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岡部「1/6」紅莉栖「out of the gravity」
- シュタインズ・ゲート
- 4461
- 53
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- 1 : 2014/03/20(木) 19:43:05 :
- ・ご都合主義設定
・ご都合主義展開
・地の文有り
・原作ゲーム未プレイ
最後のループの完全な捏造です。
『あったかもしれない、どこかの世界線の物語』
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- 2 : 2014/03/20(木) 19:44:28 :
- 重力に支配されない宇宙空間では、重さは1/6になるという。
そこに行けば、重く沈んだこの気持ちも少しは軽くなるのかな?
ねえ、岡部…?
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- 3 : 2014/03/20(木) 19:46:46 :
- まゆり「それじゃあ」
橋田「行ってくるお!」
紅莉栖「ん、いってらっしゃい、気をつけてね」
まゆり「はーい」
橋田「まゆ氏、早く早く!」
まゆり「あ、ダルくん、待ってよぉ」
ドタバタと、まるで漫画のような擬音を立てて、二人は『未来ガジェット研究所』通称『ラボ』から出て行った。
国内最大、いやおそらく世界最大とも言える同人誌即売会『コミックメガマーケット』通称『コミマ』へ参加するために。
橋田は参戦って言ってたけど、生憎私はそこまでそちら側に染まる気はない。
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- 4 : 2014/03/20(木) 19:49:17 :
紅莉栖「さて、と…」
小さく呟いて、室内に振り向く。
今、ここには私一人だ。
家主はいない。
どこへ行ったかは、分からない。
紅莉栖「全く、どこに行ったんだか…」
もう一度呟いて、腕を組む。
高い位置での腕組みは、相手より上位であることを示すためのポーズの一つではあるけれど、
一人のこの空間では、意味を持たない。
むしろ、自己防衛心理の表れかもしれない。
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- 5 : 2014/03/20(木) 19:58:31 :
この部屋の家主、『ラボ』の所長、グループのリーダー、
そして、私の…
いや、なんでもない。
ボサボサ頭と長身痩躯にヨレヨレのTシャツと白衣がトレードマークのその男。
今、この場にいない彼は、
名を岡部倫太郎という。
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- 6 : 2014/03/20(木) 20:18:31 :
岡部は、最近おかしい。
もちろん、元から変な奴ではあったけど、そういう意味じゃなくて。
Dメールの実験を初めてから、ずっと様子がおかしかったけど、それについてはおおよその説明は受けている。
が、ここ二日ほどはそれに輪を掛けておかしい。
IBM5100によるクラッキングを中止するよう告げてからは。
まゆりや橋田も、それには気付いているようで
ラボの空気が重々しく、白々しい。
橋田は適度に距離を取って、必要以上に気を使うようなことはないのだけれど、
(一応橋田の名誉のために言っておくけど、これは彼が薄情ということではない。
むしろ、彼なりの、『頼れる右腕(マイフェイバリットライトアーム)』なりの優しさのはずだ。)
だけど、まゆりはそうはいかない。
心配で心配で仕方ないのだろう。
元々、あの二人は、互いに依存し合っている部分があるし…。
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- 7 : 2014/03/20(木) 20:27:31 :
紅莉栖「…」
心の中に沸いた、心配とは違う黒い感情に気付いて、眉間に皺が寄る。
幼馴染みであるまゆりに嫉妬するなんて…。
紅莉栖「嫉妬!?」
無意識に考えた単語を処理しきれず、思わず声に出してしまった。
紅莉栖「違う、違うわよ!そんなんじゃない!」
自分で自分を納得させるため、何度も口にする。
逆説的に、嫉妬だと認めたようなものだ。
もちろん、恋愛感情的な意味で。
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- 8 : 2014/03/20(木) 20:40:08 :
- 紅莉栖「はぁ…」
ひとしきり騒いだ後、ため息をついて、椅子に崩れ落ちる。
紅莉栖「そうよ、よく考えたら、なんで私があいつの心配なんかしてやらなきゃいけないのよ」
平静を保つため、そう嘯いてから
紅莉栖「@ちゃんねるでも、見ようかな…」
クルリと椅子を回転させて、PCへ向き直る。
何も考えたくない、気持ちを紛らせたい時はこれが一番だ。
馴れた手つきでブラウザを立ち上げ、ブックマークから@ちゃんねるを呼び出す。
(私の名誉のために注釈するけど、これは私がラボメンになったときには既にブックマークに登録されていたものだ。)
ヘッドラインニュースには、どこかの研究所が新型の衛星を打ち上げ成功とか、有名作曲家のゴーストライター騒動とかの文字が順に流れている。
紅莉栖「さてと…何か面白そうなスレは…」
ジョン・タイターでもいれば、いい時間潰しになっただろうけど、
生憎、彼は私の都合など知らないらしい。
そりゃそうか。
彼…いや、彼女はもう…。
-
- 9 : 2014/03/20(木) 22:27:55 :
- 紅莉栖「叩かれてるなー、あの作曲家」
先程のニュースにもあった作曲家のゴーストライター騒動。
記者会見が行われた直後とあって、随分と活発に意見がやり取りされている。
ほとんどが、その会見内容やそもそもの騒動そのものの批判だけど。
私はそれらのスレをいくつか見たけど、どれにも興味をそそられることはなかった。
手持ち無沙汰になってしまった私はなんとはなしに、携帯電話を手に取った。
紅莉栖「電話、してみようかな…」
と、アドレス帳から岡部の名前を呼び出しかけて、やめる。
紅莉栖「だから、なんで私があいつの心配なんかしてやらなきゃいけないのよ!」
自分の行動に自分で恥ずかしくなり、乱暴に携帯を閉じてから、再びPCへ目を向けた。
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- 10 : 2014/03/21(金) 22:12:55 :
紅莉栖「ん?安価か…」
最近、やたら流行ってる二次創作系のスレだった。
知らないこともない作品だ。
確か、岡部が好きだったはず…。
紅莉栖「ひ、暇潰しにはいいかもね…!」
そう、あくまで暇潰しだ。
別に、岡部の好きなものに少しでも触れたいとかそういうんじゃない。
原作漫画を読んだりしてない。
貸してやるという岡部の提案を断って、わざわざレンタルショップに行ったりなんてしてない。
…アレに関しては馬鹿なことをしたと自分でも思う。
素直に借りておけば、その感想を言い合うこともできたろうに…。
ちなみにその漫画は、贔屓目かもしれないけど、とても面白かったと明記しておく。
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- 11 : 2014/03/21(金) 23:11:05 :
紅莉栖「はぁー、ムダな時間を過ごしたかな…」
めちゃくちゃな安価で、盛り上がりはしたものの、スレ主の日本語にどうも違和感があって、途中で読むのをやめてしまった。
てにをはがどうこうってレベルじゃない。
まあ、向こうもアメリカ育ちの私に言われたくはないだろうけど。
紅莉栖「といっても、そんなに時間経ってないじゃない」
先程、携帯を見た時からほんの20分ほどしか経っていない。
紅莉栖「どうしよっかな…」
と、ここでまた、携帯を手に取ってしまった。
紅莉栖「ち、違うわよ、時間を確認したかっただけよ!」
と、誰もいない部屋で誰も聞いていない言い訳を口にする。
時間は既にラボの時計で確認済みだ。
紅莉栖「む~」
言い訳も虚しく、気付けば私は、着信履歴にある岡部の名前を睨み付けていた。
紅莉栖「いや、まだ…」
そうだ、連絡を入れるにしても、もう少ししてからの方がいいだろう。
今電話したら、まるでまゆりや橋田が出掛けるのを待っていたみたいじゃない。
そうよ、まだ焦るような時間じゃない…。
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- 12 : 2014/03/23(日) 12:56:16 :
紅莉栖「あ…衛星…」
次に目を付けたのは、ヘッドラインニュースにもあった衛星打ち上げに関するスレだった。
スレ主に依って、打ち上げ時の動画が一緒に貼付されていて。
それに倣ったのか、みんな宇宙フォルダが火を吹いていた。
画像もあれば動画もある。
紅莉栖「宇宙かぁ…」
脳宇宙、なんて言葉もあるくらいだから、脳科学者の中には宇宙学に明るい人も多い。
宇宙などの無重力空間では重さが地球上の1/6になるというが、
その差が心理状態や脳状態に作用するのか、という研究をしている先輩研究員もいる。
その研究は、案外悪くない方向にすすんでいるらしい。
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- 13 : 2014/03/23(日) 12:56:49 :
紅莉栖「確かに気持ち良さそうではあるわよね…」
スレ内に上がっている動画には無重力状態で宇宙遊泳を楽しむ宇宙飛行士の姿がある。
それを見ていると、確かに気持ちまで軽くなりそうだ。
イルカ療法に似ているのかもしれない。
大学院の同僚に誘われて、ダイビングを経験したことがあるけど、
海の中のプカプカする感じは今でも覚えている。
私は特に精神的な疾患を抱えているわけではないのて、はっきりしたことは言えないが
プラシーボ効果も合わせれば、病状が好転するというのも得心いったものだ。
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- 14 : 2014/03/23(日) 12:59:36 :
紅莉栖「…」
紅莉栖「そろそろ、電話しても、いいよね…」
正直な話、限界だった。
この二日、どれほど心配したか…。
いや、してない。してないけど!
でも、やっぱり、何がどうしたのか分からないのは気にくわない。
気になる。
知りたいと思ってしまった。
岡部の気持ちを、考えを。
そして、
声を聞きたいとも思った。
-
- 15 : 2014/04/04(金) 09:13:27 :
- そうと決めてしまえば、早かった。
履歴を探す必要もない。
岡部倫太郎の名前は発信履歴一覧の一番上にあった。
というか、ほぼ全て岡部の名前だった。
この二日、悪質なイタズラ電話のように掛け続けた名残だ。
そう考えると、ここ一時間ほどの我慢は全く意味がなかったわけだ。
名前を二回クリックすると、発信音が鳴った。
耳に充てると、一緒に脈拍が響いた。
出てくれるかな?
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- 16 : 2014/04/04(金) 09:49:33 :
- 『なんだ…』
紅莉栖「お、岡部!?」
岡部『俺の携帯に掛けてきておいて、その質問はおかしいだろう』
良かった、出てくれた…!
橋田やまゆりの電話にも出ない、メールもスカイプも反応がないと聞いていたからか、
いきなり自分が岡部にとって特別な存在になったかのような幻覚を抱いて、叫び出しそうになった。
想いを告げてしまいそうでもあった。
が、
岡部『何か用か…?』
その声があまりにも深くて、高揚した気持ちが一気に沈む。
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- 17 : 2014/04/04(金) 09:50:08 :
岡部はいつだって、深くていい声をしてるのだけど。
先日、名前を呼ばれ立て続けに「お前のお陰だ」だの「ありがとう」だの言われた時には
耳から聴覚神経を経由してそのまま脳まで溶けるかと思ったくらいだ。
@ちゃんねるで言うところの「耳が孕む」状態だった。
声ごときで…と馬鹿にしていた声フェチの皆さんに膝をついて謝りたい。
ごめんなさい。
でも、
だけど、
今、岡部が発した声の深さはそういう類いのものではない。
普段が海の深さなら、
これは沼だ。
一度嵌まると抜け出せない、深い黒い沼。
岡部にそんな声を出させているのは、一体何?
クラッキングを止めたのは何故?
まゆりの命と何を天秤にかけて、そんなに悩んでいるの?
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- 18 : 2014/04/04(金) 10:05:23 :
- 紅莉栖「よ、用っていうか…その…」
動揺したのか、声が震える。
言いたいことはたくさんあるのに、声が出ない。
岡部『どうした?』
岡部の声に、いつもの海のような深さが、少しだけ戻る。
心配をかけているらしい。
何があったかは知らないけど、岡部の方が辛いはずなのに。
紅莉栖「ど、どうもしてないわよ!」
紅莉栖「あんた、今どこにいるの?何度電話したと思ってるのよ!」
と、自分の台詞を妙に恥ずかしく感じてしまい、私は慌てて付け足した。
紅莉栖「まゆりも橋田も!」
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- 19 : 2014/04/04(金) 10:05:52 :
- 岡部『ああ…すまない、心配をかけたな』
紅莉栖「べ、別に心配なんてしてないんだから!」
ベタか。
自分でも笑ってしまうほどの、テンプレなツンデレ台詞だった。
誤魔化すために、先に口を開く。
紅莉栖「で、そんなことより、今どこにいるの?」
岡部『どこだって、いいだろう』
岡部『一人にしてくれ』
紅莉栖「…」
一人にしてくれ。
それは二日前、クラッキングの中止を告げた時にも言われた言葉だった。
でも、こんな声を聞いてしまったら、そんなことできるはずがない。
こんなあなたを放っておくわけにはいかない。
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- 20 : 2014/04/04(金) 10:10:15 :
紅莉栖「…」
紅莉栖「まあ、どこでもいいわ」
紅莉栖「ちょっと付き合って欲しいところがあるの」
岡部『なに?』
唐突な話題に岡部が電話の向こうで怪訝そうな声をあげる。
私の前には、直前まで見ていたブラウザの画面がそのまま写し出されている。
それを見ていて、閃いたのだ。
閃いた、と言えるほどのいいアイディアではないけど。
それでも、
岡部の抱えている悲しみが、苦しみが
少しでも軽くなれば、それでいい。
私は、愛の告白でもするかのように息を吸って、続ける。
紅莉栖「東京タワー、行きたいんだけど」
そう。
目指すは港の赤い塔。
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- 21 : 2014/04/04(金) 10:52:17 :
- 数時間後。
待ち合わせの時間を遅くしたのは、一応心の準備というか。
ずっとラボに籠っていたせいでベタベタしていた汗を流しにホテルまで戻っていたからだ。
岡部も橋田も戻ってくることはないだろうけど、
やっぱりあのラボのシャワールームはあまり使いたくない。
嫌な思い出があるのだ。
ホテルでシャワーを浴びて、身支度を整えて、
呼吸とか心拍を整えていたら、いつの間にか数時間が経過していた。
早めに着こうと思っていたのに、これではギリギリか、ジャスト到着だ。
さすが、私。
完璧な計算だわ。
と、嘯く間もなく、日比谷線に飛び乗った。
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- 22 : 2014/04/04(金) 14:41:33 :
- 30分ほど電車に揺られて、神谷町へ。
ゆっくり歩けばちょうど待ち合わせの時間になる。
逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと歩を進める。
動悸が速い。
必要以上に緊張している。
岡部はもう来てるかな?
ちゃんと来てくれるかな?
帰っちゃったりしてないかな?
ああ、そう考えると、待ち合わせを遅くしたのは失策だった。
自分の心の準備のことで頭がいっぱいで
岡部の気が変わる可能性を考慮していなかった。
あらゆる可能性を想定して事態に備えておくべき研究者としては失格だ。
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- 23 : 2014/04/04(金) 18:37:50 :
紅莉栖「いた…」
岡部はいた。
待ち合わせをしたチケット売り場前で。
白衣を着ていない。
ズボンと、おそらくTシャツはいつも通りだけど、
その上からジャケットを羽織っている。
それだけなのに、
ズボンのポケットに手を突っ込んで立つその姿が
やたらとかっこよく見えて、心拍数がまた上がる。
あー、これはヤバイ。
仕方ないので、私はそこからの残り数メートルを、一気に駆け抜けた。
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- 24 : 2014/04/04(金) 22:08:35 :
岡部「息が上がっているぞ」
岡部のもとへ辿り着いて息を整えていると、
上の方から呆れたような声が聞こえた。
事実、呆れているらしい。
紅莉栖「し、仕方ないだろ、走ってきたんだから」
もちろん、言い訳だ。
体力はあるとは言えないが、さすがに5メートルかそこらを走った程度ではここまで息は上がらない。
走ってきたふりをして、
胸の鼓動の速さを隠してみただけ。
岡部「そんなに来たかったのか、東京タワー」
紅莉栖「ま、まあね!」
もちろん嘘だ。
とっさに思い付いたのがこれだったのたから仕方ない。
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- 25 : 2014/04/04(金) 22:09:41 :
- 紅莉栖「東京タワー、行きたいんだけど」
数時間前、私はそう言った。
岡部『東京タワー…?』
岡部としては、こんな時に何を言ってるんだという心境だっただろう。
そんなことは分かった上で、無視して続ける。
紅莉栖「そ。今月いっぱいで私アメリカに帰っちゃうし、行けなくなる前に、ね」
一瞬、岡部が息を飲むような気配がしたけど、なんだろう?
紅莉栖「どこにいるかは知らないけど、東京から出てはないんでしょ?」
紅莉栖「二日間音信不通だったんだから、それくらいしなさいよ」
我ながら意味不明の理論だ。
岡部『いや、俺は…』
でも、意味不明でも、無茶苦茶でもこれは聞いてもらう。
絶対にだ。
紅莉栖「いいでしょ、別に用事があるわけでもあるまいし」
岡部『…』
紅莉栖「秋葉原から東京タワーまでって電車でどれくらい?」
紅莉栖「一応支度もあるし、現地で待ち合わせでいいわよね?」
紅莉栖「入場料かかるんだっけ?2000円くらい?もっとかかる?」
質問責めにして、どうしても行きたいのだと暗に示せば、岡部はきっと断らない。
現にこの時も
岡部『はぁ…』
諦めたような呆れたような優しいため息を吐いた後でこう言った。
岡部『特別展望台まで行くなら1420円だ』
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- 26 : 2014/04/04(金) 22:14:37 :
- >>1
ご利用ありがとうございます。
登場人物の設定についてですが、作品中で使われている登場人物名を使用することを強くおすすめします。
例えば、「岡部倫太郎」であれば「岡部」、「牧瀬紅莉栖」であれば「紅莉栖」のように、指定するということです。
こうすることで、SSのまとめに掲載されやすくなるほか、以下のようなページで作品を表示する事ができるため、より多くの読者に読んでいただくことが可能になります。
http://ss.namusyaka.info/character/%E5%B2%A1%E9%83%A8
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- 27 : 2014/04/04(金) 22:25:28 :
- >>26
お世話になっております。
わざわざありがとうございます。
ご指摘の通り変更致しました。
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- 28 : 2014/04/04(金) 22:25:48 :
- 特別展望台まで行けるチケットを買って、東京タワーの中へ。
歩きながら、とりあえず気になったことを聞いてみる。
紅莉栖「そのジャケット、どうしたの?」
岡部「変か?」
紅莉栖「そうじゃないけど…」
むしろ、すごくいけど。
岡部「デ…」
紅莉栖「デ?」
岡部「…いや、女性と二人で出かけるのに白衣はない、と言われてな」
女性と二人!
女性だと認識されていることに対する喜びと
二人きりだと再確認させられたことで、目眩がしそうになる。
そんな状況ではないことは重々承知してるんだけど、これは仕方がない。
またも上がってきた心拍数を誤魔化すように
紅莉栖「言われたって、誰に?」
と聞いてみる。
失礼だけど、そんな気を使えるような人が岡部の周囲にきるとは思えない。
まゆりや漆原さんならあり得るかもしれないけど、
二人とは連絡をとっていないはずだ。
-
- 29 : 2014/04/04(金) 22:30:37 :
岡部「お前だ」
紅莉栖「は?」
何を言ってるんだ、こいつは。
スッと、冷静になっていくのを感じた。
紅莉栖「私そんなこと言ってないけど」
私の反応は想定内だったのか
岡部はなんでもない会話のように答えた。
岡部「他の世界線のお前だ」
紅莉栖「あ、ああ、なるほど…」
世界線、なんて言葉が出てきて、少しビクッとしたけど、
なるほど、それなら納得だ。
確かに私なら言うだろう。
岡部が女性と出かけるというのに、いつも通りの白衣で行こうなどとしていたら。
紅莉栖「ん?」
と、ここで冷静になった私の頭脳は思い当たらなくていいことに思い当たってしまった。
-
- 30 : 2014/04/04(金) 22:46:08 :
私がそう助言した、ということはつまり、
岡部は私以外の女性と二人で出掛けたということてはないか?
つまり、デ、デート?
つまり、なに?
何処かの世界線では、岡部にはそういうお相手がいたの?
最初から?それとも、途中でこ、告白されたとか?
え?なにそれ、私聞いてない…。
-
- 31 : 2014/04/04(金) 23:02:19 :
紅莉栖「ち、ちなみにー」
紅莉栖「その時は誰とどこに出掛けたの?」
なんでもないように、普通に会話の流れのように、
岡部の顔も見ずに聞いてみた。
目が泳いでるとも言う。
岡部「ん?」
私の動揺を知ってか知らずか、疲れたような苦笑を浮かべて言った。
岡部「気になるのか?」
紅莉栖「気にならねーよ!」
ので、言い返してやった。
岡部「ふっ…」
あ、笑った。
-
- 32 : 2014/04/04(金) 23:03:00 :
久し振りに見たような気がする、岡部の笑顔。
それは、二日前、「お前のお陰だ」と言ってくれた時と比べると、その内側の闇を感じずにはいられない笑顔で。
それでも笑ってくれたことが嬉しくて。
この状況で喜んでる自分が嫌で。
ワケわからなくなって、目を反らした。
そのまま二人並んでエレベーターへ。
特別展望台へ。
地上250メートル。
そこまで昇れば、少しは軽くなるかもしれない。
悲しそうに笑うあなたを見ていたくなんかないから。
だから、私の勝手を、我が儘を、エゴを、許してほしい。
今日は、あなたの
岡部の手を掬い上げる権利をもらうよ。
-
- 33 : 2014/04/06(日) 22:58:45 :
岡部「すごいな…」
展望台から東京の街を見下ろして、岡部の第一声がそれだった。
灯りの点り始めた薄暗い街はどこが何処なのかサッパリわからない。
でも、それが却って、どこまでも見渡せているような錯覚に陥らせた。
紅莉栖「人がゴミのようだ!ってさ、やらないの?」
そんな心境ではないだろうことは、分かっていたけど、会話が途切れてしまうのが嫌で聞いてみた。
岡部「もうやったさ、他の場所でな」
紅莉栖「他の場所ってどこよ?いつ?」
岡部「あれは…ああ、いつだったかな…?」
その言葉を聞いて、それは岡部がいくつも経験した何処かの世界線での事だったのだと悟った。
岡部の体感ではどれくらい前のことなのだろう?
その時は、どんな心境だったのだろう?
少なくとも、まゆりやSERNのことで思い悩んではいなかっただろう。
-
- 34 : 2014/04/06(日) 23:03:39 :
岡部「…」
紅莉栖「…」
岡部「…」
紅莉栖「た、高いところ、好きでしょ?」
会話が続かない。
間抜けな質問ではあったけど、この場にそぐわないこともないはずだ。
岡部「まあ、そうだな」
紅莉栖「正にあれよね、なんとかと煙はたかいところが好きって」
岡部「バカで悪かったな」
岡部「お前に比べれば、殆どの人間はバカだ」
紅莉栖「ふぇ?」
岡部「なんだ、その通りだろうが」
急に誉められて驚いた。
岡部「その頭脳にも知識にも決断力にも、たくさん助けられた」
-
- 35 : 2014/04/06(日) 23:09:14 :
なんだなんだ、この状況!
二日前に続き、ここでも私を誉め殺しにしてどうするつもりだ!?
もちろん、いままでこの頭脳を称賛されたことは何度もある。
それがなければ、パパとの確執もなかったとしても、
私は私自身の頭脳を誇りに思っている。
が、他者からの称賛も自らの誇りも、岡部の言葉に比べたらなんでもない。
塵芥のようにしか思えなくなってしまった。
頭が沸騰しそうて、もう周りの音も聞こえない。
聞こえないどころか、何も見えていなかったらしく、
いきなり頭を叩かれてとてつもなく驚いてしまった。
-
- 36 : 2014/04/06(日) 23:13:59 :
紅莉栖「ふぇ?」
岡部「どうした、ボーッとして?」
頭を小突いたのは岡部だったらしい。
少し身を屈めて、私の顔を覗き込んでいる。
って、顔が近い!
紅莉栖「な、なによ!ボーッとなんかしてないわよ!」
私の体感としては、ボーッとしてたわけではなくて、
歓喜と動揺の極みであったのだけど、
鍛え上げたポーカーフェイスの技術のお陰で、周囲からはそう見えたらしい。
岡部「ボーッとしてないのに、俺の質問を無視していたのか」
え?
何か聞かれてたの、私?
紅莉栖「何よ、質問って?」
ここで素直に謝れないとは、我ながら社会人失格である。
-
- 37 : 2014/04/06(日) 23:18:10 :
岡部「お前はどうなんだと聞いているんだ」
紅莉栖「どうって、何が?」
岡部「直前まで何の話をしていたかも覚えていないのか?」
直前?
岡部に誉めてもらったことは覚えているけど…
紅莉栖「えっと、なんだっけ?」
何故、どのようにして、誉められるに至ったのかが、完全に記憶から抜け落ちている。
天才少女が聞いて呆れるというものだ。
岡部は今度は完璧に呆れたような溜め息を吐いてもう一度聞いてくれた。
岡部「お前は高いところは好きなのか?」
-
- 38 : 2014/04/06(日) 23:22:22 :
- 紅莉栖「…」
岡部「ん?」
紅莉栖「あんまり、好きじゃない」
事実だ。
岡部「なんだ、怖いのか?」
おどけたように、馬鹿にしたように言おうとして失敗したような言い方だった。
紅莉栖「怖いっていうか…そうね…」
展望台のガラス張りの窓に近付いて、そこからの景色を眺める。
地上250メートル。
私の長くない人生の中で、こんな高さにまで至ったことがあっただろうか?
いや、ない。
もちろん、アメリカにも高層の建物は存在するのだけど、
私はそこに足を踏み入れたことがない。
単に忙しかったというのもあるし、
岡部の言う通り、怖かったのもある。
高所恐怖症ではなくて。
何もかもを見下ろせる、遠くまで見渡せるこの状態が怖かった。
遠くの山々が迫ってきそうで。
眼下の家々に引きずり下ろされそうで。
-
- 39 : 2014/04/06(日) 23:26:53 :
紅莉栖「不安には、なる」
岡部「なるほど…」
心中を察してくれたのか、岡部は多くを聞かなかった。
聞かれても、答えようがない類いの心持ちだったのでホッとした。
のも束の間。
岡部「では、何故東京タワーに行きたいなどと言い出した?」
などと問うてきた。
紅莉栖「え?えっと、それは…」
ここで「あなたのためよ」などと可愛く言えるのであらば、私の人生は変わっていたかもしれない。
が、もちろん、言えるわけもなく。
紅莉栖「な、なんとなくよ!」
紅莉栖「折角東京にいるんだから、行っておきたかっただけよ!」
苦しい言い訳だ。
言い訳にすらなっていない。
-
- 40 : 2014/04/06(日) 23:31:19 :
岡部「そうか…」
苦笑した岡部がそう答えて、
岡部「ありがとう」
と、付け足した。
紅莉栖「あ、ありがとうって何よ…」
紅莉栖「私は別に、感謝されるようなことは…」
していない。
断じて。
だって、これは私のエゴなのだから。
岡部「俺は高いところが好きだからな」
紅莉栖「…」
言外に含むところがある言い方だった。
顔に熱が集中する。
-
- 41 : 2014/04/06(日) 23:39:29 :
岡部と電話している時、PC画面に映っていたのは、宇宙遊泳をする宇宙飛行士の姿だった。
私は先輩研究員の研究を思い浮かべていた。
すなわち、
無重力空間に於ける精神状態の変化についての研究だ。
悪くない方向に進んでいるとは言ったが、それはまだ科学的根拠と言えるほどではないらしい。
が、無重力の疑似体験後にストレス数値が減ったサンプルがあったり、
脳内物質の分泌に変化があったりと、一定の成果はあげているらしい。
ならば、と私は考えた。
応用すれば、今の岡部の気持ちを引き上げてあげることができるかもしれない。
もちろん、宇宙旅行なんて無理だし、この東京で無重力体験ができる場所も知らない。
いろいろ考えてみた結果が、この東京タワーだったわけだ、
色々考えたとはいっても、電話中の数秒間でそんなに熟考できたわけではないから
ベストのアイディアだったとは言いにくい。
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- 42 : 2014/04/06(日) 23:46:00 :
ここ、東京タワー特別展望台は高さ約250メートル。
体感できるほどの重力の変化はない。
地上と比べて、1/10000ほど体重が減るか減らないかという程度。
つまり子供だましだ。
その意図がどこまで岡部に伝わったのかはわからない。
でも、岡部のためだと言うことには感づいてくれたらしい。
多分、見え隠れしている私の気持ちにも。
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- 43 : 2014/04/06(日) 23:46:35 :
紅莉栖「ねえ、岡部…?」
岡部「どうした?」
本題に入ろう。
紅莉栖「何が、あるの?」
思ったより簡単に言葉が出たのは、私の心も軽くなったということなのだろうか?
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- 44 : 2014/04/06(日) 23:51:26 :
岡部「…」
岡部「何の話だ…」
紅莉栖「ごまかさないで」
さすがに、周りの目が気になり、声を抑えて続ける。
紅莉栖「どうして、クラッキングを止めるの?」
岡部「…お前だって、よくないと言ったろ?」
紅莉栖「それは…ここまで深刻だと知らなかった時の話でしょ」
今は違う。
今は知っている。
岡部が、一体何を背負っているのかを。
紅莉栖「まゆりの、命が掛かってるんでしょ」
岡部「…」
怒鳴り出しそうな、泣き出しそうな顔で私を見て、手すりにもたれ掛かるように顔を埋める。
そんな岡部を見て、ずっと抱いていた疑問を、口にした。
紅莉栖「まさか…、またタイムリープしてきたの?」
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- 45 : 2014/04/07(月) 22:35:12 :
いつの間にか、展望窓の外には大きな月が輝いていた。
大きな満月だ。
月が輝くのは、太陽の光を反射しているから。
その満ち欠けは、その光を地球が遮るから。
紅莉栖「何があった?」
自ら輝く太陽と、一人では輝けない月。
それはよく比喩として使われる。
自慢ではないが、私はきっと太陽に例えられる側の人間だ。
紅莉栖「さんざん、相談に乗ってやったでしょ?今さら遠慮するな」
そしてきっと、岡部は月だ。
確かに優秀だけど、一人では何もできない。
それは、彼が無能だからではない。
彼に惹かれた人たちが、彼を輝かせようと、集まってくるからだ。
私もその一人。
だから、
紅莉栖「今までも、ふたりで考えて、ここまで来たんじゃない!」
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- 46 : 2014/04/10(木) 16:00:56 :
話して欲しかった。
力になりたかった。
笑っていて欲しかった。
岡部を助けたい。
あの月のように、
太陽の力を借りて、白く輝いている月のように、
頼って欲しかった。
なのに…
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- 47 : 2014/04/10(木) 16:01:28 :
- 岡部「ここまで来た、か…」
岡部「鈴羽やフェイリス、ルカ子…」
岡部「みんなの想いを犠牲にして、やっとたどりついた、それが…こんな結末なのかよ…」
岡部「どうしてッッ!?」
岡部の起こしたアクションは私の予測を越えていた。
想像すらしなかった。
タイムリープの要である携帯電話を床に叩きつけようとするなんて、誰が想像できただろう?
どうして?
ざわつく周囲に、ふとここがどこだったかを思い出したけど、
それを気にする余裕は岡部はもちろん、私にももうなかった。
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- 48 : 2014/04/10(木) 16:01:59 :
- 紅莉栖「ねえ岡部、あんた、あの時泣いてたんだよ?」
岡部を助けたい。
助けさせて欲しい。
岡部を救いたい。
救わせて欲しい。
岡部をもう一度輝かせてあげたい。
さっきは自分を太陽に例えたけど、この件に関して、私に出来ることなんてきっと限られてる。
太陽だなんてとんでもない、ちっぽけな光にしかならないだろうけど、
貴方を、
岡部を、
重い重いクサリから解き放ってあげたい。
紅莉栖「教えて」
紅莉栖「…岡部の力になりたいの」
それがもう、自分の我が儘であることは分かっている。
貴方を救いたいエゴイズム。
でも、もう私にはそう言うしかなかった。
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- 49 : 2014/04/10(木) 16:02:30 :
- 岡部「…7月、28日」
岡部「俺はまゆりと、中鉢博士の会見に出かけた」
観念したように、岡部が語り始める。
何気ない一通のメールから始まった彼の悲劇を、言外に語るかのような重々しい口調で。
そして、私は、あぁやっぱり高いところは苦手だ、と、そう再認識させられた。
痛感した。
上げて落とす、なんて言うけど、
自ら上がっていったのだから、洒落にならない。
地上250メートルから落とされる絶望の底は、
とてつもなく、途方もなく深かった。
岡部「あのDメールを消せば」
彼の、
私たちの悲劇は、収束する。
岡部「お前が死ぬ…」
私自身の、死亡宣告を以て。
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- 50 : 2014/04/10(木) 16:03:04 :
暗い。
深い。
重い。
そんな感覚の中をずっと漂っている。
無重力空間でも体験すれば、少しは軽くなるかしら。
宇宙にはいくらなんでもいけないだろうけど。
ねえ、岡部。
逃げちゃってごめん。
もし、もしも、あなたが私を探してくれているなら、
『そこ』に辿り着けるまでの間、
私の左手を握っててくれますか?
out of the gravity
重力の外へ…
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- 51 : 2014/04/10(木) 16:03:33 :
- 某vocaloid音ゲーをやっていて思いつき、妄想を繰り広げました。無理矢理歌詞を入れ込んだ感が否めませんね。精進します。
参考楽曲はこちら
【おどP】1/6 -out of the gravity-【初音ミク】 http://nico.ms/nm6971638
一部文章は『Steins;Gate 境界線上のシュタインズゲート:Rebirth』を参考にしています。
アニメ版の助手視点ノベルです。彼女のツンデレっぷりがよくわかる名作です。
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- 52 : 2014/11/25(火) 01:53:10 :
- おお!お疲れ様です!!!面白かったです!
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- 53 : 2018/04/05(木) 17:26:59 :
- カッツェオ!!!
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