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左右田「6月も終わりだな」辺古山「そうだな。」
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- 1 : 2015/06/28(日) 23:05:48 :
- 左右田和一は海を眺めていた。何度も何度も砂浜に打ちつける波に変化はなく、そして何の感慨も感じなかった。
「あぁ、左右田。こんなところにいやがったか」
左右田は振り返らずに、何だ、とだけ返した。愛想のない返し方だ。
「どーした、海なんざ眺めて。お前らしくもない」
湿っぽい風が吹き、二人に雨が近いことを感じさせた。九頭龍は左右田の隣に座り、会話を続ける。
「そろそろ雨降んじゃねーか、風邪でも引いてうつされたらどー責任とんだ。戻るぞ」
「黄昏れてんだ、邪魔すんじゃねぇ」
左右田はこちらを見もせずに言う。その表情から読み取れるものは。
「お前なんか寂しがってねぇか?」
左右田は肩を大きく揺らせ、下を向いた。
「わかりやすい奴だなァ、拗ねてんじゃねーよ」
左右田は顔を上げ、唾を飛ばしながらまくし立てる。
「拗ねてなんかねぇよ!お前にオレの気持ちがわかるかよ!」
溜息をひとつ吐き、
「誕生日おめでとう、左右田」
左右田は目を見開き、体の動きを止める。言われた言葉と、言った本人の照れる表情に言葉が出てこない。
「おま、おま…なんなんだよ…」
「泣いてんじゃねーよ、それでも男か」
左右田は目を擦り、
「泣いてねーよ!だってよぉ…誰も覚えててくんないのかと思ってよー、去年も一昨年も言われてねーしさー、まァしょうがねぇなって思った!それなのによォ…」
そこまで喜ばれると何だか居心地が悪い。さっさと左右田を建物内に入れようかと思ったが、
「何でソニアさんじゃなくてオメーなんだよ…マジ萎えた」
「素直に喜んどけよクソ!」
怒鳴る姿を見ると左右田はニヤニヤしながら言った。
「ありがとよ、嬉しい嬉しいちょー嬉しい」
「はん、どーせ後でサプライズパーティやんだ。そこでソニアにも喜ばれるだろ」
左右田は大きな声で不満を言う。
「どーしてそれを今言うんだよ!バカかテメーは!そしたらソニアさんに一番に祝って貰ったかもしんねーのによォ…」
ニヤニヤしている表情が入れ替わり、
「他人の不幸は蜜の味って言うじゃねーか、それに今日が幸せ過ぎたら次の日の落差がまた苦しいだろ。」
「それっぽいこと言って逃げてんじゃねーよ!てかサプライズってオレに言ったらダメなやつだろ!」
あ、の口を開けて大きく笑う。
「まァ、いいじゃねーか。幸せな時間は長い方が良いと思うだろ」
「薄く長いより、短くドカーンてなってる方がオレは好きだぜ」
「はっ、言ってらァ」
空が、先程より暗くなっている。海の色も濃く、飲み込まれてしまいそうだ。
左右田の額に、雨がひとつ落ちた。手で擦り、その場に寝転がる。
「こうやってさ、仰向けになってるとさ、怖いんだよ。まるで何かに襲われるんじゃねーかって思えてさ。首をかっ切られるんじゃねーかってまともに前向けねーんだよ」
雨が、ぽつぽつと辺りも濡らし初めた。長く降りそうだ。
「ビビリだな」
「あぁ」
短く返事をして、左右田は左手で目元を隠す。
「それなのにオレの近くで寝転がって大丈夫なのかよ。極道のオレの近くで」
左右田は、ははっ、と短く笑うと
「九頭龍はそんなことしねーよ」
「どーしてそんなことが言い切れる」
「九頭龍は優しいからな。辺古山も最期に言ってただろ」
「…覚えてやがったか」
「あたりめーだ。あんな衝撃的なもん忘れられる筈ねーだろ」
「極道に向って優しいだとか、おちょくってんのかよ。嬉しくねーぞ。殺すことには躊躇わねーよ」
「今更になって怖くなってきただろーが…やめろよ」
雨が体を強く打つ。海に少しの穴を開け、消えていく雨を見る。
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- 2 : 2015/06/28(日) 23:12:22 :
- 「辺古山の誕生日は明日だな」
「あぁ、祝ってやってくれ」
「…起きるかな」
「起きなかったらペコ近くでパーティ料理食いまくってやる。あいつの好物近くで食えばもしかしたら起きるかもしんねー」
「オレも付き合おーか、それ」
「彼奴らは神話の天照かよ。いつまでも引きこもりやがって」
「違いねぇや…まだ、償えてねーのによォ」
「全員で食って飲んで、騒いでやろーぜ」
「…そのせいでオレのサプライズパーティしょぼくなったりしねーだろーな」
「そーだな、ペコのパーティの規模をもっとデカくするか」
「ヤメろよ!?寂しーだろうが!」
「可哀想にな、ペコの為を思って犠牲になってくれや」
左右田は不満を呟きながらそっぽを向く。
服が水を吸い、重くなっている。動きづらい。
「そろそろ戻ろーぜ。本当に風邪引いちまう」
左右田は大きなくしゃみをし、腕をさすりながら、
「まだ大丈夫だっつの。そんな柔じゃねーよ。それにオレの場所取られてたまっかよ」
「早く戻れよ。ベタベタのままパーティなんかダラしなくてなんねーよ」
「はいはい」
左右田は右手を上げ、ひらひらと振った。
九頭龍は立ち上がり、その場を後にする。睫毛に着いた水滴が視界で邪魔をして、前がよく見えない。
雨に打たれながら考えていたのは何だったか。
覚えていないという事は、大して価値のない考えだったのだろう。
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- 3 : 2015/06/29(月) 12:20:37 :
- 「左右田さん、誕生日おめでとうございます!」
クラッカーの音に目を丸くし、下を向き鼻をすする。
「ソニアさん、ありがとうございます。オレ、貴方に祝えて貰えて本当に嬉しいです。オレはソニアさんに祝われる為にこの世に生まれたんですね…」
腕で目を擦りながら、鼻声でそう言った。
「はい、日向さんや九頭龍さん、そして終里さん皆さんからの祝福を受けるために生まれてきたと言っても過言ではないですね!」
ソニアは、左右田にそう言って微笑んだ。
「ソニアさん…お美しい…まるで女神の様です」
左右田は目をキラキラと輝かせながらそう言った。
「日向さん、お料理のお味はいかがでしょうか。頑張って作ってみたのですが…」
ソニアは口元に手を当て、日向にそう問いかける。
日向は、爽やかな笑顔で言う。
「美味しいぞ!流石ソニアだな、料理も習ってただけあるよな」
「お口にあった様で嬉しいです。明日のパーティでも期待していてくださいね!」
ソニアは力こぶを作り、自信満々な表情でそう言った。
「テメェ日向!ソニアさんとイチャイチャしやがって!」
突然後ろから首に腕を回された。その腕の主を確かめようと首を回す。
「オレらも祝ってんだ、そっちばっか見てんじゃねーって!つまんねーだろ」
「へ?それってどーいう…」
九頭龍が左右田の近くに来て、
「仲間外れになったみたいで寂しいだけだろ、妙な期待すんなよ」
「うっせ…わかってら…」
「ゴチャゴチャ言ってねーで!さっさと食え食え!左右田の誕生日パーティなのにオレが全部食っちまうぞ!」
「おい!それはソニアさんがこのオレの為に作った料理だぞ!勝手に食うんじゃねぇ!」
「うるせぇ!あたしも作ったんだよ!」
日向が九頭龍の近くに歩き、並んで二人の様子を見る。
「どうしてあんな意地悪言ったんだよ」
日向はヘラヘラ笑いながら先程の発言の意図を問いかける。
「別に…、本当に何もないかもしんねーだろ。ただの気の迷いかもしんねーしよ」
「違いないけどな。でも終里、自分のこと、あたしって言うほど変わったんだよな」
「本当日向は細けェとこ気が付くな。でも、変わったのは全員同じだろうが。…つーか酒くせぇぞ日向。近づくんじゃねぇ」
「すまないな、だけどそんなに睨まなくたっていいだろ。怖いぞ」
「たりめーだ。極道者が怖くなくてどーする」
九頭龍はコップに入った茶を飲む。
背格好は大きくなく、寧ろ小さい方だろう。その為パッと見怖いと聞かれたらそうでもないが。
「普通に怖すぎるんだよな、九頭龍」
「たりめーだっつってんだろ。変な日本語使ってんじゃねぇ」
「なんだよ、酒臭い息でも吐きかけてやろーか?」
「テメェの右眼抉り出してやろうか」
日向は、大して怖がる様子を見せずにまたソニアの方に歩いて行った。
九頭龍は、自分の皿に乗せた物を平らげた。皿を洗いに台所に行こうとすると、足がもつれよろけてしまった。
九頭龍は壁に手をつき、息が荒くなっていた。
「おい九頭龍、大丈夫か?風邪引いたんじゃねーだろな」
「オレにあんなこと言っといてテメェが風邪引いたのかよ。世話ねぇな。しゃーねぇからオレが部屋まで背負ってってやるよ」
「アホか、んなことされなくたって自分で歩いて行けるァ」
九頭龍は壁から手を離し自分の足で立とうとする。だが、バランスを崩して終里に捕まえられる。
「何しやがる…」
「そんなんで倒れて怪我されたらたまったもんじゃねーんだよ、休んだ方が良い」
「九頭龍さん、食器はわたくしが運びますのでどうか休んでください。パーティなら明日もありますしね!」
ソニアは九頭龍から食器を受け取り、台所に向かう。
九頭龍は左右田に背負われながら部屋から出て行こうとする。
「九頭龍、疲れもたまってるだろ、ゆっくり休んでくれ」
九頭龍は力のない声で、すまない、と呟いた。
「左右田悪いな、誕生日なのに。代わろうか?」
「いや、大丈夫だ。オレが雨にあたらしたよーなモンだしな」
「じゃあ任したぞ」
「おぅよ」
日向は、他の食器も片付ける為にテーブルに手を出した。
「日向ー、あたしは飾付け片付けようか?」
「そうだな…、明日は彼奴らの近くでパーティするか?」
「それいいな!そうしよーぜ、なら片付けんな」
「任したぞ」
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- 4 : 2015/06/29(月) 14:23:08 :
- 九頭龍の個室は、組に関係する旗などが飾られていた。左右田は九頭龍をベッドに乗せ、布団を被せる。
「すまねぇな…左右田。めでてぇ日なのによ」
左右田は別段気にもせず、気にするな、と言葉を返す。
「オレとオメーの仲だろうが。来年はしっかりしろよな」
「へっ、任しとけ」
「オメーは頑張り過ぎなんだよ。最近は特にな」
左右田は扉に手を掛けると、
「九頭龍、頭冷やすもんいるか?あと風邪薬とか」
一拍空いて、頼んだ、と声が聞こえた。
左右田は、待ってろ、と言い部屋から出ていった。
九頭龍は目をつむり、腕で目元を隠した。少しでも目に入る光を減らせたからか、体が少し落ち着いた。
鳥肌が立ち、寒く感じるのに汗はダラダラと滝の様に出てくる。
消えない頭痛に舌打ちをし、左右田が帰る前に九頭龍は眠りに入っていた。
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- 5 : 2015/06/29(月) 15:57:31 :
- 曇り空が見える。
波が打ち寄せ崖を叩く。
海は荒れている様で自分の顔に水滴が着いた。
既視感のあるこの崖に気分を悪くする。悪夢の様な場所だ。
「坊っちゃん」
はっ、として声の聞こえた方を振り向く。心ノ臓が鳴り止まず、うるさい。
何度も、何度も求めた彼奴の声が
「ペコ…」
女性にしては背の高い。黒いセーラー服を着ていて、雪の様に輝く銀髪は高い位置で二つに結ばれ固い三つ編みとなっている。目は赤く、か弱い少女なら、睨まれただけでも死んでしまうのではないかと思う程の鋭く強い。
銀髪の娘は、こちらを見たままピクリとも動かない。
九頭龍は、娘の方に歩いて行く。嬉々とした表情で言葉を発す。
「ペコ…久しぶりじゃねぇか。いつまで寝てたんだ。やっと起きてくれたか」
強い風が吹き、砂が舞う。
「お前が居ない間、大変だったんだぜ。…ペコ、またオレに着いてきてくれや。お前を失う絶望は、もう味わいたくない」
風の吹く音と、波が打ち寄せる音とだけが九頭龍の耳を響かせる。
「ペコ…?」
返事が中々返らないことに、訝しみ、もう一度名前を読んだ。
瞬きをした、その瞬間辺古山の姿は変わり果て、身体中を日本刀で刺されていた。
「おま…なんで…」
身体中から血を流し、いつもより蒼くなった顔でオレの名を呼ぶ。
「冬彦…坊っちゃん…」
口から出た血が九頭龍の顔にかかる。
九頭龍は、指先を震わせ、膝もガクガクと震えて少し押しただけで倒れてしまいそうだ。
歯の根が合わず、ガタガタと聞こえてきそうだ。
ペコが両手を九頭龍に伸ばした。
血でベタついた手が、九頭龍の頬に触れ、落ちる。
倒れた辺古山を見ながら、九頭龍は絶叫をあげる。
不意に、誰かの手が九頭龍の視界を隠す。
耳元で、声が聞こえた。
この声は、オレを絶対に許さない声。
背中に刃物が刺さった感覚に、九頭龍は歯を食いしばり、うめき声を漏らす。
刃物が抜かれ、オレはその場に横たわる。
最期に見えたのは、艶やかな着物だった。
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- 6 : 2015/06/29(月) 21:41:47 :
- 大声をあげながら上体を起こす。額に乗せられていた濡れタオルが落ちて毛布を濡らす。
荒くなっていた息を少しずつ落ち着け、部屋に誰かがいることに気が付いた。
「…あら、九頭龍さん。目が覚めたんですか。ご気分は如何ですか?」
ソニアは寝ぼけた眼を擦りながら、九頭龍に言葉をかける。
生温くなったタオルをたたみ直しながら、大丈夫だ、と応えた。
「それなら良かったです。かなりの汗をかいていますが、お風呂入れますか?」
九頭龍は、首に手を当てると汗の多さに嫌そうな顔をし風呂を浴びることにするとソニアに伝えた。
「今日は、あまり食べない方が良さそうですね…。せっかくの辺古山さんの誕生日なのに…」
ソニアは目を伏せながらそう言った。
「左右田は…どうした」
ソニアはタオルを絞りながら言葉を返す。束ねた髪から一房たれ、耳にかける。
「途中で交代しました。誕生日ですし、働かせては可哀想ですしね」
「悪いな、わざわざ…」
ソニアは明るい声で言葉を返す。
「困ったときはお互い様です!わたくしが困ったら九頭龍さんがたすけてくださいね」
九頭龍は苦笑し、言葉を返した。
「しゃーねぇな、任せとけ」
「はい!期待しております」
九頭龍は、ソニアに風呂に入るからと部屋から出ていってもらい、息を一つ吐いた。
頭の中がはっきりせず、動きたくない。
九頭龍は立ち上がり、バスルームへと向かう。しばらく横になっていたせいか、軽い立ちくらみになった。
洗面台で鏡を見ると、そこにはやつれた自分の姿があった。
九頭龍は、自分の頬を触れながら鏡を見ていた。
「ペコ、オレはお前に生かされた。
だけどよォ、たまに死にたくなっちまうんだよ」
鏡に写るのは自分自身。鏡の中では自分を思うがままにできる。本当に軽い征服感。
「こんな奴、ペコが生かす程の価値があったのか?」
弱い言葉、吐けばきっと少しだけ救われる。
それはほんの一時的なもの。
死なない為、いや生きる為には、信じるしかないのだ。自分にはそれ程の価値がある人間だと。
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- 7 : 2015/06/30(火) 13:28:20 :
- 窓を見ると太陽が昇っていた。
九頭龍は廊下に出て、窓から入る陽の光を浴びる。
まだ悪寒はするが、不思議と気分は良い。
「九頭龍、なんだ起きてたのか」
男にしては高めの声が聞こえ、九頭龍はその方を向いた。
日向は片手を軽く挙げ、おはよう、と言いながら近づいてくる。
「日向か、おはよう。悪かったな、昨日は」
「気にすんなって、働き過ぎたんだよ。少しは休んだ方がいいぞ」
「そうだな、気をつける」
九頭龍は会話をやめ、目的の場所に向かおうとする。
「なぁ、九頭龍」
九頭龍は立ち止まった。
「何だ、日向」
日向は口を開き、だがその言葉は形にならない。
「いや、辺古山の誕生日、盛大に祝ってやろうぜ」
日向は足音を鳴らし九頭龍と逆方向へと歩いていった。
目的の場所に着いた九頭龍は、頼りない足取りで一つのカプセルに向かう。
恐ろしい程に静かで、機械音と自分の鼓動だけが耳に響いた。
カプセルの隣に立ち、九頭龍は言葉を紡いだ。
雪のように白い肌、光を反射して煌めく髪。ほどかれた髪はウェーブがかっていた。
「おはよう、昨日とは打って変わって良い朝だな」
超高校級の剣道家、そう呼ばれた辺古山だが、腕も以前より細くなり、当時の力強さが残っている様には見えなかった。
「今日が何の日かわかるか、お前は自分のこととなるとあまり興味がなかったからな。覚えてるか心配だ」
だがこいつはペコだ。
オレの幼馴染みの辺古山ペコだ。
「誕生日おめでとう。プレゼントだって用意してあるんだぜ」
いつもムスッとしてて、目つき悪くて、愛想笑いなんか見たこともない。
「ゆっくり休んでくれや。その間は、お前の分も生きてやるからよ」
九頭龍はカプセルの表面を左手で撫で、呟いた。
「だから、起きてくれや。待つからよ」
機械音が響く部屋で、九頭龍冬彦はそこに立っていた。
脳波計のモニターの映像が変化する。
波形が大きく揺れる。
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- 8 : 2015/06/30(火) 13:30:28 :
- 左右田と辺古山の誕生日SSのつもりでしたがなぜか九頭龍メインになってしまいました!
すいません!
お二人とも誕生日おめでとうございます!
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- 9 : 2015/07/01(水) 23:42:55 :
- 乙!面白かった!ペコの目覚めを信じて
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- 10 : 2015/07/02(木) 20:01:11 :
- >>9
ありがとうございます!
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