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意志の敗北
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- 1 : 2015/10/09(金) 14:51:06 :
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主よ。
私は、良き父、良き夫でした。
家族のために効率よく仕事をした私の罪を、赦したまえ。
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- 2 : 2015/10/09(金) 14:52:35 :
ドイツ、バイエルン州首都ニュルンベルク。
ここで開かれた、戦後処理の裁判によって、一人の男が絞首刑に処せられた。
以下は、その男・・・・・・ペーター・シュライアーの記録である。
○月×日。
取調室。
取り調べを担当するアメリカ人が、尋問をするために取調室に入ってきた。
暗い部屋の真ん中に据えられた質素な椅子とテーブル。
部屋の屋根には白熱灯が一つついているだけの簡素な取調室。
その椅子の上に、シュライアーは手錠をかけられた状態で悠々と座っていた。
灰色の囚人服を着ていた彼は、いかにも悠々としていた。
「さて、罪状を確認する。」
アメリカ人は書類を取り出し、その内容を読み上げた。
「“メールツェル強制収容所所長、ペーター・シュライアー。あなたは絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、捕虜の虐待など、カテゴリーC ――人道に対する罪―― に問われている。”間違いないかね?」
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- 3 : 2015/10/09(金) 14:53:35 :
アメリカ人の罪状認否に対し、シュライアーは冷笑した。
「・・・・・・何がおかしい?」
怪訝な顔をするアメリカ人に対し、シュライアーは笑ったまま答えた。
「ふふふ、いかにも君は正義の味方といった面をしているな?」
まるで、自分は関係ないとでもいったような口ぶりに、アメリカ人は激怒してバンッとテーブルを叩いた。
「ふざけるなッ! この人殺しがッ!」
「人殺しか・・・・・・否定はしないよ? 私は一生懸命仕事をしたからね。」
「一生懸命に仕事をした? ・・・・・・・・・・・・それで、お前は何人のユダヤ人を虐殺した? いいか、お前のしていることは悪だ。許されざる悪の権化だ。」
いきり立つアメリカ人に対し、シュライアーは冷酷な態度を崩さなかった。
「そうとも、私は悪人だ。世間一般で言う虐殺者だ。そして、お前もそうだ。」
「・・・・・・何が言いたい?」
「いや、私はただ事実が見えているだけだよ・・・・・・アメリカ人。」
「話だけは聞いてやろう・・・・・・お前の戯言に付き合うのはこれが最初で最後だ。」
「急に物分かりが良くなったじゃないか?」
「勘違いするな。お前の言葉の一つひとつを後世に伝えて、お前がどれ程の悪人だったか、記録に留めるためだ。」
シュライアーはまた笑うと、椅子に深く座り直した。
一息つくと、シュライアーは語り始めた。
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- 4 : 2015/10/09(金) 14:54:32 :
「さて、私は強制収容所の所長として、一生懸命に仕事をこなしてきた。」
「ああ、それでお前は毎日のようにユダヤ人を虐待し、虐殺してきた。」
「私は仕事に効率を求めただけだ。いかに効率よくユダヤ人を働かせ、処分するには? その方法を考えただけだ。」
「・・・・・・。」
「その為に私は何度も実験した。どの毒ガスが効率よくユダヤ人を処分することが出来るのか、よく考えたものだ。」
アメリカ人は、この男の得体の知れないおぞましさに身震いを覚えた。
この男には、“罪悪感”というものが全くないのだろうか?
シュライアーはアメリカ人の顔に現れた嫌悪感に満足しつつ、話を続けた。
「ふふふ、いかにも気味の悪い話だと思っているんだろう? アメリカ人?」
「・・・・・・当然だ。お前の話には、人としての良心が感じられない。」
「良心か・・・・・・勘違いしないでくれたまえ。私はこれでも“良心的に”仕事をしていたのだからね。」
「はッ!?」
____________この男、人殺し、いや、大量虐殺を“良心的”とさえ言い放った。
こいつは最早・・・・・・人間ではない。
人間の皮を被った、何かだ。
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- 5 : 2015/10/09(金) 14:55:46 :
「君だってそうだろう? 家族を養うために仕事をし、仕事には効率を求める。」
「お前と私を一緒にするな・・・・・・化け物め。」
“化け物”――――――この言葉にシュライアーは反応した。
「君は検事を務めているが、君は仕事の上で死刑を求刑したことはなかったのかな?」
「お前の言う通り、私は検事だ。それくらいのことは覚悟している。」
「成程、仕事なら君は人を殺すことも厭わないということだな?」
「何ッ!?」
シュライアーはお得意の冷笑を浮かべ、アメリカ人に詰め寄るように話した。
「私は強制収容所の所長として人を殺し、君は検事として人を殺した。どちらも同じ殺人だ。」
「違う! お前のしていることは、根拠のない虐殺だッ!!」
「そう無理することはない。人間はそもそも、そのように造られているのだからな。」
「造られている・・・・・・だとッ!?」
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- 6 : 2015/10/09(金) 14:56:42 :
すると、シュライアーはポケットから一枚の写真を取り出した。
そこには、高原でピクニックをする一家の様子が映し出されていた。
「この写真は?」
「可愛いものだろう? これは私の妻と娘の写真だ。」
写真の中のシュライアーは、弾けるような笑みを浮かべている。
とても同一人物には見えないほど、優しそうな父親の表情であった。
「お前でも、こんな表情が出来るとはな。」
「皮肉だけは一人前だな。まあいい・・・・・・妻と娘は私の誇りだ。」
気が付くと、シュライアーの表情は先ほどと違い、柔らかいものとなっていた。
・・・・・・・・・・・・妻と娘を深く愛する、父親の表情だった。
「お前がしていた仕事を知ったら、その妻と娘はさぞかし失望するだろうな。」
「いいや、それは違う・・・・・・妻も娘も、私の仕事を知っていたのだよ。」
____________正直、背中に寒気が走った。
写真の中ではこんなも家族に優しく、家庭的な男が、なぜこんな残酷なことを成し遂げられるのか・・・・・・。
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- 7 : 2015/10/09(金) 14:57:42 :
「ところで、君は映画は好きかね?」
「映画は良く見に行くほうだ。俺はハリウッドの出身だからな。」
「ほう、ここまで意見の合わない我々でも共通した趣味があるとは驚きだな。」
皮肉な調子でシュライアーは笑い、アメリカ人も思わず苦笑いを浮かべた。
「休日に家族を連れて映画を見に行くことは、私にとって最高の娯楽だったのだよ。」
「私もよく休日には父親に映画館へ連れていってもらった。」
「私はよく、“意志の勝利”を見に行った。君はこの映画を知っているかね?」
____________意志の勝利。
レニ・リーフェンシュタールが1934年に撮った、ナチスの党大会の記録映画。
その整然たる映像美が戦前は高く評価されたが、戦後は一転して、ナチスへの協力のために上映を禁止された作品だ。
※現在でもドイツでは法律で、“意志の勝利”の一般上映は禁止されている。
「あれはナチスのプロパガンダだ。あれは映画じゃない。」
「残念だな、アメリカ人よ。あれは・・・・・・革新的な映画だった。あれほど群衆の美にこだわった作品はそうないだろう。」
____________やっぱり、この男とは合わない。
「リーフェンシュタールはナチだ。戦争に協力した女の作品に、芸術もくそもあるか!」
「一つ言っておこう・・・・・・リーフェンシュタールナチではなかった。」
「!?」
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- 8 : 2015/10/09(金) 14:59:06 :
「私はあの撮影に立ち会ったのだよ・・・・・・リーフェンシュタールは総統閣下に随分と注文を付けていた。閣下が激怒されるほどだったが、遂に彼女は意志を押し通したのだ。全ては芸術のために・・・・・・。」
「だが、あの映画はナチスの宣伝に一役買った。」
「それは間違いないことだろう・・・・・・だが、それと芸術と何の関係がある?」
「何ッ!?」
シュライアーは再び一息つき、話し始めた。
先ほどの冷笑や父親としての顔と違い、今度はどこか、翳りのある表情に変わった。
「我々には何にもまして優先したいものがある。その為に我々は他の人間を食い物にして生きているのだよ。リーフェンシュタールが芸術の為というのなら、私はさしずめ、家族の為といったところか・・・・・・。」
「自分を正当化するつもりか? 偽善者め!」
「おっと、勘違いしないでくれたまえ。私は悪人だし、これからもそうだろう。だが、私一人が悪人というわけでも無い。」
「・・・・・・何が言いたい。」
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- 9 : 2015/10/09(金) 15:00:20 :
「結局私は、国家の意志、ひいては総統の意志に逆らえなかった。意志の敗北だ。私はその中で人であろうとして、人としてあるまじきことを重ねてきたのだ。家族との時を過ごすために、私は大勢のユダヤ人を虐殺した。間違いのないことだ。だが、私はそのことをむしろ誇りに思っている。」
「・・・・・・お前の言いたいことは分かった。だが、お前は犯罪者だ。私は必ず、お前を絞首台に送ることにしよう。」
「もちろん、そうしてくれたまえ。だが、君も私と同類だ。こうして仕事をすることで、人を殺し、君は君のかけがえのないものを守っている。」
「それが人間だとでも言いたいのか?」
「そうだ・・・・・・人間が人間であろうとする限り、どこかで人間は他の人間を食い物にする。そして、それは私が最後ではないし、総統閣下がその最大の人間でもない。第二、第三のヒトラー総統は、人が人としてあろうとする限り、これからも現れるだろう。」
「・・・・・・もういいだろう。数日後、また私がお前を聴取する。それが恐らく、最後になる。」
アメリカ人が書類を纏めて立ちあがり、部屋を出ようとすると、シュライアーは最後に一言、呟いた。
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- 10 : 2015/10/09(金) 15:01:29 :
主よ。
私は良き父、良き夫でした。
家族のために効率よく仕事をした私の罪を、赦したまえ。
Fin.
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- 11 : 2015/10/13(火) 08:41:51 :
- 砕けすぎた物の考え方ですが...
そう考えてみると規模こそ桁違いと言えど・・・
学校や職場のいじめの延長線上にあるものと同じ様な印象もありますね。
意志の敗北と扇動の前に個々の意志をどこまで通し、
そして何をもって正き行いとするのか。
難しいというか、
永遠に解決することがなさそうなテーマです。
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- 12 : 2015/10/13(火) 16:45:09 :
- コメント&お気に入り登録ありがとうございます。
意志を通せば窮屈どころではなく、生活をすることさえも困難になってしまう場合もありますからね・・・・・・。
スクールカーストしかり、ファシズムしかり。
少し話がずれますが、
昨今の国会前のデモを見ると、SEALDsという若者の組織が中心になって安保法案廃案を叫んでいました。
ですが、その中身を見ると何のことはない。ただの60年代の安保闘争の焼き直し・・・・・・。
徴兵制になる、戦争になる。
だから戦争法案(この呼称は間違いなくレッテル張りです。)に反対・・・・・・。
扇動的な言葉を並べ立てる彼ら自身が、言葉に扇動されている気がしてなりません。
彼ら自身は恐らく個の意志のつもりでも、傍から見たら流されているようにしか見えないのは何とも皮肉であります。
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- 13 : 2020/10/03(土) 08:58:59 :
- 高身長イケメン偏差値70代の生まれた時からnote民とは格が違って、黒帯で力も強くて身体能力も高いが、noteに個人情報を公開して引退まで追い込まれたラーメンマンの冒険
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