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傷む華
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- 1 : 2015/09/01(火) 22:12:12 :
- 注意
・なんか少し際どい表現があります。
・直接的な表現じゃないから大丈夫だと思う。
・基本的にしっちゃかめっちゃかですごめんなさい。
・パワプロがしたい。パワプロがしたい。パワプロがしたい。
以上です。
問題ないよという方はお進みください。
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- 2 : 2015/09/01(火) 22:13:56 :
窓から差し込む日が地平線に傾いていた。
真っ赤に焼けるような太陽が向こう側に沈んでしまうと、夜が来る。
子供の頃はそんな当たり前のような現象にさえ、酷い恐怖を覚えたものだ。
今となってはそんなことは当たり前で、怖いなんて思わない。
そう、そんな事はもう怖くない。
本当に怖いのは───────────────
孤独である事、それに尽きる。
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- 3 : 2015/09/01(火) 22:14:23 :
傷む華
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- 4 : 2015/09/01(火) 22:14:50 :
「胸のキズ」
彼が私のネクタイを緩める途中でそう呟いた。
「え?」
彼は緩めたネクタイを放って私の胸を一目見ると立ち上がって、窓辺に向かった。
「その胸のキズ、それどうしたの?」
私は胸に手を当てて、でこぼことした感触を確かめる。
その不格好な見た目は確かに見るがわからしたら気持ちの良いものではないだろう。
「えっ、別に……ちょっと昔に……。き、気になる?」
私は引き攣った笑みを浮かべていたと思う。
まさかそんな風に拒絶されるなんて思ってなかったから。
確かに……少し躊躇いはあったけど、それでも彼ならと思って許したのに。
「痛々しいよね」
彼は脱ぎかけていたシャツのボタンを留めながら、そう言った。
私の方に顔は向けずに窓の外を見ながら。
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- 5 : 2015/09/01(火) 22:14:57 :
彼はまるで何も思っていないような淡々とした口調だったけどその一言で私の胸の内はそれどころでは無かった。
まるで胸のキズと同じようにしわくちゃに、いやそれ以上にぐちゃぐちゃになっていた。
それでも私は勇気を振り絞って……というか、ほぼ無理矢理に喉から声を絞り上げた。
「あ、アハハ……その、意外と……ハッキリ言うんだね」
知らなかったよ、と。
続けるつもりだったのに私の声はそこまでは続かなかった。
多分凄く悲壮感の漂う声だったんじゃないかなと思う。
「ああ……うん。なんかごめん。俺、思ったことすぐに口に出ちゃうから」
ズキズキと。ギリギリと。ブチブチと。
胸のキズを抉り返されるような感覚があった。
ぐっとシャツを握り締める。
「今日は帰るわ」
彼はそう言って部屋から出ようとした。
私はそれを見て思わず声を出してしまう。
「まっ、待って!」
「……どうしたの」
私は思わず呼び止めてしまったので口が動かず、何を言っていいか分からなくなってしまう。
何でも良い。何でも良いから何か言わないと。
「あ……その……えっと、胸の…これの事、他の人には……言わないで」
「……ん、分かったよ。じゃあな」
「や、約束だからね……」
彼はそれには答えず、部屋から出て行った。
大丈夫、彼も分かったと言ってくれた。
きっと、約束は守ってくれる。
──────────きっと。
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- 6 : 2015/09/01(火) 22:15:20 :
翌日。
私の胸のキズの話はクラス中に知れ渡っていた。
私は彼に問い詰めようとしたのだけれど、広まっていたのは胸のキズの話だけでは無かった。
私が彼女持ちの男を部屋に連れ込んだこと。
私には父親がいないこと。
私の母親が朝方に帰ってくるような仕事をしていること。
ここまでを私が知ったくらいにはもう既に彼に対する怒りなんて欠片も残ってなかった。
というか怒りどころか私の中身がすっぽり抜けてしまっていた。
人の形をした抜け殻。それがショックな事だとは思わなかったけれど。
案の定、こんな噂が広まれば私の居場所は比例して狭まっていく訳で。
『ウザイ。死ね。学校来るな』
と、彫刻刀か何かで机に彫られてしまっていた。
そんな状況では授業どころでは無いので、私はお望み通り家に帰った。
帰り道の途中、ぼんやりと約束とは何なのかと考えもしたが、どうせそんな事はもうしないので、止めた。
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- 7 : 2015/09/01(火) 22:16:18 :
下の階で誰かが話す声が聞こえた。
「あの……れ……きょ…の……ント……です」
「……らー……なさいね……うん……じょう…よ……うね」
ああ、またか。
私は膝に顔を埋める。
机の上に溜まっている課題プリントを横目で見て、目を閉じる。
わざわざプリントを届けてくれる人達がまだ居たという事は意外ではあったが、声を聞けば確かあの日、私を見てコソコソと話していた人達だと分かった。
名前は何だったけな。
……あー、さっぱり思い出せないな。まあいいや。
別に彼女らが憎いから顔を出さないわけではない。
ただ今は何もしたくないから。
「綾郁!また夏美ちゃん達がプリント届けて来てくれたわよ!お母さんもう仕事だから!綾郁!……プリント、台所に置いとくからね」
そう言うとお母さんはドアを開けて、仕事に行った。
……いや、ドアの閉まる音がしてない?
「そう言えば……また担任の先生から電話があったわよ」
……あっそ。
バタン、と。今度こそお母さんは仕事に出て行った。
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- 8 : 2015/09/01(火) 22:16:40 :
午前7時。起床。
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
「………良い天気」
朝起きたら、今まで通りすぐに制服に着替える。
そして部屋からは出ずに夕方まで何も食べずに過ごす。
そうしていると、たまに私の体を拒否した彼の事を思い出す。
もう好きなんかじゃないのに。名前も覚えてないのに。
でも思い出すと、胸のキズはギリギリと痛む。
しわくちゃの肌はまるで枯れた花びらの様になっていて、自分でも醜いとしか思わない。
まあ枯れた花なら誰でも捨てるよね。
そんな事を考えていても気分が悪くなる一方なので、程々にして私は読書にふける。
ペラペラと流し読みする。
流し読みをしていると言うか、目が滑る感じだけど。
気を紛らわす読書の筈なのに全く集中出来なかった。
ふと、ベッドの上の避妊薬に目がいった。
「……折角、飲んだのになあ。ごめんね」
それを栞替わりにして、読みかけの本を閉じた。
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- 9 : 2015/09/01(火) 22:16:58 :
濁った水の様に。
机の上に読みかけの本が塔を建てていく。
私だけが分かる私の法則を以て、崩れてしまわないようにたくさんの塔を建てていく。
読書をしても集中出来ない事から分かるように私は別に本が好きな訳ではない。
だって、ガラス越しの日差しに当たって本が傷んでも色褪せても気にならないもの。
第一、汚れたのなら捨てればいいんだから。
そんな風に何の生産性も無い1日を過ごして行く。
(8時半……おなかすいた)
そうやって壁にもたれかかりながらボーッとする。
お腹が空いてもなるべく食べないようにしている。
(眠いなあ。何もしてないのに。何もしてないのに、人はお腹が空く)
何で食べないのかって理由は1つしかない。
(とても、申しわけない)
そんな事を考えているといつの間にか私は眠りに就いてしまった。
そして、夢を見る。
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- 10 : 2015/09/01(火) 22:17:18 :
図鑑で見たような……大きな蜘蛛。タランチュラ?だとか何とかそんな感じの名前だった気がする。
そんな蜘蛛が足の指から伝って、足首、脛、膝……太もも。
順にさわさわと蜘蛛は私の身体を這ってくる。
腹を経て、胸を経て、首に達する。
そして、口元へ。
入って──────────
「いっ!?」
そこで目が覚める。いや本当は寝てなかったのかも知れない。
私は横たわった体がビクンと跳ね上がりそのまま壁に後頭部を強打する、
「いっ……た……」
私が夢だと思っていたのは夢ではなく。
蜘蛛だと思っていたのは蜘蛛ではなく。
私が飛び起きたの同時にベッドから落ちたのは間違いなく人の手だった。
多分強盗が入ってきて、私は口封じに殺されてしまうのかなと。
いやいや、よく見たらこれ人の手だけど、手だけじゃん。
手首からしか無いじゃん。
だとすると私は霊的現象に巻き込まれてしまい、呪い殺されるのか……。
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- 11 : 2015/09/01(火) 22:17:47 :
なんて考えが、一瞬頭をよぎったのだけれども。
おずおずと私に近づいてくる。
どうやらその姿を見るに殺そうとしている訳では無さそうだ。
のそのそとゆっくり私に近づいてくる。
「………………」
……手汗が凄い。
体は無いが、手首の断面を見ると中身がそのままという訳ではなく粘土みたいな色をしていた。
その状態でしばらく観察していた。
あっちへのそのそ、こっちへのそのそ。
非常に落ち着きがないように見えるというか、何か困ってるのだろうか。
……もしかして、迷子?なの?
「……オイっ」
ビクゥッと効果音が出るかのように後ずさり……?手だけしかないので後ずさりで合ってるか分からないけど、とにかく後退した。
多分私がコイツを見た時よりビビっていた。
「ご、ごめん。何もしない、何もしないよ」
どうやら言葉は分かる……どうやって聞いてるか知らないけど。
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- 12 : 2015/09/01(火) 22:18:45 :
「あ、あの……誰?」
という質問は人にする質問なので不適切なように思えたんだけれども。
コイツはそれに反応して、人差し指でベッドをなぞる。
『し ん ご』
「しんご……くん?」
そう言うと彼は親指を立ててグーサインを私に送る。
久し振りに誰かと話した……話した事になるか分かんないけどそれでもちょっと嬉しくて思わず笑顔になる。
「私は宍倉 綾郁 。学生だよ。で、ここは私の部屋。おーけい?」
と、言うと彼は嬉しそうにピースサインをした。
……案外、明るいんだね。
どうやらこの左手は『しんごくん』なる人の左手らしく、気づいたら手だけこの部屋に来ていたらしい。
『しんごくん』の本体は、こちらに左手が来ている間ぐっすり眠っているそうだ。
と、ここまでは何とか時間かけて意思疎通したものの、喋れないので意思疎通は難しい。
どうやら周辺の物や音は分かるらしいけど。
彼が私の塔を崩してびっくりしているのを笑いながら眺めていた。
「本、沢山あるでしょ。出でったお父さんのなんだけど……1つも全部読んだこと無いんだけどね」
彼は反応するのが難しいので私の話にいちいち相槌は打てないのだけれど私はそれでも話を続けた。
「私、近くにあるものすぐ挟んじゃって……ほらこれとか切符挟んであるし。こっちは……おみくじだ。好きな男の子と行ったんだけれど……」
大吉のおみくじ。今となっては何の意味もなさないものだと分かったけれど。
「えっと、矢野くんって言ってね……同じクラスの男の子で」
あれ、私、名前覚えてる。思い出したのかな……?
……案外、思い出そうとしなかっただけかも知れないけど。
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- 13 : 2015/09/01(火) 22:19:07 :
「ちょっと前にフラれたんだ……私がバカだから彼に彼女いるって知らなくて。……向こうも教えてくれなかったし」
しんごくんは静かに……喋れないから当たり前か。
静かに私の話を聞いていた。
「ねえ……しんごくんは彼女、いる?」
彼は何も答えず、微動だにせず。
私はそんな彼にもう一つ、質問を投げかけた。
多分、彼くらいにしか聞けないだろうし。
「セックス、したことある?」
しんごくんは、明け方になると何処かへ帰ってしまった。
開けっ放しのカーテンから日差しが射し込むと、私の胸のキズが少しズキズキして、ベッドに横になる。
……そう言えば寝てないな。
そう思った頃には私の意識はどこかへ飛んで行ってしまっていた。
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- 14 : 2015/09/01(火) 22:19:26 :
「綾郁、夏美ちゃん達また来てくれたわよ。ちゃんとお礼言ってるの?それにまた担任の先生から電話が……」
起きてる。けどベッドに潜ってる。
何だか起きるのも面倒だし、今は誰かと顔を合わせたい気分じゃない。
「はあ、もういいわ……」
お母さんは呆れたようにして家を出でいった。
別にお母さんが嫌いだとかそういう訳ではない。
むしろお母さんには感謝しているし、なるべく孝行してやりたいとも思っている。
まあ不登校の私が言えたことではないんだけど。
お母さんは私が何で学校に行かないか尋ねない。
その時間が無いのかも知れないが多分、私のわがままだと思っているのだろう。
実際、私のわがままだし。
そんな私のカラダには傷がある。
子供の頃に、手術した時の傷が。
まだ母が若くて、私が小さかった頃、泣きながら私を抱きしめていた事が良くあった。
女の子なのにごめんね、と謝りながら。
当時の私はその意味を理解出来ずに居たけれど。
もう私は、理解できる年齢になった。
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- 15 : 2015/09/01(火) 22:19:47 :
「いつも来てくれるんだ、クラスの女子」
私は本を読みながら、しんごくんに話しかけた。
しんごくんは相槌が一々打てないので私が一方的に話しかけることが多い。
「私をイジメた事に対する負い目なのかな。SNSで私の悪口を言ってるのも、私知ってるのに。バレてないと思ってるのかな?しんごくんはイジメられたことある?」
しんごくんは無口なので私はついうっかり愚痴愚痴と話してしまう。
私の質問に対してしんごくんは答えなかった。
答えてくれる時は指でシーツになぞるか、私の足になぞるかするのだ。
しんごくんが答えなかったからと言って私も怒るわけではない。
一方的に私が話しかけてるだけなのだから。
「……はーあ、この本も飽きちゃったなあ」
また読みかけの本を閉じようとしたら、しんごくんがそれを阻止してきた。
「……しんごくん、どうしたの?閉じれないよ」
そう言うと彼は私の膝をなぞり始めた。
『こ う は ん』
「…しんごくん、この本読んだことあるんだ。後半が面白いの?」
彼はグーサインを揺らして、その思いを伝えてくる。
「ふーん……なら、もうちょっと頑張ってみようかなー……」
そう言うとポンと彼は私の頭の上に手を乗せて、頭を撫でる。
この無口なお友達と一緒にいるのは楽しくて、時間が早くすぎるように感じた。
「私、この間変な事言っちゃったから嫌われたのかと思ったよ。ごめんね、私暗い話しか出来なくて。しんごくんが聞き上手だからついうっかり色々話しちゃう」
しんごくんは気にしてないよと言いたいのか、彼のよくやるピースサインをゆらゆらと揺らした。
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- 16 : 2015/09/01(火) 22:20:07 :
「それ好きだね。クセ?」
そう言うとしんごくんは照れてるのか何なのか慌てたようにパタパタと動く。
見慣れてしまえば手だけとは言え可愛いものだ。
そこら辺の動物より可愛い気がする。
そんな彼を見ていると少しだけやる気が貰えるのだ。
「あー、私、久し振りにプリントしようかな」
そう言って机の上に溜まったプリントの中から一枚を無造作に取り出して机に向かう。
「私、学校行きたくない理由……皆に会いたくないのもあるんだけど、もう1つあって、私、しばらく授業受けてないから勉強ついていけないと思うの。そう思うと怖くて毎日行きそびれちゃう」
プリントを解きながらしんごくんに語りかける。
しんごくんはじっと私のプリントを見ている……と思う。目がないから何を見ているのかが分からないんだけども。
「……ほら、ここら辺からさっぱり……あー、やだなー。しんごくんは勉強好き?」
私がそう聞くと彼はもぞもぞと何かを探り始めた。
彼はペン入れを見つけるとその中から何かを取り出そうとし始めた。
「なに?どうしたの?なにか探してるの?」
彼はペン入れの中から赤ペンを取り出した。
私はそれをじっと見つめた。
親指だけで器用に赤ペンのキャップを開ける。
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- 17 : 2015/09/01(火) 22:20:32 :
そして彼は赤ペンを持って、ぷるぷると手を震わせながらぐにゃぐにゃの線でプリントにマルとバツを書いていく。
全部を採点し終えると彼はぐてっと倒れ込んだ。
私はその様子を唖然としながら見ていた。
「……しんごくん、頭いいねえ」
私は赤ペンで採点されたプリントを見直す。
十問中六問は正解。
マルがぐにゃぐにゃしてるから分かりにくいけど。
「何だ……私、まだ授業内容覚えてるね。………私、また学校行けるかなあ?」
しんごくんはピクンと反応して仰向けに倒れていた状態からひっくり返る。
「…………彼女がいるなんて知ってたら家になんて入れなかった。………言いふらされるなんて分かってたら服なんて脱がなかった。好きにならなかった」
ポツポツとゆっくりそう言った。
聞き上手な彼は相も変わらず無口で話を聞いてくれていた。
「ああ、付き合うって難しいねー」
そう言って彼の手を握る。
大きな手で暖かい手。私の冷たい手とは大違いだ。
「しんごくんと一緒に登校出来たらいいのになー」
ぎゅーっと彼の手を握りしめると彼も少し力を込めて握り返してきた。
「ねえ、しんごくんってうちの学校の人?クラスには多分いないと思うけど、なんか聞いたことあるんだよねー」
「しんごくんも、私のカラダ見たら嫌いになる?」
「……しんごくん。しんごくんは、学校に自分の居場所が無くても学校に行ける?」
力強く握り締めてくれていた彼の手はいつの間にかどこかへ行っていた。
やっぱり彼と話していると時間が早く過ぎていく。
「明日もまた来てね、しんごくん」
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- 18 : 2015/09/01(火) 22:20:56 :
「が っ こ う い か な い の」
あれから一週間後程度が過ぎた。
今日も今日とてしんごくんは渡しの部屋に来て、私の膝をなぞってお喋り……うん、お喋りをしている。
「しんごくんは真面目だなあ。でも確かにそろそろ行かないとまずいんだよね」
しんごくんはそう言った私に相槌を打たなかった。
つまり私の話を続けて、という事だと解釈する様にしている。
「夏美達ももう毎日は来なくなったし……自分から会うことを拒否してたのに来なくなったら寂しくなるね」
「担任の先生からの電話も減ったの。しんごくんが毎晩、私の勉強を見てくれているのに、私は成長しないまま学校へ閉じこもったまま」
私はそこで一旦区切る。
そして一息ついて、また話し始める。
「でもね。明日、衣替えの日なんだ。だから……明日は学校、行ってみようかなって」
そう言うとしんごくんはピクンと反応した。
そして私の膝をなぞり始める。
「何も無い日より行きやすいでしょ……ん?なに?がんばれ?ありがと。ちょっと緊張するけど行ってくるね」
そう言うと彼は頑張れというようにピースサインを揺らす。
私もそれを見て笑顔になる。これは彼が嬉しい時にするみたいで、見るとこちらまで嬉しくなるのだ。
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- 19 : 2015/09/01(火) 22:21:19 :
と、彼がピースサインをしているのを見るとある物を発見した。
「あ、しんごくん、中指のところにささくれあるね。ちょっと待ってね、ばんそこ貼ってあげる。あ、可愛いのしかないや」
そう言うと彼は驚いたように飛び跳ねた後ろへ下がる。
ちょっと手汗をかいてる。
こういう時は大抵動揺しているか緊張しているかのどちらかである。
まあ結局彼は手だけしかないので逃げれはしないのだけれど。
「あ、ほら、動かないで。貼りにくいよ〜」
そしてショッキングピンクの絆創膏は彼の中指にしっかりと貼られた。
片手だけでは剥がしたくても剥がせまい。
「あっ、似合うー。可愛いよ〜。しんごくん、良くささくれできるの?乾燥肌?」
彼は何も答えずにパタパタと跳ねていた。
多分少し恥ずかしいんだろう。
「私もね。ささくれじゃないけどキズがあるの。知ってるだろうけど。子供の頃に手術したんだって」
私は俯いて、その先を続けた。
「私、そんなの覚えてないんだ。覚えてないのに、キズだけはあるの」
そう言うと部屋は静かになった。
私もそこまで言うとしばらく黙っていたし、彼も私に何かを語りかけることは無かった。
私は少し考え事をしていた。
明日から学校に行くにあたって、今しないと行けないことは何かを考えていた。
そして、やらなきゃいけない事では無いけど、はっきりさせなきゃいけない事は見つけた。
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- 20 : 2015/09/01(火) 22:21:58 :
私はベッドから立ち上がって、しんごくんに背を向けた。
そして今日で最後の夏服のシャツのボタンを外していく。
「しんごくん。しんごくんが来てからなんだ、先生からの電話が減っていったの」
ゆっくりとボタンを外していく。
しんごくんは驚きもせずにただじっとしているみたいだ。
動いている音がしない。
「しんごくん。なんで私のクラスにだけ配布されているプリントの解答用紙だけを見てすぐに答えがわかったの?」
ボタンを全部外して、シャツを脱ぐ。
下着があらわになり、肩やお腹はむき出しになる。
「夏美達のSNSに先生から注意があったって書いてあった」
そしてその下着も外して、脱いだ。
後ろから微かに音が聞こえた。シーツを握りしめるような音が聞こえた。
「注意してくれたの?」
私はそう言いながら上半身に一糸も纏わぬ姿でしんごくんの方を振り返る。
案の定、彼はシーツを握りしめていた。
「先生」
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- 21 : 2015/09/01(火) 22:22:26 :
「別にね。しんごくんは誰でも良かったんだ。全然知らない人でも知ってる人でも、クラスメイトでも先生でも」
私は胸のキズを隠そうともせずに手を後ろで組みながら話す。
先生が何を見ているかは分からないから私を見ているかどうかは分からなかったけど別に見られてもいいと思った。
「でも、しんごくんが先生かもって思った時、少し戸惑ったんだ。だって私、結構色々話しちゃったし」
先生は握りしめていたシーツを手放して、じっとしていた。
一体、何を思っているのだろう。
「自分のクラスでいざこざが起こったから責任感じてここまで来てくれたの?それとも単に不順異性交遊が見逃せなかっただけ?」
なんて、少し意地悪な質問をしてしまった。
別に先生を責めるつもりは無いし、そんな事出来ない。
そして先生……しんごくんは指先でシーツをなぞっていく。
『ご め ん』
「なんでしんごくんが謝るの……」
しんごくんはそれ以上何も言わなかった。
「……私、明日学校行くよ。電話一度も出ないでごめんね。あと勉強みてくれてありがとう。それと……」
私はしんごくんの手首を掴んで、自分の胸に持っていく。
「私、初めて本を一冊読みきったよ」
しんごくんの指は私の傷痕に触れる。
「見える?今、しんごくんが触ってる辺りにでこぼこした古い傷があるでしょ?」
「この傷がなかったら、何か変わってたのかなあ」
そう言うとしんごくんは人差し指で私の胸をなぞる。
『しくらはしくらだよ』
「…………そう?」
『そう』
「………ありがと。ねえ、しんごくん、私と指切りしよう」
そう言うとしんごくんは小指を立てた。
私もその小指に自分の小指を絡める。
「………私、学校来るから。自分の足で、ちゃんと行くから。だから、待ってて。………約束だよ」
二度としないと思っていた約束を。
裏切られてしまった約束をかき消したかった訳じゃないけど。
ただ、君となら約束できるって思ったんだ。
誰よりも私を知っている、君となら。
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- 22 : 2015/09/01(火) 22:22:51 :
翌日。校門前。
「おはよう」
そこに立っていたのは若い男の先生だった。
黒のスーツを来た、身長の高い手の大きな先生。
「……おはようございます」
「……やっと来たな、宍倉」
部屋にいた時のような可愛らしさが全く感じられない声だった。
まあそりゃそうだけど。
「すみませんでした」
そう言って、私は頭を下げる。
色んな意味を込めての謝罪だ。数え上げたらキリのないくらいにたくさんの意味を込めた。
「あとで指導室に来るように。それと課題のプリントも全部提出だ。……あと、担任の名前くらい覚えるように」
「……大の大人が自己紹介で下の名前だけ答えるなんて思いませんでしたから」
うっ、と先生は呻いた。自覚はあるみたいで良かった。
「そ、それは……だって苗字が長いから」
それを聞いて99%が100%に変わる。
「やっぱり、先生だった」
そう言うと先生は何かを言おうとしたけれど、横から聞こえてきた声にかき消された。
「あれ?宍倉?」
「わ、本当だ。矢野に会いに来たんじゃね」
それはいつも矢野くんと一緒にいた男子達だった。
遅れて当の矢野くんもやって来る。
「うお、宍倉じゃん。何?不登校怒られてんの?」
「ばっか、お前誰のせいで」
そう言って彼らは笑った。
私の前で。別に怒ってないけど。
「早く教室入んなさい」
先生がそう言うと彼らは、はーいと返事をして教室に向かおうとした。
「矢野くん」
でも、私はまだケジメを付けてないから。
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- 23 : 2015/09/01(火) 22:23:34 :
そう言って彼を呼び止めると、バックから彼のネクタイを取り出す。
あの日、忘れて帰ったネクタイだ。
「あ、俺のネクタイ……」
彼はそれを取ろうと一歩前に出るが、私が右手に持った物を見て止まる。
私は左手に彼のネクタイを、右手に大きなハサミを持った。
そしてゆっくりとハサミを開いて間にネクタイを差し込む。
「ばっ、お前っ……」
「バイバイ」
ズバンと。そんな音はしてないかもしれないけど。
ネクタイを切った。だいたい真ん中で。
これで彼に対するケジメはしっかりとつけた。
「おまっ、おい!宍倉!」
今にも掴みかからんと言う勢いで私に迫ってくる矢野くん。
だがそこに横槍が刺さる。
「教室に行きなさい、矢野。後で先生が購買でネクタイ買ってやるから」
そう言う先生の顔はどうも私の行為に呆れてるような感じだった。
まあ仕方ないかな。面倒事を増やしてるんだし。
「そういう事じゃないだろ!こいつ今……!」
「……ネクタイ切られるような事でもしたのか?」
そう言われると矢野くんはぐっ、と言葉に詰まって何も言わずに教室の方へ向かっていった。
慌てて一緒にいた男子達がそれを追いかける。
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- 24 : 2015/09/01(火) 22:24:27 :
「しん………」
「学校では先生と呼びなさい」
「向中野 先生」
ちなみにこれは昨日なんとか学期初めに配られたプリントを探し出して、フルネームを知らべた。
確かに珍しい苗字だよね。
「一応、ハサミ没収な」
「………はい。ねえ、私って怒られるかな」
そう言うと先生はえっ?と言うような顔をしてこちらを見てきた。
「なんで?誰に?」
「先生にだよ」
そう言うと先生は溜息をついて前を向いて、歩き始めた。
多分指導室の方向だろう。よく覚えてないけど。
「先生に宍倉を怒る資格は無いよ。むしろ先生が処罰くらいそう」
「えっ!?何で!?」
私が先生に迷惑をかけたとすれば大問題だ。
「宍倉が一番知ってるだろ」
私が一番知っている……?
そう言われて私は記憶をほじくり返してみる。
確かに考えてみると心当たりはあった。
「もしかして、私のおっぱい触ったから?」
あ、今先生躓いた。コケそう。
というか本当にそう思ってるなら先生はすごく面白い人じゃなかろうか。
「ねえ、先生。私が誰かに先生の左手だけが毎晩部屋に来てたんですって、本当に言うと思ったの?」
先生は照れてるのかじっと動かずに何も言わなかった。
やっぱりあの左手は先生の手だったんだなと改めて認識する。
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- 25 : 2015/09/01(火) 22:24:54 :
「そんなの私が頭おかしい人じゃん。だいたい触らせたの私だしさ。ていうかだから今日はそんな暑そうなスーツ着てるの?いつもはもっとラフな格好じゃん」
先生が何も言わないから、ついいつもの調子で話してしまった。
まあ大丈夫だろう。先生だし。
「先生は大人だから、色んな責任を考えなきゃいけないんだよ」
「ふーん、でも私、誰にも言わないよ。だからそんなにビビんなくても良いよ」
先生は少し黙っていたが、思い出したように突然口を開いた。
「そう言えば、もう傷は大丈夫なのか?」
「だからあれは子供の頃の……」
「そうじゃなくてさ。心の」
心の、キズ。
今思えばあの時、私にあったキズはこの胸のキズだけじゃなくて心にもあったんだなって思った。
「うん、前よりは大丈夫」
「そっか。あ、これ」
そう言って先生は私に1枚の栞を差し出した。
「これ、絆創膏のお礼。1枚も持ってないだろ」
「………ありがとう」
そう言うと先生はまた前を向いて歩き始めた。
左手にはあの可愛い絆創膏がついてるのが見えた。
私は自分の胸に手を当ててみる。
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- 26 : 2015/09/01(火) 22:25:15 :
濁った水の様に。
心にキズがたまっていく。
それをさらけ出さないように人は生きようとしていく。
私もそうやって上手に生きていきたかった。
「そう言えば、クラスの女子がお前に謝りたいって言ってたぞ」
「……そっか。ネットで悪口言ってたの知ってるのにね。……でもまあ、私も友達に愚痴ったりしたから……もういいかな」
きっとこれからも。
カラダやこころに傷がついていく。
誰かと触れ合っていくから。
生きているから。
「ふう、スーツはやっぱりまだ暑いな」
「しんごくん」
私はしんごくんに向けて、ピースサインを揺らした。
今までありがとうと伝えるために。
そして先生にこれからもよろしくと伝えるために。
先生も私にピースサインを揺らした。
任せなさいと言わんばかりに。
その夜から「しんごくん」は家に来なくなった。
もしくは、私がぐっすりと眠り込んでいたから気づかなかっただけかも知れないけど。
fin.
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