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ベタベタのアイス
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- 1 : 2018/01/29(月) 20:16:18 :
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八年前公園だった場所には、新しくコンビニエンスストアが建てられていた。その日は夏の暑い日であった。部活動を引退してから運動不足を感じ、犬の散歩に別の道を歩いたが、その景観は昔に比べて少し変わっており何度も迷いそうになりながら目的の場所にたどり着く。
小さい頃の思い出の詰まったその公園はアスファルトに埋め立てられ、一人暮らしの増える社会の中で利便性の高い小売店となった。ここから少し遠くに歩いた所に大きな公園ができた為に、コンビニの方に需要があるのかもしれない。だが、自分としては微かな寂しさを感じていた。
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- 2 : 2018/01/29(月) 20:17:07 :
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犬を近くに繋ぎ、アイスクリームを求めてコンビニの商品棚を眺める。普段よりも長い道のりを歩いたのだから、少しばかり食べても問題あるまいと立ち寄ったのだが、自分の目当てにしていた新作のアイスクリームは見つからなかった。それどころかパッケージのデザインは一昔前のもので、流行の新しいアイスはひとつもない。品揃えが悪いというよりは、商品棚の時間が巻き戻ったのかのようだった。団地の中にあるコンビニだとというのに、新しい商品がないということはかなり珍しいことだろう。今では少し味の変わってしまった二つに分けられるアイスキャンディーを手に取りレジへと足を向けた。
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- 3 : 2018/01/29(月) 20:17:59 :
赤いランドセルが太陽の光を反射しており、おかしなところは何もないのに、それが異様に眩しく見えた。
「触ってもいい?」
犬を指さし彼女は言った。人懐こい笑みはどことなく見覚えがあったが、そのことには触れずに「いいよ」とだけ答える。彼女は恐る恐るといった様子で手を犬の頭にのせ、前後にゆっくりと動かし始めた。
「食べられないように気をつけろよ」
小さく悲鳴を挙げて手を引っ込める彼女を笑い、繋いだリードの先を解き、自分の方へと犬を呼んだ。
「ごめんね。驚かせちゃったかな」
「笑いながら謝られても、気分悪くなるだけなんだよね」
彼女は拗ねたようで、口をとがらせて僕の方を睨む。そうすると、僕がコンビニ袋を手に持っていることに気が付いたのか、悪戯を思いついた様な憎たらしい笑みを浮かべた。
「その袋の中に入っている中で、良いものくれるなら許してあげてもいいけどね」
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- 4 : 2018/01/29(月) 20:19:08 :
僕らはコンビニ近くの陰になっている場所に座り込み、アイスキャンディーを分け合った。彼女とこうやってアイスキャンディーを分け合うのは初めてのことなのに、それがすごく懐かしいことの様に思う。彼女は少しでも長く食べられるようにと大切そうにそれを舐めている。
「昔ここで交通事故があったの覚えてる? それがあったの、私が生まれてすぐの頃だったから知らなくて」
「そんなこと、別に知る必要ないんじゃないか。できれば見ない方がいいものや、知らない方がいいものって結構あるもんだよ」
「でもね、私は知りたいの。お兄さんが何を覚えているかどうかを」
まるで事故自体に興味はないと言いたげだな。小学生にしては大人びた表情で、その問の答えを待っていた。
「覚えてるよ、何しろ小学生が一人死んだらしいからな。当時俺は小学生だったから、大人には散々気を付けろって注意されたよ」
「その事故、見たんでしょ」
「見てないよ。しばらくはアスファルトに赤い染みが残っていたのは覚えているけど」
彼女の食べかけのアイスキャンデーから溶けた一滴が、アスファルトに小さく染み作った。
「早く食べないと溶けるよ」
彼女を見ると、視線を一点に向け、妙に大人びた表情を見せる。同じ方向に目を向ければ、やけに鮮やかな赤い染みが目の前の道路を赤く汚していた。それを認識した途端に、生臭い鉄の臭いが鼻腔を襲う。嫌な汗がじっとりと服を濡らし気持ちが悪い。
「お兄さん、何か見えでもしたの」
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- 5 : 2018/01/29(月) 20:22:05 :
彼女は最初から、覚えているかどうかを重要視して事故の話をしていた。いくら大きな事故といっても、自身が事故の当事者であるか、もしくは知り合いが関わっているかでもない限り、昔にあった事故なんてすぐに思い出せはしない。あんな質問をされたら戸惑ってしまうだろう。
「いや、熱中症かな。これだから夏は嫌だね」
「何言ってんの、さっきアイス食べてたのに熱中症だなんて」
「熱中症は遅れてやってくるんだよ」
「嘘ばっかり」
「本当だよ」
八年前に目の前で起こった凄惨な事故は、今でも強烈な思い出として時折自分を悩ませていた。車の音に緊張し、ストレスの症状が続き、この事故現場に来ることも、八年経った今ようやくできたことだった。その事故を目にする以前は、似たような話をニュースで聞いてもどこか他人ごとに感じるような話だったというのに。公園の敷地外まで飛んで行ったボールを追いかけた同級生のもとに、蛇行気味の車が追突した。ぐったりとした同級生の身体や、飛び出ていた臓物の数々は、忘れたことにしておきたかった。
「気分悪いなら、私がもう一本アイス買ってこようか。よし、五百円でいいよ」
彼女のからかうような喋り方が反響するように脳内に響く。
「お前、いくつ?」
「この暑さじゃ、一人に二つじゃ溶けちゃうかな。溶けないアイスが売ってたら、それを買うとして一人三つずつかな」
「アイスの個数じゃなくて、年齢の話だよ。何歳かを聞いてるの」
「十七歳だよ。六百円ちょうだい」
「嘘を吐くな、俺の一個下なわけがないだろう。あとアイスは買わない」
何故か金額を吊り上げている事を無視して言葉を返すと、彼女は落胆した様子で大げさに身振りをしていた。
「年齢まで聞いておきながら買ってくれないなんて、あんまりよ」
「知らない女の子に何個もアイスを奢る程、優しくないの」
「もう知らない仲じゃないんだからさ、ね?」
「買わないよ。そもそも、俺の名前も知らないだろ」
「でもお兄さんが何歳かは知ってるよ」
「俺はお前が何歳かを知らない」
「じゃあ、お兄さんはどうして名前を聞かないの。何歳か、から聞くなんて普通じゃないよね」
「そうでもないだろ。現に、俺は年齢から自己紹介を始めるからな」
「お兄さんは、私に何歳と答えて欲しかったの」
食べきったアイスの棒を強く噛み締め、目の前に立つ彼女をまじまじと見つめた。事故に遭った同級生の顔は、もうほとんど覚えていないけれど、二人の顔は似ていると形容することができた。顔だけではない。喋り方や背格好、ああそうだ、アイスの食べ方だってこんな風ではなかっただろうか。生まれ変わりを信じている訳ではない。だけど気分が正常でない今だから、もしかしたら、と考えてしまう。
「もしかしたら、その事故に遭った被害者かもしれない。だなんて思ってるんでしょ」
「随分と知った風な口を聞くんだな」
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- 6 : 2018/01/29(月) 20:24:29 :
暑さと場所のせいで、おかしくなっているだけなのだ。本気でそんな馬鹿げたことを信じているわけではない。ただもしかしたら、生まれてすぐに事故に遭ったというのなら、彼女が同級生という証拠にもなるかもしれない。記憶が残っているから、僕をからかう言葉ばかり言うんじゃないのか。
「失礼だとは思わない? 別の人間を重ねて見るだなんてさ」
そうでないのなら、タイムスリップでもしたのかもしれない。コンビニの品揃えが古かったのがその証拠だ。八年前は公園だという記憶は間違いだったのだ。そうに決まっている。
「生きていたら、十七歳だったんでしょう?」
笑いながらそう答える彼女に、どこか自虐のようなものを感じ、熱くなっていた思考が幾分か覚まされた。
「知らないよ。僕はその事故に遭った子と面識があったわけじゃない」
アイスの棒は、何度も噛んだ所為でボロボロになっていた。その子は俺が咥えているアイスの棒の先をつまみ、少し怒ったような目でそれを口内に押し込んだ。尖った破片が口内に刺さる。
「お兄さん、思ったより子どもっぽいね。まるで小学生から成長が止まってるみたい」
アイスの棒を離して一歩引いた彼女を見ると、僕がポケットに入れていた筈の財布を持ち硬貨を幾枚か取り出し「貰っとくね」と勝ち誇ったような笑みでこちらを見た。
「そっちは子どものクセに大人みたいだね。本当に十七歳みたいだよ」
飛んできた財布を両手で掴むと、いつの間にかコンビニに駆ける姿が見える。脂汗の滲む額を手で拭い、未練がましく彼女に幼馴染の表情を見た。懐かしい様に感じたが、どれだけ頭を捻っても、同級生の顔なんて思い出せはしなかった。
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- 7 : 2018/01/29(月) 20:25:06 :
- おーーーーーしまい!!!!!!!!!!!!!!!!!
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- 8 : 2018/01/29(月) 21:07:19 :
まだいける
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