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翼をください~アルミン誕生日記念

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  1. 1 : : 2014/11/03(月) 23:33:40
    他作品が未完成ではありますが
    アルミン誕生日おめでとうの作品は是非書きたいので、ひとまずスレッドたてました。

    あまり長いお話にはならない予定です。

    尚、読みやすさを優先し、執筆中のコメントは制限させていただきます。

    応援・ご意見などは、執筆中の作品へのコメント用グループまで『なすたまの愛と哲学の研究日誌』までコメントいただけますと喜びます。
    http://www.ssnote.net/groups/749/archives/1

    よろしくお願いします。
  2. 2 : : 2014/11/04(火) 23:43:38
    ♪願いごとかなうなら、翼が欲しい



    アルミンにとっての、母の記憶はこの歌に始まる。

    陽だまりの中で
    木陰で
    台所で

    母が口ずさんでいた歌。

    はじめて聴いたのがいくつの時なのか
    定かではないほどに古い記憶、


    母の歌は、だがしかし、幼い自分に向けられた歌ではなかった。

    むしろ、聴かせてはいけないもののように
    我が子の寝たのを確認し
    その寝顔をみながらそっと

    起こさないように
    誰にも聞かれぬように
    かすかな声で口ずさむ

    そんな歌だった。
  3. 3 : : 2014/11/05(水) 00:06:55
    アルレルト家がシガンシナ区に越してきたのは、アルミンが6歳の頃。


    二重の女神に守られたウォールローゼ内地の旧家の出であった両親が、壁の一番外側の突出区であるシガンシナ区に移転を決めたのが何故なのか、幼いアルミンには知るよしもなかった。


    移転先の近隣住人からの好奇の視線とお喋りに対しては、
    『旧家とは言え、老朽化した家屋を維持するだけの余力がない』とか
    『突出区の住人に与えられる恩賞を頼りに』とか
    『100年以上何もなかったのだから』とか


    そんな風に返答していたのを断片的に覚えている。


    アルミンの記憶の中の内地の住まいは、古くはあったが堅牢で、大量の書物に囲まれた家だった。



    シガンシナ区の新たな住まいに持ち込んだ書物は蔵書のほんの一部であったが
    その量でも、区の図書館に匹敵するほどの冊数だと知ったのは、ずっと後になってからだった。
  4. 4 : : 2014/11/13(木) 01:26:32
    アルミンは本が好きで、かつて住んでいた家でも書庫に入り浸っていた。
    そして、シガンシナ区に転居してからは、その読書欲はさらに強くなっていた。


    突出区の小さなコミュニティでは、子供たちのグループは既に出来上がっていた。
    内地からの転入が珍しかったことに加えて、体は弱いくせに頭の回転の早い金髪の碧眼の新入りは、突出区育ちのやんちゃ盛りの子供たちにとっては異端の存在であった。


    アルミンはアルミンで、話の合わない子供たちに無理に付き合うつもりなど毛頭なかった。
    そんなわけで、アルミンは暇さえあれば書庫にこもり、日がな一日、本の中の冒険の旅に出かけていた。


    牛飼いと羊飼いと牧羊犬のシリーズが特に気に入っており、父母にいつか牧場に連れていって貰うのを夢に見ていた。


    アルミンは想像力が豊かだね


    そう言って父が頭を撫でてくれるのが嬉しかった。
    母に抱き締めてもらうのが大好きだった。
  5. 5 : : 2014/11/14(金) 01:39:54
    ♪この背にあの鳥のように白い翼をつけてください






    シガンシナ区の子供コミュニティに馴染めずにいたアルミンは、いつしかガキ大将のからかいまじりの嫌がらせの格好の的になっていた。



    こんな奴ら…この狭い突出区しか知らないこんな奴らに、媚びへつらったり、自分を下げたりなんてしなくていい!



    ある日、歯を食いしばって嫌がらせに耐えるアルミンの前に現れたのは―


    「お前ら…こんなことしか楽しみがないのかよ…可哀想な奴らだな」


    緑の瞳は何故か燃えるようにギラギラと輝く印象の深い茶色の髪の少年。


    エレン・イェーガーであった。


    物語の正義の味方のような
    一角獣を背に負った凛々しい憲兵のような
    熱い炎のような勇ましさで、アルミンを守るように立ちはだかった彼は

    アルミンにとっての救世主に思えた。



    …一瞬だけ。



    「今日はこのくらいにしておいてやるぜ」

    勝者の吐く台詞を口にしたのは、ガキ大将の方だった…。
  6. 6 : : 2014/11/14(金) 02:19:15
    「なんだと…俺は…まだ…負けてない…ぞ…」

    救世主は、瞳だけは闘争心を失っていなかったが体はボロボロで、立ち上がるのがやっとの状態だった。


    エレン・イェーガーは登場こそ頼もしかったが、喧嘩はからきし弱かった。



    「…もう、止めよう。助けてくれて、ありがとう。僕は、アルミン。アルミン・アルレルトだ」


    アルミンが差し出す手を不思議そうにみるエレン。

    彼もまた、突出区出身でありながら何故か、区内の子供コミュニティの異端として扱われていて、友達と呼べる存在がいないようだった。


    「…エレンは…物語とか、好き?」


    おそるおそる、問いかけるアルミン
    もしかして、もしかしたら…

    この狭い突出区で、初めての友達ができるかも…?

    そんな願望が頭をもたげる。


    心臓が早鐘を打つ
    頬が期待に紅潮する。



    「あのっ、牛飼いと羊飼いと牧羊犬のお話、知ってる?」


    あのワクワクするような草原の話を共有できたら…
    そんな夢のような時間を一緒に過ごせる、友達…!



    大きな瞳をきらきらと期待の色で彩りながら、返事を待つ。
    緑の瞳の救世主エレンは、そんなアルミンに一言。




    「知らねー。俺さ、本とか嫌いなんだ」



    世界は残酷だ。


    幼いアルミンは何かを悟った。
  7. 7 : : 2014/11/16(日) 15:22:31
    「…でね、牛飼いと羊飼いはピンチに追い込まれるんだけど、そこにさっそうと牧羊犬が登場してね、」


    「へぇ。牧羊犬すげぇな」


    本が嫌いだと言ったエレン・イェーガーは、話を聞くことは嫌いではなかったらしく、アルミンの語る物語に熱心に耳を傾けた。



    世界は残酷だが、やり方次第ではうまく回ることもある。



    初めてできた友達が自分の話を興味深げに聞いてくれる様子に、アルミンは嬉しくて楽しくて、時間を忘れて話し続けた。


    日暮れまで話し続けてようやく、時間の経過に気が付いた。


    「あっ…。もう暗くなる時間…?ご、ごめんね、僕…一人で話しすぎちゃったね…」


    一人で話しすぎてせっかくできた友達に嫌われてしまったのではないかと焦りを感じるアルミンに、エレンは返答した。


    「いや…お前、すげぇな…本は好きじゃないけど、お前の話は面白かったよ。また今度、他の話も教えてくれよな!」


    エレンの笑顔にアルミンはほっと胸をなでおろし、飛び切りの笑顔で返した。


    「うん!もちろん!!今日は助けてくれてありがとう!」


    二人は握手をして、それぞれの家路についた。
  8. 8 : : 2014/11/16(日) 17:37:46
    友達を得て、アルミンの毎日はこれまでよりもずっと活気づいた。

    本が友達であることには変わりなかったが、実像のある人間の友達ができたことは、アルミンの日常を鮮やかな色彩で満たしたかのようだった。


    初めての友達は本は好きではないと話したが頭は悪くなく、心根が真っ直ぐで、いつだって正直な言葉を発する子供だった。


    エレンの言動は、エレンなりの正義感や道徳心に基づいていた。
    時に反射的で無鉄砲な様子が見られたが、アルミンにとっては失敗を恐れることなく立ち向かう姿は、尊敬に値するものに思えた。


    学校での時間は、授業以外はアルミンにとって苦痛でしかなかったが、エレンの存在で学校に行くのが楽しくなった。


    相変わらず書庫で過ごす時間は長かったが、外出することも多くなった。


    エレンと遊ぶための、外出。
    時には一緒に薪拾いにウォールマリア内に行くこともあった。


    アルミンの世界は広がった。


    アルミンの父も母も、息子に友達ができて年頃の少年らしく嬉しそうに過ごしているのを微笑んで見守っていた。
  9. 9 : : 2014/11/16(日) 18:13:41
    事件はその日、学校で起こった。


    あまりの衝撃に、アルミンは帰り道のエレンとの会話も上の空だった。
    いつもの彼なら、瞳をキラキラさせながら初めての友達の話を聞くのに。


    どうしよう
    どうなっちゃうんだろう
    どうしたら…


    ぐるぐるとまわる思考の渦にいたアルミンは、答えを得られないまま恐怖に飲み込まれる感覚に陥り、帰宅すると同時に、たまらず母の胸に抱きついた。


    「ねぇ、お母さん…壁の向こうには、人を食べる巨人だらけだって、本当?いつか壁が壊れたら…僕は…僕らは、奴らに食べられちゃうの?」


    圧倒的な力に対する死の恐怖に、生まれて初めてアルミンは戦慄した。
    震えが止まらず、穏やかな母のぬくもりをただ求めた。
  10. 10 : : 2014/11/16(日) 18:38:56
    その日は人類の歴史についての授業があった。


    本が友達のアルミンではあったが、家にある本は物語や図鑑、画集や工作や加工技術の本がほとんどだった。


    花は花
    人は人
    壁はそこにあるもので
    壁が立ちはだかる理由なんて、知らなかった。


    そんなこと、考えたこともなかった。


    突きつけられて初めて、なぜ今まで自分は壁に疑問を持たずに生きてきたのかと愕然とした。



    『人類は、巨人の出現により約100年前にこの壁の中に追い込まれ、壁に逃げ込めなかった人類は、巨人に食い尽くされた』


    壁一枚隔てたその向こうには、地獄が広がっている。


    それが自分の暮らす世界だとは…。


    「お母さん、どうして…どうして、こんなに危険な場所に引っ越してきたの…?前のおうちのほうが、ここよりもずっと安全だったのに…!!」


    アルミンは恐怖におびえ、涙を浮かべながら震える唇で母を責めるように、疑問を発した。
  11. 11 : : 2014/11/18(火) 22:44:52
    アルミンの母は、恐怖に動揺するアルミンを抱きしめ、背中をさすって「そうだね…怖いよね…」と同意した。
    疑問には答えなかった。


    その日の夜から、アルミンは夢でうなされる日々が続いた。


    実物を見たことはないけれど、教科書に載っていた挿し絵の巨人がアルミンや家族を追い回した。
    アルミン一家は逃げ惑った末に、巨人に見つかってしまい―


    「わああああああっ!!!」


    はぁはぁと、荒い息をつく。
    背中にはびっしょりと汗を背負い、心臓の拍動は苦しいほどに早くなっていた。


    「どうした、アルミン!?」


    アルミンの叫び声に驚いた家族が寝間着のままアルミンの寝室へと駆けつける。


    「う…うぅ…怖い…怖いよ…巨人に食べられちゃう…」


    アルミンは三日三晩、悪夢にうなされ続けた。

    アルミンの父もアルミンの母もアルミンの祖父も、皆がアルミンの悪夢を心配し、


    「大丈夫、怖い夢をみたんだね…私たちがついているから、安心して眠りなさい」


    そういうと、アルミンが再び眠りにつくまで、毎日誰かが交替で添い寝をしてくれた。


    大人達は怯える我が子にどう接するべきか、意味ありげな目配せを交わしていたが、幼いアルミンにはそれに気づく余裕はなかった。
  12. 12 : : 2014/11/18(火) 23:26:57

    4日目の夜―

    連日の悪夢によるダメージで、きらきらと好奇心に光るいつものアルミンの姿が嘘のように変貌していた。


    表情からは活気が失われ、目の下にはくまができていた。


    その様子に意を決したように、父母は目配せをすると、アルミンの父が口を開いた。

    アルミンの父は穏やかで優しく、アルミンに声を荒げた事など記憶の限り一度もない、そんな父であった。


    「アルミン…巨人がそんなに怖いものだと感じられるのはどうしてだろうね?」


    穏やかに、父は問いかける。

    アルミンは父の言わんとすることが理解できず、のんびりとした父の口調には苛立ちすら感じた。


    「だって…!この壁!壁一枚隔てた所に、人類が太刀打ちできないような得体の知れない巨人が彷徨いてるんだよ!
    どうしてみんな平気でいられるの!?
    どうしてここが安全だと信じていられるの!?
    どうして…

    どうして、父さんも母さんも、今まで教えてくれなかったの…!?」


    堰を切ったように溢れ出す恐怖心。
    壁の中の油断しきった人類への怒り。
    誰もが知っている歴史を、今まで教えてくれなかった両親への不信感。

    そんな感情が入り乱れ、心を掻き乱していた。
  13. 13 : : 2014/11/18(火) 23:48:31
    ♪この頭上に広がる大空に
    翼を広げて飛んでいきたい

    悲しみに嘆くことない
    絶望に沈むことのない
    自由な空へ


    ―――――
    ――――
    ――


    「アルミン…お前は本当に賢い…私達の自慢の息子だよ」


    声を荒げ、目に涙を溜めながら苛立ちをぶつけるアルミンに、父は穏やかさを崩すことなく告げた。


    アルミンの母は、興奮のあまり肩で息をしているアルミンに近寄り、その体を強く抱きしめた。



    「アルミン…まだあなたに話していないことがあるの。私達が越してきた、理由…」


    「教科書にない壁の外の話も…な…」



    父と母は、困ったような笑みでアルミンを見た。

    いつも居るはずの祖父の姿がないことに、アルミンはようやく気がついた。
  14. 14 : : 2014/11/24(月) 03:24:50
    他の誰がいるはずもないのに、人の気配がしないかを気にしている様子のアルミンの父は、窓の外にも人がいないことを確認した後で声を潜めて語り始めた。


    「いいかい、アルミン。これからお前に話すことは、決して家の外で話してはいけない。
    家の中でも、私たちだけの時に、こっそりとだけ、話すんだ」


    アルミンの父の表情には、いつもの穏やかさは残っているものの、いささか緊張の色が滲んでいた。


    アルミンは、両親が何かとても重要な事を話そうとしてくれている事を理解した。
    その話が、世間一般では語ることを禁じられた話であることも。


    だから、アルミンは唇を引き締めて、声を出さずに頷いた。


    「いい子だね、アルミン…」


    アルミンの父は、自分の緊張が息子に伝わってしまったことに苦笑いして、息をするのも忘れそうに真剣になっているアルミンの頭を撫でた。
  15. 15 : : 2014/11/30(日) 02:26:44
    「人類は巨人によってこの壁の中の世界に追い込まれた。壁の外の人類は皆巨人に食いつくされた…学校ではそう教わってきたんだね?」


    父の声は穏やかだった。

    教室で聞いたときには教科書の挿し絵と相まって、凄惨な光景ばかりが浮かんだ人類の歴史を知った衝撃を和らげているような穏やかさだった。


    しかし、たった壁一枚隔てた向こうに餓えた巨大殺戮生命体が存在することに変わりはない。

    続く父の言葉もそれを肯定するもので、アルミンは戦慄を抑えることができなかった。


    「たしかに、この壁の向こうは巨人たちの領域だ」


    壁の向こうは死の世界。
    希望などない。
    自分達は、壁崩壊の危険に怯えながら一生を壁の中で過ごす籠の鳥。


    ここ数日毎夜うなされた悪夢が、いつ現実となるかもわからない、薄っぺらな偽りの平和の世界。
    それが、現実。


    父に突きつけられた現実に、絶望にうちひしがれかけた時―
    父の口から出たのは、意外な一言だった。


    「学校では教えてくれていないこともあるんだよ、アルミン」


    学校では教えてくれなかったこと。
    それは、この世界での禁忌であり、多くの人には知ることすら許されないものであった。
  16. 16 : : 2014/11/30(日) 02:45:53
    「アルレルト家は、古い家柄でね」


    父はアルミンをソファに座らせると、自分もその隣に腰かけてゆっくりと静かに話始めた。


    「壁の中に人類が逃げ込んだ時からずっと続いているんだよ…」


    父の大きな手が、アルミンの小さな手をとり、優しく包み込んだ。


    「アルレルト家は、壁の中に逃げ込む前からの人類の記憶の守り人の役割をもっている…我が家には、壁の外の世界を記録した書物がいくつか伝えられているんだ」


    「記憶の…守り人…?」


    アルミンは大きな瞳をさらに大きく見開いた。
  17. 17 : : 2014/12/04(木) 02:00:54
    アルミンの父は、吸い込まれそうに大きな瞳のアルミンを微笑みで迎え、頷いた。


    「そうだよ。私たちは、壁の外にあるものを知っているんだ」


    アルミンは父の言葉に衝撃を覚え、さらに瞳を見開いた。


    「壁の外?怖くないの?父さんは見たことあるの!?か…壁の、外に…外に、出たことがある…の?」


    いつも優しく穏やかな父の口から、巨人のうごめく壁の外の世界を知っていると発せられたことで、父が急に知らない人になってしまったような気もちになった。


    いつも同じようにいてくれるのが当たり前と思っていたものが、するすると手のひらからこぼれ落ちてしまうような…。
    しっかりつかんでいないと消えてなくなってしまいそうな…。


    そんな心細さに、アルミンは父の腕をしっかりと握った。



    アルミンの父は、不安げな表情を浮かべる我が子を抱きしめた。
    アルミンの母も、父の隣に寄り添い、アルミンの頭をそっと柔らかく撫でた。



    なんだか小さな子供みたいだ。


    そう思わなくもなかったが、誰が見ているわけでもないので、両親の愛情を素直に受け入れていた。
  18. 18 : : 2014/12/04(木) 22:39:41
    「壁の外か…残念だけど、父さんも母さんも生まれてから一度も、外の世界をこの目でみたことはないんだよ」


    父の腕の中は暖かく、母の温もりと同じくらい、この世で一番安全な場所の様に感じられた。


    「じゃあ…じゃあなんで、外の世界を知っているの?」


    両親に守られている感覚は、アルミンの不安な心を落ち着かせた。
    家族の大事な秘密が何であろうと、自分は両親に守られている。


    金髪の少年は家族の秘密に自ら近づく決意をし、父はその決意に柔らかく応じた。


    「アルレルト家は、壁の外の事が記された秘密の本を所蔵し管理する家系なんだよ」


    …本?
    家には本はたくさんあるけど
    そんな本は見たことがない


    首をかしげるアルミンに、父は少しだけ眉根を寄せて悲しそうな表情を一瞬見せたが、すぐに笑顔に戻ると茶目っ気たっぷりに続けた。


    「秘密の本は秘密だからね。誰かに存在がバレてしまっては秘密じゃあ無くなってしまうだろう?」


    だが、父の調子に合わせて疑問を流せるほどアルミンの脳は単純にできてはいなかった。


    「秘密の本には何が書いてるの?
    どうして秘密にしなくちゃいけないの?
    壁の外には何があるっていうの?」


    矢継ぎ早に父に問いかける。


    アルミンの父は、我が子のなぜなぜ攻撃に苦笑しながら、妻に視線で助けを求めた。


    「秘密の本が家にあることがわかると、悪い人たちがやって来て、私たちに意地悪をして本を盗もうとするのよ。
    だから私たちは、本があるってこともしゃべってはいけないの」


    困り顔の母が口を開くと、父は母の言葉を補うように話をつなげた。


    「だが、私たちは今日は特別にお前に本に書いてある外の世界のことを話そうと思っているんだ、アルミン」


    父はいたずらな笑みを浮かべ、アルミンに向けて片目をつぶってみせた。


    「秘密は守れるかい?」


    好奇心の塊のような少年は、両親からの魅力的な申し出を断るなどという選択肢は粒ほども思い付かない様子で何度も頷いた。

  19. 19 : : 2014/12/04(木) 23:22:23
    現在はアルミンの祖父が隠しているという秘密の本。

    その内容は、巨人に恐怖する心を凌駕するほど新鮮な驚きと、胸踊る冒険への憧れを駆り立てるのに十分すぎるほど魅力的だった。



    地平線のように果てしない向こう側まで広がる『海』という広大な水溜まり―水溜まりと空の間は地平線ではなく、水平線というそうだ―が、あるという話。

    しかも、その『海』の水は塩を含んでいるとか。

    『海』の塩の量が多い場所では、人のからだは水面に浮かぶのだとか。

    『海』には巨人ほど大きな魚が住んでいるとか。


    『砂丘』や『砂漠』という砂の雪原があって、吹雪ではなく『砂嵐』が襲うとか。

    『砂漠』の真ん中に突然泉が湧いていて、湧き水一帯は緑で覆われていて『オアシス』と呼ぶとか。


    燃える水があって、夜でも煌々と周囲を照らすほど明るく燃え盛っているとか。


    壁の中にはいない珍しくて不思議でしなやかな獣たちがたくさんいて、のびのびと生きているとか。



    これまで読んだどんな物語よりも想像力をかきたてる、わくわくする世界が秘密の本には描かれているらしかった。


    アルミンの父もアルミンの母も、我が子への説明はできるだけ慎重に客観的に伝えようと努力をしている様子であった。

    しかし、言葉の端々に憧れの色が滲んでおり、いつしかその熱は金髪の賢い少年をも巻き込んでいた。



    巨人は怖いかもしれないが、壁の外の知らない世界を観てみたい。


    昨日までうなされていた少年の心は、いつの間にか未知の世界への期待と興奮に満ちていた。
  20. 20 : : 2014/12/05(金) 00:11:58
    「僕、秘密の本をちゃんと読んでみたい!そして…そしていつか、壁の外に冒険に出てみたい!!」


    興奮に頬を染めるアルミンの言葉に、両親ははっと息を飲んだ。


    「…どうしたの?」


    両親の様子にただならぬ気配を感じ取った少年は、顔色を伺うように父母へと交互に視線を泳がせた。


    「…いや…何も…」


    口ごもる父。
    たじろぐような母。


    二人は意を決したように、これまでよりもいっそう小声でアルミンに打ち明けた。


    「…実はね…そのうちに行ってみようかと思っているんだ…」


    「えっ!?」


    予想もしていなかった言葉に絶句する。


    「だからここに越してきたんだよ、アルミン。壁一枚向こうに広がる無限の大地を踏む日のために…」


    「僕は…僕も、行くの?壁の…向こうに?」


    今さっき聞いたばかりの夢のような領域への旅。
    そのために引っ越してきた両親。
    そして、その秘密を共有した自分。


    つい数日前まで存在すら気にしたことのなかった外の世界。
    巨人への恐怖にうなされ続けた世界。
    そして
    今聞いたばかりの新しい希望に満ちた世界。


    それらはすべて同じ世界で…行ってみたい気はするが、いささか急すぎる。


    「今すぐ行くというわけではないのよ。そのうちに、ね」

    「まずは私たち二人だけで偵察に行く。
    巨人と共存する手段はあるが…なにしろ本の知識だけだからね、危ないのは事実だから。
    …落ち着いたら迎えに来るから、お祖父さんと一緒に待っていてくれ、アルミン」


    両親が自分の手の届かないところに行こうとしている。


    この暖かく安心できる場所が、どこか別の場所に行ってしまおうとしている。


    アルミンは手放しで喜ぶ気持ちにはなれなかった…が、何もできない今の自分が同行しても足手まといでしかないことは明らかだった。


    運動神経の鈍さは、近所の子供たちからのからかいの標的となっている原因の1つだ。
    両親のいう通り、迎えを待つのが得策だろう。


    そう思い直し、アルミンはべそをかきながら両親に笑顔を見せた。


    「わかった。いい子にして待ってる…から、本当に行くことになったら珍しいお土産、たくさん持ってきてね」


    泣き笑いのアルミンの言葉を受け取った両親は、苦しいほどにきつく、息子を抱きしめた。
  21. 21 : : 2014/12/05(金) 00:38:02
    ♪この大空にのびやかに翼を広げて飛んでいきたいよ
    ♪悲しみのない大空へ自由の翼をはためかせて
    ♪行きたい



    ――――――――
    ――――――
    ――――

    ある朝
    通学中の少年たちは連れ立ってレンガ造りの路地裏を歩いていた。



    「ねえ。エレンはさ、この間の授業どう思った?」


    「あ?この間の…って、どの授業だよ」


    「ええと…人類が壁に至る歴史の話。エレンは知っていたの?」


    相変わらずマイペースな初めての友達に問い直す。


    たしかに、今の聞き方じゃあわからないよね…そう反省しながら、次の質問で軌道修正を試みる。


    「ああ…壁の外には巨人がうろうろしてるってやつな」


    「そう、それ。僕初耳でビックリしちゃってさ。エレンは知っていたの?」


    社会全体が暗黙の了解として受け止めている事実を、自分だけが知らなかったのだろうか。


    アルミンの狭すぎる交流関係では、エレンに問うより他に手段はなかった。


    「ああ、知ってるぜ。調査兵団が定期的に壁外調査に出てるだろ。カッコいいよな、調査兵団!!」


    「…調査兵団…?」


    「なんだよ、アルミンは調査兵団知らないのかよ!」


    引っ越してきたばかりで、突出区の文化習慣にからきし疎いアルミンが調査兵団の存在を知らないのも無理のないことであった。
  22. 22 : : 2014/12/06(土) 10:32:38
    エレン・イェーガーは彼にしては珍しく饒舌に、調査兵団を知らない友人にいかに調査兵団がカッコいいかを情熱的に語った。


    いわく、巨人の恐怖にたじろぐことなく立ち向かって戦っていること。

    個人の利益損得ではなく、人類の領土拡大の可能性を模索するために命がけで壁の外での調査を続けていること。

    彼らの背には自由の翼の紋章が刻まれ、革新的な思想のもとに組織されていること。


    要約するとそんな内容を、彼なりの擬音や賞賛の言葉を交えながら教えてくれた。



    自由の翼…


    アルミンの脳裏には、幼い頃に聴いた母の歌声が甦っていた。


    母さんも、自由の翼がほしかったのだろうか。
    壁に囲まれた飼育された鳥ではなく
    大空を自由に飛び回る、あの鳥のように。


    翼が欲しい


    エレンの話を聞きながら、アルミンは軒先に巣を作り子育てをしている燕を見つけた。


    僕にも翼は貰えるだろうか


    父さんと母さんが翼を手に入れようとしているなら
    その遺伝子を受け継ぐ自分にも、翼があるのではないだろうか。


    そんなことを考えながら、一通り話終えたが興奮冷めやらぬエレンに向かって問うた。


    「エレンは…エレンは、壁の外に行ってみたいと思うの?」


    初めての友達は、少し考えた後でやや投げやりに返答した。


    「ああ、そうだな…機会があればな…」
  23. 23 : : 2014/12/08(月) 18:36:30
    壁外に出る。


    アルミンは初めてできた友達が、壁の外に出ていく調査兵団をカッコいいと称賛したことに心が踊るのを感じた。

    エレンが壁の外の世界の秘密を知ったら、自分と同じように外の世界を観てみたいと思ってくれるだろうかと期待した。



    「そう、僕たちは、生まれながらにこの壁に囲われた籠の中の鳥かもしれないけれど…」


    アルミンは、軒先の燕の雛が巣から顔を覗かせている姿を見つめ、言葉を切った。



    「僕たちは皆、生まれた時から自由だ。

    壁の中で一生を終えるのも、壁の外に探検に出かけるのも、僕たちは選ぶことができるはずなんだ」


    もうすぐ巣立つだろう燕の雛は、遠い大空を仰いでいるように見えた。



    アルミンは、エレンと秘密を分かち合うことを願った。
    そして、アルレルト家に伝わる秘密の本を手にするために人知れずこっそりと家中を探索した。
  24. 24 : : 2014/12/09(火) 01:15:47
    1週間後―


    「エレーン!!!」


    アルミンはついに見つけた秘密に興奮し、いてもたってもいられず友達の名を声高に叫び、駆け寄った。


    運動が苦手で大人しいはずの、普段のアルミンにはあり得ない行動に、川縁で昼寝をしていたエレンは気だるげに応じた。


    「どうしたんだよ、アルミン?」



    「これ!お祖父ちゃんが隠し持っていたんだ!外の世界の事が書かれている本だよ!」


    頬を薔薇色に染め、瞳を輝かせているアルミンの言葉に、エレンはぎょっとした。


    「外の世界だって!?…それって、いけない物なんだろ!?憲兵団につかまっちまうぞ!?」


    壁の外の世界に憧れこそあれ、外の情報が一切無いことや、その情報が禁忌とされていることはエレンでさえも知っている常識だ。


    しかし、アルレルト家に伝わる秘密の本の発見に興奮を抑えられない今のアルミンには世間での常識など通じない。


    他人に話してはいけないと言われた壁の外の秘密も、それが書かれている本のことも、親友と呼びたい友達に黙っていることなど、露ほども考えなかった。


    むしろ、自分のことを、自分の憧れの世界を知ってもらいたいと願っていた。


    「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!
    これによると、この世界の大半は、『海』っていう水で覆われているんだって!
    しかも、『海』は全部塩水なんだって!?」


    「塩だって!?嘘つけ!塩なんて宝の山じゃねぇか!?きっと…商人が採りつくしちまうよ!」


    アルミンの話はにわかには信じがたいものだった。
    しかし、金髪の少年の話の勢いは止まらなかった。


    「採り尽くせないほど、海は広いんだ!!」


    「んなわけあるか…」


    エレンのそっけない返答を意に介すことなく、アルミンは話を続けた。


    「塩が山ほどあるだけじゃない、炎の水、氷の大地、砂の雪原…きっと外の世界は、この壁の中の何倍も広いんだ!」


    エレンはアルミンのもたらす外の世界の魅力にたちまち虜になった。


    「…外の世界…」


    アルミンの持ってきた本の挿絵を夢中になって見つめるエレンに、アルミンは大切なもうひとつの秘密を打ち明けた。


    「それで…これはまだ秘密なんだけど…父さんと母さんはね、今度、外の世界に行くんだって…」


    「外の世界か…!」


    夢のような世界に旅立とうとするアルミンの父と母のことを聞いたエレンにも、アルミンと同じ種類の興奮が熱病のように伝わっていた。


    「ねえ、エレン…僕たちもいつか、外の世界を探検できるといいね…!」


    二人の少年は見たことのない土地を探検して回るという希望に胸を高鳴らせた。


    そして秘密を分かち合い、共通の夢を描いた二人は親友になった。
  25. 25 : : 2014/12/10(水) 01:14:10



    「…ききう?」


    親友ができた数日後。
    祖父の留守中にアルミンの母は聞きなれない単語を発した。


    「ききう、じゃなくて気球、よ」


    アルミンの母は、取り込んだ洗濯物をひとつひとつ丁寧に畳む手を休めないまま、息子に教えた。


    祖父はもちろん、話をしている部屋の周囲に誰もいないことを確かめた上で、アルミンは思いきって母に問うたのだ。



    翼が無い人間は壁の外にどうやって出られるの、と。



    翼のある人間…もちろん、物理的に人間に翼が生えるわけではない。
    夢見がちなアルミンだって、そのくらいは理解している。

    背に翼の紋章を負った調査兵団のように、壁の外に出ることが公式に認められていない父母は、いったいどうやって壁外に出ようというのか…。


    特別なルートで許可を貰えるのか。
    あるいはアルレルト家に一般には知られていない秘密の本が伝わるように、どこかに秘密の抜け穴の存在が伝わっているのか。


    それとも、他の手段が…?


    母の答えは、アルミンが聞いたことのない第3の手段であった。
  26. 26 : : 2014/12/10(水) 01:32:58

    「ほら、紙袋を逆さにして、下から熱した空気をこんな風に送ってあげると―」


    気球については、口で説明するよりも見た方が早いから、とアルミンの母は洗濯物の片付けを手早く終え、台所に向かい、大鍋に湯を沸かし始めた。


    ぐらぐらと沸騰する大鍋の湯を確認すると、アルミンの母は息子に簡単な説明しながら、大鍋の直上で薄い紙の袋を逆さにすると、そっと手を離した。



    ふわっ



    暖められた空気は上昇気流となり、紙袋を軽やかに浮上させた。


    「うわっ!本当だ!なんで!?」


    じゃがいもの皮むきを手伝っていたアルミンは、芋もナイフも放り出して、ふわふわと浮かんだ紙袋を見つめた。


    紙袋はだが、一瞬で横に流れ、地面に落ちた。


    「…落ちちゃった…」


    中空で浮かぶ紙袋に一瞬息を飲むほど驚き、トキメキすら感じたアルミンであったが、ぬか喜びに気づいて消沈した。



    「…これじゃあ、外の世界に行く前に墜落しちゃうよ…」


    両親の墜落を想像し、アルミンは戦慄した。


    アルミンの母は、我が子の肩をそっと抱き、耳元でごく小さな柔らかな声で囁いた。


    「大丈夫よ、本物は暖かい空気を継続して送り続ける構造になっているし、舵だってあるのだから。落ちたりしないわ」


    そういって母は、アルミンのさらりとなびく長めの金髪の頭を、ぐちゃぐちゃと撫でた。
  27. 27 : : 2014/12/10(水) 02:08:45

    「もうすぐよ…もうすぐ、出来あがるの。そしたら…」


    母の瞳は、愛しい我が子を残して出発する寂しさを宿していたが、同時にはるか彼方の憧れの地への期待に輝いてもいた。


    母の静かな興奮に、アルミンは少しだけ胸が痛むのを感じた。

    母さんは僕のことより、新天地に飛び立つ自由に心を奪われている。

    そう感じられて少しだけ悲しくなった。


    アルミンの表情の曇りに気づいた母は、寂しげな愛し子をしっかりと抱き寄せた。


    「父さんと母さんのわがままを、赦してね…きっと…きっと帰ってくるから」


    母の腕の中はいつもどおりの温もりで、いい匂いがした。
    母は言葉を発せないでいるアルミンに向けて話を続けている。


    「お祖父さんには、言わずに行くの。
    もし万が一の事があったら、事情を知っているだけで酷い目にあわされるかもしれないから…だから…だから、アルミン、あなたも、何も聞かなかったことにして」


    母の言葉には、有無を言わさぬ気迫がにじんでいた。


    「ある朝突然、私たちは行方不明になるわ。けれど大丈夫。必ず戻るから。その時まで、黙って待っていてね…」


    アルミンを抱き締めていた力が少しだけ緩むと、アルミンの目を見つめて、母はゆっくりと噛み締めるように告げた。


    「大好きよ、アルミン。私の…私たちの、愛しい愛しい宝物」


    そして両の頬に思いきり頬擦りをされた。
    ちょっとだけ照れくさかったけれど、母が自分の事を大事に思ってくれているのは伝わった。





    数日後の朝
    冷えた朝食を置き土産にして、父母は姿を消した。





    そしてそのまま、帰ってくることはなかった。
  28. 28 : : 2014/12/13(土) 19:22:29
    その日が来たら、どんな気持ちになるだろうかと思っていた。


    淋しくなるのか
    悲しくなるのか
    ついに実現したと興奮を覚えるのか


    そのどれでもなかった。


    世界は何も変わらずに
    朝陽は窓辺を照らし
    朝露を含んだ葉はキラキラと陽ざしを反射して。

    ただ

    パンとスープが冷えている。

    それだけの違いだった。


    祖父は両親の突然の失踪に驚いてはいたようだが、アルミンには努めて冷静に振る舞おうとしていた。


    アルミンはアルミンで、何も知らせないで行くのは両親からの祖父への配慮だと聞いていたので、両親の失踪の理由は知らないことにした。


    祖父からひとまずはいつも通りに学校へ行くように言われ、それに従った。


    通学の道のりも、いつも通り。
    なんら変わりなどない、いつもの日常。


    なんの感情も沸き上がらない自分を不思議に感じるほど、アルミンの日常は何も変わらなかった。



    帰り道までは。
  29. 29 : : 2014/12/13(土) 20:13:00

    学校の授業を全て終え、帰り道を一緒に歩いていたエレンと別れた後。

    アルミンの行く先を、大柄な影が遮った。


    兵団の制服を着た影の胸には、王都の秩序の番人の証である一角獣がたてがみを靡かせていた。


    「アルレルト家の子だな…少し話を聞かせてもらいたいんだ」


    一角獣を纏った男たちは、張り付いたような偽りの笑顔と猫なで声でアルミンに話しかけた。


    アルミンの脳裏には、母の言葉がはっきりと浮かんでいた。
    何も聞かなかったことにして
    黙って待っていて、と。


    家路を阻む男たちの出現に戸惑わなかったと言えば嘘になる…が、同時に、不思議なほど冷静に状況を分析している自分にアルミン自身が驚いていた。


    この人たちに本当のことを話してはいけない。
    本能的にアルミンは危険を察知していた。


    では、どう切り抜けるか…。


    男たちから見る自分は、きっと幼くて力も何もない間抜けな子供だろう。
    だとしたら、その侮りを有効に使わなければ。


    一瞬のうちに判断したアルミンは、男たちの張り付いた笑みに両の眼を大きく見開き、声高に叫んだ。


    「うわぁ!すごい!本物の憲兵団だ!!カッコいい!!」


    なるたけ無邪気に。
    できるだけ陽気に。

    何も知らない田舎の突出区の子供が取るだろう言動を、不自然にならぬように。


    アルミンの頭脳は激しく回転していた。

    真実はおくびにも出さないことを決意したその表情は、両親の失踪など知らないままの、滅多にお目にかかれない憲兵団に遭遇した栄誉に高揚した少年のものだった。
  30. 30 : : 2014/12/13(土) 22:41:42

    「あー。なんだお前、憲兵団が好きなのか」


    キラキラと瞳を輝かせて自分を見つめる純真な少年を見下ろす憲兵の一人は、明らかに毒気を抜かれた様子でアルミンに話しかけた。


    よし、この調子。


    大人からは純情そうに見える己の外見を最大限に利用したアルミンは内心ほくそ笑んだが、もちろん天使の笑みを崩すことはなかった。


    「はい!だって、シガンシナで本物の憲兵団に会えるなんて…うわぁ、一角獣カッコいいなぁ!友達に自慢しなきゃ!!」


    少々オーバーではあるが、相手の満更でもない反応に手応えを感じ、金髪の小さな策士は憲兵団に憧れる少年を演じ続けた。


    「そうかそうか…。ところで、俺たちは君に聞きたいことがあるんだが、いいかな?」


    来た。本題だ。
    一角獣の男たちがどう切り出すか。
    自分はその瞬間にどう反応するか。


    「はい、もちろんです!僕でお役に立つことがあれば何でも!」


    憲兵が次の言葉を発するコンマ一秒の間に、何十という質疑応答のパターンがアルミンの脳内で展開していた。
  31. 31 : : 2014/12/13(土) 23:25:31
    「今朝から君の両親が行方不明だそうだが…君は何か心当たりはないかな?」


    憲兵の言葉には咎め立てようという悪意は感じられず、アルミンが事情を知っているとはあまり考えていないように思えた。



    でも、まだ油断しちゃいけない。


    嘘をつきなれていないアルミンが少しでもボロを出せば、経験豊かな憲兵は見逃したりはしないだろう。

    アルミンは憲兵の言葉に心底衝撃を受けたかのように、全身を固くした。


    「え…ゆ、行方不明って…なんですか……」


    「朝から居なかったと聞いているが、おかしいとは思わなかったのかな?」


    「朝は…たしかに、僕が起きたら両親ともいなかったです…。
    でも、前の家の…ウォールローゼの家の片付けとか、物を取りに行ったりとかで朝から二人が居ないことなんてこれまでもありました…だから、てっきり…え?ほ、本当に…?
    な、何かの間違いじゃないんですか…!?」


    両親が行方不明と初めて言われて動揺している息子の演技は、演技といえば演技であったが、両親の失踪を確信できないでいたアルミンの中に実際に沸き上がった感情でもあった。


    そうか、本当に父さんと母さんは旅立ったんだ…。



    取り乱すアルミンを見つめる憲兵は、表情こそ変えなかったが、言葉には僅かながら少年を気遣う色を含んでいた。


    「そうか…やはり、息子の君にも何も告げてはいなかったんだな…」


    「…あ、あの…!」


    憲兵の追及を逃れられることをほぼ確信しながらも、アルミンは更に憲兵の目を欺く一手を打つことにした。


    「お願いします!両親を…父さんと母さんを探してください!憲兵さん、お願いします!」


    瞳に涙をためながらそう叫ぶと、地面に額を擦るように頭を下げた。


    必死の形相で請い願うアルミンに、憲兵たちは流石に同情を禁じ得なかった様子で、善処しよう、とか、気を強く持つんだぞ少年、などと声をかけて立ち去った。



    憲兵たちが立ち去るまで、いや、立ち去った後も家に戻る瞬間まで、アルミンは嗚咽を止めなかった。


    何処からか誰かが監視していて、少しでも不自然な様子を見せれば大変なことになる。
    そんな予感がしていたから。


    その予感が過剰なものではないことを示すように、家中を何かを探すように引っ掻き回して荒らした形跡が帰宅したアルミンを迎えた。
  32. 32 : : 2014/12/14(日) 01:02:13

    家中の引き出しという引き出しが開けられ、中の物は乱雑に放り出され、テーブルや机、ベッドも倒されて裏側や細部まで徹底して調べあげられた様が見てとれた。



    雑然とした居間のソファに放心したようにポツンと腰かけた祖父の姿を見つける。


    「お祖父ちゃん…これは…」


    惨状に目を疑ったアルミンは、脱け殻のように気の抜けた祖父に話しかけた。


    「…アルミンか…お帰り…」


    「ただいま…これは…お祖父ちゃん、一体誰が、こんなことを…?」


    答えの予測は付いていたが、おそらくずっとこの家が荒らされていく様を見ていなければならなかった祖父を気遣いながら、アルミンは問う。


    アルミンの祖父は、口数少なく返答した。


    「憲兵団だ…。あのバカ息子…嫁と一緒にアルレルト家の宝を持って逃げたらしい…」


    祖父の答えは概ね予想通りであったが、アルミンが予測していなかった内容も含んでいた。


    「アルレルト家の…秘密の…本を…父さん達が?」



    アルミンの祖父は、孫の言葉に目を見開いた。


    「アルミン…知っていたのか…!?」


    しまった…!
    祖父の驚きに、アルミンがアルレルト家の秘密を知っていたことを咎められるかと一瞬首をすくめる。


    いつも優しい祖父。
    両親は、祖父を守るために外の世界に行く計画を内緒にしていた。
    両親の祖父への気遣いを自分が無にしてはいけない。


    そう判断して、アルミンはつきなれない嘘を重ねた。


    「アルレルト家に秘密の本が伝わっているっていうことだけ、父さんから聞いたことがあるんだ…。だけど、どうして父さんと母さんは、そんな大事な本を持っていったのかな…」


    うそぶくアルミンをどう思ったのか、祖父の表情は長めの前髪と長く伸ばした髭に隠れて判別は出来なかった。


    アルミンの祖父の次の一言は、アルミンに良心の呵責を覚えさせるのに十分だった。



    「あの…阿呆息子…。大方、わしが憲兵に危害を加えられないようにと変な気を使って…何も言わずに行ったんだろう…本当に…阿呆め…」


    俯く祖父の肩は、小刻みに震えていた。



    お祖父ちゃんは、知っているんだ…。
    父さんが外の世界に憧れていたことも
    内緒で計画を進めていたことも。


    アルミンは、自分が父母の計画を知っていたことを祖父に伝えるべきか躊躇した。


    だが、母の言葉を思い出した。


    『黙って、待っていて』


    祖父の気持ちを考えると、やるせなくて悲しくて申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、母の言う通り、黙ったまま父母の帰りを待つのが得策のように思われた。


    父さんと母さんが帰ってきてから、祖父に全てを打ち明けよう。
    そして、黙っていたことを謝ろう。


    そう決意して、アルミンは両親の帰りを待った。




    100年の安寧が偽りであったことを壁の中の人類が思い知るあの日まで
    アルミンは両親の帰還を信じて、いつも空を見つめていた。
  33. 33 : : 2014/12/14(日) 01:06:52

    その日

    人類は思い出した



    ヤツらに支配されていた恐怖を



    鳥籠の中に囚われていた屈辱を
  34. 34 : : 2014/12/15(月) 00:10:58

    超大型巨人によって、外界と壁内世界を隔てていたシガンシナ区の開閉扉は破壊された。

    次いで、鎧の巨人によってウォールマリアの開閉扉も破壊され、100年の空腹から解き放たれた巨人により人類は再び蹂躙された。


    人類はウォールマリアを放棄し、2割の人口と3分の1の領土を失い、活動領域は2重の壁まで後退した。


    祖父と親友のエレン・イェーガーと、イェーガー家の養い子であるミカサ・アッカーマンと共に、アルミンは巨人の襲来を受けたシガンシナ区から辛くも脱出することが出来た。


    アルミン達は一時的に避難所に収容されたが、いつまでも公的機関が庇護してくれるわけでもなく、食料不足の解消のために開拓地へと送られた。


    痩せて荒れ果てた土地を、それでも精一杯端正込めて開墾する毎日。


    家事の手伝いこそすれ、畑の世話などしたこともないアルミンにとって、満足に食事を取ることもままならない労働の毎日は過酷な修行のように感じられた。


    荒れ地で岩石を取り除きながらの開墾は厳しい労働ではあったが、それでも生きているだけで幸せだとアルミンは思った。


    親友のエレン・イェーガーは、目の前で母を亡くした。

    ミカサ・アッカーマンがエレンの家に引き取られることになった経緯は、両親が強盗に殺されたからだと聞いている。


    生活の不自由さこそあれ、地獄と化したシガンシナから祖父も自分も生きて逃れられたことに感謝して生きなければ。

    何も言わず黙々と開墾作業に勤しむ祖父の背を見ながら、そんな風に思っていた。



    ただ、気がかりが一つだけあった。


    シガンシナ区が陥落したことを両親が知らずに帰ってきたら…。



    見たことのない気球に乗った両親が、シガンシナの家に向けて高度を下げていく。
    久々の壁内への帰還に満面の笑みを浮かべる両親。

    次の瞬間
    真下から伸びた巨人の手に気球ごと拐われる両親。
    帰還の笑顔が恐怖に凍りつく―


    そんな光景がふと浮かんで、背筋が総毛立つ。


    いや…!
    父さんと母さんは、そんなに間抜けじゃない。
    壁の異変にすぐに気づいて、進路を変えるさ。
    きっと、大丈夫。


    悪い想像に囚われてしまわないように、アルミンは頭を振った。
  35. 35 : : 2014/12/15(月) 00:34:39

    開拓地での日々は、けして楽なものではなかった。

    開拓地に送られた人々の懸命の開墾にも拘わらず、生産は伸び悩み消費に追いつくことは到底できずに、食料事情は悪化の一途を辿っていた。


    そして―
    ついに人類は、己が同胞を悪魔に売り渡す選択をした。



    ウォールマリア奪還作戦



    奪還作戦と言えば聞こえは良いが、実態は巨人と戦う術など持たない一般市民を徴兵し、ウォールローゼ外へと追いやる作戦であった。


    いわゆる口べらしである。



    アルミンの最も信頼する家族―
    両親が行方不明の現状では、たった一人の肉親であるアルミンの祖父のもとにも
    召集令状が届いた。


    ウォールマリア奪還作戦への召集令状…すなわち、地獄への片道切符。



    祖父は、無言で受け取った。
  36. 36 : : 2014/12/15(月) 22:19:31
    「お…お祖父ちゃん…?なんで…?」


    アルミンは、祖父のもとに届けられた召集令状に愕然とした。


    「お、お祖父ちゃんは訓練なんかしたことないし、兵士みたいに巨人と戦う方法なんか知らないじゃないか!
    か、体だって、丈夫なほうじゃないし…なんで…なんで奪還作戦なんかに…!?」


    突然の召集にひどく心を乱されたアルミンは、発する声が上擦っているのを自身でも感じていた。

    混乱するアルミンの前で祖父は表情を見せないまま、黙って座っていた。


    「お、お祖父ちゃんは一生懸命畑を世話しているんだし、ここに必要だよ!何かの間違いだよ、そんな紙…」


    ガクガクと膝が震えて立っているのが困難なほど、アルミンは動揺していた。


    「そんなの…そんなの、きっと手違いだよ!
    間違ってますって断ってくればいいんだよ…そうだよ、そうしようよ、お祖父ちゃん!
    僕…僕、行ってくるよ…!」


    震える足で家の外に出ようとするが、足がもつれてうまく歩けない。


    「あ…あれ…ど、どうしたのかな、僕…。あ、あは。
    変なの…。動け…動けよ、僕の足!!」


    泣き笑いの顔で矢継ぎ早に捲し立てるアルミンを制したのは、沈黙を破った祖父の静かな一言だった。


    「もう、決まったことだよ。アルミン…」
  37. 37 : : 2014/12/15(月) 23:35:55
    祖父の言葉は、アルミンに絶望をもたらした。


    「お祖父ちゃん…?なんで…?」


    それでも祖父に食い下がる。


    「このままではいずれ食料が尽きる」


    祖父の言葉は冷静で、的確に現状を捉えていた。


    「ウォールローゼの中で養える人口は決まっている。
    ウォールローゼの外から来たわしらに文句は言えない」


    「…だからって!だからってなんでお祖父ちゃんが行かなきゃいけないの!?」


    「召集されたのは、35歳以上の者だ。老いぼれは足腰の立つ内に後進に道を譲れと言うことだ」


    祖父は淡々とアルミンの言葉に答えた。
    アルミンは、冷静に応じる祖父の返答に活路を見いだし、提案した。


    「じ…じゃあ、急な怪我で動けなくなったって…ことにすれば…そうすれば!?
    お、お祖父ちゃん一人くらい行かなくたって、変わらないだろ!?」


    祖父を行かせたくない。
    行ったところで、先はない。
    自ら巨人の鼻先に立つように命じるこんな令状など、従うなんてどうかしている。


    必死に語りかけるアルミンに、祖父は立ち上がり手を挙げた。


    叩かれる…!?


    ぎゅっと目を瞑るアルミン。


    次の瞬間、アルミンの祖父は、掲げた手を孫の豊かな金髪にそっと載せた。


    「…わしが行けば、報奨で配給が増える…アルミン。育ち盛りのお前達には、もっと栄養が必要だ」


    その言葉に、決壊したダムのように一気に涙が溢れてきた。


    「…っ…い、嫌だ!嫌だよ、お祖父ちゃん!!
    …僕…僕、今のままで大丈夫だよ!
    お祖父ちゃんと一緒に居たいんだ!
    だから…だから行かないで…僕を…僕を一人に…一人ぼっちに…しないで…よ…」


    涙は止めどなく溢れて、思いがちゃんとした言葉にならなかった。
    アルミンの祖父は黙ったまま、泣きじゃくる孫の頭を撫で続けた。
  38. 38 : : 2014/12/16(火) 00:11:59
    「…うっ…ひっく…うう…だって…だって…お、お祖父ちゃんがいなかったら…」


    アルミンは祖父の大きな手のひらが、昔よくしてくれたように頭を撫でるのを感じながら、小さな子供に戻ったように泣きじゃくった。


    そうだ、お祖父ちゃんが居なければ―


    「と…父さんと、母さんが…か、帰って来たときに…うっ…うえっ…な、なんて言えば…ひっ、うっ…いいの…?」


    祖父の身を案じて黙って旅立った両親はどんな顔をするだろう。



    祖父を説得するために口をついてでた両親の話に、優しく頭を撫でていた祖父の手がぴくり、と止まった。


    「…お祖父ちゃん…?」


    アルミンはしゃくりあげながらも、祖父の変化に気づいて顔を上げた。


    祖父の表情を見上げると、これまで見たことがないほど辛そうに、そして悲しそうに歪んでいた。



    「…アルミン…」


    祖父は顔を辛そうに歪めたまま、孫の名を呼んだ。
    そして、アルミンと視線を合わせるように、アルミンの祖父は自らの膝を折り、しゃがんだ。


    祖父の瞳には、涙が滲んでいた。


    「…お前に話さなければならないことがある…辛い、とても辛い話だ…。だが、今話さなければならない話だ」


    アルミンは、声を発することができなかった。
    祖父を失おうというこのときに、さらに辛い話などあるだろうか。


    沈黙するアルミンに、続く祖父の言葉は衝撃を与えた。



    「お前の父さんと母さんは…あの日、外の世界に出ようとして…殺された」
  39. 39 : : 2014/12/16(火) 01:36:19


    ♪子供の頃に夢見たことを
    ♪今だって同じように、夢に見ている

    ♪この大空に伸びやかに翼を広げて飛んでいきたいよ
    ♪悲しみのない青空へ自由の翼をはためかせて
    ♪生きたい


    ―――――――――
    ―――――――
    ―――――


    「あの日…憲兵団がお前の父さんと母さんが行方不明だとやって来たのに違和感を感じなかったか…?

    お前の両親がいなくなった朝、わしもお前も、誰にも何も言わずに少し様子を見ようと言っていた。

    …にも関わらず、昼過ぎには憲兵の奴等が家人が失踪したと聞いたとやって来た。そして、わしに知っていることはすべて話せと執拗に要求した」


    アルミンは、あの日の朝を思い出していた。

    何も変わらない窓辺
    何も変わらない朝陽
    冷えたパンとスープ


    「何一つ話すことなどないと繰り返すわしに業を煮やして、連中は言った。

    息子達は不法壁外逃走の大罪を犯し、中央に処刑され命を奪われた、と。
    命が惜しければ、隠しだてせずに話せ、と。
    さもなくば、中央の奴らの拷問に会うかもしれない、と。

    …わしは…わしには、何も話せることなどなかった…あの…バカ息子は…わしやお前に危害が及ばぬようにと…何一つ…何一つ…言ってくれずに…ううっ」


    アルミンの祖父の言葉は、嗚咽に紛れて最後の方は切れ切れになって散った。



    祖父の話を聞いたアルミンは…

    アルミンには、祖父が何を言っているのか理解できなかった。

    祖父の言葉はアルミンの耳に入るとすぐに、意味のない記号に変わってしまったかのように、上滑りして意味を成さなかった。


    アルミンに聴こえるのは
    幼い頃に母がひっそりと歌っていた
    あの歌だけだった。
  40. 40 : : 2014/12/17(水) 02:01:25

    身動きひとつ出来ずにいたアルミンは、祖父に肩をしっかりと掴まれて、ようやく我に返った。


    「お…お祖父ちゃん…僕…僕…」


    何と言ったらいいのか
    どう反応するべきなのか
    わからなかった。



    「…幼いお前に…いつか両親が戻ってくると信じていたお前に、こんな惨い話をする勇気がわしにはなかった…すまない…アルミン…」


    アルミンの祖父は泣きながら、過酷な現実を受け止めきれずにいる孫を抱き寄せた。


    そして、苦痛に耐えながら振り絞るように言葉を紡いだ。


    「…アルミン…お前はお前の人生を生きなさい…。
    お前の生きる世界には、選択肢は多くはないかもしれない。
    選びたくなくとも選ばねばならないこともあるだろう。

    だが、それも含めて…お前の人生だ。

    アルレルト家の伝承も、両親の夢も死も、もちろんわしの徴兵も、お前の人生に関わることかもしれないが、人生の全てではない。
    恨んだり憎んだりすることからは、何も産み出さないだろう。
    だから…お前は…お前は、自分にできる最大限の自由とともに生きなさい。

    わしはいつでも、お前のそばにいる。
    お前の、この胸の中にな…」



    そういって、アルミンの祖父はアルミンの胸の真ん中からやや左寄りの部分を叩いた。

    生命の象徴である、心臓の部分を。


    「アルミン、お前はわしの誇りであり、一番大事な宝物だよ」


    祖父の言葉は、母が旅立つ前にアルミンに伝えた言葉と奇しくも一致していた。


    『大好きよ、アルミン。私たちの、愛しい愛しい宝物…』


    アルミンの大きな瞳から大粒の涙が止めどなく溢れて、身体中の水分が全て無くなってしまうのではないかと思うほど、感情のままに泣いた。

    祖父はずっと、アルミンを抱き締めていた。


    あの日の母のように。
  41. 41 : : 2014/12/17(水) 02:12:06


    3日後

    アルミンの祖父は徴兵により開拓地を去った。


    アルミンの手元には、祖父が愛用していた帽子だけが残った。
  42. 42 : : 2014/12/17(水) 02:35:49
    そして更に1年後―


    「オイ…貴様…。貴様は何者だ!?」


    鬼のような形相の禿頭の大男が凄みをきかせながら見下すように問う。


    問われた少年は、右の拳を左の胸に当てて敬礼をし、あらんかぎりの大声で自らの出身地と名を叫ぶ。


    「ハッ!シガンシナ区出身!アルミン・アルレルトです!!」


    右の拳を左の胸に当てる敬礼は、人類のために心臓を捧げる兵士の誓いを表すものだという。


    だが、アルミンにはもうひとつ意味がある。


    「そうか!バカみてえな名前だな!!親がつけたのか!?」


    教官がさらに凄む。
    負けじとアルミンは大声を張り上げる。


    「祖父がつけてくれました!!」


    そう、この名はお祖父ちゃんが付けてくれた名前だよ。
    当てた拳の下にある心臓に向けて語りかける。


    『わしはいつでも、お前のそばにいる…。お前の、この胸の中にな…』


    お祖父ちゃん…僕を見守っていてね。
    僕は…
    僕は…


    僕は必ず、この背に自由の翼をつけて大空へ羽ばたくよ。

    父さんと母さんが夢見たこの壁の向こう側へ
    地図にない場所をめざして。




    だからどうか
    悲しみを乗り越えて
    上昇気流に乗って進んでいくために


    翼をください




    少年の瞳には、果てしない大空と広い大地をその目で確かめる決意が光っていた。



    【完】
  43. 43 : : 2014/12/17(水) 03:00:21
    お誕生日から1ヶ月以上(…1ヶ月半ですか?はは…)経過してしまいましたが、なんとか終わりました。アルミンお誕生日祈念。


    お誕生日だっていうのになんて暗い話を書いちゃったのでしょうか…アルミン、ごめんね…。


    アルミンの両親について書きたかったのが今回の出発点でした。

    漫画版ではアルミンの両親はウォールマリア奪還作戦で命を落としたようなことをアルミンが話しているのですが…。

    アニメ版ではアルミンの両親については触れられず、シガンシナを脱出した時もその後も、アルミンと一緒にいたのは祖父だけだったのと、

    アルミンがエレンに外の世界の本を見せた回想の中で、両親が壁外へ出る計画があることを語る場面が、私の中で引っ掛かっていました。

    そして、14巻でサネスが自らの過去を振り返るシーンで、気球で壁外に出ようとした夫婦の描写を見たときに、全てがつながった気がして、いつか書こうと温めていたネタです。


    いつもより地の文が多めで一人称と三人称を織り混ぜながらの作品になりました。
    相変わらずの亀更新でしたし、不馴れな手法で読みづらい点があったかと思います。

    最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。


    執筆終了に伴い、コメント解禁にさせていただきます。
    ご感想をいただけると大変嬉しいです!

  44. 44 : : 2014/12/17(水) 07:15:50
    執筆お疲れさまです。

    読みごたえがあり、毎回更新を楽しみにしておりました。

    アルミンの両親については原作とアニメで長らく設定が合致していなかったので、疑問に思っていたのですが、なすたまさんの作品を読んですっきりしました。

    幼いアルミンがとにかくかわいいと思って読み進めていたら、憲兵をあざむくあたりは既に黒アルミンの片鱗を見せていてハラハラしながら読ませていただきました。

    原作は最近、巨人とか外の世界とか言ってる場合じゃない状況ですが、いつかアルミンが本来の夢を叶え、外の世界を旅するのを願っています。
  45. 45 : : 2014/12/17(水) 19:28:28
    >>ありゃりゃぎさん

    丁寧なコメントとお星様ありがとうございます!

    更新が少しずつな上に不定期ですみませんでした。
    原作とアニメの設定の違いって気になりますよね。
    特に進撃の巨人は諌山さんがアニメ化にもかなり口を出しているというし…。

    違うからには何か意味があるはずだ、みたいな変な勘繰りをしてしまいます(笑)


    憲兵とのくだり、成長した暁の見事な策略と弁舌を再現できたらいいなと思っていたので、そういっていただいて嬉しいです。

    原作ももうそろそろ壁の外に向かわないかな~と待ち遠しいですね。
  46. 46 : : 2014/12/19(金) 09:16:45

    執筆お疲れ様でした。
    私もあの気球の夫婦はもしや…と思って妄想していたので、まるでリクエストを叶えて頂いたようでとても嬉しいです!
    なすたまさんの書かれるキャラの可愛さと、深い愛情を感じる切ない表現が見事に嵌っていて胸が苦しくなりました。
    アルミンの強さの原点を見た気がします。
    ありがとうございましたm(_ _)m

  47. 47 : : 2014/12/19(金) 21:13:39
    >>月子さん

    コメント&お星さまありがとうございます!

    気球の夫婦、同じように妄想していらした方がいて嬉しくて大興奮です!良かった!

    可愛いアルミンの意外に過酷な成長物語でしたが…月子さんの作品のように、爽やかな明日への希望が感じられる作品にできたら良いのですが…過酷すぎて救いきれなかった感たっぷりです。

    強く生きろ、アルミン…( ̄▽ ̄;)

    まだまだ精進させていただきますね。
  48. 48 : : 2016/10/29(土) 23:05:21
    良い話だ・・・
  49. 49 : : 2016/11/03(木) 20:53:47
    <<名無しさん
    ありがとうございます!
    嬉しいです!
  50. 50 : : 2020/10/06(火) 10:40:41
    高身長イケメン偏差値70代の生まれた時からnote民とは格が違って、黒帯で力も強くて身体能力も高いが、noteに個人情報を公開して引退まで追い込まれたラーメンマンの冒険
    http://www.ssnote.net/archives/80410

    恋中騒動 提督 みかぱん 絶賛恋仲 神威団
    http://www.ssnote.net/archives/86931

    害悪ユーザーカグラ
    http://www.ssnote.net/archives/78041

    害悪ユーザースルメ わたあめ
    http://www.ssnote.net/archives/78042

    害悪ユーザーエルドカエサル (カエサル)
    http://www.ssnote.net/archives/80906

    害悪ユーザー提督、にゃる、墓場
    http://www.ssnote.net/archives/81672

    害悪ユーザー墓場、提督の別アカ
    http://www.ssnote.net/archives/81774

    害悪ユーザー筋力
    http://www.ssnote.net/archives/84057

    害悪ユーザースルメ、カグラ、提督謝罪
    http://www.ssnote.net/archives/85091

    害悪ユーザー空山
    http://www.ssnote.net/archives/81038

    【キャロル様教団】
    http://www.ssnote.net/archives/86972

    何故、登録ユーザーは自演をするのだろうか??
    コソコソ隠れて見てるのも知ってるぞ?
    http://www.ssnote.net/archives/86986
  51. 51 : : 2020/10/27(火) 14:01:24
    http://www.ssnote.net/users/homo
    ↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️

    http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
    ↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
    ⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️

    ⚠️害悪登録ユーザー提督・にゃる・墓場⚠️
    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
    10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
    みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
    今回は誠にすみませんでした。


    13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
    >>12
    みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
    現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました

    私自身の謝罪を忘れていました。すいません

    改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
    今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
    あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
    SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
    本当に今回はすみませんでした。




    ⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️

    http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi

    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️

    56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ごめんなさい。


    58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ずっとここ見てました。
    怖くて怖くてたまらないんです。


    61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
    お願いです、やめてください。


    65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    元はといえば私の責任なんです。
    お願いです、許してください


    67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    アカウントは消します。サブ垢もです。
    もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
    どうかお許しください…


    68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    これは嘘じゃないです。
    本当にお願いします…



    79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ホントにやめてください…お願いします…


    85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    それに関しては本当に申し訳ありません。
    若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
    お願いですから今回だけはお慈悲をください


    89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    もう二度としませんから…
    お願いです、許してください…

    5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
    ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
    本当に申し訳ございませんでした。
    元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
    私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
    今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。

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miyatama55

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