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先生。

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  1. 1 : : 2015/02/23(月) 21:33:24
    『今日は死ぬのにもってこいの日だ。


    生きているすべてが、私と呼吸を合わせている。


    すべての声が、わたしの中で合唱している。


    すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやってきた。


    あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去って行った。


    今日は死ぬのにもってこいの日だ。


    わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。


    わたしの畑は、もう耕されることはない。


    わたしの家は、笑いに満ちている。


    子どもたちは、うちに帰ってきた。


    そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。』


  2. 2 : : 2015/02/23(月) 22:11:50
    職員室からはどこからともなくコーヒーの匂いが漂っているから、先生らが職員室でコーヒーを飲んでいるのは知っていた。

    どんな味のコーヒーなのかは意識して嗅いでみなければわからなかったけれど、意識して匂いを嗅ぐことがなかったから、私は先生らがどんな味のコーヒーを飲んでいるのかは知らない。

    ミルクや砂糖がたっぷり入った甘い甘いカフェオレかもしれない。

    無糖の苦い苦いコーヒーかもしれない。

    ただ、温かいコーヒーを飲んでいるのは知っていた。

    職員室本場にくるとどんなコーヒーを飲んでいるのかが匂いを嗅がなくてもわかるのは、私の目の前におそらく無糖の苦い苦いコーヒーを飲む先生がいるからだろう。

    「日誌ありがとうございます。」

    「はい」

    デスクに付いて片手にボールペンを持ち片手にコーヒーカップを持つ姿はまさに『先生』だった。

    コーヒーからでる湯気がまわりの空気を巻き込んでいく。

    先生のパソコンメガネや、先生の白すぎる肌を。

    「私の飲んでいるものが気になりますか」

    『先生』は『先生』なのだと確信すると自然と香り立つコーヒーのほうへと目がいってしまう私に先生は落ち着いた目で聞く。

    「苦そうなコーヒー、ですね」

    「…わかりますか」

    「はい、匂いでなんとなく」

    「そうですか…
    校内での勝手な飲食を阻む教師のこのような姿に目がいかないこともない…」

    「…」

    そうかもしれない、と思った。

    先生は人の心情を読むと同時に落ち着かせることが上手だな、と前から思っていた。

    「…先生をうらやましいとは思いますけど、苦そうなコーヒーだったのでその気も少し失せました」

    「はははっ、苦いのが得意じゃないんですか?」

    「そうなんです…」

    先生にコーヒーの好みを打ち明けた。

    「一度、飲んでみてはどうです?」

    「…えっ」

    先生は立ち上がりポットのほうへ向かった。

    粉とお湯を入れ、カップの中をスプーンでカチャカチャと回す小さな音が職員室に唯一のBGMとして流れた。

    「残してもいいです。どうぞ」

    「…あ、ありがとうございます」

    無糖の苦い苦いコーヒーから、湯気が私の額の高さまで立つ。

    「飲めるかな……」

    私はつい呟いた。

    苦いから、苦手。

    それ以上の理由がなかった。

    「…いただきます!」

    カップの取っ手を掴み、口に近づけると苦い匂いと湯気が私のメガネをくもらせて、私のメガネを苦くした。

    「どうです?」

    「…に、苦いです、けど…」

    「けど?」

    「なんか…吹っ切れた気がします」

    先生は微笑み、

    「それはよかった」

    と、ひとこと言った。

    「今、他の先生方がいないので、特別ですから、秘密ですよ。遅いから、帰った方がいいのでは?」

    「…はい、ありがとう、ございました」

    「……あっ、待ってください」

    私が職員室を出ようとすると先生が引き止めた。


    「本が好きなら、明日ナンシー・ウッドの本を貸します」


    びっくりしてしまった。

    その通り、私は本が大好きだ。

    日誌を出すときに片手に持っていた本を見ていたのだろうか。


    「…あっ、ありがとうございます!待ってます!」

    快く返事をした。

    「はい。それはよかった。
    …さようなら」

    先生は微笑んで挨拶をした。

    私も挨拶をして職員室を出て家に帰ることにした。

    明日がとても楽しみだ。

    その日の夜は無糖の苦い苦いコーヒーを飲んで寝た。

    夢も見ずこんなに深く眠れたのは久しぶりかもしれない。

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