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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

エンジンルームより愛を込めて

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  1. 1 : : 2015/05/03(日) 20:41:17



    僕の目の前で彼女の胸から大量の血飛沫が舞った。

    緑色と紫色が織り交ざったその長く鋭利な触手は何者かに隔たれることなく、真っ直ぐに彼女を貫いていた。

    今でもその光景を忘れることはない。

    色、臭い、感触、その異質者(ヘテロジニアス)の容姿、そして僕の手から崩れていく彼女。


    美しかった彼女の唇から赤紫の血が鎖骨に向け落ちる。
    鉄分を含むと言われるその液体からは何やら生臭い香りが舞ったことは鮮明に覚えている。

    最後の力で僕から手を離す彼女は、その強い志を含めた目で見つめながら「生きて」と囁き脱出ポッドの外部ドアボタンを押した。



    瞬間開閉扉のロックがかかる前に僕は『敵』を見た。

    奴は『眼』を持っていた。
    丸く見開いたその『眼』の中心に赤色と緑色が混ざる瞳孔を。
    僕はその眼を一日たりとも忘れたことはない。
    愛しき人を奪った『奴』を。



    『奴』を見つけ出し殺すことが、僕の生きる糧となった。




  2. 2 : : 2015/05/03(日) 20:42:08













    エンジンルームより愛を込めて













  3. 3 : : 2015/05/03(日) 20:44:05



    僕はバッカース第四空軍の講堂で発表されている、指定宙戦機登録の発表紙を見て呆然としていた。

    先日空軍宙戦機特設攻撃部隊学校を卒業した僕達新人パイロットには、一人一人に宙機が指定されるのだ。


    僕の指定された宙機は歴戦を掻い潜り生き残った『ゼロ』。


    開発に携わったのは同種の日本人であることは嬉しいのだが、何も敗戦した戦争の歴戦機の名をつけずともよかろうに。

    しかしながら僕が呆然とする理由は、その宙機に搭乗したパイロットが全て戦死しており、死神のレッテルを張られているということだ。
    搭乗者は名のあるパイロットが多かったらしいが連続して12名の命を失くし、僕がこの度幸運の13番目のパイロットに指定された。


    何故パイロットが絶命した状態で宙機が無事なのかと言えば、その謎はエンジンルームの搭乗者に関連する。

    要するにこの宙機は二人乗りなのだ。分かりやすいだろう。パイロットが死んだとしてもエンジンが生きていれば宙機は帰還できる。それだけのことだ。



    「よ。防人(さきもり)


    「……」


    「ふてくされるなよ。宙機は優秀なんだ、次席のお前なら大丈夫さ」


    赤色の逆立った髪が特徴のこの男はリャン・ショウス。

    僕と共に宙機特設攻撃部隊学校を卒業したメンバーの一人だ。
    そういう彼は幸運機の『ジェイ-イレブン』へ配機が決まったそうで、靨を作りながら僕に話しかけてきた。


    「『ルーマー』は日本人のクローンらしいぜ。相性なんかも考えて配機されたんだろ。しょうがねえさ」


    「……納得してない訳じゃない。ただ」


    「あの異質(ヘテロ)を見つけるまではお前は死ねないんだろう? 何百回も聞いて飽き飽きしたよ」


    ふう、と溜息を洩らしリャンは僕の肩をポンポンと叩く。

    そうだ。僕、防人悠斗(さきもりゆうと)は復讐のために生きている。

    沙美の命を奪った異質者(ヘテロジニアス)を必ず見つけ殺す。
    そして奴ら全てを一匹残らず殲滅する。
    そのためには自己の命等惜しくはないだろう。

  4. 4 : : 2015/05/03(日) 20:46:25



    「そいや、これから指定された宙機を拝めるらしいぜ、行かないか?」


    「……女性とは言え、『ルーマー』には拝めないぞ」


    「あはは、オレもさすがにクローンにまで手を出すような女好きじゃあねえさ。まあそのあれだ。これから相棒になるんだしよ」


    「……」


    『ルーマー』とは、各宙機のエンジンルームに配備されている人間のクローンのことだ。

    宙機は元々宇宙を舞う戦闘機という略名で呼ばれている。

    360度宙を舞うことからパイロットの並行感覚を失わせないため、『ルーマー』の彼女達が方位磁石の役割をこなしている。

    昔バッカースの居住生活のテストのために大量に生み出されたクローンであるが、『ルーマー』は基本的に女性でなくてはならない。
    エンジンルームの核を担うためいくつもの配線コードを体に突き刺し、その痛力に耐えうる耐性を持っているのが女性だけだからだ。


    「まあ、そうだな。一応見ておくか」


    「お、今日は聞き分けがいいじゃないか。普段飯を誘っても来ないくせに」


    「……皆と戯れるのは好きじゃない」


    「コミュ障か」


    「違う。ただ……そういう雰囲気の中へ行くと自分の意思を見失いそうで怖いんだよ」


    「……もう3年も前のことなんだろう。お前も今年で22、そろそろ別の人を選んでもいいんじゃないか?」


    「そんな訳にはいかない」


    「まあ、ジャパニーが一途なのは分かるがなぁ。オレを見習ってみろ、引くて数多だぞ」


    「お前は顔も良いし性格も良いのは認める。だが中国人としての誇りを捨てたかのように女性へ声をかけるのはやめろ」


    「厳しいこって」


    「事実じゃないか」


    リャンは「参ったな」とポーズを取り優しげに溜息をつく。

    彼は僕が宙戦機特設攻撃部隊学校に入校してから1年目に同室になった。
    昔から女好きな性格があり、夜な夜な部屋を出て女子寮まで忍び込んでいた姿が懐かしい。まあ大抵は教官に発見されて罰を受けていたけれど。

    リャンのことは嫌いではない、むしろそんな性格でも僕より宙機の扱いが長けているところは素直に尊敬するし、彼もそれを自慢するようなこともしない。
    俗に言う『いい奴』というところだ。


  5. 5 : : 2015/05/03(日) 20:49:00



    「お、防人あそこ見ろよ。オリジナル様だぜ」


    「……」


    僕たちが居た発表紙の看板から離れた廊下で、すらっとしたやけにスタイルの良い眼鏡イケメンが僕たちの方へ向かってくる。

    彼はオリジナルであり、宙戦機特設攻撃部隊学校を首席で卒業したリチャード・トゥルスだ。
    地球のイギリス出身である彼は、何故かバッカースの空軍学校に入校してきた。

    まあ、異質(ヘテロ)が人類を襲うこととなったこの時代に、オリジナルもライトも関係はないのだけれど。



    「……スピットファイアか」


    彼は僕らの隣で立ち止まり、発表紙を確認してそう言った。
    宙機は新人に配機される中で一番の火力を持つスピットファイアだったようだ。

    首席、そしてオリジナルへは配機される宙機も優秀なんだな。
    宙機を扱うのは実力だけれども、さすがに意図的な配機には少し僕も腹が立つ。


    「良かったじゃないか。その宙機は優秀らしいしな」


    「……話しかけるな、ライトの分際で」


    「おいおい、いつものことじゃあるが、いい加減そういう人種差別の言葉を吐くのはやめろ。今ではオリジナルとライトが共闘しないと始まらんだろう」


    「元はと言えばライトの貴様らが地球を侵略しようとしたのが間違いだろう。貴様らのおかげでオリジナルの戦力が少数ではあるが減少した。貴様らはその責を負わなければならない」


    「そんなよお、親の世代にかかることを逆恨みされてもなあ。なぁ悠斗」


    「……」


    2213年、地球は温暖化の影響を恐れ、当時の技術全てを駆使し宇宙へ『バッカース』(back earth)という人口惑星を建造した。

    その後、同人口惑星での居住環境テストのために送られたのが優秀な人間の血液から作成された大量のクローン達。

    3年間の居住テストをクリアし、地球側からも人口の6割がバッカースへと移住することとなった。


    地球へ残る人間達は優秀な人材が選抜されたために『オリジナル』と呼ばれ、バッカースへ移住した人間は薄っぺらいという意味で『ライト』と呼称されることとなった。

    そして2229年、地球からの迫害を受けてきた『ライト』が地球を奪還するためにと戦争を仕掛ける。


    これが俗に言う第一次星住戦争だ。
    どこかのアニメ等で見た設定のようだが、現実にその戦争は火花を散らした。

    リチャードはそのことを未だに根に持っているらしい。もう第一次星住戦争は5年以上も前の話だというのに。

  6. 6 : : 2015/05/03(日) 20:51:13



    「それに第二次星住戦争で活躍した宙機があったからこそ、今異質(ヘテロ)に対抗できてる訳だろ。ライトのおかげで、とまでは言えんがそこは協力し合っていくしかないじゃないか」


    「宙機を開発したのはライトの人権思想がクレイジーだからだ。クローンとはいえ彼女達を酷使することは明らかな人権被害だと思わんかね」


    「そりゃそうだが……しかしクローンは実際には法律上存在してはならないものだ。居住テストのため一時的に法は破られたものの、そういう扱いになるのもしょうがないだろう」


    「次席、貴様はオレが唯一認めているライトだ。貴様はどう思う?」


    リチャードは珍しく僕に同意を求めた。

    流石に彼の次の順位で卒業した僕だから、それなりに立ててくれているのだろうか。

    いや多分プライドの高い彼のことだ。
    自分と同等程の成績を叩き出した僕に意見を求めることで、自分の方が優秀だと言いたい面もあるのだろう。


    「……異質(ヘテロ)が殺せるなら、僕はどうでもいい」


    と、素っ気ない返事になってしまうのは僕の悪いところだが、最初に述べたように僕は人との関わりをあまり持ちたくないのだ。
    友人、恋人、人間関係というのは復讐者にとって一番厄介で且つ必要のないもの。

    その意思が揺らぐ可能性もあるのはもちろんだが、第一に無駄な時間を浪費してしまうのが惜しいと考える。

    そんな暇があるのであれば1分でも奴らを殺す技術を身に付けるべきである。


    「……ふん。貴様らしい答えだ。オレは貴様のそういうところを認めている」


    「……」


    褒めてくれているのだろうか。
    というかまあ、ほぼライトしかいなかった僕たちの学校で、このように高慢な彼が友達ができる訳はない。

    次席である僕とくらい、仲良くでもしたいのだろう。先に述べたとおりだが、僕はそういう馴れ合いはごめんだ。
    例え君がオリジナルだとしても。


    「かーっ! 相変わらずお高い立場からものを言うなあ、お前は」


    リャンはここまで馬鹿にされていようと、相変わらず相手の尊厳をそこまで傷つけない程度の『良い奴』の返答をする。

    これが彼の強みではある。数ある生徒の中で僕がリャンを嫌いではないのは、そんな理由かもしれない。
  7. 7 : : 2015/05/03(日) 20:53:17



    「HeeY! 優秀なみんなが集まってるネー! どしたのー?」


    「おう、アベリィ」


    再び廊下から元気そうな声が聞こえ、その女性は走って手を振りながらこちらへ向かって来た。

    同年拝命の彼女の名は、アベリィ・モレッツ。
    ライトのアメリカ人とドイツ人のハーフである彼女は、天津爛漫な性格で可愛らしい容姿を持ち、学校でもアイドル的なポジションとなっていた。

    というかパイロットを志す青年の内9割が男性、1割が女性という数字であるからして、少しでも可愛ければ自然とそのような扱いになるんだろうが。


    「OH! そうだ、今日は宙機の発表だったネー! 悠斗、どうでシター?」


    「……『ゼロ』だったよ。日本人が開発した宙機だ」


    「ゼッ、『ゼロ』ですカー!? あの……death fighterと呼ばれる……!」


    「……」


    「アベリィ、察しろ。夜這いすんぞ」


    「ご、ごめんネー悠斗。リャンはあれネ、一度hellまで直行するのがいいデス!」


    「お前の翻訳機、わざとなのか? 英語を混ぜたような言葉で切り返されると結構傷つくな」


    「うっふっふー、こういう喋り方、日本人は好きなのですヨー。ね? 悠斗」


    「……」


    「……ちっ、うるさいライトどもめ」


    リチャードは気を悪くしたように僕らから離れて行った。

    プライドが高く群れるのが嫌いな彼からすると、アベリィのような明るく爛漫な子が一番嫌いなのだろう。
    事あるごとに次席だからと言って僕に声をかけてくる彼女は、自分としても少し苦手だ。


    「あーあーふてくされて行っちまった」


    「ふん! 私リチャード苦手ネー。オリジナルとかそういうこと言いたくないケド、彼はオリジナルの中でも特別ライトを毛嫌いしてるネ」


    「まあなあ。あ、そういやお前の宙機指定はなんだ? アベリィ」


    「OH! まだ見てなかったデース! えっとー……チャンス、ボー? 悠斗これどんな機デース?」

  8. 8 : : 2015/05/03(日) 20:54:45



    「……チャンス・ヴォート。全長19.43m、全幅13.05m、全高5.63m、翼面積56.5mの戦闘機型宙機だ。Gの負荷も軽く扱いやすい。これまでに死者も出てない優秀な機だよ」


    「Amazing! さすが私が認めた男ネー! love you!」


    アベリィは遮る僕を無視して抱きしめてくる。
    彼女が僕に好意を寄せているのは分かっているが、心に沙美がいる僕としては彼女へ心が揺らぐことはないし、こういう行為は控えて欲しい。

    いや、お節介にも宙機の詳しい説明をした僕の責任か。


    「いいなあ。オレのことも抱きしめていいんだぜ? アベリィ」


    「リャンは安っぽいから嫌デース」


    「や、安っぽいって……」


    「……そろそろ行こう。時間を無駄にしたくないんだ」


    「あ、おう。アベリィ、お前も宙機見に行くだろ?」


    「あったりまえデスネー! 悠斗も行くの? 腕組んでもいいですカー?」


    「……やめてほしい、かな」


    「FOO! 相変わらずクールデース! でも悠斗のそういうところが私の心にズキュウウンデス!」


    「ズキュウウンてお前な……」


    アベリィのことは嫌いじゃないけれど、こういう展開になると止まることはない。
    もちろん彼女は僕の過去を知っているし、恋人が異質(ヘテロ)に殺されたことも知っている。

    それを受け入れても僕と接してくれるのは嬉しいけれど、やっぱり馴れ合いは嫌いなんだ。

    僕はそのまま宙機がある格納庫へと歩き出していた。


  9. 9 : : 2015/05/03(日) 20:54:59














  10. 10 : : 2015/05/03(日) 20:58:19


    異質者(ヘテロジニアス)が人間を襲いだしたのは、第二次星住戦争の最中であった。

    どこから現れたのか、どんな生き物なのか、どのような生態なのかすら分からない突然の宇宙からの訪問者は、地球、バッカースを差別することなく同時に襲来した。

    基本的な容姿は、定まってはいない。
    その種類は現在で確認される内、大きく分けて5種類で分類される。

    ・全長5メートル程度の顔だけで構成された小型異質者
    ・全長10メートル程度の人間のような手を持つ中型異質者
    ・全長30メートルを超え、人間の手足がついた大型異質者
    ・全長5~50メートルの差があるが、その身体全体に何十という手足をもった異形異質者
    ・全長100メートルを遥かに凌駕し、その身体全体から攻撃砲を放出するマザー型異質者。

    今のところ分かっているのは、マザー型の異質者(ヘテロジニアス)が存在する場所に彼らは群れて住まう。

    宇宙のどこで生息し、何を目的として人間を襲っているのかすら分からない。

    その攻撃方法は様々であるが、基本的に人類等と同じく砲弾のようなものを口から発射させる。
    着弾すれば爆発する代物ではあるが、それも固形別によって様々だ。


    そして一番厄介なのが、異形異質者の触手攻撃である。
    砲弾等は直線的で回避できるものの、接近戦となり追撃要素を備えた触手は、戦闘機のパイロットを無残にも突き刺す。


    僕の恋人であった沙美の命を奪ったのは、全長50メートル程の異形異質者。

    その姿は特徴的であり、体中に張り巡らされたあの目を忘れることはない。



    第二次星住戦争とはいっても、当時学生であった僕らにはその戦争の姿は知らない。
    バッカース側が仕掛けたものとはいえ、戦争に反対する人員も少なくはなかった。


    聞く話によれば、第一次星住戦争では2年の歳月が経過したものの、バッカース建造時から侵略を予測していた地球側の圧倒的勝利に終わったそうだ。

    どちらにしても大気圏を突破する際にレーダーに感知されてしまうのだから、当然のことではある。

    そこからバッカースに住まうライトは不要となったクローン達を武器とすることを考案した。

    それが、複製人種搭載型宇宙戦闘機である宙機の始まりだ。


    エンジンルーム自体にクローン人間を乗せ、宙機自体とクローンをシンクロさせることでその戦闘機の操作性は未知の領域へと突入した。

    つまり、クローンの彼女達の意思をエンジンと共有させることで、相手の攻撃や砲弾をも自動的に回避し、こちらからの攻撃をほぼ10割の確率で敵へ着弾させるという代物となったのだ。

    オリジナルである地球側はこれを予期することはできず、第二次星住戦争はバッカースに住まうライト側が優勢だった。


    しかし、異質者(ヘテロジニアス)の襲来により第二次星住戦争は終結を迎える。


    オリジナル、ライトの蟠りをなくし、共闘しなければ人類自体が滅亡の危機を迎える状況となったからだ。

    現在その攻防は良い方向へ向いているとは言えない。

    既に戦争で互いに命を削っていた人類であったが、当初の人口より約半分の人間が彼らに殺された。

    様々な軍事力を持って対抗した人類であったが、一人のパイロットしか搭乗しない宇宙戦闘機は彼らの前では全く歯が立たない。


    エンジンとなり宙機を操るクローンの基盤がなければ、異質者(ヘテロジニアス)の速すぎる砲弾を避けることすらできないのだ。

    よって、彼ら異質者(ヘテロジニアス)を接近、破壊できるのはエンジンルームへクローン人間を搭載した宙機のみ。

    これまでに多数の異質者(ヘテロジニアス)を破壊してきた人類であったが、彼らの侵攻は止まることはなかった。

    謎の襲来エイリアンに、人類はその存亡を賭け今も果てしない戦いを続けていた。

  11. 11 : : 2015/05/03(日) 21:02:27








    「ワオ! とっても美しいデース!」


    断っても僕の腕を掴んでいたアベリィは、格納庫に設置された自己の宙機を目の当たりにして叫ぶ。
    流石にパイロットとして興奮したのだろうか、僕の腕からはいつの間にか彼女の手が離れていた。


    「おー、こいつがオレの宙機か」


    リャンも自分の宙機を見つけ、まじまじとその姿を見つめている。


    「……こん中には、オレの命を守ってくれる女神様が住んでるんだよな」


    「……存在しちゃならないクローンだけど」


    「まあそうだが、仲良くしたいもんだぜ。飛行中も彼女達が指示をくれるんだからな。コミュニケーションは大事だ」


    「……宙機搭乗者規則第18条。搭乗者は『ルーマー』と接することを禁ずる」


    「い、いや、分かってるよそれくらい。でもさ、やっぱお互いを信頼することから始めないとな。Gリミットも彼女がキーを握ってるしよ」


    「Gリミットは彼女達ルーマーの命を削る。緊急時しかそれは認められないよ」


    「そうだけどよお」



    搭乗者であるパイロットは、宙機内にセッティングされたクローン人間『ルーマー』とともに出撃することとなる。


    いわば彼女達は宙機の核であり、方向性や武器発射の指示は我々パイロットに委ねられているものの、その機動性は全て彼女達が背負う。

    ルーマーと話ができるのは飛行中であり、彼女達と接触するのは認められていない。

    情愛等と関連するものがあるのかもしれないが、過去にパイロットがクローンであるルーマーに恋に落ち、その身体をエンジンルームの外へ出させた例があった。

    だが兵器として改造された彼女達は、エンジンルーム外で生きていく術はない。
    貴重な兵器であるそのルーマーは、ものの5分もせずに絶命したそうだ。


    だから特例として、情愛を主観とした彼女たちと接することを禁ずる第18条が発せられた。
    宙機を整備する整備員以外は『ルーマー』と接触することは許されない。と。

    ただクローンと言えど彼女達は人間であり、感情も存在するそうだ。

    しかし、現在はその感情すらも制御されたと聞いている。


  12. 12 : : 2015/05/06(水) 17:13:09


    「……これが……ゼロ……」

    僕は自分の機をまじまじと見つめていた。
    全長9.05m、全幅12.0m、全高3.57m、翼面積22.44m²の戦闘機型宙機だ。
    宙機の中でもその姿は極めて小さい部類に入る。

    当初記念空機として第二次世界大戦時に活躍した零戦とほぼ同等の大きさで製造されたが、現在は個人旅行機用だった当時の面影はなく、宇宙での戦闘に長けるよう改造されその両羽にはミサイルとレーザーガンが往々しく存在感を見せる。

    全宙機の中でもスピード、機動性においてはナンバーワンと呼称されているものの、その被触率もナンバーワンだ。

    ようするに弾丸を回避する力には長けているのにも関わらず、追撃性を帯びた触手攻撃に弱い。

    理由は様々に考えられるものの、緊急回避のターボシステムを搭載できない機の小ささがその汚点の一つであり、回避率が低く生還率が減少しているのが原因とは考えられている。


    「……」


    その機に触れる。

    姿そのものは昔の飛行機と呼ばれるものに近いものの、装甲は当時の5倍以上、そして最大限に軽量されその重さは1tにも満たない。

    これが僕とともに異質者(ヘテロジニアス)と戦う機となる。

    軍人となった僕としては、この宙機が生涯を共にする妻のように感じていた。
    結婚前の新郎の気持ちとは違うのだろうけど、それくらいの想いは自然と心に溢れる。

    こいつが僕の命を握っているのだ。



    《……ずっと。待っていました》


    「っ!! えっ!?」


    突然頭に響いた声に、僕は驚きを隠せず宙機から触れていた右手を離す。

    周りを見渡すと、僕の奇声に驚くリャンやアベリィの姿。


    「ど、どした突然?」


    「悠斗、大丈夫? 何かあったですカー?」


    「あ、いや。えっと……」


    《……》


    既に僕の頭には言葉は聞こえなかった。

    リャンやアベリィの質問からも、彼らが僕に声をかけたものではないことはすぐに分かる。

    その『声』は、明らかに『優しく心に語りかける母親のような声』であり、格納庫にいる人員の誰のものでもなかったのだ。


    「……もしかして……君なのか……?」


    僕は自己の宙機である『ゼロ』を見つめる。
    しかし、その返答は返ってくることはなかった。
  13. 13 : : 2015/05/06(水) 17:13:41



    「……? 大丈夫か悠斗。はは、もしかして『ルーマー』の声が聞こえたか?」


    「……」


    「リャンは本当に頭が悪いですネー。『ルーマー』と会話ができるのはコクピット内のみデス。それに彼女達は今休眠中ですから、エネルギーがない間は喋れるハズないじゃないデスカー」


    「いやでもさ、そんな感じに見えたからよ」


    「……」


    気のせい、なのか?逆に、リャン達には聞こえていなかったのだろうか。

    いや、でも確かに聞こえた。聞こえたんだ。


    とても安心する声で、とても優しい声で、とても愛しい声で。


    僕を、『待っていた』と。




  14. 14 : : 2015/05/06(水) 17:14:01



















  15. 15 : : 2015/05/06(水) 17:16:06



    僕と沙美がお互いを知ったのは、10歳の時だ。

    バッカース内のシズラウ都立イサミネ小学校の道徳授業で、地球の同級生と文通をし博識を高めるのが趣旨のものだった。

    当時はまだ戦争という迫害はなく、生まれながらライトであった僕としては、オリジナルの人と連絡を取れるのが楽しみで仕方なかった。

    本来ヴァーチャル会話をしてしまえば済む事柄ではあるものの、『文通』という古来からの風習を勉強することで、文字でしか伝わらないものがあると教えられたことは、今でも鮮明に覚えている。

    最初の差出人は僕だった。

    相手は別に誰でも良かったが、昔から女の子が苦手だった僕はどちらかというと同性と文通をする方を望んでいたのだが……

    結末を先述しているとおり、文通相手に決まったのが同じ日本人であるオリジナルの幾田沙美(いくたさみ)だった。

    返事はすぐに帰ってきた。

    とはいえ1週間の内の1回の授業でしかメッセージを送受信することができないので、僕がメッセージを見たのは1週間後だったのだけれど、彼女の返信時間はものの1時間もかかっていなかった。

    恥ずかしがり屋でプラス文章力もない僕は、短文で「よろしくお願いします」等という少し寂し気な内容しか送信できなかったことから、返事を見るのが少し怖かった。

    しかし、沙美からの返答は文であっても、彼女の奥底にある優しさや心の声が僕の心にドシンと音を立てて伝わってきた。

    無駄な言葉等は一つもなく、主語と述語まできっちりと整えられており、その言葉一つ一つに愛が含まれている感じがした。

    文でしか伝わらないことがある、と強く記憶に残っているのはそのせいだろう。

    沙美からのメッセージに僕の心はいつの間にか踊りだし、たくさんの日本語や難しい言葉を勉強して彼女にメッセージを返信していた。

    授業の都合もあり彼女との連絡は半年間の期間を経て終わったけれど、その後も僕たちは先生に内緒で個人の連絡先を交換した。

    人と、特に女の子と付き合うことが苦手だった僕は、気が付けば毎日、彼女と連絡を取り合うことが生き甲斐となっていたのは言うまでもない。


  16. 16 : : 2015/05/06(水) 17:16:36























  17. 17 : : 2015/05/06(水) 17:17:23



    私は長い夢を見ている。

    とてつもない長い夢。

    その周りは全てが真っ白な空間で何も考えが浮かばない。
    私は他とは違っていた。明らかに違っていた。それは覚えている。

    しかし仲間はいた。

    超能力という類は信じない方であったけど、信じずにはいられない状況だったのだと思う。

    後、何か大事なものを忘れている。
    とてもとても、大事なもの。
    いつまでも無くならない、そして失うことがないと安心できる大事なもの。

    ただその大事なものに、私は何かをしなくてはならない。どうしてもしなくてはならない。


    だがそれがなんなのか、私には分からない。分からなくても良いのだ。

    でも心の暖かさは違う。

    今までと違う。

    全く違う。

    私は普段にない胸踊る気持ちを抑えながら、目の前の冷却装置に手を触れていた。




  18. 18 : : 2015/05/06(水) 17:17:54






















  19. 19 : : 2015/05/06(水) 17:19:27



    「はっ!!」

    目が覚める。

    いつも見慣れている悪夢ではあるものの、慣れていない寝室の天井を見ると安心することはできない。

    1ヶ月前から僕は軍人となったのだ。

    『奴ら』がいつ襲ってくるかも分からないし、今にも緊急呼び出しのコールが響くかもしれない。
    空軍宙戦機特設攻撃部隊学校でも非常召集訓練として寝るときもビクビクしていたことはあったが、本番はそうもいかない。
    実際に自分が命を落とす戦場へ赴くこととなるのだから。


    「……!」


    僕は自分の手が震えていることに気が付く。
    今までに見ないことの方が多かった悪夢。その後は必ずこうだ。
    これは恐れではなく武者震い。

    奴らを殺す。奴らを殲滅する。奴らをこの世から撃滅させる。
    今ならできるんだ。今の僕なら。奴を。沙美を無残にも殺した悪魔を。


    「……沙美……」


    寝室の枕下に忍ばせていた写真を取り出す。
    彼女を見ないと震えが止まらないのだ。時折流れ出る涙も。

    女々しいと言ってしまえばそれまでだろうし、異常なまでの愛と思ってくれてもいいだろう。

    僕が彼女を想っていることは紛れもない事実なのだから。






    その時。


    ビビビビビビビビビ、と警報音が響く。


    学校でよく聞いていた警報音と同じ。
    来たのだ。
    異質者(やつら)が。



    「っと! おおい! とうとう来やがったか!?」



    同室のリャンがダブルベッドの下から飛び起きてくる。
    同時に僕もベッド上から階段を使わずに飛び降りる。

    待っていた、この時を。
    奴らを殺すこの時を。


    「さ、さすが早えな悠斗。行くぞ! 美人軍曹様に怒鳴られない内にな!」


    リャンも初陣のため普段ないやる気を出しているようだ。
    父親を異質者(ヘテロジニアス)に殺された彼としても、心の内は熱い。

    僕らはロッカーから宙機専用スーツ(オートリソーサー)を取り出し格納庫へと走った。


  20. 20 : : 2015/05/06(水) 17:23:39






    「遅いぞ新人!! そんなもんじゃ守れるもんも守れるか! さっさと乗れウスノロがぁ!」


    鬼軍曹イヴ・マテリアスの声が僕達新人パイロットの耳を駆け抜ける。

    28歳にして軍曹というポジションを確立するも、その美貌から色香で贔屓されたものではないかと噂されているが、それを感じさせない程の指揮力と発言力を持つ。

    僕からすればそれはただの嫉妬にしか思えない節はあるが、その別の理由として、出撃した軍曹以上の指揮官の殉職率が圧倒的に高い点も考慮されている。

    異質者(ヘテロジニアス)は頭が良い。

    指揮官を優先的に狙うことや、宙機のコクピットを狙い定めパイロットを着実に殺す術を身につけている。
    だから『ルーマー』のみで帰還するという実情が発生する訳だ。

    それで軍曹級の指揮官の死亡率が高いことから、昇任が早く彼女の歳でもその階級につけるのではないか、と僕は考えている。


    「おーおー怖え怖え。でもそういうとこ、好きだなあ」


    リャンは初陣前というのに相変わらずだ。

    宙機専用スーツ(オートリソーサー)をわざと遅く着装し、軍曹に目がハートとなっている。
    確かに彼女が美しいのは認めるが、あのスーツの中の腹筋を知っているのか。8角形に割れているんだぞ。


    「……」


    僕は既に宙機専用スーツ(オートリソーサー)を着装し、スーツをオートモードに設定した。

    昔の人類は透明様のガラスのようなもので月を歩いていたようだが、このスーツは宇宙空間に出ることによって自動的に酸素供給マスクが装着される仕組みとなっている。
    また無重力空間が苦手なものには重力負荷をかけることもでき、操縦自体が個人の自由で選択されるのだ。


    「ついに初陣ネー! 悠斗! 必ず生きて帰ろうネ!」


    アベリィがまさに僕に死亡フラグをぶっ立てて来た。

    そういうことを言われた兵士&言った兵士は死亡率が上がると相場が決まっている。
    気持ちの問題である『信じ込み』自体も生死を左右する可能性があると学校でも習ったろうに。

    だから群れるのは嫌いなんだ。感情次第で人の生き死にを痛感しなくてはならない。

    アベリィには申し訳ないけれど、僕はその言葉を流してコクピットに搭乗した。


  21. 21 : : 2015/05/06(水) 17:24:02

























  22. 22 : : 2015/05/06(水) 17:28:33




    本来ならば演習で数回飛行を経験した後に出撃するのが相場だが、今回はそうもいかない。

    イヴ軍曹の言うとおりであれば、今回異質者(ヘテロジニアス)は小型、中型、異形異質者の三種類が確認されているらしい。

    僕の所属するバッカース第四空軍は星の南側の警戒を担当しており、異質者(それら)が全て一斉に南側への攻撃を開始した情報が入っている。

    第一、第二、第三空軍の加勢はおそらく間に合わないだろう。短時間でたどり着ける距離ではない。
    今回の状況はいわゆる、イレギュラーな出来事なのだ。


    「……っ」


    僕がコクピットに搭乗すると同時に、周囲が暗闇から明るみのある部屋へと変貌する。

    既に宙機登録を行っていた僕を自動認識し、発進までの準備は全て機械が自動で行ってくれるのだ。


    《パイロット・防人悠斗・確認》


    その声が響くとともに、真っ白だった僕の目の前の画面が格納庫の開閉扉の映像へと切り替わる。
    エンジンルームが起動し、彼女達も準備が整ってくる。

    『ルーマー』が機動できるのは、登録パイロットが搭乗した時のみ。それ以外は休眠している。


    《作戦確認……敵数確認……現状目前に敵はおらず。宙機、機動します》


    ゴウウウウン、との音と共に開閉扉が開き、宙機が空へと発射される。
    同時に僕の目の前には全360回転可能な操縦グリップと作戦宙域のマップが映し出される。
    自動的に敵を認識し、危険を探知するのは『ルーマー』の能力だ。
    彼女たちはエンジンと同化していることにより、宙機のほぼ全域の性能を担うこととなる。


    《サー、よろしくお願い致します》


    宙機『ゼロ』のルーマーから、僕への挨拶が行われる。


    「ああ。よろしく頼む」
  23. 23 : : 2015/05/06(水) 17:32:17


    僕は冷静に、頭に響いた声を返した。

    これは宙機に乗ってからのいわゆる儀式のようなものだ。

    演習で言葉を交わしていたのなら別だけど、今回僕は『ゼロ』に初めて搭乗した。
    そのため自己紹介と思ってくれればいい。

    考えてみれば分かることだが、彼女たちは宙機とほぼ『同化』しているため、パイロットが死亡したとしても敵の攻撃を避ける能力はあるし、単体での帰還能力もある。

    そこは異質者(ヘテロジニアス)の不思議な習性でもあるところだが、彼らは意図的にルーマーを狙うことはほとんどない。

    最終的判断を行う人間のパイロットを殺すことを目的とし、クローンである彼らは放っておかれることが多いのだ(宙機自体が爆破してしまえば話は別だが)。

    それがただ、宙機の中心にルーマーがいるから狙いにくいのか、人間を殺せば撤退していくからなのか、未だ謎は解明されていない。


    「……なあ」


    僕は不意にルーマーへ話しかける。
    確認したかったのだ、あの『声』を。
    僕の心に響いたあの声を。


    《なんでしょう。サー》


    「……」


    『彼女達』はパイロットのことを『サー』と呼ぶ。

    本来はマスター、貴方様、等とでも呼ぶことが良いものかもしれない。
    だが僕らにとっては、そのコンマ数秒が命を左右する場合があるのだ。
    よって目上を敬う意味も込め、短文での呼称『Sir』が徹底されている。


    「君は……テレパシーでも使えるのかい?」


    自分でも不思議なことを聞いたと思う。
    けど、その表現以外聞きようがなかった。あの時の『声』は確実に僕の心に響いてきたからだ。


    《その質問に対する答えは、プログラムにありません》


    「……」


    それは、そうか。

    僕は何を言っているんだ。

    彼女たちは『ルーマー』。
    いくらクローンとはいえ、兵器として改造された機械なのだ。
    そのような返答が用意されている訳はない。

    それに第一____。
    あの時の声とは、似て非なる機械的な女性の声だ。


    「すまなかった、変なことを聞いて」


    《……》


    「僕の名は防人悠斗だ。君のことはなんと呼べばいい?」


    《……その質問に対する答えは、宙機の名を呼称するようにと、回答する設定がなされております》


    「分かった。じゃあ、君のことはゼロと呼べばいいかい?」


    《イエス、サー》


    「……ああ。よろしくね」


    いい加減ここのプログラムは書き換えてほしいものだ。

    僕の宙機はゼロという短名だからまだ良いものの、他の宙機パイロットはどうしているのだろう。
    兵器とはいえ彼女たちは僕らと運命共同体になりうるのだから、お互いの名を呼称し、信頼を得てこそ敵を撃破できるというのに。


    《防人! 何をトロトロしている!》


    「!」


    《敵はもう300km先だ! 追いていくぞ!!》


    イヴ軍曹からのお叱りだ、まずい。
    僕は忙しく操縦グリップを握り、バッカース第四空軍格納庫前を出発した。


  24. 24 : : 2015/05/07(木) 19:37:12







    編成は6人編成(セクステット)だ。
    基本的にイヴ軍曹が新人である僕達の前を進行し、その後方を5機で固める。

    左翼にはリャン、右翼には僕、後左翼にアベリィ、後右翼には同じく同期生のジムが居る。
    中央で構えるのはプライドの高いリチャードだ。彼としてもこの編成は気に食わないと思う。


    『やあ悠斗! ついに敵討ちの時間だね! 焦って単騎侵攻なんかしちゃダメだよ!』


    左画面に映った通信ビジョンからジムが話しかけてくる。
    イギリス人の血からなのか彼は言葉遣いも気遣いも紳士的で優しい。

    学校で特段仲が良かった訳ではないが、僕が恋人を異質者(ヘトロジニアス)に殺されていることは校内で広まっていたので、落ち着かせるために声をかけてくれたのだろう。

    が、僕は落ち着いていた。
    冷静過ぎる程、心は静まっていた。
    そうじゃないと奴らを殺せないからだ。
    宙を舞っていることは勿論だが、頭に血を上らせた状態ではパイロットは機能しない。

    重要なのは獲物を狙うチーターのように冷静で残忍な思考を保つことだ。



    《敵宙域まで凡そ100km。武器口を解放します》


    「ああ」



    宙機には主に3種類の武器が搭載されている。

    12センチ鋭砲弾、高無圧レーザー、そして近距離専用バーナー。
    前者2つは基本的に遠距離戦に優れており、鋭砲弾はホーミング(追撃)要素も含むが威力自体は低く、逆に高無圧レーザーは直線的ではあるもその威力は高い。

    近距離専用バーナーは異質者(ヘテロジニアス)の触手を切る用途で使われることが多いが、ほとんどその出番はない。

    奴らに触手攻撃をされる距離まで近づかれてしまえば、基本的に【終わり】なのだ。
    バーナーを使用する前にパイロットの体は串刺しにされているだろう。



    『さあ貴様ら! 敵は目前だ、準備はいいか!』


    ジムと別画面の通信ビジョンから鬼軍曹の声が響く。


    『この戦闘を戦争だとか敵討ちと思うな! いつも言っているが熱くなった者が敗北者となる! 心をクールに、かつ恐れを持つな! 気の良い仲間達と騒ぐパーティと思うのが一番だ!』


    パーティか。それも悪くない。

    開催名は奴らの血で血を洗う、エイリアン・ブラッドナイトと命名しよう。

  25. 25 : : 2015/05/07(木) 19:40:22



    「行くぞゼロ。指示を頼む」

    《了解しました》


    幾秒か過ぎた後、星屑の中に赤色の目立つ粒が数百個程確認できた。
    奴らの体は多種多様であるが、基本的に赤色か緑色で染まっている。

    中には甲羅を持つ者や戦闘に特化したもの、攻撃すらできないものも存在する。
    まるで人間のようだ。軍人は武器を持ち、守る者は盾を持ち、民間人は戦場で何も行動は起こせない。

    そうする内、目の前にはチラチラと閃光が走る。
    既に先輩方の先行組が交戦を開始しているようだ。



    『我々の目的は先行組の援護だ! 各自オートターゲットの敵を遠距離攻撃、殲滅せよ!』


    イヴ軍曹から攻撃開始の指示が飛ぶ。

    同時に僕らは6人編成(セクステット)を少しずつ散開させ、遠方から支援弾を放つ。

    不本意ではあるが初陣である僕達には、今これが精一杯の無難な戦闘方法なのだ。


    《オートターゲット、ロックオン。8体のスモールを補足》


    「了解。直線へはレーザー、サイドの4体へは砲弾発射!」


    《了解》


    宙機からバシュバシュと12センチ鋭砲弾が放たれ、無音の高無圧レーザーが敵へ直進する。

    宇宙には気圧という概念がないため、周囲の無気圧を圧縮させ発射されるのがこのレーザーだ。
    空気ではないものの、空気砲といった認識で良い。
    透明な白色の煙様のものが無気圧の周りを構成し、奴らを重力で破壊する。



    《着弾確認。レーザーは回避されています》


    まだ遠方で目視確認はできないが、ゼロがスモール(小型異質者)へ着弾したことを把握したようだ。
    このとおり、直線的レーザーは威力があるもののなかなか当たることはない。


    「OK、続けてくれ」


    《了解》


    『さって、行くヨーッ!!』


    『オラ、死にやがれ化けモンどもがっ!!』


    他機からも異質者(ヘテロジニアス)へ向け砲弾が発射される。
  26. 26 : : 2015/05/07(木) 19:41:54


    面白味に欠ける戦闘かもしれないが、これでいい。今は。
    まずはこの戦場に慣れる。
    それが僕ら新人パイロットの宿命であり本来の













    ________ミツケタ














    「えっ」


    何かの声が僕の頭に響いた。
    見つけた、と、感情のない声が聞こえたのだ。


    「……? ゼロ、何か言ったか?」


    《いえ。サー》


    ゼロの声ではなかった。
    確かに今彼女からの声はコクピットマイクを通じて耳に響いた。
    勘違いだろうか、それとも最近深く眠れていないからか?











    ________ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツミツミツミツケタケタミツ






    「!」


    勘違い等ではない。


    耳鳴りがする。キンという音と共に僕の頭でその『声』が木霊している。

  27. 27 : : 2015/05/07(木) 19:42:20



    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ
    ミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタミツケタミツケタミツケミツケタ




  28. 28 : : 2015/05/07(木) 19:43:11



    その『声』は明らかに誰のものでもない。

    狂気を混じらせた破壊的衝動を感じる。


    頭が割れそうだ!


    「やめろおおっ!!」


    気が付けば僕は叫び、操縦グリップを強く握っていた。


    『!、どう__防__』


    『悠__、大丈__ネー!?』


    通信ビジョンからは仲間の声が聞こえた気がする。
    が、それらを遮るように『ミツケタ』という声が響く。



    「はあっ! はあっ! はあっ!」


    《サー、__障でしょう__。航海が以__なら緊__》


    ゼロも何か言っている。
    ダメだ、それも僕には届かない。

    大量の吹き出る汗を感じながら、僕は操縦グリップを離し頭を抱えた。



    「うあああああーーーーーっ!!」




  29. 29 : : 2015/05/07(木) 19:43:32

























  30. 30 : : 2015/05/07(木) 19:44:19



    サーが苦しんでいる。
    サーが叫びを上げている。

    いつもだけど、いつもと違う。
    これまでの死にゆくサーはここまで発狂することはなかった。

    やはり私はシニガミなのだろうか。

    他の『ルーマー』からの通信で、私はシニガミと呼ばれていることは知っている。

    但し私は兵器。
    サーを想うべき立場ではなく、敵を殲滅させれば良い存在。

    これでいい。
    私の役目はこれでいい。

    声をかけ続けるも、サーは答えない。
    進行方向が急激に変わった。
    編成状態が乱れている。
    他通信が入る。1人はライトがどう等と悪態をついている。



    今回も私はシニガミと言われるのだろうか。
    求められているものは違えど、求めていない称号は欲しくはない。

    サーは私の名前を聞いてくれた。
    できれば生きてはほしい。
    でも、それすらも言えない私は臆病者。


    臆病者。


    臆病者。



  31. 31 : : 2015/05/07(木) 19:44:47
























  32. 32 : : 2015/05/07(木) 19:46:38



    「っ!!」


    声が消えた。


    頭に響くものが何もなくなった。
    まるで重力訓練ルームから抜け出した時の爽快感と似ていた。
    気が付けば僕の鼻からは赤い液体が流れ出ていた。


    「はぁ……はぁ……はぁ……」


    まず息を整える。
    体に酸素を取り込む。

    応急的ではあるが流れ出ていた汗と血を拭きとる。
    思考を戻らせることが生きる上での最優先事項だ。



    《サー、私の声が聞こえますか》


    「う……」


    《サー、ご返答ができますか》


    「………………ああ、大丈夫」


    思い出せ、今僕に声をかけてくれているのはルーマーのゼロだ。
    ここは戦場。初陣で出撃したのだ。

    訓練通り、パニック症状を起こした後のマニュアルに従い、僕はまず編成ビジョンを確認する。


    「……まずい、50km以上離れてる」


    何分間僕は意識を失っていたのだ。
    いや、正確に言うと意識を保ちながら錯乱状態となっていた。
    初陣で失態を犯せば以後の出撃に影響する。
    僕はどんな罪を犯そうと奴を探し出さねばならないというのに。


    《サー、指示はできますか》


    「ああ、すまない。何かの声に錯乱してしまったようだ」


    《……》


    「くそ……一体なんだってんだ……」


    《……前方に追跡機を発見、チャンス・ヴォートです》


    「ん……」


    『悠斗ォォオーーーーーーッ!!!』


    通信ビジョンに顔を大きくして映るのはアベリィだった。
    編成から大きく外れた僕を迎えに来てくれたようだ。


  33. 33 : : 2015/05/07(木) 19:48:06



    『大丈夫デスカーーーッ!! 生きてますカーーーッ!!』


    「ああ、ごめん。情けないことに操縦グリップの誤作動があり編成を外れてしまった」


    『なんでスッテーー!? それは整備の問題デスネーーッ!! 帰ったら進言しまショウ!』


    「……ああ」


    嘘をつくことは好きじゃない。
    だけど、報告書に事実を載せられる訳にはいかない。
    上層部に異常者と判断されれば出撃なんぞ二の次だ。最悪軍人を降りることにもなりうる。


    『でも良かったデース! 何か苦しそうにしてたみたいなのデー』


    「……皆は?」


    『後続にはリチャードとジムが来てくれてマス! 軍曹はリャンと支援射撃を続けてるネ!』


    「そうか……くそっ」


    僕はグリップを強く握りしめた。
    奴らを殺す絶好のチャンスだったというのに、何をやってるんだ__。



    『私は悠斗が心配でターボ使ったヨー! 褒めて褒めてーッ!』


    アベリィは満面の笑みで親指を立て僕に嫌味のないドヤ顔をする。
    確かに彼女が僕に追いついてくれたのは嬉しい。
    一秒でも早く編成や状況を知れたのは正直助かった。


    「ああ。ありがとうアベリィ」


    『えへへー』


    「ゼロ、宙機に異常はないか?」


    《サー。問題ありません》


  34. 34 : : 2015/05/07(木) 19:49:54


    「分かった。では一刻も早く編成へ戻」




    その瞬間。



    透明異質者(インビジブル)だライトどもォ!!!』



    リチャードの叫び声が聞こえる。


    『へっ』


    1秒もせぬ間にアベリィの笑顔が消え、通信画面が赤く染まった。


    『あれっ、ぐ……?』


    元々綺麗に映し出されていたアベリィのコクピットに、数本のノイズが入る。

    いや、これはノイズではない。
    赤色に緑色が混じった生き物のような触手。
    あの時の光景を彷彿とさせる悍ましい槍状のもの。


    「アベリィッ!!!」


    『う……そ』


    アベリィの腹は透明化できる新種の透明異質者(インビジブル)によって貫かれていた。


    「くっそおおおおおっっ!!」


    僕はグリップを握りアベリィ機に向かう。
    くそっ、くそっ。
    予見できたことじゃないか!

    この戦場で周囲に異質者(ヘトロジニアス)がサーチングされないなんて明らかにおかしかったんだ!


    「ゼロ!! レーザー発射と共にバーナー用意!!」


    《了解しました》


    『あう、あ……』


    アベリィからの通信が途絶える。
    触手は通信システムをも蝕んだものと推測する。


    《サー。レーザーはチャンスヴォートへ被弾する可能性があります。許可は》


    「……く……! レーザーはなしだ! 近接で殲滅させる!」


    《了解》


    ターボシステムを搭載していない『ゼロ』はきつい。
    このような非常時にダッシュ力が働かない。

    生きていてくれ、アベリィ。
    僕の目の前で、二度と死人は出したくない!

  35. 35 : : 2015/05/09(土) 16:17:17


    多少のG負荷をかけ『ゼロ』をアベリィ機へ近づけるとともに、僕は手動で宙機をバーナー用へ変形させる。

    バーナーはいわば熱源を利用したソードだ。
    宙機の羽部分から自在に動く『手』を取り出し、そこへ7メートル程度の長さのバーナーを噴出させた。


    「うおおおおおっ!!」


    僕は叫びながらチャンス・ヴォートの周りを囲む透明異質者(インビジブル)へ突撃する。

    既にその身体からは数十本の触手が宙機を串刺しにしていた。


    「だあっ!!」


    ガジュッ、と音が響くと共にその触手を切り払う。
    しかし、アベリィ機の周り全ての触手を取り払うことはできない。
    奴らはパイロットの命が絶命するまでその触手を身体から噴出し続けているのだ。


    「くそ!! 一度じゃあ無理だ! ゼロ、高速旋回! もう一度触手を切る!」


    《了解しました》


    いくらアベリィ機が触手に蝕まれているとはいえ、本来異質者(ヘテロジニアス)と近接戦闘は行うべきではない。
    奴らの一番の得意攻撃は触手なのだ。
    体の何処からか発出されるそれは、例え主体の攻撃目標があれど別目標への攻撃も可能。

    よって僕らとしては、今の状況では何度も何度も奴を通り過ぎながらバーナーで触手を切り続けるしかない。


    『離れろ次席ライト! 何十回バーナーで触手を切るつもりでいる! その女はもうダメだ! 今は宙機ごと透明異質者(インビジブル)を破壊することを優先すべきなのだ!』


    リチャードが珍しく大声で叫ぶ。
    なんだと?じゃあ僕のために助けに来てくれたアベリィを見捨てろというのか!


    「……!」


    いや、そうだ。
    僕は復讐者だ。
    仲間意識を保てばこのような感情が生まれる。
    それは僕自身が望んでいなかったことだ。
    仲間を助ける……なんて……しかし……。


    「くそ……!」


    しかし、リチャードの言うことも理にかなっている。
    アベリィが串刺しにされた瞬間を僕は目撃しているし、その命の継続率は低いと判断される。
    もし、仮にもし彼女が生存していて、透明異質者(インビジブル)を宙機から切り離すには、『あれ』しかないが……。


  36. 36 : : 2015/05/09(土) 16:19:19


    『二人共! ブリストルのレーザーターゲットを手動設定した! いちかばちかやってみる!』


    そう声を上げるのは後続からやってきたジムだ。

    そうか、彼の宙機はイギリス生まれのブリストル・ブレニム。
    遠距離攻撃に長け、オートロックではなくセンチ単位のブレを修正する手動で高無圧レーザーを発射できる。
    追い詰められた今、一番の可能性が高い攻撃だ。


    「!、頼むジム!!」


    『OK! 離れてくれ悠斗!』


    ジムがそう言う前に、僕は彼の発射コースから逸れた。
    と同時に宙機ブリストルから煙を帯びた高無圧レーザーが発射される。


    『うおおっ! 行けええっ!』


    煙が回転を描いてレーザーが透明異質者(インビジブル)とチャンス・ヴォート目掛け走っていく。
    その無色のレーザーは見事、宙機付近の透明異質者(インビジブル)の身体半分を吹き飛ばした。


    「よしっ!!」


    奴ら(ヘテロジニアス)も生物だ。
    体の半分も破壊してしまえば、さすがに負傷するという概念に到達するらしい。
    僕は動きの鈍った透明異質者(インビジブル)に近づき、バーナーで奴自身を更に焼き切った。


    透明異質者(インビジブル)、沈黙しました》


    と同時に『ゼロ』から報告を受ける。

    何百と異質者を破壊してきた彼女らルーマーからすると、奴らが死んだか否かを判断することもできるのだ。
    透明異質者(インビジブル)はゼロの言うとおり、ズルズルとその身体をチャンス・ヴォートから離していく。

  37. 37 : : 2015/05/09(土) 16:21:01



    『おおっ! やったなナイスだ悠斗!』


    「ああ。だがアベリィの通信システムは破壊されている。ゼロ、ルーマー同士で生存を確認できるか?」


    『了解、サー。チャンス・ヴォートのルーマーとコンタクトを開始します』


    「頼む」


    このように、ルーマーさえ生きていればパイロットの状況も代わりに確認することができる。

    生きていてくれ、アベリィ……。


    『……ちっ……』


    リチャードは舌打ちをし、つまらなそうに周りをキョロキョロとしている。
    彼はライトであるアベリィの生死等気にしないのだろう。
    まあ、学校時代から彼はそんな男だ。


    《ルーマーに確認。パイロット、アベリィ・モレッツは生存。しかし重症、意識不明です》


    「……そう、か。分かった。緊急帰還指示を頼む」


    《了解しました》


    アベリィはなんとか生きているようだ。
    しかし身体は串刺しのまま。安心はできない。
    僕はルーマーの力によりアベリィ機の基地への帰還を指示した。


    『良かった。アベリィは生きてるみたいだな。被弾しなくて良かったよ、はは……』


    ジムからも僕へ通信が入る。
    君のおかげで彼女を救えたんだ、学校の成績は良くなかったけれど誇りを持ってもらっていい。
    君は勇者だ。


    安堵した気持ちで出発したアベリィ機を見送り、僕は「ふう」と少し溜息を漏らした。


  38. 38 : : 2015/05/09(土) 16:22:36





    ____(私のせいだ)





    「んっ?」


    落ち着き始めた僕の心に、また何かの声が響いた。

    優しくて感情のこもった不思議な声。
    でもその言葉の意味は、確実に自己を攻めるような否定の言葉だった。
    なんとなくその声は__。


    「……ゼロ、今何か言ったか?」


    ゼロの声に似ていた。


    《……いいえ。サー》


    しかし、彼女の機械的な声を確認するに、先程の声がゼロではないと判る。
    頭が割れそうになる声といい、僕はおかしくなってしまったのだろうか。




    ____(私は、シニガミ)



    「え……」


    再び僕の心に声が響いたと思った、そのすぐ後に。
    突如として奇声が聞こえる。


    『ぎゃあああああああ!!!!』


    「!!」


    声元はジムからの通信ビジョン。

    僕は今日、この光景を二度見ている。
    いや、一度目よりノイズが多い。

    ジムは、アベリィを突き刺していた触手よりも数倍の触手に突き刺されていた。


    「な……っ!」


    『ひいいいいいィィああああっ!!!』


    ジムから悲痛な叫び声が聞こえる。
    その触手の本数から彼はもう助からないだろう。
    僕はその光景を見ながら、ジムを刺す『それ』を見た。



    「……お前は……!」



    忘れる訳がない。

    お前のその姿を、醜さを、圧倒的存在感を。

    身体は50メートルを越す大きさで、真ん中には大きな目様のものをがあり、体中から数千本の触手が伸びている。
    赤色と紫色を入り混ぜた身体には、同じく数千個の『眼』が存在する。

    間違いない。こいつだ。
    僕の愛しき人を奪った化物。



    異形異質者(ヴァリアント・ヘテロジニアス)!!!

  39. 39 : : 2015/05/09(土) 16:25:30



    『緊急回避!! ターボ発動!!』


    奴の近くに居たリチャードは、それを予期していたかのように緊急走行で奴から離れていく。


    『やはり本体がいたか……おい次席ライト!! お前も逃げろ!! こいつは透明異質者(インビジブル)に引っ付いていたサーチできない黒幕だ!! このでかさでは、今のオレ達では勝てん!!』


    ……何を言うリチャード。

    はは、逃げるだって?馬鹿なことを言うんじゃない。
    僕はこいつを殺すためにパイロットになったんだ。
    いわばこいつは僕の『生きる目的』。
    こいつを殲滅させることが僕の『生きる証』。

    誰が何を言おうと、僕は最大限の力を使ってこいつを『殺さねばならない』。



    『死に……死にだぐ……』


    ジムがそう言い残す前に、異形異質者(ヴァリアント・ヘテロジニアス)は口から砲弾を発射し、あっけなくジムの宙機を爆破させた。

    まるで僕と奴の開戦を告げる花火のようだ。


    《サー、退却を勧めます。目標は____を_____》


    ゼロ、君の声も今の僕には聞こえないんだ。
    考えてみろ。恋人を殺した奴が今目の前にいるんだ。
    宝くじ程の幸運でもない限り、万以上確認されている異質者(やつら)の中からそいつを探し出すことができるか?


    『次席ライト!! 聞いているのか!! 退却しろ命令だ!!』


    「……Gリミット機動」


    僕はリチャードの言葉を無視し、『ルーマー』の力を最大限に発揮する『Gリミット』を宣告した。

    パイロットに普段の6倍の重力負荷がかかるが、その力を駆使することで奴らを殲滅する確率は圧倒的に上がる。


    《……了解、Gリミット。機動します》


    『これ』は、ルーマー自身が本来抑えている能力をエンジンと最大限にシンクロさせることで発動することができる。
    ルーマーの脳自身へ莫大な負荷がかかり、その痛覚から彼女達の指示はなくなるものの、宙機は最高速で動き敵を攻撃する。


    『Gリミットだと……!? バカな……! 死ぬ気か!? 重力訓練もままならん新人ではその負荷に10分と耐えることもできんぞ!!』


    「さあパーティの始まりだ」


    僕はそう言って奴へ特攻した。


  40. 40 : : 2015/05/09(土) 18:40:59



























  41. 41 : : 2015/05/09(土) 18:45:59



    少し昔話をする。

    僕と沙美。お互いが中学校へ編入した後のことだ。
    小学校を卒業した後も、僕らは遠く離れた星の距離を忘れ、毎日の文通を続けていた。

    地球では今どんな生物がいて、どんな生活をしているのか、どんな文明が発達しているのか。
    インターネットではなく、直にその経験をした沙美からの情報は、バッカースの何よりも魅力的だった。

    当時の地球では南極の氷が溶け始め、日本もその影響を受け岸が低い地域には海水が増幅したそうだが、バッカースへの人口移住以後は勢いが止まったらしい。

    元々南国地域と呼ばれる暖かい島国でしか育たなかった植物も育つようになり、日本には冬という季節はなくなった。
    おかげで『冬着』という概念はなく、沙美はいつも肌を露出させた服を着ているらしい。

    まだ性にも疎かった僕であるが、その話を聞き興奮を募らせた。


    僕からも沙美に色々なことを教えた。

    バッカースは元々『火星』という星を基盤にしており、人工的にオゾン層や大気圏を作っているが、地球よりは酸素が薄いこと。
    流石に人口惑星なためほとんどが生成された機械であり、自然、植物、人間以外の生き物という概念があまり存在しないこと。
    生存テストで使われていたクローンが、今どのような処遇を受けているかということ。
    バッカース自体が地球から「ライト」と呼ばれていることを知っていること、など。

    別に僕としてはそう(ライト)呼ばれることに苛立ちはしなかったけれど、彼女はそのことを強く謝罪した。

    「オリジナルもライトも関係ない。同じ人間。どうしてそういった差別が生まれるんだろう。私はこんなにも貴方を素晴らしい人間だと思っているのに」

    そう言われて、褒められるのが得意ではなかった僕は顔を赤面させた。


    中学校へ入ってからはヴァーチャル通信画面で通話をするようにもなった。

    親に小遣いを強請り、バッカースで一番有名な古着屋で店員に一番オシャレな服が何か聞き、精一杯の正装で僕は彼女と初めて直に話を交わした。


    一瞬、僕の目の前には天使がいるのではないかと錯覚した。


    薄青色のロングヘア、そして特殊な赤い眼、スラッとしたスタイル。
    文面だけでも恋をしていた僕は、彼女のその美しい姿を見て改めて恋に落ちた。
    本来沙美も、日本人である僕と同じように「黒髪、黒目」らしいのだが、地球ではそういうファッションが流行っているらしい。

    彼女から「悠斗は私の思っていた通りの人。不器用そうで、優しくて、その透き通った眼がとても素敵」と言われ、恥ずかしさでトイレへ駆け込んだのは良い思い出だ。

    それから僕たちは週に1度ずつ、ヴァーチャル会話をした。

    幸せだった。とても。
    学校で流行っている遊びより、ゲームセンターへ行くよりも、修学旅行でのドキドキよりも、何よりも彼女との時間が楽しかった。

    恋焦がれた人と話せるというのは、一見普通そうに見えて、とても、普通じゃないのだろう。
    お互いが声を聞ける状態で、話せる状態で、電波が繋がる状態で、時間があるときで、恋をしていて、そして『生きて』いなければならない。
    それは何億という可能性の中の偶然が、全て重なった奇跡なんだ。

    その普通じゃない時間を、1秒でも長く続けたい。

    通話が終わったあと、煌く星にそう願いを込める僕は、傍から見て気障なロマンチストだろうか。

    沙美と直に会って話したい、触れたい、と思う気持ちは日に日に強くなっていった。


  42. 42 : : 2015/05/09(土) 18:47:14


























  43. 43 : : 2015/05/09(土) 18:49:16






    何時間戦っていたのだろう。
    いや、数分だったのかもしれない、数十分だったのかもしれない。
    今となってはそれも分からない。

    僕の耳と鼻、口からは流血が止まらず、息もまともに出来ない。


    「はぁ……はぁ……はぁ……」


    目の前が二重、三重に見える。
    酸素も足りていない。空気が欲しい。


    《Gリミット、て、停止します》


    その命を削り、最後まで僕のためにGリミットに耐えてくれた『ゼロ』。
    声を詰まらせるところを聞くと、彼女も疲労というのが出るのだな、ということが判る。
    当然か。クローンとはいえ彼女も人間なのだ。
    僕の我が儘に突き合わせてすまないな。


    「はぁ……はぁ……はぁ……」


    駄目だ。
    操縦グリップを握る力もない。
    宙機にはもう武器もない。装甲板もボロボロだ。
    その全身には攻撃された大量の触手の残骸が突き刺さっている。


    毎時マッハ4.5まで到達すると言われるゼロのGリミットスピードは、異形異質者(ヴァリアント・ヘテロジニアス)の攻撃を見事回避しながら、直撃攻撃を何度も加えた。

    しかしながら、パイロットの僕にも重力攻撃が突き刺さり続けた。
    片方の鼓膜も破れ、体中の骨も数箇所骨折している。
    壮絶なる戦いの末、僕は敵(かたき)である奴へありったけの全力砲弾をぶち込んだ。


    「はぁ……はぁ……はぁ……」


    でも、駄目だった。
    結局破壊できたのは数本の触手と奴の体の10分の1にも満たない体部分のみ。

    しかもそれも無駄に終わった。
    異形(ヴァリアント)と呼ばれる所以なのか、奴は自己再生能力を有した存在だったのだ。


    「う……!」


    目の前に『奴』が現れる。
    そして数十本の触手を出し、宙機ごと全体を掴む。
    この数千個の目は、既に僕のいるコクピットの場所を把握しているだろう。
    そこには慈悲も何もなく、『奴』は自己の触手を僕に突き刺すつもりでいる。


    「くそ……っ……たれ……!」


  44. 44 : : 2015/05/09(土) 18:51:06



    Gリミットを解放した後、唯一この場にいたリチャードは既に退避していた。
    支援部隊の体制を崩す訳にはいかないイヴ軍曹が助けに来てくれることもまずないだろう。

    ……完全、敗北だ。


    「がっ!!」


    そう思う暇もないまま、装甲が破られコクピットへ3本の触手が入り。
    勢いよく僕の腹と肩を突き刺した。


    「ぐ……! う……あ……!」


    痛い。
    痛い。痛い。
    痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

    腹を突き刺す触手は生暖かく、僕の下部の内蔵を抉る。

    コクピットが破れたことにより、僕の宙機専用スーツ(オートリソーサー)は自動的に透明な酸素マスクを作ったが、そのマスク内が真っ赤な血で染まる。

    痛覚で意識が飛びそうだ。


    「ぐ、ああああ、ああああっ!!」


    異質者(ヘテロジニアス)へ刺された時の最後の手段として、僕はコクピットに設備されている拳銃を持ち触手へ構える。
    ドンドンドン、と弾丸が発射されるも、触手は無残にも弾丸を吸い込む。

    はは、そういうことか。
    この拳銃は触手を断絶させるために設備されているものではない。
    『痛みに耐え切れぬものが自殺するため』に用意されたものなのだ。


    「が……!」


    触手は僕の体を更に突き刺す。
    その力に負け、僕は拳銃を持ち続けることさえできなくなった。


    ああ、ここで終わる。僕の命はここで終わる。

    アベリィ、こんな痛い想いをさせてすまない。
    ジム、こんなにも痛かったんだな。君を助けられずすまない。
    ゼロ、僕についてきてくれてありがとう。ここで僕が死んでも、それは君のせいじゃない。僕の判断ミスだ。


    そして、沙美。

    ごめん。
    ごめんな。
    敵、討てなかった。

    でも、やっと会えるよ。
    愛しい君に。
    僕の中の全てだった、君に。


    薄れゆく意識の中で、僕に一つだけ声が聞こえた。











    _____貴方だけは、死なせない。








  45. 45 : : 2015/05/10(日) 13:49:29































  46. 46 : : 2015/05/10(日) 13:50:53






    「とても綺麗ね。この、マーズという花」


    「えっ」


    横顔も美しい君は、その容姿の通り透き通った綺麗な声で呟いた。


    「……そうかな。火星で初めて育ったからという意味でつけられた特殊な花だよ。人口的に生成されてるし、テストで作られた花だから、僕はあまり好きじゃないな。なんかその、本当の自然じゃない気がして」


    「でも、生きているわ」


    「そうだけどさ」


    「変わった人生、造られた人生、それでもいいと思う。だってこの子はそれでも誇りを持って堂々と咲き誇っている。自分の運命を呪うことすらしていない」


    「……」


    「なんてね、うふふ。くさいこと言っちゃった」


    「いや。そうだね。沙美の言うとおりだ」


    僕が彼女を好きになったのは、生きる物全てを否定しない優しさ、そして本当にそう想っていると感じる誠実さ。

    彼女がバッカースへ来てから2ヶ月が経とうとしていたある日、僕と沙美はバッカース内ストラウ地区で開催されていた植物博へ来ていた。


    「……こいつも望まれて生まれた訳じゃなかろうに」


    「……」


    「でも、それでも全うしてるんだ。自分が美しく咲くことに。すごいよなあ」


    「……ええ」


    「あー、そろそろ……」


    「そろそろ喉が渇いたねっ!」


    「お。あはは。同じこと思ってた?」


    「うふふ。うん。私あれが飲みたいな。悠斗が好きな『ポップサワー』!」


    「あちゃ、そこまで心が通じ合っているとは」


    「……ふふ」


    彼女の笑顔はこの世のどんなものよりも輝いていた。
    嘘一つ、何一つ混じりっけのない純粋な言葉、そして感情。
    ああ。彼女といる度に思う。僕はとてつもなく彼女が好きなんだと。


  47. 47 : : 2015/05/10(日) 13:52:33



    「じゃあ、行こっか」


    「うん」


    僕が中学校3年生となる2ヶ月前、突如として彼女がバッカースへやって来ることとなった。

    数週間ヴァーチャル通信ができなくなっていたらしく、その間僕は不安で仕方なかったけれど、久しぶりに話した内容で「君がバッカースへ来る」と聞き、持っていた不安は走り去っていった。

    空港まで彼女を迎えに行き、爆発しそうな胸を抑えながら君を待っていたことが懐かしい。
    君はヴァーチャルより少し痩せていた気がしたけれど、そんなことを気にする暇もなく、僕たちは出会い、話した。
    男である僕がエスコートするはずなのに、君はそんなことを気にせずに明るく話す。

    2ヶ月たった今でもそれは変わらない。何もかも君に先行きされることは、男としてちょっとだけ悔しかった。


    「……ねえ、悠斗」


    「ん?」


    彼女は少しだけ悲しい顔をしていた。
    時折このようなことがあり、それを見る度に僕は、君のその闇を見出したいと思う。


    「もし、私が……」


    「うん」


    「……もし、私が隠し事をしていて、それが悠斗に嫌われるものだったら、どうする?」


    「あはは。何それ」


    「……」


    「そうだなあ」


    隠し事、か。
    それが君が時折見せる悲しい表情の意味なんだろうか。
    別に何があろうと、僕は君を裏切ることなんかないよ。
    まあさすがに僕のことが嫌いというのなら、それはショックだけど仕方ない。
    僕はそれでも、君に好かれるため、今より一層君を大事にするだろう。


    「ふふ、ごめんね。変な質問して」


    彼女はクスリと笑い、人差し指を僕の鼻に持ってくる。


    「嘘だよ、隠し事なんてない。それに、貴方の答えは分かってるから」


    「えっ?」


    「貴方は私が何を言おうと、何を隠していようと、変わらず私を好きでいてくれる」


    「……」


    「うふふ。答え、違ったかしら?」


    「……いや」


    全く、彼女には敵わない。
    思えば文通をし始めてから、ヴァーチャル画面で話し始めてから、いつもそうだった。
    君はまるで僕の全てを知っているかのように、僕の心を鷲掴みするんだ。


    「じゃ、行こ? あ、あそこ風船も配ってる~」


    「おー、本当だ」


    それは2228年の出来事。
    この一年後、バッカースから地球への攻撃が始まり、第一次星住戦争の幕が明けた。


  48. 48 : : 2015/05/10(日) 13:53:02



























  49. 49 : : 2015/05/10(日) 14:17:20



    苦しい。
    腹と肩がズキズキと痛む。
    僕は目を閉じているのだろうか、周りが真っ暗だ。

    生きている?
    いや、生き残れるはずはない。

    既に宙機ゼロは触手に串刺しにされ、エンジンルームの『ゼロ』ですらGリミットで消耗していた。
    加えて目の前には異形異質者(ヴァリアント・ヘテロジニアス)
    ジム機をあっけなく破壊し、僕の恋人を無残に串刺しにした奴が、目の前の宙機を放っておく理由はないだろう。

    でも、痛みとともに暖かさが感じられる。
    とても暖かい。いやこれは身体の傷によって熱を保っているだけなのか。

    どちらかというと、心が暖かいのだ。
    スポーツの試合中、ずっと自分を応援してくれるような、そんな後押しを感じる。



    ______死なせない。死なせない。


    ______生きて。生きて。



    僕の心にそんな言葉が響く。
    この声は、どこかで聞いた気がするんだ。
    そうだ、この声は。



    「沙美……」


    僕は重すぎる瞼を持ち上げ、目を開けた。

    その瞬間、僕は自分の死を理解した。
    やはり死んでいたのだ。
    だって僕の目の前には。


    「……」


    死んだはずの沙美が、僕を見下ろしていたのだから。


    「あ……!」


    その体に触れようと、僕は右手を伸ばす。
    が、簡単に僕の手は動かない。
    死んだら痛みや身体は自由に動くものと思っていたが、そうではないようだ。
    沙美は僕の体が不自由であることを理解したのか、上げようとしていた右掌を握ってくれる。


    「……貴方は死なせません」


    沙美は僕に、死なせないと言う。
    どうしてだ?沙美。僕は君に会いに来たんだ。
    ずっと君と一緒に居れるんだぞ。
    それに『どうして敬語』なんだ。


    「それが私と、彼女の約束だから」


    僕はその言葉を聞いた後、視界の周りが真っ白になっていった。


  50. 50 : : 2015/05/10(日) 14:17:43



























  51. 51 : : 2015/05/10(日) 18:58:27





    僕が目を覚ましたのは、異質者(ヘテロジニアス)襲来から1週間後だった。


    宙機であるゼロは、至るところに触手が刺され大破し、当分出撃はできない状態であることをリャンから聞いた。
    というか、この状態で宙機が帰還したことが奇跡的なことらしい。

    今回の襲来で人類側は多大な被害を受けたが、早急な軍の対応でたった一日で奴らのを退け、仮にでも平和的な日常は戻ってきた。

    宙機であるゼロが帰還したのはその2日後であり、『ルーマー』であるゼロも僕と同じく気を失っていたそうだ。
    あれだけGリミットを使用したんだ。そうなってしまうのは当然か。


    しかしそうなっていた状態なら、僕らはどうやって帰還できたのだ。
    パイロットの僕も、ルーマーのゼロも気を失っていたのに、『帰ってこれる訳はない』。
    そして、僕が死の淵で見た恋人幾田沙美の姿。

    あれは幻覚だったのだろうか。

    それにしてはリアルな光景だった。
    身体は触手に貫かれていた痛みを感じていたし、実際に僕は力がなく右腕を上げることはできなかった。


    「……」


    考えもまとまらないまま、僕はパイロット専用の入院施設であるサウスホスピタルの不味いスープを口にする。

    現在は医療も進歩し、腹に触手が刺されたくらいの傷であれば人口皮膚と内蔵を使い1ヶ月もせずに完治することができる。

    アベリィも僕よりは傷が浅く、命に別状はなかったということも聞いた。
    彼女のことを特段気にかけていた訳ではないが、自分のせいで人が死傷するのはやはり心にくる。
    ジムが死んだのは僕のせいだ。
    僕があの時、編成を離れなければ、彼らに対する慈悲の気持ち等は生まれなかっただろう。

  52. 52 : : 2015/05/10(日) 19:00:02



    「……具合はどうだ」


    僕の個室のドアが開かれ、鬼軍曹のイヴ・マテリアスが入室してくる。

    厳しい時は厳しく、優しい時には優しい。まさにアメとムチを使い分ける敏腕上官だ。
    彼女の編隊で大怪我をした僕やアベリィの個室へは、毎日のように見舞いに来てくれる。


    「申し訳ありません。毎日、その……」


    「……聞こえなかったか。私は具合はどうだと聞いているのだ」


    「あ、えと。良好です。後1週間もあれば退院、復帰できるそうです」


    「そうか」


    彼女は悲しげな顔をすると、ベッド横の椅子に腰掛けた。


    「すまなかった。私の指示のせいだ」


    「あ、いえ! 何を言われるのです! あれは僕が……!」


    「初陣で君たちのパニックを想定していなかった。結果的にジムは死に、君とアベリィ二人が1ヶ月も戦線を離れることとなってしまった」


    「……いや、それは……」


    「言い訳をするつもりはない。それは全て私の指示が未熟だったからだ」


    「……」


    全く、勘弁してほしい。

    なんという向上心と、部下想いの人なのだろう。
    全ては僕が操縦ミスをし、その編成を狂わせたからジムは死んだ。アベリィは重傷を負った。
    彼女にはなんの責任もない。

    むしろあそこで支援攻撃を辞めず、救出部隊としてアベリィ、ジム、リチャードを送ったのは適切な判断だったと思っている。

    透明異質者(インビジブル)は少数派ではあるが、僕らにとって最も厄介な存在だ。
    その姿を透明化することができ、それは奴が触れているものも同じく透明化する。
    宙機のサーチングにも引っかかることができないため、我々にとってその存在は驚異なのだ。

    それを撃破することができたのは、支援隊のおかげだ。

    貴方が決定した隊がいなければ、僕は一人でパニックを起こしたまま、透明異質者(インビジブル)に殺されていただろう。



  53. 53 : : 2015/05/10(日) 19:01:26



    「そんなことありません。イヴ軍曹のおかげで、僕は死なずに済んだのです」


    「……君は不思議なことを言うな」


    「えっ」


    「戦場で傷つく、パニックになる、重傷を負った、という兵士は、本来放っておいていいのだ。最終的に我々には『ルーマー』がいるのだからな。自動的に帰還することも可能だ」


    「……」


    「なのに私は、編成を崩してまで君を助ける指示を出した。私はその時点で戦場の上官として失格だ。結果、死傷者は多くなった」


    「それは……」


    「事実だ」


    「……」


    鬼軍曹、と呼ばれる彼女は、僕の目の前にいなかった。

    噂には聞いていたが、これほど情に熱い上官だったとは。
    普段感情に左右されない僕でも、彼女の部下であることに誇りを感じた。


    「すまない、話を変えよう。一つ確認したいことがあるのだが……」


    「あ、はい」


    「今回の君が編成を崩した理由は、本当に『操縦グリップの不備』だったのか?」


    「……」


    僕が今回、恐ろしい声が鳴り響いたことで操縦を狂わせたことは、誰にも言っていなかった。

    普通に考えて、そのような状況が起こりうる訳はないからだ。
    『ミツケタ、とかいう声がずっと頭に響きました』等と言ってしまえば、精神に異常をきたしたものとしてパイロットを降格させられる可能性もある。

    それだけは避けたかった。
    例え奴が『再生能力を有した異質者』だとしても、僕は奴を殺さなければならないことは、変わることはないのだから。


    「そう、です。操縦グリップが正常に機能せず、僕は編隊を外れることとなりました」


    「……」


    「……何か、問題でも……?」


    今回僕の宙機『ゼロ』は大破しているため、その辺の不備のせいにしても問題ないだろう。
    それに出撃前のメンテは意外といい加減だし、出発時におかしくなった、等と言い訳することもできる。


    「いや、問題はないが。少々気になる点があってな」


    「……気になる点、ですか?」


    「ああ。これまでの『ゼロ』の搭乗者は、12名死亡していることは君も知っているだろう」


    「はい。一応」


    「その死んでいった搭乗者のほとんどが、こう言っていたんだ『ゼロに乗ると時々奇妙な声が聞こえる』とな」


    「!」


  54. 54 : : 2015/05/10(日) 19:03:50



    「……私は幽霊やテレパシー等の類は信じない方だが……もしかして君も、そういった声が聞こえたというクチだろうか?」


    「……」


    まさに、そうであるとしか言いようがない。

    確かに僕の中に。心の中や頭の中に声が響いた。
    あれは一体なんだったのだ。

    しかも『一つの声』だけではない、とても奇怪な頭に響いた『二つ目の声』も存在していた。
    それを言おうかどうか、と迷っている内に__。



    「HeeeeeeY!! 悠斗ーーーッ!!」


    彼女(アベリィ)が部屋へ入ってきた。


    「いやだからお前、まだ動くのは……!」


    アベリィの後ろに付き添っているのはリャンだ。
    僕の見舞いの後アベリィの病室へ行き、そのまま連れ出されたという感じだろう。


    「会いにきたヨーーッ! 大丈夫ネー!? 心配だヨーッ!」


    「……元気そうだな、アベリィ。もう退院できそうじゃないか」


    「O、OH! イヴ軍曹! お、お疲れ様ネー!」


    「先程私が君の病室に行った時とはえらい違いだ。そんなに元気とアピールがしたかったのか。ようし分かった。私が医師へ早期退院手続きを申告しておく」


    「う、ううっ! く、苦しいネ! まだ怪我は治ってないようデース……あはは」


    「……」


    アベリィは相変わらずだ。

    あれだけの傷を負っても、ケロッとして僕らの前で振舞う。
    彼女ももちろん同期であるジムが亡くなったことは知っているし、それなりに悲しみに暮れただろうが、それでも僕らは切り替えねばならない。学校でもそう教わった。


    人の死は人生に多く付き纏うものだ。


    いや、本来そうではないことはなんとなく判る。

    しかし、ここ数年で自分の知り合いが死ぬことは、僕たち兵士、そして人間にとっても『当たり前』になってきたのだ。

    一人が亡くなったからと言っていつまでも沈んでしまっていては、守るべきものも守れない。

    これでいいのだ。これで。



  55. 55 : : 2015/05/11(月) 19:29:39


    「ああ、そうだ。防人、傷が癒えてからで構わないが、有馬司令官の元へ行ってもらえるか」


    「えっ、有馬司令官ですか?」


    「ああ」


    有馬キョウジ司令官は、バッカース第四空軍における最高位、つまり第四空軍の全ての指揮を行っている立場だ。

    僕のような新人パイロットがそれそうとお目にかかれるものじゃない。まして話ができることなど、生涯に渡ってあるかないかというポジションにいる。

    地球生まれのオリジナルで、尚且つ43歳という異例の若さでその地位へ上り詰めた彼が、僕に一体なんの用だろうか。


    「司令が何を聞きたいのか分からんが、上層部からの命だ。伺えるようにまで回復すれば私に一報してくれ」


    「……はい」


    「OH! もしかして透明異質者(インビジブル)を撃破したご褒美で昇任じゃないデスカーッ!? さっすが悠斗ネ!」


    「お前な……オレ達のような新人パイロットがそう簡単に昇任できる訳ないだろ。しかしまあ、なんだろな。本当」


    少しの間沈黙が流れる。

    司令官からの呼び出しに戸惑う訳ではないが、『一端の僕が何故召喚されるのか』は正直気になるところだ。
    僕が歩けるまでは後1週間といったところだが、その前に僕は確認したいことがあった。


  56. 56 : : 2015/05/11(月) 19:30:45



    「さあ、ではそろそろ帰ろうリャン。夕方からはレーザーの調整と砲弾訓練だ」


    「えっ! きょ、今日の訓練は午前で終わりと聞いていましたが……」


    「私が何軍曹と呼ばれているか知っているだろう。それに異質(ヘテロ)どもが今日にでもここを襲わんとは限らん。休暇は諦めるんだな」


    「ひ、ひええ」


    リャンは苦味を感じる顔をするが、心の中では「よっしゃ、綺麗な鬼軍曹と訓練だ」と喜んでいるだろう。
    何故ならほんの少し彼がほくそ笑み体を揺らしているからだ。
    判りやすい奴だな。


    「アチャー。でもリャンはそれくらいしごかれた方がいいネ。貴方は最近たるみすぎデス!」


    「おいおいアベリィ。お前みたいな可愛らしい女の子が『しごく』なんて言葉を使うなよ。オレの下半身が反応するだろが」


    「Fuck!! 死ねこのド変態!」


    リャンの尻は割れているだろうが、それを更に割る勢いでアベリィはリャンの尻に蹴りを入れた。
    愛くるしい笑いが飛び交う中、僕は再び不味いスープを口に運んだ。


  57. 57 : : 2015/05/11(月) 19:31:06


























  58. 58 : : 2015/05/11(月) 19:32:21



    一週間後、松葉杖をつけながら歩けるようになった僕は、宙機格納庫へ来ていた。

    有馬司令官との面会は明日の午後1時。今日は訓練にも参加できないため、イヴ軍曹から自由時間をもらっていた。


    「やあ、キミィ」


    「ふぁっ!?」


    僕が話しかけたのは宙機「ゼロ」の整備員、キミィ・クルィーヴァ。
    20歳であり新人パイロットの僕より年下の彼女は、身を震わせてこちらを振り返る。


    「さ、さささささ防人さんっ!?」


    「どうだい? ゼロの修復は」


    「ご……!」


    彼女は大きく「ご」と言うと、体を地面に伏せ、


    「ごめんなさあぁぁああい!!」


    と僕に謝罪する。


    「あっ、えっと、え?」


    「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいい!!」


    「ど、どうしたのさ」


    「ほ、報告書見ました……! ゼロのグリップに支障が出ていたみたいで……! その……! 私の整備が至らず……!」


    「あ」


    「すみませんんんん!!」


    ああ、そうか。

    本来グリップの不備等なかったのだけど、僕が編隊を崩した理由を『そのように申告』していたから、彼女は責任を感じているのだ。
    ごめんねキミィ。あれは君のせいじゃない。僕の頭へ響いた何かの『声』のせいなんだ。
    ただ僕はパイロットを降格させられる訳にはいかないから、許してほしい。


  59. 59 : : 2015/05/11(月) 19:34:21



    「あはは、き、気にしないでくれ。事実僕はこうして生きて帰れたのだし。君の責任じゃないよ」


    「うう……」


    「それに、最初の出撃では違和感はなかった。多分操縦中に不具合が発生したんだ。だから、君のせいじゃない」


    「でもぉ……」


    キミィはその顔を上げて涙目で僕を見つめてくる。
    ウクライナ人のライトである彼女は、綺麗系よりは可愛らしい女性の部類に入る。
    いつも整備で清潔な空間で過ごしてないからか多少のそばかすはあるものの、十分に魅力ある女性だ。
    唯一の汚点としては、いつもビクビクして自分の自信が生まれないような性格をしているところだろう。

    今回のことに関しても、君は悪くない。本当、気にしないでくれ。僕が罪悪感を感じてしまう。


    「大丈夫だったら。こっちこそごめんね、ここまでゼロを大破させてしまって」


    「あっ、えっ、いや、全然! あ、全然良くはないんですけど、そのっ、あ、貴方がぶ、無事ならいいっていうか、その……」


    「あはは。とりあえず、あれかな。女性が床に伏せるものじゃないよ。ほら」


    僕はキミィに手を差し出す。
    「うう、ごめんなさい」と彼女は再び申し訳なさそうに僕の手を持ち立ち上がった。
    泣きべそをかく彼女は、感情を隠せないのだろう。そういった素直な点は、頑固な整備士なんかよりずっと扱いやすい。


    「ゼロはどう、かな。修復にはまだ時間がかかりそうかい?」


    「あ、いえっ、整備自体はほとんど終了しました! こ、今回はチェックに怠りは、あ、ありません!」


    「そっか。ありがとう」


    「いえええ、ぜ、全然! これが私の仕事ですから!」


    彼女は整備士としてはかなり優秀だ。
    大破した宙機を1週間もあれば修復してくれる。
    整備士学校の鬼才とまで言われた彼女であるが、最初に配置された宙機が「ゼロ」であり、パイロットがどんどん死んでいくことからこのような弱気な性格になったらしい。

    まあ、そりゃあ立て続けにパイロットが亡くなるなんて、整備士からしたらたまったものではない。

    「ゼロ」が死神のレッテルを張られているのと同じように、彼女も「ダメ整備士」の称号を持たされているが、先に言ったように僕は彼女は優秀だと思っている。


    「あ、そ、その、良ければ一緒にチェックをしますか……?」


    身長の低い彼女は上目遣いで申し訳なさそうにそう言う。


  60. 60 : : 2015/05/11(月) 19:41:56


    「いや、大丈夫だ。僕は君のことを信頼してるし」


    「そ、そんな! 私はダメダメ整備士ですし、その、あの、い、いっぱいミスとか、いっぱい見逃しとかが、その……!」


    「大丈夫だったら。あ、でも一つだけお願いを聞いてほしい」


    「えっ、お、お願い、ですか?」


    「……ああ」


    そう。
    僕はどうしても気になっていたことがあった。

    それは、『ルーマー』のゼロのことだ。



    「……ルーマーに、会いたい」


    「え……」


    彼女は少し後ずさりながら、恐ろしい顔を浮かべた。


    「ダ、ダメですっ! そ、それはいくら防人さんからのお願いでも、聞くわけには、い、いきません!」


    「……」


    「ルーマーとパイロットの接触は御法度……! 彼女達とせ、接するのは、私達整備士にしか許されないことなのです……! ごめんなさいぃぃ……」


    まあ、そりゃそうか。
    『ルーマー』に接触するのは法的にも整備士的にもアウトだ。
    僕がゼロと会えば、唯一彼女らと接触できるキミィ自身の首も吹っ飛ぶ。


    「やっぱり、そうだよね」


    「そ、そうです! その……もしそれが誰かに発覚したら……防人さんも軍を退役するようになりますし……」


    「……」


    「わ、私、防人さんを尊敬してますし、そ、そうなったら嫌です!」


    「……僕を、尊敬?」


    「は、はいっ! だって、ダメダメ整備員の私を信頼してくれるし、その、新人パイロットとして優秀だと聞いていますし、えっと……いつも優しく声をかけてくださるし、う……あの……」


    「……」


    ダメだ。
    無理してでも彼女を説得しようとしたが、こんな無垢な子を巻き込んでまで法を犯すことはできない。


  61. 61 : : 2015/05/11(月) 19:43:21



    僕はどうしても「ゼロ」と会いたかった、確認したかった。

    ここ2週間、ずっと考えていたんだ。
    僕が死の淵で見た沙美の姿は、実は彼女(ルーマー)なんじゃないかと。

    でも、考えてみればそんなことが有り得るはずがない。

    沙美自身はすでに亡くなっているし、ゼロが彼女のクローンだったとしても年号的におかしい。
    生きていれば沙美は僕と同じ22歳であり、それは丁度バッカースが建造された歳だ。

    生まれたすぐ後のクローンが居住テストに使われる訳はない。
    従って、このゼロの中にいる『ゼロ』は、沙美のクローンであるはずがないのだ。


    「そう、だよね。ごめん。変なこと言って」


    「いえいえ! ぜ、全然! わ、私は大丈夫ですっ! あの、こ、このことは内緒にしておきますね」


    「……ああ」


    そう言って少しふらついた僕は、格納庫内の椅子に腰かけた。
    歩けるようになったとはいえ、出撃はまだまだ無理か。


    「大丈夫……ですか?」


    心配してキミィが僕を気遣ってくれた。
    そのひ弱な性格だからこそ、他人の痛みが分かるのだろう。
    「ああ。大丈夫」と手をあげようとした僕の掌に、何かの固い感触が伝わった。


    「ん?」


    僕は不意に上げた手を、キミィの机に触れていたようだ。
    その机には、なにやら綺麗な女性が映る写真立てがあった。


    「……なんだい? これ」


    その写真に写る女性はスポットライトに照らされ、周りには多数の黒い人間がおり、緑と赤に光るペンライトを持っている。
    一見、どこかのアイドル若しくは歌い手がステージで歌を歌っているような風に見えた。


  62. 62 : : 2015/05/11(月) 19:49:24


    「し、知らないんですか!? ギュゼルヒーリン歌姫(シンガー)、アリア様ですよ!」


    「……アリア?」


    「はいっ! その歌声からはマイナスイオンが発せられ、更に傷を癒すと言われている、現在地球、いえバッカースでも人気ナンバーワンの歌い手です!」


    「へえ……」


    写真立てを手に取り、興味本位で眺めてみた。
    その緑色に煌めくロングヘアが特徴で、優しそうな顔は確かに人々に癒しを与えてそうだ。

    アイドルとかシンガーの類は僕も疎いが、激しく歌って踊るタイプの歌い手ではないことはなんとなく分かる。


    「私も整備が開いた時間は、ず、ずっとアリア様の曲を聴いてるんです! 是非一度聞いてみてください! 本当、癒されるってこういうことなんだなーって判りますよ!」


    「……そうなんだ」


    「元々オリジナルの方で、地球のトルコ出身の歌い手なんですけどね。なんと今、バッカースまで来てくれてて、期間限定ライブを行っている最中なんです!」


    キミィは先程までの泣きそうな顔を覆し、目をキラキラさせながら僕に詰め寄る。
    ……そこまで好きなんだろうか。たかが歌を歌う人だろうに。


    「どうしてもどうしてもそのライブに行きたかったんですけど、前売りチケットはものの30分で完売です……! 当日券も1万ドルの値打ちがついてて、私には手が出せないんですぅ~」


    「……そんなに人気なのか……」


    「はい! 今ではその歌声のヒーリング効果から、医療界までもが彼女に興味を持ち始めてるんですよ! すごいですよねっ!」


    「……」


    「ああ! アリア様、アリア様っ! 一目でいいから会いたい~! 貴方に会えるなら、私は何もいりません~!」


    と言いながら、彼女は両手を合わせ天に祈る。

    僕自身宗教というものには興味ないが、きっと信仰者もこういう心境なんだろうな。
    憧れや望みから、それを信じずにはいられないのだ。

    結果的に僕の目的は果たせなかったものの、キミィの意外な一面を見れたのはそれなりの収穫だ。
    整備士とパイロットも、ルーマーと同じように信頼関係がなければ成り立たない。
    言うなればこれは、僕の人生においての無駄な時間とは言い切れないものだ。


    フラつきが落ち着くまでキミィの憧れの歌手の話を聞き、その後僕は宿舎へと帰った。


  63. 63 : : 2015/05/12(火) 19:30:43




























  64. 64 : : 2015/05/12(火) 19:33:01



    「失礼します!」


    久しぶりに正装の軍服を纏い、僕は有馬司令官の居る指令室へ入室する。

    その部屋は他のどの上官の居室よりも広く、床に赤い高価そうな絨毯がひかれ、地球の動物の剥製が何体か飾られていた。
    天井にはステングラスのような光る電球が取り付けられ、一瞬裕福な御宅へお邪魔したような錯覚に陥った。


    「おー、来たかね。こっちこっち」


    軽い声で僕を呼ぶのは、中年でラフな格好をした無精髭の似合う長身の男性。
    今は休憩中だったのか、彼は煙草をふかしながら手招きをする。

    凡そ司令官と呼ぶには相応しくない容姿であるが、これが天才肌というやつだろうか。
    緊張しながらも僕は司令官の元へ歩き出す。


    「はは、そんな緊張しないで。私ゃただのオッサンだよ」


    「あ、いえっ、その」


    「すまなかったね、病み上がりなのに。さあ掛けて」


    「あ、ありがとうございます」


    そこいらの偉そうな上官よりよっぽど気の使える司令官は、これまた高価そうな椅子を指示する。
    ふわりとした感触がとても心地良い椅子は、病み上がりの僕にとっては正直助かった。


    「ふーっ」


    司令は吸った煙草を吐きながら、僕に箱を差し出す。


    「君もどうかね?」


    「い、いえ。私は煙草は……」


    「そうか。健康的だねえ」


    いや、例え僕が喫煙者だとしても一番のお偉いさんの前で煙草をふかせる訳ないだろ。
    まあでも、これが彼なりの気遣いなのだろうか。緊張している僕を見て、司令は優しく微笑む。


    「ようやく仕事が一段落ついてね。煙草も吸う暇もないからさ、困ったもんだ」


    司令は小声でそう言って、部屋の中央に佇む大きな机の側居た女性を指さす。
    僕も周りへ目がいってなかったのか、その秘書官には気が付かなかった。


    「司令。お早目に。それに何度言えば分かるのですか、ここは禁煙です」


    いかにも気が強そうな秘書は、小声でも悪態をつかれていることを理解しているのだろう。
    睨みをきかせ僕と司令を厳しく見つめていた。


    「あっはは。厳しいなあ」


    司令はそう言うと吸いかけの煙草を灰皿でイソイソと消した。

  65. 65 : : 2015/05/12(火) 19:35:31



    「……有馬司令。それで、私を呼び出した理由とは……?」


    「ああ、話が早くて助かる。いや、色々聞きたくてね」


    「はあ……」


    色々聞きたい、か。

    様々なことが僕の頭を駆け巡るが、聴取されるであろうことは3つ程予想はしていた。

    先日の出撃内容のこと。
    透明異質者(インビジブル)を撃破したこと。
    若しくは、これまでに12名の死者を出している宙機「ゼロ」のこと。

    恐らくその3点であろうと思っていた僕であるが、司令から聞かれた内容は全く違った。



    「君、好きな女の子のタイプって、どんな子?」


    「…………はい?」


    えっ。

    何言ってんだこの人。
    上司に聞き返してはならないと言われる、「はい?」という強気な疑問形が自然と僕の口から出てしまった。


    「いやあ、はは。こう毎日司令室だと楽しみがなくてさー。ほら、オレ忙しいからなかなか外に出られないし」


    「……」


    「ん? あー、いやいや。勘違いしないでくれよ? オレは決して君のことに好意を寄せるホモなんかではない。オレは女性が好きだ、何よりもね」


    「……えっと……」


    「あれ、もしかして君、同性が好きだった系?」


    「い、いえ! わ、私ももちろん、女性が好きです!」


    「ふはは、良かった」


    司令は可愛らし気に笑顔を見せると、ムスリとした秘書が出したコーヒーを一口飲んだ。
    小声で「お早目に」と再び念を押されたのは、この無駄話のせいであることは間違いない。


    「いや、若い子の流行とか好みのタイプとかさ、すぐ変わるじゃないか。できる男としてそういうの知ってたくってさ」


    「……」


    「あっ! 今自分でできる男とか言う痛い男だと思ったなっ!? いやまあ、痛いとこは否定はしないけど」


    「……ふふ……」


    いつの間にか僕からも笑い声が漏れてしまった。
    ここ最近笑うことなどなかったのに。不思議だ。

    確かに自分のことを「できる人」というのは痛い発言だけれども、それを自覚してかっこつけるような男よりはずっと好感が持てる。
    多分この人、女の子にはモテないが、同性にモテるタイプなのだろう。その優しさ溢れる雰囲気でなんとなく察した。



    「おお、笑ってくれたね。事前資料で、君は過去に恋人を失くしたと聞いていたから」


    「……」


    「私も家族を異質(ヘテロ)どもに殺された一人だ。君の気持ちが分からん訳でもない。まず大事なことは『前向きな気持ち』を作ることだと教えたかった」


    「そう、なのですか。司令も」


    「ああ。もう3年も前の話だがね」


    「……」


    僕と同じだ。

    司令も3年前に大事な人を失った。
    しかし僕と違う点だと感じるのは、過去を振り返らず、常に前向きに行動している点だろう。
    お互い復讐という概念は共通するものの、彼はそれでも歩みだしたことから、今の最高地位へ上り詰めたのだ。


  66. 66 : : 2015/05/12(火) 19:38:47



    「はは、まあ辛気臭くなってもしょうがないからねえ。で? 女性の好みは?」


    「あ……」


    女性の好み、女性の好み。

    と言われても浮かび上がるのは一人しかいないし、これまでに交際したのもその一人だ。
    今でも過去を引きづる僕としては、こう回答するしかないだろう。


    「……亡くなった恋人、です」


    「……」


    「透き通るような薄い青色の髪、真っ赤に染まる美しい眼、線のように細い体。そんな彼女が……今も忘れられません」


    「……そうか」


    司令は今までの顔付と違い、真面目で真っ直ぐに僕を見つめていた。
    清潔感のない髭顔であるが、真面目と不真面目のギャップの差なのか、とても凛々しく思える。


    「すまなかったね。色々と思い出させてしまったようだ」


    「あ、いえ」


    僕も目の前をコーヒーを一口すする。
    一瞬自分の顔が水面に映り、自分の目が死んだような顔をしていることに気が付く。
    彼女を思い出す時、僕はいつもこんな顔をしているのだろうか。


    「まあ、ずっと一途に人を想うということはとても素晴らしいよ。だが、君がいつまでも彼女を想うことは、彼女が願うことではない」


    「……」


    「歩き出さなきゃな。そうじゃないと戦場で死んじまうぞ」


    「……はい」


    「よし」


    司令は再び笑顔に戻る。

    彼は僕より、一回りも二回りも大きい。
    会話の内容、そして司令の雰囲気から、そう感じ取ることしか出来なかった。


    「話を折ってすまなかった、直球で言うなれば、君を呼び出したのはただの賛辞と質問だ」


    「え……」


    「まずは、透明異質者(インビジブル)討伐おめでとう。よくやってくれた」


    「あ、ありがとうございます。でもあれは、僕ではなく命を失った同期の手柄です。彼のおかげで討伐できました」


    「報告書は見てる。事実はそうかもしれないが、君が単独行動を取ったことで、透明異質者(やつ)を発見することができたんだ。仲間の死は無駄ではないし、君の手柄というのは過言じゃない」


    「……」


    「しかし私が聞きたいのはそこだ。君が何故『透明異質者(やつ)』を見つけられたのか」


    「……」


    「透明、と名の付く通り、奴らは通常戦闘域で発見されることはまずない。そして、透明という点を解除する利点もない。だのに何故、君らの場所へ奴は姿を現した」


    「……いや……検討も、つきません……その、無我夢中だったもので……」


    「何故、『無我夢中』だったのかね?」


    「!」


    司令は再び真剣な眼差しに戻った。

    確かに、言われるとおり『透明異質者(やつ)』は今までに数体しか確認されておらず、その存在は脅威であり、破壊することはまず不可能であると学校で教わっている。

    奴は何故、あの時姿を現してまでアベリィ機を攻撃したのか。そして何故そこに、『異形異質者(ヴァリアント)』までもが存在したのか。

    そこは今僕の頭では答えに辿り着かない。
    しかし、報告書で提出した以外の『謎の声がした』という事実は司令に伝えられないのだ。

    僕の復讐を、終わらせるまで。


  67. 67 : : 2015/05/12(火) 19:47:13



    「……それは、報告書に書いた通り……」


    「グリップ操縦が効かなくなり、編隊を外れた。そして偶然にも『透明異質者(やつ)』を発見した。これが事実かね」


    「……はい」


    逃げるようにして、僕はもう一度コーヒーを口にする。

    まるで刑事に問い詰められる犯人のようだ。司令を見ると、何もかも見透かされている感覚に陥る。


    「……ふむ」


    司令も同じくコーヒーを飲む。
    先程までの和気藹々とした雰囲気が凍り付くように、お互いが少し沈黙した。


    「防人君、だったね」


    「あ、はい」


    「変な質問をするが……君は異質(ヘテロ)どもを、なんだと思う?」


    「……異質(ヘテロ)を、ですか?」


    「ああ」


    「……」


    異質(やつら)は奴らだ。

    普通に考えて、宇宙の何処からか来たエイリアンとしか言いようがないし、出現してからの日数も短く研究結果も乏しいままだ。

    ただ一つ分かっているのは、奴らは無差別に人類を襲い殺す。そして、奴らに対抗できる現在の武器は宙機しか存在しない。


    「判りません。ただ、奴らは頭が良く、人類を無差別に襲うエイリアンということしか」


    「……まあ。そうだな」


    司令は再び煙草に火をつけ、その息を吹かす。
    そして立ち上がり、灰皿を持って窓際へ歩いていった。司令室の窓からは見える景色は、煌めく宇宙を映している。

    さすがに最高地位にいるのだから、命を狙われない程度の安全な場所へ司令室を移せば良いのにとは思った。

    が、そういえばイヴ軍曹から事前に「司令は戦場に近い部屋が好きなのだ」と言われたことを思い出し、進んでこの部屋を司令室にしたという話を思い出した。

    なるほど、確かに彼はそういう人間臭さがある。自分も兵と共に戦いたいという意思表示なのだろう。


    「……最近オレは思うんだ」


    ふと、司令が窓から見える宙を見ながら言った。


    「……奴らはもしかして、天からの使いなんじゃないかと」


    「天からの使い……?」


    「ああ」


    「……どういう、ことですか」


    「……ふーっ……」


    煙舞う空気をパタパタとはたき、彼は火のついた煙草を灰皿へ置き、続けた。


    「今から3年前、いや、正確に言えば4年になるか。奴らが現れたのは、地球とバッカースで殺し合いを繰り広げていた第二次星住戦争の最中というのはもちろん知っているよな?」


    「……はい」


    「人類はそこで醜い争いをやめ、総出で奴らに立ち向かった。今まで憎み合いを続けていた者同士が手を取り合ったんだ。ライトもオリジナルも関係なくな」


    「……」


    「彼らはそれを気付かせてくれた。人間同士で争ってはいけない、種別も種類も種族も関係ない、お互いで共存していくものだと」


    「……」


    僕は司令のような性格は好きではある。
    緊張感も出るがそれ以上に彼の人間性に共感できたし、恐らく憧れる存在であることは間違いない。

    しかし、今司令が言っていることはただの詭弁だ。
    綺麗ごとを述べているだけでしかない。
    例え奴らが天からの使いであろうと、凡そ100億いた人類の半分が死滅した。たった3年~4年でだ。
    神が与えた罰だとしても、その中でどれだけの悲しみと憎しみが生まれたのだろう。


    「……そのご意見には……同意できないです」


    「はは、まあそうか」


    振り向いた司令は、再び僕に微笑む。

    この人は謎だ。
    どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。
    今まで人と接することが少なかった僕であるが、この少しの時間で彼が有能であると理解できると共に、多少の嫌悪感をも感じた。


    「よっ、と」


    窓際から椅子へ戻った彼は、ドスリと音を立て勢いよく座る。


    「まあ、一説の中の意見ということで勘弁してくれ。奴らのことを考えるあまり、思考が一周してしまったらしい。何度も話を逸らせてすまないな」


    「あ、いえ」


    「防人くん。君は頭も良く、パイロットとしての実力も申し分ないと聞いている。そんな君だから、正直に答えてほしいことがあるんだ」


    「……」


    「最近、君の宙機『ゼロ』の噂を耳にした。何か、不思議な声が聞こえると申告する人が多いようだね」


    僕の心臓は、一瞬ナイフでも刺されたかのようにドキリとした。


    「……そのような噂は聞きます」


    「で、どうなんだ、実際」


    上手く質問を流したつもりでいたが、この人には通用しないようだ。

  68. 68 : : 2015/05/14(木) 18:58:49



    「……」

    司令の直球な質問に、僕の口は自然とチャックがかかる。
    この人は寛大だし、話をしている限り信頼をおける人物であることは判る。

    しかしそれであるからこそ彼に対する気持ちを裏切りたくはないし、どうしてもブレーキがかかってしまうのだ。

    相手からは既に確信をつかれ、更にそれを言っても許されるような空間ではあるものの、それでも【言えない】のは、僕が『誤りを記載した偽装報告書を作成した事実』があるからだ。

    彼は同空軍の最高権限を持つ者であり、僕の上げた報告書が全くの嘘、デタラメだと気付かれれば、知り合ったばかりの小さな信頼であってもすぐに消え去ってしまうだろう。
    積み重ねるのが困難であると言われる信頼(それ)は、崩れ去るのは一瞬だ。

    どちらにしても僕としては、「声など聞こえなかった」と回答するしかない。



    「いえ。そのような事実は、今のところ、ありません」


    僕ははっきりと、司令にそう言った。


    「……」


    司令は黙りながら、数秒間僕の眼を見つめていた。

    嘘をつきたくなくてもついてしまった僕は、逸らしたい気持ちを抑えながらその圧力に耐え、司令を見つめ返していた。


    「……そうか」


    永遠に続くように思ったその時間も、過ぎてしまえばあっという間ではあった。
    しかし体調というのは正直だ。僕の握っていた掌は大量の汗で濡れていた。


    「……ま、現に今搭乗している君がそう言うんだ。信じよう」


    「……ありがとう、ございます。でも、どうしてそのようなことを?」


    「ん? 優秀なパイロットを優秀な機へ移したいと思うのは司令の性とは思わんかね。君は経緯は謎にしろ透明異質者(インビジブル)を発見し撃破した。そのような優秀なパイロットに、妙な声が響く「死神」と呼ばれる宙機に私が乗ってほしいと思うか?」


    「……」


    「……はは、問題ないと申告するならそれでいい。宙機の変更は自由だが、どうするかね」


    少し頭が固まってしまった。
    僕が思ってる以上に、司令は今回の僕の申告を重く見ていないようだ。
    というか、気を使ってくれていたのだ。僕がゼロに搭乗し続けることに。その寛大な心で。
    何故僕はそこまで緊張していたのだろう。


    「……お気遣い、ありがとうございます」


    僕はポツリとそう言い、軽く一礼した。

    だが、宙機を変更するつもりはない。
    奇怪な声が響くとはいえ、『ゼロ』は僕にとっては幸運の機でもある。

    なんと言っても初めての出陣で、今の人生での最終目標へ辿り着けた。その目的は達成できなかったけれど。

    それに、『あの声』のことがずっと気になっている。何故かは分からないが、僕はその答えを見つけたかった。
    そう思うのは記憶の片鱗にある沙美の幻影からだろう。


    「ですが、僕は実際にあの機で生還しました。僕にとっては幸運の機ですし、変機は望みません」


    「そうか。分かった」


    司令は再び僕に優しく微笑み、立ち上がる。
    そして僕の方へ歩き、煙草の匂いを混じらせながら肩を持った。

  69. 69 : : 2015/05/14(木) 19:01:36



    「なら問題はない、足労をかけすまなかったね。大事にするといい」


    「あ、ありがとうございます」


    「だが一つ、忠告だけさせてもらうと」


    「……?」


    そう言って、司令は僕の耳元で


    (嘘をつくときは相手を真っ直ぐ見過ぎてもダメだ。逆に不自然すぎて自然じゃなくなってしまう。そんなんじゃいい女は捕まえられんぞ。いい男ってのあ、嘘をつくのも上手いもんだ)


    と囁く。



    「あ……!」


    顔が沸騰するように恥ずかしくなり、僕は少し下を向いた。

    ダメだ。この人には何もかもお見通しだった。
    若輩ながら、目の前の上官の信頼を崩すまいと嘘を突き通した自分を、悔いた。

    それに、彼が僕に小声で教えてくれたのは、近くに居た秘書官へ気付かせないという配慮もある。

    僕の男としての尊厳を、彼女へ気付かせなくしてくれたのだ。



    「はは、まあオレも人のことを言える程、偉い立場でもないがね」


    「……あ、はは……」


    照れ笑いを浮かべるしかない。
    僕と同じ境遇で、ここまで人としての器が違うとは。参った。


    「ああそうだ。今回の君の撃墜を祝い賞与を出したい。何か欲しいものはあるかね?」


    「賞与……ですか?」


    透明異質者(インビジブル)を撃破し、更に完治もままならぬ状態で話を聞かせてもらったんだから、そのお礼だ。もらえるものはもらっておきなさい」


    「あ、いや、そんな。僕は……」


    「君が望まなくとも、それぐらいの報酬でもないと他の兵の士気も上がらん。逆に言えば素直にもらってくれた方が助かるんだよ」


    「……」


    「欲しいものとか、ないかね? 現金でも構わんぞ」


    「欲しいもの……」


    「それともあれかな。女がいいか? ふふ」


    司令はニヤけ顔で小指を立ててそう言う。


    瞬間、キツめな美人秘書官が有馬司令を強く睨んだ。
    「じょ、冗談だよ」と言い返すも秘書官は何か汚らしいものを見るように司令を見下す。

    まあ、そうなるな。


    「……あー」


    その時、僕が今一番欲しいものが頭に浮かんだ。
    欲しいというか、手に入るのかが心配ではあるが……。
    もし『それ』が手元にあるのなら、僕は彼女と『交渉』する可能性ができる。

    司令に僕の望みの品を頼んだところ、「なんだそんなことか。お安い御用だ。また手配しておく」と再び優しく僕の肩に手を乗せてくれた。

    結構なお高い望みであったが、司令にかかればなんてことのない望みだったらしい。


    司令が再び煙草に火をつけ、秘書官が更に眉間にしわを寄せる最中、僕は深々と頭を下げ司令室を退室した。



  70. 70 : : 2015/05/14(木) 19:02:09



























  71. 71 : : 2015/05/14(木) 19:04:27



    その日の夜。

    僕は自室のダブルベットへ寝転がり、天井を見つめながら考え事をしていた。

    普段は同室のリャンが嫌かという程話しかけてくるものの、今日は女性先輩パイロット様とお食事だそうだ。
    彼の性格や好みや嗜好を煩く言うつもりはないが、彼が他の女性に目もくれず一途に誰かを想う時は果たしてやって来るのか。


    「悠斗よ。オレが様々な女性へ声をかけるのはな、自分を磨くためなんだよ。異性に触れない男というのは向上心がないということだ。それに女性と接することで相手の立場になることを考え、相手が何をされたら嬉しいのか、何をされたら嫌なのかを研究するんだ。それに、科学的にも異性と過ごすことは自分自身のフェロモンを上昇させることが証明されてる。女性というのは不思議な生き物で、男性よりフェロモンを感じる能力が高いんだ。だからこそオレは自分から女の子にどんどん接していくのさ。そうすれば自分が結婚したい人が現れた時、自信を持って最高の男と胸を張り、そのフェロモンで彼女を迎えられる訳さ。いや、これは美学だね。男の、漢の美学というやつだ。ということで行ってきまーす」


    と長々喋り出て行った彼だけど、未だに言ってたことの意味がよく分からない。

    なんとなくではあるが、リャンと司令は似ていると思った。

    相手のこと、女性のこと、異性のことを大事に思う彼らだからこそ、同性の意見や仕草にも敏感に反応できる。だから『嫌な奴』という感じはしないし、一緒に居ても苦ではない。

    磨いたのか否かは分からないが、その術をわざとらしくなく、好感を持った形で相手へ提供できるんだ。


    『復讐』だけに身を包んだ僕とは違う。


    でも、沙美が殺されるまで僕が彼らのような人間だったかと言われると、そうではない。

    はっきり言って、どこにでもいる『普通のライト』だったろうし、イケメンでもなければそこまで不細工でもない。

    ……沙美は僕のどこを気に入ったのだろう。


  72. 72 : : 2015/05/14(木) 19:12:18



    彼女と出会い交際に至るまでは時間もかからなかったし、僕の一世一代の告白も、彼女は直ぐに返答をくれた。

    何年も文通を重ねてきた僕らだったが、それだけで交際に辿り着くことができるのだろうか。

    もしかしたら彼女は僕の顔や体型を見て幻滅したかもしれないし、僕と接してから、僕の性格を嫌いになったかもしれない。
    今考えると不思議だと感じることは多々あったが、何をしても、何を話しても、何を感じても、彼女は一途に僕に好意を寄せていてくれた。


    「……」


    部屋を見渡す。

    すでに軍へ拝命されてから2か月以上経過したが、まだこの部屋には慣れない。
    空軍学校の頃は皆と同部屋だったこともあり、毎晩が騒がしかった。
    僕自身騒ぎに加わることはなかったけれど、こうも静かだと逆に落ち着かない。




    (最近オレは思うんだ……奴らはもしかして、天からの使いなんじゃないかと)




    司令の言葉が頭に浮かぶ。

    彼も自分で言っていたが、それは奴らの謎の考察から一回りも二回りも周回した後に辿り着いた答えだろう。
    しかし、納得はできることはない。
    彼らはただの悪魔で、人類の敵。それは間違いない。

    何故奴らが人類しか襲わないのか。何故奴らは人類を殺しにかかるのか。何故奴らは人類を一気に滅ぼさないのか。

    考えていくとキリはないが、最終地点はそこへ辿り着く。


    なんのために生まれ、なんのために生き、なんのために過ごし、なんのために終わりを迎えるのか。

    これは我々人類も同じことだ。

    死後の世界等と考えたことはないけれど、人の死が当たり前になった今は特にそう思う時間は増えた。


    ただ僕の答えは決まっている。

    沙美を殺した異質者を殺すために生まれ、沙美を殺した異質者を殺すために生き、沙美を殺した異質者を殺すために過ごし、沙美を殺した異質者を殺し、終わりを迎える。

    これが今の僕の生きる目的、目標、最終地点。


    傍から見れば、なんの楽しみもない不遇な生活。
    嬉しいと感じることもなければ、皆で喜ぶことも、騒ぐことも、喋ることさえも、感じ取れることはない。


    それが僕の生きる道。


    改めてそんな考えを巡らせながらいると、不意に自室ドアからノック音が聞こえた。


  73. 73 : : 2015/05/14(木) 19:53:05



    「ん……」


    友達のいない僕には基本的に来客はない。
    リャンを訪ねる友人かと思い出入口を見たが、そこには意外すぎる人物が立っていた。


    「……入るぞ。次席ライト」


    「リチャード?」


    高慢な態度で部屋へズカズカと入ってくるのはリチャード。
    その姿は「オリジナルの私様の入室だぞ!」と言わんばかりに、ダブルベッドの上に居る僕ですら見下してくるような気配を感じさせる。



    「……同室の五月蝿いライトはいないようだな。好都合だ」


    彼は居室の自動ドアが閉まることを確認し、更に僕らの部屋の全体を眺めながらそう言う。


    「……なんだよ、突然」


    「次席ライト。単刀直入に聞く。今日有馬司令と何を話した」


    「はぁ?」


    「何を話したかと聞いている」


    こいつは……いつまでたっても人へのモノの聞き方を知らないな。

    彼からするとバッカースに住む者は皆ライトであり同じと思っているかもしれないが、部屋へずかずかと入られて相手の気持ちを考えないような冷たい質問をされると、さすがに僕でも少し腹が立つ。

    ましてやこの男は自らを優秀であると唱えながら、異形異質者(ヴァリアント・ヘテロジニアス)を見るなり逃走した男だ。

    あの状況から考えて冷静な判断であるとは思うが、アベリィ救出の下りからしても、彼はライトの一人や二人の命をどうとも思わない冷酷さを兼ね備えたオリジナル様だ。

    僕が質問に答える義理は何もない。


    「……なんでそんなこと聞くんだ」


    「知りたいからだ」


    「……」


    「答えろ」


  74. 74 : : 2015/05/14(木) 19:55:53


    「……別に君にそのことを話すことは構わないが、僕はそれを君に話す義理も恩もない」


    「なんだと?」


    リチャードは強く僕を睨み付ける。
    僕だって別に喧嘩がしたい訳じゃないし、するつもりもない。
    事実を述べただけだ。


    「義理ならある。ライトが地球を襲った過去。恩ならある。オレは貴様に異形異質者(ヴァリアント・ヘテロジニアス)から退避しろと命令した」


    「ライトだって何万人もオリジナルに殺された。僕は異形異質者(ヴァリアント・ヘテロジニアス)から逃げなくても生還した」


    「黙れ。それは貴様の自己辯護に過ぎない。全ては結果からの決議だ」


    「そんなこと言ったら議論は終わらないじゃないか。経緯、結果、原因、結論。答えだけを求める君の意見は好きだけど、僕はそんな時間を無駄にしたくはない」


    「……貴様が有馬との会話内容を話せば一瞬で終わることだ」


    「……」


    オリジナルの考えていることはよく分からない。
    確かに筋は通っているものの、聞き方次第ではすぐに答えは出るだろうに。

    僕だってそれを教えられる程自分が優秀だとは思ってないけれど、彼にも人、いやライトへの口の聞き方は学んでほしかった。

    これ以上彼に部屋に留まられるのは僕としても好ましいことではないし、さっさと質問に答えることにした。


    「有馬司令からの呼び出しは、透明異質者(インビジブル)の発見・撃破状況の報告と、その賞与を頂けるということだけだったよ。他には何もない」


    「……透明異質者(インビジブル)の発見状況?」


    「ああ。それと撃破状況だ」


    「……」


    彼は何かを考え込むように、右手で口を塞ぎ下を向く。


    「もういいか? じゃあ出て行ってくれよ」


    「いや。まだだ」


    「……なんだよ。それ以外ないぞ」


    「次席、有馬司令は報告書を読んだのだろう。何故それに納得していなかったのだ」


    「……なんで、って」


    あれ。

    確かに今思えば、どうして司令はそのことを気にしていたのだ。
    彼は空軍指揮を取る立場であり、一兵士の敵発見や撃破状況等は本人に聴取しなくても報告書を確認したことで十分なはず。

    まあ、特殊な敵透明異質者(インビジブル)のことを知りたいがため、というのは分かるが、『何故呼び出されたか』と問われると答えは見つからなかった。


    「……さあ。透明異質者(インビジブル)の撃破自体が珍しいから、僕から直接発見状況を詳しく聞きたかったんじゃないか?」


    僕に睨みを聞かせる彼へ、そう返答した。


    「……」


    リチャードは目線を逸らし、再び手で口を隠した。
    なんだというのだ、一体。


  75. 75 : : 2015/05/14(木) 22:27:56



    「……それ以外には、ないのだな」


    「……それ以外?」


    「話したことだ。司令と」


    「……まあ、他には特に……」


    あったとすればゼロから聞こえる不思議な声の件くらいだが、それ自体僕は話を否定したし、更に話しがこじれそうなので話すのはやめておこう。


    「……」


    リチャードは否定した僕を更に睨む。


    「なんなんだよ一体……。何が聞きたいんだ。せめて理由を教えてくれないか?」


    「……ライトである貴様には関係のないことだ」


    なんだそれ。


    「それは心外だな。僕の休息時間を奪ってまでして君は僕に利益を求めたんだ。僕がその見返りを求めるのは当然のことじゃないか?」


    「それは貴様が決めた価値観だろう。オレがそれに答える義務はないし恩はない」


    「時間を割いた義務、住居を犯した義務を負い。司令との話を無償で教えた恩を負った」


    「ちっ」


    勝った。
    とまでは思うつもりはないが、このぐらい言い負かせないとリチャードは納得しない。

    彼はオリジナルやライトと人種差別する以外、根本はそこまで悪い奴じゃないが、頭が固い。
    そういう人間には口で対抗し「一本取られた」と思わせるのが一番だ。まあ、さっきのは言うなればただの子供の口喧嘩だけど。

    でも、それなりに彼に効果はあったらしい。


    「やるな次席ライト。オレにそこまで言うのは貴様くらいだ。やはり貴様はそうでないと張り合いがない」


    ふっ、と笑いながら彼は僕を遠まわしに褒める。
    いや、多分そこまで言うと君が面倒なくらい反論してくるのが目に見えるから、皆君に言い返さないのだろう。面倒臭いし。


    「……別に張り合うつもりはなかったけど」


    「……司令の話を聞いたのはどうということはない。ただ、オレがあのポジションを狙っているからというだけだ。次席の貴様からすれば当然たどり着く答えだと思っていたがな」


    「……」


    おそらく、これはリチャードの嘘だろうな。

    最初からの雰囲気、質問、言葉からして今の答えが真実ではなく【表上】の答えと判る。
    司令程人間観察力が優れている訳じゃないけれど、威勢を張るリチャードはまだ人間付き合いが下手であり、疎い僕にでも彼が虚偽の申告をしていることはなんとなく分かった。

    唯一分からないのは何故彼がここで嘘をついたかだ。まあ、今にでも彼に部屋を出て行ってほしい僕としてはどうでも良いことだけど。



    「君が人を認めるのは、珍しいね」


    「そんなことはない。以前言っただろう。オレは少なくともライトの中で貴様のことは認めていると」


    「……そりゃどーも」


    話を流して早く会話を終わらせたい。
    僕の頭にはそれしかなかった。この会話こそ、時間の無駄だ。

    そう思っていた僕に、彼は一言。


    「貴様は、オレと同じだからな」


    と言って、僕の空気を察したのか、そのまま彼は部屋を後にした。


  76. 76 : : 2015/05/14(木) 22:28:49




























  77. 77 : : 2015/05/14(木) 22:51:42





    私は夢を見ていた。

    恐ろしい触手が私を襲いかかる夢。


    まるで現実のように感じる痛み、そして叫び。
    様々に木霊する声が、一瞬で私を支配した。
    その中で一つ、とても大きな声が聞こえた。


    「どう____あ____に____たい_____」


    優しく、そして強く胸に響いたその声は、一瞬にして跡形もなく崩れ去っていった。



    その『声』は私の中でとても重要なものであり、とても大切なもの。
    だけど私はそれを思い出すことはできない。
    何かに支配されているかのように。




    いつも、思い出したいと願う時、ふと目が覚める。
    機械自体にエネルギーが供給されたのだ。


    この雰囲気は出撃ではない。
    また「初めまして」の彼女が私の目の前に立つ。

    彼女は何度か私と接しているのだけれど、私はそれを思い出すことはできない。
    プログラムに組み込まれたことしか、私は返答することができない。

    ただ「今日のメンテは早く終わりますよ」と言う彼女は、何故かいつもより明るい表情に思える。


    いつもより……?
    何故以前のことを知っているの?
    私の中で何かが変わっている。変わり始めている。



    それに、どうしてだろう。
    いつも何も思い出せないのに、いつも何も感じないのに。
    今日は『声』が聞こえる。


    その声は、とてつもなく暗い。
    何もかもを憎む、憎しみの声。悲しみの声。

    私はそれを救ってあげたい、助けてあげたい、守ってあげたい、と思っている。


    そして、私は目の前の『彼女』に、何故か違和感を感じる。

    今日、彼女は誰かと出かけるらしい。
    そのためにメンテナンスを早めに切り上げるそうだ。

    憂いを帯びた彼女の顔を見ると、私も本当は喜ぶところなのだろうけれど。


    何やらモヤモヤした感情が、私の胸を支配していた。




  78. 78 : : 2015/05/14(木) 22:52:02




























  79. 79 : : 2015/05/15(金) 19:13:49



    サウスラグラッシュホールは静寂に包まれていた。


    バッカースが未だ火星だった頃、元々地盤が安定した場所にそれは建造された。

    劇場、と名の付く娯楽施設ではあるものの、建造時の癒しの空間を必要だとされ優先度は高かったようで、バッカースで言えば古くから存在する建物の一部となる。

    地球では既に破壊されたと聞く、東京ドームと呼ばれるものの大きさとほぼ同格だそうだ。



    劇場内は真っ暗となり、中心を囲んだステージに少しばかりの明かりが見える。
    3Dの映像で壁際には星々が照り、微かな音楽が僕の耳に入ってくる。


    「わああ……もう少しですね!! 防人さん!」


    僕の隣で笑顔を浮かべ大声を出すのは整備士のキミィ。

    普段泣きべそをかいている彼女が、ここまで嬉しそうな顔をするのは初めて見た。
    ライブ前の状態ということで、周りで静かにアーティストを待っていたファンから睨まれているものの、キミィはそれすら気付くことなくステージに注目している。

    別に僕自身彼女をどうにかしたいとか、恋愛に関わる何かを期待している訳ではないが、ここまで喜んでくれると僕も正直嬉しい。

    まさか有馬司令が、今地球やバッカースで大人気の歌姫のライブチケットを手配できるとは思っていなかったが、いやはや、願いというのは聞いてみるものだ。

    僕の目的は全く別のところにあることは間違いないのだけれど、整備士の彼女とこんなことで信頼関係が深まるなら、この時間は無駄ではない。
    外出する際にアベリィに捕まった僕ではあるが、うまくごまかせたと心底安心している。

    それに、まあ。今まで争っていた星同士でも共通して「人気ナンバーワン」と評される彼女の歌声は、僕も少し興味があった。


    「わっ!」


    キミィの驚きの声と同時に、劇場中央のステージにスポットライトが当たる。
    そこには、美しい緑色の髪をなびかせ、真っ白なドレスに身を包む『歌姫』、アリアの姿があった。

    照明のおかげもあるのだろうが、まるで人種も違うように神々しく光る彼女は、まさに頂点の貫録があった。


    「あああ……!」


    キミィはもう夢中だ。

    それはそうか。普通にこのステージを見ようと思ったら1万ドルの大金がかかってしまう。
    夢のような場で、自分の大好きなアーティストを眺めるのは、それはそれは大層幸せなことなのだろう。



    《____fly____never_____ 》



    耳に妖精が舞い込むような優しい音色と、胸の中へハーブを入れたように透き通った声。
    それは会場全体に響き渡り、ざわざわとしていた全てを黙らせた。
    歌姫の堂々たる凱旋である。



    《____the color____black and blue_____ 》



    素人の僕でさえ、その美しすぎる歌声に鳥肌が立つ。
    マイナスイオンが出る、ということを聞いたが、それを上回る興奮も兼ね備えた声に感じる。

    ただその興奮は熱を上らせるものではなく、宙を舞っているような心地よいもので、まさに「癒し」という言葉がぴったりと当てはまるものなのだろう。

    彼女が歌うのは、故郷に残した恋人のために、戦場で飛ぶ飛空士の心境を描いた「free bird」という名曲。

    昔からパイロットの壮行歌として知られるこの歌は、本来ここまで静かな曲ではない。
    しかし、彼女の歌声がそう認識させるのだ。


    「……凄いな」


    僕の口からはいつの間にか彼女への賛美が出ており、目に水分が覆われていることが判った。
    さすがに泣きはしないけれど、恋人を失った僕としての心境へもっともグサリと突き刺さる唄だ。
    会場には既に大泣きをしている客もいれば、我慢してすすり泣く声も響いている。


    「ふぇっ、ふぇええ……」


    キミィまでこの調子だ。
    まあ、仕方のないことだとは思うが。
    多分こうなるだろうと思って用意していたハンカチを、僕はキミィへそっと渡した。


  80. 80 : : 2015/05/17(日) 14:09:48




    《____At home____your_____ 》




    キミィは「ありがとうございます」と涙目で言い、ハンカチを受け取った。
    止まることのない涙をみると、僕にハンカチが返却されることはなさそうだ。

    ステージ上では歌姫が壮行歌のサビへ突入しようとしていた。
    僕はここで今一度、気を引き締めねばならない。
    たかが『歌』とはいえ、一時の感情に左右されてしまえば復讐者は成り立たないからだ。



    《____Go home alive____Certainly_____ 》



    必ず、生きて帰る、というサビの歌詞が会場に響き、更に観客席から泣き声が聞こえる。
    free birdのパイロットの心境は、今の僕らの状況とほぼ同じだ。
    故郷の恋人を想いながら、生きて帰れるかも分からない戦場へ飛び立ち、望んでもない命の奪い合いをする。

    ただ決定的に違うのは、僕らは相手が異質者(ヘテロジニアス)という化物であり、人間ではないということ。

    僕自身未だ戦争というものを直に経験したことはないけれど、戦闘機に乗りお互いを殺し合う人間は、どんな気持ちだったのだろう。
    人を殺したくて殺しているのじゃない。お互いが守りたいものがあって殺し合いに発展した。それも、国や人種、領土や資産、一人間の我が儘等で。
    それは仕方のないことだったのかもしれない。起きるべくして起こった戦いなのかもしれない。

    でも、異質者(ヘテロジニアス)と現に今戦っている僕は思う。思わなければならない。


    人間同士の争いこそ、虚しいものはない、と。



    《____Burning front of the eye____Go in life is flying_____ 》



    ダメだ。
    このままでは僕の感情が支配されてしまいそうだ。
    とても良い歌なのだけど、普段人間同士の争いとか興味はなかったし、それを考える思考に至ることはなかった。

    癒しの歌、と聞いているが、何故か今の自分へ自問自答してしまう。
    復讐という目標がある限り、僕はこの感情を持つべきではない。いや、持ってはならない。


    皆がステージ上の歌姫に夢中になる中、僕は静かに会場外へと退室した。


  81. 81 : : 2015/05/17(日) 14:12:15









    コンサート会場の周囲は、お祭り騒ぎだ。


    20日間の期間限定ライブということで、ライブ会場に入れない輩もサウスラグラッシュホールの外に屯し、液晶画面を見ながら歌姫を鑑賞している。

    あちこちで屋台が良い匂いを立てており、当日券を破格の高値で売るダフ屋も存在する。
    キミィには悪いと思ってるが、ライブ自体は後1時間以上あるし、あれ以上あそこで気持ちを揺るがせたくなかった僕は、屋台近くのベンチで一休みすることにした。


    「ふう」


    一息つく。
    周りを見渡しても、液晶画面を注目するカップルやファンばかり。
    未だアリアの歌が外へ響いているものの、先程までの心地よい気持ちはいつの間にか僕の心からなくなっていた。
    直に聞くのと聞かないのでは、ここまで違うものなのだろうか。


    「ん?」


    数ある人が液晶画面を注目する中、一人の女性が屋台の主と揉めている様子が伺えた。
    多分自動翻訳機の故障だろう。その女性が何を言っているのかよく分からない。



    「~~✖~~●~~!?」


    「あぁ!? お嬢ちゃん、言ってることが分からんねえよ! 言語は英語だって言ってんだろお?」


    「△~~■~~!」


    「うるせぇなあ。お金も持ってないみたいだし、これは売る訳にはいかないよ!」


    自動翻訳機は今から50年程前に開発され、自己の耳へ装着することでその機能を発揮できる。
    地球上の世界各国の翻訳ができ、携帯電話の役割も持つ。
    今ではピアス型の小型機も存在しているが、僕は変わらず軍指定の中型翻訳機だ。耳上部にはめ込む形で落ちる危険性もなく2gと軽量なので普段の生活には何も困らない。

    バッカースでは元々英語、中国語が主流となっており、世界共通語の一つとして人間が学ぶべき言語なのだが、それも覚えていないあの子は何者だ?
    アリアの歌が響いているからか特に誰も注目してないが、客観的に見てる僕としては、少しあの子が可哀想になってきた。

    しかし、帽子にサングラスをかけてマスクとか……どこの芸能人気取りだ。


    「~~✖~~●~~!!」


    「いや、だから……耳の翻訳機の設定変えろよ! 何言ってるか分かんねえよそれ、地球の言葉か?」


    「……✖✖✖!」


    「参ったなこりゃ。全然話し通じねえや」


    僕はさりげなく彼女の後ろへ近づき、その耳に取り付けられた翻訳機を見た。

    なんてこった。この子翻訳機自体つけてないじゃないか。
    これなら人と喋れるはずはない。


  82. 82 : : 2015/05/17(日) 14:15:24



    「おじさん、この子翻訳機自体つけてないよ。一度僕の翻訳機貸してあげるね」


    「お、兄さんすまねえな。ったくこのご時世翻訳機つけてないってどんなだよ」


    「✖●!?」


    女性は驚いたように、僕の方を振り返る。
    僕はそれと同時に、自分に装着していた翻訳機を外し、彼女へ『取り付けてもいいか?』とジェスチャーをした。


    「✖●✖●✖!?」


    女性はあたふたとし、僕のジェスチャーも理解できてないようだ。
    うーん、どうしたもんか。
    まあいいや。これ以上ここで騒がれても僕もゆっくり休めないし、無理矢理にでも翻訳機を取り付けて後で説明しよう。


    「ごめんね、帽子とサングラス取るよ」


    「~~✖~~●~~!?」


    そう言って、僕は帽子を取りサングラスを外し、彼女へ翻訳機を取り付けた。
    瞬間、彼女の美しい緑色の髪の毛がなびき、その輝く青目が露わになった。
    一見して、この子が20くらいの美人な女の子であることは判る。
    でも、あれ?


    この子って、さっきまでステージにいなかったか?


    「なっ、ななななななっ!!」


    翻訳機により喋れるようになった彼女は、無理にでも帽子とサングラスを外した僕を、真っ赤な顔をして眺めている。
    眺めているというか、お、怒ってる?


    「なにすんのよおおーーーーーっ!!!」


    「えっ? ええっ?」


    「あ、あれ……あんたその顔もしかして……!」


    屋台のおじさんが、女の子の顔をまじまじと見る。


    「まさか、ア、アリア様っ!!?」


    「うっ!」


    「え……!?」


    女の子は急いで顔を隠し、僕からサングラスとマスクを奪い取り、元のとおりに装着した。
    えっ。状況が分からない。ん?
    アリアという歌姫は、たった今ライブ会場で歌を歌っているはず……だよな?


    「お……おほほほほほ! わ、私、よく言われるのよね~、アリアに似てるって! 顔隠さなきゃやってられないな~、あははは!」


    「いや、えっ、ええ!?」


    屋台のおじさんは驚きを隠せず、何度も何度も目を擦り、彼女を見つめる。
    正直僕自身もそうだ。だって今ここにいる彼女は、先程までライブ会場で歌う歌姫と瓜二つだったのだから。
    それに、言い訳にしか聞こえない言葉の数々が、更に僕らを疑心暗鬼させた。

    その状況に気が付いたのか、彼女は小さく「ちっ」と舌打ちをし、急に僕の手を握った。


    「行くわよ!!」


    「え、いや、ちょっ」


    彼女はそのまま僕の手を握り、イソイソと歩き出した。
    なんだというのだ。一体。

  83. 83 : : 2015/05/17(日) 15:41:54





























  84. 84 : : 2015/05/17(日) 15:42:42



    「はぁ……はぁ……はぁ……」


    「ふう……」


    息を上げた僕らは、ライブ会場からだいぶ離れた喫茶店に入っていた。

    プライベート指定がなされているここは、液晶でボックス席の周囲が囲まれており、他の客からは顔も見られることはない。
    注文も選択式で、店員が来ることもないため、政治家や有名人等に好まれる店だ。


    「な、なんてことしてくれるのよっ! もうちょっとで大騒ぎになるところじゃない!」


    彼女は机をドンと叩き、いきり立って僕に言う。
    いや、いきなりそんなこと言われても。


    「いや、君があそこで騒いでいたのが事の発端だろ。僕だってゆっくり休んでいたかったんだ」


    「何よ生意気! 私が悪いって言いたい訳!?」


    「……まあ。というかいきなりなんなんだよ。こんなところまで僕を連れて来て」


    「あ、あそこに居たら、またアリア様アリア様って騒がれたに決まってるでしょ!? だから夢中で……!」


    「……でも僕を連れて来る意味はなかったんじゃ」


    「うるさい!! だ、だってそれじゃあ、この翻訳機返せないし、貴方に注意できないじゃない!」


    「……注意?」


    彼女は「もう!」と悪態をつき、背もたれにドスンと寄りかかる。
    帽子もサングラスもマスクもそのままだ。一応プライベート空間なのだから外せばいいのに。
    しかし『注意』とは、なんのことだ。


  85. 85 : : 2015/05/17(日) 15:44:29



    「……もう……あの屋台のイカ、食べたかったのに……」


    「そりゃあ、翻訳機をつけていない君が悪いじゃないか」


    「だ、だってしょうがないじゃない! 急いでアンタたちボディーガードから逃げ出してきたんだから!」


    「……ボディーガード?」


    「そうよ! 分かってるんだから! 貴方も私を呼び戻しに来たんでしょ!?」


    「…………えっ、ちょっと待って…………君、僕を誰かと勘違いしてないかい?」


    「へっ!?」


    サングラスの下に、彼女が目を丸くしていることが判る。
    今の台詞から察するに、やっぱりこの子……。


    「か、勘違いって……え? 貴方、バッカース専属の私のボディーガードじゃ……」


    「……うん。違うね。僕はただの軍人だ」


    「ぐ、軍人!? だ、騙したの!? この私を!?」


    「騙したつもりはないし、そのような言葉を述べた覚えもないのだけど……多分君が思い込んで間違えたんだろう」


    「……だって……翻訳機をつけてくれたし……そんなことしてくれるのボディガードだけだし……」


    「それは、君が困っていそうだったから」


    「……」


    唖然とした顔で彼女は口を開いている。
    今までの会話で分かるが、この子やはり、あの歌姫アリアに間違いなさそうだ。

    似ているという人はこの世に数多くいるのだけど、その特徴的な髪色や目の色、姿はそれそうと真似できるものではない。
    ましてや僕からすれば、先程まで実物の彼女のライブを見ていたのだ。
    まさに瓜二つの彼女を、普通、見間違う必要はない。

    しかし、どういうことだ。ここにいるアリア本人がアリアなら。今ステージで歌っているのは誰なんだ。
    まさか双子とでも言うんじゃないだろうな。


    「……何が目的?」


    「目的も何もないよ。困ってた人を助けたら、無理やり喫茶店に引き込まれただけだし」


    「……」


    彼女はじっと僕を見つめた後、「あーあ」と言いながら帽子とサングラスとマスクを外した。
    改めて見ると驚くが、その容姿はキミィの部屋にあった写真の彼女そのままだ。


    「……絶対、誰にも言わないでよ……」


    「……」


    「さ、流石に……もう分かってるわよね……私が、アリアだって」


    ……やっぱりか。


    「まあ、ね。勘違いもあったのだろうけど、そうとしか思えない発言ばかりだったし」


    「……」


  86. 86 : : 2015/05/17(日) 15:46:45



    「でも、どうして君が2人も……? 僕は先程まで君のライブ会場に居た。そして今も予定通りライブは継続中だ。君がここに居るはずはないんだけど……」


    「……」


    彼女が黙りこくっている中、ストン、ストンと注文した品が机に上がってくる。
    彼女側の飲食料配穴(イートホール)からはクリームソーダと大盛りのピザ。僕側はアイスコーヒー。

    ムスリとした顔で彼女はピザとクリームソーダにがっつく。
    余程お腹がすいていたのか。
    それを見ながら僕も、アイスコーヒーを少しだけ飲む。


    「……あれはクローンよ。私の」


    「えっ」


    驚きで、僕はコーヒーを少しこぼしてしまった。
    クローン……?まさか。女性型クローンは全てルーマーになったはずじゃ……。


    「……そんなに驚くこと? 地球生まれの私が、バッカースでライブをやるなんて危険すぎるでしょ。恨みを持つ誰かに暗殺されるかもしれない危険性もある。だからあの子が代わりに歌ってくれているの」


    「い、いや。その理由には納得できるけど……クローンはバッカースの居住テストを終わらせた後、皆処分、若しくは宙機のルーマーとなったはずだ。なのにどうして……?」


    「貴方そんなことも知らないの? 私のように『特殊能力』を持ったクローンは優遇されてるの。その力の研究も兼ねてね」


    「……特殊能力……」


    「ええ」


    彼女は再び、運ばれてきたホットドッグにかじりつく。
    美しい容姿からは想像できないくらいの食べっぷりだ。


    「私の能力は歌声の『癒し』。ライブに来ていたくらいなのだから、これくらいは知ってるでしょ?」


    「あ、ああ。でもそれは、科学で証明しようもないし、実際の効果があるのかどうかは分からないけど……」


    「そ。でも実際に私が発する声には、怪我を治す効力や精神汚染を癒す効果があるらしいの。既にそれは実験済」


    「実験って……」


    「ん? ああ、もちろん私自身が研究された訳じゃないわよ。研究は全てクローンのあの子が行ってくれたの。私の代わりにね。そうじゃないと人権問題で私が研究機関を訴えてるわ」


    「……」


    そんな裏事情があるとは、知らなかった。

    生まれてからずっとバッカースで暮らしてきた僕としては知りうる機会もなかったし、軍学校でもそれを教えてくれる教官はいなかった。
    今の彼女の発言から察するに、クローンが生成されたのはバッカースでの居住テストのためでもあるが、特殊能力を持つ人間の研究も兼ねていた、ということなのか?


  87. 87 : : 2015/05/17(日) 15:58:49



    「で、でも、いきなり特殊能力って言われても……」


    「……そうね。普通は信じられないだろうし、信じたくもないわね。そんな話」


    彼女はピザとホットドッグを食べ終え、クリームソーダを一気飲みすると、僕の前へズイイと姿を持ってくる。


    「でも、いるのよ。ちゃんと。貴方たち『普通の人間』と違ってね」


    「……」


    「超能力で遠くのモノを動かせる人、超能力でスプーンを曲げる人、短い距離だけど瞬間移動ができる人、他人の思考が読める人。こういった類の人は本当に存在するわ。望んでなくとも生まれながらにしてその能力を有しているの。何故かなんて分からないわ。生まれてきたらそうだったんだもの。でも、その存在は世間一般では隠されているけどね」


    「……なんで……隠す、必要が……」


    「貴方ねえ。そんな力を持った人が公になってみなさいよ。皆その能力を欲しがるし、何かに利用したいと思うじゃない。それが第一次星住戦争の発端の一部になった理由でもあるし」


    「えっ!」


    第一次星住戦争は2229年にバッカース側から地球へ向け行われたものだ。

    これは、バッカース側が地球からの迫害を受け「ライト」と呼ばれるようになり、その地を奪還するために行われた戦争だと教わったが……。


    「……そんな顔をするってことは、裏事情も何も知らないのね。この世界の闇も、人間の悪意も」


    「……そう、だね……。僕は何も知らない。君が今言ってくれたことも、全て」


    「といっても、私も全てを知っている訳じゃないわ。私の能力はそこまで事実的に確認できるものじゃないし、個体によって回復力も違うのだから。重い研究対象にはなっていないから、今でも自由に歌わせてもらっているけど」


    「……」


    彼女(アリア)から聞いた話は、僕にとって衝撃的なことだった。
    特殊能力という概念が存在するのももちろんだけど、その人間(クローン)の迫害や、戦争の理由。

    その全てを知りうる必要はないのかもしれないけれど、知らなければならないことも必ずあったはずだ。

    そんな人間がいるということも、そんな環境があったということも。そして何故、そのことが公にならなかったのかも。

    考えをまとめようと整理する中、突然彼女(アリア)がつけていた翻訳機から大きな警告音がなり響いた。


    ピーーーーーーー、ピーーーーーーーー、と。


  88. 88 : : 2015/05/17(日) 20:57:53



    「っ! うるさ……! 何よ一体……!」


    「あ、ごめん! ちょっと翻訳機(それ)貸してくれ!」


    キンキンと響く耳を抑えながら、彼女は僕に翻訳機を渡してくれる。

    嫌な予感がする。
    さっきの警告音は、軍の緊急呼び出しコールだ。
    僕は自己の耳へ翻訳機をつけ、空間上にヴァーチャル画面を映し出し、呼び出しの詳細を確認する。


    異質者(ヘテロジニアス)の襲来……!? 場所は……!?」


    なんてこった。
    一瞬その場所を見て僕は立ちくらみを覚えた。


    「……サウスラグラッシュホール上空……ここじゃないか!!」


    「~~✖~~●~~!?」


    翻訳機をつけていない彼女も叫ぶ。
    恐らく出身地のトルコ語なのだろう。言語の理解はできないが、僕の叫びを聞いた彼女も不安になり「なんなの!?」とでも聞き返しているのだろうか。


    「嘘だろ……何故バッカース内までの侵入を許したんだ! 奴らがセンサーに引っかからず地へ降りられるハズはないのに……!」


    「~~△~~✖~~!!」


    「くそ! 急いで軍へ戻らないと……! まずはキミィに……!」


    僕がキミィへの通信を発したと同時に、付近で爆発音が響く。

    一度、二度、三度と連続で聞こえる爆音に危険を察知し、僕は向かいの席のアリアの体を伏せさせた。
    バリバリ、と喫茶店の窓が割れる。
    伏せていた僕らには鋭利なガラス片がこぼれ落ちてくる。


  89. 89 : : 2015/05/17(日) 20:59:02



    《……さんっ!……防人さん!》


    鼓膜に衝撃がありつつも、翻訳機のおかげでキミィからの連絡が聞こえた。
    良かった。彼女はまだ無事なようだ。


    「キミィ! もう分かってると思うが異質者(やつら)の襲来だ! 軍に戻るぞ!」


    《あ、はい! 防人さんは今どちらへ!?》


    「訳あって会場の外にいる! 君は今どこだ!?」


    《____っを_____って____!》


    くそ、僕の翻訳機が破損してるのか。
    通信状況が悪い!


    「ち……しょうがないか……キミィ、急いで格納庫へ戻るぞ! 合流する時間が惜しい! 各個集合で頼む!」


    《____ブブ_____ブブー____!》


    聞こえたのか聞こえてないのか……どちらにしてもこうなった時の対処法なら彼女は理解してくれるはずだ。

    ここから軍までは走って30分程度。その間奴らの攻撃を掻い潜っていかなければならない。
    しかし何故____何故奴らはセンサーを突破することができた!


    ドォン、との音と銃声が響き渡る。その中には悲鳴も混ざっている。
    既に街中では奴らとの戦闘が始まっているようだ。
    しかもライブ会場には5万人以上の人間たち……くそっ!


    「~~✖~~●~~!?」


    アリアも僕の服を掴みながら喋る。
    少し黙っていてくれ、奴らに声を聞かれ察知されてしまえばすぐに体に穴が開いてしまうぞ。

  90. 90 : : 2015/05/17(日) 21:00:33



    「く……どうする……!」


    僕は割れた窓からそろりと身を乗り出し、外を確認する。
    店の前に奴らはいないものの、その上空を見て僕は一瞬唖然とした。


    「バカ……な……3、いや、40体以上いる……!」


    確認できたのは小型異質者(スモールヘテロ)ばかりではあるが、それが40体以上。

    いくらスモールと言えども、体長は5メートル~10メートルまでの個人差がある。
    スモールの特徴は素早い動きと、薄い装甲。だがそれは宙機の前でという話であり、人一人がマシンガンを持ったとしても適う相手ではない。

    これだけの大量の異質者(やつら)が、何故こんなところに__!?


    「~~■~~たって言うのよ!?」


    「ちょっ、か、返してくれ!」


    アリアは僕の耳から翻訳機を勝手にむしり取っていた。
    やめてくれ。この非常時に軍と連絡を取れなくなるのは僕の命に関わる。


    「それがないと僕は機能しない! 君も大変かもしれないが、自動翻訳機(それ)を返してくれ! そして早く逃げろ!」


    「だから待ってって! 何よ一体!? 何が起こったの!?」


    「……っ」


    く!軍の機密情報だが仕方ない。
    そんなこと言っている場合じゃないか。


    異質者(ヘテロジニアス)の襲来だ! 40体以上の化物が、今この街を襲っている!」


    「は、はあ!? なんでよ! バッカースの感知機は壊れてるの!? 奴らは宇宙空間でしか現れないし、大気圏突入時に感知できなかったってこと!?」


    「……理由は分からないが、そういうことだ。僕は急いで軍へ戻らないといけない。そのためには情報を知るためにも翻訳機がいる。返してくれ」


    「何よ! このか弱い私を置いて一人で行こうっての!? そんなの許さないわ! 私はこの世に二人しかいない内の完全オリジナル、癒しの歌姫アリアなのよ!」


    「そんなこと言ったって……」


    その刹那、付近で再び爆発音がし、割れていたガラスから爆風が入る。
    僕らは再び席に伏せ、その衝撃に耐える。


    「きゃああああっ!!」


    「く……! どうする……!」


    このままここに居ても、二人共焼け死ぬだけだ。
    イチかバチか、外へ出て軍へ向かうしかない。
    それに、既に軍の待機員がもうすぐ出撃するはず……!


  91. 91 : : 2015/05/17(日) 21:10:15



    店の外からは、更に悲鳴が聞こえ、ドスンという何物かが着陸した音が聞こえる。
    恐らくそれは異質者(ヘテロジニアス)……!
    人間を襲うため地上へと降り立ったのだ。


    「……逃げよう。ここでじっとしていても、殺されるだけだ」


    「逃げるったって……一体どこに!?」


    「軍だ。そこに行けば僕は出撃できるし、君の安全も確保できる」


    「わ、私が一般人と一緒に軍へ!? そんなの嫌よ! 私のボディーガードがいるところまで連れて行って!」


    「無理だ。君の我が儘を聞いている暇はない。それに君のボディーガードがいくら優秀でも、奴らの前ではなんの意味もなさない」


    「そ、それは……!」


    「いいから僕に任せろ! さあ立って! 生きたいのなら一緒に来い!」


    「う……!」


    彼女は仕方なさそうに僕の差し出した手を掴む。

    生き残れるか正直分からない。だが、抗わなければ生き残れない。


    4度目の爆発音と同時に、僕とアリアは店の裏口を探し外へ出た。

  92. 92 : : 2015/05/17(日) 21:10:24
























  93. 93 : : 2015/05/18(月) 00:55:32




    街の姿は散々だった。
    会場から数キロ離れた場所ではあるものの、異質者(ヘテロジニアス)の襲来により街は火の海と化していた。

    未だ爆発音や人々の叫び声が聞こえる中、僕はアリアの手を引き軍へ急ぐ。


    「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


    「ちょっ! 早い! 早いってば!」


    「そんなこと言ったって……!」


    足早に家屋や商店を抜け走る僕らだが、彼女は僕の足についてこれそうもない。

    これでも軍人の端くれ。運動能力は人並み以上ではある。
    その時、彼女が装着していた自動翻訳機から「ピピピ」と音が鳴った。


    「く……、一度隠れるよ!」


    「あ、うん!」


    走っている目の前から嫌な予感がした僕は、大きなビルとビルの間に身を隠す。
    恐らく先程の音は異質者(ヘテロジニアス)が近づいているという警告音を示すもの。

    今まで利用したことはないが、軍の翻訳機はサーチングシステムを搭載していると聞いたことがあったからだ。


    「ねえ、どうするの!? ここからどうやって……ムグ」


    「……静かに……」


    「……ん……」


    大きな声で喋りそうだったアリアの口を塞ぐ。
    先程の警告音が確かならば、近くに異質者(やつ)がいるかもしれない。
    今は音を立てず静かに、様子を伺うのが一番だ。


  94. 94 : : 2015/05/18(月) 01:17:43



    (くそ……翻訳機のサーチングシステムがほしい。だが彼女と会話できないより、今はその方が良いのかもしれない。叫ばれても困るし)


    (ムググッ! ムグッ!)


    (悪いが静かにしてくれ。異質者(やつら)が近くにいる)


    僕は彼女へ控えめなジェスチャーを送った。
    「うんうん」と彼女は頷くも、少したりとも音は出してほしくない。そのため僕は彼女の口を塞いだままでいるしかない。


    「!」


    すると、僕の目の前を凡そ10メートル級の異質者(ヘテロジニアス)が通り過ぎた。

    ____でかい。

    これまでに宙機からしかその姿を見たことはなかったが、人間として奴らを見上げるのは初めてだ。
    珍しくスモールタイプでも両足が存在する異質者(ヘテロジニアス)は、ギラリと煌く一つ目で何かを探すように回り歩いている。



    (~~~~ッ!!)



    彼女(アリア)の口を塞いでいて良かった。
    大声でも出されたら、それこそ今通り過ぎた異質者に気づかれていただろう。
    ドシン、ドシンと音が響く中、そいつは無事通り過ぎた。


    「……」


    僕は過ぎ去った奴の後ろ姿を確認し、彼女を連れ素早く次の大きな建物まで移動する。

    こうしてやり過ごしていくしかない。
    まずは異質者(ヘテロジニアス)に見つからないということが大前提だ。
    それに、もうすぐ支援部隊も到着してくれる……はず。


    「ね、ねえ! あれが、へ、異質者(ヘテロジニアス)なの!?」


    「ああ、そうだよ! 奴らが僕らの憎き宿敵のエイリアンだ!」


  95. 95 : : 2015/05/18(月) 01:21:39



    「は、初めて見た……あ、あんなでっかいのに、どうやって……」


    「どうやってだって!? 宙機に乗る! 弾薬を撃ち込んで殺す! それだけだ!」


    「そ、そんなの……できるの……?」


    「……やらなければ、死ぬ!」


    「……あ……」


    「それだけだ! 簡単だろ!?」


    「……」


    走っている途中、彼女が突然喋らなくなった。
    というか、急にブレーキがかかったのだ。


    「どうした!?」


    僕は苛立って彼女の方を振り向いた、そこには。


    「…………嘘…………だろ…………!」


    真っ赤な巨体をした、凡そ7メートル級の異質者(ヘテロジニアス)の姿。

    なんで……!自動翻訳機のサーチング警告は鳴らなかったのに……!


    「ひぃっ!!」


    アリアは腰を抜かし地面へ尻をつける。
    冷静な判断ができない僕でも、今の絶望的な状況で唯一分かったことがある。

    7メートル級の異質者(ヘテロジニアス)の後ろに、バチバチと音を出し姿を現したもう一人、いやもう一匹がいた。

    透明異質者(インビジブル)だ。


    「また……こいつが……!?」


    透明異質者(インビジブル)は希少であり遭遇できる確率は稀だ。
    単純計算上だが、凡そ10万分の1の確率であると学校で教えられている。
    僕はまだ素人同然の新人パイロットでありながら、数週間の内に二度、奴と遭遇しているのだ。

    翻訳機のサーチングが発動しなかったのは、この透明異質者(インビジブル)のせいだろう。


    はっきり言って今の状況では生きた心地がしない。
    目の前に異質者(ヘテロジニアス)が2匹いるのだ。
    既にその目には僕らが目標として設定されているだろう。彼らは僕とアリアを強く睨んでいる。


    「あああ……あああ……!」


    アリアは涙を流しながら、僕の足へしがみついてくる。

    その震えから、彼女の緊張が僕にまで伝わってきた。
    元々恐怖により動けなかった僕であるが、彼女にしがみつかれたことによって更にその動きは制限された。


  96. 96 : : 2015/05/18(月) 18:27:52



    ジュルリ、と音が鳴り異質者(ヘテロジニアス)はその体から数十本の触手を出す。

    先程通り過ぎた奴とは固形は違い足は存在しないものの、その触手を足代わりにし僕らの更なる頭上へ立ち上がり見下ろしてくる。


    もう、ダメなのか。
    いや、そう思うことは本来間違っていて『最後まで諦めない』ことが重要かもしれないが、強い力で僕を持つアリア(彼女)がいる限り、僕は身動きが取れない。


    触手は今にも僕らに襲い掛かるように、後ろへ下げられ勢いをつけられた。


    やられる。殺される。コロサレル。



    「うおおおおおりゃああああっ!!」


    諦めかけたその時、僕らの後方から叫び声と銃声が聞こえる。
    異質者(ヘテロジニアス)から閃光が走り、ババババババという音が鳴り響いた。

    これは、マシンガンか?


    「アリア様! 探しましたよ! ご無事ですか!」


    そう声を発すのは、凡そ2メートルはあるかというスーツ姿の大男。
    その両手にはマシンガンを所持しており、アリアの無事を確認すると共に銃弾を飛ばす。


    「モ、モーガン!?」


    アリアは僕の服から手を離し男の名を叫ぶ。


    「誰だ!?」


    「わ、私のボディガードのモーガンよ! 私を追ってきてくれたんだわ!」


  97. 97 : : 2015/05/18(月) 18:31:33



    「うおおおおおおお!!!」


    モーガンなる男性はありったけの弾丸を異質者(ヘテロジニアス)へ向け発射する。
    しかし先に述べたように、奴らには通常の弾丸等効くわけがない。

    甲羅のような鎧を纏った異質者(やつ)は、その弾一つ一つを弾き返していた。


    「無理だ……奴らにそんなものが通じる訳がないじゃないか……!」


    僕の想像どおり、奴らには傷一つついていない状況が確認された。
    しかし、これはチャンスだ。彼女を抱きかかえても逃げなければならない。


    「わっ! な、何すんっ!」


    「喋るな、舌を噛む! ここから逃げるぞ!」


    「でもモーガンが……!」


    僕が走り出した瞬間、大男の元へ何かが突き抜けた。

    刹那、赤色の血飛沫が綺麗に舞う。
    異質者(やつ)の攻撃目標がモーガンという男になり、彼は何十本という触手の餌食となっていた。


    「がっ、ぴっ」


    「モーガ……!」


    彼は口から大量の血を吐くと共に、その体の至るとこから鮮血が飛び散っている。

    アリア(彼女)は同時に口を両手で塞いだ。
    地球からのお供ボディガードだったのかもしれないが、異質者(やつら)の前では人間などあっけない。まるで蟻と像だ。
    すまないと思いつつ、彼の命懸けの行為に感謝するしかない。あの状況では僕と彼女は確実に奴に殺されていた。
    今はここから数秒でも数メートルでも駆け続け逃走するしかない。


    「ちょっと!! モーガンが刺されたのよ!? 彼を救わないと!!」


    「……残念だが、それはできない! 彼の願いは君の生だ!! 僕らはここから逃げ切る!」


    「そんな……!」


    残酷なことを言ってしまうが、そうしないと助かるものも助からない。

    振り返ることはできないが、モーガンなる彼は今も異質者(ヘテロ)どもに串刺しにされているだろう。
    その後奴らは僕らを狙う。有りえないスピードで追ってくる。

    だが、チャンスをもらった今、僕はなんとしても生きないといけないんだ、なんとしても。
    そんな時、僕の頭に浮かぶのはたった一つの願いだ。




    ____ゼロさえあれば____!!



  98. 98 : : 2015/05/18(月) 18:33:01






    「うっ!!」


    何百メートルか走り抜けた後、僕の右足に激痛が走る。
    この感触は、数週間前に経験した。


    「きゃあっ!」


    抱えていたアリアが、手を離れ僕と同じく倒れこむ。


    「く……そ……!」


    僕の右太ももには、貫通した赤色と緑色が混ざる触手があった。
    骨は避けられているものの、その傷からはドクドクと血が流れている。


    「あ……ああ……!」


    目の前の彼女(アリア)は、僕の後ろを恐怖の顔で眺める。

    見ずとも分かる。
    僕の後ろには、先程の異質者(ヘテロ)共がいるのだ。
    しかし幸い、彼女はその標的を逃れられている。


    「……逃げろ」


    「えっ!?」


    「後ろには……異質者(やつら)がいるんだろう……動きを止められた僕は、もう助からない」


    ____畜生。

    いつから僕は____人のことを気にすることができるようになったんだ____。


    「そんな、ダ、ダメよ!! 貴方も逃げるの!」


    「無理だ。奴らが僕を殺すたった数十秒でも逃げ切るんだ。そうすれば先行部隊が到着するかもしれない。それが君が生き残れる可能性だ」


    ____悔しい。
    せっかく____せっかく無くならなかった命だってのに____。
    他人の命なんぞ、どうでも良かったのに____。



    「でも……」


    「いいから行けええええっ!!!」


    「ひっ!」


    彼女は叫び声を上げ、僕の元から走り出す。
    そうだ、それでいい。

    彼女が走り去る姿を確認し、僕は後ろを振り向く。
    そこには予想通り、先程の異質者(ヘテロ)透明異質者(インビジブル)の2体。

  99. 99 : : 2015/05/18(月) 18:34:51



    「……」


    僕はゆっくりと立ち上がる。
    肉を割く触手を曲げ、奴らの方を向く。
    これが最後だとするなら、最後くらい、逃げずに奴へ立ち向かいたい。


    「……お前らは……」


    奴らを睨み、僕は思いの丈を叫んだ。


    「お前らはっ!!! 幾分の悲しみを生めば気が済むんだあああっ!!!」


    涙が出てくる。


    「僕たちが何をしたってんだ!! お前らに何をした!!? 何故僕らから大切なものを奪う!!! 返せ!!! 返せよおっ!!!」


    声が枯れてくる。

    が、それも気にすることなく、異質者(やつら)はゆっくりと僕に近づき、触手に勢いをつける。


    「もう……頼む……!!」


    何を言ってるのか、自分でも分からない。

    だが、自分の誇りだけは失いたくなかった。
    これ以上死者を出したくない。大切な人を奪われたくない。
    その、気持ちを。


    「僕らから…………奪わないでくれぇ…………!」


    目を瞑り死を覚悟した僕は。


    ありったけの声で、『今の願い』を叫んだ。







    「ゼェェーーーーーロォーーーーーッ!!!!!!!」





  100. 100 : : 2015/05/18(月) 18:36:01









    その瞬間。


    時が止まった。
    世界の時空が歪んだ気がした。



    いや違う。



    僕の後ろから『何か』が勢いよく前へ躍り出た。


    明らかに人外なスピード、鉄の匂い、そして鼓膜が破れそうな爆音。

    その速力は誰の目にも確認されることはない。
    速過ぎて見えないのだ。



    だが僕には、何故かその『姿』が捉えられた。



    「ゼッ……!!?」



    間違いない。

    僕の目の前を通り過ぎた『それ』は、異質者(やつら)へとそのまま体当たりをし、奴らを数十メートルも吹き飛ばした。

    僕の足に突き刺さっていた触手は、奴らが吹き飛ぶと共に抜け、高速で飛んでいく。



    一瞬しか見えなかった『何か』は、その後高速回転をし宙を舞う。

    チタンとレアメタルを含むその羽はどの機より美しく、黒色に煌めく機銃が見える。


    見間違えるはずはない。その姿はまさしく。


    僕の専用宙戦機、ゼロ!




    「お前……なんで……!」




    目の前の光景は今でも信じられない。

    普通、宙機はパイロットが搭乗しないと起動システムは作動せず飛ぶことすらできないはずだ。

    エンジンルームのルーマーも、電源が入ってなければ動くことはできない。
    僕の気持ちが届いたとでも言うのか……!?



    混同も収まらない中、ゴウウウンと音を立て、ゼロは宙を舞った後少しずつこちらへ近づき、逆噴射をさせながら僕の目の前に止まった。


  101. 101 : : 2015/05/24(日) 16:02:19


    「……!」


    目の前に止まったゼロを見ながら、僕の口は開かないものの唖然としていた。
    誰かに指示されたり、僕が命令した訳でもない。
    ゼロの搭乗席の入口ドアが勝手に開かれたのだ。
    まるで『早く乗ってください』と言わんばかりに。


    「なんで……」


    様々な疑問が僕の頭を通り過ぎたが、そんな暇はないようだ。

    先程吹き飛ばされた異質(ヘテロ)透明異質者(インビジブル)がこちらを睨んでいる。
    奴らのスピードならほんの数秒でこちらへ攻撃してくることが予期できる。


    「く……! 今はそんなこと……!」


    考えている暇ではない。
    奴らと戦える武器が欲しかった。そしてその武器が僕の側にある。
    それだけで十分じゃないか。

    僕は刺された足を引きずりながらも、急いでゼロの搭乗席へ入った。


    ウイイイイ、と宙機が機動する音が響く。
    まるで今までは機動していなかったかのように。


    《パイロット・防人悠斗・確認》


    聞き覚えのある機械的なゼロの声だ。
    何もなかったかのように彼女は静かに声を発す。
    軍の支援艦隊も不到着であり、搭乗者もいないまま機動しているゼロへの疑問を持つ僕としては、まず彼女へ聞かなければならないことがあった。


    「ゼロ!! 何故だ! 何故君が今ここにいる!!」


    《……》


    「それに、何故パイロットがいないのに君が機動してる!? 誰かの命か!?」


    《……》


    彼女は答えない。
    クローンとはいえ彼女も人間ということは判る。
    しかし、搭乗者の質問へは答えなければならない義務があり、システムもそうプログラムされているはずだ。

    何故____?


  102. 102 : : 2015/05/24(日) 16:04:14



    《サー、目標2体がこちらへ向かってきます》


    「!!」


    返答を待つ前に、先程の奴らがゼロへ向け直進してくる様子が見える。
    ゼロが何故ここに来たのか、何故機動しているのかは二の次にするしかない。
    まずは奴らを【殲滅】させることが第一だ。
    なんにしろ、ゼロが来てくれたおかげで僕の命は救われたことに変わりはない。


    「っ!! ゼロ、鋭砲除弾発射と同時にバーナー用意!!」


    《了解しました》


    既に近距離へ迫り来る異質(ヘテロ)への対処のため、まずは砲弾を発射する。

    鋭砲除弾なら爆破はせず奴らを串刺しにでき、近距離まで近づかれた場合はバーナーで焼き切る。
    街中での戦闘は初めてだが、爆風等で死傷者を出すわけにはいかない。

    バシュバシュ、と鋭砲除弾が発射され両異質(ヘテロ)へ銃弾が食い込む。
    よし、これで奴らの狙いは完全に僕とゼロだ。


    「宙機急上昇!! 空で奴らを仕留める!!」


    《了解、緊急発進します》


    エンジンを噴かせ、宙機ゼロの体は一瞬にして300メートル以上も上空へ飛んだ。
    さすが全宙機でナンバーワンのスピードを誇る宙機。ターボシステムは存在しないものの、奴らからしてもこの速さは驚異だろう。


    「よし、迎え撃つ!! 鋭砲除弾を鋭砲弾に切り替え!!」


    《了解、切り替え完了。目標を確認次第発射します》


    「頼む!!」


    会話を終わらせると同時に、ゼロから爆撃力のある鋭砲弾が10発発射される。
    奴らも相当なスピードでこちらを追って来ていたようだ。


    《着弾確認》


    ゼロがそう報告した通り、約100メートル先程で爆発が確認された。
    よし、いける。十分だ。
    宇宙空間ではないから高無圧レーザーは使えない。バーナーで確実に仕留める。


    「うおおおおーーっ!!!」


    操縦グリップを握り奴らに近づく。
    近距離戦は好ましいものではないが、奴らが爆発で死なないことは想定しなければならない。
    それにスモールの触手攻撃はヴァリアント等に比べると弱いし、透明異質者(インビジブル)もそこまで戦闘能力に特化している訳ではない。

    案の定爆風に紛れ目を光らせた異質(ヘテロ)どもが存在した。
    姿を確認すると同時に、僕はゼロのバーナーで奴らを斬る。


    《目標2体、完全に沈黙しました》


    「よし!!」


    ゼロの報告を受けた後、宙へ浮いていた奴らがゆっくり地上へと落ちていく。

    これで僕の透明異質者(インビジブル)討伐数は2だ。
    歴戦のベテランパイロットでもこの数字を出すことはできないだろう。それくらい奴へ遭遇することは少ないのだ。

    落ちていく異質(ヘテロ)へ鋭砲弾を発射し、爆破を見届ける。
    僕とアリアのように、地上では未だ住民が逃げ惑っているのだ。
    奴らを地上へ落とすわけにはいかない。


  103. 103 : : 2015/05/24(日) 16:06:22



    「……」


    とりあえず目の前の危機は脱した。
    僕は搭乗席の救急セットを使い、足の手当てをしながら彼女に問うた。


    「……ゼロ、答えてくれないか……?」


    《……》


    「何故、君が……ここへ……来れたか……」


    《……》


    相変わらず、彼女は黙っている。
    何故だ。パイロットの疑問には返答しなければならないはずなのに。
    そう思うと同時に、彼女の声ではなく、別の声が僕の頭の中に響いた。


    (……あなたが私を、呼んだから)


    「え……」


    グオオオッ、と轟音が響くと同時にゼロの片翼先に何かが通り過ぎた。
    これは……イヴ軍曹の宙機『ラファール』だ。
    認識するとともに軍曹から僕宛に通信が入る。


    『……防人!? お前が乗っているのか!』


    「あ、え……」


    イブ軍曹は美しい顔を般若のように曲げ僕に叱咤する。
    相当お怒りの様子だ。


    『貴様、編隊も組まず単独出撃とはいい度胸だな! しかも私の通信を全て無視とは……帰ったら覚えていろ!』


    そうか。
    恐らくゼロが『何故かしら』勝手に出撃したため、軍曹はそれが僕だと思っているのだ。
    しかしそれだと、やはりゼロはなんの命もなくここへ来たということ。


    「い、いや違うんです! いつの間にかゼロがここに……!」


    『御託はいい! 言い訳もいらん! 奴らはまだまだいるんだぞ!! まず奴らを殲滅させる!!』


    「う……」


    軍曹が言うことは最もだ。
    宇宙ではないにしろここは戦場。私語をしている暇ではない。
    なんにしろ結果的に、僕は宙機を手にすることができ、奴らを殺す武器を持った。
    今は、それだけでいい。


    「……行こうゼロ。まずは奴らを殲滅させる。生き残る。君への質問はそれからだ」


    《……》


    彼女は変わらず、個人的な質問には黙ったままだ。
    まあ戦闘では機能してくれるのだし、文句はないのだけれど。
    ただ少しだけ、ほんの少しだけ僕は心地よい苛立ちを感じていた。


    《……私は、来てはいけませんでしたか?》


    「え……?」


    突然の私語。
    なんだ、これは。これもプログラムなのか?
    ルーマーからパイロットへの質疑なんぞ、聞いたことがない。

    しかしイヴ軍曹の言うとおり、これ以上無駄口を叩いている暇はない。この謎は後々考えるとして、今は奴らを殲滅させることに集中する。
    ただ……彼女からの誠意が感じられたその質疑には、正直に答えたいと思った。


    「いや……」


    少し微笑んで僕は。


    「君は幸運の女神だ。来てくれてありがとう」


    彼女へそう答え、再び戦場へ赴いた。


  104. 104 : : 2015/05/24(日) 16:23:06



























  105. 105 : : 2015/05/26(火) 18:44:48



    「でぇ、結局アンタはぁ、勝手に出撃したゼロに搭乗して敵を殲滅させた、と」


    「……はい」


    「あのねえ。そんな馬鹿な話が通ると思ってるの? 宙機は指定パイロットが搭乗しないと機動しない。それに勝手に格納庫扉も開くことはありません」


    「と言われましても……それが事実です」


    「はぁ……」


    四角形の狭い調室で僕に尋問を行うのは、バッカース第四空軍の中枢を担うストラゴス中尉だ。

    階級的にはイヴ軍曹より遥かに上なのだけれど、そのオカマ様の口調とぴっちりと整えられたちょび髭を見るとどうしても上に立つ頼りがいのある上司には見えない。

    年齢的には40後半。司令より年上だとは聞いているが、この人物に関しては尊敬の念等浮かばなかったというのが僕の正直な意見である。



    異質者(ヘテロジニアス)のサウスラグラッシュホール襲撃から2日後。

    結果的に10時間弱で奴らを殲滅できた訳だが、人類側の被害は少なくはなかった。
    死傷者は3000人を超え、バッカース建造時から存在するサウスラグラッシュホール周辺の街も大破。
    上空に張り巡らされた大気圏とレーダーを、何故奴らが突破できたのかは未だ謎に包まれている。


    僕は足の治療を終わらせた後、『命令もなくゼロを出撃させた』軍違反の対象として尋問を受けている。

    当時は緊急出撃となり、誰がどういう出撃をしたかなどこの際どうでも良いことではあるが、僕は新人パイロットなのだ。
    上司の命令もなしに出撃したことは多少なりとも問題ではある。

    しかし、軍の上層部は多忙とは聞くが、わざわざ中尉の位が赴かなくてもよかろうに。


    「確かにアンタの外出届は見ているわ。それに整備士のキミィ・クルィーヴァも同じく外出しているし、彼女の証言やアリバイはある」


    「……」


    「でもおかしいのは、その後よ。じゃあどうしてゼロが機動できるの? まさか、ルーマーが自分で判断をして、勝手に出撃したとでも言うの?」


    「……まあ、そうとしか」


    「馬鹿馬鹿しい。ったく、なんで私がこんな目に……」


    中尉は呆れたようにそっぽを向く。

    彼女、あいや、彼が言うことは最もであるが、それは僕だって同じ気持ちなのだ。
    何故あの場にゼロがいたのか、何故ゼロは誰よりも早く戦場へ駆けつけることができたのか。

    僕だってその実情を知りたかったけれど、ゼロはあの後僕の個人的な質問には一つも答えることはなかった。
    軍へ帰還してからはイヴ軍曹に叱咤され、言い訳もまともに聞いてくれない。
    まあ、普通に考えて僕がいなければ宙機が動くことはないので当然ではあるんだけど。


    「まぁ……いいわ……別にアンタのことを信じてない訳じゃないし。透明異質者(インビジブル)の2体目も撃破したそうだしね」


    「……はい」


    「しかし、それも変な話よねえ。聞いたことないわ。1ヶ月の間で透明異質者(インビジブル)を2匹も討伐するパイロットなんて」


    「……」


    確かにその点も、今回の謎の一部ではある。
    どうして僕にだけ、こうも透明異質者(インビジブル)が襲いかかってくるのか。


  106. 106 : : 2015/05/26(火) 18:47:44



    「それと、後アンタ、自動翻訳機どうしたの?」


    不意に、中尉は痛いところをついてくる。


    「それは……」


    「軍の機密も入っている貸与品よ。まさか、失くしたなんて言うんじゃないでしょうね」


    僕の翻訳機は知っての通り、歌姫アリアに貸したままだ。

    あの状況下で返せとも言えないし、まさかあそこでゼロが登場するなんて思ってもみなかったからどうしようもなかった。
    中尉の言うとおり、僕は翻訳機を探す必要がある。
    GPSを搭載しているので探すのは容易だ。ただこの2日僕の自由時間はなかった。治療と尋問。もううんざりだ。
    バッカースの基本言語は英語なので翻訳機がなくても問題はないが、彼女(アリア)が生きているかというのが問題だけれど。


    「大丈夫です。本日持ってきていないだけです」


    「……ふぅん。ま、いいけどね。別に。翻訳機依存って言葉があるくらいだし、アンタがつけてないのが気になっただけだから」


    「……」


    「今日はでは尋問は終了。これ以上アンタから何も聞き出せそうにないし。これで報告書を提出するけど、いいわね?」


    「……はい」


    僕の当日の行動、そしてゼロの謎の出撃。
    上層部がそれで納得するかは分からないが、今はそう言うしかない。
    今回の報告書も司令は確認するのだろうか。


    「んー、あーっ」


    ストラゴス中尉は面倒事を解決したかのように、椅子から立ち上がり両手を伸ばす。

    そうだ。僕にはもう一つ気になっていることがある。
    アリアが言っていた『特殊な能力者』そして『星住戦争の実態』のことだ。


    「……中尉」


    「ん? 何。もう帰っていいわよ」


    「あ、その。少し伺いたいことがあるのですが」


    「……何さ」


    「中尉は星住戦争の際も軍に所属しておられましたよね? 結果的に異質者(ヘテロジニアス)の襲来により戦争は終結した訳ですが、地球側とバッカース側が争っていた理由とはなんなのでしょうか?」


    「……は?」


    中尉は不機嫌そうに僕を見つめる。

    軍人にとって当然知っているであろう、星住戦争の実態。それを改めて聞いているのだから、中尉の機嫌が悪くなるのは最もだ。


    「アンタそんなことも知らないの。そんなのもちろんバッカース側が地球を取り戻すために行った行為で……」


    「それは表向き(・・・)、ですよね?」


    「……」


    中尉の顔が一瞬にして、苦いものを口にしたように険悪になる。


    「僕が知りたいのは、裏の、戦争の理由です」


    それでも僕は、真っ直ぐに彼を見つめ返す。
    全てを知っているかのようにして。
    中尉は虚ろな目をして僕を数秒見つめていたが、その後。


    「……あんたさあ」


    静かにそう言って、僕の肩を持ち。


    「余計なことに首を出さないようになさい。命は一つしかないのだから」


    と、ドスの効いた声で呟いた。


  107. 107 : : 2015/05/26(火) 18:48:10



























  108. 108 : : 2015/05/26(火) 18:49:58



    「よお悠斗。オカマ上司の尋問は終わったか。大変だったな」


    宙機格納庫へ向かう前に、廊下で声をかけてきたのはリャン。
    時刻は既に昼過ぎだ。今日は休日であるが丁度宙機の点検をしていたところだったのだろう。


    「な、なんだよ。ムッとした顔して。さてはオカマに言い寄られたか。がっははは」


    彼の言う通り、僕は少し苛立っていた。
    ストラゴス中尉の脅し文句、そして態度に。

    特殊能力者のことは聞けなかったが、軍の上層部が星住戦争について隠し事をしているのは分かった。

    何故彼らが戦争の原因となったのか、何故世間には特殊能力者の情報が公開されていないのか。
    復讐という目標がある僕からすればどうでも良いことではあるのだが、自分が軍の犬のように動くことは嫌だった。

    まあ、話しかけてきたリャンには罪はないし、それなりの返答をしておく。


    「参ったよ。朝からずっと調室にオカマと二人きりだ。そりゃあ苛立ちもする」


    「はははっ、まあなあ。で? どうなんだ。まだ勝手にゼロが出撃したと言ってんのか?」


    「……同室の君なら信じてくれると思ってたんだけど」


    「んー。オレもその日外出してたからなあ。お前の動きは知らんし」


    ああ。確かに君は外出してたな。
    今度は軍専用病院の看護師と合コンだったとか。
    僕の見舞いに毎日来ていたのはそれが理由か。


    「確か、整備士のキミィちゃんと外出してたんだろ? なのに宙機が勝手に出撃だ。そりゃ信じろという方が無理って話だろう。結果的にお前の宙機が戦場へ一番乗りしたから、そこまで咎められてはないけどよ」


    「……」


    確かにその通りだし、君が僕の言うことを信じられないというのは最もなんだけどな。
    じゃあ現に何故僕は生きてるんだ。
    ゼロがあの場に来なければ僕は確実に殺されていた。


    「ていうかお前、もしかしてキミィちゃん狙ってんのか?」


    って、は?


    「は、はあ? なんで」


    「えっ。だって、別に気にもしない子とデートなんか行かねえだろ」


    「い、いや。そんなことはないさ。それにあれはデートなんかじゃない。彼女はゼロの整備士だ。だからその……お互いの信頼関係を結ぶにも大事なことじゃないか」


    「……」


    リャンはキョトンとした顔で僕を見つめてくる。
    なんだよ。僕が言ったことがそんなに変だったか。
    彼はそのまま腹を押さえ「あっはっは」と大声で笑っている。


    「……なんだよ。そんなに可笑しいことか?」


    「いや、可笑しいというか、お前、絶対普段人なんか誘わないからさ。くっくく。言い訳にしか聞こえないよ」


    「……」


    「分かった分かった。防人悠斗は整備士のキミィちゃんに恋をしている。これでオーケーだろ?」


    「なんでそうなるんだ!」


    リャンはそのまま僕をさらりと躱し「そうカリカリすんなよ。応援してるぜ」と言いながら廊下を走って行く。
    言い訳を聞かない彼を鬱陶しくも思ったが、それはそう勘違いしてくれてもいい。
    僕が彼女をコンサートに誘った理由は『別にある』のだから。


    リャンの後姿を見ながら、僕はキミィの待つ格納庫へと足を運んだ。


  109. 109 : : 2015/05/26(火) 18:51:35











    宙機格納庫は、軍本部より東側に位置する場所に設けられている。
    大気圏を突破するために造られた宇宙発出口(ソーティ・ホール)が一番近いから、という理由だ。

    約20メートル程度の宙機が一つずつ納められた格納庫は各個別で1000は存在する。
    いや、第四空軍に配備されている宙機が1289機だから、1289以上の格納庫が存在するといった方が正確か。

    昔アニメ等でもあった宇宙戦艦というものも存在するらしいが、基本的に同戦艦は出撃することはない。

    機動力のない戦艦が出撃しても、圧倒的な速さを誇る異質者(ヘテロジニアス)の前では恰好の餌食となってしまうからだ。

    僕は自分の宙機のある第16部隊格納庫へ移動し、ゼロの傍らで休憩中だったキミィに話しかけた。


    「キミィ。今大丈夫かい?」


    「……so……an……」


    彼女はヘッドフォンをつけ音楽を聴きながら目を瞑っている。
    それを見て僕は、少し安心した。

    つい忘れそうになるが、彼女も僕と同じく、2日前にはサウスラグラッシュホールで敵の強襲を受けたのだ。
    この2日間治療と取調べで彼女には会えなかったが、実際に会って彼女が生きている姿を見るとほっとする。

    だが顔につけている絆創膏を見ると、少し罪悪感も感じてしまった。


    「……need……more……」


    声を小さくして彼女はリズムにのせ囁いている。
    聞いているのはアリアの曲だろう。彼女程ではないが、キミィも美しい歌声の持主だ。

    彼女の有意義な休憩時間を邪魔したくはないが、僕はどうしても彼女に頼まなければならないことがあった。


    「キミィ、ごめんよ」


    「ん……あ、さ、防人さんっ!」


    キミィは慌ててヘッドフォンを外して椅子から立ち上がる。


    「休憩中に悪いね。君が生きてて良かった」


    「あっ! い、いえ! 私もずっと防人さんのこと心配でっ! その……!」

  110. 110 : : 2015/05/29(金) 17:22:04


    身長の低い彼女は頬を赤く染めながら上目遣いで僕にそう言う。

    僕もそこまで鈍感属性がある訳ではなく、流石に彼女が僕に対して少しでも好意を抱いてくれていることは判る。
    無垢な彼女に好かれるのは嬉しい面もあるが、目的がある僕にとってそれは逆に辛くもあった。


    「心配してくれてありがとう。なんとか大丈夫だ。早速で悪いのだけど、ゼロの様子を教えてくれないかな。同時にできれば、機動・出撃記録を確認させてほしい」


    「あ、えっと、はい、えっと、ですね」


    彼女はあたふたと机に設置された機械を操作し、空中へヴァーチャル画面を出す。

    宙機格納庫は全体的に暗いものの、同ヴァーチャルの光で待機中のゼロが照らされる。
    先日の異質者(ヘテロジニアス)襲来時には被弾しなかったものの、ゼロがこれまでの戦闘で傷ついた細かな傷が目に入る。


    「まず、宙機ゼロ自体の異常は見受けられない、です。羽、コクピット、エンジンルーム、弾倉、全て正常です」


    「……ああ」


    「次に出撃記録ですが、こちらになります」


    彼女はそう言いながら、数字とグラフの並ぶ宙機ゼロの機動時間等が表示された画面を表示する。


    「……ひょ、表示内容の説明をしますか?」


    「いや。さすがに分かるよ。ありがとう」


    今回異質者(ヘテロジニアス)がサウスラグラッシュホール上空へ襲来したことが認知された時間は、同日午後7時45分。
    そして、宙機ゼロが機動した時間は同日午後7時47分と表記されている。

    この時点で記録がおかしいことは分かる。

    熟練の軍人でも、警報を聞き格納庫へ駆けつけて宙機を機動させるまでに5分、いやそれ以上はかかるはずだ。
    それに、パイロットの僕が搭乗していないのに宙機が機動すること自体も不可能。

    疑問点は多々あるが、仮にルーマーのゼロが宙機を機動させたとしても、一番不思議なのは何故彼女が異質者(ヘテロジニアス)の襲来を認知できたか、という点だ。


  111. 111 : : 2015/05/29(金) 17:23:59


    「……」


    「さ、防人さん……?」


    いつの間にか僕の顔は険しくなっていたようで、キミィが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


    「あ、いや。すまない。ちょっと不思議な記録だったものだから」


    「確かにそう、ですよね。あの時防人さんはホールにいませんでしたけど、認知から機動までの時間が早すぎます」


    「……それに気になるのはこの点だ」


    僕が指差したのは『ゼロのGリミット解放時間』。
    そこには、午後7時48分から約7分間もGリミットを使用した履歴が確認されていた。


    「君はもう知ってると思うが、僕は今回ゼロに搭乗してない。姿は見ていないかもしれないけれど、僕があの短時間で軍に帰れるはずもないし。なのにゼロは勝手に機動し、勝手に出撃し、ルーマーの命さえ削るGリミットを使用してる」


    「……は、はい」


    「そして……誰よりも早く。僕のところへ駆けつけてくれた」


    「……」


    「こんなこと……起こりうるのか……?」


    僕は考えを巡らせながら、ヴァーチャル画面をスライドしゼロの詳細記録を確認する。


    「私も……聞いたことないです、けど……」


    「けど……?」


    「ルーマーの整備も異常はありませんし、彼女自身の健康状態も良好です。精神汚染チェック等も問題ありません。エンジンとのシンクロも不備はありませんでした」


    「……」


    「こっ、個人的に気になったので、整備の時色々話しかけたんですけどね、あはは。か、感情制御されてる彼女達から何も聞ける訳ないですよね」


    「……」


    そうだ。

    彼女達は人間であり人間ではない。

    意思を持たない機械、使途からすれば兵器なのだ。
    今回ゼロは誰よりも早く戦場へ赴き、僕の命が救われたことから重要視はされていないものの、考えようによっては兵器が暴走したものだと理解することもできる。

    宙機の絶対数が少ない、この度の襲来の調査で手が回らない、という理由で問題視されず詳細の調査はなされていないが。


    「……なあ。キミィ」


    「あ、はいっ」


    「お願いがあるんだ」


    「な、なんでしょう?」


    僕は厭らしい人間かもしれない。
    彼女の感情と恩を使って交渉しようとしている。
    それを躊躇するのは未だ僕に人間の心が残っているからなのだろうか。
    らしくなく僕は、少し口が噤んでしまった。


    「……わ、私なんかで良ければ、なんでも仰ってください! あの、絶対見ることができないコンサートに連れて行ってくれた防人さんには、返しきれない程の恩がありますし……」


    「……」


    「お、恩返しです。えへへ……」


    ありがとう。キミィ。
    心でそう呟き、僕は一度断られたお願いを再度彼女へ頼むこととした。

  112. 112 : : 2015/05/29(金) 17:25:49













    その日の夕方。

    キミィとの約束までまだ時間がある僕は、リャンから自動翻訳機を借り、紛失した自分の翻訳機を探すこととしていた。

    ネットで調査したところアリアは健在だそうで、期間限定ライブは中止となったものの未だバッカースへ滞在しているそうだ。
    生きていることが確認されたのは嬉しいところだが、超人気者の歌手へ一軍人の僕が会えるのか、それが心配だった。


    軍の出入口で外出届を出した後、怪我をしている足を庇いながら歩き、僕はリャンから借りた翻訳機に自分のGPSパスワードを声帯認証させる。

    彼女のことだからサウスラグラッシュホール付近のホテル等に滞在していると思うが、ここからなら電車で15分程度だろう。
    彼女から翻訳機を返してもらうだけなら、十分過ぎる時間だ。


    「あれ……」


    翻訳機から表示された画面地図を見て、一瞬戸惑う。

    『防人悠斗』の翻訳機の位置が、今僕のいる軍出入口付近に表示されていたからだ。


    「……参ったな。故障か?」


    耳に装着した翻訳機をトントンと叩く。
    すると僕の目の前から、甲高い声が響いた。



    Merhaba(メルハバ)。サキモリユウト」


    「えっ」



    そこに立っていたのは、黒色の帽子とサングラスをかけた女性。
    薄水色のワンピースが風に揺られひらひらと舞っている。

    美しく靡く髪の毛をかき上げながら彼女は、自信満々で僕の名を呼ぶ。
    仁王立ちしたその雄々しい姿は、怯えていたあの姿からは想像できない。
    彼女はサングラスを傾け、特徴的な青目で僕にウインクする。


    「トルコ語は苦手かしら? こんにちは、と言ったのだけれど」


    「アリア!?」


    そう。目の前に居たのは僕が探していた歌姫、アリアだった。
    うふふ、と微笑みながら彼女は僕に近づく。

  113. 113 : : 2015/05/29(金) 17:27:18



    「随分と周りに気がいっていなかったのね。こんな美人が立っていたというのに。失礼だわ。何か嬉しいことでもあったのかしら」


    「あ、いや。すまない、ちょうど翻訳機の操作をしてて。て、ていうか、どうしてこんなところに?」


    「どうしたもこうしたも、命の恩人へ逢いに来たに決まっているじゃない」


    彼女はそう言って、不意に僕の頬にキスをする。


    「ちょ、ちょっ!」


    Tesekkur ederim(ありがとう)。私なりのお礼よ。10万ドルの価値はあるから感謝してね」


    「いやっ、そういうのは、や、やめてくれよ! 僕には……」


    「……? あら。もしかして先約がいたのかしら」


    ……いる訳じゃないが……。
    こういうのは、その……心にくる。沙美に対する背徳感というか。


    「まあ。トルコではキスも挨拶の一つよ。気にすることじゃないわ」


    「……」


    軍の施設周辺でほとんど人が歩いていない為か、彼女はサングラスを外した。そして僕の足を眺める。


    「足の調子はどう? まあ、松葉杖なしで歩いているのなら順調そうね」


    「あ、ああ。完治まではまだ時間もかかるだろうけど……。それより、大丈夫なのかい? 超がつく有名人の君がこんなところまで来るなんて」


    「私だって人間だもの。外出くらい好きなところへ行きたいわ。それにここまでは防護シート付の個人空車(フラットカー)で来たから大丈夫」


    個人空車(フラットカー)は空を飛ぶ民間人専用の車のことだ。
    高額でありバッカースではあまり見かけないが、さすが超売れっ子歌手。それぐらいは当然持っているということか。


    「もしかしてだけど」


    「ん?」


    「今回もボディガードさんを振り切った感じかい?」


    「察しが良いわね。その通りよ」


    彼女は「ふふん」と自慢気な顔をする。
    今の人気や、元々持っていたという『特殊能力』が彼女をここまで高慢な性格にしたのだろうか。
    でもその自信たっぷりの姿は、逆に嫌悪感は感じない。見ていて清々しく思える。

    何にしろ彼女がこちらに来てくれたのは正直助かった。
    怪我の完治も至らぬまま長時間歩くことは、できるだけ避けたかったからだ。


  114. 114 : : 2015/05/29(金) 17:30:01


    「でも、君が生きていてくれて本当に良かった」


    「ふふ。当然よ。私を誰だと思ってるの? 歌姫物語の主人公が簡単に死ぬ訳ないじゃない」


    「主人公、ね」


    「そうよ。私だけの私のための物語。貴方だって、自分の人生の主人公でしょう?」


    「……」


    考えようによってはそうかもしれない。けれど。
    復讐にしか身を燃やしていない僕は、果たして主人公と言えるのか。


    「はい翻訳機。返すわ。大事なものなのでしょう? ユウト」


    「ありがとう。って……僕の名を知ってるってことは……」


    「ええ。それもご察し通り。中身は見させてもらったわ。だってそうじゃないと貴方がどこの誰か分からないんだもの」


    「……まあ……ね」


    軍指定の翻訳機の中には機密情報も入りまくりだ。
    僕自身のデータはプライベートなものとか連絡のやり取りもないからそこまで気にすることはないけれど。
    自分の個人情報を見られたと思うとやはり少々恥ずかしい。


    「心配しないで。個人的なデータを勝手に覗く程私も落ちぶれちゃいないわ」


    「……ああ」


    「でも、私が見たくもない軍の機密情報や機械に触れたのは事実ね。これが公表されたら、貴方はどうなる?」


    「……最悪、退官することになるだろうね」


    「うふふ、安心して。命の恩人にそんなことはしないわ。トルコ人は日本人へエルトゥール号の恩があるしね」


    「そんなの、300年以上も昔の話だよ」


    西暦で言えば1890年、地球の国トルコの軍艦エルトゥール号が海を渡る途中台風のため座礁し、機関が爆発して約500名の乗組員が死亡する事件があった。
    日本はその生存者を治療、看護し、イスタンブールまで送り届けた歴史的事件だ。

    以来トルコと日本は友好的な関係が結ばれているし、300年以上たった今でも一度も国同士で対立したことはない。


  115. 115 : : 2015/05/29(金) 17:31:41



    「でも私は貴方の弱みを握ってしまった。と、いうことは?」


    彼女は意地悪な顔をし、人差し指を立てて僕の鼻に触れる。


    「な、なんだよ」


    「命の恩人だけど、貴方は私の言うことを聞かなければいけない状態にある」


    「はぁ?」


    「……前々から興味があったの、軍の施設って。ね。良かったら案内してよ」


    そんなことできるか。

    ただでさえ新人パイロットの僕にそんな権限はないし、機密たっぷりの軍施設に一般人を歩かせる訳にはいかない。
    確かに弱みを握られた僕だけど、聞ける願いと聞けない願いはある。


    「無理に決まってるだろそんなこと。僕の弱み云々の前に、一般人の君が施設へ入ることはまず許されないさ」


    「うふふ。大丈夫よ。もう有馬司令さんの許可はもらってるから」


    「へっ?」


    「バッカース南空軍総司令官の有馬さんは地球出身のオリジナルで日本人。そして私はトルコ出身の大人気歌姫。繋がるのは簡単だったわ。それに『貴方に命を救われた。お礼の為に歌いたい』と言ったらすぐに許可してくれたわよ」


    (……有馬司令。いくら貴方が女性好き……いや、アリアが世界で大人気の歌姫とはいえ、軍へ一般人を入れることは大丈夫なんでしょうか)


    まあでも、彼女から有馬司令の名が出てくるということは嘘じゃないという証拠だし、有馬司令の性格なら承認するのも頷ける。


    「ね? だから、エスコートしてくれる? ユウト」


    「……」


    僕が了承する前に、彼女は僕の手を引き軍の出入口まで歩き出した。

    外出届を出した後すぐに舞い戻った僕を見て、警備の人は不思議な顔をしていたけれど、僕の連れている人を見ると大声で叫び腰を抜かしていた。
    そりゃあ、そうなる。


    前途多難が目に見える、異様な軍施設案内が幕を開けた。

    キミィとの約束の時間に間に合えばいいけれど。


  116. 116 : : 2015/06/01(月) 22:30:46




















    軍といっても広い。

    上層部施設から隊員施設、通信施設、個人宿舎、食堂、演習訓練所、重力耐久訓練施設、武器納庫、宙機格納庫等数え上げるだけで多すぎる。
    海軍という概念がないため、陸軍と空軍が同一箇所に存在することとなり、ここバッカース南側を管轄する第四空軍の隊員は総勢万人を軽く超える。


    「お、おいあれ……!」


    「アリア!? 歌姫のアリアじゃねえか!?」


    「いやまさか。なんで軍に世界の歌姫が来るんだよ、おかしいだろ」


    周囲が騒めく中、僕はアリアを連れ軍専用の大型食堂へ来ていた。

    さすがに一般開放はされていないものの、軍の7割が昼休憩に使用するのだから堂内は広く1000席のテーブルが並んでいる。
    戦う男は体力作りが第一だ、という理由でここの看板メニューは『ジャイアントビッグホットドッグ』。

    ソーセージの重さだけで1kgを超えるものの、リーズナブルな値段で提供される男飯なことから愛食者は多い。

    もっと騒がれるかとも思ったけど、『さすがにあの歌姫アリアが軍の食堂へ来る訳がない』と認識する隊員が多いようなので助かった。

    しかしそんな僕の淡い期待はすぐに裏切られる。
    アリアはその細身の身体で『ジャイアントビッグホットドッグ』を2つ頼み、更に周囲の注目を上げてしまった。


    「は、はあっ!? 2つも食べるの!?」


    特にお腹が空いていなかった僕は、注文する彼女の後ろから声をかける。


    「そうよ。悪い?」


    なんとも悪意満ちてない顔でアリアはそう返してきた。


    「わ、悪くはないけど……そんなに食べられるのか? 僕は手伝えないぞ」


    「さっきから何度も言っているじゃない。私を誰だと思ってるの? 世界の癒しの歌姫、アリアなのよ!」


    「いやそこ世界の歌姫関係あるのか」


    そういえば今思い出したのだけれど、確か初めて会った時もアリアは暴食をしていた。
    あまりの速さの食いっぷりに印象が薄かったが、ここに来て確信する。
    この子とてつもない大食いだ。
    歌手ってそんなにエネルギーを消費するんだろうか。


  117. 117 : : 2015/06/01(月) 22:31:58


    そう思ってる内にアリアの前に壮大な大きさのホットドッグが2つ届く。
    アリアはとても笑顔だ。涎が止まらないようにして食器を持つ。


    「美味しそう~~! これが軍の男飯ね! Çok iyi(素晴らしい)!!」


    「……すごいな。女性でこれ食べる人初めて見たよ」


    「さあ早く座りましょ! ソーセージが言ってるの、私を早く食べて~って!」


    「はいはい。こっちだ」


    僕の注文したサラダが来ると同時に、僕とアリアは2階席のカウンターテーブルへ移動する。


    「いっただきまーす!」


    席についた途端、彼女はホットドッグへかぶりつく。

    肉の上にはオニオンとピクルス、レタスが載せられ、ケチャップとマスタードが綺麗な曲線を描いていた。
    ガリュッ、という音が響き肉汁を飛ばしながら、アリアはモグモグとホットドッグを噛み締める。


    「美味しーーーい!!」


    ステージでの神秘的な彼女は嘘のように、食事に満悦した幸せの笑みをこぼす。

    アリアはそれなりに胸の張りもあり、スタイルも良くとても美人だ。それは間違いない。
    だが、今僕の目の前にいる彼女は、まるでおもちゃで楽しく遊ぶ幼い子供のように感じられた。


    「……そいつは良かった」


    僕もそんな彼女を見て、少し微笑む。
    なんというかその、高慢な彼女からする意外な一面で、ギャップの良さに笑顔が隠せなかったのかもしれない。
    前回は彼女もムッスリとして食事をしていたし、心を開いてくれているようで少し嬉しかった。


    「おい、やっぱあれアリアじゃないか?」


    「バカ言え。あんな綺麗な歌声の方が大食いな訳ねえだろ。見てみろあの量」


    「おうふ。すっげえな。オレでもあのホットドッグは1つが限界だぜ」


    最初に比べて更に注目度は上がったものの、この姿を見て皆彼女がアリアとは気がつかないようだ。
    安心した僕は、自分の注文したサラダを口にする。が。


    「悠斗ォォォーーーーーーッ!!」


    とある人物に呼ばれた声で、僕の身体は少し止まる。


    「なにしてるネーーッ!! 浮気は許さないヨーーーー!!」


    「ア、アベリィ……」


    目の前にはアベリィ・モレッツ。その人だ。
    彼女は僕の肩に隠れながらホットドッグを食べ続けるアリアを睨む。


  118. 118 : : 2015/06/01(月) 22:35:05



    「……ふぁへ?」


    恐らく「誰?」と言っているんだろう。
    アリア。せめて飲み込んでから喋ってくれ。


    「だ、誰、と言ったのデスカー!? 私は悠斗の恋人のアベリィデース!」


    「いや違うだろ。僕がいつ君と交際したんだ」


    「……んっ……。へー。貴方恋人いたのね」


    「違う、彼女は軍の同期のアベリィだ。そんな関係じゃない」


    「そんな寂しいこと言わないデヨー悠斗! 私悲しイー!」


    「可愛らしい方じゃない。せっかくの好意を寄せてくれているのだから、答えてあげたら?」


    アリアは更にホットドッグをかじりながらそう言う。
    いや違うんだ。別にアベリィは嫌いじゃないけど、僕には忘れられない人がいるのであって。


    「いや、僕は……」


    「というか、あ、貴方誰デスカー! ここは軍ですヨ! 一般人は立ち入り禁止デース!」


    「わひゃし? アフィアよ」


    「ア、アフィアさん、デスカ? むうー。私の悠斗になんの用デス!?」


    アベリィは後ろで、大きな胸を僕の背中に当てながら頬を膨らませている。

    客観的に見れば目の前には世界の歌姫、後ろには空軍きっての美人がいる訳で、男性からすると羨ましい状況なのかもしれない。

    ただ、感情の移り変わりを恐れて人と接することを避けてきた僕からすると、正直今は積極的に話す二人ともが鬱陶しいと思うのが僕の中の自然な摂理ではある。


    「なんの用。なんの用と言われると考えるわね。んー。いつかの体の恩返し、とでも言えばいいのかしら」


    「か! 体の恩返しですっテー!? 破廉恥デス!! 悠斗、どういうことですか!?」


    「……」


    ああ、頭がクラクラする。
    なんでこうなってしまったんだ。
    色々と突っ込むべきところはあるんだけど……とりあえず苦笑いを浮かべることしかできない。


    「体のお返しは体のお返しよ。あんなに強く私を抱きしめてくれた人は初めてだったわ。ね? ユウト」


    「いや、それは」


    「ムキーーーーーッ!! そんなのウソです!! 悠斗にはちゃんと想い人がいるのデス! 貴方みたいなチャラチャラした子に心が動く訳ないデース!」


    「ちょっ、アベリィ」


    「チャラチャラとは失礼な。貴方みたいな男に好かれる喋り方をわざとしている女性にそう言われるのは心外だわ」


    「な、な、な、なんでスッテー!?」


    「あー、もう!」


    馬鹿馬鹿しいやり取りにはうんざりだ。
    もうホットドッグは平らげたようだし、僕はアリアの手を引き食堂を後にすることにした。


    「あっ! こ、こら待て悠斗ーーーッ!!」


    アベリィには後で説明しよう。

    はあ。
    心の中でため息をついたのは久しぶりかもしれない。



  119. 119 : : 2015/06/01(月) 22:39:38




















    「____song____for____」



    「……」


    食堂を後にし、軍を粗方案内した後、作戦室の個室で僕はアリアから歌治療を受けていた。

    彼女自身が提案したのだ。僕が足の怪我を負ったのは私のせいだ、ということで。
    というか、彼女を見るだけでも1万ドルの値打ちがあるというのに、それを個人的に受けるなんてとても贅沢なことなんだろうな。キミィには絶対に言えない。


    歌唱力だけでもズバ抜けているというのに、それに癒しの効力があるとか。まさに反則的だ。

    直近で歌を聞くと更に効力が出ると認められているらしく、確かにその通り、触手が貫通した僕の足から痛みが引いていく。
    体中の血液が強く循環しているような感覚に陥り、傷口がむず痒い。

    初出撃の負傷はほとんど治っていたけれど、傷ついた内臓部分も癒されていくようだ。
    例えるとそう、全身を心地良い暖かさのドライヤーで吹きつけられているような。


    「……ふう。こんなものかしら。どう? 体調は」


    「……ありがとう。歌もとても素敵だったし、心なしか体調が優れた気がする」


    「心なしか、じゃなくて、ちゃんと癒されてるのよ。精神ストレスも激減してるはず」


    「確かに。色々とつっかえていたものもスッキリしてるね。……不思議だ」


    「うふふ。良かった」


    彼女はそう言って微笑みをくれる。


  120. 120 : : 2015/06/01(月) 22:41:46



    僕は現実派だ。

    基本的に不可解な事実、迷信、占い等は信じる方ではない。
    確実なものしか信じられないのだ。
    自分が目で見た、感じた、体験した、そうじゃないと現実感が湧かない。
    その中でも人の噂、というものが一番信じることはできない。人の証言程軽く信憑性のないものはない。

    しかし、アリアの歌の癒し能力については、間違いなく本物だと確信した。

    事実歌を聴く前の僕自身の足より傷は狭まっているし、血行も良くなって僅かに額に汗が浮かんでいる。
    どういう原理で傷が癒されるのかは不明だが、僕自身の体が彼女の能力を正しいと認めていた。


    「で? 次はどこへ連れて行ってくれるのかしら?」


    「えっ」


    アリアはペットボトルの水を口に含み、上機嫌で僕にそう問う。
    いや。もう午後7時を回る。これ以上君を軍で連れまわす訳にはいかないだろう。
    それにもうすぐ『時間』なんだ。


    「すまないが、僕が案内できるのはここまでだ。そろそろ隊員も宿舎へ帰ってくるし」


    「ふーん。なら軍案内はこれで終わりって訳」


    「そうだね」


    「そう。じゃ、外へディナー行きましょう。美味しい日本料理店知ってるの」


    「え、無理だよ。僕も外出時間の制限もあるし。ていうかまだ食べるの!?」


    「……しょうがないじゃない。私、能力を使うと凄くカロリーを消費するのよ」


    ああ、なるほど。
    あの大食は歌のせいだったのか。
    うーん。傷を癒してくれて彼女には大変感謝しているのだけど、僕にも譲れない約束がある。


  121. 121 : : 2015/06/01(月) 22:44:02



    「ごめん、でも、規則だからさ。前もって申請してない場合、無断外出は禁じられてるんだ」


    「ふーん」


    そう言って彼女は耳に取り付けられた自動翻訳機をピピピとつつく。


    「……有馬さん? 私、アリアだけど」


    「はっ!?」


    おいちょっと待て、まさか。
    あ、有馬司令に直接電話してるのか!?


    「そうそう。命の恩人と夕食へ出かけたいのだけど、いいわよね?」


    「お、おい。何を……」


    「ん。そう。ありがと。なるべく早く帰すようにするから」


    何かに納得し、彼女は翻訳機通話を切った。


    「外出、いいそうよ」


    「ちょっ、待、待ってよ。僕にも都合があるんだって!」


    「……?? この私よりも優先する用事があるの?」


    「いや、その」


    「うふふ。今日は諦めなさい。私だって暇じゃないのだから。というか、この私とずっと一緒にいられることをもっと光栄に思ってほしいわね」


    「……」


    そりゃあ、とても光栄なことであるとは思うけど。
    ……参った。
    キミィとの約束は、もう二度と果たせるものではないかもしれない。
    僕には『今日しか』時間は与えられないのだ。


    「何変な顔してるの。ほら、準備なさい。行きましょう」


    「……いや。少しだけ、待ってくれないか? 実は、この後宙機格納庫に用事があるんだ」


    「……格納庫?」


    「うん。僕らが異質者(ヘテロジニアス)と戦っている宙機が保管されているところだ。武器や危険物があるから、君をそんな場所へ連れて行く訳にはいかない」


    自分でも全うな理由だと思った。
    彼女は女性だし、僕が単独行動するためには『危険』ということを前提におけば納得してくれると。


    しかし。


    「面白そう! 私も行くわ! 断っても有馬さんにまた電話するわよ」


    僕の淡い期待は見事に打ち砕かれた。


  122. 122 : : 2015/06/06(土) 13:26:25

























  123. 123 : : 2015/06/06(土) 13:51:09


    第16格納庫。

    つまり宙機『ゼロ』がいるその場所へ繋がる出入口は、午後7時30分から午後8時30分までの間、施錠がなされている。
    ルーマーの定期メンテナンス時間なのだ。

    宙機搭乗者規則第18条に則り、搭乗者とルーマーを接触させないため、整備士が意図的に鍵をかけなければならない。


    しかし、今日だけは違った。
    いつも閉まっているはずの格納庫出入口のドアノブを持って引くと、キイと音を立てて静かにドアが開いた。


    「……よし」


    僕は安心して静かに声を発し、ドアの中へ侵入する。
    まるで深夜に誰かの部屋に泥棒に入るかのように。


    「ね、ねえ。一体何があるのよ? ただ宙機を見るだけじゃないの?」


    後ろにいるアリアは僕へそう声をかける。


    「しっ。言っただろ。ここからは絶対に喋らない、って」


    「あ、ん……」


    アリアはムッとした様子で口を膨らませる。
    事前に説明していたことが功を期したのだろう。高慢な彼女でも僕の言うことを聞いてくれたようだ。


    (こっちだ)


    僕はアリアの耳に囁き、第16格納庫の上廊下を身を隠しながら進んでいく。
    廊下より20メートル程下には数々の宙機が並び、各整備士がルーマーの点検を行っている姿が見える。

    『ゼロ』がいるのは出入口から数えて7番目の倉庫だ。



    「目、よし。配線、よし。シンクロ、よし」



    整備員の声が格納庫へ響き渡る。
    僕らが歩いている廊下は薄暗く、下で点検を行っている整備士からすると、僕達が音を立てなければ気付かれることはない。

    僕自身もルーマーの点検を初めて見た訳だが、エンジンルームの中にいる彼女たちは、宙機の外までは連れ出されないようだ。


    (っと……ここだ)


    そうする内、僕は廊下の手すりに立てかけてある装甲板に身を隠した。
    元々一人で覗くつもりだったので、アリアの体が板からはみ出ていることはしょうがないだろうな。


    (……ちょっと。ここで何するのよ)


    アリアは僕に耳打ちで話してくる。


    (……僕の宙機の、ルーマーを見るんだ)


    (え……?)


    そう。

    僕がキミィにお願いしたのは、ゼロの『ルーマー』点検時に、遠目から姿を確認させてくれ、というものだった。

    流石に別場所では他の整備士もメンテを行っているため、近くで姿を見ることはできないが、遠目で、尚且つ姿を隠しながらなら問題ないだろうと提案したのだ。

    キミィは当初反対していたけれど、「恩返しします」との言葉を鵜呑みにできず、今回の僕のお願いをきいてくれた。


    本当は直接会ってルーマーの姿をまじまじと見たいところだが、キミィにかける迷惑のことも考えると、これが最善策だった。


  124. 124 : : 2015/06/06(土) 14:09:18



    「……」


    僕は装甲板から身を出し、下にいる宙機と整備士のキミィを見る。

    元々僕が忍び込むことを知っていた彼女は、僕が装甲板へ隠れている姿を見つけたようで、右手を上げてくれた。

    合図だ。

    これから整備を開始します、という。


    (ね、ねえ、それって悪いことなの? こうして隠れてないで、堂々と見ることはできないの?)


    アリアは迷惑そうに僕に問う。


    (ああ。僕のようなパイロットと、エンジンルームにいる彼女達は接触してはならない。法で定められているんだ)


    (え? どうして)


    ……。

    説明するのが面倒くさいが……まあ、軍人でもない彼女がそんなことを知るよしもないか。


    (……昔、パイロットとルーマーが恋に落ちた例があるんだ。そしてパイロットは情に負け、ルーマーである彼女をエンジンルームから外に出した)


    (え。それの何がいけないの?)


    (ルーマーは兵器として改造されてる。宙機からのエネルギーの供給がなくなれば、彼女達はエンジンルームの外では生きていけないんだよ)


    (……)


    (連れ出されたルーマーは、ものの5分もせずに死んだ。そのパイロットの目の前でね)


    そう話すと、アリアは少しだけ悲しみの表情を浮かべた。

    自分の代わりにコンサートで歌ってくれたクローンのことでも、思い浮かべているのだろうか。
    彼女のクローンはルーマーとして使われてはいないけど、このご時世、いつそのような選択をなされるか分からない。

    不意にアリアは、そのまま似合わない体育座りをして静かに囁く。


    「彼女達だって……生きているのに……」


    「……」


    僕だって、そう思ったこともあったさ。

    でも、これが人間なんだ。
    本来生み出してはならないクローン。でも、テストのためには必要だった。彼らが。

    人間のために。人間がただ生きるために。そのために造られたものだ。

    考えてみれば、養殖されている食べ物や生き物と同じ。
    そう思うしか、ないんだ。



  125. 125 : : 2015/06/06(土) 14:23:29


    下を見ると、キミィは既にエンジンルームへの扉を開けていた。

    出入口は宙機ゼロの右翼下に設置されており、彼女はエンジンルームへと入っていく。


    普通ならエンジンルーム内でメンテナンスをするだけでも良いのだが、1ヶ月に1度、彼女達はルーマーをルームの外へ出すことが義務付けられている。

    ようするに歩行訓練だ。
    いくら改造されたものとはいえ、『人間』という生き物であることのシステム上、全く運動もせずに室内での生活を送っていればストレスが溜まる。

    そのため、エンジンルームから彼女達へ繋がれている配線を一旦全て外し、電池式の延命装置を着装させて、彼女達をエンジンルームの外へ出すのだ。

    僕もそこまでルーマーの知識はないが、彼女たちは『電池』を纏うことで1時間程度は動けるようになるらしい。

    過去ルーマーを連れ出したパイロットは、何故その措置を取らなかったのだろう。
    彼女を愛していたのなら、少しでも長く生き続けさせることを望んだだろうに。



    「さ。こっちですよ」



    キミィの声が響いた。

    エンジンルームでの配線を外し終わり、これから彼女はルーマーと共に外へ出てくるのだ。

    今日は月に1度の歩行訓練の日ではないが、僕からの頼みでキミィへお願いしていた。

    『ルーマー』を外へ連れ出してくれ、と。



    「……」


    僕は静かにその場を見つめている。

    アリアは相変わらず、宙機から背を向けて悲しそうな表情を浮かべている。

    そして、僕の心臓は心なしかドクドクと音が高まっていく。
    もしかすると、もしかすると彼女は。

    ルーマーの彼女は____。



  126. 126 : : 2015/06/06(土) 14:43:41




    「歩けますか? 大丈夫ですか?」



    エンジンルームからは、先にキミィが出てきた。

    そして。



    「……」


    もう一人の人間が、一歩、一歩と少しずつ、手招きするキミィの元へ歩いている。


    白い足が見える。

    肌ではない。
    白色のルーマー専用スーツなのだろう。
    ぴっちりと肌に食い込み、細く綺麗な足を更に美しく魅せている。


    腕が見える。
    スーツは半袖までで、その下からは更に白い腕が伸びている。
    遠目では分かりづらいが、きめ細やかで長い指が見える。


    髪は青色。
    真っ青ではなく、水色と白色が混ざった美しい色と言えばいいのだろうか。
    ストレートで真っ直ぐ太ももまで伸びた髪は、彼女が歩くたびにサラサラと靡いている。


    身長は160センチ程度で細身。
    いや、体にフィットした白色スーツのおかげなのかもう少し高いように見える。
    突出した胸はないけれど、それが逆に彼女のスタイルの良さを際立たさていた。



    僕は、彼女に見覚えがあった。

    見覚えがないはずがない。


    だって、僕がこの世で一番愛した人の容姿だったから。



    少しずつ歩く『彼女』は、キミィの元へたどり着き、不意に。
    僕らのいる装甲板を眺めた。



    忘れる訳がない。
    その、美しい目。

    赤く輝く、特殊で、どんな屈強な出来事も乗り越えると訴える強い『眼』。

    優しい目。

    暖かい目。



    いつの間にか、僕の目からは涙が出ていた。

    止まらないんだ。

    どうしても、どう抑えようとしても。

    僕の目から、流れる涙は止まらない。



    彼女の姿を眺めながら、僕はその名を呼んだ。



    「沙美……」



    ゼロのルーマーは、死んだはずの沙美に瓜二つだった。


  127. 127 : : 2015/06/06(土) 15:05:12


    「えっ……」


    僕の涙する姿を見て、アリアは驚いた声を上げる。
    彼女がそう思うのは無理はない。

    すまない。止めようとしても止まらないんだ。

    死んだはずの恋人が、目の前にいる。
    それが全くの別人だとしても。別のモノだとしても。
    何故か、僕の心には、彼女が「沙美である」と確信していた。


    「さ。では少しずつ歩きましょう」


    キミィは、僕らを見つめるゼロへそう促す。
    しかしゼロ、いや沙美は変わらずこちらを見つめている。

    隠れ見ている僕のことを理解しているのか、それとも、たまたまこちらに気になるものがあったのか、それは分からない。

    だけど今、沙美がいる今。
    僕は彼女から目を離すことができなかった。



    「……嘘……! まさか……!」


    と、不意に声を上げたものがいる。
    アリアだ。


    彼女は隠れていた装甲板から身を乗り出し、沙美達の方を見つめながら声色を大きくして話した。


    「ロクちゃん……? ロクちゃんだわ!」


    ……ロク?
    なんのことを言っているのだ。

    その声の大きさに気がついたのか、キミィが慌ててこちらを見る。


    まずい。と僕がそう思う前に、別の宙機格納庫から叫び声が聞こえた。


    「誰だ!! 整備士以外が格納庫に来てるのか!!?」


    「っ!!」


    どうやらアリアの声で、キミィ以外の整備士が僕らのことに勘付いたらしい。

    くそ……!
    ようやく、会えたというのに……!


    「行くぞ! ここから逃げる!」


    僕は慌ててアリアの手を握り、身を隠しながら急いで格納庫を後にした。





  128. 128 : : 2015/06/14(日) 11:21:50







    「はぁ……はぁ……」


    格納庫から怒涛の逃亡を見せた僕たちは、その身を隠すために武器庫と射撃場の間の路地へ逃げ込んだ。

    追ってくるものは確認できなかったが、軍全体に警報装置の音も響いていないため、そこまで大事にはなっていないようだ。
    路地から少しだけ顔を出し周りを見渡すも、今のところは人影はない。

    とりあえず、僕達が勝手に格納庫へ侵入したことは公にならず済みそうだ。


    「なんで……嘘……ロクちゃん……」


    アリアは変わらず幽霊でも見たような顔をしている。
    全く、一体何があったというんだ。


    「……アリア」


    息を整え、僕はアリアへ今の疑問を問う。
    何故彼女が、僕の恋人「幾田沙美」に酷似するゼロのことを知っているのか。
    ロクちゃん、とは何者なのか。


    「彼女を……僕の宙機、ゼロのルーマーを知っているのか?」


    「……」


    アリアはそのまま少し黙り込み、


    「……ロクちゃんは……幼少期、私と同じ施設に居た子よ」


    と言う。


    「……施設? 施設ってなんだ……?」


    「地球にある研究施設よ」


    「えっ」


    「私のような特殊能力者を研究するために造られたもの」



    僕の心臓がドクンと音を上げる。

    待て。じゃあ。もしかして。
    『ゼロ』が幾田沙美のクローンだったと想定するなら。

    沙美は元々、何かの『特殊能力者だった』ということか?
    脳内で様々な考えが巡る中、アリアは続けた。


    「研究ナンバー6、それがロクちゃんの名前だった。当時研究対象とされていた私達には名前をもらえる権利などなかったの」


    「……」


    「水色の髪、そして赤い眼。凄く印象深い容姿だったから忘れるはずない。彼女は間違いなく、私の知るロクちゃん……でも……」


    ちょっ、ちょっと待て。


    「アリア、少し整理させてくれ」


    「えっ」


    「さっき見たルーマーの子は、僕の亡くなった恋人に瓜二つなんだ。恐らく……いや、あの特殊な容姿からして間違いなくそうだ」


    アリアは驚いたように僕を見返す。


    「彼女の名は幾田沙美。君と同じ研究施設にいたというなら……彼女、沙美は何かの特殊能力者だったのか?」


    「……それは分からないわ。私自身はロクちゃんより研究対象として重くなかったから、すぐにアメリカの研究施設に移動させられたの。彼女と過ごした時間は数週間だけだったし、それに互いの研究内容なんて教えてもらえない」


    「……」


    沙美が……特殊能力者……?

    アリアと同じような……能力を持ち、昔から研究施設にいた……?


    「……でも……おかしい。だって彼女は……」


    アリアは僕の疑問を遮るように、困惑した顔で僕を見つめる。


    「おかしい……?」


    「ユウト……その、あなたは、幾田沙美さんという方とは、いつまで交際していたの?」


    一息ついた後、アリアは僕にそう告げる。
    何が、おかしいのだ。


    「……3年前だ。僕と彼女が同じ19歳の時、沙美は 異質者(ヘテロジニアス)に殺された」


    「……そんなはずないわ」


    「えっ」


    アリアは僕の言葉を即座に否定した。
    その後、何かを考える素振りをした後、恐ろしい顔を浮かべて僕を見て、


    「だって彼女は、10年以上前に死んでいるんだもの」


    と、言い放った。

  129. 129 : : 2015/06/21(日) 14:01:57























  130. 130 : : 2015/06/21(日) 14:02:29



    やけに胸が騒がしい。
    私の周りもだった。

    目の前の彼女は、あたふたとしながら汗をかく。
    これまでに見たことのない焦り顔。

    格納庫の警報までは鳴っていないものの、色々な初めましての人が彼女に声をかける。
    客観的に見ても彼女が取り乱していることが判る。


    でも、私自身はそれ以上に。
    そのことを気にさせる以上に、心踊っていた。
    何故かは分からない。
    何か、大事なものを思い出せるようで、思い出せない。


    だけど確かに、さっきまで私は、一番大事な想いを見つけた気がする。
    いつも私の心に響いていた声。心、想い。
    この世界の中で一番大きな声で、暖かく、懐かしく、そして悲しい。

    『やっと会えた』

    『やっと会えた』

    何故そう思うのか分からないけれど、とても嬉しい。


    「……えっ……!」


    目の前の彼女が私を見て驚く。
    既に周囲には「初めましての人」はおらず、騒ぎは落ち着いていた。


    「どうして……泣いているんですか……?」


    そう、彼女は私に問う。

    泣いている。
    泣くとは何?
    感情とは何?
    どうして私は泣いているの?


    頬を伝う水分は生暖かく、ポロポロと私の顎を抜け床に落ちる。
    何故だか分からないけれど、私はずっと待っていた。


    あの人を____。


    彼を________。




  131. 131 : : 2015/06/21(日) 14:04:10











    部屋に戻った僕は、ベッドへ寝転びながら今日アリアが話していたことを思い出していた。


    (ロクちゃんがいた特殊能力者研究所『ホープ』は、今から13年前、研究中に謎の大爆発を起こし消滅したの)


    「……」


    (日本の山林内で秘密裏に行われていた研究機関だったけれど、爆発は周囲の山々を巻き込み、生存者は皆無。そして同時に、研究所はこれまでの研究結果を全て失った)


    「……」


    (だから、ロクちゃんが生きているはずはないの。それに結局その大爆発が原因で特殊能力者、という存在が一部の人間に広まってしまった。まあ、私はそのおかげで迫害を受けていた研究から開放されたのだけど)


    「……」


    (その謎の大爆発により政府は焦ったわ。特殊能力を研究していた全てがなくなってしまったのだから。でも、研究所側としても唯一の希望があった。それが、『バッカースの居住テストで作られていたクローン』)


    「……」


    (だけど、時既に遅し。バッカース側から地球へは特殊能力者のクローンの譲渡は認めなかった。何故なら、それは第一次星住戦争の幕開け直前だったからよ)


    「……」


    (だから、ユウトの乗っている宙機のルーマーは、ロクちゃんのクローンの可能性はある。……だけど貴方が言う『幾田沙美』さんは13年前に死んでいるの)


    「……」


    (貴方が言う『殺された恋人』は、全く別人の誰かなのじゃない……?)


    「……」


    普通の人とは別の『特殊』な力を持った人間の存在。
    秘密裏で研究されていたその能力者達。
    研究所の謎の大爆発。
    そして、沙美の死……。

    全て繋がっている事柄のように見えて、矛盾することが多すぎる話だ。
    沙美は既に死んでいた__?

    なら、僕がバッカースと地球で文通をしていたのは誰なのだ。
    ヴァーチャル画面で通話していた彼女は誰なのだ。
    中学校3年、15歳の時にバッカースへ来た彼女は誰なのだ。

    それは『幾田沙美』。これに間違いはない。
    僕は彼女の肌に触れ、唇に触れ、愛に触れた。
    それが全て偽りとは到底思えない。

    普段取り乱さない僕であるが、アリアから『自分の恋人の有り得ない過去』を聞き、一種の混乱状況に陥っていた。


    その後は食事をする気にはなれず、彼女にはそのまま空軍基地を後にしてもらった。「この埋め合わせは必ずしてね」と念を押されて。

  132. 132 : : 2015/06/21(日) 14:05:20



    「……」

    例えばで考えてみる。
    沙美が何か、そう。スプーンを曲げることのできる超能力者だった場合。
    そして、その力を研究されるために、施設に捕えられていたとしよう。


    だとしたら、彼女は生まれてからの9年間、つまり9歳になるまでその施設で過ごしていたこととなる。
    その年に研究所は大爆発。彼女は何かしらの方法を使い、その施設を脱出して爆発を逃れた?

    以後、どこかの家に引き取られ、10歳の時にバッカースに住む僕と文通を行っていた。


    ……。


    いや、ダメだ。

    そんな簡単にことが上手く回るはずがないだろう。
    何故彼女だけが爆発を逃れたかという疑問が出てくるし、研究所側も逃れた人間をすぐに探し出すはずだ。
    だから、彼女がどんな方法を使っても『バッカースにいる僕と平然と文通をすること』などできないのだ。


    「……んー」


    少し頭が痛くなってきた。
    今日だけで、色々なことが脳内に入り込んできたのだ。そうなるのも当然か。

    しかし、僕が今考えねばならないことは別にある。

    そう。ルーマー『ゼロ』を見ることができた、ということだ。
    彼女の容姿は間違いなく____僕の愛した沙美そのもの。
    まるで彼女の生き写し。
    死んだ3年前の容姿から、少しだけ髪が長くなって成長した、という感じだ。

    亡くなっている、いないを除いても……彼女は沙美のクローン、なのか?
    それとも、僕が見た恋人の死が偽りで……彼女は沙美自身……?

    考えながら右手を天井に上げ、ぶつぶつと独り言を言う僕の部屋に、同居人が帰宅してきた。


    「うっす。帰ったぜー」


    リャンだ。

    時刻は既に午後9時過ぎ。
    確か、彼は今日も女性とディナーをすると言っていた。今その帰りなのだろう。


    「おかえり」


    「お。珍しいな、悠斗がおかえりなんて言ってくれるのは。ははん、もしやキミィちゃんとうまくいったな?」


    リャンはニヤリとした顔で僕にそう問う。
    キミィ……?
    なんでキミィがここで出てくるんだ。
    ああ。そうか、君は誤解していたのだっけ。


  133. 133 : : 2015/06/21(日) 14:06:16



    「言ってるだろ。キミィとは別に何もないよ、そんな関係じゃない」


    「……ふーん。まあ、いいけどな。オレも他人の情事にそこまで口出しするつもりはない」


    ギッ、と音を立てながら、彼は共同机前の椅子に腰掛ける。
    ペットボトルの茶を口にしながら「ふう」と溜息を一つ。
    人に情事、と言っておきながら、まるで君が情事を行ってきたかのようだな。
    いや、彼の頬に染まった赤い紅葉型の痕を見るに、今日は恐らく失敗したのか。


    「しかしまあ、今日は軍で色々あったみたいだな。なんとあの歌姫アリアが来てたみたいだぜ、お忍びでな」


    と、リャンは不意に。

    ああ。そのことは知ってる。
    なんと言っても、その彼女を案内したのはこの僕自身だからだ。


    「それに、ルーマー整備中の格納庫へ無断侵入した奴がいたらしいぜ。まあ、整備士の施錠ミスみたいだから、たまたまだったんだろうけどな」


    ……それも、知ってる。


    「……なんかよお。この2点、繋がりがあるように思えねえか? 悠斗」


    リャンはそう言い、真面目な顔でベッド上の僕に声かける。
    お前は有馬司令か。
    どれだけ勘が良いんだ。


    「……さあね」


    少し後ろめたい気分になった僕は、話を逸らすこととした。


  134. 134 : : 2015/06/21(日) 14:07:38


    「なあ、リャン。少し聞きたいことがあるんだ」


    「えっ、あ、おう。珍しいな、お前がオレに質問なんて」


    話を途切れさせても、彼はそのことに触れることはない。
    リャンは優しい奴だ。
    君と蟠りない関係でいたいからこそ、アリアの件もルーマーの件も今は忘れて欲しかった。


    「特殊能力者、って信じるかい?」


    「特殊能力ぅ……?」


    リャンは可笑しな顔をして首を傾げながらこちらに聞き返す。

    まあ、普段の僕からは彼に質問もしないし、内容も馬鹿げている内容だ。質問内容と僕の行為両方に困惑したのだろう。


    「はは、なんだそれ、空想物語とかでよく使われる設定のことか? 空飛んだり、時間を止めたり、巨人化したりとか」


    「……ちょっと過剰な感じだけど、そんなやつだ。そういう能力を持った人間って、この世にいると思うかい?」


    「……んー、どうだろうな」


    リャンは天井を見ながら、何かを考える状態を取った。


    「まあ。いても不思議はないよな。異質(ヘテロ)が来るまでは100億という人間が存在したんだ。その中で特別な人材が生まれるってのは、有り得ないことではないだろうし」


    「……」


    今の答えを聞くに、リャンは『特殊な人間』がいたことすら知らない人間ということが判る。

    僕だって、初めはそうだった。アリアに出会うまで、その存在すら知らなかった。
    地球での研究所大爆発……という事実はあったものの、やはり世間一般的にはその存在は知られていない。彼らを研究していた機関、そして政府が情報漏洩の防止を徹底したのだろう。


    「で? なんなんだよ、急にそんなこと聞いてよ」


    「あ、いや。今日、そういう話を小耳に挟んだからさ」


    「あん……? 特殊能力者、ってか? 珍しいよな、悠斗がそういう話に食いつくのはよ」


    「……」


    僕は少し押し黙る。
    と同時に、ある疑問が頭に浮かんだ。
    リャンなら……僕よりも多く恋をしているこの男なら……


    「なあ、リャン」


    「ん?」


    特殊能力者と恋に落ちたら、どう接するのだろう。
    逆に、自分が特殊能力者だったら、どう接するのだろう。


    「もし自分が……何か、特殊な能力を持っていたら、それを交際している恋人に打ち明けるかい?」


    「……」


    リャンは真面目な顔をして僕を見る。


    「そうだなあ……まあ、能力にもよるだろうが……」


    「……」


    少し考えてから、リャンは。


    「人から偏見を受けるような……皆に嫌われるような能力なら……言いたくはないだろう、な」


    遠くを見るようにして、そう答えた。


  135. 135 : : 2015/06/21(日) 16:00:28




















  136. 136 : : 2015/06/21(日) 16:01:23



    外からドン、ドン、と爆音が鳴り響く。
    オリジナル側からバッカースへの襲来。

    時は2230年。
    第一次星住戦争の末期、17歳になった僕と沙美はシズラウ区の防空壕で手をつなぎながらその身を伏せていた。


    「……すごい音……」


    沙美は手を震わせながら、僕の手を強く握る。

    防空壕の外では、オリジナルの戦闘機が何千も襲来し武器製造工場のあるバッカースの街を破壊しているのだ。
    成人になっていないから、という理由で戦場へ赴くことのなかった僕であるが、自分の故郷が同じ人間に壊されていくことを思うと心が痛い。


    「大丈夫さ。大丈夫」


    そう言いながら、僕は沙美の手を握り返す。
    彼女の不安を取り除いてあげたい。
    せっかく地球から来たというのに、彼女は同種のオリジナルに襲われる恐怖に怯えているのだ。


    「……どうして……憎み合うんだろう……」


    「……」


    「同じ、人間同士なのに……」


    あまりにも若すぎた僕らには、そういった『願い』しか口にできない。
    もちろん、その争いの裏に何かが隠されていたり、理解できる正当な理由もあったのかもしれない。
    だけど、争いをしている同士の人間は知っているのだろうか。
    巻き込まれた若すぎる僕たちは、心に悔しみしか浮かべることができないことを。


  137. 137 : : 2015/06/21(日) 16:03:34



    「……ねえ、悠斗」


    と、彼女は震える手を押さえ僕を見る。


    「なんだい? 沙美」


    僕も、落ち着いていない心を無理やり落ち着かせながら、彼女に答える。


    「ブラックホール、って知ってる?」


    「ブラックホール……もちろん」


    宇宙に存在する、何もかもを吸い込んでしまう大きな大きな穴だ。
    極めて高密度かつ大質量で、強い重力のために物質だけでなく光さえ脱出することができない天体と言われている。
    ブラックホールへ入ってしまえば、何もかもが無。
    別次元の異空間に飛ばされるとか、体がバラバラになるとか、色々な噂は聞いたことがあるが、未だその謎は解明されていない。


    「ブラックホールが、どうかしたかい?」


    瞬間、再び爆発音と地鳴りがする。

    防空壕と言っても地下に設けられた避難施設の一つであり、ここもいつ崩れ落ちるか分からない。
    約1000人ほどの避難民がざわつく中、沙美は遠慮そうに続けた。


    「ごめんね。こんな、大変な時に変なこと聞いて」


    「いや……大丈夫。戦争の話をしても暗くなるだけだし」


    怯えていた彼女を励まそうと、僕なりの精一杯の気遣いを返す。
    なんとかして、彼女にバッカースを好きになってほしかったからだ。
    せっかく地球から来てくれたというのに……大人達の勝手な理由で、ライトを毛嫌いしてほしくはなかった。


    「ふふ、ありがとう。悠斗」


    彼女は少し微笑む。


    「ブラックホールってね。こんな言い伝えがあるの」


    「言い伝え……?」


    「うん」


    手をモジモジさせ、彼女は恥ずかしそうにそう言った。


    「全ての終わりであり、始まり____」


    「え……」


    「何もかもを終わらせることができるけど、それは始まりを意味するものでもある」


    「……」


    「輪廻転生っていうの。ようは、ブラックホールに飲まれてしまった人は、死すと同時に新しい生命が生み出されるという理論ね」


    僕は彼女の話を黙って聞いていた。

    その話を信じる、信じないを別として。
    こういった哲学的なことを話す彼女は珍しい。それに、美しい。

  138. 138 : : 2015/06/21(日) 16:05:21



    「うふふ。これ、昔住んでいたところのお友達が言ってたの」


    ____昔、住んでいたところ?


    「それが本当かどうか分からないけれど、人類は一度、ブラックホールに入ればいいのにねって」


    「……」


    「争いばかり起こしている人間は、命の尊さを学ぶべきだーって」


    「……そう、だね」


    当時の僕はその言葉を聞き、少し嫉妬心を感じた。
    地球には、僕の知らない沙美がいた。
    沙美には、僕以外の親しい知人がいた。
    そんな当たり前のこと、理解していたつもりなのに。


    「でも……」


    けれど、沙美の友人のその意見には、少し反対だった。
    ブラックホールに入りリセットされてしまうのなら、結局人間は命の重みを理解せず、同じ繰り返しをしてしまうのではないかと。
    それに。
    例えば僕がそれでブラックホールに入るのなら。
    今までの沙美との思い出が全てなくなってしまうということだ。
    そんなことは、絶対に、嫌だ。


    「僕はリセットされて、沙美のことを忘れるのは嫌だ」


    「……」


    彼女は僕の目を見ながら少し黙ったが、再び優しく微笑み。


    「うん。私もだよ。悠斗」


    と手を強く握り返す。

    この時代死語となったリア充、等と罵られても良い。
    周りにどう思われようと、関係ない。
    僕はただ、地球から来た君を。孤独な君を幸せにしたい。それだけなんだ。


    「でもさ。その、沙美の友人さんは、不思議なことを考える人だね。ブラックホールに入れば生まれ変われる、って……」


    「……うん。私の周りには、そういう子、多かったから」


    ____そういう子____?


    「予言、って言ってね。その子が言うことは、99%当たる可能性があるの」


    ____予言____?


    「はは、予言って……すごいね。今も地球にいるの? その子は」


    「ううん。もう、いない」


    ____いない____?


    「その子、私が子供の頃に亡くなったの」




    僕は、その時の沙美との何気ない会話を思い出した。



  139. 139 : : 2015/06/21(日) 18:17:52










    『防人ィッ!! 後ろだ!!』


    「っ!!」


    イヴ軍曹の雄叫びとともに僕は我に返る。

    少数ではあるが異質者(ヘテロジニアス)の襲来。
    それらの迎撃のため、僕を含む第四空軍第16分隊はバッカース内より200キロメートル離れた宇宙域で戦闘中だった。


    「くそっ!」


    急いで操縦グリップを左舷へ向ける。
    瞬間、僕の右側に異質者(ヘテロジニアス)から放たれた砲弾が通り過ぎた。


    『何をボサッとしてる! 演習での実力は飾りか! 学校次席の力を見せてみろ!!』


    イヴ軍曹が再び叫ぶ。
    しまった……いくら近日様々な出来事が起こったとはいえ、実戦中で考え事にふけるなんて。


    「すみません……切り替えます!」


    僕は宙機を手動モードにセットし、操縦席右上に映し出される宙域マップを確認する。
    今回敵の数は少ないとはいえ、戦闘中油断は禁物だ。息をひとつ整え、僕はゼロに指示をした。


    「ゼロ! 手動モードに切り替える! 君は敵への砲弾ロックを頼む!」


    《了解しました》


    ゼロのルーマーを見てから、2週間が経過した。
    その間異質者(ヘテロジニアス)の襲来は2度あったけれど、ゼロは相変わらず機械的な返答だ。
    「実は僕、君を影から覗いていたんだ」等と言うことはできないし、彼女からそういう話題を振られることもない。
    まあ、ルーマーから操縦者に声をかけることなんて有り得ないのだけど。


    『だいじょーぶかー、悠斗ー』


    イヴ軍曹の通信ビジョンが閉じると同時に、別の通信ビジョンからリャンが声をかけてくる。


    「っ……大丈夫だ。心配させてすまない」


    『大丈夫、ねえ。……そうは見えないから聞いてんだよ。お前、2週間くらい前からちょっと変だぞ』


    「……!」

  140. 140 : : 2015/06/21(日) 18:18:16


    そう思われるのは、当然か。

    確かに僕はここ2週間、異質者(ヘテロジニアス)殲滅を忘れ、沙美との思い出を振り返る毎日だった。
    僕と出会う前に、彼女が死んでいる。
    そのことを信じたくもなかったし、死んでないという証明をしたかったのかもしれない。


    《サー。左前方、スモール確認。鋭砲弾発射準備》


    「了解。確認できる位置まで近づく! 敵がスピードを上げたのなら発射許可!」


    《了解しました》


    けれど、一つ思い出せたことがあった。
    あの防空壕で沙美とした話。
    【同じところに住んでいた】
    【地球にいた頃、沙美の周りには、予言ができる特殊な人間がいた】
    【その特殊な人間は、すでに死んでいる】
    このキーワードだ。


    「目視確認! 発射!!」


    《了解、鋭砲弾発射……着弾確認》


    「よし、残存が確認できるならレーザーに切り替える!」


    《了解しました。敵の生存を確認します》


    沙美から聞いた当時の話ではそこまで気にかかる部分ではなかった。
    何故彼女が地球からバッカースに来たとか、地球にいた頃はどんな生活を送っていたとか、詳しいことは僕も聞かなかったんだ。
    過去を気にするようなことは、したくなかったから。
    大事なのは、今、君が目の前にいることだったから。


    《スモールの殲滅確認。それとは別に、右前方へ中型異質者(ノーマル)が確認されます》


    「ノーマルか……レーザーならいけるか……?」


    でも、考えてみるに、アリアの言うこともあながち間違ってはないと言える。
    今考え直してみると、沙美から話す一言一言には何か重みが感じられた。
    その……幼き頃から研究所で生活し、自由のなかった状態だったと過程すると、沙美(かのじょ)が命の重みを謳う理由も判るからだ。

    仮にそうだったとして、彼女が特殊能力者で、幼き頃から研究を受け、何故か爆発を避けて生き延びたていたとしたら。
    何故、彼女はわざわざ地球を離れ、バッカースへやってきた……?


    《敵発見。中型異質者(ノーマル)は3体です》


    「3体……いけるか……?」


    ダメだ。
    そんな想いを抱きながら乗り越えられる戦線ではない。
    編成は散開編成(スプレッダウ)のため他宙機に助けを求める訳にもいかない。
    今は目の前の敵に集中する。
    奴らを殲滅させる。


    《現在、3体のノーマルが重なっています》


    「……高無圧レーザーなら貫けるな。よし! ゼロ、高無圧レーザー発射とともに近接! 殲滅できていなければ鋭砲弾を直に叩き込む!」


    《了解しました。レーザー準備、完了》


    「よし、撃てッ!!」


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nitta1234

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