このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
この作品はオリジナルキャラクターを含みます。
第1章 橘の村へ
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- 1 : 2016/04/21(木) 20:15:59 :
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さっきから、ずっと同じ所を走っている気がする。
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- 2 : 2016/04/21(木) 20:30:24 :
健太は、車のハンドルを切りながらそんなことを考えていた。
またカーブだ。先程から同じような急カーブを繰り返していた。
あまりにも何回も同じようなカーブが続くので、目が回りそうなほどである。
健太はカーナビゲーションの画面を横目で見た。
進んでいることは確かなのだ。だがそんな心地がしない。
まだ昼間だというのに辺りがどんどん暗くなっていくように感じられる。生い茂る木々が日光を遮断しているのか。
小さな溜め息が漏れた。
(本当に着くんだろうな、これ)
健太は恐怖を覚え始めていた。
その不安を煽るように再び車はカーブに入る。
また一段と辺りが闇に包まれた気がした。
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- 3 : 2016/04/21(木) 20:32:17 :
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(前作→http://www.ssnote.net/archives/45329)
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- 4 : 2016/04/21(木) 20:40:58 :
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「これ、確かに進んでるのか?」
助手席の隆平も健太と同じことを考えていた様だ。
不安げな声音で、健太に問い掛ける。
またカーブが見えてきた。健太はただ無言で顔をしかめる。
「なぁ、健太。進んでるんだよな?」
「ちょっと静かにしてくれ佐藤。カーナビを見ろ、確実に進んではいるんだ。それに──また、カーブだから」
再び問い掛けた隆平を窘めると、健太は勢いよくハンドルを切る。
今回は今までとは違いかなり大きな曲がり道だ。
健太は集中する。
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- 5 : 2016/04/21(木) 21:53:49 :
──何とかカーブを乗り越えた先には、まっすぐな広い道が開けていた。
大樹の枝々が絡まり合い、そこから日光があちこちに差し込んでいる。風が吹くと葉が揺れて光も揺れる。息の合ったダンスの様に。
何とも幻想的な雰囲気を醸し出している。そこに先程までの不気味に感じる様なものは無かった。
ポンと音が鳴り、カーナビゲーションの無機質な音声が再生される。
『およそ1km先、目的地周辺です』
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- 6 : 2016/04/21(木) 22:04:00 :
「おお、ここをまっすぐ行くだけで村の入口が見えてくるみたいだぞ!良かった。それにしても綺麗だな、ここは」
安堵の表情を浮かべて隆平がそう言った。
健太も強張っていた体が少し楽になるのを感じた。不思議な道だ。まるで村と村の外の世界との掛橋の様な一本道だった。
車を道なりに進ませながら、健太は隆平に話し掛ける。
「なぁ佐藤。俺たちがここに来た目的」
隆平は咄嗟に健太の方を振り向く。健太は少し間を置いて続ける。
「忘れてないよな」
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- 7 : 2016/04/22(金) 18:00:54 :
「まさか。忘れるわけねぇよ」
隆平は苦笑して窓の外に視線を移す。
「人知を超えた、“超生物”の調査。化け物の駆除」
健太は隆平の言葉に頷く。
国の衛兵部隊に属している健太と隆平は凶悪犯や暴力団の類を相手にしたことはある。
だが今回は相手が違う。
人外、ましてや未知の超生命体である。
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- 8 : 2016/04/22(金) 18:21:48 :
目撃した同僚曰く、『戦闘中はとにかく速く目視が不可能。』
相対した先輩曰く、『気迫だけで味方の手や足が飛んだ。』
他にも様々な証言やカメラの映像から、化け物の容姿や能力は大方明らかになっている。
だが、それでもまだまだ未知数な点は多い。
そもそも逃げることすらできない速さで追って来るらしいので会ったら最後と考えるのが良いそうだ。
この任務、生きて帰れる気がしない。
「でもよ、健太」
健太がそんなことを考えていると隆平がまた話し掛けてきた。
「今回、俺たちは戦う必要は無い。そうだよな」
健太は再び頷き返した。
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- 9 : 2016/04/22(金) 19:59:03 :
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「俺たちはあくまで伝達係。目標を発見したら本部へ連絡する、それだけで良い」
本部には精鋭中の精鋭が集っている。
それこそ化け物のような者たちばかりだ。
彼らなら超生物だろうと何だろうと討伐してしまいそうな気がする。
「本当にこの村にいるのかな」
「さぁな。それについては俺も確証は無い。だけど、あれだけ有力な証言を貰ったんだ。調査しないわけにはいかないだろう」
健太は言いながら本部での今回の件に関する会話を思い出していた。
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- 10 : 2016/04/22(金) 20:04:15 :
───前日
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- 11 : 2016/04/23(土) 18:23:20 :
「橘村…」
健太が呟いた。
健太は隆平と共に本部の一室でソファに座り話を聞いていた。
向かい側のソファに腰掛けた大柄の男が健太の呟きに頷く。
「そうだ。この本部から車で2、3時間くらいかかるだろうか。山奥にポツリとその村は存在する」
「郷先輩は来ないのですか」
郷、と隆平に呼ばれたその男は再び頷きを返す。
「悪いが別件で最初からそちらには同行できない。ただ、緊急を要する事態が起こった場合俺は部下を率いてそちらへ駆け付ける」
「緊急を要する事態」
健太が反芻する。
郷は健太を見据えて言う。
「例の化け物と遭遇した場合だ」
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- 12 : 2016/04/23(土) 18:37:59 :
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「化け物……」
その例の化け物とやらは、先月首都都心部で起こった事件で、自分たちの存在を世にしらしめた。
首都都心無差別大量惨殺事件。
被害者の殆どは体をバラバラに切り刻まれ、無残な姿で息絶えた。
若い女性、サラリーマンの男性、通学途中の男の子……その他大勢の人々が文字通り無差別に殺されたのだ。
加害者は何と小学生の女の子という今までに例を見ない事態。しかも未だに逃走を続けている。
デマだろうという声も上がっているが、事件当時の証拠映像や目撃証言も多い上に──
上層部をはじめとする衛兵部隊がその姿をしかとその目で確認している。
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- 13 : 2016/04/23(土) 18:49:55 :
その機会が訪れたのは、事件から僅か2日後のことだった。
犯人と思われる少女が、都心から少し離れた住宅街に潜んでいる所を発見された。
警備兵や衛兵がすぐさま現場へ駆け付け、総力を挙げて彼女と死闘を繰り広げた。
多大な被害が出た。
それでも最後には犯人が倒れた。長期戦で体力を使い果たしたらしく力無く地面に崩れ落ちたという。
少女は捕らえられ、すぐに検査に入ることとなった。しかし目を覚ますと手当たり次第に周囲の人々を惨殺し始めた。
──ついには衛兵部隊の手にも負えなくなり、少女は獄に入れられた。
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- 14 : 2016/04/23(土) 19:28:56 :
だがここからが恐ろしい展開となった。
少女が投獄された2日後のことだった。
少女が脱走したのである。
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- 15 : 2016/04/23(土) 20:26:27 :
脱走には共犯者がおり、そちらも小学生ぐらいの少女であるという。共犯者の外見や容姿の特徴は、当時顔面を隠していたために残念ながら分かっていない。
こうして、化け物は再び世に放たれ、逃走しているのだ。
今となっては賞金まで掛けて、全国中で捜索が行われている。
だが、再捕獲には至っていない。
犯人の容姿の特徴としては、腰まで伸びた青い長髪に2本の角の生えた頭部、身長149cmほどということが判明している。
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- 16 : 2016/04/24(日) 08:51:37 :
共犯者の存在が確認されたことで、化け物が世に複数存在しているのではないかという説が信憑性を増した。
そのため、今、全国では惨殺事件の犯人捜しと同時に、犯人以外にも存在すると思われる複数の化け物捜しが行われている。
化け物の数の規模は分からない。惨殺事件の犯人と、その脱獄の手助けを行った共犯者、この2人だけであるかも知れない。
もしくは数十、数百──いや、数千の化け物が、この世に存在しているかも知れない。
人間界に紛れて、普通に生活しているかも知れないのだ。
疑念と不安が渦巻く中、はっきりとした情報は何も無いまま、この大捜索は始まったのだった。
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- 17 : 2016/04/24(日) 08:57:15 :
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捜索隊が全国各地へ派遣され、健太たち衛兵の間では特別班が結成された。
右も左も分からないままでの捜索では、当然、成果は上がることは無く──
だがそこへ、有力な情報が飛び込んで来たのである。
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- 18 : 2016/04/24(日) 09:02:43 :
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それは1つの証言だった。
情報提供者は、1人の若い男性だった。
男性は言った。
『山奥の村に、不思議な親子が引っ越して行ったのを──5、6年前でしょうか──それぐらいの時に、僕がこの目で見ています』
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- 19 : 2016/04/24(日) 09:10:20 :
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男性の詳しい証言によると、その親子は当時、母親とその子供の2人で、男性の家の隣の小さな一軒家に住んでいたという。
今はそこは空き家となっている、とのことだが──
当時、男性はその2人の挙動不審な行動を度々確認していたらしく──
『外出する所を見たり、たまたま庭先で姿を見たりしたのですが、常に辺りを見回して不安そうにしていました。それと、赤ん坊がいたようなのですが──いつも必ず頭にはフードを被せていて、目元まで隠されていました』
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- 20 : 2016/04/24(日) 09:22:58 :
フードを被せて頭を隠していた、とするならば、例の化け物の大きな特徴である、頭部の2本の角を隠すための工作である、と考えられる。
更に。男性は、親である女性と一度だけ会話をしたことがあると語った。
それは、親の女性が庭先で赤ん坊に歌を歌って聞かせていた所だった。男性はその美しい声に惹かれるようにして、彼女たちの前に立っていたという。
『綺麗な歌声ですね』
女性は、そう声を掛けられるまで男性がすぐ側まで来ていることに気付いていなかったようだった。
その声にハッと顔を上げると、一瞬怯えるような表情を浮かべたが、男性が悪意を持って近付いて来たわけでは無い、と察したらしく──
すぐに表情を緩めて男性に話し掛けて来た。
『──いえ、そんな。聞かれていただなんて……お恥ずかしい』
『いいや、本当に綺麗な歌声だ。もっと、聞かせて下さい』
男性は、自分でも知らない内に、そう、頼み込んでいた。
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- 21 : 2016/04/25(月) 19:13:44 :
女性は少し躊躇ったようだったが、小さく咳ばらいをすると、男性に微かな笑顔を向けて言った。
『……こんな私の歌声で良いならば、聞いて下さる?』
『是非』
女性は、抱き抱えた娘に視線を落として──
そっと、歌い始めた──
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- 22 : 2016/04/25(月) 21:41:58 :
飛び立てよ
飛び立てよ
遠く静かなあの場所へ
自由の羽で空を打ち
光溢れる故郷へ
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- 23 : 2016/04/25(月) 21:43:08 :
光が呼び掛ける
あなたの帰りを待っていると
今はただその時まで
静かに眠れよ我が子
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- 24 : 2016/04/25(月) 21:44:01 :
ただ 静かに眠れよ──
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- 25 : 2016/04/25(月) 21:53:31 :
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歌い終わった女性がゆっくりと顔を上げると、
赤ん坊は静かに寝息を立てていたという。
男性はその時、フードの隙間からその寝顔を見た。
『とても幸せそうな寝顔でした。僕も眠ってしまいそうな歌声だったから、あの子にとってはさぞ心地好かったのでしょうね』
男性はその時の様子をそう語った。
──男性は女性に何度も礼を言い、その歌を褒めたたえた。
女性は、その後に、男性にもう一つ話をしたという。
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- 26 : 2016/04/25(月) 22:01:05 :
『この歌は私が考えたものなんです』
『そうなのですか。本当に凄い』
『ありがとうございます。あなたはとても優しい人ですね』
『いえ。そんなことは』
『私のことをそんなにも褒めて下さる』
『だって。本当に、天使の歌声を聞いたようでしたから』
『天使、ですか』
女性は少し表情を曇らせたように見えた。
『あ、あの。ごめんなさい、お気に障りましたか』
『いえいえ。あなたが謝ることでは』
女性は、一息置くと、遠くを見つめるような目をして話し始めた。
『実は私とこの子は、もうすぐ此処を離れます』
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- 27 : 2016/04/25(月) 22:42:44 :
- 期待!
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- 28 : 2016/04/25(月) 22:46:31 :
- >>27
ありがとうございます。
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- 29 : 2016/04/26(火) 20:11:37 :
『此処を離れる』
『はい』
『引っ越し、ということでしょうか』
『そうです』
『どちらまで』
『具体的な地名は言えません。そんなに遠くへは行けないから、とりあえず山奥にある小さな村でも見付けてそこで静かに暮らそうと思っています』
『なるほど』
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- 30 : 2016/04/26(火) 20:26:42 :
『…私は、探していたんです』
『え?』
女性は男性の目を見つめる。
『優しい人を』
『優しい人?』
女性は頷く。
『例えば、貴方の様な』
『…僕はそんなのじゃ』
女性は首を振る。
『貴方は優しい人。こんな私の歌声を、綺麗だと言ってくれた』
女性はどこか遠くを見つめる様な目で続ける。
『結局、私とこの子をそっと包み込んでくれるような優しい人はいなかった。ずっと、探していたけれど。やはり私とこの子は此処にいるべきではないの』
男性は女性の言葉の意味が分からず困惑した。
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- 31 : 2016/04/26(火) 20:44:21 :
『一概に優しい人と言われても難しい』
『そう、ですよね』
女性は苦笑した。
『──私たちにはちゃんと帰るべき場所があります。それが、外の世界を知りたいがために、そこを抜け出してしまった』
『帰る場所…故郷、ですか。さっきの歌にも出て来た』
『そうです。まさしくその通りです』
女性は、男性に優しく笑い掛けて言った。
『最後に貴方のような優しい人に出会えて嬉しかった。またいつか、気まぐれにこうして此処に戻って来るかも知れません。その時は、宜しくお願いしますね』
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- 32 : 2016/04/26(火) 20:49:10 :
その女性と赤ん坊は、それから数日もするといなくなっていた。
『既に雰囲気から、何となく人ではない何かを感じていましたが、話をしてみて確信しましたね。少なくとも、私たち凡人とは違う域に在る者だと』
男性は、そう語った──
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- 33 : 2016/04/26(火) 23:08:04 :
以上が男性の証言である。
「──それで、“山奥の村”というのは橘村である可能性が非常に高いと」
「そうだ。移動距離を考えると真っ先に橘村が候補に上がるわけだ」
郷は健太の言葉に肯定の頷きを返す。
隆平が怖ず怖ずと手を挙げて言った。
「…あの。やっぱり俺には荷が重い気がします」
「──おい、佐藤」
健太は隆平を睨みつける。
「気持ちは分かる」
郷は腕を組んで険しい表情を浮かべた。
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- 34 : 2016/04/26(火) 23:23:30 :
「だが男性の証言を聞く限り、橘村へ向かったと見られるその女性は非常に大人しい性格をしている。もし仮に橘村で立派に育っていたとしても、そんな大人しい母親の元で育った子だ。少なくとも出会い頭に殺しにかかって来る様な子ではないだろう」
「親の背を見て育つってやつですかね」
「まぁそういうことだ。そもそも橘村にいるかどうかも定かじゃない。何もいなかったら、なぁに、ちょっと観光でもして帰って来い」
「観光ですか。それも良いっすね」
隆平も少し納得したのか笑って郷の言葉に応えた。
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鬼哭啾々 シリーズ
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