラ「やめてください」

    七海「一緒に明日へ進もう? 私達の明日へ行こう? 創君の明日は、すぐそこにあるんだ」

    カムクラ「やめてください!」


    突如叫んだカムクラに誰もが驚く。
    感情を一切出さず常に機械のような無表情だった彼が、初めて見せた感情らしき反応。
    威圧感も消え去り、動かせなかった体も動かせるようになった。


    カムクラ「何故彼ばかり見ているんです。何故僕を見ない」

    辺古山「カムクラ?」

    狛枝「なんだか様子が変だね」

    カムクラ「僕は、僕はカムクライズルです! 何故、僕という存在を認めない!」


    突如叫ぶカムクラに誰もが怯む。


    カムクラ「何故僕を見ない。何故、僕の中にいる日向創ばかり見る。あなた達の前にいたのは、僕。カムクライズルです」


    先ほどまでとは質の違う威圧感を覚える中、松田はようやく理解した。
    カムクライズルがそれを求めていたことに。


    松田「そういう事かよ……」


    前に歩み出た松田は睨み付けてくるカムクラに向け、辿り着いた答えを告げる。


    松田「カムクラ、お前は自分を見てもらいたくて、存在を認めてもらいたかったんだな」

    松田「生まれながらに居場所も無く、自分の中の日向創ばかり見ている周りの奴らに」
  37. 37 : : 2018/09/06(木) 14:01:28
    原作では『虚無的な本質が同じ人間』だったはずなのに、……カムクラ化してからの年月があまりに長すぎたせいだな。
  38. 38 : : 2018/09/11(火) 15:45:28

    松田から指摘された内容にカムクラは黙る。


    ソニア「あの、どういう事ですか? カムクラさんにはそういった感情や思考は……」

    松田「無いはずだった。俺も実際、そう思っていた。だが違ったんだ」

    松田「日向創という人格が僅かにでも残った事で、カムクラにも僅かながらそういう感情が芽生えたんだ」

    松田「もしも日向創の心の中が虚無に覆われていたら、カムクラも完全な状態になっていただろう」

    松田「そしてカムクラに僅かながら芽生えた感情が、そういう影響を与えた日向創を十年もの間こうして残していたんだ」

    松田「あの鎖はいわば、それぞれが互いに影響を与えているため、この場に繋ぎ止めておく楔だな」

    左右田「つまり、何か? 日向創がいたから、カムクラに影響を与えて、その影響のお陰で日向創が持ちこたえたって事か?」

    松田「そういう事だ。そして日向創の心が虚無に囚われず、僅かでも残ったのは……」


    松田が視線を向けた先にいるのは七海。
    彼女との明日を迎えたいという気持ちと、彼女と送った日々、再会したいという想いが完全な消去を防いだ。
    そしてそれによりカムクラに影響を与えて、今にも消えそうな状態のまま十年を持ちこたえてきた。


    松田「あいつのお陰だろうな。思えばあいつと出会ってからカムクラに変化が現れたのは、あの日向創があいつに反応していたからだろう」

    田中「なるほど。静寂なる魔皇帝の中に封印されし闇の意思が、前世で契約せし姫君により目覚めたか」

    九頭龍「意味分かんねぇぞ」

    澪田「それでそれで、この後はどうすればいいんっすか?」

    松田「あの鎖が解けるくらい日向創としての存在が強くなれば、日向創は元に戻る」

    辺古山「しかし、それではカムクラは」

    松田「どうなるか分かんねぇ」

    花村「ううん、思ったより難しい事になってきたね」


    カムクラの本音を知った以上は放っておけない。
    日向創を取り戻したい七海でさえもそう思ってしまい、判断に迷う。
    膠着したこの状況を動かしたのは、予想もしない人物だった。


    ???「やっと……聞けた……」

    カムクラ「……えっ?」


    表情には出さずとも戸惑いが混じった声を漏らしたカムクラが振り返る。
    そこにいた鎖で捕らわれている日向創は、先ほどまでの虚ろな表情は微笑み、存在感を取り戻しつつあった。


    カムクラ「何故……」

    日向「やっと聞けたな、お前の本音が」

    七海「創君!」


    ようやく聞けた日向創としての言葉に、七海は思わず叫ぶ。
    それに笑みで返した日向は、カムクラに語りかける。


    日向「ずっと、ずっとここで見ていた。空っぽの中にいたお前を。そして思っていた、お前は寂しくないのかって」

    カムクラ「僕は、寂しくなど」

    日向「だったらどうして、自分を認めてほしいんだ。どうして居場所が欲しかったんだ」

    カムクラ「それ……は……」

    日向「……今の俺には分かる。お前は俺で、お前の感情は俺の感情から生まれたようなものだからな」

    カムクラ「何を言って」

    日向「お前は、羨ましかったんだろう? こんな事になっても、七海との明日を諦めずに残った俺が」

    日向「そして思ったはずだ、自分にもそういう人や場所があればと」

    カムクラ「そんな……はずは……僕は、僕は」

    日向「辛かったよな。自分が作られた意味も理由も知らず、ただ生きているだけの日々は」

    日向「それでいて周りはお前自身を見てくれず、居場所も無い。それなのに消えそうな俺は見て、俺の居場所になってくれる人もいる」

    日向「だけどな、カムクラ。お前の居場所は最初からあったんだ」

    カムクラ「そんなはずは、僕の居場所は」

    日向「あったさ、ずっとここに。俺の中にな」


    微笑んでそう告げるとカムクラの目は見開き、崩れ落ちて膝を着く。
    誰もが目の前で行われているやり取りに目を奪われ、思わず唾を飲み込む。


    日向「お前は気づかなかっただけなんだ。居場所は、最初からここにあったんだ」

    カムクラ「ここが、僕の居場所……」

    日向「そうだ。どうして俺に歩み寄ってくれなかったんだ。同じ体の中にいる俺は、最初からお前にとっての居場所になる人間だったんだぞ」
  39. 39 : : 2018/09/11(火) 15:46:14

    近くにいたからずっと気づかず、ずっと分からずに過ごしてきた十年という月日。
    その月日を過ごしてようやく辿り着いたものに、カムクラの目に涙が浮かぶ。
    すると日向を縛っていた鎖が緩み出し、錠前が外れて落ちる。
    自由になった日向は、ずり落ちていく鎖を引きずりながらカムクラへ歩み寄っていく。
    今にも倒れそうになるカムクラの体を抱き止め、言い聞かせるように告げる。


    日向「安心しろ、お前には俺がついている。他の誰が何と言おうとも、俺はお前の味方だ。お前の居場所になる」

    カムクラ「日向……創……」

    日向「お前だってもう分かっているはずだ。だからあの鎖が解けたんだ、あんな物が無くとも俺はもうここにいられるんだからな」

    カムクラ「しかし、僕は……」

    日向「気にするなって。俺はお前の味方なんだ、何も気にしないって」

    辺古山「そうだ。私もお前の味方だ。私はお前に救われた、私の居場所を取り戻してくれた。だから私も、お前の居場所になろう」

    九頭龍「俺がダチだって言ったのはお前自身にだぜ、カムクラ」

    ソニア「私、あなたにまだ奇跡を見せていませんよ?」

    花村「まだまだ君に教えてもらいたい事があるんだよね」

    罪木「また、練習に付き合ってくれませんか?」

    終里「オレが勝つまでバトってもらうぜ!」

    弐大「がっはっはっ。わしも負けたままはしゃくじゃからのお」

    狛枝「君ほどの希望が消えるのは、大きな損失だよね」

    小泉「もうちょっと言い方考えなさいよ、アンタ」

    西園寺「これだから希望厨ワカメは」

    澪田「今度はチューニング教えてくれるって約束したじゃないっすか!」

    左右田「俺は別にお前がどっちだろうが、気にしないぜ」

    田中「俺様と同じく闇に魅入られし者を見捨てると思うか!」

    七海「ごめんね、カムクラ君の事も考えずに。でも、創君は返してね」

    御手洗「僕も君の居場所になるよ。だから、君も僕の居場所になってくれると嬉しい」


    次々にかけられるクラスメイトからの言葉に、カムクラの表情が初めて変化する。
    僅かながらも笑みを浮かべ、日向の手を握る。


    カムクラ「ありがとう……日向創」

    日向「いいって。それより、疲れただろう? 少し休めよ」

    カムクラ「ええ。そうさせてもらいます」


    そう告げてカムクラが目を閉じると、粒子のようになって日向の体へと吸い込まれていく。


    九頭龍「あいつはどうなったんだ?」

    日向「俺という居場所に住み着いただけだ。大丈夫、あいつは消えていないよ」


    そう告げると数名が心底ホッとしたような表情をする。
    ここまでの一部始終を見て、一人輪から外れていた松田は溜め息を吐きながら頭を掻く。


    松田「マジでなんとかしやがりやがった。しかもあいつに本物の感情まで芽生えさせるとは……」


    予想以上の出来事に直面した松田は、想像と現実との違いを改めて実感する。
    こんな事が現実に起きるのかと、研究者として色々と気になるが今は放置しておく。


    松田「ったく、想定外にもほどがあるぜ……」


    そんな松田の見つめる先では、ようやく解放された日向に七海が抱きついていた。


    七海「創君……創君……」

    日向「七海、やっと会えたな」


    十年ぶりの本当の再開に七海は涙を流し、日向もそんな七海を優しく抱きしめる。
    しかし、七海は泣きつつも不機嫌そうな表情で日向を見る。


    七海「……」

    日向「どうした? 七」

    七海「千秋ちゃん」

    日向「えっ?」

    七海「千秋ちゃん」

    日向「いや、さすがにこの歳でその呼び方は……」

    七海「この前は言ってくれた」

    日向「あの一瞬だけ意地で戻った時かっ!? あの時はその」

    七海「じゃあ、千秋でいいよ」

    日向「名前呼びは確定何だな。分かったよ、千秋」

    七海「……うえぇぇぇぇっ」

    日向「なんで余計に泣くんだよ!」

    七海「だって、だってぇ……」

    日向「泣きたいのは俺だって一緒だ。でもようやく会えたんだから、泣き顔を見せまいと頑張ってるんだぞ」

    七海「無理、我慢できない。うえぇぇぇん」


    泣いている七海は離さないとばかりに日向にしっかりと抱きつき、日向も優しい表情で七海の頭を撫でた。
  40. 40 : : 2018/09/12(水) 07:42:47
    よかったね、千秋ちゃん!日向!カムクラ!
  41. 41 : : 2018/09/16(日) 08:06:05
    後日談早く!
  42. 42 : : 2018/09/18(火) 14:33:47

    二人の様子を生暖かい目で見ているクラスメイト達に、日向は話しかける。


    日向「えっと、一応初めましてになるのか? 日向創だ」

    左右田「おう、よろしくな。俺の名前は」

    日向「左右田だろう? カムクラの中から見てたし聞いてたから知ってる」

    左右田「んだよそれ! 俺の華麗な自己紹介をいきなり潰すなよ!」

    ソニア「華麗さなんて欠片どころか塵ほどもありませんけどね」

    左右田「ぐっはっ! ソニアさん、俺、何かしましたか?」

    狛枝「ていうか、見ていて聞いていたって、記憶を共有してるの?」

    日向「そうみたいだ。だから全部知ってる。ソニアの思う奇跡も、辺古山とのやり取りも、弐大や終里との勝負も、御手洗との話の事もな」

    御手洗「そうかい。だったら内容の事は」

    日向「分かってる。黙っておくよ」

    澪田「そういう約束をされると逆に聞きたくなるっす!」

    西園寺「そうよそうよ。喋らないとアリちゃんみたいに踏みつぶしちゃうよ?」

    日向「駄目だ。男の約束ってやつだ」

    弐大「がはははっ! なかなか気骨のある奴じゃのう、お主は」


    力任せに背中を叩かれ、痛がりつつもこうした感触さえも久方ぶりで嬉しく思える。


    狛枝「これで僕達の役目は終わりかな?」

    松田「そうだな。ちょっと待ってろ、すぐに現実へ戻すからよ」


    右手を振るとログアウトしますか、という文字が表示される。
    その下にある YES or NO から YES を選択すると全員の体が粒子状になって足下から消えていく。


    田中「ぬぅっ!? もしやこれは、闇に住む我を暗黒世界へ返すための」

    小泉「ちょっと黙ってなさい。現実に戻るだけだから」

    罪木「で、では、日向さん。今度は現実で」

    九頭龍「また後でな」

    終里「待ってるぜ」

    花村「じゃあね」

    七海「次は現実で会おうね、創君」

    日向「ああ。分かったよ、七」

    七海「むう」

    日向「千秋」

    七海「よろしい!」


    笑顔で消えていく七海を見送りながら、日向は背後から歩み寄る人物に声を掛ける。


    日向「まだ休んでいても良かったんだぞ。さっき休みに入ったばかりだろ」

    カムクラ「これだけで充分です」

    日向「そうか。じゃあ行くか、俺達も」

    カムクラ「ええ」


    やがて二人の体も消え、全員が現実に戻った。

    全てが終わって一月が経過した。
    松田と罪木によるメディカルチェックも特に問題無く、日向創はこの世に戻って来た。
    機器を外した日向の目は右目は赤いままだったが、左目は本来の色を取り戻してオッドアイになっていた。
    それを見た田中が病気を発症しそうになったものの、うるさいと言って終里と弐大が浴びせた一撃で落ちてしまう。
    直後、本当の体での七海との再会はお互いに泣き崩れ、見ていた全員もらい泣きするほどだった。
    その後、中での様子を日向から聞いた仁と黄桜は、自分達もカムクラを見ていないかった事を後悔し、謝罪した。


    日向「気にしないでください。今までの協力のお陰で俺はこうして戻れたし、カムクラとも分かりあえた」

    カムクラ「その通りです、霧切仁。僕と彼は本当の意味で一つになった。こうして同じ肉体を共有し、同じ物を共有している」

    黄桜「分かっていても、そうも入れ替わられると少し驚くな」

    仁「しかし、そこがカムクラ君の居場所なのだろう。ならば私はそれを否定しない。その居場所は、君のものだ。日向君も納得してくれているんだろう?」

    日向「はい。こいつとは一生付き合うつもりです」

    カムクラ「僕も同じ意見です。彼がいるからこそ僕がいて、僕がいるからこそ彼がいるのだから」

    仁「そうか。ただ、戸籍上は日向創のままだから、そこは勘弁してくれ」

    カムクラ「構いませんよ、それくらいは」

    日向「さすがに戸籍までいじるわけにはいきませんからね」

    黄桜「しかし、君達は君達でこれから大変だろうね。色々と」

    日向「色々と?」

    カムクラ(……)
  43. 43 : : 2018/09/18(火) 14:34:41

    話を終えた日向が学園長室を出ると、廊下では七海が壁に寄りかかって待っていた。
    日向が廊下に出たのを見て、小走りに駆け寄るとさも当然のように腕を組む。


    七海「おかえり、創君」

    日向「ああ、ただいま……ていうのもおかしいか?」

    七海「おかしくないと思うよ」

    日向「それならいいけど、なんで腕組んでるんだ?」


    色々と当たっているため目を逸らす日向。
    しかし七海は気にしていない。


    七海「私と創君の間柄なら、これくらい当然でしょ?」

    日向「どんな間柄だよ。俺達は幼馴染で友人だろ?」

    七海「むう。えい」

    日向「なんで今度は正面から抱きつくんだよ。やめろって、当たってるから、色々と当たってるから」

    七海「日向君だからこそ当てているんだよ」

    日向「うれしいけど、ドヤ顔で言うな。もう少し恥じらいってものを持て」

    七海「これだけ当てられても冷静でいる創君には言われたくないよ」

    日向「俺のせいか? 俺が悪いのか?」

    七海「創君のためにここまで育ったんだよ? もうちょっと反応してよ。それとももっと成長しなきゃダメ?」

    日向「そんな事ありません、見事なものです」

    七海「素直でよろしい。それに免じて今夜はラブアパに外泊で許してあげる」

    日向「ようし、言ったな。覚悟しておけ、カムクラ譲りの全ての才能を駆使してやる」

    七海「望むところ」

    辺古山「ちょっと待ってもらおうか。今日はカムクラの方が私と逢瀬の予定のはずだぞ」

    七海「……どうだったかな」

    辺古山「目を逸らすな、吹けもしない口笛を吹こうとするな、何より誤魔化そうとするな」

    七海「いいじゃん、十年ぶりなんだよ? つい最近までカムクラ君と一緒にいた辺古山さんとは違うよ」

    辺古山「何を言う。ちゃんと話し合って決めたではないか」

    七海「むう」


    睨みあう二人の間で日向はどうするべきか分からず、黙ってその場に立ち尽くす。


    左右田「あれが修羅場ってやつか」

    狛枝「しかも相手は二重人格の別々の人格だなんて、斬新な修羅場だね」

    小泉「ていうか、学園長室の前で何やってるのよ」

    終里「おおい日向。お前も強いのか? 勝負しようぜ!」

    日向「えっ?」

    ソニア「日向さん。カムクラさんに代わっていただけませんか? こんな都合の良いだけの奇跡を目の当たりにした感想を聞きたいのです」

    日向「ちょっ待っ」

    田中「ふははははっ! 闇の住人をその身に宿す器よ、貴様もまた暗黒面へと誘う者なのか試してやろう」

    日向「はいはい、乙」

    弐大「おお、用事は終わったか。ならトレーニングじゃ、そんな良い体つきをしておるんじゃ、鍛えて損は無い!」

    日向「悪いがこの睨みあう二人の用事を優先させてくれ」

    西園寺「おにい、疲れたからおぶって」

    日向「まだ一時間目もやってないだろう? なんで疲れてんだよ」

    澪田「創ちゃーん! 唯吹とセッションしに行くっす!」

    七海「澪田さん! 創君を名前で呼んでいいのは私だけ!」

    辺古山「それと今日はカムクラの日だ!」





    御手洗「なんだか彼、大変そうだね」

    罪木「でも、なんだか楽しそうです」

    九頭龍「そうだな。片やようやく表に出られて、片やようやく居場所を見つけた。それが嬉しいんだろうよ」

    花村「どうでもいいけどさ、そろそろ止めないと大変じゃない?」


    睨みあっていた二人はいつの間にか日向の両腕を取り、どっちが取るか言い合いながら引っ張り合っていた。


    七海「はーじーめーくーん!」

    辺古山「かーむーくーらー!」

    日向「痛い痛い板、肩外れる、外れるから!」

    左右田「放っておけ、あんなリア充野郎」

    小泉「さっ、皆。色ボケは放っておいて行きましょう」

    日向「誰が色ボケだ! というか助けろ!」


    こうして日向とカムクラによる騒動は終わった。
    居場所を取り戻した者と得られた者、二人の意思はこれからも同じ肉体の中で互いの居場所になりあいながら生きていく。



  44. 44 : : 2019/01/15(火) 20:25:11
    泣ける...
  45. 45 : : 2020/08/12(水) 15:07:50
    良いssでした。

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