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『Chiken』race
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- 1 : 2018/03/17(土) 17:19:02 :
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起床。
谷山ではない。
顔を洗い、髪を整え、下着を替え、制服を着て、眼鏡をかける。
今日も今日とて大忙し。
皆の行動を観察して、新しい動機を用意して……『ライト』も必要だ。
そうだ、『生徒会』を見張る仕事も増えたんだった。
まったくアンジーさんったら面倒なことしてくれちゃってさ。
メンバーもメンバーだし、何を起こすかわかったもんじゃない。
わたしは準備を終えて部屋の外に出る。朝6時の陽射しの『設定』は実物と同じように眩しく、目を細めてしまう。
「ん……」
目を細めたことで、一つの影に気がついた。
こちらに背を向けて、ちょうど寄宿舎と校舎の分岐点に立っている。
明転していてよく分からないが、女性のように見える。少なくとも短髪ではない。
女子の誰かだったとして、何故あんなところにボーッと突っ立っているのか。
わたしはひかれるようにゆっくりと近づいた。
そして、息を飲んだ。
「影」の正体を知って、身体が硬直してしまった。
「よく分からな」かったのは、視界が明転していただけではない。
それがほとんど黒い色で形成されていて、とても地味 だったからだ。
どうする。
このまま近づくか。
いいのか、それで。
本当にいいのか。
気づかれてしまっては、ヤバい気がする。
何か、何か、大事なものを失ってしまうような。
後に戻れなくなってしまうような。
今ならまだ引き返せる。
それを見なかったことにして、やり過ごせる。
どうする、このまま行くか退くか。
そう言い聞かせいる間に、「影」はこちらを振り向いた。
わたしはもう逃げられない。
「影」はこちらに三歩ほど近づいて、綺麗な笑顔でわたしに言う。
「おはよう、わたし」
挨拶してきたそいつの名は白銀つむぎ。
つまり、わたしだった。
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- 2 : 2018/03/17(土) 17:21:11 :
わたしは何も言えなかった。
喉も口も舌も動かない。
目の前の現状が全くもって把握できないのだ。
『わたし』はそんなわたしの気持ちも知らずにニコニコしながら近づいてくる。
「ビックリしてるね。まぁ無理もないか」
「どういうこと……?あなたは誰!?」
「誰って、あなたじゃないかな?」
やっと言葉が出てきたのに、それを一言でサラッと返された。
「いや、あなたではないかもしれない。
わたしは『白銀つむぎ』であなたも『白銀つむぎ』だけど、わたしたち二人は同じ人間ではないのかもしれない」
「…………???」
「あなたはいま戸惑ってる。けどわたしは今そんなあなたを見て笑ってる。
わたしたちの表情は今違う。喋ることもポーズも違う。
同じ人間なら同じ表情になるし同じ動きをするはず。ひとりが勝手に動いたらもう片方もそれに準じて動く。
だけどわたしたちはどちらも異なる動作をしている。双子やそっくりさんならそれでもいいけど、同じ人間ならそうはいかない。必ず同じことを思い、同じことを言い、同じことをしなければならない。そうでなければ同じ人間と言ってはならないのだから。
長くなったけど、それ故に『わたし=あなた』は成り立たない可能性が高いってこと」
得意な話題になれば空気も読まずベラベラと早口で語り出す癖は自分と似ている。
それにしても、不思議と言う他ない。
自分という人間が二人いるのもおかしいが、自分じゃないならこいつは誰なんだ。
「考えが回り回って重なり合って、言葉が出ない?」
そんなわたしの脳内を見透かしたように『わたし』は言う。
「ねえ、あなたは白銀つむぎ?『わたし』は自分のこと白銀つむぎだと思ってるけど」
「当たり前、だよ……わたしは白銀つむぎ、超高校級のコスプレイヤー」
「あぁ、肩書きまで同じなんだ。これは身長も体重胸の大きさも一緒の可能性が高いね」
「けどなぁ……うーん……うーん……」
考えるとき、人差し指を立てる仕草も同じだ。
自分のことを白銀つむぎだと思ってる、だと?
彼女はわたしに何をしたいんだ?
何のために現れた?
「よし、こうしよう!わたしたちのどちらが本物の白銀つむぎなのか勝負だよ!」
「……は?」
「どちらかが偽物ならいつか必ず答えにたどり着くはずだよね!これは、誰も知らない、わたしたちだけの戦い。わたしたちだけの戦争だよ」
「ちょっと!何勝手に決めてるの!?内容薄っぺらな最近のラノベのヒロインじゃないんだからさ!」
「けど、じゃあどうするの?このまま二人で切磋琢磨してく?」
「いや、それは無理かも……」
「じゃあどっちが本物なのかハッキリさせないとね。きのこたけのこなんて白黒つける必要ないけど、わたしたちはちゃんとジャッジを下す必要があるんだから」
「けど、どうすればいいの?」
「知るか。わたしはそこいらのネット検索サイトじゃないんだよ」
それを最後に、『わたし』は校舎に消えていった。
呼び止めようとしたが、どうせ何を問うても答えやしないだろうと思ってやめた。
わたしだ、わたしが本物の白銀つむぎ。
……の筈だ。
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- 3 : 2018/03/17(土) 18:14:27 :
「おはよう、白銀さん」
帽子を取った最原は少し遠慮がちに挨拶した。
「おはよう、最原くん」
最原など気にしてる場合ではない。
食堂に目を光らせる。
『生徒会』のメンバー、百田、春川、真宮寺、王馬、入間。
『わたし』は……いない、か。
そもそもいたら最原とエンカウントした時点で不審感を抱くはずだ。
ならば、どこにいった?
校舎に入ったのは確実だ。
いや、そもそもあの時点で朝の六時だったはず。
『わたし』と会話してる時間はそう長くなかった。
何故全員ここに集まっている?
この時間にいつもここにいるのは真宮寺くらいだ。
「つむぎー、珍しく遅かったなー」
「え?あっ……」
食堂の時計は既に七時半を回っていた。
わたしの部屋で見た時計は確実に六時だった。
まさかとは思うが、誰かが部屋の時計にいたずらをしたのか。
だとすれば犯人はもう……いや、後にしよう。
東条がいなくなって舌が満足しない料理を口に運ぶものの、なかなか喉を通らず一口ひとくち水と一緒に流し込む。
わたしだけ水の摂取量が半端ないことになっている。
「白銀さん、大丈夫?悩みごととか……」
「だ、大丈夫大丈夫!オタクはメンタル強いから!」
「そ、そっか」
「白銀ちゃん生理?」
最原の問いに軽く返し、王馬は無視。
今はただ自分を落ち着かせる。
その時だった。
甲高い声とともにモノクマが姿を現したのは。
その手には『ライト』が握られている。
思い出しライトだ。
そうか、『教室』か。
わたしはまんまと嵌められた。
どちらが本物か、なんて言われたらまず自分が本物だと証明するために皆に会うはず。
どちらも大差ないなら、先に会った者勝ちなのだから。
わたしは出遅れたと思いつつも急いで食堂に向かった。勿論わたしが先に皆に会うために。
だが、彼女はその裏をかいていた。
彼女は思い出しライトを作製するあの部屋に行ったのだ。わたしが真っ先に食堂に行くのを読んだ上で。
思い出しライトに一日一回という制約はないが、同じ日に何度も作ってはその内容が本当に自らの過去なのかと疑ってしまうだろう。
「でもでも、それって『動機』なんだよねー?コロシアイの引き金なんだよねー?」
アンジーが動く。
そうだ、『生徒会』はコロシアイなどせず、かと言って脱出もせず皆で平和に生きるために作られた組織だ。
コロシアイの引き金となるようなものの持ち込みは絶対に許さないはず。
その電灯に何を詰め込んだか知らないが、わたしを偽物だと囃し立てて計画を破綻させようとしているのであれば使わせるわけにはいかない。
「ちょっとそれ貸して」
アンジーがモノクマに手を伸ばす。
「残念だけど、これが『命令』だから」
アンジーの要求を拒否するとモノクマは容赦なく食堂を光で包み込んだ。
わたしの脳内にも映像が流れ込む。
嘘の記憶が、本当に蘇ったかのように映し出される。
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『言えよ』
『え?』
『言えよ、本当のこと』
『本当のことって?』
『決まってんだろ』
『お前が誰なのか、だよ』
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- 4 : 2018/03/17(土) 18:15:11 :
今のは?
誰?
誰の、とも言えない微妙な声だった。
「オレたちは……死んだ、のか?」
百田が青ざめた顔で呟く。
「僕等が此処にいる以上、其れは無いと思うけどネ」
「けどじゃあ、あれは何なの?」
「さァ……何だろうネ」
「で、ですがあれはどう見ても転子たちの葬式では……」
葬式?
「モノクマ、今のは……」
「うぷぷぷ……その答えは、自分たちで探すことだね!」
そうか。
わたしだけ内容が違うのか。
わざわざ内容を変えたんだ。
皆について行けなくするため?
皆とは異なる記憶を思い出すわたしが怪しいと、自然に気づかせるため?
随分と狡いことを考える……しかし、舐めてもらっては困る。
『ライト』に詰めることができる『記憶』の数々。
それらの内容は全て把握済みだ。
『ライト』の光を浴びた彼らは口々にその光景について議論し始める。
彼らの言葉から、大体どれを選択したのかがわかる。
あとは適当に話を合わせておけばいい。
どうせ何がなんだか混乱するばかりで、誰も大したことは言わないのだから。
「白銀ちゃんはどう思う?」
端の席でつまらなそうにしていた王馬が尋ねる。
まるで脳内を見透かされたかのようなタイミングで気持ちが悪い。
「どうって……わたしも何をされたのかわからなかった、かなぁ……」
「ふーん、そう」
「うっぷっぷ……今後もコロシアイライフを楽しんでね!」
コロシアイ、か。
それどころではなくなっているのかもしれない。
『復活の儀式』を行うんだか行わないんだか、どっちだったかよく聞いていなかった。
朝食を終えるとわたしはすぐに散策に出た。
無論、奴を、『わたし』を探すためである。
二階に向かうもその姿は見当たらない。
どうせ今頃、「必死に探してて草」とか思っているのだろう。
「『必死に探してて草』とか思ってるんだろって顔してるね」
背後からの自分の声に振り返る。
無論、自分と言ってもそれは自分ではない。
「どう?朝の『ライト』、楽しんでくれた?」
「あなたは何がしたいの?」
「何って……そりゃあどっちが本物か決めなくちゃいけないんだから、わたしが本物であるということをみんなに主張したいだけだよ」
「そうじゃなくて。わたしに見せた『記憶』は何?」
「あぁアレか。アレは……気にしなくていい、と言えば嘘になるね。けどそんなに重要じゃないよ。
何故なら、アレの意味はあなた自身がいつか気付かなければならないものだから。
まぁ分からなかったならまだその時じゃないってことになる」
ますます意味がわからなくなる。
本当に自分と同じ口から出てる言葉なのだろうか。
「悩んでるみたいだね。まあそれはさて置き、こんなところにいていいの?誰かに見られたら、それこそあなたが怪しまれるよ?
同じ格好した人が二人いれば片方はお友達と仲良しごっこ、もう片方はゲームを進行させることができるって何処かの探偵さんに推理されちゃうかもね」
「どこ行くの?」
「さぁ……どこ行こう。『管理者』の部屋にでも行こうかな」
…………。
いきなりわたしの前に現れて、勝手にこっちを偽物扱いして、終いには邪魔と妨害。
こうしてはいられない。
わたしが本物。
わたしが、本物なんだ。
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- 5 : 2018/03/17(土) 19:02:22 :
「最原くん」
「あ、白銀さん?なんか朝様子変だったけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫。アレだよ、ガールズ・デイだよ、あはは」
「ははは……」
赤松を失った最原の心は隙間だらけだ。
それを埋めるのに、苦労はしないだろう。
何故わたしが主人公みたいなことしてるんだろうと思いつつも今はこうして欠片のようにわたしに信頼を集めることしかできない。
にしても、だ。
何故こういうとき姿を現さないのだろう。
わたしを偽物だと言うなら、自分が本物だと言いたいのならこんなときこそ邪魔してくるものではないか。
少なくともわたしならそうする。
それとも、そんなわたしの思考も予測して「本物の白銀つむぎならそんなことはしない」とか「いかにも偽物がやりそうなことだ」とか言いたいのか。
まぁなんにせよ、姿を見せないのならそれで結構だ……。
最原としばらくたわいもない話をして、次に『生徒会』のところへ。
ここにも『わたし』が来たような形跡はない。
「そういえばゴン太クン、へんな文字が書いてる石はどこに?」
キーボが尋ねるとゴン太は外に皆を案内する。
「あれ……?」
「どうしたんじゃ?」
「おかしいな……ゴン太が見たときは上の八文字だけだったんだ」
『こ かいは うま もの』の八文字の、その下。
『のせ にほん はい い』。
「日本は良い……?」
夢野が呟く。
「さっぱりですね……文字列に法則性を見出せない」
キーボも溜息をついた。
アンジーは何も喋らない。
神様とやらの力では書き足した犯人まではわからなかったのだろう。
わたしは予想できたが。
進展のない物語の中、夜は百田と入間と話をして部屋に戻る。
「はぁ」
入間の相手に疲れ、ベッドに身体を放り込む。
午前以降『わたし』は現れなかった。
何処で何をしているのか。
あるいは、何もしていないのか。
「思い出しライト……」
ふとあのとき見た、いや、聞こえた声を思い出す。
聞いたことあるようで誰だか分からない声。
男性二人の会話。あれは誰のもの?
皆と違うだけなら中身を入れ替えるというよりわたしだけ何も見えなくすればよかったはず。
それでも彼女はあの不可解な会話をわざわざ作って『ライト』入れた。
何か、意味があるはず。
「思い出し」ライトなのに全く思い出せないとはこれまた洒落を効かせてくれる。
今日はもう、考えても仕方ないのかもしれない。
いいや、寝よう。
眼鏡を外し、制服を脱いで眠りについた。
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- 6 : 2018/03/17(土) 19:03:34 :
目が覚める。
微妙な明るさでわたしは朝を感じ取った。
寄宿舎を出て、背伸びして深呼吸する。
「余裕だね」
そうだ。此奴がいるのを忘れていた。
『わたし』は背後でニヤニヤしていた。いなくなった誰かの部屋を借りていたのか?
「雨 に降られた都 会人みたいな顔してるね」
「例えが分からないよ。元ネタ何?まあ、それはいいとしてさ」
わたしは見返りの体勢からくるりと半回転して真正面から『わたし』と向き合う。
「あなたの目的は何?」
「わたしは自分が本物だと───」
「主張したいのなら、みんなの前に現れればそれだけで十二分に達成できるよ」
わたしは予想通りの彼女の言葉を遮って続ける。
「けどあなたはそれはしなかった。チャンス自体はいくらでもあったけど、それでも裏方に回っていた。『わたしたちだけの勝負』なんて言っておいて、あなたの方から試合放棄してるように見えるよ」
「…………」
「一周回って気味が悪い……一体なんのためにそんなこと────」
「うん、まぁ進んだかな」
今度はわたしの話を遮って彼女が喋りだす。
「『進んだ』……?」
「例えば。自分が今死んだり消えたりしたら、自分を取り巻く環境がどう変化するか考えたことない?
あなたの場合、SNSで繋がってる人たちなんかは考えやすいかもね。どう?」
「それは……無いよ。推しキャラが死んだらその周りがどうなるかは気になるけど」
「ふーん、そっか」
まるで最初からそう言おうとしていたかのように棒読みで返される。
「あなたはどう変化するか知ってるの?」
「うん、まぁね」
『わたし』は目を細めて不気味に笑いながら口を開いた。
「答えは、『何も変わらない』だよ」
あまりに斜め上かつ衝撃的な答えに二の句が継げなかった。
何も、変わらない?どういうことだ?
「あなたのことを好きで好きで仕方がない人がこの世に二人や三人はいると思う。けど、その人たちもあなたが消えたって何も変わらない。逆にあなたを嫌ってる人も変わらない。喜ぶことも悲しむことも、無い。
ただ単純にシンプルに、『あなたが存在していない世界線』に頭を切り替えるだけだよ。あなたの死による影響は何ひとつ無い」
「何も……無い……」
「そして、そうなってしまったらもう戻れなくなる。バックアップも取らずに消したデータを再生するなんてほぼ無理でしょ?
あなたを好きで、あなたを毎日見つめて、あなたの生活をリアルタイムで追って、あなたで致してたその人はもうその日常がそもそも無かったことになり、思い出すという行為もできなくなる」
「そこは皆無。カイムだよ」
まさか、それをわたしに伝えるために現れたのか?
いや、それならそうと言えばいいのでは?
やはりまだ何か違う目的が……。
「おっと、こんな時間か。わたしは食堂に行くよ。ほらほら、早くしないとあなたの朝ご飯わたしに取られちゃうよ」
「あ、ちょっと!!」
いない。
次の目的地だけを教えて去る意味深キャラのように、瞬きをした瞬間いなくなってしまった。
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- 7 : 2018/03/17(土) 21:27:59 :
食堂に『わたし』はいない。
またどこか、見えないところで暗躍するつもりか。
わたしはトイレに行く振りをしてまた校内を見回す。
「探してた?」
「探してるわけではないけど、探してたよ」
その姿を見たとき、彼女の服装の変化に気づく。
ピンク色のセーターに音譜のスカート。
彼女は亡き赤松楓の制服を着用していた。
肌に異常は見られない。禁断症状は起きていないようだ。
「……どういうこと?」
「さぁ?答えは君の中にあるよ」
また答えをはぐらかした。
無邪気な子どものような笑顔を向ける。
「大丈夫、大丈夫。君はいつか答えを見つけられる。自分の中の自分を信じてあげて」
赤松楓のようなことを言う。
自分の中の自分?
「まぁ、わたしも応援してるからさ。頑張ってね、『白銀さん』」
「あなたは、誰なの?」
自分と同じ容姿の人間にその質問は可笑しいだろうか。
何と言えばいいかわからなくて、咄嗟に出た言葉がこれだった。
『わたし』は少し間を置いて、またニヤついた。
朝と同じ、目を細めた不気味な笑顔で。
「わたしは、あなただよ」
あまりに当然かつ意外な回答だった。
『当然』は分かるとして、何が『意外』なのか。
それは『わたし』と初めて会った昨日の朝、彼女は確かに『二人は同じ人間ではないかもしれない』と言ったから。
それなのに今は確かに『わたしはあなただ』と言い切った。
彼女の中で何かが変わったのか?
それとも変わったのはわたし?
ただ単に語彙力を失って支離滅裂なだけか?
だとしたらそういうところは同じだが……いやそういう話ではないか。
「気づくか、気づかないか。それを認めるか認めないか。そして、その上で口に出すか、出さないか」
「は?」
「白銀さん、あなたは今第二段階まで来てるの。何故なら第一段階はあなたが存在する時点でもう既にクリアしてるのだから。だからこそ、『答えはあなたの中にある』なんだよ。
あなたが知りたがってる、『わたしが何をしたいか』の答えに辿り着くには、あなたの中を探すしかない。あなたの中以外にどこにもヒントはないの。
だからわたしもあなたを応援するしかないの。あなたに頑張ってもらうしか手はないんだから」
「何を─────」
「ちょっと喋りすぎたかな。そういえば石に書いた文字の話だけど……あっ」
『わたし』がわたしの後ろを見て驚いた声を出す。
とっさに振り向いたが、何もない。
そして目線を戻したときにはもう『わたし』はいなかった。
最後に石に書いた文字、と言っていた。
見に行ってみようか?
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──────────
「あ、白銀さん!」
そこには既に先客がいた。
「見てください、これ!下の文だけ書き足されてますよ!」
『こ かいは うま もの』の八文字の、その下。
『のせ にほん はい い』だったはず。
『このせ にほん はい い』
『わたし』が書き足したのだ。
何かをわたしに伝えるために。
こんな形で、焦らすように。
髪型も髪色も、目も鼻も耳も口も、胸も脚も匂いも、声も話し方もすべてが同じ人間。
それなのに結局何者なのか全く分からない『わたし』。
彼女との共同(?)生活はそれからも続いていた。
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- 8 : 2018/03/18(日) 00:50:21 :
アンジーと茶柱が真宮寺によって葬られ、『生徒会』は事実上の解散となった。
人数が減ってもなお『わたし』は同じようなことしか言わない。
わたしを弄ぶように無邪気に笑いながら。
「一気に三人も減っちゃったね」
「そうだね」
「次は誰だろうね?あなたかもしれないし、わたしかもしれないね」
「どっちも一緒だよね」
「そうだね、そうなっちゃうなぁ」
そこは「わたしとあなたは違う」とは言わないのか。
『わたし』は変わらずこうしてわたしが一人のときに会いにくる。
そして、最近気付いたことがある。
彼女はわたしと微妙に目を合わせていない 。
目が合ってるようで合ってないのだ。
本当は誰を見ている?
「……どう?進捗は」
「進捗だめだね」
「そっか。まぁどちらかは偽物なワケだから、いずれ答えは出るでしょ。それまで『白銀つむぎ』が殺されなきゃいいけどね」
どちらが本物か偽物か、なんて言うが互いに進展がないまま既に一週間が経とうとしている。
本当にこれでいいのだろうか。
彼女を生かしたままで良いのか?わたしが殺してしまった方がいいのではないだろうか。
なんとなく、彼女の命とわたしの命が繋がっているような気がして考えないようにしていたが……。
「ねえ白銀さん」
「なに?」
「この世界の外って、どうなってるの?」
また、何だ?唐突に。
今度は何を言い出すつもりだ?
「わたし、気になるなあ。生徒会には入ってたけどこんなところで死ぬまで過ごす気なんてないし、やっぱり外に出たい。外が見たい。この世界の外って、今どうなってるの?」
「それは……」
『ライト』の話をしようとした。
世界に隕石が降り注ぎ、わたしたちに残された道は─────。
けど、彼女にその話をしても笑われるだけだと気がついた。
そうだ、彼女は全部知っている。彼女も『白銀つむぎ』なのだから。
思い出しライトの仕組みも、この世界の外のことも。
全部、全部知っている。わたしと同じことを知っているのだから。
ならばそれを何故いまさら聞く?知りたがる?
答えは自分の中にあるはずだ。わたしに聞く意味はない。
─────『答えは自分の中にある』?
─────さぁ?答えは君の中にあるよ。
─────大丈夫、大丈夫。君はいつか答えを見つけられる。自分の中の自分を信じてあげて。
─────何故なら、アレの意味はあなた自身がいつか気付かなければならないものだから。
わたしも、そうだったのか?
わたしと『わたし』は、同じことをしていた?
もしそうなら本当に……。
そのとき。
わたしの思考はものすごい爆発音とともにシャットアウトされた。
「な……何?」
「おー、始まったね」
「何をしたの!?」
「入間さんに学園を破壊するように頼んだだけだよ。いずれそうなるような気がしたからなんとなくそれを早めてみたの。
彼女の不安を煽って爆弾を大量に作らせた。それと、キーボくんを改造して破壊兵器にさせたんだ。多分もうすぐ彼も来るよ。ああ、それと」
「何!?」
「エグイサルは使えないよ。昨日王馬くんが機能停止させたから。モノクマもろとも、ね」
「さてさて、二人が、いや三人が学園を破壊し尽くす前に全部済まさなきゃ。白銀さん、出廷の時間 だよ」
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- 9 : 2018/03/18(日) 10:15:14 :
わたしたちが最初に出会った場所。
彼女は寄宿舎前の分岐点に立ち、眼鏡をくいっと直す。
「出廷……?」
「そう。わたしとあなた、どっちが本物でどっちが偽物なのか。ジャッジを下すときが来たよ」
学園が、この世界が崩壊を始めてるこんなときにそんなこと言ってる場合なのだろうか。
いや、こんなときだからこそか。
真偽の勝負。
思い出しライトの改造とその内容。
石に書き足された文字。
『答えは自分の中』。
彼女が現れた本当の意味をやっと理解した気がする。
「さあ。あなたとわたし、どっちが本物?もう答えは出ているんでしょう?」
「それは……」
そう。
答えはすでに出ている。
第一段階から既に。
ただそれを言いたくなかった、認めたくなかっただけの話。
それを言ってしまえばわたしだけではなくこの世界も崩壊してしまう。
シナリオごと潰れ、すべてに意味が無くなってしまうからだ。
すべて、終わってしまうからだ。
「どっちも、本物じゃない」
「白銀つむぎは、存在しない」
「───────御名答」
『わたし』は拍手して、わたしの足元に石を転がした。
白い石には『このせかいにほんものはいない』と、たしかに完成した文章が書かれていた。
そう、すべてフィクション。
『ダンガンロンパ』シリーズ最新作のために設定された世界とキャラクター。
フィクションの存在である『白銀つむぎ』に本物も偽物もないのだ。
『わたし』に出会ったあの日、この世界のことを全てバラされてしまうのではないかと焦っていた。
だけど彼女は何もしない。どころかわたしに都合良く動いていた。この一週間、彼女と二人でいるところを誰にも見られていない。
決してこの世界を壊すような行動はしなかった。
わたしはそれに安心していたのだ。
けどそれは間違いだった。
彼女は、『わたしに言わせたかった』。
わたしの口からその答えを言わせるために何もしなかったのだ。
彼女はわたしに『答え』を言わせたい。そうでなきゃこの世界を終わらせることができないからだ。
だから自分では言わない。
けど、あまりにもわたしがその状況に安心してるからこうして無理矢理タイムアップを図ったのだろう。
わたしはその『答え』を認めたくない。だから自分からは言わない。
けど、業を煮やした彼女に先に言われてしまうかもしれないという不安から自分で言わなくてはならないことをなんとなく予測していた。
お互いに、『自分で言ったら終わり』のチキンレースをしていたのだ。
互いに耐えて粘って業を煮やして、そしてこの結果である。
『言えよ』
『え?』
『言えよ、本当のこと』
『本当のことって?』
『決まってんだろ』
『お前が誰なのか、だよ』
そうだ。あの思い出しライトの声。
大事なのは声の主ではなくその内容。
本当のことを言えとこちらに催促するためのものだった。
「よくできました。そう、それが真実だよ」
『わたし』の肌がボロボロと剥がれ、誰とも判別できぬ真っ黒い影のような姿が段々と露わになっていく。
同時に、わたしの肌も剥がれはじめた。
-
- 10 : 2018/03/18(日) 10:15:41 :
学園はさらに破壊のスピードを上げていく。
夜空はすっかり黒煙に覆われ、星の光のひとつも見えなくなった。
小さな瓦礫や火花がしきりに降ってくる。
「この世界は終わるよ。あなたの理想郷はフィクション。存在してはいけないんだよ」
「希望エンドも絶望エンドも、次の宗教を生む。それが死ねばまた次の宗教が生まれる。終わりのない永遠のループだよ」
「希望も絶望も、未来も過去も、真実も嘘も、全部マボロシさ。わたしは『ダンガンロンパ』に毒された歪んだ現実の洗脳を解くために外部データよりここに来た」
『わたし』が足元から消えていく。
わたしも少しずつ消えていく。
『わたしは、あなただよ』の意味が今ならわかる。
どちらも本物なんかじゃない、どちらも存在しない。だからどちらも消えていく。
視界が歪みはじめる。聴覚がノイズで狂いはじめる。
わたしの終わりが近づいている。
けど、不思議と怖くはない。
こんな終わり方も悪くない、と思うのだ。
異例の急展開に世界が仰天するそのときを、この崩れゆく箱庭 から見てみたい。
けだるきいせかい を いかせいきるだけ。
『五』と『三』の間に挟まれた、まさしく『四 』の章ではないか。
『わたし』が笑っている。
多分わたしも笑っている。
ノイズしか聞こえない。
視界もテレビの砂嵐のように─────。
わたしも『わたし』も、ここで役目は終わった。
さよなら、ダンガ───────。
────────────────────
───────────────
──────────
─────
「……んろ」
膝を抱えて眠っていたようだ。
いつからこうしていたのか覚えていないが、空はもうすぐ夕暮れを連れてわたしのいる校庭を染めようとしている。
見下ろすと、グラウンドでは野球部とサッカー部が練習している。
特に興味がないのでさっさと校庭を後にした。
ゲームセンターや本屋が多く並ぶ電気街。
少しだけ汗臭さの漂う道を進んでいく。
壁に貼られた広告と、道行く人々の声と、携帯でニュースを確認。
別に『確認したら負け』というチキンレースをしているわけではない。
知りたい情報なら耳でも鼻でも口でも吸い込むものだ。
そして、何も見つからなかった。
まさに皆無。カイムである。
『すごい展開だった』『なにあれ』『まさかあんな終わり方』『異例すぎる』『賛否両論ありそう』
『すごかったな、ダンガンロンパ』
そんな声は、どこからも聞こえなかった。
どこにも存在しなかった。
─────自分が今死んだり消えたりしたら、自分を取り巻く環境がどう変化するか考えたことない?
─────答えは、『何も変わらない』だよ。
─────『あなたが存在していない世界線』に頭を切り替えるだけだよ。あなたの死による影響は何ひとつ無い。
本当に、その通りだった。
怒涛の急展開も驚愕のラストも、この世界には何の影響もなかった。
世界は何も変わらなかった。
この世界で、わたしだけが『ダンガンロンパ』を気にかけている。『ダンガンロンパ』に囚われている。
わたしだけが過去に縋り付いていた。
この常に歩みを止めない社会の中、わたしだけがトリ 残されていた。
END
-
- 11 : 2018/03/18(日) 17:56:02 :
- 期待です
-
- 12 : 2018/03/21(水) 23:00:36 :
- うひゃあああ… 凄かったです
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