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ミカサ「あれはただの横溢だから」
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- 1 : 2017/04/27(木) 10:05:43 :
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満天の月が顔を覗く。切れた灰の隙間から黄色い丸が'世界'を覗いている。
天気はくもり。数多の小さな灰の塊は幾度となく太陽光を遮り、五分おきに一度暗転し、それに加えて肌を刺す寒風が吹き荒れており、中途半端な天気だから乾くものも乾かなくて、などとそんな退屈な日中だった。久しぶりに日光の重要性を噛み締めることになった一日ではあったと思う。
そんな太陽は既に木立の生えているこの山の奥へ沈んでゆき、辺りは闇に包まれている。山中というのもあるのだろうけれど、それを抜きにしても例えば、トロストや近場のシガンシナでも真っ暗なのだろうとは簡単に想像できる。空は大方灰で埋まっているが、地は黒で染まっている。以上、バルコニーから見渡した感想である。
肩部の布を引っ張って首元のワンピースの皺を消す。
雲が邪魔で天体を拝むことままならない。日中とは相反して時々その先に光る星が見えるのだが、いずれの場合もすぐに次の波が寄ってくる。つまり、まともには見れてはいないということ。
星の純度は計り知れないところがある、というのが私の哲学。きっとその先には数多もの儚い天体が浮かんでいるのだろう。昼間は認識するのは困難だけれど、夜は好き放題にぴかっと自己主張している。それを見た人は綺麗だねと言い合って笑顔を浮かべているんだろうと思う。
いつか、わたしも、あんな風に、なれたらいいなと────。
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- 2 : 2017/04/27(木) 10:06:01 :
- 「ミカサー」
「ミカサ、起きて」
「ほら。こんな所で寝てたら、風邪引くよ」
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- 3 : 2017/04/27(木) 10:06:18 :
- 肩に違和感を覚えた。私は空を見上げている。雲がスローで流れているせいだろう、星は未だに視界に映らない。顎を下ろして伸びをする。
あたりには依然として闇が蔓延している。その中には巨人と見間違えてもおかしくないほどの木立が多数並んでいる。
あたりはしんとしている。雲は鈍重ながらも流れているのに、葉が風に騒ぐことはない。虫の声は絶えてない。森の奥から細い鳴声がきこえた気がした。
数秒の間を経て、遠くからがらがらと音がする。誰なのだろう、わからない。ただ、いつの間にか闇が消えていることに気付く。その中に鎮座するように並んでいた木立もなぜか消えていた。
身体に微塵の光を感じる。肩に違和感を覚える。
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- 4 : 2017/04/27(木) 10:06:57 :
- 暖かい言動にみまわれた気がして、重苦しい瞼を開いてみる。親の顔が眼前にどんと映る。驚いてうわっと身体をびくつかせ、それで完全に眠気が吹き飛んだ。
「どうしてこんなところで寝ているの?
風邪引いてしまう前に、早く戻りな。ね?」
「うん……」
青のレース、黒の下着、青のワンピース──それは母親の服装ではなくて、カゴに入った洗濯物。洗濯しに来たのだろうということはわかり、続いてここがバルコニーだと言うことを思い出す。
顔を正当な位置に戻す。光で照らされている数多の木立は、今日も活き活きと緑の葉を開いている。
顎をあげてみる。灰は遠いところにいるのか、輪郭がはっきりとしておらず、その中心に薄く丸い枠が浮き出ている。その後、模造紙のような灰はすぐに横へ流れてゆき、丸く浮き出ていた太陽が顔を覗かせる。それにあわせたのだろうか、森の奥から鳥が鳴きながら飛び立った。
神秘的な光景を背に、顔を洗いにその場をあとにする。
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- 5 : 2017/04/27(木) 10:07:12 :
- 2
肩に違和感を覚える。私は空を見上げている。劈くような悲鳴が四方から轟く。私はその場から動けない。
心が痛い。胸が痛い。腹が痛い。肋が痛い。
巨人が笑みを浮かべた。力んだようだった。地獄に'脚'を踏み入れたハンネスさんのその中身は容器を絞ったらでてくるケチャップみたいに、それを何のためらいもなく露出してくる。目の前の事象を理解するような体力も持ち合わせていない私は、ただ呆然としていた。肩に違和感を覚えた。気が付けば、目の前から惨劇は失せていた。しぼられて滴った微塵の血の雨も水拭きされたあとの床のように綺麗さっぱりなくなっている。悲鳴ももう上がっていない。体幹がズキッと痛んだ。肩に違和感を覚える。涙が目から零れ落ちた。
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- 6 : 2017/04/27(木) 10:07:29 :
- 「おい、風邪ひくぞ?」
遠い遠い、あの時のような感覚を覚えながら、重苦しい瞼を開く。
あたりはしんとしている。先ほどまでの波乱が起きたかのさのような喧騒は嘘みたいになくなっている。ガラス越しの窓から見える外は暗く、空を見上げることは位置的に不可能だった。
あたりを見渡す。あたりはしんとしている。数多ものテーブルが並んでいるというのに、この食堂の中に私と彼以外は誰もいなかった。
一つのテーブルごとに、三人ほど座れる程度の長椅子が並んでいる。私は通路側の方に腰を下ろしているようだ。右には壁があり、左にはテーブルが並んでおり、テーブルを隔てた向こうにもまたテーブルが並んでいて、それでそのまた向こうに出入口があった。扉は閉まっていて密室だといえる。
首が外気に晒されているのを感じる。死角を突かれたような気分になる。普段はありえないこの感覚に身をよじってしまう。
テーブルがねじれ、やがて歪む。
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- 7 : 2017/04/27(木) 10:07:53 :
- 「あぁっ……」
夢は終わった。現に痛みは引いている。だというのに、落涙だけは現実に引き継がれている。
なぜだか冷たい。季節は秋だ。肌寒くてもおかしくはない。が、寒いのは心だった。何かを求めているんだ、私は。それは一体何なのだろう?誰かに問いたい。
「お、おい?どうした?」
「うぅっ……あぁぁ」
マフラーならここにあるぞ?貴方が口を開く。
今一番聞きたい声はそれだった。
手のひらで顔を包む。よりによって、なぜ今そこにいるのがあなたなんだと羞恥を感じる。こんな顔を見られたら今後どう振る舞えば良いのかわからないじゃないか。かといって他の誰かに見られるのも嫌だ。いつまでも私はわがままだ。
さっきは冷えた芯に熱が届いたような(なんと言えばいいのかがわからない)、彼を暖かく感じたのに、今は複雑な心境だった。
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- 8 : 2017/04/27(木) 10:08:12 :
- 項垂れ嗚咽する私の首に熱が籠ってゆく。マフラーが巻かれたみたいだった。優しい何かを感じた。最初の時もこんな感じだったっけ。いや、あの時は心が泣いていたか。などとどうでもよいことに意識がいく。
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- 9 : 2017/04/27(木) 10:08:27 :
- わけもわからず、堰を切ったように溢れてくる涙を必死に拭った。だけど拭えなかった雫は、顎を降ってマフラーに浄化された。
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- 10 : 2017/04/27(木) 10:08:54 :
- 足を伸ばして腰をあげた。後ろからどうしたんだ?と尋ねられる。どうもしていない。不思議な何かが私を襲っているだけだよ。気にしないでよ。……言えない。
ねえ、貴方は今どんな気持ちなの?……問えない。
横溢している何かが邪魔をする。定期的に痙攣する私の身体はリズムを刻んでいるみたいだった。
「ご、ごめん…なさい…
こんな……はず……じゃ、ないのだけど……」
上手く言葉にできそうにないのに、機械みたいに半永久的に繰り返す。振り返って彼を抱きしめたのは、あの勝利の日以来で、人生二度目の経験だった。
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- 11 : 2017/04/27(木) 10:09:15 :
- 「それと、夜更かしも良いけれど、朝はしっかり起きなさい」
「あと、その、さっきのは……内緒、だから……」
「お、おう……。なんであれから説教に繋がったのかは全然わかんねえけど……」
「もう、やだ、本当に忘れて。感極まっただけだから」
「ほんとうか?言ってなかったが、それなりに魘されてたぞ?」
「大丈夫だと思う」
「まあお前が言うならそうなんだろうけどよ……。たまには、誰か頼ってもいいんだからな?」
「……うん。そうする」
「ああ」
数秒の間を経て、再びエレンが口を開く。
「じゃあ、戻るか」
隣に座っていたエレンが席を立つ。私もそれにならった。
「そういえば、明日は宴だったよな」
「ええ、そうね」
「お前も楽しめよ」
「ええ、貴方もね」
「そうだな。まずはサシャが肉全部食う前に取り分けねえと……」
「それは私がやっておくから、明日は構わず食べていて」
「お、おう……」
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- 12 : 2017/04/27(木) 10:12:11 :
- そうだ。明日は、訓練兵団最終日なのだった。
三年前に全てが始まったのか。長いようで短く、短いようで長かった。人生の五分の一はここで過ごしたというのに、そんな大雑把な感想しか出てこない。私は案外ここに関心がないのかもしれない。
身体を動かすことは嫌いではなかったから、立体機動と対人格闘は常に意識して過ごしてきたが、まさか全てにおいてトップレベルだとは思っていなかった。私とライナー、それから彼と常に行動しているベルトルトが常に上位を独走していた感じだったか。そして次は、全てに関して手を抜いていたアニが並んで、そのあとは各々得意教科を伸ばしたものが続いてくる───そんな感じだった。
これまで、対人格闘においての上位層に女性が浮くことはなかったらしく、私(とアニ)は一部の訓練兵になにかと偏見をつけられ割れ物扱いを受けてきたけれど、それを払拭してくれたのは驚くことにアニだったのは記憶に残っている。信煙弾の講義の際、教官がこの三色で何色が好きなんだ?と一つ一ついって挙手させたことがあった。それ自体はどうでもよいのだけれど、赤が回ってきた時に、アニと私を含め二割が挙手した。教官は驚いた表情をしてアニに声をかけた。お前は赤が好きなのか?悪くないじゃないか、私も好きなんだ、と。そしてアニはこう返した。赤も好きですけれど、それ以上にピンクと薄めの青が好きですよ、と。少しざわざわとしたのが記憶にある。あいつ、喋らないくせに以外と良い趣味あるじゃねえかと男子は言い、女子は案外可愛いんだねと言っていた。教官も彼らと同じようなことを言っていた。そして、アニはふてくされた顔で口を開いたのである。「人は見た目で判断するもんじゃありません。同世代の男の子より対人格闘が強かろうと、ピンクと薄い青と赤が好きだろうと、案外中身は乙女なんですよ、これでも。……ねー、ミカサ?」
意味ありげに微笑して、同調を求めたその声は棒読みではあったけど、発言内容にはひどく同感した。「ええ、そうだと思う」と返した。教官にだからお前は赤いマフラーをしているのかと言われたが、説明する気にもなれないので適当にはぐらかしておいたのは別の話だ。とりあえず、その日から私はけむたがられることはなくなり、彼女も次第に受け入れてもらえていったのだ。その日の夕飯時、入団当初からアニと親しい関係にあったハンナは、やればできるじゃないとアニの肩に腕を回していたが、鉄仮面を外さずにてへへと照れている様を表現したアニに更に身体的接触をしていた。二人とも、楽しそうだった。やがてアニと目が合うと、目を見開き両口角をあげ最大限笑みを浮かべていたのは、恐怖でしかなかったので目をそらしてしまったという過去がある。あれ以来は一度拳を交えた以外は接触していないけれど、もっと触れ合っても悪くなったような気がした。せっかく話が合いそうな人がいたというのに、とんだ失態だ。猛省に頭を抱えてしまう。
でも、その代わり──といって良いのかは別として、多くの人と会話を弾めることができた。ハンナからミーナから、先ほどいったライナーベルトルト、それからコニー。コニーは補習に付き合っただけなので名を挙げて良いのかはわからない。多分ダメな気がしたけれど、まあ問題ないだろう。
あの時、アニはあのイスに座り、あのテーブルのあの位置に肘をついていた。今でも鮮明に覚えている。なぜだろう?わからない。
その場所は、今やもうアニの位置として定着してしまってるからだろうか。そこに座って良いのはアニだけだという謎の風潮というのか、暗黙の了解というのか、まあそういうのがまかり通っている。私は普通に座るけれど。
ただ、それをしても本人に咎められることは、ついにはなかった。
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- 13 : 2017/04/27(木) 10:12:32 :
- 扉を開け、今度こそ外気に晒される。風は冷たい。
「じゃあな、また明日」
「あ……」
「あ?」
「……」
「おいおい。言ってくんなきゃ困る」
言って頬をかく。
胸元に飛び込む。
胸板は相当硬い。
鼓動が聴こえる。
直接肌で感じる。
「……?」
「また、明日」
訓練兵 も、もう終わる。
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- 14 : 2017/04/27(木) 10:19:27 :
- 以上、五時間クオリティでした。コメ禁です。このまま保存されるかと。
閲覧ありがとうございました。
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- 15 : 2017/04/30(日) 08:15:03 :
- 二点ほど誤字がありましたので編集しておきました。このSS自体のストーリーを改変したわけではないので以前と同じようにして閲覧して頂ければ、と。
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