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渚の道の行くままに

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  1. 1 : : 2015/10/28(水) 13:45:52
    新月渚は落ち葉を踏みしめ、空を見上げた。

    気の滅入るような曇り空、いつにも増して近くの廃墟が恐ろしく感じる。

    新月渚は、近くの石に座り長い息を吐いた。

    秋風が体にあたり素肌が冷たい。

    ゆっくりと動く雲、見ていて飽きることはない。

    秋なのに晴れない今日を少し疎ましく思いながら、新月渚は微睡みに身を任せた。




    不意に聞き慣れた声が聞こえた。

    声の主は自分を探しているようで、段々と自分に近づいて来る。

    目に影がかかり、視界が暗くなった。

    「おーい新月!オレっちが迎えに来てやったゾー!」

    頭の上から急かす声が聞こえる。

    新月はゆっくりと上体を起こし、声の主を仰ぎ見た。

    「せっかくオレっちが来てやったのになんでそんな不満そうなんだ」

    大門は腕を組み仁王立ちをし、新月と視線が合うと馬鹿にするように鼻をならした。

    「まーた隠れて泣いてんのかと思っちまったぜ」

    「いつ僕が隠れて泣いたよ、デタラメはやめてくれ」

    新月は両手を上げ伸びをし、肩を回す。

    「そんな固いとこで寝てるからだ、部屋には布団もあんのによ」

    「寝苦しい場所の方がよく寝られるんだ」

    石に触れる手から冷たさが身体に染みた。

    「まぁ、わかんなくもねーけど」

    大門は身体に着いた砂を払い、近くの一軒家に向かって三歩歩いた。

    「なぁ、大門。僕たちはまだ生きていていいんだろうか」

    大門は振り返って新月に歩み寄り新月の背中を強く叩く。

    「いきなり何するんだ!」

    「新月が変なこと言うからだろ、そういうのは後でいーんだい!俺っちたちはまだ子どもだから」

    「子どもと大人の区切りってどこだよ」

    「今は、成人するまでって考えてていい」

    大門は新月の目の前に立ち、俯き暗い表情をした。

    「新月、誕生日だからだろ」

    新月は眠そうな目で大門を見た。

    「何が」

    「言子ちゃん、言ってたゾ。もうアイツの言う通りにしてちゃダメだって、生きろって」

    新月は立ち上がり、廃墟に向かって歩き出す。

    「利用されてたから、今はその逆よ生き方をしようって言うのか。それが正しいとしても、このまま僕たちは汚れた魔物になっていいのか?」

    「嫌だ、なりたくない。…でも俺っちは」

    「死にたくだってないよな」

    塔和での事件、僕たちは1度死にかけた。

    この世界から逃げようと、自ら死を選ぼうとしたこともあったがその時の感情とは比にならない。

    自分で覚悟をして瞬間から逃げる選択をするのと、突如として瞬間を奪われるのでは恐怖が段違いだ。

    死に対する甘い感情も、その時は感じられなかった。






    西風が潮の香りを連れてきた。

    風が廃墟のカーテンを揺らす。
  2. 2 : : 2015/11/17(火) 17:25:04
    錆びた鉄製の扉をを押し開く。

    手についた錆に顔を顰めながら、開けた扉を元に戻した。

    穴の空いた天井から日の光が入る様で、ここを探索するのに照明は必要なさそうだ。

    両手をこすり合わせて手についた錆を取ると、注意深く奥に進んでいく。

    崩落した床、穴の空いた壁、分厚く積もった埃。

    最近の人の出入りはなかったことが窺える。

    靴裏で硝子を踏み、割れる音が耳に響いた。

    廊下の隅に置いてあるクマの像が目に入った。

    耳は欠け、所々汚れたこの像は、僕達の絶望の栄えた時は既に昔なのだと囁いてくる。

    新月は扉の前に立ち、ドアノブをハンカチで拭いてから扉を開けて中に入った。

    中は暗く、呼吸をすればひんやりとした空気が肺に入る。

    周りに誰もいないこの場所は、少しばかりだが新月を落ち着かせる。

    スイッチを押しても灯りは着かない。電気は通ってないのだろう。

    新月は扉を閉め、部屋の窓に寄った。

    日も暮れてきたせいか、空は薄暗い青となっている。

    窓から入った木の葉が風に吹かれ壁にぶつかる。

    窓から身を乗り出し、地面を見た。

    高い場所はいつも僕の気分を高揚とさせる。

    いつの日か、飛び降りようとしたあの時もこんな気分だったろうか。

    右手にモナカちゃん、左手には蛇太郎の手を握り締めていた。

    死の恐怖よりも、逃げたい気持ちの方が勝っていた。

    あの時の僕達にはああするしかなかった。

    でも、そうすることで良いことだってあった筈だ。

    あの選択を選んだことで僕達は盾子お姉ちゃんに会うことができた。
  3. 3 : : 2015/11/17(火) 21:24:45
    風が木々を揺らす音だけが耳に響く。

    怠い体に鞭を入れ、ゆっくりと背筋を伸ばした。

    足音が聞こえた。

    段々と近づいてくる。

    その足音は新月のいる部屋の前で止まると、ゆっくりと部屋の扉を開けた。

    聞き覚えのある声。

    背筋に冷水を浴びせられたような感覚に陥る。

    鳥肌が立ち、手が震えた。

    後ろを振り向くことができない。

    鈴の音様な、それでいて粘着質で、引き込まれる彼女の声。

    後ろで聞こえる、喋っている、声を発している。

    僕は立ち竦んだまま、震えることしかできなかった。
  4. 4 : : 2015/11/19(木) 13:15:49
    頭が熱く、背中が痛い。

    窓のサッシに手をつき懸命になって両足で立つ。

    「おやー?新月くんじゃなーい。久しぶりだにゃー」

    声の主はゆっくりとした足取りで僕のもとに近づく。

    「なんで。どうして君が…」

    声の主は後半歩で僕にぶつかる程の距離で足を止めた。

    「それはこっちの台詞だよー?もう、とっくに自殺してると思ってた」

    動悸が激しい。

    歯を食いしばり息を大きく吸うと、勢い良く声の主を振り返った。

    「どうして生きてるのかにゃー?」

    緑の髪を揺らしながら首を傾げる。

    雪の様に白い肌、枯れ木の様な細い体、人形の様な大きな目。

    その目は禍々しく、合わせると自分の心の内を覗き込まれている感覚に陥る。

    「モナカ…」

    無意識に口から出た懐かしい響き。

    僕がこの名前を口にすることは塔和の事件以来1度もなかった。

    「あれー?ちゃん付けで読んでくれないのー?モナカちょっと寂しいなぁー」

    モナカは口もとをにんまりと歪ませる。

    「まるで新月くん、すごく成長しちゃったみたいで」

    視線を彷徨わせる。

    彼女を見ることができない。

    「新月くん、何かモナカに言うことないの?」

    口を開けるが声が出ない。

    新月は口に手を当て咳込み、激しく呼吸をする。

    「ねぇ…大丈夫?」

    後ろを向き窓の外へ嘔吐した。

    黄色い液体を吐ききると、呼吸を荒いままに口を開いた。

    「歩けたんだね」

    「あぁそっか、新月くんと歩くのは初めてだったねー」

    新月はモナカの方を見ずに、言葉を探す。

    「それも嘘だっんだ」

    「そうだったのじゃ〜」

    嬉しそうに笑う声が背後で聞こえる。

    「新月くんの目の前で立つことがあるなんて思わなかったけどね」

    「そんなに期待してくれてなかったの」

    「新月くんには期待してたよ」

    「嘘を言わないでくれ!」

    「そして期待通りに期待に押し潰されてくれた」

    温めた空気が一気に冷えた物に変わる。

    「期待に押し潰されてー、機体にも押し潰されてると思ったんだけどぉ…運良く生き残ってたんだぁ」

    モナカは新月の上着を掴み、壁に押し付けた。

    「でもさ、この年でまだ子どもです、なんて言わないよねぇ?」

    腕を強く握られ、爪が食い込んだ。

    「大人になるくらいなら死ぬって言ってたクセにどうしてまだ生きてるのぉ?新月くん」

    目を合わそうとするモナカから必死で顔を逸らす。

    「まぁ、高校生はギリギリ子どもかもしれないけどね。新月くんてば、精神年齢はまだお子ちゃまだとか?」

    モナカは新月の頭を掴み、額をくっつけた。

    「でもあの年でキスまでしたのにね。ねぇ、覚えてる?」

    僕の大好きだった顔で彼女は笑う。

    「思い出させてあげよっか」

    モナカは両腕を新月の首に回し、足裏を床につけた。

    新月はやや、背筋を曲げる形になる。

    「新月くん、背伸びたね」

    モナカは新月の唇に自分の唇を重ねようと近づけた。

    互いに目を閉じないままに、視線を合わせたままに。

    「やめてよ!」

    新月はモナカを両手で押し退け、しゃがみ込んだ。

    モナカは体をぶつけた苦痛の声をあげると、不満気に新月を睨む。

    「新月くーん、女の子に手を上げるなんて最低だねぇー。そういう所はまだ子どものまんまみたいだけどさ…」

    新月に舐めるような視線をかけ、呆れた顔で笑う。

    「もっかい聞くけどさ、あれだけ大人が嫌いだったのになりたくもなかったのに。ねぇ、何で?どうして生きてるの?」

    「そんなのお前には関係ないだろ!」

    「その通りで関係なんて全然ないんだけどね、もう仲間でもなんでもないし」

    「もう僕たちに関わらないでくれよ」

    「でも気になるじゃん、モナカが関わった人間がどうなったのか。例外なくみんなが同じように終わったのか」

    「終わってたらなんなんだよ!モナカちゃんは戻ってきてくれるの!?」

    モナカは顔から表情を消した。

    能面のように変わらない顔のまま嘲る様に首を傾げる。
  5. 5 : : 2015/11/19(木) 21:54:31
    「まだそんなこと思ってたんだねぇー、いつまで未練引きずってんのぉ?やだー新月くんてば女々しいー」

    新月は濡れた顔を上げ、少女を見た。

    これまでに何度も思い出すことはあった目の前の立つ少女。

    だが時が経つに連れその時間も少なくなっていく。

    最近では顔すらあやふやになっていたというのに。

    「死なないのはさ、モナカっていう未練があるからかなぁー。だったらモナカすごく悪い女だよねぇー」

    とっくに忘れた筈の思い出が、嫌な笑顔を浮かべて僕を見る。

    僕を見てくれてる。

    「それともさ、モナカの言う通りになるのは嫌だったとか?反抗しちゃったの?新月くんのそーゆうとこ子どもっぽいよねー。だからモナカにも皆からも期待されないんだよ」

    僕は壁に手をつき、立ち上がる。

    頼りない足取りで思い出に寄り、抱きしめた。

    「なんのつもり?」

    思い出は薄ら笑いを浮かべながら問いかけた。

    微かな沈黙が流れ、僕には何故かそれが心地よく感じた。

    「ねぇモナカちゃん」

    意図せずに口が開く。

    ぼんやりとした頭で考えた。

    「大好きだったよ」

    僕はそれが言いたかったのだろうか。

    疑問を抱えたまま、僕は幼い頃を思い出した。

    「新月くん」

    感情の籠らない声が僕の耳を叩いた。

    「だから子どもなんだよ」

    そういう彼女の顔を見ることはできない。

    思い出の重みを両腕で感じる。

    目の前のが靄で隠れて行き、段々と遠くなる意識を手放した。
  6. 6 : : 2015/11/24(火) 22:17:04
    「おーい新月、大丈夫か」

    聞き慣れた声が僕を起こそうと呼びかける。

    水中から顔を出した後の様に明瞭な意識。

    目を開くと大門が眠そうな顔で僕を覗き込んでいた。

    「気持ち悪かったり、そーゆうのあるかー?」

    見ると、僕は寝台で寝かせられ毛布がかけられていた。

    服も替えられ、パジャマを着せられていた。

    「お前森の近くで倒れてたんだよ。すっげー体熱くてさ、風邪引いたんだろきっと」

    大門は立ち上がり、こちらに背を向けると扉に向かった。

    「起きたんならもう大丈夫だろ、俺っちは自分の部屋でぐっすり寝てやるからな!」

    バタンと閉められた扉を暫く見つめると、新月は上体を起こし窓の外を見た。

    昼間とは打って変わって雲ひとつない空。

    新月は上着を羽織ると、スリッパを履き外に出た。

    風が冷たく肌寒い。

    潮の香りが鼻腔をくすぐる。

    砂浜に足を降ろすと、暗い大きな海が近くなった。

    空は六等星までくっきりと見えそうなくらい澄んでいる。

    廃墟での出来事を思い出す。

    あれは夢だったのだろう。

    僕の小さな頃の後悔が創り出した夢。

    彼女がどうしてあんな事をしたのか、今なら少しわかるかもしれない。

    主観と客観を繰り返し、彼女に近い所にいた僕等なら。

    月の光のない新月の夜、導かれるようにして渚を歩いた。

    あれ程まで焦がれた周りから期待されたいという思いも、彼女といた頃よりは冷めたものとなった。

    空を見上げ、最も輝く星に手をかざす。

    月があれば、あの星の光ももっと小さいものに見えていただろう。

    月の無い新月だからこそ見える、もっと小さな光。

    モナカがいなくなってからやっと見えたもの。

    身勝手な自分達の行動のせいで見えなかったもの。

    あの時の行動を反省する気はない。

    あれが僕等にとって最善の行為だった。

    僕等をああさせたのはこの社会であり、大人であり、幼かった僕等にそんな責任を求められても困る。

    そんな言い逃れを許して欲しい程に抱えきれない罪だ。

    僕等は未だに江ノ島盾子を憎む気にはなれない。

    信じることのできた唯一の大人。

    目から零れる液体をそのままに、僕は砂浜に寝転がった。

    モナカ、また彼女に会うことはあるだろうか。

    きっとまた君のことは忘れてしまうだろうけれど。

    会ったら、今度こそ僕の後悔をぶつけられるように。

    ぼやけた星空に微かな笑みが零れた。

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Arute28

タオ

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