最後の暗殺
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- 1 : 2017/07/24(月) 00:40:37 :
- V3のネタバレ有り。
春川さんメインです。通信簿の内容をほんの少しだけ改変してます(雀の涙くらい)
٩( ᐛ )و
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- 2 : 2017/07/24(月) 00:43:09 :
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私の親は、私が物心つく前に誰かに殺された。感情が芽生えた頃には既に孤児院で生活していた。
孤児院で、親友と呼べる少女と邂逅した。彼女は優しくて、泣き虫で、寂しがり屋で、そのくせ強がりで、他の孤児達からも好かれていた。
「魔姫ちゃん!今日は何して遊ぶ?」
いつものように、あの子は笑顔を振りまきながら話しかけて来る。
「じゃあ、おままごとしよう」
「やったぁ!おままごと大好き!」
より一層笑う彼女を前に、私の頰も緩む。
彼女との思い出は私の全てだった。壊したくない、壊されたくない、かけがえのない宝物だった。
一緒にお菓子を作って交換する日もあれば、お揃いの服を着て出かける日もあった。まだ短い私の人生の中でも一番、”幸せ”を実感出来る時間だった。
夜になると、毎日のように布団に潜り込んではお喋りをしていた。最後は先生が来て「早く寝なさい!」と叱られるのがお決まりだった。
その日も、いつものように親友とベッドに寝転がって話をしていた。
「ねぇ、魔姫ちゃんは大きくなったら何になりたい?」
「うーん…まだハッキリとは決めてないけど、保育士とか?」
「保育士かぁ、魔姫ちゃんらしいじゃん!因みに私はね、たくさんの困ってる人を助けたい!」
具体的にどんな夢なのか分からなかったが、誰かを助けたいという願いは彼女らしいと思った。
直後、見回りに来た先生に見つかり、定番のお説教と共に夜の雑談は幕を閉じた。
ゴフェル計画 被験者情報⑫
春川 魔姫
幼少期に親を亡くし、孤児院で過ごす
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- 3 : 2017/07/24(月) 00:47:54 :
入所してからちょうど三年が経ったある肌寒い冬の日。
節分という事で豆まきをし終え、片付けに取り掛かろうという時に先生に職員室に呼び出された。
向かう先には親友 の姿もあった。どうやら呼び出し人は彼女らしい。
「ごめんね、いきなり呼び出して」
「別に大丈夫だけど、何か用?」
「あのさ、魔姫ちゃんってパパとママが……その、居ないから誕生日が分からないんだよね?」
コクンと頷く。私の親が誕生日すら教えずにこの世を去ったのは事実だ。
「それで三年前の今日、2月2日にここに来たでしょ?だから2月2日を魔姫ちゃんの誕生日にしない?」
「え?」
「私も良いと思うけど、どうだい?」
あの子に続いて先生も賛同する。温かい提案に喜び抑えられないままに返事をする。
「ありがとう……みんな」
2月2日、この日は私にとって最も大切な一日となった。
ゴフェル計画 被験者情報⑫
春川 魔姫
誕生日 2月2日
幼少期に親を亡くし、孤児院で過ごす
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- 4 : 2017/07/24(月) 00:52:26 :
幸福な日々はいつだって簡単に崩れ落ちる。転機 はある日、突然訪れた。
黒いスーツを着込んだ、年配の男が孤児院の老朽化した扉を開く。見慣れぬ来訪者は私たちを一瞥してから、先生方と共に奥の部屋へ入って行った。
「誰だったんだろうね。あのおじさん」
「別に、気にしなくていいんじゃない?」
お客さんが来ることなど滅多に無いからみんな浮き足立っていたが、特に私には関わりのない事だと思っていた。
おじさんが孤児院へ来てから二時間ほど経った頃、積み木で遊んでいた私たちの側に蜂が舞い込んで来た。
「うわっ、蜂だ!」
「危ない!」
狼狽える子もいれば、既に別の部屋に退避している子もいる。当然ながら、みんな逃げることで精一杯だった。
「みんな下がってて、私が追っ払うから!」
そんな中、たった一人で立ち向かう私の親友。近くに落ちていた積み木を拾い上げると、勢いよく投げ飛ばす。
ブーンと音を立てて飛んでいた蜂は積み木と衝突し、幸運にもそのまま窓の外へと逃げていった。
ふぅ、とため息を吐いたのも束の間、彼女はみんなの方へ振り向き「刺されてない?」と心配そうな顔をして尋ねてくる。
「お姉ちゃんが追っ払ってくれたからへーきだよ!」
みんな笑顔でそう答える。呼応するようにあの子もはにかんだ笑顔を見せる。
「魔姫ちゃんも、刺されてない?」
「うん、あんたのお陰だよ。ありがと」
「良かった、誰も怪我しなくて」
安堵の表情を浮かべながら、彼女は投げた積み木を取りに行くと言って走り出した。その後ろ姿を見つめながら、そっと呟く。
「本当に凄いよ…あんたは」
それは羨望と尊敬と、それから少しばかりの嫉妬が混じった言葉だった。
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- 5 : 2017/07/24(月) 01:01:05 :
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お手洗いに行く為には、職員室の前を通る必要がある。いつもは気にも留めない室内の会話が、今日は何故か気になった。
ドアの隙間から中の様子を覗き込む。そこには先生たちと例のおじさんが話し合う光景があった。
「それで、目ぼしい子は居ましたか?」
「ええ、この子ですね」
おじさんは一枚の書類を取り上げ、先生方に回す。
「さっき、蜂に目掛けて積み木を投げてた子です。彼女は行動力、身体能力共に素質がある」
そこに写っていたのは、紛れもなく私の親友の写真だった。
「なるほど。彼女は他の孤児たちからも慕われてますし、寂しくなりますね…」
「ええ、恐らくもうこの孤児院の子たちとはお別れでしょうね」
“お別れ”。その言葉を聞いた瞬間、いてもたってもいられずに職員室の扉を思い切り蹴破る。先生方の視線を受けながら、私はおじさんの元へと駆け寄った。
「ちょっと待って!お別れってどういう事?」
突然の事態に誰もが唖然とする中、おじさんは私をまっすぐに見据え続けていた。
「……聞いていたのか。残念だが、今日中に一人、孤児を引き取らなければならないんだ」
「引き取るって、あの子を……その写真の女の子を?」
「ああ。残念だがこれは決定事項だ」
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- 6 : 2017/07/24(月) 01:08:14 :
「そんな……」
──あの子は強い。でも知らない人に知らない場所に連れて行かれたら、泣いて、苦しんで、そしていつか壊れるだろう。
なら、私に出来ることは?
おじさんを追い返す?説得する?彼女を連れて何処かへ逃げる?
否、どれもダメだ。成功の兆しが見えないものばかり。
私を護ってくれたあの子を、今度は私が護りたい。
自分が犠牲になってでも、彼女の平穏を護りぬく。
ならば、“私に出来ること”は一つしかない。
「だったら、その子じゃなくて私を連れて行ってよ。それならいいでしょ」
”私に出来ること”は、彼女の代わりになること。
「君が?」
男は腕を組み、なおも私を凝視する。品定めでもしているかのように。
「魔姫ちゃん!勝手に職員室に入っちゃダメでしょう!ドアも壊してるし…」
「…………魔姫?」
大慌てで駆け寄り今更注意を促す先生には目もくれず、睨み合う私とおじさん。
だが相手の目からは、今までとは何か違う、期待のような眼差しが僅かに感じられた。
「すみません。ご迷惑をお掛けして……」
「いえ、大丈夫です」
先生から私に目線を戻し、次に足元を見る。
「春川……名前は春川魔姫で合ってるかい?」
「う、うん。でも何で……」
何で苗字まで知ってるの?そう口を開きかけて、自分の上靴には『春川』と記されている事を思い出した。
「それで、この子の代わりに君が行きたいって?」
親友の顔写真をヒラヒラとさせながら尋ねてくる。私は首を縦に振って同意を示した。
永遠にも思える、一瞬の沈黙。静寂を破ったのはおじさんの一声。
「分かった。では君を連れて行こう」
「なっ、そんな簡単に変更して宜しいのですか?」
やたらと大袈裟に驚く先生におじさんは
笑って答える。
「ご心配には及びません。この子も老朽化しているとはいえ、扉を破壊するほどの力を持っている。鍛えれば満足のいくものに仕上がるでしょう」
「……分かりました。魔姫ちゃん、本当に良いんだね?」
「うん。もう何言われようと、この選択だけは曲げない」
最後にあの子を護ることが出来たと思えば、悔いはない。彼女がもたらす笑顔は、この孤児院に必要なものだから。
「分かった。今日の夜にはここを出るから、準備しておいてくれ」
おじさんはそう告げると職員室から消えるように出て行った。
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- 7 : 2017/07/24(月) 01:14:29 :
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覚悟を決めたとはいえ、この夕食が私のここでの最後の晩餐なのだと思うと、寂しさが込み上げてくる。
隣でハンバーグを頬張る大切な親友との時間も、これで最後なのだから。
「ねぇ、なんで泣いてるの?」
真横から声がした。もちろんあの子の声だ。
「泣いてる?私が…?」
「うん。魔姫ちゃん、何か悩み事とか無い?私で良ければ相談に乗るよ?」
悩み事は無い。でも、最後に話したいことはあった。
「分かった。じゃあ食べ終わったらすぐに玄関に来て。伝えたいことがあるから」
泣いたままさよならなんて、嫌だから 。
孤児院の玄関前──
外からひんやりとした風が吹いており、冷たい空気が肌を刺す。
「それで、私に伝えたいことって何?」
「うん、あのね……」
私は、ここから去ることを伝えた。全て自分の意思で決めたことも。
でも、「本当は貴女が連れて行かれるはずだった」とは言えなかった。それを知れば、あの子はきっと自責の念に駆られるから。
「そっか。魔姫ちゃんが居なくなると、寂しくなるね……」
「……ごめん」
「謝らないでよ。魔姫ちゃんが決めた道なら、私はそれを尊重するから」
”尊重”という言葉は、その頃の私はまだ知らなかった。でも少しだけ穏やかな気持ちになれた。
気づけば、私の目からは涙が溢れていた。
「また泣いちゃって、お別れの時くらい笑顔を見せてよ。ね?」
頰を拭い、あの子を真っ直ぐに見つめる。
「永遠のお別れじゃないよ。いつか、また逢えるから……だから、それまで元気でいてね」
「うん、もちろん!またいつか絶対に逢える。この世に不可能なことなんて無いんだからね!」
笑顔で親友との契りを交わす。“不可能なんて無い”、その言葉はしっかりと私の胸に焼き付いた。
「魔姫ちゃん。私と友達になってくれて、ありがとね!」
最後まであの子は曇りのない笑顔で見送ってくれた。
「またどこかで逢えるよね?」
おじさんと私しか乗っていない軽自動車の中で、ボソリと呟いた。
ゴフェル計画 被験者情報⑫
春川 魔姫
誕生日 2月2日
幼少期に親を亡くし、孤児院で過ごす
12歳の頃、暗殺組織に加入する
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- 8 : 2017/07/24(月) 01:22:43 :
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固く冷たい、寂しげな部屋で目を醒ました。
改めてもう孤児院の温かい布団で 眠ることは叶わないのだと認識させられた。
可笑しな話だが、まだ私はここで何をされるのかをまだ知らされていない。
昨晩、おじさんに朝の8時までに食事を済ませて外に出ろとだけ言われた。
それに従って時間通りに施設の外へと歩み出る。可愛らしい雀の鳴き声が鼓膜に触れて心地いい。
「来たか。おはよう」
おじさんは建物の外、遊具が立ち並ぶ公園の中央で仁王立ちしていた。
「おはよう。ねぇ、これから私はここで何をすればいいの?」
そう言い放った瞬間、何故か私は組み伏せられた。相手はもちろん、おじさんだ。
「お前には暗殺者になる為に訓練を受けてもらう。少なくともこんな老いぼれくらい簡単に殺せるようにはなって貰うぞ」
突然に出来事に理解が追い付かず茫然とした。
“殺す”だとか、“暗殺者”だとか、今までの私の日常とはかけ離れた悍ましい単語がいとも簡単に発せられたのだから。
いや、もうここは私の常識が通用しない世界なのだろう。
「俺がいる限り、逃げられるとは思わない方がいいぞ」
彼は冷たく言い放つ。その目は、人を何人も殺して来たかのようにひどく濁っていた。
でも逃げるつもりなんてない。これは、私が決めた道だから。
その日から、訓練が始まった。
暗殺者になるため の訓練が。
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- 9 : 2017/07/24(月) 01:30:46 :
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最初の訓練は、意外にも簡単なものだった。
基礎体力をつけるために徹底的に筋トレや走り込みを繰り返す毎日。
半年経てば、苦でもなくなった。
一年後には、刀や銃器などの暗殺道具を使いこなす為の訓練も始まったが、それも難なくこなす。
「やはりお前には素質がある。ということで、今日から武器の演習と並行してもう一つ訓練を受けてもらう」
「もう一つって何するの?」
「やれば分かる。付いて来い」
建物へと向かうおじさんの背中を見ながら、フン、とわざとらしく鼻を鳴らして抵抗を示す。暗殺の素質などこちらから願い下げだ。
昼食と暫しの休息を済ませると、窓一つない密閉された部屋へと導かれた。
「今日から、ここで拷問に耐える訓練を行ってもらう」
まだ12歳の私には、“拷問”という言葉は縁もゆかりも無かった。
そして今までの訓練を軽々とこなせていたからこそ、私はなんだって出来るのだと勘違いしていた。
だからこそ、あの語るのも忍びない地獄の訓練を警戒もせずに受けてしまった。
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- 10 : 2017/07/24(月) 01:39:43 :
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気が付けば、私は部屋で倒れていた。近くに『本日の訓練は終了』という書き置きがあった。
記憶が抜け落ちているのはもちろん、拷問に耐える訓練の影響だ。
形容しがたい痛みが、苦しみが、今もなお私の身体にこべりついている。
限界が来ようとも、血で前が見えなくなろうとも、おじさんは逃げることを許さなかった。
訓練が終わる前に私の意識は落ち、瞬間移動したかのように自室で仰向けになっている。
普通の人間が一生のうちに負うレベルの痛みを、僅か数時間で叩き込まれるような苦痛。
痣だらけの手足は痛みでロクに動かず、目からは涙が堰を切ったように溢れ出てくる。
「もう、嫌だよ……」
誰も居ない部屋で、真っ白な天井を見つめてそう呟く。
だが、あの子がこんな目に遭わなくて良かった。苦しみを背負うのは私で良い。優しいあの子が暗殺の道へ進むのは耐え難い。
彼女は、元気でやっているだろうか。
「……もう一度会うと約束したんだから。こんな所で朽ち果ててるようじゃ、あの子に顔向けできない」
燃え上がるような痛みを堪えながら立ち上がる。その勇気を与えてくれたのは、またも親友の存在だった。
ゴフェル計画 被験者情報⑫
春川 魔姫
誕生日 2月2日
幼少期に親を亡くし、孤児院で過ごす
12歳の頃、暗殺組織に加入する
身体の節々に傷や痣があり、拷問に耐える訓練などを行なっていた事が分かる
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- 11 : 2017/07/25(火) 00:14:47 :
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14歳、普通の家庭で育っていれば中学生活を謳歌しているであろう年頃に、私は鞄の中に隠したナイフをじっと見つめていた。
これから私の初任務が始まる。初の暗殺が。
殺りたいとなんて微塵も思っていない。しかもターゲットは何の罪もない、ある有名なテニス選手の恋人。
何故彼女が狙われるのか、そんな事部外者の私には教えられない。暗殺者はただ殺すだけだから。
今から人を殺すのだと考えると、思わず身震いする。
それでも、運命の刻限はやって来る。
決行場所 となったのは恋人 が居るトレーニング施設へ向かう途中の人気のない路地裏。
絶好の暗殺スポットだった。
おじさんの協力もあり、周りに人が来る心配は無い。
僅かに香水の匂いを漂わせる標的へ、すれ違いざまに凶器を突き刺した。
嫌な感触だった。柔らかい皮膚へと鋭い刃が食い込んで、めり込んで、削り進んで行く感覚。
声にならない悲鳴を上げながらドサッと音を立てて崩れ落ちる女性。辺りには血飛沫が飛び散り、私の服は鮮やかな血の赤に塗りつぶされる。
人を殺めた。人の人生を奪った。彼女の未来を、そしてその恋人の希望をかき消した。
罪悪感、喪失感、そして一線を超えたことによるある種の余裕が私の中に産まれた。
ゴフェル計画 被験者情報⑫
春川 魔姫
誕生日 2月2日
幼少期に親を亡くし、孤児院で過ごす
12歳の頃、暗殺組織に加入する
身体の節々に傷や痣があり、拷問に耐える訓練などを行なっていた事が分かる
14歳で初の暗殺任務をこなす。ターゲットとなったのは超高校級のテニス選手の恋人
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- 12 : 2017/07/26(水) 01:31:14 :
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静まり返った部屋の中にシャープペンの音だけが絶え間なく反芻する。
暗殺の任務がない時、私はいつも勉学に励む。
中学校生活のほとんどを暗殺の訓練に費やしていた為、学習状況は一般の学生に大きく遅れをとっている。
私が志望する勇心館高校は文武共に中途半端な、極めて普遍的な高校だ。そして何より、あの孤児院と距離が近い。
「みんなは元気でやってるのかな」
私だけが人の道から外れたアンチモラルな 世界へと足を踏み入れ、神経をすり減らしているのだと思うと、寂寥感が込み上げてくる。
結局その後、勉強に集中することは出来なかった。
高校の入学試験が迫り、会場の下見を終えた私はおじさんと暮らす宿へは戻らずに思い出の地へと赴いた。
私が元いた孤児院。外形は相変わらずボロボロだが表で遊具と戯れる無邪気な子供たちには見覚えが無い。
「そりゃそうだよね。もうあれから3年くらい経ってるんだから、私が知ってる子たちは、もう…」
「先生、ただいま!」
その声を聞いて、私は反射的に電柱の影に身を隠した。
声の主は3年前のあの日、この約束の場所で再開を誓った私の親友だった。
願っても無いチャンス、辛い訓練の合間もずっと思い続けたあの子とまた話すことが出来るのだ。
しかし私の体は金縛りにあったかのように硬直する。拷問に耐える訓練の後でも無いのに、微動だにしなかった。怯えて震える手を除いて。
怖かった。私が今まで何をしてきたのかを知られることが。
恐ろしかった。人を殺めたこの手、この身体であの子と抱き合うのが。
そして想像してしまった。殺人鬼だと私を罵り、軽蔑するあの子の姿が。
私たちが昔に築いてきた絆は、思い出は、今や風化しているのでは無いか?
そんな疑念が脳裏をよぎる。
じっと地面を這う蟻を見つめる。顔を上げられない。あの子を見てると胸が痛む。
気づけば私は走り出していた。訓練で鍛えた脚力と暗殺で培った忍び足のおかげで、音もなく孤児院の死角へと辿り着けた。
「結局、逃げちゃったな……」
私は臆病者だった。
暗殺者になったからと言って頭のネジが外れるわけでも、感情が消えるわけでも無かった。
まだ私は弱かった。
孤児院で、蜂に立ち向かう彼女の姿が想起される。彼女の勇気ある行動は私たちの命を救い、おじさん をも魅了させた。
私には勇気がなかったから、今こうして立ちすくんでいる。
「また今度、受験が終わったら来よう…」
あの子は「ただいま」と言っていたのでまだ孤児院で生活しているのだろう。
そんな言い訳を考えながら、冬の寒い雪空の下で白い溜息を吐き出した。
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- 13 : 2017/07/27(木) 00:45:12 :
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無事に高校へと進学し、勉学から解放された。また訓練と任務の日々が始まる。
入学式は滞りなく終了し、孤児院に寄るか寄らないかを決めかねていた。そんな折──
「ねぇ、春川さん。一緒に帰らない?」
いきなり声をかけられて少し驚き、後ろを振り向く。そこには派手に制服を着崩した、金髪の少女がスマートフォンを弄りながら立っていた。
「私、校門を出て右に曲がるよ」
「じゃあ同じじゃん!帰ろ帰ろ?」
流石に無視する訳にもいかず、浮かれる彼女を隣に歩かせ、帰途に着いた。
「あんた、他に帰る人いないの?」
春の木漏れ日が歩道を照らす帰り道。私は横で一緒に信号を待つ同級生にひとつ尋ねた。
「いない。多分あたしって敬遠されてるだろうし」
「え、敬遠…?」
「あたしの家、ヤクザなの。私のお父さんが組長」
仕事でマフィアと多少関わった私にとって、ヤクザなんてどうってことはなかった。
しかし身近にその関係者が居るのは予想外だった。
「あれ、あまり驚かないんだね」
「感情を出すのが苦手なだけ。人並みには驚いてるよ」
適当に誤魔化してその話題を終結させる。それより彼女に尋ねたいことがあった。
「敬遠されるって思ってるなら、なんで私を誘ったの?」
「んー、なんか春川さんは自己紹介でも必要なことしか話さない一匹狼的な印象だったし…」
「同類だから声をかけたってこと?」
「そうそう!ま、ボッチ同士仲良くしようよ」
一緒にするな、そう心の中で叫んだ。胡散臭くはあるが、その馴れ馴れしい態度にどこか懐かしみを覚えていた。
気づけば信号機は赤から青に変貌していた。
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- 14 : 2017/07/30(日) 11:31:34 :
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「春川、依頼が来たぞ」
おじさんはそう言うと食事中の私の横に標的の資料を置いた。
「……え、この人?」
目を疑った。今回のターゲットは派手に制服を着崩した金髪の少女、私のクラスメイトだった。
「お前の同級生らしいな。まあ酷な話だが、これも任務だ」
「い、嫌だよ。なんであの子が殺されなくちゃならないの?」
「末端の暗殺者にすぎないお前が知る必要はない」
おじさんは冷たく私を一蹴して部屋から出て行く。
私は音一つない小部屋で、肩から崩れ落ちた。
「……何でなの。折角出来た、理解者なのに」
彼女とは、学校ではよく話す仲になっていた。私も彼女もその他の生徒とはあまり関わらないから、お互いが拠り所となっていた。
一年にも満たないが、それなりに絆を育んだ相手が次のターゲット。
殺したくない、死なせたくない、でも私にはそれを“選ぶ”ことは出来ない。
暗殺者が出来るのは殺すことだけ。未来を変えるのではなく終わらせることしか出来ない。
理不尽な暗殺者の宿命に黄昏ながら、テーブルに置かれた食べかけの食パンをかじった。
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- 15 : 2017/08/01(火) 12:15:36 :
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決行場所は学校の近くの湖のほとり、時刻は放課後。冬休みを間近に控えており外は肌寒い。
私は朝から暗殺の準備のために学校を休んでまで忙しなく動いていた。
普段一緒に帰っている私が欠席したことにより彼女は一人で下校しており、メールで彼女をこの湖畔まで呼び出した。
「それで、何か用?というか今日学校休んでたけど大丈夫?」
湖全体を一望できる場所に設けられた椅子に腰掛け、テーブルに肘をつきながら彼女は問いかけてきた。
「お腹が痛かったけど昼過ぎには治ってた。話の前に、お茶があるから取ってくる」
そう行って踵を返し、近くの小屋の厨房へと向かう。
私の分のお茶を、先にカップに注ぐ。次に彼女のお茶、先程と同様にカップにお茶を淹れ、次にポケットからある物を取り出した。
毒薬だ。
それを零さないように、慎重に水面へ流し込む。
全ての準備が整うと、私は自分のカップを左手に、毒入りのカップを右手に彼女の元へと戻って行った。
「お待たせ」
知音の友の暗殺が始まる。
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