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密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの流転』

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  1. 1 : : 2014/04/14(月) 17:30:20
    密めき隠れる恋の翼たち~『エルヴィン・スミス暗殺計画』  
    (http://www.ssnote.net/archives/2247)  

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスとの1週間』  
    (http://www.ssnote.net/archives/4960)  

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの苦悩』  
    (http://www.ssnote.net/archives/6022)  

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの審判』 
    http://www.ssnote.net/archives/7972) 

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの否応』
    (http://www.ssnote.net/archives/10210

    密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの溜飲』
    (http://www.ssnote.net/archives/11948)

    巨人に右腕を喰われたエルヴィンと  
    最愛のミケを失うが、  
    エルヴィンに仕えることになった  
    隠密のイブキの新たなる関係の続編。  
    『進撃の巨人』の最新話に私の想像(妄想)を書き足した  
    オリジナルストーリー(短編)です。

    オリジナル・キャラクター  

    *イブキ  
    かつてイヴと名乗っていた  
    エルヴィンの命を狙っていた隠密の調査兵  
    生前のミケ・ザカリアスと深く愛し合っていた。  
    ミカサ・アッカーマンの年の近い叔母。  

    ※今までカテゴリの分類を『進撃の巨人』だけでしたが、
    オリジナルキャラを含むSSのため、SSnoteのガイドラインに則り、
    『未分類×進撃の巨人』へ変更します。
  2. 2 : : 2014/04/14(月) 17:33:44
     ヒストリア・レイスがイブキの顔を覗き込むとすぐさま、視線を窓の外に移した。
    何もないどこまでも広がる大空を見つめるヒストリアに対して自由になりたいのかと、
    イブキがその幼い横顔を見ると同じように窓の外を見上げた――

    「ヒストリア…私もあなたと同じように…幼い頃は孤独だったのよ」

     膝を抱え窓の向こうを見上げるヒストリアにのどかな口調でささやいた。
    耳を傾けていたヒストリは返事をせず、そのまま目線を落として、しばらく
    黙り込んでいた。

    ・・・この子は…訓練兵に志願する以前、一体どういう人生だったの…?

     イブキが息を飲むとヒストリアが自ら気持ちを話すまで待つことにする――

    「…きっと、私の方が孤独だよ――」

     小さな声でつぶやくと顔を上げたヒストリアは強張った表情で
    自分の数奇な人生を少しだけイブキに打ち明けることにした。
     幼い頃から、実母に育児放棄さるだけでなく祖父母は共に暮らしても
    必要以上な会話を孫のヒストリアには求めなかった。 
     物心ついた頃、自分自身は『忌み嫌われる存在』だと
    感じるまでになっていた。もちろん、理由などわからないままだった。

    「――私に優しくしてくれるのは…お世話をしている動物たちだけ…安らぎを
    与えてくれたけど、私は…母や祖父母たちと…何でもないような話を
    したいだけだったのにな…」

    「ホントに…大変だったのね」 

     イブキはヒストリアの寂しさ募る口調を聞き終えると、彼女の肩を抱きしめていた。
    一人では抱えきれない運命をその小さな背中で背負っていたのだと感じると、
    優しく摩ることしかできない――その摩る手を見るとイブキは歯がゆい気持ちにさせられる。

    「私も、まぁ…」

     自分のことを話そうとするが、イブキは自嘲の笑みを浮かべ視線をヒストリアの
    横顔から雲ひとつない大空へと移した。イブキは物心ついた頃から隠密として
    育てられていた。女性らしい身体に成長してゆくと、その身体を使った
    術さえ与えられた。自分の『初めての相手』は思い出せないが、ただ自分の手で
    死に追いやったことは確かである。

    ・・・だけど、ミケと出会い…でも今は――
     
     イブキは心から愛し、自分自身を闇の世界から救ってくれたミケ・ザカリアスを
    思い出すと心が痛む。隠密の術とはいえ女として恥らう行為だと思っていたのに
    二人で初めて過ごした夜、『俺が初めての男だ』と優しくささやかれた
    ミケの声は今でも耳元に残っていてる。

    ・・・ミケ…ごめん、私はあなたを裏切った…エルヴィンと私は…

     調査兵団団長のエルヴィン・スミスの気持ちを受け入れ、その身を預けただけでなく、
    心まで傾いていると感じると罪悪感に襲われる。
     目を細め、ため息つくと再びヒストリアの横顔を眺めた。
  3. 3 : : 2014/04/14(月) 17:35:15
    「まぁ…どっちもどっちかもね。あなたも本当に辛い日々だっただろうけど、
    誰だって、言わないだけで心に傷を抱えて生きているかもしれない。
    それでも…前に進むの、生きるためには――」

     窓の外を見つめるだけのヒストリアの手をそっと握るとイブキの手のひらには
    彼女の冷えた指先の感触が伝わる。温めるつもりでイブキがゆっくりと握ると
    ヒストリアが指を絡め握り返してきた。

    「…そうね、生きるためには――」

     イブキに視線を移すヒストリアの眼差しには寂しさだけが宿っているようだった。

    ・・・だけど、ユミルは私を置き去りにした…誰も私のことなんて、気にも止めない。
    きっとそうだ、そうなんだ――

     イブキから素早くその手を振りほどいたヒストリアは再び膝を抱える。
    その顔を見たイブキはそっと微笑んだ。

    「――会いたい人がいるなら、きっと…生きられるよ、ヒストリア。
    さっき私を見たとき、一瞬だけ嬉しそうな顔をしたけど、私だと気づいたら
    がっかりしたでしょ?」

    「えっ…!」

    「なんだか、がっかりさせて、悪いな…って思ったけど、でもあなたが本当に
    会いたい人に会うまで…生き延びなきゃ――」

     見抜かれてると感じても、ヒストリアはうつろな表情を浮かべるほかなく
    久しぶりにユミルへの募る想いを馳せる。

    ・・・今頃…ユミルはどうしているのかな…自分たちにのために生きようと言ったのに…

     深くため息をつくヒストリアに対してイブキは彼女の髪の毛にそっと触れた。
    イブキの優しい眼差しに懐かしい面影を見出そうとしても、それは誰でもいい。
     ただ優しさに触れられていると心から安らぐ気持ちで溢れ始め、
    人の温もりにヒストリアは戸惑っていた。

    「私だけじゃなくて、調査兵団のみんながあなたにはついている。
    生きていたら、きっと…会えるって!」

    「そうね…」

    イブキはヒストリアが会いたいのはユミルだとは気づかない。
    ただ会いたい人への再会を望むことが生きる糧になればと、人として感ずるまでだった。
     まだ眼差しには影を落とすが、一歩でも進もうとするヒストリアにイブキは口角をあげる。





  4. 4 : : 2014/04/14(月) 17:36:08
    「だけど、イブキさんって…何だか懐かしい感覚がする。変だよね…えっ――」

     ヒストリアの話の途中でイブキが彼女の肩をギュッと力を入れて抱きしめる。
    イブキの力強さで微笑むと、理由はわからなくても、ヒストリアは心地よく感じていた。
     肩を抱かれた一瞬で鋭い眼差しになっていたはずなのに、すぐに力が緩められると、
    イブキは深いため息のように息を吐いた。

    「――なんだ、ミカサか…!」

     声が上がったと同時にヒストリアの屋根裏部屋のドアが開かれると、姿勢よく立っていたのは
    イブキの姪、ミカサ・アッカーマンだった。

    「ヒストリア、兵長が呼んで…あれ? イブキ叔母さん!? どうしたの?」

     いつも突如目の前に現れるイブキに対してミカサは驚きと嬉しさが
    入り交ざったような笑みを浮かべていた。床に座ったまま振り返ると
    エルヴィンから頼まれヒストリアの警護することになったとミカサに告げた。
     まだエルヴィンが立案したばかりの作戦を知らされてないため、首をかしげていた。

    「もしかして、リヴァイから何か話があるため、ミカサはここに来たんだろうね――」 

     再び『誰かが傷つくかもしれない』作戦が脳裏に浮かぶとミカサは目を見開いた。
    疲れた影を落とすイブキの眼差しから新たな作戦は全く予想が出来なかった。
  5. 5 : : 2014/04/14(月) 17:36:55
     ヒストリアを連れ、リヴァイや他の調査兵たちが待つ広間へ行くと、突然現れた
    イブキに対して誰も驚くことはない。ただ、ミカサの叔母さんは突然やってきて
    突然消える存在と理解され、すでに皆は見慣れていた。
     イブキの姿を見たリヴァイだけは舌打ちして、皆の前で本作戦の本質を話し出す。
    リヴァイの言葉に全員、目を見開き後ずさりすると、ヒストリアに訝しげな眼差しを注いだ。

    「ヒストリアを女王に即位させると、聞こえましたが…革命の主目的ということでしょうか?」

     冷静さを取り戻したアルミン・アルレルトはヒストリアを尻目にリヴァイに質問する。
    アルミンの視界には顔を強張らせ青ざめる彼女の姿が映った。

    ・・・ヒストリア、大丈夫…みんながついている、力になるから――

     ヒストリアの背中を見つめるイブキは彼女が小刻みに震えていると気づく。
    彼女の肩にそっと手を触れると、指先に彼女の心境が伝わってくるようだった。
     この壁の中の女王に即位するよう命ずるリヴァイの眼差しは相変わらず鋭い。
    その日の目元は冷たさだけでなく、熱がこもっているようにも見えた。
     壁外で感じた自由の風をこの壁内にも送り込む機会を与えられたと
    リヴァイは強く信じていたからである――。
  6. 6 : : 2014/04/14(月) 17:38:14
    「…ヒストリア、今の感想を言え」

    「あの…私には出来ません、無理です…」

     鋭い眼差しを注がれたヒストリアは当然の如く青ざめ否定するだけで精一杯だった。

    「だろうな…」

     と、ヒストリアの前に近づくリヴァイは彼女の気持ちをほんの少しでも
    理解しかけたのかと思われるも、それは皆の勘違いだとすぐ気づかれた。

    「――じゃ、逃げろ…俺たちから全力で逃げろ。
    俺たちも全力でおまえを探してあらゆる手段を使っておまえを従わせる…」

     否定し続けるヒストリアのシャツの襟首をリヴァイが持ち上げると、彼女の身体は軽々と浮いた。
    逃げろというが、それを抗うことをリヴァイは認めていなかった。
     息も出来ず苦しむヒストリアを目の当たりにしたイブキは彼女を警護する立場として
    止めに入るため、リヴァイの腕を掴む。

    「リヴァイ、そこまでしなくてもいいでしょ、落ち着いて話し合えば――」

     イブキだけでなく、誰に制止されても、
    リヴァイは自分の行動を止めるつもりはなかった。
     ただイブキが止めに入ったことで、舌打ちしては睨み返す。

    「黙ってろ、てめーは…エルヴィンの野郎とでもいちゃついていろよ――」

    「えっ…!」

     唐突、エルヴィンの名前を出されるとイブキはリヴァイの腕を離した。
    その直後、ヒストリアに集まっていた皆の視線が一斉にイブキに移動し始める。

    「イブキ叔母さん、団長と…?」

    「そ、そんなことより今はヒストリアを――」

     頬を赤らめた姿を皆は逃がさなかったが、彼女の力強い口調で再び
    視線はヒストリアに移された。リヴァイから手を離したイブキは
    どうして、こんなときに言うのかと思ったが、彼の集中力を乱したのは
    自分なのだから仕方ないと歯を食いしばる。

    「これが…おまえの運命らしい、それが嫌なら戦え…そして俺を倒してみろ――」

     兵長を倒せるのはミカサだけです、たぶん、と言いたげな
    サシャ・ブラウスはアルミンと二人で床に叩きつけられたヒストリアを抱き止める。
    そこまでしなくても、というジャン・キルシュタインの抑揚のない声で発せられると
    今度はリヴァイに皆の視線が集まった。
     平凡に明日が当たり前のようにやってくるわけではない。その時見ていた
    知った顔がその次の日も見られるとは限らない。だから毎日を変えたい。
     それはすべてヒストリア次第、とリヴァイはその強い眼差しで訴えていた。
  7. 7 : : 2014/04/14(月) 17:39:43
    「私の次の役は…『女王』ですね、まかせてください…」

     頼んだぞ、ヒストリアと言いながら、リヴァイは彼女の手を強く握りしゃがみこんでいた
    身体を立たせる。力強く手のひらを握られたヒストリアは責任感と不安感が
    織り交ざった心境で顔は青ざめたままだった。その顔を目の当たりにすると
    イブキはヒストリアの震える肩を抱いていた。

    ・・・みんなの自由のため…何気ない毎日が送れる日を迎えるため…
    あなたの『女王役』を見守るからね――

     リヴァイに促されたニファはヒストリアより幼い雰囲気であるが、その口から
    エルヴィンから伝達されたという作戦内容を披露する。ヒストリアが真の女王として
    君臨するとこの壁の中はどうなるのか、皆は息を飲みながらニファの声に
    耳を傾けていた。
     エルヴィンの指示通り、エレンとヒストリアは森の中の洞穴に閉じ込められ、
    第一憲兵団に引き渡されることになる。だが、それはすべてレイス卿にたどり着くための
    作戦の一環に過ぎなかった――
     リーブスが息子のフレーゲルと二人でエレンとヒストリアを縛っていると、
    フレーゲルがシャドーボクシングのマネをしてリヴァイへ軽口を叩く。

    「いいか、フレーゲル、あのお人好しの旦那は…」

     洞穴ではイブキも二人が指示通り作戦を遂行するか見守っている最中、
    リーブスの口ぶりからリヴァイは信用されていると感じていた。

    ・・・リヴァイは…口は悪いけど、行動力はずば抜けている…まぁ…信用は出来る――

     不安げな表情のヒストリアに腰を屈めてリーブスは言い放つ。

    「あんたの上司は恐ろしいが、悪い奴ではない。女王になったとき、奴をぶん殴って、
    こういいな…『殴り返してみろよ』ってね…!」

     ヒストリアの緊張感を解くため、リーブスは言ったつもりだが、
    その冗談にいち早く笑い声を上げ反応したのはエレン・イェーガーだった。

    「…そりゃ、いいよ! ヒストリア! やってみろよ、兵長はどんな顔するだろうな――」

    「エレンの言うとおりホント気になる。リヴァイが抵抗できない姿って想像できない。
    ヒストリア、ぜひ試して欲しいよ!」

     イブキもエレンの声を聞くと同調して女王になったヒストリアにして欲しい願望を言い放った。
     緊張感が漂っていたはずの狭い洞穴はリーブスの一言から始まり安堵感に包まれる。
    しかし、それもつかの間、作戦実行のため皆は指示通り、定位置に移動することになった。
  8. 8 : : 2014/04/14(月) 17:41:30
     イブキは洞穴が眺められる高く聳え立つ木の上から気配を消して皆の様子を見守っていた。
    予定通り、第一憲兵団が姿を現すと大地を駆ける馬たちの蹄が森の静寂を打ち砕く。
    洞穴の前で荒々しく馬車が止まると御者が素早く降りて馬車のドアに手を伸ばした。

    「…隊長、到着しました! こちらです――」

     隊長と呼ばれた男が馬車から姿を晒すと、遠くから監視していたイブキの心臓が
    大きく高鳴った。

    ・・・やっぱり…そうか…頭(かしら)…! 第一憲兵に関係していたか…

     黒いコート、そして黒い帽子を被り、鋭い眼差しで目じりに年齢を重ねた男が
    その姿を晒した。彼女の育ての親であり、かつて属していた隠密の絶対的権力を持つ頭だった。
     自分を育ててくれたとはいえ、殺しを幼い頃から教えられた。目下の頭に対して
    イブキは懐かしさよりも憎しみの方が込み上げ、息を飲み見守ることにする。
     隠密がさらに秘密裏で活動範囲を広げる輩たちが洞穴に入っていく様子を
    イブキは気配を消しても額から汗が溢れていた。
     その殺気が漂う輩にはかつて仲間も混ざっていることに気づく――

    ・・・みんな…もしかして、私もあの中にいたかもしれないってこと…?

     洞穴の中での様子は伺え知れないが、イブキは自分が歩んできた数奇な運命を逆巻いていた。かつての仲間たちに刃を向けることになる。だがミケとの出会いをキッカケに
    全く違う方向へ向うことになると、それはそれで幸せだったと感じていた。

    ・・・ミケ…あなたはあの集団から私を救ってくれた…私はこの壁内の自由の為、
    今度は私の命を捧げよう…

     ミケのことが脳裏に浮かぶと同時に頭を先頭にリーブスと共に森の中へ歩みだした。
    大木の合間でリーブスは回りに人がいないか確かめると、二人の会話にイブキは
    耳を傾けた。

    「なぁ…リーブス、リヴァイ・アッカーマンを知っているか?」

    「誰だい? それは…? 調査兵団のリヴァイ兵長のことかい? フルネームは初耳だ…」

    ・・・何のこと? リヴァイ・アッカーマンって…?

     気配を消しながら二人の遥か頭上で話に耳を傾けるイブキは気配を消すが、
    心臓の高鳴りは押えられなかった。


    「リヴァイには…色々教えたやったもんだ…あのチビは俺の誇り――」

    ・・・頭とリヴァイ…何かあるの?

     イブキは目を見開き頭を睨みつける。頭には弟子がいることを知っていた。
    必要以上に話さないため、それがどこの誰であるか、というのは意図的に
    頭は隠しているとイブキは感じていた。
     頭がリーブスの背後に素早く回りこむと懐からナイフと取り出した。
    瞬く間にリーブスの喉元には鋭い刃が走り、どさっと音を立てリーブスは
    足元から崩れ落ちた。

    ・・・リーブス…!

     頭の容赦なき素早い行動にイブキは間に合わず、
    二人の元へ向おうと木々の上から降りようとしたその途端――

    ・・・イブキ、ダメだ…

     イブキの命が危うくなると、ミケの声がその心に沸いてくる。ミケの声と同時に
    イブキは声を出せず身体は金縛りにあったように身じろぎさえ出来なくなる。
    彼女の気配は森の中に溶け込んでいった――
     エレンとヒストリアがかつての仲間たちに連れ出されると、イブキの金縛りが解けはじめた。
  9. 9 : : 2014/04/14(月) 17:44:28
    「ミケ…あなたの声はもう聞けないって思っていたよ…だって、あなたを裏切ったのに…
    もう、私はエルヴィンと――」

     愛おしい声が響いた胸に手をあてがうと、イブキの涙の雫が木々の上から大地へと落とされた。
    その下ではリーブスの息子、フレーゲルが身を屈め父の死を目の当たりにして震えていた。

    「泣きたいのは…確かだよ…」

     ミケとエルヴィンとの狭間で揺れ動く気持ちを押さえ
    涙を指先で払うと、フレーゲルの前にひらりと降り立つ。

    「あんた…なんで、親父を救わなかったんだ? 強いんだよな?」

     涙で顔を濡らしたフレーゲルに睨みつけられると、イブキは何も言い返せなかった。
    言われても仕方のないことと理解するが、作戦を遂行するには犠牲が伴うだろうと
    覚悟はしていた。目の前で父を亡くした息子に憎しみがこもった眼差しが
    注がれると、イブキは奥歯を噛み締めフレーゲルの手首を強く握る。

    「…泣くな、この出来事をリヴァイに報告する、それが最優先だ――」

     フレーゲルの手首を力を込めて握り、痛いと言いながら振りほどこうとしても
    イブキはそれを許さなかった。リーブスを始め死んでしまった商会の面々を尻目に
    馬にまたがると、二人はリヴァイの元へと駆け出した。
     リヴァイに報告を済ませ、フレーゲルを預けるとそのままイブキはエルヴィンが待つ
    調査兵団本部へ向う。

    「エルヴィン…いるの?」

     エルヴィンの執務室のドアを慌ててノックしてそのまま開けても
    イブキの目前のデスクは空席で、その部屋には誰も存在しなかった。

    「あれ…エルヴィン、外出か…」

     エルヴィンに会えないためイブキが息をつくと、
    その同時に隣の寝室を兼ねた続き部屋から声が響く。

    「イブキ…ご苦労――」

     そのドアをイブキが開けると、エルヴィンは新調した制服の袖に腕を通そうとしていた。

    「エルヴィン…何しているの?」

    「あぁ…見ての通り、着替えだ。また戦いが始まるからな…」

     左手だけではシャツが扱いにくそうだと感じたイブキは、
    シャツを彼から受け取ると失った右腕を庇いながら袖を通させた。

    「エルヴィン…エレンとヒストリアは予定通り…連れ去られたけど、
    リーブスが殺されてしまった…」

     目を見開いたエルヴィンは左手でイブキの肩に軽く触れる。
    シャツを着せて新しいループタイを握ると、エルヴィンは息を吐き
    ささやくようにイブキに話し出す。

    「…残念だが…犠牲なくして…――」

     うつろなイブキを見ていると、エルヴィンの強固な決意は揺るぎそうになる。
    だが、犠牲なくこの壁の平和は築けない。イブキがループタイを襟元に掛け
    紐の長さのバランスを整えると、彼女の艶やかな口元が開く。

    「私はミケに守られた…だから、こうしてあなたの前に立っていられるの」

     イブキの心にミケの声が響いたことにより、助けられたと改めて聞かされると
    エルヴィンの心は痛む。この作戦遂行のため、彼女とは一時的な関係でいいのかと
    その心に過ぎったこともあったのに、彼女の眼差しや口元を見ていると決意が揺らぐようだった。

    ・・・頭のことやリヴァイのことを…話すべきか――

     『アッカーマン隊長』と呼ばれていた男の正体とリヴァイとの関係を話すべきかと
    躊躇していたとき、エルヴィンがイブキの肩に左手を伸ばす。
     イブキは右腕を失っても衰えを知らない屈強な胸元に引き寄せられた。

    「ミケは…私たちのことを咎めないのね…」

    「あぁ…」

     イブキはエルヴィンに長い髪を撫でられると、心地よさに浸っていた。

    ・・・ミケよ…今の俺にはイブキはなくてはならない…本当に一緒に生きても
    いいんだよな…

     エルヴィンはイブキと初めて一夜を共にして彼女の胸が重なったとき
    ミケから『イブキと生きろ』という彼の声がその心に響いたことを思い出していた。

    ・・・この狭い世界で革命を起こして壁の中から真の自由を掴むのは我々だ…
    このさまよう世界で…これ以上の流転を繰り返してはならない――

     左手でイブキの髪に触れていたがそれが頭部に移ると、
    自分の胸元に彼女の頬を触れさせた。
     エルヴィンは失った右腕に一瞥をくべると、正面を見据える。
     その眼光鋭い眼差しは未知なる遠い世界を見出しているようだった。
     誰もが手中に収めたい『明るい未来』を想像すると、エルヴィンはかすかに笑みを浮かべていた。
  10. 10 : : 2014/04/14(月) 17:44:48
    ★あとがき★

    11日から13日までの間、自分のPCには触れる環境ではありませんでしたが、
    しかし滞在先でPCをレンタルして思いついたネタを綴っていると、
    今の私には進撃はなくてはならないものだと実感していました。
    今回、この短編は10日の時点で仕上げていましたが、本日どうにか書き上げられ
    安心しました。
    3日間、寝かしてよかったと思います。その間に思い浮かんだネタも綴ることができました。
    また今回も私が娘だと思っている方の協力を得て仕上げられ、
    本当に有難いことです。
    最新話はエルヴィンの登場が少なかったのですが、最後の『半裸』の姿にノックアウト
    されてしまいました…。素敵過ぎます(笑)
    右腕を失って兵士としてのエルヴィンはどう活躍していくか想像が出来ませんが、
    私のこのSSではイブキと共に活躍させていきたいです。
    至らない表現や誤字脱字には気をつけていますが、読みにくい点がありましたら
    申し訳ありません。
    また来月号も楽しみに進撃したいと思います
    ありがとうございました!

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著者情報
lamaku_pele

女上アサヒ

@lamaku_pele

この作品はシリーズ作品です

密めき隠れる恋の翼たち~2 シリーズ

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