このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
青春の残り香
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- 1 : 2018/01/17(水) 23:23:23 :
- 比企谷八幡が大人になったお話
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- 2 : 2018/01/17(水) 23:55:29 :
- 「俺の夢は専業主夫だ」なんて言っていたのは8年前のことだろうか。独りぼっちを盛大に謳歌し、間違えまくった青春だった。ただ、そんな間違えまくった青春の中にも、大切なものは確かにある。
由比ヶ浜結衣と雪ノ下雪乃の存在。彼女達との居場所。それらが大切なものであった。
だがそんな彼女達はもう既婚者。雪ノ下は葉山隼人と、由比ヶ浜は大学で出会ったらしい優しそうな男と結婚した。
そして、今日は由比ヶ浜の結婚式だった。
高校の時に見せた悲しそうな笑顔と、今日俺に向けた笑顔が一致して、今も空っぽの胸を抑えつける。
そんな空っぽの胸を満たそうと俺はポケットにあるタバコに手を伸ばす。
そんな時、机の上でブブブとスマホのバイブが振動した。表示されているのは平塚先生の名前だった。俺は携帯を手に取りに耳に当てる。
『比企谷、暇かね?暇ならラーメン食べに行こう。というか行くぞ』
電話の向こうから聞こえてくるのは悲しそうな声、大方まだ未婚なのに生徒が結婚して行くから悔しいのだろう。
「良いですけど、平塚先生は明日も休みでしたっけ?」
『まぁな、陽乃も連れて行くからな』
「え?今の一言で超絶行きたく無くなったんですけど」
『まぁ、あいつも独身だからな、なんというか、察してやれ」
平塚先生がそう言うと、電話の向こうから騒がしい声が聞こえる。きっと一緒にいるのだろう。
「しょうがないんで行ってあげますよ。けど陽乃さんいるならラーメンより別のところの方が…居酒屋とか」
『そうか…そういえば、君も酒が飲めるんだったな』
そんなことを言う平塚先生の声はどこか懐かしむように聞こえた。
「そりゃ飲めますよ、25ですし、というか職場同じでしょう」
『そういう意味ではなくてだな……同じ教育者として、君ならわかるだろう?』
「新米教師なんで勘弁してくださいよ」
『…その辺の話も後でしよう。では、車で行くから君は家の前で待っていてくれ』
「うーい」
そう言って、俺は電話を切る。
未だスーツ姿のまま呆然としている俺に、月明かりが窓から射し込む。
俺は…どこかで間違えたのだろうかと、ふとそんな思考に陥る。きっと間違えたとするならば、あの日、卒業式の日に決断をしなかったからだ。
「雪ノ下…由比ヶ浜………なぁ、俺はどうしたらいい?」
そんなやり場のない問いを俺は弱々しく部屋に響かせるだけだった
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- 3 : 2018/01/18(木) 18:31:58 :
- 「でさ〜雪乃ちゃんったらまだ比企谷君に未練タラタラなのよぉ〜?」
顔を少し紅潮させ、俺に寄りかかって語りかける人物は雪ノ下陽乃である。
居酒屋に来てから時間が経ち、俺と二人ははだいぶと酒がまわり、色々なことを口にしている。
「お前は最後まで手のかかる生徒だよ…今もだがな!アッハッハッハッハ!」
「痛いですよしばかないでください。というか先生はまだ結婚してないんすか?」
「あー、まぁ、そうだな、うん。このまま独身でいい気がしてきたこともない」
「ちょっと比企谷くーん、無視しないで〜」
「おい陽乃、私が話してるんだぞ」
「静ちゃんに比企谷君はあげないもーんだ」
待って?そんなこと言わないで?勘違いしちゃうから。
「で、陽乃はおいといてだな、比企谷」
横でぶつくさ言う雪ノ下さんを放っておき、平塚先生との話に戻る。
「君は、あれで良かったのかい?」
「あれってなんすか。あれですか?こまちの結婚ですか?まぁ小町と戸塚なら自分的にも天使×天使なんで全然大丈夫です」
「…ほんっと、目の腐りは無くなってきたのに、根は変わらないな、君は」
「まぁ、色々吹っ切れましたからね」
吹っ切れた、というのが果たして正しいのかどうか。どちらかと言えば"諦めた"に近い気もする。
しかし、それを口にするほどかまってちゃんじゃない。自分の問題は自分だけのものだ。
「君のそれは、諦めたに近いだろうに」
「先生?ナチュラルに思考を読むのはやめてください」
「何年君といると思っている。8年だぞ?嫌でも分かるようになってくるさ」
「まぁ、定期的に食いに行ってましたからね」
少し、沈黙が続く。
「さて、今は何時だ」
わざとらしくそう言って先生は時計を確認する。
俺も敢えて確認すると、もう午前3時になっていた。どうやら四時間ほどいたらしい。
いやしかし、先程からやけに静かだ。
そう思い、チラと横を見ると、雪ノ下さんが気持ちよさそうに寝ていた。
「もう帰るか」
お開きの言葉が出たので、俺は雪ノ下さんを起こす。
「雪ノ下さん?おきてください?帰りますよ」
「陽乃、起きろ?おい。陽乃、シェルブリッドを喰らいたいのか?」
「しずかちゃん、それだけはやめて〜。比企谷く〜んおんぶして〜吐きそう〜」
「あんた吐くぐらいまで飲む癖いい加減直したくださいよ」
「でへへ〜、うぇ」
「じゃあ、比企谷、支払いはしておくから、先に帰りなさい」
「いや、けど先生、ここは俺が」
「生意気言うんじゃないよ、君達は私の生徒だよ」
そう言って俺の額にデコピンを食らわせる。けれどそれは痛くなく、優しいものであった。
店を出て適当にタクシーを捕まえる。
「私は少し夜風に当たって帰る。君は陽乃を送って行きたまえ」
そう言って、平塚先生は俺たちを見送った。
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- 4 : 2018/01/18(木) 19:16:24 :
- タクシーの中、雪ノ下さんは俺にもたれかかって寝ている。
雪ノ下さん曰く、今夜は俺の家に泊まるから、だそうだ。まったく、人のことを考えて欲しいものだ。
「着きましたよ」
運転手がそう言い、料金を表示する。
「3680円ですね」
そう言われ、3700円を支払う。
「はい、お釣りの20円ですね。ありがとうございました」
「雪ノ下さん、着きました、降りますよ」
「うぁ〜い」
タクシーを降りて、雪ノ下さんをおぶる。高校生の時は、こんなこと絶対にしなかったはずなのにな。人って不思議だ。
「まったく、酒に酔えないとか言ってカッコつけてたのが笑えますよ」
「ふえぇ?」
「なんでもないです。それよりほら、家ついたんで降りてください。鍵開けれません」
「ぅん〜」
そう言って降りる雪ノ下さんの足下はフラフラしていて、今にも崩れそうだ。
肩をささえながら、鍵をやっとこさ開ける。
ガチャリ、そんな金属音が響いた。
廊下の明かりをつけ、寝室のベッドに雪ノ下さんを寝かせ、靴を脱がせて玄関に置いておく。
後で掃除しておかなければ。
ブブブとポケットの中のスマホが震えた。
「はい、もしもし」
『あぁ、比企谷君。遅くに悪いわね』
向こうから聞こえてくるのは懐かしき、雪ノ下雪乃の声。
『平塚先生からきいたのだけれど、姉さんが悪いわね』
「いや、まぁ、雪ノ下さんも色々疲れてんだよ。仕方ねぇ」
というかあの人なんて奴になんてこと報告してんだ。いらん世話を…いや、いるかもしんねぇな。
「雪ノ下…なんつーかその、お前は葉山と上手くやれてんのか?」
『…あなたがそれを聞くのね』
そういう雪ノ下の声は重く冷たいものだった。
「……悪い」
『はぁ……まぁ、その、上手くはやれているわ』
「そうか…上手くやれてんだな」
『えぇ』
上手くはやれている。それは決して仲良くできているとか親しくできている、ましてや愛し合っているなどとは程遠い、そんな言葉だった。
「まぁ、その、なんつーか、また、今度な」
上手い言葉が見つけられず、歯切れが悪い。変にむず痒さを感じる。
『…あなたは、その、いえ、なんでもないわ』
それは向こうも同じようで、話が続かない。
「おやすみ」
『えぇ』
そう言葉を交わして、まもなく電話を切る。
"君も酔えない、私が予言してあげる"そんなことを言ったのは今気持ちよさそうに寝ている雪ノ下さんだ。
しかしまぁ、その予言はあながち間違っていないのかもしれない。
ずっと心のどこかが冷めている。そんな感覚に支配されて、いくら飲んでも吐きでるのは胃の内容物だけだ。
「比企谷くぅーん!」
寝室からそんな声が聞こえてくる。
俺は寝室まで行き、扉を開ける。そこにいたのは、少し目を潤し、顔を紅潮させる雪ノ下さんだった。
その姿はやけに妖しくて、魅力的だった。
心臓が大きく脈を打っている。
「ど、どうしたんすか?」
「…本当は、酔ってないの」
「心地よさそうに寝てた人が言うセリフですか」
慎重に言葉を選ぶ。きっとここで踏み外してしまえば、何かを絶対に間違える。そんな予感が胸をざわつかせた。
「まぁ、そうだね。そういう意味では酔ってるのかも。けど、心からは酔えない」
「……いつの日か、そんなことを聞いた気がします」
「比企谷くんはどう?」
「………俺は、その」
酔っていない。これは事実であり、答えるのに躊躇う質問ではないはずだ。けれど、何がせき止める。
「…似た者同士だね」
「そんな、こと、言わないでくださいよ」
「いいや、何度だって私は言うよ。君は間違えたんだから」
「やめてください」
声を荒げて言う。
「やめない」
胸の中で何かが熱くなる。グラスから水が溢れだすように、とめどない感情が溢れ出す。
「どうして!!…どうしてあんたはそこまで俺を責める!何がしたいんだ!妹の代わりに仕返しか!?」
「……違うよ」
「君が欲しいの」
「な、に、言ってんすか?」
次は声が震える。脳味噌がやめろと頭蓋骨を内側から激しく叩く。熱くなった血は肉を裂くように走る。
「いいよ」
それだけを言って、陽乃さんは両手を広げる。
溢れ出すのではなく、グラスそのものが決壊する。
「ずるいですよ……」
それでもなんとか、拳を強く握る。痛みで心を戒める。
「……君は変わってない。理性の化け物だ」
「きっとギリギリなのに、壊れているのに、何が君をそこまでさせるの?」
「君から来ないなら、私から行く」
そう呟いてから、雪ノ下さんは俺の背中に両手をまわす。
そして顔を耳元まで近づけて。
「…君が欲しい」
そう囁かれる。
その後は、覚えていない。
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- 5 : 2018/01/18(木) 20:19:31 :
- ピピピと、電子音が俺の耳を突き刺す。時計を見ると、今は朝の9時。
ふと隣を見ると、そこにははだけた雪ノ下さんがいた。
「はぁ…本当にクズ野郎だ」
そう言って、額に手を当てる。昨夜のことはほとんど覚えていない。しかしながら、彼女があられもない姿になっていると言うことはそういうことだ。尚更質が悪い。
「そういえば、風呂に入っていなかったな」
そう呟き、俺は浴室へ向かう。
**********
シャワーを浴びる。温度は程よく、徐々に俺の体を温めていく。
"君が欲しい"そんな昨夜の言葉が頭の中で響いて離れない。
しかし、果たして本当にそうなのか。いや、きっと彼女は強化外骨格を剥がし、俺に言い寄ってきたのだ。それは分かっている。だが、それをまだ信じられない。まだ、疑念が渦巻く。
「最低だ…」
そう言って拳を壁に叩きつける。
しばらくして浴室から出て、バスタオルで体を拭く。そして髪を乾かし、服を着る。もちろん今日一日は家から出ないため、部屋着だ。
脱衣所からも出て、もう一度寝室へ向かう。酒と、淫猥な匂いが部屋を満たしている。そして、そんな中、雪ノ下さんは寝息を立てていた。
彼女の顔を見るたびに、自己嫌悪をしてしまう。
布団被せ、窓を開ける。季節は春真っ盛り。暖かい風が部屋に吹き抜ける。
そんな春風で満ちた部屋を出て、今度は朝飯を作りに台所にいく。
フライパンを用意し、目玉焼きとウインナーを二人分焼き、コーヒーを二人分淹れ、トーストを二人分オーブンで焼く。
間も無くして朝食が出来、雪ノ下さんを起こしにいく。
「……雪ノ下さん、朝飯、出来ました」
端的にそれだけを言って、雪ノ下さんを起こす。眠そうに体を起こし、目を擦る。髪は所々跳ねている。
「準備できたらリビングに来てください。待ってますから」
それだけを言って、寝室から出て行く。
少ししてから「おはよーう」なんて、昨日の余韻すら感じさせない軽快な挨拶でイスに座る。
「これ比企谷君が作ったの?」
「そうじゃなきゃ誰がいるんですか」
「んもう!素直に言えばいいのに」
素直に、か
「素直に、なんてしたらあなたは気に入らないでしょう?」
「まぁ、そうかも」
「なんだか、変わりましたね」
「まぁ私もアラサーだからね」
いつまでも若いままではいられないってことか…実際みんな変わっていった。
雪ノ下も由比ヶ浜も一色も川崎も小町も、後、材木座だって今では有名な作家だ。
変わっていないのは、変われていないのは俺だけだ。
「はぁ」
不意にため息が漏れる。
「どしたの?」
「いや、その、なんというか寂しいなって」
「ほほう、比企谷君らしくない」
「そっすか」
そう言ってキメ顔の雪ノ下さんを軽く流す。心を少し落ち着かせるためにもコーヒーを啜る。
「昨日の夜はあんなに激しかったのに…冷たい!」
「ブッ!!」
雪ノ下さんの発言でコーヒーを吹きこぼしてしまった。
「あんた何言ってんだ!」
「調子…戻った?」
「…俺は元々この調子っすよ」
「そっか」
そう言って、雪ノ下さんは俺に優しく微笑みかけた。
変われていない、変わらないのは、やはり俺だけだった。
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- 6 : 2018/02/17(土) 18:09:06 :
- はるのん可愛い
支援
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- 7 : 2018/02/26(月) 02:02:47 :
- 現在の俺の職種は高校教師。自分でもこんなことになるだなんて思ってもいなかったが、いやはや人生はわからないことだらけである。
「比企谷先生、ここのコピーお願いします」
と、放課後に廊下をうろちょろしてたら生徒に声をかけられた。別に職員室では仕事を押し付けられるからいたくないとかそんなことではない。
「先生?」
「あ、すまん、ボーッとしてたわ。どれどれ、古文の教本か……一応教員免許持ってるし教えてやれるが、どうだ?」
そう、コピー機が職員室にあるからコピーしたくないとかではないのだ。決して、断じてそんなことはない。
「……ならお願いします」
「じゃあ自習室まで行くぞ」
そう言って歩き出す。生徒は半歩斜め後ろにいる。
「先生は恋愛とかしたことある?」
生徒から不意に聞かれた。その瞬間、心が、胸が少し痛んだ。
きっと一瞬だけだが苦い顔をしていたと思う。しかし、そんな顔に笑顔を塗りたくる。
「ばっかお前俺レベルになるとそらもうモテモテでいつも横には五人ぐらい女がいたからな」
「先生、しょうもない嘘つくのやめようか」
流石に嘘と分かったらしい。最近の子供は勘が鋭くて困る。
「……まぁ、今まで心から好きになったのは二人かな。しかも同時期だ」
「え、最低じゃないですか」
「俺もそう思うよ」
ふと頭に浮かぶのは陽乃さんの笑顔だ。先日、あんなことをしてしまってはさらに罪悪感が心を蝕む。
「まぁけど、最低になるくらい魅力的なやつらだったってことだよ」
「そっか……」
そう、最低になるくらいに魅力のある二人だった。それはまぎれもない事実だ。
けれど、俺は最低なんて言葉では表現できないほどに汚く、穢らわしい何かだったのだ。
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- 8 : 2018/03/09(金) 03:30:20 :
- 「それでまぁここはこのさっき線引いた部分を指してるんだわ。間違える奴多いから今教科書にメモしとけ」
先程からどれだけ時間が経ったかは分からない。体感的に一時間ぐらいか。
まぁ自習室に入ったら私語禁止なわけで、勉強以外のことは教えてやれない。え?勉強以外に教えることあるのって?ばっかお前俺生徒からは意外と人気あるからな
「はへぇ〜なるほどね。うん、分かった」
「あのね、はへぇ〜とか言うのやめようか、バカっぽく見える」
「ごめんなさーい」
と、チラと左腕の腕時計を見ると時計の短針は6を指し、長針は4を指している。
「まぁ分かったなら良い、俺はもう出るが、お前はどうする。周りは少ないし、もう最終下校時刻も近い」
そして鍵を締める当番の先生が来る。面倒くさい。
「う〜ん…なら帰ろうかな」
「まぁそれがベターだろう」
そう言って俺と生徒は自習室を後にした。
「さっき先生さ、恋愛の話したじゃん?」
廊下を歩いていると不意に話しかけられる
「あ?まぁ、そんな話してたな」
「そんなに可愛かったの?その人達」
その人達、雪ノ下と由比ヶ浜のことであろう。可愛かった。けれどそれだけではなかった。可愛いやつなんて周りにいくらでもいた。戸塚とか彩加とか彩ちゃんとか。
まぁそれは冗談だが、俺はきっと、雪ノ下雪乃が雪ノ下雪乃であるから、また、由比ヶ浜結衣が由比ヶ浜結衣であるから好きだったのだ。
「せ、先生?」
「あ、あぁ、可愛かったぞそりゃ。学年で1、2を争う美女だったからな」
「へぇ〜」
「お前から聞いてきたのに興味なさそうだな」
「まぁそりゃきっと自分より美女なんだろうし」
「まぁ当たり前だな」
「女の子はそういうのあんまり好きじゃないんだよ」
そう言って玄関口近くまできた。話しながら歩くと早く感じるの俺だけ?
「じゃあ先生、サヨナラ」
「あいよ、さようなら」
そう言って玄関口から駐輪場の方へ向かっていった。
…視線を感じる。
それもとびきり背筋が凍るような。
「比企谷せんせ〜い?」
俺はギギギと音がしそうな動きで後ろを向く。
「ピチピチのJKとお仕事サボっておしゃべりですか〜?お陰様で仕事押し付けられまくったんですけどどうしてくれるんですか〜?」
そういって目のハイライトをオフにしているのは後輩のいろはす。
学生時代から変わんねぇな。特に声と表情とのギャップ。
「……ブラック反対派なんで定時で帰りまーす」
「…校長に言いつけちゃおうかな職務を放棄して女子高生と淫行に及んでたって」
目線をどこかにやりながら低い声で言う。マジで俺の社会的地位が死ぬ。冗談抜きで。
「バカお前それはシャレになんねぇぞ」
「まぁ女性が強い時代ですからね」
「…………分かったよ」
ブラック反対。ホワイト賛成。これをキャッチコピーにしている会社で働きたかったですまる
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- 9 : 2018/03/28(水) 01:10:15 :
- 「はぁ、急がば回れっつーのはこういうことかよ」
わざとらしいため息をつきながら言う。きっととなりにいるいろはすにもそれは感じ取れるだろう。
「そーですよ。先輩がサボろうとするからこんな遅くまで…」
「まったく、なんでこんなになったんだろうな」
まったく、蜘蛛の糸という物語はきっとこういう人間の汚い部分を表しているのだろう。俺だって定時で帰りたかった。くそぅ、あのハゲた数学教師め、何が「お二人はまだ若いですからな!ガハハ!」だ。若い奴が重労働して潰れたらどうすんだ。
「あ!そうだ!先輩今日飲みに行きませんか?」
と、一色は親指と人差し指で丸を作り口元まで持っていく仕草をする。それ、今したらちょっと意識しちゃうから、下ネタに感じちゃうから。
けれども、まぁ、たしかに俺の中に愚痴りたいという感情は無いといえば嘘になる。
「でもお前、明日もあるだろう」
そんな気持ちも、明日があるという理由で押さえつける。だって飲み潰れて翌日遅刻したなんて何言われるかわからんし、なにより教鞭をふるう立場でそんな無責任なことはできかねる。
「一杯だけ!一杯だけです!」
それでも食いついてくる一色。
「お前なぁ、それは漫画でよくある『先っぽだけだからさぁ!』って言って結局最後までやっちゃうやつだから、何をとは言わんが」
と、信用できない言葉トップスリーに入るものを例に用いる。
だが、例えが例え、横からは冷たい目線を感じる。
「先輩それドン引きです」
「ドン引きで結構。お前も新人とはいえ、教育者。しっかり責任持て」
「むぅ〜」
あざとい、あざといから。ガキの頃の青臭さが抜けてただの魅力的な女の人だから。
「なら、宅飲み……ですかね」
ドヤっと言わんばかりの腹立つ顔をする一色。どんだけ飲みたいんだ。酒豪かお前は。酒がないと生きていけないのか。
とはいえ、これ以上迫られるのは面倒くさいし、なにより時間の無駄だ。ここは諦めるのが最善だろう。
「……チューハイ一本。それだけだからな、俺もお前も」
「……!」
一色は途端と嬉しそうな顔をする。
「なら帰りにコンビニ寄りましょう!それで焼き鳥と〜柿ピーと〜」
そんなことを言いながら職員室を出て、電気を消し、戸締りをする。
というかお前どこのカイジだよ。なに?キンキンに冷えてやがるの?
と考えてる間にも、一色の行動は速く、門を閉め、もう外まで来てしまった。
「さ、行きましょう先輩」
そう言って一色は前へ歩き出す。それを二歩後ろから眺める。
いつの年かのクリスマスシーズン、こいつとこんな風に歩くことがあったなと、ふと思い出した。その時は若くて、まだ何も知らなかった。
そう、今こうして咥えている煙草の味さえも知らぬ子供だったのだ。
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- 10 : 2018/03/28(水) 01:50:24 :
- マンションの一室に成人男女が2人、酒をかわしながら駄弁っている。
まぁ酒とは言ったもののほろ酔い的な奴だが。しかも一本。
とはいえ俺も強いわけではない、頰ぐらいは熱を帯びる。
「先輩、酔ってるんですかぁ〜?」
「あ?まぁ、そりゃあ少しはな」
「ありゃ、素直ですね」
「そりゃあの頃とはちげぇし酒も少しだが入ってる。素直にもなるだろ」
なんて他愛ない会話をする。
「ところで、私も酔ってるんですよぉ〜」
「だからなんだよ」
先ほどの和気藹々としていた雰囲気とは一変し。これはまずい雰囲気だ、なんて感じてしまう。だがそれは強ち間違いでもない。胸元ははだけ、俺に数センチずつ近づいてくる。
「言っておくが、勢いに流されるほど俺は芯の弱い人間じゃない」
「ちぇ〜、やっぱり、先輩は好きな人がいるんですね。私以外に」
まずい雰囲気は切り抜けた、しかしまずい展開は避けられなかったようだ。
「ガキじゃねぇんだよ。いるわけねぇだろ」
「そうですね、なら言い方を変えます。先輩には、忘れられない人がいるんでしょう?」
胸が痛む。どうしてこんな時に雪ノ下さんの顔が浮かぶのかと。なぜ、あの2人が頭に浮かばないかと。
「ほら、辛そうな顔してますよ」
「だから、私に逃げちゃえばいいじゃないですか」
きっと彼女は自分自身が狡いと、そう思っている。もし思っていなかったとしても、俺は思っている。この場において、彼女は最低で、狡い人間だと。
俺の弱い部分を攻める。辛いなら逃げればいいと囁く小悪魔だ。
「そんなんできるかよ。誤った一夜の関係なんて、それこそ教師としての顔がたたない。平塚先生になんて怒られるか」
「……嫌なら、嫌って言ってくださいよ」
「先輩がそうやって逃げるから…!だからいつも追いかけるんですよ…?」
…知っていた。
「先輩は何にも変わっちゃいない」
…分かっている。
「悪い……」
「私だって、今も『本物』を探し続けてるんです。それが!先輩とならって!」
「……」
黙り込むことしか出来ない。なんて言えばいいのか分からない。
こんなの現国教師が聞いて呆れる。だが、何を言うべきか、するべきか、いつの日かの雪ノ下のように、分からないのだ。
「何か言ってくださいよ…」
何も言えずに、ただ俯くことしか出来ない。
だって、学生の頃のように間違えることは出来ないのだから。
「何か言ってくださいよ…!!」
彼女が立ち上がる。その目には涙を浮かべていた。
打ち明けてしまってもいいのだろうか。雪ノ下さんとのことを。
「俺は……」
声が震えている。
「俺の、忘れられない人は…」
頭がクラクラとする。足もどうやら震えているらしい。
「……雪ノ下さん、なんだよ」
そういうと、彼女は座り込み
「先輩が最低で、良かった」
なんて言って、止めどなく溢れる涙を気にする様子もなく、優しく俺に笑顔を向けた。
優しくも哀しそうな笑顔を。
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- 11 : 2018/03/29(木) 04:32:19 :
- 一色が泣いている。そんな側で何もできない、してやれない自分が酷く憎い。
けれども、どこか安心を感じていた。『自分はやはり最低だったのだ』と。
「俺、帰るな」
「……」
一色は黙って下を向いている。
「その、なんだ、今日は酒に勢いを任せすぎたんだ。互いにらしくないこと言いまくってたし、だから、あれだ、明日になったら忘れてるだろ」
詭弁、だろうか。もうよく分からない。よく分からないのに、これはダメだなんて根拠もないような不安感が襲ってくる。
「…や、です」
一色はポツリと呟く。
「帰るなんて、嫌です」
今度ははっきりと俺に聞こえるように言う。そして、俺の袖を弱い力ではあるが掴む。
振りほどける、振りほどいて無理やりにでも帰ればいい。だが何故それができない?
「私のことを泣かしたんですよ。思いも伝えたのに。なのに、先輩は陽乃さんが好きだって」
今だって、否定できたはずだ。昔のようにお前のことも雪ノ下さんのことも恋愛対象としては見てない、まじ俺マザーテレサなんて言って話を逸らせばいい。
なぜか呼吸が荒くなってきた。全身から汗が噴き出し、視界も狭くなる。
「…先輩?」
隣で後輩が心配をしている。だが、状態は酷くなる一方だ。肺が締め付けられ、ついには息がし辛くなってきた。
腕をついて、四つん這いの状態になる。ダメだ。
「どうしたんですか!?先輩!!」
「……あ、ぁあ心配ぃんねぇ」
なんとか心配はかけさせまいと声を絞り出す。が、思うように出せない。
「大丈夫なわけないですよ!!今救急車呼びます…」
「ぉ前に、ゎ、ゎりぃ、か、ら」
ダメだ。視界がとうとう暗くなってきて、手足の感覚が麻痺してきた。
そうして、一色の声だけを聞いて、意識は遠のいていった。
********************
「知らない天井だ」
目を覚ますと、白い景色が広がっている。そして鼻腔を刺激するのはあの独特な病院の臭い。
横目で状況を確認しようとするとどうやら人影が3つ。
左に1人、右に2人。
とりあえず体を起こし、時間を確認する。長身が6、短針が9を指している。
「6時50分!!?」
やばい、出勤だ。だから昨日飲みたくないって言ったんだ!あーくそ!
「あ、比企谷くん、おはよう」
眠そうに目を擦るのは雪ノ下さんだった。
「なんであんたここにいるんですか。というかそもそもなんで俺病院にいるんだよ」
今頃になって疑問に思うし、雪ノ下さんがいるのはもっと謎だ。
「そりゃあ昨日の夜に比企谷君が倒れたーなんて連絡がきたから」
「…俺が倒れた?」
そう言って記憶の引き出しを開けていく。昨日は一色と飲んで、ちょっとイザコザがあっ…て。
「……思い出しました。ご迷惑かけました」
「ほんとだよ。君はいつまでたっても手のかかる生徒だ。そういうことで、私は一色を連れて出勤するとしよう」
「さ、起きたまえ、一色」
雪ノ下さんの横は平塚先生だったらしく、目覚めが良いのか、眠そうな素振りもない。
「なら俺も…」
「君が来れるわけないだろう、大馬鹿者。1日はジッとしておけ」
そう言って平塚先生は一色をおぶり、出て行った。
「じゃあ比企谷君、何があったのか教えて?」
そう言って俺の顔を覗き込む。
柄にもなく、心配なんて色をチラつかせながら。
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- 12 : 2018/04/01(日) 06:22:19 :
- 「何があったか…ですか」
そう言って俯く。だって何があったなんて偶発的な言い方はずるいではないか。たしかに俺の発作らしきものは偶発的なものだ。けれども、そこへ導いたのは俺自身。
ならば悪いのは俺ではないか?
「ほら、俯かない。下ばっか向いてちゃ、また目が腐った魚みたいになるかもよ」
そう言って俺の顔を前へと上げてくれる。
「優しいんですね」
「魔王だって、病人にぐらいは優しくするよ」
そう皮肉って彼女は笑った。
「何があった、いや、何を起こしてしまったか、でしたね」
雪ノ下さんの表情が少し真剣みを帯びた。それが何故か嬉しい。
「一色と、つい出来心で酒を飲んだんです。それで、俺、こんな最低だからあいつの気持ちにずっと気付いてて、やれなくて」
「いや、気付いてないフリをしてしまってて、それでも、気付かされました。気づかざるを得なくなりました。それでも逃げました」
きっと、今の自分は少し、苦しそうに笑っている。ほんとは悲しくて、苦しいはずなのに、なぜか喜んでいる。
「それはなぜか聞いてもいい?」
「どうでしょう、自分でもわからないです」
「けど、あなたの顔が浮かんだんですよ」
その瞬間、雪ノ下さんの顔が少しだけ紅潮する。
「あ、いや、その、そういうことじゃなくてですね…」
「うん、年甲斐もなく照れちゃってごめんね?」
「いや、その、俺もなんつーか照れるというか」
自分の無意識に言ったことを少しずつ理解してしまって、なんだか恥ずかしい。
けれど、この表現しきれない感情は、伝えたい。
「けど、きっと今の俺はアンタがきっと」
だって、それが本物のような気がするから。
たしかに正しい道ではなかった。けっして褒められるようなものでもなかった。むしろ、非難されるものだろう。こんな歪な感情の形は。
それでも俺は彼女が……
「比企谷くん、それはきっとまだ言っちゃダメだよ」
「だって、まだやるべきことがあるでしょう?」
「私はいつだって待ってるからさ」
そう言って、彼女は俺の頰を優しく撫でた。
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- 13 : 2018/05/04(金) 01:21:07 :
- やるべきこと、それが何なのか俺には大体見当がついている。
「ってのにこんなガキみたいに悩んで、俺は一体なんなんだよ……」
そんなことを考えているとガラッとドアの開く音がした。まぁ病院だから絶対誰かは入ってる来るんだが。
「やっほー、お兄ちゃん」
と、入ってきたのは小町だった。
「久し振りだな。兄妹でこんなこと言うのもあれだが」
「ほんとに、ごみぃちゃん全然実家に帰ってこないんだから」
「帰りたいのは山々だったんだがな、教師っつーのも案外忙しくて」
「……で、倒れたわけだ」
「まぁな」
そう呟くと、小町がこちらに近づいてきて、側にある椅子にどかっと腰をかける。
「で、何があったのか話してみそ」
「なんもねーよ……って言うほどガキでもねぇ。正直に吐くわ」
「素直でよろしい」
そうして小町に話す。高校卒業してから今までのこと。陽乃さんや、一色についてのこと。
そして、俺が何を思って、どう決断しようとしているのか、すべてを小町に話した。
「なるほどねー…まぁ小町は?戸塚さんとラブラブ新婚生活送ってますし?余計なことに首突っ込みたくないんですけどー」
「おい、兄妹だろ」
「だから、ちょっとはアドバイスしたげる」
「いい?小町的にはそりゃ結衣さんや雪乃さん、いろはさんと付き合ってそのまま生涯を寄り添って生きて欲しかったけど」
「おい、お前」
「だから聞きなって。それでまぁお兄ちゃんが幸せなら小町はそれでいいの。必ずしも雪乃さんや結衣さんを選ぶことが幸せかどうかもわかんないしね」
「そうか」
「けどね、忘れないで欲しいのは、一番大事なことだけは守り抜いて」
「……ありがとうな」
「どういたしまして」
「ほんと、危うく惚れそうになったわ」
「お?兄妹で浮気関係になっちゃう?」
「まぁ、それもいいかもしんねぇけど…」
「けど、俺はやっぱり、歪だけど、一番大事なことがあるから」
「そっか」
そう言うと、小町の顔はどこか晴れ晴れしていた。そんな妹の顔を見れるのも兄貴の幸せってもんか。こいつとは腐っても兄妹だからな。
「あ、これ彩加さんからのお見舞い、なんでも『八幡、甘いもの好きだったから』らしいよ」
「若干似てるんだよなぁ、で、桃か。ありがたいな。戸塚にもよろしく伝えといてくれ」
「うん、じゃあね。お兄ちゃんは相変わらずだったって伝えとくよ」
「おう、あと早く甥の顔が見たい。もう戸塚とお前の子ならウェルカムだからな」
「うるさいよ!ほんっとに!ばか!……そのうちにするから///」
「おうおう、惚気はよそでやっとくれ」
「そうするつもり、じゃね、うまくやりなよ」
そう言って小町は病室から出ていった。
こんなんで勇気付けられるんだから、兄貴って単純だ。
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